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■オープニング本文 安州から少し離れた場所に亀之介の経営する亀屋がある。まだ夏本番ではないのだが、店では夏に出すメニューの相談がされていた。 「これは色が鮮やかでいいね。素麺と一緒に出そうか。このたれがいいよ。ぴりっとしていて食欲をそそるし、香りもいい」 野菜の素揚げに料理人特製のたれを絡めたものを食べた亀之介が、満足そうに箸を置いた。 「そうそう、神楽の都に『カレー』なる料理を食べさせる店ができているんだが、うちではまだ出していなかったね」 ちなみに『カレー』とは、鬱金、唐辛子、小豆蒄、香菜等々、何種類もの香辛料を組み合わせて作ったソースを野菜や肉等と煮込んだものを白飯にかけて食べるという食べ物らしい。アル=カマル経由で伝わったのだとか。 辛さは香辛料の割合によって調整できる。香辛料の香りと辛さが食欲をそそり、滋養強壮にいい……のだとか。 「そう言えば、この間神楽の都に行った時に作り方をもらってきたんだった」 香辛料を扱う店でレシピを教えてもらったことを思い出して、亀之介は一度店を出る。自宅に戻って資料を広げると、調理方法を書いた紙を取り出して店に戻った。 「昼の定食にこの料理はどうだろうね?」 うーん、と料理人たちは顔を見合わせる。ものすごい香りのする料理になりそうだが、おいしいか否かは見当もつかない。 「……作ってみないと何とも言えませんね」 長い沈黙の後に、料理人の一人が言った。 「ああ、この魚介類のカレーなんていいね。よし、これにしようか」 香辛料は店にあるものが使えるし、山に採りに行ってもいい。米は最上級の物を出すことができる。 「そうだ。いつものように開拓者さんたちにお願いして、山で山葵を採ってきてもらいましょうかね」 開拓者たちに材料を持ってきてもらい、翌日カレーを振る舞うというのは楽しそうだ。こうなるとイベント好きの血が騒ぐ。 「開拓者さんたちなら、山に行って山葵を採取するくらい簡単なことでしょうしね」 亀之介はにこにことしながら、開拓者ギルドへと依頼を出しに行く。しかしながら、彼は知らなかった。 これから開拓者たちを向かわせようとしている山には、危険が待ちかまえているということを。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
ギイ・ジャンメール(ib9537)
24歳・男・ジ |
■リプレイ本文 ●カレーとは? 開拓者たちは亀屋の店先にいた。亀之介が従業員に作らせているお弁当を待っているのだ。 「天儀でカレーを食することができるなんて、ちょっとわくわくするね。楽しみだなぁ」 ギイ・ジャンメール(ib9537)は、アル=カマル出身だった。天儀にカレーは伝わってはいるが、まだまだ珍しい食べ物でどこでも食べられるというわけではない。 「アル=カマル地方の薬膳あんかけだよね」 十野間 月与(ib0343)が以前受けた依頼を思い出しながら言う。 「隊長から話は聞いていたけれど、実際に食べる機会には恵まれていなかったんだよね」 御鏡 雫(ib3793)は、月与の方を見ながら言う。 「別のお店でカレー作った時って、実山椒は使わなかった気がするんですけど……」 礼野 真夢紀(ia1144)は、首をかしげた。 「香辛料の調合にはいろいろあるらしいからね」 「余所の味を覚えるのもいいことですよね」 月与と真夢紀と雫の三人が話をしている横で、海月弥生(ia5351)は、武器の再確認を行っていた。 「んー、念の為【鏡弦】携えて安全回避に徹しようかしらね」 それほど危険な山ではないという話だったが、何があるかわからない。 そうしてしばらく待っていると、亀之介自ら弁当箱を持って現れた。 「お待たせしてしまってすみませんね。それではよろしくお願いしますよ」 渡されたのは、重箱いっぱいの弁当だった。一段目には俵型のおにぎりがぎっしり。二段目には煮物。三段目には白身魚の西京焼きや卵焼き、それにキュウリやナスの漬物など盛りだくさんの内容だった。 弁当箱を抱えていざ出発。 開拓者たちは、この先巻き込まれる事件のことなどまったく予期していないのだった。 ●楽しく山登りのはずが 開拓者たちは月与を先頭に、雫を殿にして山に入っていった。亀之介がピクニック気分で開拓者たちに依頼を頼んだというだけあって、山といってもそれほど険しくはない。のどかな雰囲気だった。 「この時期は食べられるようなものはないかな〜」 ギイは拾った棒で、周囲をつつきながら言った。