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■オープニング本文 ●偵察 緑茂の里に集められた兵力のうち、とある偵察班が里の北西側の状況を偵察していた。開拓者ではなく、一般人で腕の立つ者を集めた班である。 五人一組で構成されたその班のひとつに、女性の班長がいた。女だてらに軽鎧を着込み、刀を手にしたその姿と気迫は男性にも見劣りしない。早苗というその女性は剣術道場を営む父親に教えられるがままに、足元もおぼつかぬ頃から竹刀を握っていたという。それだけの実力があって、そして偵察班の班長を任されるに至っていた。 「早苗、大丈夫か?」 「何度それを聞くの。甘く見ないでよね。それより私達の仕事はこの辺の情報を持って帰ることなんだから」 声をかけてきた男性に、早苗は溜息をついてぷい、とそっぽを向く。男性は苦笑して、辺りの警戒に戻った。 別に、彼女は男嫌いというわけでも、班長に取り立てられた自分の立場に奢っているわけでもない。ただ、話しかけて来た彼は――彼女の夫なのだ。部下が夫だからといって特別扱いするわけにはいかないし、かといって部下として割り切るには少し夫に申し訳ない気もするし‥‥と少々複雑らしい。彼の方もそんな早苗の気持ちをわかっているのか、文句を言ったりすることはなかった。ただ何かにつけて彼女のことを心配しているようではある。 「班長! 敵影が! 里に向かって南下して‥‥別の偵察班が不意打ちを受けて応戦しているようです!」 「数は!?」 「十‥‥いや、二十近いです!」 班員の報告に早苗は青ざめる。二十体近くものアヤカシを、開拓者のいないたった五人の偵察班が相手取る事はできるのだろうか――否。ましてや相手は小規模な襲撃を繰り返すアヤカシ達とは違い、少々強いという。 「わかったわ。慎治、貞幸と啓を連れて里に戻って状況を報告。里に到着した開拓者達に協力を要請して」 真司と呼ばれた男――早苗の夫だ――は弾かれたように顔を上げて、彼女を見つめる。 「さな‥‥班長は?」 「私は清之と一緒にあの班の撤退を助けるわ」 「そんな‥‥!」 自ら危険に危険に身を投じようというのか。このまま全員で里まで戻って、開拓者に助力を請うわけには行かないのか。 「仲間が危機に瀕しているのに、見てみぬ振りは出来ない」 「じゃあせめて俺を傍に!」 食い下がる慎治を、早苗は真っ直ぐな瞳で見つめて。そしてその両腕を掴んだ。 「慎治には、里に情報を持ち帰るっていう大切な仕事を任せる」 「でも――」 伝令だけなら他の者でもいいではないか、そんな言葉が彼の口からついて出る前に早苗は口を開いた。 「アヤカシ達が里に到達してしまう前に、開拓者達を連れてきて。――私を、助けに来て」 「‥‥」 そこまで言われては、これ以上駄々をこねるわけにもいかない。こうしている間にも敵と相対している偵察班は傷ついているはずだ。少しずつ、アヤカシ達は里へと近づいているはずだ。 「――わかった」 撤退補助とはいっても相手はアヤカシだ。数も多い。無傷でいられる可能性は低いだろう。それでも慎治が承諾の意を述べたのに安心したのか、早苗は笑顔を浮かべて伝令へと赴く三人へと言った。 「それじゃあ、行ってくるわね!」 何故、彼女は笑えるのだろう。悲壮な顔をしている彼らを鼓舞するためだろうか。 願わくば、それが彼女の最後の笑顔にならないように――慎治達は祈るようにして、里への道を駆け抜けた。 ●願い 大船原を南下して里に迫って来るアヤカシの一団が発見された、と緑茂の里に到着したばかりの天元征四郎(iz0001)は駆け込んできた偵察班が報告するのを漏れ聞いた。 「手の空いている開拓者を集めろ!」 「里まで到達されるわけにはいかん!」 報告を聞いて慌てふためく兵たち。あらゥじめ里に到着していた開拓者達にも、事情は伝えられ、人員が集められている。 「‥‥俺も、行こう」 すっと人垣から一歩出た征四郎は、兵士に申し出て。何度も礼を言う兵士が他の開拓者を集めるために傍を離れると、突然彼の前に飛び出してきた者があった。 それは軽鎧姿の若い兵士で、先ほど報告をしていた偵察班の一人であると征四郎は思い出す。