|
■オープニング本文 ●芹内の思案 北面においてアヤカシからの攻撃が急増は、理穴における魔の森活発化の報と時を同じくしていた。 「‥‥」 前線から寄せられた報告を前に、芹内禅之正は腕を組む。 報告書の多くは、守備隊の戦勝を報せるものだ。にも関わらず、彼は眉間に皺を寄せた。彼の懸念は、勝敗にあったのでは無い。問題は、報告書の多くに共通する敵の動きだった。 敵はいずれも、守備隊と一戦を交えるや否や、躊躇なく退却しているのだ。あまりに、逃げっぷりが良過ぎる。 「‥‥ふむ」 敵の目的は、陽動か。あるいは、威力偵察や準備攻撃の類であろうか。 思案し、正座する彼の膝前には、そうした報告書の他にもう一枚、書状が置かれている。理穴よりの援軍要請だ。 (陽動か。陽動であろう‥‥が) 問題は確証である。 援軍を送るのは構わぬ。 構わぬ、が。援軍を送るとしても、おいそれと出す訳に行かぬ理由がある。 というのも、理穴より届けられた書状によれば、彼の地では補給物資が不足がちであると記されている。である以上、大軍を送りつける訳にはいかない。援軍を送るとしても、援軍は少数精鋭でなくてはならないであろう。 だがもし仮に、昨今の攻撃が威嚇で無く全面攻勢の為の下準備であったなら。精鋭を引き抜く事による即応力の低下は、そのまま被害の増大に直結する。 「打てる手は、打っておかねばならんな」 こくりと首を傾いで、彼は座を立った。 ●後顧の憂いを断つ為に 「‥‥‥後顧の憂いを断つ、か。悪くはないな」 開拓者ギルドに張り出された一枚の依頼書を見て呟いたのは、十四歳程度の少年。その風貌から見るに刀の使い手のようだ。良く見れば、その武器の纏う雰囲気が何となく他と違うことがわかる。 彼の名は天元征四郎。朱藩国出身の志士である。身長がさほど高くなく童顔なため実年齢より若く見られがちだが、これでも一応十七歳。十五の時に天元流朱藩国代表として御前試合に出た実力の持ち主だ。その表情や物言いからは厳格さと冷徹ささえ感じるが――実際本人がそういう人物であるかどうかは、また別の話。 ただ、慢心して突き進むよりも、多少手間がかかっても手堅く地固めをしてから進む事を好ましいと思うのは事実のようだ。 征四郎が見ていた依頼は北面からの依頼であった。 理穴で起こっている大規模なアヤカシの動きと時同じくして、北面でもアヤカシの動きが活発化したという。しかしその動きは、何処か不自然で――守護隊と一戦の交えては退却しているという。ただ命を食い散らすだけのアヤカシではないということだ。 とある村を襲ったアヤカシの一団があった。守護隊の到着が比較的早かったからか村人への被害はそれほど多くない(それでも犠牲者が出てしまったのは確かではある)。 幸いといっていいのだろうか、偵察部隊の調査によりそのアヤカシ達のアジトが見つかり、それは芹内王へと報告された。そして、理穴へと援軍を送る準備をしていた芹内王は、背後を突かれることは避けたいと、そのアヤカシの一斉退治をギルドへと依頼したのである。 「‥‥首だけが浮遊するアヤカシ‥‥注意が必要だな」 好戦的なアヤカシである、そう書かれてはいるものの場所が場所だけに注意するに越したことはない。 首だけで浮いている敵の種類は二種類。人間の首である大首と、犬の首である犬首だ。どちらも大体一メートル程の大きさで、数は大首の方が多いのだという。凶暴さでいえば犬首の方が上のようだが。 ただ、このアヤカシ達が集まっているのは小さな森の中にある湖の上だという。好戦的だという性質上、こちらの姿を見つければ自然よって来る可能性もあるだろうが、湖畔はそう広くないらしいので戦い方に工夫が必要だろう。 「‥‥さて、共に赴く者達が集まってくれればいいのだが」 征四郎は腕を組んでギルドの壁に寄りかかり、他にこの依頼に興味を持ってくれる開拓者を待った。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
儀助(ia0334)
20歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
天宮 蓮華(ia0992)
20歳・女・巫
天雲 結月(ia1000)
14歳・女・サ
