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■オープニング本文 安州から少し離れたそこそこ田舎の町。この町では、昔から農業が盛んだ。近くを大きな川が流れているおかげで、水不足に悩まされることもほとんどなく、かなりの生産高を誇っている。 ちょうど今の時期は、スイカの収穫が始まろうとしている頃だった。これから暑くなってくる時期には、スイカはかかせない。井戸水できんきんに冷やしたスイカにかぶりつくのはたまらないものだ。好みによっては塩を多少振りかけて、スイカの甘さを引き立ててもいい。 「ほら、ぐずぐずしないで。ちゃんと収穫しないと、今晩のおかず抜きだよ!」 母親が、収穫の手伝いをさぼっている子どもを叱りつける。 「はーい」 食べるのは好きだが、収穫の手伝いは嫌いだ。日光が容赦なく上から照りつけ、首筋をじりじりさせる。大きなスイカを抱えあげた少年の目が、向こう側から見ている何かとぶつかった。 金色に光る目。だらりと開いた口。姿は犬に似ているが、かなり大きい。犬は口から炎を吐き出した。 「うわああああああ!」 少年の悲鳴に、隣の畝にいた母親がスイカを抱えて走ってきた。これが火事場のなんとかなのだろうか。巨大なスイカをアヤカシに叩きつけ、少年を脇に抱えあげて彼女は走る。肩越しにちらりと振り返ってみると、アヤカシは割れたスイカに鼻を寄せて、ふんふんと臭いをかいでいた。 子どもを抱えたまま、畑を囲う柵も飛び越えた彼女は町に駆け込んで助けをもとめた。 開拓者ギルドの受付は、開拓者たちに地図をしめした。 「ことは緊急を要するんですよ。この町、スイカの名産地というだけでなくて、交通の面でも重要な場所でしてねぇ」 そう言って彼は説明した。この町は安州から一日ほど歩いた場所にあり、朝安州を出発した旅人は、この町で初日の宿を取ることが多い。つまり宿場町としても栄えているという事になる。 「安州からは回り道がないわけじゃないんですが、アヤカシが占領しているスイカ畑の近くを通るのが一番近道なんですよ。なので、この道を使う人はかなり多いんです。実際、何も知らずに通りかかった旅人が被害にあったそうですし」 それから青年は、余談ですが、と言ってつけたした。 「普通アヤカシって人間食べるじゃないですか? このアヤカシ、まあ人間も食べるんですけど‥‥たいそうスイカがお気に召したようでねぇ。遊んでるんだか何なんだか、目についたスイカ割っているみたいなんですよ。早くしないと、スイカ全部割られちゃうかもしれません」 スイカ食べられないと困りますよねぇ、と奇妙にのんきな声に背中を押され、開拓者たちはギルドを後にしたのだった。 |
■参加者一覧
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
慧(ia6088)
20歳・男・シ
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
マテーリャ・オスキュラ(ib0070)
16歳・男・魔
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
久悠(ib2432)
28歳・女・弓
マーリカ・メリ(ib3099)
23歳・女・魔
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●スイカ畑へ向かう一行 開拓者たちは、アヤカシが出現した町への道をたどっていた。じりじりと照りつける太陽が、開拓者たちの肌を刺す。この暑さではいくら開拓者といえど体力の消耗も激しいだろう。短期決戦といきたいところだ。 「すぐに人を襲い始めなかったのは不幸中の幸いというべきでしょうか。とはいえ、なるべく早く勝負を決めなければなりませんね。手間暇かけて育てたスイカをだいなしにされては、今後の生活も大変でしょうし」 鹿角 結(ib3119)が口を開いた。 「本当ですよ! スイカは夏の癒しなのに! アヤカシになんてあげられませんよ! さっさと瘴気に戻ってもらわないとです」 マーリカ・メリ(ib3099)は、憤慨したように手を振り回す。その横で久悠(ib2432)は、考え込んでいた。まだ収穫されていないスイカが残っているであろうことを考えれば、畑の中での戦闘は論外だ。足場が悪いという問題もある。アヤカシを外におびき出すにはいったいどうすればいいのだろう? 「スイカが好きだなんて、贅沢だと言ってあげたほうがいいのでしょうか?」 フードで顔を隠したマテーリャ・オスキュラ(ib0070)は、料理人でもあるのでスイカを無駄にしているアヤカシに腹をたてている気配だ。 