もう少し後なら野いちごが見つかるだろうが、まだ時期には少し早い。野生のさくらんぼは見つけたから、帰りに収穫してもいいかもしれない。 彼がこうして周囲を見回しているのには警戒する以外にも理由があった。今回の参加者、彼以外は全員女性なのだ。両手両足に花と喜べればいいのだろうけれど、なんとなく外野な感じがして微妙な雰囲気である。 「この山には、薬草として使えそうな植物は生息していないのかな?」 殿からあちこち見回していた雫は残念そうに零した。道から外れれば見つかるかもしれないけれど、それは今回の主目的ではない。諦めた方がいいかもしれない。 「何事もなければいいけどね」 先頭に立った月与は、刀で枝を払いながら言った。のどかな山とはいえ、熊や狼などの獣が出ないとも限らない。注意を怠るつもりもなかった。 「そうですよね。注意するに越したことはないですし」 真夢紀は、『瘴索結界』を使っていた。これで、瘴気の存在を感知できるはずだ。 「ちょっと待ってください――瘴気が感じられるんです」 しばらく進んだところで、真夢紀は皆の足を止めさせた。 弥生は、弓の弦を弾いた。『鏡弦』でアヤカシの気配を探ろうというのである。 「でも、アヤカシの気配はないわ――ということは、真夢紀さんが感じたのは何なのかしら」 『瘴索結界』は、瘴気を探知するスキル、『鏡弦』はアヤカシを探知するスキルである。真夢紀が感じたのは、アヤカシになる前の瘴気や陰陽師の式という可能性もあった。 「瘴気は動いていません。止まったままです」 真夢紀の言葉に、一行は用心しながらもう少し足を進めてみることにした。 先頭を歩いていた月与が立ち止まった。用心深く進んでいたのがよかった。木の間に張り巡らされている細い銀糸に気がつくことができたのだから。 「これって蜘蛛の巣だよね? 普通の蜘蛛の巣にしちゃ糸が太くないかい?」 「月与さん、まゆの感じた瘴気は……たぶん、これだと思います」 真夢紀の言葉を聞いた開拓者たちは表情を引き締めた。瘴気の糸で作られた蜘蛛の巣。ということは、この山にアヤカシがいる可能性がある。 「とりあえず、焼き払おうか?」 月与はヴォトカを取り出した。雫もそれにならう。二人は周囲の木々に張り巡らされている巣にヴォトカをかけると、火をつけて焼き払ったのだった。 ●収穫しましょう できることなら、アヤカシとの戦闘は避けたいところだ。その点で皆の意見は一致していたのではあるが。 「瘴気が動いています! ――こちらに向かってきます!」 真夢紀が大声を上げた。弥生は素早く『鏡弦』で確認する。 「アヤカシね! 数は二……どうする? 逃げる?」 弥生の言葉が終わる頃には、地面の枯れ枝を踏みつける音が皆の耳にも聞こえてきた。全員、素早く武器を構え、あらかじめ打ち合わせておいたように迎撃の準備を整える。 巣を焼き払われたことで、獲物の存在に気がついたのだろう。がさごそと物音を立てながら、アヤカシが登場する。蜘蛛の胴体に上半身は女――女郎蜘蛛、という名で知られているアヤカシだった。 月与は、盾を構えると『咆哮』を使った。女郎蜘蛛たちの意識が、月与へと向かう。 弥生は、『六節』を使って矢をつがえた。できることなら戦闘は避けたかったが、こうなってはしかたない。『会』を使って、矢を放つ。放たれた矢は、左側の女郎蜘蛛の肩に突き立った。 悲鳴に似た声を上げながら、女郎蜘蛛は身体を動かした。何をしようとしているのか察した弥生は、警告の声を発する。 「雫さん――糸を吐き出そうとしているわ!」 弥生の警告に、雫は素早く反応した。女郎蜘蛛の吐き出した糸を、大きく横に飛びのいてかわす。次の瞬間、雫は二体の女郎蜘蛛の間に飛び込んでいた。『回転切り』を使って、二体まとめて攻撃する。 胴体を鋭い刃に切り裂かれて、女郎蜘蛛たちはよろめいた。左側の女郎蜘蛛の脚が一本、地面に落ちる。 ギイは、『シナグ・カルペー』を使った上で、右にいる女郎蜘蛛に斬りかかる。一緒にいる女性たちは全員経験豊かな開拓者たちばかりだが――彼女たちばかりに負担をかけるわけにはいかないのだ。 女郎蜘蛛の胴を斬り、ギイは一度距離を置く。真夢紀はギイに斬られた女郎蜘蛛目がけて『白霊弾』を放った。 弥生は、素早く矢を再装填すると、右側の女郎蜘蛛目がけて矢を放つ。今度はアヤカシの左目に矢が突き刺さった。苦悶の声を上げる女郎蜘蛛に、『焔陰』を使った月与の刀が迫る。首を跳ね飛ばされて一体、地に崩れ落ちた。 残された一体に、開拓者たちの攻撃が集中する。まず雫が、ついで月与が斬りかかる。二人が攻撃を加えている隙に、ギイは女郎蜘蛛の背後へと回り込んだ。 