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 「天元征四郎殿、焔龍牙と申します。よろしくお願いします」 「‥‥天元だ、よろしく頼む」 丁寧に述べられた焔龍牙(ia0904)の挨拶にも表情を変えぬまま、天元征四郎(iz0001)は礼を返した。別に不機嫌だとか何か気に障ったとかそういうわけではないから安心して欲しい。 「征四郎、最初は森の中から弓で射撃に参加。その後は刀に持ち替えて前に出ての接近戦を頼む」 天目飛鳥(ia1211)の指示は皆で相談して編み出したものだ。征四郎は頷き、承諾を示す。 「ただし突出し過ぎて孤立しない様注意だ。皆と合わせて戦線を張る様にしよう」 だが続けられた言葉には「‥‥当然」と、何を思ったか少し口を引き結んだ。 「天元様、弓はお持ちでしょうか? お持ちでないならお貸しいたしますが‥‥」 天宮蓮華(ia0992)に声をかけられた征四郎は、荷物の中から弓を取り出して見せた。 「‥‥気遣い、感謝する。だが‥‥戦闘中に渡しあう事で隙が生まれぬとも限らない。万全を期する為にも自分で用意をした」 堅実に行くためでもあるが、自分だけでなく蓮華に隙を作り出さぬように、怪我をさせぬようにと配慮されて考え出されたその行動。だが少し伝わり辛い部分は‥‥察して欲しい。 「被害が完全に防げはしなかったようですが、それでもまだ対処が間に合うのであれば、それ以上に闘志を燃やす理由はなく。凶暴だろうと、多数だろうと、貫き通すまで」 「唯一の騎士(自称。本当はサムライである)として僕にしかできない事がある‥‥頑張らなきゃ!」 志藤久遠(ia0597)と天雲結月(ia1000)が強く決意を言葉に表し、龍牙も「芹内王のためにもアヤカシを打つ!」と拳を握り締めた。 「このアヤカシはアジトまで逃げたっていうから、最後に逃げるかもしれない。不自然な行動を首達に指示している者がいるかもしれないし、注意して行こう」 滝月玲(ia1409)の言葉に一同は頷き、そして現場へと足早に向かうのであった。 ● 木々の間から湖畔が見えてくると、湖の上に浮いている怪しげな物体の様子も見て取れた。ちらちらと見える程度ではあるが対象が大きいため、的としては十分である。何人かが気力を振り絞り、首達が発するといわれる『声』に対抗する準備を整える。 「全て湖の上にいるようだが」 「森に住む生物は捕食されてしまったのか‥‥他に気配もないな」 龍牙と飛鳥、玲が心眼を使用しつつ進み、背後を突かれる可能性に対処してきた。幸いにも首達は森には出ていないらしく、森に入った当初こそ他の生物の気配が混ざって感知されたが、湖に近づく頃にはそれも殆どなくなっていた。首達が、空腹を満たす為に近くの生物を食べた可能性が高い。 「お心を強く持ちましょう。私達ならば大丈夫ですわ」 大勢のアヤカシと戦うのは初めてで不安がいっぱいだという蓮華は、順に皆に加護法をかけていく。戦いも不安だが、一番怖いのは皆が傷つく事――。 「さあ、はじめようか」 儀助(ia0334)が弓に矢を番える。 「弓は初めてじゃが‥‥まあきっと何とかなるじゃろうて」 神町・桜(ia0020)が希望を込めて呟いた。 「実は弓を実戦で使うのは初めて‥‥あっ訓練はしたけどっ」 (「少しドキドキだけど‥‥これからの戦いでも弓を使う事はありそう、頑張って慣れなきゃ!」) 結月の様に実践で弓を使うことに慣れていない者も多い。だが四の五の言っている余裕はない。玲以外の全員が森の中で弓を構える。木々の隙間にそれぞれ位置取り、湖に浮かんでいる首達を狙った。 「さて、そろそろアヤカシをおびき出すとするかの!」 「犬首から狙う」 桜と儀助の声を合図に、矢が放たれる。 シュンッ‥‥! シュンッ‥‥シュンッ‥‥! 幾本もの矢が一番近くにいた犬首へ向かって飛んだ。同時に殺気を感じた十一体の『首』が一斉にこちらを向いた。死んだ魚のような目が一斉に森の中の敵対者達を探す。 それが、始まりだった。 ● 前衛が武器を持ち替え、そして森から出て隊列を整えるには僅かではあるが時間がかかる。その間に玲が刀を手に飛び出した。自然、首達は玲に向かって接近してゆく。 「しばしの間、時間を稼ぐ‥‥!」 振りぬいた刀で一番に近づいてきた大首に攻撃をする。