座り込み、地面に額を擦り付けるようにして頭を下げたその男の声には、焦りと憔悴と絶望が混ざっているように聞こえた。 「お願いです、妻を、妻を助けてください!」 「‥‥?」 「妻は、敵に不意打ちを受けた別の偵察班の撤退を助けるために、アヤカシの群れに向かって行ったのです」 およそ二十体ものアヤカシの群れに接触した偵察班の生存は絶望視されていた。つまり、彼らを助けようとした彼の妻も――。 「お願いします、妻は、開拓者を連れてきて、私を助けて、と俺に約束させて‥‥」 それは慎治を里へと向かわせる口実だったのかもしれない。それでも慎治にとってはなんとしても守らなければならない約束なのだ。彼とて、妻の生存確率が限りなく低い事は解っているのだろう。だが、まだ何処かで彼女の生存を信じたい、その思いが強いに違いない。 「――守れない約束は出来ない」 「!?」 沈黙の末に紡がれた望みを断つ征四郎の言葉に、男は弾かれたように顔を上げて。泣きそうに、表情を歪めて。 「けれども‥‥向かってきたアヤカシは全て退治する。それが‥‥開拓者の務めだ‥‥」 多くを語らない性格の征四郎。たとえ一時の慰めになるとしても、嘘はつかない。それを冷たいと思う人もいるかもしれない。けれどもそれが彼なのである。 目の前の男がどう思ったかわからないが、征四郎は言うべきことは言ったので、共に出発する開拓者達を求めて男の元を離れた。 |
■参加者一覧
天宮 涼音(ia0079)
16歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
十河 茜火(ia0749)
18歳・女・陰
天雲 結月(ia1000)
14歳・女・サ
氷(ia1083)
29歳・男・陰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
紅蜘蛛(ia5332)
22歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 急を要する案件なのは確かだ。だから開拓者達は馬を借りて現場へと急行する事を選択した。だがここは戦場近く。それに彼らが向かうのはまごう事なき戦場。となれば馬が危険に晒される事は確実で。 馬も大事な財源であるからして、普段ならば危険な場所に連れて行くと決まっていれば貸し渋られるというもの。けれども緑茂の里に連れて来られているということは、戦闘に投入する事も考慮されているのだろう。交渉は必要だったが、保証金を払う事で馬を借り受ける事が出来た。 ただ、偵察班や早苗の生存を祈る開拓者達に対し他の者達は彼らの生存を絶望視しているようで、すでに彼らを「いなくなった者」として今後の対策を練っている空気さえある。その中で彼らの生存を――妻の生存を祈り、今にも助けに向かいたいと願っているのは夫の慎治。 「お願いします、妻を助けてください! 俺も一緒に行きます!」 「‥‥」 彼に縋られた天宮涼音(ia0079)は、青い瞳で冷静にそれを見下ろした。 (「頭では理解できても感情で納得できないってやつね。私も妹に何かあったらたぶんこうなる‥‥厄介よね、人間って」) 努力はするわ、そう答えたもののそれ以上は告げず。 守れない約束は結んだその時は楽になっても、守れなかった時に余計辛くなる。 (「‥‥それに安易な約束は嫌いなの。理不尽に恨まれるのも、ね」) 今回は状況から見ても厳しい。だから涼音は「必ず助ける」などと約束したりはしない。 無表情さが冷酷にも見える征四郎の横顔をちらっと見て、柚乃(ia0638)は頭を下げる慎治の瞳を真っ直ぐに見据えた。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。興奮している相手に興奮して話しかけては、通じるものも通じないから。 「‥‥柚乃も‥‥守れない約束は出来ない。でも、隊長さん達を助けたいから‥‥全力を尽くす。絶対に諦めないと‥‥己になら約束出来る」 「俺は、そもそも約束はしない。気休めを口にもしない。ただ、力は尽くす。