「相手は炎を吐くそうだな。炎天下に炎の側に行くというのも気が進まないが‥‥」 御凪 祥(ia5285)は、アヤカシの特殊攻撃を思い浮かべて早くも浮かない顔だ。わざわざこの暑い時期に、炎の側に行くなど普通だったらやりたくない。 「相手がスイカに執着してるならば、収穫することで挑発・誘導できぬだろうか?」 考え込んでいた久悠は、皆にアヤカシの前でスイカを収穫することを提案してみた。むろん畑の持ち主の了承を得てからの話ではあるが。こちらの存在にアヤカシが気がつけば、開拓者たちを攻撃にかかるだろう。畑の外におびき出すことができれば、スイカに被害が及ぶこともないはずだ。 久悠の提案に、皆はしばらく考えてから賛同した。ただ一人をのぞいては。 「俺は別行動にさせてもらおう。全員で収穫作業に乗り出すこともあるまい」 静かに皆の話を聞いていたオラース・カノーヴァ(ib0141)は、旅人を装いアヤカシをおびき出すことにすると宣言して、一人列を離れていく。一人別方向から動くというのには、アヤカシの逃走経路を少なくするという思惑もあるのであるが、さてどうなることか。 ●さあ、スイカの収穫だ! アヤカシが出た町にたどりついた一行は、まず畑の持ち主を探すことにした。子どもを抱えて柵を飛び越えたあの母親である。 「戦闘になれば多かれ少なかれ被害をうけるスイカも出てきます。その前にスイカを退避したいというのも目的の一つです」 久悠は、母親の説得にかかった。 「無論、畑への被害は最小限になるように我々も努力させていただく」 祥は、久悠の口ぞえに乗り出した。 「こう見えても料理人のはしくれです。素材を見る目は確かです‥‥」 マテーリャも、無駄な収穫はしないことを強調する。三人がかりでの説得が功を奏し、畑の持ち主は収穫を開拓者たちに任せることに同意してくれた。ついでに、広い畑のどのあたりでアヤカシと出会ったのかという情報も添えて。 話を聞き終えた一行はさっそく畑へと向かう。町から一歩出ると、広めの道の両側に広がるスイカ畑。 「立派なスイカがたくさんですよ!」 セシル・ディフィール(ia9368)が、思わず声をあげたほどに畑には立派なスイカがごろごろと実っていた。その中には割られ、無残な姿を晒しているものもいくつも混ざっている。あたりに漂っている甘い香りは、その割られたスイカから発散されていた。 「これ以上の狼藉は許さぬ‥‥」 慧(ia6088)は、唇をかたく結ぶ。細めた彼の目には、旅人を装ったオラースが向こう側からこちらへ向かっているのがうつった。うまく彼とも連携を取ることができればいいのだが。 「相手は水菓子ですからねぇ‥‥手拭いとか持った方がよくないでしょうか?」 マテーリャは、相手を勘違いしかけている。本命はスイカではなくアヤカシだというのに。と、まあこれは冗談で、マテーリャは真剣な顔で畑の柵に手をかけた。 犬に似た形のアヤカシは、畑の中央にいた。サイズがサイズなので、開拓者たちの目でも十分確認することができる。夏の光に、黒い毛が不気味に輝いた。 「俺は収穫に回るぞ。いざって時の盾にもなれるからな」 祥が先頭に立った。マテーリャが続く。アヤカシから視線を外さないようにしながらも、畑に入った開拓者たちは慎重によく熟れたスイカを捜し求める。 「マテーリャ殿、このスイカの熟れ具合などどうか?」 「そうですね、それちょうどいいと思いますよ」 慧は、目についたスイカの熟れ具合をマテーリャに確認してから手に取った。アヤカシと視線を合わせながらじりじりと移動して、久悠にスイカを手渡す。 久悠はスイカを高く掲げた。さらには呼子笛まで吹いて、アヤカシの注意を惹きつける。そのまま悠然と畑を歩いていき、久悠はスイカをセシルへと渡す。セシルは同じようにアヤカシから目を離さないまま、そのスイカをマーリカへと手渡していく。バケツリレーの要領だ。 アヤカシの耳がぴんと立った。さすがに物音をたて、スイカを見せびらかされては気づかないわけにはいかないのだろう。 「スイカを護ってくださいねっ」 アヤカシの動きを見てとったマーリカは、スイカを一度その場に置いて、皆にホーリーコートをかけて回る。これで皆の攻撃力を増加させようというわけだ。 アヤカシの叫び声が響いた。開拓者たちを脅すかのように、口から炎を吐き出す。そしてアヤカシは開拓者たちの方を目がけて走り始めた。いくつもの畝を驚くべき跳躍力で飛び越え、開拓者たちに迫ってくる。 ●犬型アヤカシとの戦い 「おいしいスイカはこっちですよっ」 マーリカは再びスイカを抱えあげると、柵の外へと運び出した。 