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■オープニング本文 その日、開拓者ギルドの職員であるうららが訪れたのはジルベリアから商売のために神楽の都にやってきた豪商の屋敷だった。 屋敷はジルベリア風の石造りで、薔薇園には美しい薔薇が咲き乱れている。庭に出されたテーブルには、ジルベリア風のケーキやクッキー、それから洋菓子の苦手な天儀の人間の為に饅頭や羊羹といった和菓子も置かれていた。 「すごいご馳走ばかりね」 うららは感嘆の眼差しで料理の載せられたテーブルを見た。 パンに様々な食材を挟んだサンドイッチも、ハムやチーズといったおかず系の食材を挟んだ物から、ジャムやクリーム、果物等を挟んだ甘いものも多数並べられていた。 招待された客たちは、ティーカップや料理の皿を手に談笑している。 午後の穏やかなお茶会であった。うららが招待されたのは、ギルドの職員としてではない。 うららの妹がこの豪商の息子に嫁いでいるのだ。言ってみれば玉の輿である。 そんなお茶会に飛び込んできたのは、白いアヤカシだった。人が多数集まっている気配に引き寄せられたのだろうか。 体長は一メートル程度の大きな白い犬。招待客たちにむかってアヤカシは牙を剥く。和やかなお茶会は、一瞬にして血の海に変わった。 「た――助けてくれっ!」 「こっちだ! こっちに逃げるんだ!」 人々はあちこちばらばらに逃げだそうとした。しかし、現れたアヤカシは一体ではなかった。逃げ道をふさがれたもう一人がアヤカシの牙に倒れる。 「皆さん、落ち着いてください! ほら、あんたも招待客を誘導して!」 うららは妹を叱咤し、人々を落ち着かせようと声を張り上げる。 「皆さん! 屋敷に入ってください!」 日頃は受付として働いているが、うららも一応開拓者である。招待客の中には開拓者たちも何人かいた。 もっとも、茶会の席であるから皆大きな武器などは携帯していないのだが――それでも開拓者たちは協力しあって、招待客たちを屋敷の中へと誘導する。 屋敷の中に入っても、それで安心というわけにはいかなかった。屋敷の窓を破ってアヤカシが屋敷の中に侵入する。 「二階だ! 二階に逃げろ!」 誰かの声に、人々はわらわらと階段を駆け上がる。 「アヤカシは二階の窓からは入れないから――皆さん、寝室に!」 招かれていた招待客は、何とか寝室に逃げ込むことに成功した。 開拓者ギルドにアヤカシ発生の知らせが届けられたのはそのすぐ後のことだった。 寝室から矢文が飛ばされて、そこに招待客たちが知った情報が記されていた。アヤカシがいるのは、ジルベリア風の邸宅の中。アヤカシの数は不明だが、少なくとも二体が確認されている。 「問題は……」 ギルドの受付は頭を抱えた。 アヤカシが現在いるのは屋敷の中。屋敷といっても、廊下で長い武器を振り回すわけにはいかないし、使えるスキルも限られてくる。 庭におびき出すのはいいのだが、薔薇園にはテーブルが並んでいてそこに置かれているのは、ジルベリアの高価な茶器だ。ギルド側としてもこれを破壊するのは避けたいところだ。 「戦闘して問題なさそうなのは、玄関ホール、それと庭。あ、薔薇園は避けてくださいね。そこに残されている茶器は、一般庶民には想像もつかないようなお値段だそうですから」 お金持ちってすごいねぇ、と感心しながらギルドの受付は開拓者たちを送り出したのだった。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
わがし(ib8020)
18歳・男・吟
