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■オープニング本文 ●行方不明の女童 北面(ほくめん)候の仁生(にせい)に居を構えるとある貴族の家で、最近女童(めのわらわ)が行方不明になる事件が続いていた。女童とは高貴な身分の者に使える少女のことを指し、中には行儀見習いとして女童を努めるものもいる。 普段は文使いをしたり屋敷の中で仕事をしたりと屋敷から出ることの少ない女童が、ひとり、また一人と消えたというのだ。 屋敷の主が何か心あたりはないかと他の者達に聞いたところ、最近女童の間では石榴が話に持ち上がっていたという。 真赤に熟した石榴の実は甘酸っぱくて美味しい。これを是非お仕えする姫様にも食べさせて差し上げたいと盛り上がったのだとか。 そしてその石榴を取りに行った女童が帰ってこず。続けてその女童を探しに行った女童も行方が知れない。 大人たちが問い詰めてみれば、秘密の場所だとごねたものの、しっかり場所を聞き出す事が出来た。小さな崖のへりに生えている石榴を取りに行ったらしく、崖に落ちぬように腹ばいになって崖に生えている石榴を取るのだそうだが‥‥。 「崖にアヤカシでもでたか?」 館の主人は眉を顰め、至急開拓者ギルドへ文を送った。 程なくして届いた返事には、蜘蛛型アヤカシが確認されている。注意されたし、の文字。 その報を受けたこの家の姫は、可愛がっていた女童たちが巻き込まれたあまりの事に、気を失ってしまったという。 「アヤカシ討伐に行く者達に見て来てもらおう。我が家の女童がどこからおらぬか」 主人とてその生存は絶望視している。だが、生死をしっかりと確かめて、せめて遺体を確保せねば、女童たちの親にも申し訳が立たないというものだ。 万に一つでも無事で居てくれれば――主は祈った。 ●清流に飲まれて 「おいしい、ざくろ‥‥ひめさま、に‥‥」 崖から落ちたときにしたたかに身体を打ちつけたせいで、暫く意識を失っていた。沢に落ちたのだろう、水が体温をどんどん奪っていく。それでも女童は石榴を手放さなかった。 石榴取りに夢中になって日をまたいでしまった彼女を迎えに来た蘭(らん)は、崖の上でアヤカシを見つけるなり彼女――夕(ゆう)を崖から突き落とした。 あれからどれくらい経っているのかは解らない。蘭がどうなったのか、夕には知るすべもない。 あのおそろしいアヤカシは、まだいるのだろうか。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
六道 乖征(ia0271)
15歳・男・陰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 「アヤカシが出る所にお子様が行方不明か‥‥やれやれ面倒なこっちゃな。まあ銭もらえるならその分仕事はきっちり果たさせてもらうけどな」 現地へ向かう道すがら、天津疾也(ia0019)がため息混じりに呟いた。 「女童の生死を確認してくれ‥‥か。何、生きてるさ。必ず」 「アヤカシよりも人命第一どす」 女童の生存を信じて疑わない樹邑鴻(ia0483)に、華御院鬨(ia0351)が強く語る。アヤカシ退治が二の次でいいというわけではなく、女童の人命第一かつ人々を危険に晒さない事が大事――つまり最終的にはアヤカシの討伐へと行き着くというわけだ。 「僕は諦めない‥‥絶対、絶対、無事に連れて帰るんだっ!」 「落ち着いてください。落ち着かないと見えるものも見えなくなりますから」 意気込む天河ふしぎ(ia1037)を斑鳩(ia1002)が優しくなだめる。できる事なら女童を無事に連れ帰りたい、それは皆も同じ。だからこそ落ち着いて捜索に当たらねば、女童もアヤカシも見つからぬだろう。 「‥‥確かに石榴は美味‥‥その献身は救われるべき‥‥それを無碍にするアヤカシには‥‥相応の報いを受けてもらう‥‥」 「己が姫のために行った行動、敬意を払うことこそあれど、蔑むことが出来るものか‥‥」 「例え微力であろうとも全力を尽くす。