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■オープニング本文 ●時は―― 開拓者ギルド。その机に頭を擦り付けるようにして懇願している男性の姿があった。対するはギルド受け付けの女性。 「お願いだ! これを、これを届けて‥‥」 「煉矢(れんや)、いい加減にしなさい。私はあれほど自分で届けに行きなさいって言ったはず。それがけじめってものでしょう?」 「でも、俺はあの村からでて八年‥‥沙紀(さき)が待っててくれるなんて自信が‥‥」 すぱこーんっ! 受付員は筒状に丸めた紙束で煉矢の頭を叩いた。気持ちいいくらいの音を立ててその紙束は命中する。 「男らしくないわね。男ならしっかりと真実を自分の目で見てきなさい‥‥と言いたいところだけど」 「ど‥‥?」 不自然に途切れた受付員の言葉に、煉矢は叩かれた箇所を押さえながら問い返す。受付員は苦笑を浮かべ、一枚の依頼書を彼の元へと差し出した。 「あの村にいく途中の林道に、鳥型のアヤカシが出現するようになったの。その退治依頼がでてるのよ。だから、アヤカシを退治した後村に安全を知らせに行くついでに、あんたの手紙を村まで届けてくれって頼むことは不可能じゃないわ」 「!!」 「さすがにこの状況で、開拓者でもないあんた一人で村に向かえなんて言えないし‥‥」 ふぅ、受付員はため息をついて、机に載せられた二通の手紙を見つめた。そして。 「でも本当にいいの? 自分でけじめをつけるべきじゃない?」 「沙紀に会ったら‥‥別れづらいだろう?」 煉矢はまるで子供の様に泣きそうな、そんな表情で悲しそうに微笑んだ。 ●満ちたら―― ――十八になって一人前になったら絶対に沙紀を迎えに来るからな! ――十八って‥‥八年も先だよ? ――でも、一人立ちできるようになってないと、その、沙紀の父さんも認めてくれないだろう? 両親をアヤカシに殺され、天涯孤独となった煉矢を村のどの家に引き取るか――大人たちがそんな相談を続けている間、煉矢は村長の家で暮らしていた。村長の娘で幼馴染の沙紀は二つ年上で、でも年上とは思えないほどぼうっとしてて危なっかしくて、護ってあげたくなる、そんな存在だった。 町の薬屋が村に立ち寄ったのは偶然だった。後継者だった息子をアヤカシに襲われて亡くした薬屋は、煉矢の身の上を聞いて己の跡継ぎとして引き取りたいと言い出した。 村長は、このまま村の何処かで肩身の狭い思いをして生きるよりは煉矢自身にとってもよいことだと判断し、彼を薬屋に預ける事にした。表向きは奉公という形で、煉矢は町へ行く事になった。後々煉矢が跡継ぎとして相応しく成長したら、店を任せるつもりだという。 ――煉矢が十八歳になったら、私、二十歳だよ? 別れの日、沙紀はそういって苦笑した。でも、嫌だとは一言も言わなかったのだ。 沙紀からの手紙は町へ向かう商人に預けられたりして、時々届いた。だが煉矢は奉公に忙しく、覚える事も多く、返事を出せたのは片手で数えるほどしかない。 そのうち、沙紀からの手紙も途絶えた。 先日、煉矢は十八になった。だがまだまだ一人前の薬師として認めてもらえていない。 約束は覚えてる――だが、一人前になっていない彼は会わせる顔もなくそれに――二十歳まで沙紀が結婚していないという保証はどこにもない。 だから煉矢は二通の手紙を書いた。 沙紀が結婚していた場合――ただ単に自分の近況を伝える手紙を。もう二度と会わないだろうという思いを込めて。 沙紀が自分を待っていた場合――迎えに行く事が出来ない。約束は忘れるように、と。 だが事情を全て聞いている受付の女性は思う。 本当に手紙を渡してそれっきりでいいのか、と。 煉矢が、自分で会いに行くべきではないか、と。 煉矢を連れて行くとしたら、アヤカシとの戦闘中、護らなくてはならない。 手紙を届けるだけのほうが簡単だ。 でも――本当にそれだけでよいのだろうか? |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
土橋 ゆあ(ia0108)
16歳・女・陰
百舌鳥(ia0429)
26歳・男・サ
御剣・蓮(ia0928)
24歳・女・巫
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
臼井 友利子(ia0994)