「来たな‥‥」 祥は仲間たちがアヤカシを畑の外までおびき出す間、盾になるべくアヤカシに近い位置をキープしている。柵の外移動した久悠は、さらにアヤカシの気をひきつけるように空鏑を使う。 まだ畑の中にいるセシルは、弓を構えた。アヤカシ目がけ、矢を放つ。アヤカシに矢が命中し、一瞬怯むように頭を下げるのを確認してから柵を飛び越えた。 畑の外で待ち構えていた結も弓を手に取った。遠距離からの攻撃でアヤカシを畑の外におびき出そうとする目論見だ。矢を放つ。矢が空気を切る音が響き渡った。 一気に祥へと迫ったアヤカシは、炎をふいた。十分距離をとっていたつもりが、炎に左腕を舐められる。熱さに顔をしかめ、祥は一歩退いた。退きながら払った刀がアヤカシの眉間に傷をつけ、アヤカシに叫び声をあげさせる。 「少ぉしだけ、おとなしくしていてくれませんか?」 マテーリャが、フローズでアヤカシの動きを抑える。その隙に祥も畑の外へと逃れ出た。大きく吼えて、アヤカシが柵に体当たりする。柵は勢いで破壊され、そこからアヤカシは開拓者たちを追ってきた。 「祥さん、回復をしますか?」 「後でいい!」 セシルの問いに首をふっておいて、祥は刀を構える。いつも装備している槍とは勝手が違うため、若干バランスの悪さを感じながら。 「先にあっちが始まったか!」 オラースは舌打ちした。アクセラレートを自身にかけてから、畑目がけて猛ダッシュする。皆とは違う方向からアヤカシへと近づいていく。 「火には水‥‥常套だな‥‥これで炎は使い物になるまい」 慧はアヤカシの周囲に、水遁で水柱を出現させた。ダメージをくらったアヤカシが、首をふる。結は、フェイントでさらにアヤカシの目をくらませようとする。 「この暑いのに、炎なんて‥‥スイカが傷むでしょっ! 凍ってしまいなさいっ!」 さらに慧が動くのを見たマーリカは、アヤカシ目がけフローズを放った。慧は、打貫で手裏剣を投擲しておいて、素早くアヤカシへと距離をつめる。慧の刀で斬りつけられ、アヤカシは吼えた。大きく吼えた口から、炎を吐き出そうとする。 「そうはさせるか!」 久悠は、アヤカシの開いた口目がけ次々に矢を放つ。セシルが斬撃符でアヤカシを攻撃する。慧は炎の射程外へ逃れ、再び手裏剣を投擲する構えに入った。 アヤカシの背後へと回り込んだオラースは、 「これでもくらえ!」 とアークブラストを連続して叩き込んだ。 炎の射程内に入らないよう、距離を取りながら開拓者たちはアヤカシを攻撃していく。最後に祥が刀を振り下ろし、アヤカシは瘴気へと戻っていった。 ●おいしいスイカはいかが? 「それほど手ごわい敵ではありませんでしたね」 セシルは微笑んだ。こちらの被害は、祥の軽い火傷だけ。その火傷もセシルの治癒符であっさりと回復している。 「スイカの収穫お手伝いしますよ!」 マーリカは町の人たちにスイカ収穫の手伝いを申し出た。何往復かしたところでくったりしてしまったのだけれど。 「お代はお支払いしますので、一つお土産にいただけませんか?」 そう言った結には、 「お代なんてとんでもない!」 と、スイカ畑の主が選びに選び抜いた大きなスイカが手渡された。大きくて丸いスイカ。持って帰るのは少し大変そうだ。それもあの人の笑顔を思い浮かべれば苦ではないけれど。 祥は、先ほどの戦闘で破壊された柵を修復する手伝いをしている。アヤカシに割られてしまったスイカも、皆の手によって片づけられた。やがて、 「開拓者さんたちも、お一ついかがですか?」 彼らの前に差し出されたのは、井戸水できんきんに冷やされたスイカだった。切り分けられ、綺麗に皿の上に並べられている。塩もそえられて。 「皮は漬物にするとおいしいそうですよ」 マテーリャは、スイカに手を伸ばす。 「この暑い中、食するスイカは一時の涼だな」 慧もスイカを手に取った。 「旅で通る人も、このスイカで癒されますね」 収穫の手伝いを終えたマーリカもスイカを食べながらにこにことしている。 「スイカの味は良いが種をほじくり回すのがちょっとな。かといって種ごと喰っても美味い気がしねェ」 などと言いながらも、オラースもスイカにかじりついている。身体にスイカの甘さがしみこんでくるようだ。先ほどの戦闘の汗が静かにひいていく。 「さすが名産地のスイカ。来てよかったなあ」 久悠は目を細めた。一瞬よみがえる懐かしい景色。子どもの頃はスイカの種を飛ばして遊んだりしたものだが、さすがに今は少し気恥ずかしい。 目の前の畑では、アヤカシが消滅したことを喜んで子どもたちが走り回っている。 「お礼‥‥というわけでもないが、何か涼しげな曲でも吹いてみようか」 慧が横笛を取り出す。流れる笛の音に耳をかたむけながら、開拓者たちはそれぞれに夏の一時を楽しんだのだった。 |