返す刃で二度目の傷を与えるも、別の大首からだろうか、複数響く耳障りな鳴き声が彼の頭を支配する。 「くっ‥‥」 思わずよろけた彼に襲い掛かろうとする首に、後衛の桜が矢を射って牽制を試みる。 「しかし、犬や人の生首が飛び回ってるというのはなんとも気味の悪いものじゃの。気味がいいアヤカシというのもおらぬかもじゃが‥‥」 溜息混じりに漏らされた言葉は確かにその通りだ。 「滝月様、大丈夫ですか!」 蓮華は一瞬迷った。神風恩寵で回復を施そうにも残り練力が心もとない。ここは攻撃に回るべきか――ひら、と玲が片手を挙げたのを見て、蓮華は矢を番える。まだ耐えられるようならば、前衛が配置し終わるまでに少しでも援護を。 最初に弓での集中攻撃を受けた犬首は、よろよろとよろめくようにしながらこちらに近づいてきていた。強暴だという前評判通り、鋭い犬歯を含む牙を剥いて玲を狙う。だがそれをそのまま見過ごす彼らではない。儀助が炎魂縛武を付与した矢を射掛ける。 ギャンッ! その矢は犬首の鼻に命中し、犬首は怯んだ。その隙に。 「待たせたな‥‥堕ちろ!」 刀に持ち替えた飛鳥が炎を纏わせた一撃で犬首を斬る。それが止めとなってまず一体。 「数を減らすのを重視しましょう」 使い慣れた槍を手に飛び出した久遠が、流し斬りで玲が傷を与えた大首を攻撃する。一撃、だが敵は倒れない。横合いからの刀の軌跡が視界を掠める。征四郎だ。久遠はもう一撃流し斬りを叩き込む――すると大首は苦悶の表情を浮かべて消えて行った。 「犬首は後二体だね。いくよっ!」 大首を押しのけて開拓者達に迫ろうとする犬首に、結月が刃を翻す。 「本気で血の気の多いアヤカシのようじゃの。寄ってきたアヤカシは一体たりとも逃がさぬようにせんとな!」 二体の犬首が最前列へと出てきている。桜は結月が対峙している犬首へと矢を射る。傷ついた敵を攻撃する事で、早期に数を減らす算段だ。儀助も同じく犬首を狙う。 「きゃっ‥‥!」 突然後方にいる蓮華が声を上げた。沢山いる大首のうちどれかが上げた奇声が彼女の心を蝕んでいく――それは恐怖という感情。大首に近づくのが無性に怖い。この得体の知れぬ恐怖は、大首の力なのだろうか。だが近づくのが怖いだけで、後方から弓を射る事は出来そうだった。蓮華はきゅっと唇を噛み締め、弓を引き絞る。 「守られるだけは‥‥嫌なのです‥‥!」 「‥‥狙うなら俺を狙え!」 自分の流儀ではないが、後ろにいる者達には手を出させまいと飛鳥は気合を入れた声を上げる。派手な立ち回りで傷を負っている犬首を斬りつけたと同時に、彼の頭の中にいくつかの気味の悪い声が響いた。頭の中を引っ掻き回されるような嫌な感覚。ふらり、足元がふらつく。 「やらせないよっ!」 その隙を狙って飛鳥に噛み付こうとした犬首に、結月が今一度深く斬りつけた。ギャアアと美しくない声を上げて、犬首は消えていく。 「玲! 行くぞ、アヤカシどもを後衛に近づけさせるな!」 「わかってる!」 強力な犬首のうち最後の一体が、後衛に近づく隙を狙っているようだった。龍牙は幼馴染でもある玲に声をかける。その声を受けた玲は、開拓者達を飛び越えようとでもしたのか高度を上げようとした犬首に、炎を纏った刀を手に飛び上がって上から斬りつける。体重を乗せたその斬撃に痛みを感じる間を与えず、龍牙が地上から犬首を斬り上げた。 「征四郎さん!」 玲の呼び声に応えるように、すべるように接近した征四郎は高度を落とした犬首に刀を這わせる。着地した玲は、征四郎の作った刀傷と交差するように刀を振るい。 「これで終わりだ! 炎魂縛武をくらって消えな!」 武器に炎を纏わせた龍牙が、止めを刺した。 強力な犬首三体を倒したからといって戦いが終わったわけではない。むしろ好戦的で接近戦を積極的に仕掛けて来る犬首よりも、嫌な鳴き声で攻撃をして来る大首が目障りな存在だといえた。 だがその数が半分に減ったところで、敵も危険だと察したのか、湖の真ん中から奥へと後退するそぶりを見せ始めた。 「敵が、逃げようとしているようです‥‥!」 後方から戦場を見渡しながら攻撃をしていた蓮華が叫ぶ。そして今まさにくるりと背(?)を向けた大首に矢を射掛ける。 (「僕に攻撃が集中して耐えきれずに撃沈したら‥‥そこから陣が総崩れしちゃうかも‥‥」) 結月の中に一瞬の迷いが生じる。