18歳・女・志
滝宮 玲(ia1079)
21歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 開拓者達の中で、煉矢を連れて行くということに異論のある者は居なかった。その旨彼に告げると、さすがに彼はとても驚いた顔をして。 「手紙を人に託して済ませられる事じゃない! 君の手で言葉でしっかりけじめをつけるんだ」 「でも‥‥」 「でももくそもあったもんじゃねーよ」 滝宮玲(ia1079)の主張にまだまだ反論しようとする煉矢を見て、巴渓(ia1334)がため息をつく。 「例え意中の女がどうであれ、本当にお前がこの絆を護りたいなら言い訳はするな。立派になるまで逢えない? 相手が結婚してるかも知れない? それが言い訳だって言うのさ‥‥さあ、覚悟を決めろ」 「おうおうおう。女々しい奴だねぇ。男だったら傷つくのをためらうんじゃねぇぜ? 後悔するかどーかは行動してからにしな」 「人を待たせているのなら気持ちを見せるべきでしょう‥‥」 手紙を一応預かった百舌鳥(ia0429)がはっきり言い放つと、追う様に土橋ゆあ(ia0108)が彼を見つめて言葉をかける。 「結婚して家族になるってとても大切な事なのに文字だけで済ますつもりなんですか? ちゃんと会わずに終わらせるとお互い一生引きずりますよ」 「う‥‥」 その言葉には煉矢も反論が出来ない。だって現在までずるずる引きずってきてしまったのは事実。それを手紙だけで片付けられるという保証はないわけで。 「物事っちゅうのは常に後悔の連続や。あの時ああしておけばよかったことなんていくらでもあるわ。特にしなかったことに関してはな、ずっと棘みたいに残り続けるんや。あんさんはその棘が刺さったまま生きたいんか?」 「それは‥‥」 勿論そんなはずはない。天津疾也(ia0019)の言葉に煉矢は小さく首を振って。その様子を見た巳斗(ia0966)が後一押しとばかりに進み出た。 「会わずに後悔するより、会って確かめた方が悔いは残らないでしょう? 心のどこかに痞えるものがあるなら、きっと無駄にはならない筈‥‥です」 皆の言葉にだんだん小さくなっていく煉矢を見て、臼井友利子(ia0994)は優しい表情で彼を見つめる。恋は自分で決意するものだから、あまり強く言わないようにしようと決めていた。でも―― 「でも古人曰く『やらないで後悔するよりやって後悔せよ』ですよ」 果たして自分で確かめず、手紙を託して話を聞くだけで本当に満足できるのか――彼らはそう問うていた。 (「手紙と言う結論に至るまでもそれなりには思い悩んだのでしょうし‥‥すぐに決められるはずはないですよね」) 御剣・蓮(ia0928)はぎゅっと服の裾を握り締めて俯いてしまった煉矢を見て、天儀酒を手に彼と一同との間に進み出る。 「さ、皆様。夜も更けて参りました‥‥煉矢様にももう一度考える時間が必要でしょうし‥‥明日また考えをお伺いする形で如何でしょう‥‥?」 その言葉に弾かれたように煉矢が顔を上げる。蓮は小さく振り返ってにこり、と笑った。 「夜に出発してむざむざ危険を増やすというのも愚行ですね。いいでしょう」 「ただ、明日の朝一には出発するぜ? しっかり考えとけよ」 ゆあと百舌鳥の言葉に彼が頷いたのを確認して、一同は彼に数刻の猶予を与える事にした。 ● 翌朝。太陽がその額をちらちらと見せ始める頃。 「さて、どうなったかね」 「どういう結論になったとしても、無理矢理にでも連れて行く」 旅支度を済ませた渓と玲が、煉矢の住む家の扉をじっと見つめて。 「あと少しして出て来んかったら、乗り込むで」 「大丈夫だと‥‥思いたいですが」 疾也と巳斗も静かに扉を見つめる。 ゴトッ‥‥ガラッ‥‥ 次の瞬間少しためらうようにして、だが力強くその扉が開かれて、一同は扉の先に立っている人物を見つめた。 「俺‥‥やっぱり‥‥」 そこに立っていたのは勿論煉矢。俯くようにして、自信なさ気に紡がれる言葉。だが誰も彼を無理矢理引っ張ろうとはしなかった。 「‥‥‥‥‥。足手まといになると思うけど、それでも‥‥連れて行ってくれるか?」 彼の手に、旅支度と思われる荷物が下げられているのを目にしたから。 勿論、誰も彼の決意を無碍にしたりはしない。当たり前だ、と煉矢の頭をわしゃっとなでたり優しい瞳を返したり。 元々煉矢同行の上でアヤカシを討伐する計画を立てていたのだ。