全力でだ」 真実を伝えるのが記者であり、真実を伝えるのに欠かせないものは情報の正確さや、公平な視点。紫雲雅人(ia5150)は決意を述べた後、心の中で「悲劇よりも喜劇の方が、書く方も嬉しいですからね」と付け加えた。 「貞幸殿と啓殿でしたか、御二人には随行していただきます。馬番をお願いしたく」 「お、俺はっ‥‥!」 力強く頷いた同僚の姿を見て、慎治が立ち上がった。そして自らの事に触れなかった志藤久遠(ia0597)へと詰め寄る。久遠は静かに彼を見つめて、そして。 「慎治殿を外した理由は‥‥御自分が、一番お分かりでしょう」 「な‥‥」 冷静なその言葉は気の昂ぶった彼には深く突き刺さって。けれども正論だからこそ逃げ場がなく。言葉をなくした彼を、紅蜘蛛(ia5332)が優しく抱き寄せた。その耳元に、艶やかな唇を寄せて、囁く。 「例え彼女が無事だったとて、処置が遅れれば命は無いわ。帰って来たらしっかり労わってあげなさい。本当の意味で救えるのは貴方だけなのよ」 厳しく言うだけでは納得させる事は難しい。優しく言われた彼は、言葉が優しいからというより抱き寄せられた事に驚いたのか動きを止める。そこに久遠が、言葉を重ねた。 「これからも怪我人が運ばれてくる可能性はあります、その受け入れ準備でもしておいてください‥‥間に合えば、早苗殿も身を休めなければいけませんし、ね」 「ここで大切な人の帰りを待っていて? 貴方はその人に取って『居場所であり、帰る場所』。それを放棄しては駄目‥‥」 そっと彼の手を取った柚乃。その指先から皆の気持ちが伝わったのか、慎治はくっと唇を噛み締めて瞳を閉じた。 彼を連れて行く事は多くの人が反対している。だが天雲結月(ia1000)は強く反対できずにいた。それは、自分だったらできないと思うから。 (「だって‥‥愛する人が助けを求めているのに、自分で助けに行くのを抑えるなんて、僕だったらできないから‥‥ごめんねっ‥‥」) 彼の気持ちがわかるからこそ、彼を説得する事は出来なかった。ただ、仲間達に諭されていく慎治を静かに見守った。 「これでこちらの準備は整いましたね」 慎治の説得を他の者に任せて馬の準備をしていた那木照日(ia0623)が、同じく準備に当たっていた十河茜火(ia0749)に告げる。茜火は早く討伐に向かいたくてうずうずしているようだった。準備が整ったと知って、大きく声を上げる。 「時はなんたらかんたらって言うしさ、パパーッと行こうよっ」 「無理に戦おうとせず、逃げに専念しててくれりゃまだ間に合うかねぇ?」 馬を引きながらぼそっと呟いた氷(ia1083)は心の中で溜息をつく。 (「英雄気取りは勘弁してくれ‥‥残される方の身にもなってみろってんだ」) それは、この場にいない早苗に対するもの。 「準備が出来たようやな。納得したか? 納得して無くてもええ」 連れられてきた馬に飛び乗った八十神蔵人(ia1422)は慎治を一瞥する。 「冷静な判断できん奴を連れて行けるほどわしら余裕ないねん、急いでるからもういくで!」 同じように開拓者達は次々と馬に乗り、同乗を希望する者を乗せて出立の準備を万端にと整える。ここで時間をとられていては、助かるものも助からない。それは偵察班だけのことではなく、ここ、緑茂の里の事でもあった。敵は里目指して進軍してきているのだ。 「‥‥お願い、します‥‥」 相乗りさせてもらった馬上から柚乃が振り返ると、慎治はその場に座り込んで、開拓者達の背に頭を下げていた。 ● 目的の草原が見えてきたところで一同は馬を下りる。馬を巻き込まない為に、連れてきた偵察班の二人に預け、草原を見渡しながら三手に分かれた。二つの咆哮班と救出班である。 「奥に敵影が見えるな」 「急ごうっ!」 氷と茜火の声を受け、同じ班の照日と雅人も走り出す。 「那木さん。私が全力で回復しますので‥‥安心してください」 「ありがとうございます‥‥!」 雅人の言葉に安心を抱き、照日は目の前の剣狼の群れに対して咆哮を放った。 「こっちです‥‥!」 「攻守交替! 楽しいお仕事はっじめるよーっ!」 同時に茜火が嬉々として大声を放つ。そして手にした符を、照日の咆哮で引き寄せられてくる敵に対して投げつけていく。