春日原 千歳(ib9612)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●塀を越えた先に 開拓者たちがたどりついたのは、立派な屋敷の前だった。この屋敷の中に出現したアヤカシを外に出さないために門は閉じられたままとなっている。 お金持ちの屋敷というだけあって、屋敷の中は高価な品でいっぱいだし、地面に散らばっている茶器も値打ち物ばかりだ。 アヤカシを退治し、助けて欲しいのは大前提なのであるが、それと同時に高価な品々を破壊しないようにして欲しいというのが依頼人の意向である。 「なるべく希望にそうようにしてみます」 難しい依頼だなと思いながらそう言うと、鈴木 透子(ia5664)は、一つ息をついて塀の上から周囲の状況を確認した。近くにアヤカシがいないこと、逃げ遅れた人がいないことを目を使って確認する。 ファムニス・ピサレット(ib5896)は、『瘴索結界』を使って、アヤカシの存在を探知しようとするが、近くにいないらしく存在は確認できなかった。 安全が確認できたところで、開拓者ギルドの用意した梯子を上って塀を越え、開拓者たちは邸内への侵入を果たした。 「こいつァ危機一髪でございやすなァ」 雨傘 伝質郎(ib7543)は、薔薇園の様子をうかがってつぶやいた。高級な茶器を使用してお茶会が開かれていた会場にアヤカシが出現したという話だったが、ひっくり返ったテーブルや飛び散ったお菓子、割れた茶器など、招待客たちが慌てふためいて逃げ出した様子が見て取れた。 伝質郎の後ろから、透子も薔薇園の様子を見ていた。ファムニスに探知できないということは、この中にはアヤカシはいないのだろう。『結界呪符「白」』で壁を作り、アヤカシが薔薇園に逃げ込まないようにする。これで壁が消えるまでの間は高価な茶器を守ることができるはずだ。 「ワオ。これだけ多くの支援を受けて戦えるとは。前衛冥利に尽きるね♪」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は、ぱちりと片目を閉じて見せた。今回の同行者のうち、前衛に立って戦うことができるのはフランヴェルと伝質郎の二人だけなのだ。 可愛いファムニスも同行していることだし、張り切らざるをえないといったところか。 ここに来る前にわがし(ib8020)は、はぐれた時には笛を吹くことを提案していた。中では何があるかわからない。 まずは居場所が判明している二体のアヤカシをやっつけること。それから敵を索敵する者と招待客の警護に残る者に別れればいい――いや、招待客の中に開拓者がいるから、警護はそちらにまかせばいい。 「あっしはこういうのは苦手でやすぜ」 伝質郎は、殴り合いは苦手だと皆に言う。そうすることで援護をしっかり頼む! と伝質郎は主張していた。 「まずは噴水のある開けた場所までアヤカシを誘導したいですね」 菊池 志郎(ia5584)が言うと、一行は表情を引き締めた。 アヤカシがいるかいないかを確認しながら、開拓者たちは急いで屋敷の方へと向かった。招待客たちが立てこもっている二階の寝室前に二体のアヤカシがいるはずだ。 アヤカシを見つけることなく、開拓者たちは屋敷の前に到着した。 志郎は、『加護結界』を皆にかけていく。 春日原 千歳(ib9612)は、しなやかに舞い始めた。『神楽舞「速」』によって、皆の俊敏性が上昇していく。 「……それじゃ行こうか?」 フランヴェルは、力をかけるのと同時に締まるように結んだ荒縄を肩にかけて玄関の扉を開け放った。 ●屋敷の中の戦い 「まだ……アヤカシの気配は感じられません」 ファムニスは、慎重にアヤカシの気配を感じ取っていた。 「二階の様子を人魂で探りますね」 透子は、式を階段から上階へと上げる。 「……奥、何かいます……」 透子の視界には、ドアの前をうろうろしているアヤカシの姿が映っていた。 「階段を上がって左の奥です。右には何もいないように見えますが……」 透子にはアヤカシの気配を探知することはできない。目視で確認した後、用心深く今度はファムニスが歩を進める。ファムニスを守るかのようにフランヴェルが従った。玄関ホールの中央を通り過ぎ、階段をファムニスは上り始めた。 後の者は打ち合わせた配置で待ちかまえている。 「左に二体。右にはアヤカシの存在は探知できません」 「ありがとう。君は配置についてくれ」 フランヴェルに言われて、ファムニスは階段をそっと下りて配置についた。 フランヴェルは階段を上りきると、左手の方を見る。そこには扉の前で唸りを上げる犬に似たアヤカシが二体いた。 