ここからが開拓者の腕の見せ所、だ。 ● 林道というからには左右にそれなりに高い木が並んでて、その間に出来た道を抜けていくというものだった。この林道に、鳥型アヤカシが出現する、という。 「鳥のアヤカシ‥‥強そうです」 「普通に考えて相手は飛んでくる。つーことは、機動力があるってことだしな」 友利子がギルドに尋ねたところ、今回見かけられた鳥型アヤカシは一メートルくらいの大きさで、翼を駆使して接近と後退を繰り返す戦法を得意とするようだ。対するこちらは徒歩。煉矢という保護対象が居る以上、しっかり陣を組まねば空中から狙われる事は想像に難くない。 「少し先の左側の木にに2羽、多分こちらを覗ってんな」 心眼を使った疾也が告げる。恐らくもう少し林道に踏み込めば、相手も近寄ってくるだろう。 「あと3羽ですか。見つからないとちょっと不安ですね」 玲も心眼を使って気配察知を試みる。右側に1羽の気配を感じ取る事が出来た。 「俺が囮になっておびき出す。後は頼んだぜ?」 言うや否や、百舌鳥が林道へ飛び出した。蓮が慌てて神楽舞・攻を舞う。 「煉矢さん、危ないから林の中でじっとしててください!」 友利子が刀を抜き、後方の煉矢へと声をかける。林の中ならば鳥の機動力も落ちるだろうと踏んでの事だ。煉矢は小さく返事をして、素早く脇の林へと入る。 「出て来ましね‥‥」 囮として飛び出した百舌鳥に、大きな茶色の鳥が三羽近寄っていくのが見える。ゆあが斬撃符を放つと、カマイタチがうち一羽の羽根を切り裂いた。茶色の羽根がふわっと舞う。反撃をせずに防御に徹している百舌鳥に、頭はさほど良くないのだろう三羽は面白いようにひきつけられて、彼を狙う。後方から自分達を狙っている者達がいることなど、気づいていないのか忘れてしまったのか――。 疾也の放った矢が、一羽の羽根の付け根辺りに突き刺さる。小さければ当てるのに苦労したかもしれないが、敵の身体が大きいということは的が大きいという事で。向こうから向かってくる的に当てることなど造作もなかった。 百舌鳥が後退してくると、自然敵達も開拓者達に近づく。敵達は彼らに気づき攻撃の矛先を変えたが――それが彼らの命運を決めてしまうこととなった。 (「やはり、攻撃されるときは手が届きます‥‥!」) 「っごめんなさい‥‥!」 友利子は接近してきた敵の爪を刀で受け止め、距離をとられる前に反撃に転ずる。その刃は一羽の片羽根を切りつけ、そしてバランスを崩したとの隙を狙って炎魂縛武を使用した巳斗の矢が突き刺さる。 同じく前衛に布陣していた玲も、自分を狙ってきた一羽の羽根に飛手を叩き込み、バランスを崩したところで足を狙う。横から渓が飛手を繰り出し、一羽を地面にたたきつけた。止めを刺すようにゆあの斬撃符によるカマイタチがその一羽を切り裂き、そして沈黙させる。 「さて‥‥防戦ばっかが俺のやり方じゃねぇぜ?」 百舌鳥がニヤリと笑み、木刀と刀を叩き込む。今まで防御に徹していた分をお返しだ。あわせるようにして疾也の矢が、その一羽を狙う。 爪で切り裂かれた傷は、蓮の神風恩寵が適宜癒してくれる。だからこそ、前衛の者は安心して戦いに熱中できるというわけだ。 「残りの二羽が左前方に‥‥来ます」 巳斗が心眼で察知した二羽は、程なくその姿を見せた。ゆあと疾也が素早くそちらを狙う。 「こっちはちゃっちゃと終わらせて成功報酬の銭勘定でもしたいんや。時間の代金は高いんやで」 矢やカマイタチで傷をつけられても、その二羽はひるまない。 「あと2羽だけですね。頑張りましょう」 友利子が刀を握り締め、その接近を待つ。 「あと少しでこの道も安全になるんだ」 玲もキッと敵を睨み据える。ゆあ、疾矢、巳斗など遠距離攻撃のできる者が接近されるまでに少しでも敵を弱らせておこうと、その場から精一杯攻撃を放つ。 「よし、行くぜ!」 十分に敵が近づいたところで渓が飛び出した。友利子や百舌鳥も、武器を手に続く。 「御剣さん、回復は任せました」 「かしこまりました」 符を手にしたゆあの声掛けに、蓮は頷いて、いつでも回復が出来るようにと備える。 彼らはすでに三羽の敵を倒している。これまでと同じ方法で対応すれば、きちんと倒せるはずだ。 あと少し――手の届くところにある達成感を目指し、八人はそれぞれ己の役割を胸に抱いて、アヤカシに対峙した。 ● 「して‥‥お前の許婚‥‥良い女か?」 