カマイタチの式が飛び、剣狼の身体を切りつけていく。照日は何度か咆哮を続け、なるべく多くの敵をひきつけようと必死だ。雅人は敵の攻撃を一身に受ける照日に優先的に神風恩寵を掛けて助力をする。 「生存者は‥‥」 氷は肩に乗せた火炎獣の吐き出す火炎放射でおびき寄せられた剣狼達を攻撃しながらも、生存者がいないかを探す。もしいれば治療に向かうつもりだ。だが見えるのは剣狼の群れと後方に位置する骨鎧。もしかしたら倒れていて、下草と敵に埋もれているのかもしれない。だとすれば少しでも早く敵の数を減らして見通しを良くするしかない。 「ほらほら、群れてるんじゃないよっ!」 茜火はひたすら斬撃符を繰り出して剣狼を切り刻む。身体から生えた剣で剣狼がきりつけてきても、決して怯まずに攻撃を続ける。救出班のルート確保のためだ。 「くっ‥‥」 十字組受で攻撃を受けつつ防御で耐え続ける照日。 「手強いアヤカシです。あまり無理をなさらぬよう」 雅人が照日、茜火に順に神風恩寵を施して戦線を支える。 「回復は他の二人を優先してくれて構わないからな」 氷は適宜吸心符を混ぜる事で雅人の負担を減らし、そして攻撃にも貢献していた。 「それ以上の狼藉は、許さない!」 もう一つの咆哮班の要である結月が叫ぶ。騎乗中にスカートの中の白を晒してしまっていたが、今回は恥らっている余裕は無い。今も躊躇っている余裕はない――ただ、敵をひきつけて己の役目を果たすのみ。迫り来る剣狼の猛攻は、十字組受で凌ぐ。 同班の者に加護結界を施した柚乃は、結月と涼音の傷の具合を見ながらも結月に群がる剣狼に歪みを放つ。 「出来るだけ数を減らしたいところね」 涼音が飛苦無を投げ、斬撃符を放って柚乃が攻撃した剣狼を狙う。刃状になった翼を持つ燕の式が、剣狼を襲った。 勿論剣狼も黙って攻撃を受けるばかりではない。その牙や爪を以ってして結月を傷つけ、身体に生えた剣を使って涼音を狙う。柚乃が攻撃に集中したのは最初の数回みで、途中からは神風恩寵による回復に追われる事になった。だが柚乃は慎重に機会を狙い、そして回復を施す。万が一生存者が救出された場合、そちらの回復も考えなければならないからだ。 もう一つの咆哮班よりは手が少ない分、多数の敵に襲われればなす術も無くなる。それでも時折挟まれる結月の反撃と、涼音の攻撃で一体ずつ敵を減らしていった。 「あと、もうちょいでそっち行くで‥‥だから諦めんと耐えといてや」 二つの班が左右から咆哮で敵をひきつけると、上手い具合に真ん中が少し空いた。そこに飛び込んだのは救出班の面々。蔵人が巌流で大斧を振り回しながらその「道」へと突っ込む。 「奥に、見えます」 久遠が長槍を捌きながら蔵人に続く。「道」の奥、骨鎧がいる辺りの足元に倒れている人影がいくつもあった。数人は折り重なるようにしているのだろうか、下草に隠れることなくその姿が見えている。 「生きているかしら」 征四郎の後に続きながら、紅蜘蛛が呟く。「無事か」とは問わない。一番最初に目に付いた倒れている背中は噛み千切られているのか不自然な形になっており、大量の血が壊れた軽鎧を染めていたからだ。 「一人くらい、生き残っているかもしれんが‥‥こいつらが邪魔やな」 偵察班の傍には骨鎧が陣取っていて、接近してきた救出班の面々を害敵とみなしたのだろう、血に染まった武器を構えて迫って来る。倒れた偵察班を食べるよりも、敵を排除する事を先に選んだようだった。 「一刻も早く駆けつけたいところですが‥‥仕方がありません」 久遠は小さく溜息をついて、接近してきた骨鎧に流し斬りを見舞う。蔵人も大斧を振り回し、骨鎧達の牽制に当たった。木葉隠を使用した紅蜘蛛は骨鎧の大ぶりな攻撃をかわし、そして小刀で斬り付ける。ちらり、後方の咆哮班を見やるとまだまだ剣狼を倒しきれてはいないようだったが、着実に数は減らしているようだった。 皆と共に骨鎧の牽制に当たっていた征四郎は、事前に氷に言われた言葉を思い出す。 『レンゲ(※天元)君は咆哮で引き寄せられなかった敵の抑えをよろしく。もし生存者が居れば、巫女さんかオレに声かけてくれな』 生存者――いるかもしれないが、この状態ではまだ確認が取れない。