「さあ、来るがいいアヤカシ共!」 フランヴェルの上げた雄叫びに、アヤカシたちが反応する。扉の前をうろつくのをやめて、フランヴェルの方へと視線を向けた。それを見た『隼襲』を使ったフランヴェルは、階段の手すりに結んだ荒縄を勢いよくひっぱった。輪が締まり、荒縄が固定される。 そのまま荒縄を滑り降りると、フランヴェルはホールを突っ切ろうとした。 「危ない!」 声とともにナイフを構えたわがしが飛び出してくる。フランヴェルがふり返った時には、アヤカシたちは驚くべき跳躍力ですぐ後ろに迫っていた。 「助かった!」 わがしに感謝の笑みをなげかけると、フランヴェルは刀を抜いた。 「いきますよ!」 隠れていた志郎は炎を生み出した。『浄炎』の炎は、人間とアヤカシ以外には効果がないから屋敷の中で放っても燃え広がる恐れはない――むろんフランヴェルとわがしを巻き込まないよう十分に配慮している。アヤカシのうち一体が炎に包まれ、床の上を転げ回った。 ファムニスも志郎に同調した。同じくファムニスによって生み出された『浄炎』の炎が、床の上を転げ回るアヤカシの身体を包み込む。 炎が姿を消すと、アヤカシはよろよろしながら立ち上がった。 わがしはそのアヤカシの脇腹にナイフを突き立てた。すかさずナイフを抜くと、転がるようにしてアヤカシと距離を取る。 「来やがったァ」 にやりとして伝質郎は、『猿叫』を使った絶叫を上げる。怯んだようにアヤカシは尾を丸めた。 「へへへっ 犬には猿と決まってやすぜい」 伝質郎の刀が閃いた。鼻先を切りつけられて、アヤカシは悲鳴を上げた。けれど、今後はアヤカシの方が襲いかかる。 「おっと!」 伝質郎は再度刀で切りつけた。 そこへ、もう一度志郎とファムニスの放った炎が襲いかかる。アヤカシは床を転げ回り、やがて動かなくなった。 その間に透子は、二階への通路を塞ぐように『結界呪符「白」』で壁を作った。これで、アヤカシたちは二階に上ることはできないだろう。 透子は、次の配置場所へと走り出した。 残りのアヤカシとフランヴェルは対峙していた。攻撃の隙をうかがっているのだろう。アヤカシは喉の奥で唸りながら、フランヴェルの回りを行ったり来たりしているが、まだ攻撃を仕掛けてこようとはしない。 「野良犬に相応しいもてなしをして差し上げよう」 フランヴェルの声に呼応するようにうなり声が上がる。フランヴェルは再度『咆哮』を使うと、アヤカシはフランヴェルに向けて牙をむく。 「さあ、こっちだ。ついてくるがいい!」 フランヴェルは玄関を飛び出した。 ●噴水のある広場にて フランヴェルはさらに『隼襲』と『咆哮』を使いながら、アヤカシを噴水のある広場の方へと誘導しようとした。 作戦に乗せられ、アヤカシはまんまと噴水のある広場までおびき寄せられてしまった。 「ここから後ろにはいかせませんよ」 志郎は、アヤカシと他の仲間たち――フランヴェルと伝質郎はのぞく――の間に立ち塞がるようにして配置についた。 「こればっかりです」 透子は少々苦笑いだ。今日は何度目になるのだろう。『結界呪符「白」』によって生み出された白い壁が、志郎のやや前方に出現し、もう一つの守りとなる。 ここへ来るまでの間に、わがしはナイフを楽器へと持ち替えていた。まず『奴隷戦士の葛藤』を奏でる。 アヤカシの防御しようとする姿勢がどこかずれたものに変化すると、わがしの方も演奏する曲を変える。『騎士の魂』の旋律が、開拓者たちの心を高めていく。 「こいつはあっしが!」 伝質郎の声が響き渡る。ここで大きな声を出しているのは、戦闘で彼がいかに頑張ったかということを、屋敷の内部にいるお金持ちや、塀の外でじりじりしているであろうギルドの職員たちにアピールするためだ。 うまくアピールできれば今後につながるかもしれない。彼の大きな声にアヤカシは怯んだようだった。 志郎とファムニスは息を合わせて『浄炎』を放った。アヤカシが炎に包まれる。 「いきやすっ!」 伝質郎が先に打ち込んだ。アヤカシは地面に叩きつけられ、それでも何とか跳ね起きると、再び開拓者たちに襲いかかろうとする。 フランヴェルは飛びかかってきたアヤカシを軽くいなした。