真夢紀は『白霊弾』を放つ。それが女郎蜘蛛に命中して、身体を痙攣させるのと同時にギイは背後から斬りつけた。 「もう一度行くよ!」 雫が叫ぶ。十分な勢いで走らされた刃が、女郎蜘蛛の胴を切り裂いた。倒れたアヤカシたちを見て、開拓者たちは息をつく。 どうやら難局を切り抜けることができたらしい。 女郎蜘蛛たちを倒した後は、アヤカシにも獣にも遭遇することなく目的の地へとたどり着くことができた。 「猿や猪にお弁当を漁られることも少なくないしね。あたいは周囲の警戒をしておくよ」 月与はそう言うと、刀を手に重箱の側に立つ。 真夢紀は、髪の毛は三つ編みにして手拭いを姉さん被りにした。収穫時に枝にひっかからないようにという用心である。 「実山椒って小さいから、収穫に時間かかるんですよね〜」 真夢紀は、小さな実を丁寧に収穫していく。 収穫を終えた後、亀屋心づくしの弁当を食べ――料理人が気合いを入れて用意しただけあって美味だった――開拓者たちは山を下りたのだった。 ●いざ、試食 亀屋の厨房には、たくさんの香辛料が用意されていた。神楽の都から買い付けてきたものが大半だ。アル=カマル市街まで行かなければ手に入らない珍しい香辛料まである。 「香辛料をすりつぶす時はこうやって……」 月与は、以前他の店でカレーを作ったことがある。その時、手順を記録したものを今回持ってきていた。その手順を亀屋の従業員にも教えてやる。他店のレシピを記した部分は見えないようにした上で。 「実家じゃ採ったの佃煮にして瓶詰めにして年間食べれるように氷室に入れてましたけど、亀屋さんはどうしているんでしょ?」 真夢紀の問いに、従業員が同じようにすると答えていた。 雫は、その様子を側で見ていた。一つ一つの香辛料の名前を記録し、どんな効能があるのかをたずねる。亀之介の持っているレシピには全てが書かれているわけではなかったので、この場でわからないものは後日調べることになるだろう。 「やっばい、超腹減る〜〜」 ギイは与えられた部屋で転げまわっていた。布団はふかふかで気持ちいい。手伝いをしようかと思わなかったわけではないのだけれど、どうみても邪魔なので先に部屋に引き上げてきたのだ。 香辛料のいい香りが彼のいる部屋まで漂ってくる。もちろん、生まれ故郷の味とまったく同じというわけにはいかないだろうけれど、香りだけでおいしいことが想像できる。 ぐぅ、とギイの腹が鳴った。 今回協力した開拓者たちを一晩泊めた上で最高のカレーをご馳走するのだと依頼人は張りきっていた。 カレーは辛さ別に三種類用意されていて、付け合わせは、真夢紀の発案による棒状に切った野菜、チーズなどの乳製品、月与の発案よる大蒜やネギを醤油で炒め焦がした物や漬物などだ。 「あたしは辛口をいただくわ」 弥生は一番辛い物を皿に取る。そして付け合わせを皿の端に載せて卓へと運んだ。 「ねえ、このレシピって後でもらえるのかしら?」 弥生は亀之介にたずねた。料理は好きだから、レシピをもらって帰れば家で作ってみることができる。材料を揃えるのには苦労しそうだが。 「…月与さん、辛口ってどんな味ですか?」 真夢紀は月与にたずねた。月与は、というと甘口、中辛、辛口と三種類用意されたカレールーを全て小皿によそっている。 「辛口になると、ちょっと刺激が強いかな。甘口は生姜の香りが強いね。これはこれでおいしいと思うよ」 月与は三種類のカレーを慎重に食べ比べている。全て香辛料の配合が違うのだ。 雫は、カレーを小鍋に少し分けて、崩した豆腐を混ぜたものを試作していた。 「病人でも食べ易くしたいからね」 「そうですねぇ〜、病人に食べさせるなら唐辛子は抜いた方がいいかもしれません。胃に負担がかかりますからね」 亀屋の従業員も、雫の鍋を覗き込んであぁでもないこうでもないと案を出し合っている。 「うまーい!」 ギイは夢中になってカレーを食べていた。天儀風に多少アレンジされているようではあるが、故郷の味と比較しても遜色ないほどおいしい。山椒がギイにとっては珍しい風味を追加している。 「以前やった時は、饂飩汁とカレーの汁を合わせて饂飩を入れて食べるっていうのもあったんですよ。これもおいしかったです」 真夢紀の言葉に亀之介がぴくりと反応した。すぐに饂飩と出し汁が用意されて、その場で試作を始める。 カレーの試食は延々と続き――希望者はレシピや香辛料のお土産まで持たされて開拓者たちが亀屋を出たのは、夕方になろうかという頃だった。 その後開拓者たちの耳に届いた噂によれば、この夏、亀屋一番の人気商品は「アル=カマル風辛い饂飩」だったそうな。亀屋の商売はまだまだ繁盛しそうである。 |