「え、あ、うん」 無事にアヤカシが退治されて安全になった林道。蓮の手当てを受けながら言う百舌鳥に、煉矢は恥ずかしそうに頷いた。 「良い女だからこそ、もう自分を待ってないなんて不安が出てくるのかもしれねぇが」 ここまで来たんだ、今更引き返すなんていうなよ、と渓が煉矢を小突く。 「手紙を渡すと言うのは煉矢様の考えでしょうが、それは相手からすれば一方的なお話です‥‥まだ待っていてくれたとしたら、沙紀様への裏切り、とも言えますよ‥‥」 ぽつり、呟かれた蓮の言葉に、ぎくっと煉矢が肩を震わせた。だが、続けられた言葉は―― 「あわせる顔がないというのも、男性の考えでしょうね‥‥女性なら、まずは会って理由を聞かせて欲しいところです。顔を合わせて話さないと、肝心なところはなにも伝わりませんよ‥‥。一人前にならなければ迎えにいけないというならば、二人で一緒に支え合い一人前になれば良いのです‥‥」 「二人で‥‥」 それはそれまでの煉矢にはない考えだった。第一一人前になっていなければ、きっと彼女の親は許してくれまい‥‥そんな思いがぐるぐると彼の中を渦巻く。それを見抜いたかのように、玲が口を開いた。 「一人前か‥‥知識や技術は時と共に積んで行くもの、薬師って医術と同じく人を思う心が大切だと思うんだ。努力をした上で彼女を思って泣けるその心はもう一人前だと思うぜ」 「おらおらここまで来て迷っててもしゃーないで? 行くぞ?」 「っ‥‥!?」 バシンッ、疾矢が煉矢の背中をはたく。煉矢はわずかにむせながらも、村を出たときよりは吹っ切れたような表情をしてた。 「念の為に心眼を使ってみましたけど、隠れている敵はいないみたいでした。討伐完了の報告に、いきましょう?」 友利子の報告を受け、それぞれが林道の出口へと向かう。 「八年間の想い、大切にしてくださいね?」 優しく背中を押した巳斗の言葉に、煉矢もゆっくりと足を動かした。 ● 「おお、開拓者さんたちかね‥‥」 「煉矢が戻ってきたぞ! ここに惚れた女がいると聞いたが存じておるか!!」 「ちょっとまっ‥‥!」 村に入るなり村人の問いを無視して発せられた百舌鳥の言葉に、煉矢が顔を赤らめて彼を止めようとする。だが一度出た言葉は取り戻すことが出来ず。 「何? あのちっさかった煉矢かね?」 「おお、でっかくなりおって」 「誰か、沙紀に伝えいっ!」 困惑する煉矢をよそに、村人達は一気に盛り上がって行った。 「‥‥逃げ道を塞ぎましたね‥‥」 ゆあの声に百舌鳥はニヤリ、笑って見せた。 「煉矢さん、煉矢さんの御宅があったのはどの辺ですか?」 「あ、あっちだけど‥‥」 「では、そちらへ行きましょう」 巳斗は二人の思い出の場所が再会の場に相応しいと考え、そちらへ煉矢を導く。そしてまだ残っていた家の前に彼を立たせると、他の仲間と共に物陰に隠れた。やはり再会は二人っきりが良いだろう。 「観客は多いみたいだがな‥‥」 渓の言う通り、話を聞きつけて来たのか村人達が続々と集まってきていた。それぞれ遠巻きに見ているだけだが、明らかに野次馬である。 「でも‥‥村の人達の反応を見ると」 「何となく結末の予想がつくってもんやな」 友利子と疾也は自分達の予想が当たってくれればいいのに、と祈りながら様子を覗う。 「あの方が沙紀様‥‥でしょうか」 人垣が割れ、その間から姿を現したのは長い黒髪が印象的な、穏やかそうな女性だった。胸元に手をあて、肩を上下させて煉矢をじっと見ている。 蓮の予想通り、その女性が沙紀のようだ。煉矢の口が「さき」と象ったのがわかる。おおかた成長した彼女を見て固まっているのだろう、それ以降言葉を発する事が出来ないようだ。 こういう時は女性のほうが強いもので、動いたのは沙紀の方だった。煉矢に駆け寄り、その頬をぺち、と叩いたかと思ったら、そのまま彼の胸に顔をうずめて。 「‥‥‥これ以上は見るまでもありませんね。妬ましいので会ってあげません」 ゆあがくるっと二人に背を向ける。 背後から村人達の歓声が聞こえた。 「いいねぇ、恋の花がまた一輪咲いたぜぇ?」 百舌鳥は懐から二通の手紙を取り出し、そして手をかける。もう、この手紙は不要だ。 「桜吹雪の代わりだ。お幸せにな」 細かく破り捨てられた手紙が、追い風に乗ってふわりと二人の上空へと舞って行く。 煉矢の手が壊れ物を抱くようにこわごわと沙紀の背中に回されたのを、彼らは確認した。 |