そこへ伝質郎が打ちかかる。アヤカシの体勢が崩れる。そこへ、フランヴェルは『払い抜け』を使った攻撃を叩き込んだ――それでもまだアヤカシは倒れない。 「こいつがとどめだぁっ!」 伝質郎が大きく踏み込んだ。『直閃』をくらったアヤカシは、地面に崩れ落ち、そして動かなくなった。 「待って……反応がありますっ! 数は一! 距離――あぁっ! 間に合いません!」 ファムニスは悲鳴を上げた。念のためにと周囲の様子を探り始めたところ、『瘴索結界』にアヤカシの気配が探知できたのだ。 その気配は勢いよく庭を走ってくると大きく跳躍した。 フランヴェルは横から体当たりを受けて地面に倒れ込む。かなりの速度で走ってきたアヤカシが、大きく口を開けながらフランヴェルに飛びついたのだ。 「このっ! 離れろっ!」 フランヴェルの肩にアヤカシの牙が食い込み、赤い血が流れ落ちる。 「フランさん!」 「大丈夫……だ!」 ファムニスの声に応えるようにフランヴェルは下から刀を突き上げる。口を串刺しにされてアヤカシは大きく後ろに飛び退く。 「たとえ前に出られないとしても! すべきことをします!」 千歳は意識を集中した。『神風恩寵』で、フランヴェルの怪我を素早く回復させる。 「もう一体もさっさと片づけやすよっ!」 伝質郎が援護に駆けつけてきた。 「まだ残っていたとは!」 志郎は、『浄炎』を放った。 「お怪我を回復します……!」 ファムニスは、千歳の『神風恩寵』に重ねるようにしてフランヴェルの怪我を回復させる。伝質郎はアヤカシの正面から、刀を叩きつけていた。 鋭い攻撃に、アヤカシは一瞬怯む。最大の攻撃方法である口を、先にフランヴェルの刀によって傷つけられていたからかもしれない。 続けて伝質郎が刀を大きく振り下ろす。その攻撃が炸裂するのと同時に、突き出されたフランヴェルの刀がアヤカシの胸を貫いた。 ●平和の戻った庭で まだアヤカシがいるかもしれない。開拓者たちは屋敷の周囲をくまなくチェックし、任務が完了したことを確認してから再び邸内へと足を踏み入れた。 「助けに参りました。御無事ですか?」 わがしは寝室の扉を開き、中にいる人たちに声をかける。志郎、ファムニスも一緒になり、怪我人たちの手当を始めた。 伝質郎は薔薇園に回っていた。 「へへへっ業の深いもんだァ」 アヤカシが出現し、死者が出ているというのにここの住民たちは茶器の心配をしている。なかなか業の深いことだ。 伝質郎は、会場で使用されていた銀製のスプーンを拾い上げた。銀食器は高価な品だ。これを多少ちょろまかしても、依頼人にはばれないだろう。 死者には弔意を表して黙礼してから、伝質郎は銀のスプーンやフォークを拾い始めた。 フランヴェルは、遺体の回収にあたっていた。透子もフランヴェルに合流する。遺体の目を閉じさせ、両手を組み合わせてできる限り見苦しくならないようにした。 「よくやったね。偉かったよ」 そう言ったフランヴェルに頭を撫でられて、ファムニスは真っ赤になりながらもにこりとした。不幸な事件ではあったけれど、フランヴェルに誉めてもらえるのは嬉しいと思う。 手当を終えた後も寝室に残っていたのはわがしだった。 「その名は……いえ、何でもありません」 ギルドの職員のうららに話しかけようとして、わがしはやめた。たまたま名前が同じというだけだ。 そのうららは窓から庭の方を見て激しい悲鳴を上げた。 「こら! そこのあなた何しているの!」 そう叫ぶと、うららはお茶会の会場となっていた薔薇園へと駆け込んだ。後からこの屋敷の住人たちも駆けつけてくる。 「そのスプーンもフォークも高価な物なんだってば! ちょろまかすとかなしにしてちょうだい!」 「へへっ」 ばつの悪い顔になって、伝質郎は茶器をこの屋敷の住人の方へ差し出す。 「安心が一番嬉しい贈り物でやすから」 銀製のスプーンやフォークも一緒に渡された住人は丁寧に礼を言った。 「俺も薔薇園を見てもいいでしょうか」 志郎の頼みを、茶器を回収した住人たちは快く聞き入れてくれた。志郎には、薔薇の好きな朋友がいる。満開の薔薇園の光景は、きっといい土産話になることだろう。 |