だが急いで確認しなくては生存者が死者に変わる恐れもあった。 「‥‥代わる。蔵人は生存者の確認に‥‥行ってくれ」 「蔵人殿、私からもお願いします。ここは、私たち三人で押さえます」 征四郎の言葉を受けて、骨鎧に長槍を突き刺した久遠が同意を示す。紅蜘蛛も小太刀を振りぬきながら頷いて見せた。 「わかった‥‥任されたで!」 蔵人は大斧を振り回して強引に道をあけ、そして偵察班の倒れている箇所へとかけていく。追い縋る骨鎧を振り回した大斧が叩き斬った感触がしたが、振り向いて確かめている余裕は無い。 「加勢するよっ!」 後方から茜火の声が聞こえた。恐らく剣狼の殲滅の目処がついたのだろう。じきに他の仲間も骨鎧戦に加わってくれると思われる。 蔵人は倒れている偵察班の様子を素早く見て回った。少し離れた場所に倒れている者は恐らく最初に犠牲になってしまったのだろう、生存は望めない。としたら一番近い所に倒れている者達ならどうだろうか、蔵人は近くに折り重なっている人々を見た。 (「一番上は駄目か」) その傷の深さは恐らく致命傷だろう、一番上に覆いかぶさっている男の身体をどかす。その下には横からまるで何かを庇うように別の男が倒れていた。足からの出血が酷く、致命傷に思えた。 「生存者はいたかい?」 「いや、今んところは」 後ろから覗き込んで声をかけたのは氷だ。剣狼をあらかた退治し終えて、こちらへ向かってきてくれたのだろう。他の仲間が後方で骨鎧と戦っている声と剣戟の音が、ここまで響く。 「よっと」 二人がかりで男を草の上に下ろすと、その下から現れたのは広がる長い黒髪。うつ伏せに倒れているその背中は男達より華奢で、明らかに彼らとは違うものを感じさせる。 女性となれば、それが早苗である可能性は高い。氷がしゃがんで首筋に手を当てると、弱くではあるが脈がある。背中への傷が酷いので、急いで治癒符を施した。その様子を見て蔵人も状況を悟る。 「生存者がいたで!」 振り返って告げた蔵人の言葉に、一同の手に力が入る。柚乃が駆け寄ってきて、治療の手助けをした。 「いくら痛覚がなくてもこれは効くでしょう? 吹き飛べ!」 涼音が斬撃符を放って骨鎧を切り裂く。 「骨鎧は押さえるから、早く生存者を連れて下がって!」 結月が振り下ろした刀傷で、一体の骨鎧が鎧を残して消滅した。 「押さえます」 久遠が長槍で骨鎧の頭を叩き落し。 「支援だけが‥‥巫女の仕事ではないのでね?」 雅人は突破しようとする骨鎧に歪みを差し向けた。 「見つけた‥‥」 照日は骨鎧の中でも指揮を取っているような行動の者をみつけ、そちらへと駆け寄った。そして二刀を振るい、素早い攻撃を繰り出す――弐連撃だ。 「下がったね? いくよ、爆ぜ飛べぇっ!!」 「最後は業火に灼かれて逝きなさい」 蔵人と氷が早苗を連れて下がったのを確認して、茜火が火炎獣に炎を放たせ、紅蜘蛛が火遁の炎を与える。炎に焼かれた骨鎧が他の者の追撃を受けて消えていく。残されるのは古鎧のみ。 「あと少しです‥‥!」 指揮官を相手取っていた照日の声に後押しされ、久遠や結月が猛攻を仕掛ける。 程なく、骨鎧達は鎧を残して消えた。 ● 「彼女は大丈夫ですか?」 戦場が落ち着いたのを見て、雅人が氷や柚乃の傍に駆け寄った。そして治療を手伝う。他の仲間達も、その様子を遠巻きに覗き込んでいて。 「多分‥‥もう大丈夫‥‥」 こくん、柚乃が頷くと一同に安堵の吐息が漏れた。 「一人だけでも助けられて、良かった‥‥」 結月が微笑む横で、茜火はニッと笑いかけて欠伸をしている。 「急いで連れて帰りましょう‥‥待っている人もいる事だし」 紅蜘蛛が任せてある馬の方へと向かう。そちらでは馬番にと連れてきた二人が何が起こったのかと、見えぬ状況にやきもきしているはずだった。 「そうね。‥‥助けられて良かったわね」 半ば諦めていた私が言う事じゃないけど、と苦笑しつつ涼音が言葉を紡いだ。 現場への到着が遅れていたら、犠牲者達の倒れている場所への到達が遅れていたら、もしかしたら助けられなかったかもしれない。一つ間違えば、守るように遺された命の炎は消えていたかもしれない。 意識は無いが鼓動は確かに感じられる早苗を連れて、開拓者達は帰途に着いたのだった。 |