逃亡阻止に咆哮を使用する予定だったが、例え逃亡は阻止したとしても味方が崩れては意味がない。 だが、迷っている時間はない。一体でも逃がすわけには行かないのだ。結月は気力を振り絞り、そして腹の底から叫ぶ。 「僕は人々を守る白騎士‥‥その為になら、どんな恐怖にだって耐えてみせるっ!」 湖面を響かせるような大音声。それに刺激されたのか、後ろを向いていた大首がくるりと向きを変えた。そればかりか、その場にいた5体全てが結月を狙って勢いづいて接近を始める。 あっという間に結月の周囲に大首が集まった。だが幸いしたのは大首の大きさ。1mもあれば互いの身体(?)が邪魔をして、対象に接近できる者は限られる。 「やらせはせぬのじゃ! そこっ!」 結月に噛み付こうとしていた大首を的確に見極めて、桜が歪みを発生させた。 「逃げようなど、甘い」 炎纏った矢を、儀助は後方の大首に放つ。また逃げるとしたら、一番遠い大首が一番可能性がある。 「天雲殿、大丈夫ですか!」 流し斬りで大首を攻撃した久遠は、敵が僅かに動いた隙に結月の隣に移動する。隣接する事で少しでも彼女を守る事が出来ればという配慮だ。 「うん。少し噛みつかれたけど、まだ大丈夫だよっ!」 噛み付いてきた大首に、反対の腕に持っていた刀で結月は斬りつけた。痛みのためか、大首は声を上げて噛み付いていた腕を離す。 「アヤカシにくれてやるほど、皆の命は安くないんだよ!」 結月に集中して背後ががら空きの大首に、玲が刀を振り上げ。それに倣うのが自然とでもいうように、龍牙が同じ首を狙った。 征四郎が素早く二度斬りつけたのを見て、飛鳥がそれを追う。 「やられたままで‥‥終わると思うなよ」 ギャァァァァ‥‥断末魔の叫びを残して、また、一体首が消えた。 ● 「やれやれ、なんとか終わったかの。怪我人はおるかの?」 噛み付き攻撃と泣き声攻撃で消耗した仲間を、桜が順に癒していく。思ったよりも怪我人は多かった。その間に志士達は手分けして念の為に心眼を使用した。 「‥‥聞いていた数は倒した。大丈夫だとは思うが」 辺りを見回しつつ、飛鳥が息をつく。 「征四郎くん、皆、やったね☆」 初めて実践で使う弓、そして咆哮を使うことへの不安――それらを乗り越えて安心した結月が、思わず拳を握り締めて飛び上がる。 「天雲殿っ!」 久遠が慌てて結月に近寄る。そしてその耳元で今起こった出来事を囁いた。 「えっ、白‥‥? あ! ち、違うよ! ここが白いから白騎士じゃないんだからねっ」 「こっそり耳打ちしたのが台無しではないですか‥‥」 真っ赤になって下半身を押さえる結月に、久遠は小さく溜息をついて。 見たのか見ていないのか、男性陣はあえて何も言葉にしなかった。 「帰還する前に‥‥綺麗になった湖畔で休憩はいかがですか?」 「わ、これ手作り?」 蓮華は手作りの甘味を持参していた。行きには提供する暇がなかったが、アヤカシを退治し終わった今ならばゆっくりと楽しめるだろう。手元を覗き込んだ玲に、早速一つ差し出す。 「甘さ控えめですから‥‥お嫌いな方には無理強いしませんが、甘味は体力回復や頭の回転を良くすると聞きましたので」 「一つ、もらおう」 「俺も」 儀助と龍牙にも求められ、笑顔で甘味を配る蓮華。その視線が征四郎のところで止まる。 「‥‥天元様もいかがですか?」 「‥‥‥断る理由はないが」 もっと上手い言い方は出来ないのだろうか――傍にいた飛鳥はそう思ったものの、人付き合いの苦手な自分が言えた義理ではないかと心の中で頷く。 「わしもいただくかの。治療で疲れたのじゃ」 「あ、はい、どうぞ‥‥!」 とさり、腰を下ろした桜は差し出された甘味をゆっくりと口に含む。 「これで、少しは芹内王の懸念を晴らす事が出来たでしょうか」 「大丈夫だと思うよ。報告したらきっと喜んでくれるんじゃないかなっ」 呟いた久遠の顔を覗きこんで結月が笑顔を零す。 「一連の騒動も、無事に決着がつくといいんだが」 龍牙が湖の上に広がる空を見上げた。 今、この間にも理穴周辺ではアヤカシ達が不穏な動きを見せている。それはここ北面も同じで。 今自分達はそのうちの一つを解決したに過ぎない。 だが氷山の一角に過ぎぬから無視しても良いという事件ではない。一つ一つの積み重ねが事態を動かし、そして大局を動かすのだ――それを知っているからこそ、彼らはここに集ったのである。 |