僅かでもアヤカシの被害を無くす為に‥‥」 六道乖征(ia0271)、香坂御影(ia0737)、氷海威(ia1004)の瞳はアヤカシに対する怒りで燃えている。 (「一縷の望みでもある限り、生きていると信じて戦おう。アヤカシは、僕が斬り伏せる。姫の元に、優しき彼女たちを連れ戻すために」) 幼子の希望と未来を奪おうとするアヤカシを許しておけるものか――八人は急ぎ、石榴のあるという「秘密の場所」へと向かった。 ● 「蘭ー!」 「夕ー!」 八人はまず崖上を目指した。行方不明になった女童二人の名を呼びながら、斜面を登っていく。疾也は時折立ち止まり、心眼を使って気配を探った。だがなかなか反応は得られず。それでも諦めずに、崖上を目指しながら折々に心眼を試みた。 「のんびりしている暇は無い‥‥蜘蛛よ、居るなら疾く現れろ」 視線の先が開けている。間もなく崖に差し掛かるだろう。威が忌々しげに呟いたその時。 「何か赤い物が‥‥石榴? いや」 御影の視線の先には地面に転がった赤い、楕円形の物体があった。良く見ると紫色の鼻緒がついている。 「あれは、女童の履物か?」 「!」 鴻がそう述べた瞬間、弾かれたように鬨、疾也、ふしぎが心眼を使った。 「あの人がくれたこのゴーグルは、全てを見通す目なんだからなっ!」 崖淵というよりは森寄りに落ちている履物。もしかしたら蜘蛛に襲われた女童が木々の合間にいるかもしれない――同時に蜘蛛が隠れているかもしれないと思ったからだ。 「右の木々の間に気配があるな。どうする?」 疾也が皆を振り返り、問う。現時点で右というと、森の外で戦う場合は最終的に崖を背に向けて正面の木々の間ということになる。崖を背にして戦いを挑んで追い詰められて崖下に落ちては元も子もない。しかし木々の間に入って行くのは、色々な意味で危険が高い。武器によっては扱いにくいものが出てくるだろうし、相手は蜘蛛。木の上からの奇襲もありえるからだ。 「アヤカシよりも、人命第一どす」 鬨が麗しいかんばせ真剣一色に染めて、行きに述べた言葉をもう一度告げた。女童を救うことと人々を危険に晒さない事が第一だと彼は考える。 「僕、森の中に入るよ。もしかしたら、二人が捕まっているかもしれないし!」 ふしぎも拳をぎゅっと握って訴える。この二人は木々の向こうにアヤカシだけではなく女童もいるかもしれないと考えているのだ。もし女童が囚われているのだとしたら、一刻も早く助け出さねばいつ喰われてしまうともわからない。 「確かに、女童がいるかもしれません。崖下に落ちてしまったという可能性もありますが、そちらの捜索に安心して専念するにも後顧の憂いは断って置いた方が良いとは思います」 「‥‥そうか、崖の下も‥‥」 斑鳩の言葉に乖征が考えるようにして呟いた。 森の中に何かがいるとわかっている以上、こうして考えている時間も惜しい。 「鬨は崖下を調査。斑鳩がその補助につき、ふしぎは女童がいると仮定して森の中へ。他の皆で森へ入ってふしぎの補助。これでどうだ?」 鴻が手早く案を組み立てた。ただしもしも崖下に気配を感じた場合に崖下に下りるのは、何人か仲間を呼び戻してからか、森の中で蜘蛛5体全てを確認してからという条件付き。二人で崖下に下りて、もし蜘蛛が下にいては大変なことになるからだ。 「それでかまわん。はよ行こか」 疾也が頷き、そして一同もいつでも攻撃に転じられるように態勢を整えて森へと向き直った。斑鳩の神楽舞・攻を受けて、森へと入る――。 ● 木々の間にはいると、すぐに草葉が不自然になぎ倒されている事に気がついた。普段あまり人の来ない場所である以上、つい最近この場所を何かが通ったのは間違いない。 「上!」 心眼を使ったふしぎが叫んだ。疾也が素早く弓に矢を番える。進行方向に向かって斜め上に、50cm程の蜘蛛の姿が2匹。良く見ると、木々の間に糸を張り巡らせている。 「時間が惜しい‥‥さっさと消す‥‥」 乖征が砕魂符を放つ。その衝撃に驚いた蜘蛛が足を縮める。 「以って制すべし‥‥!」 威がもう一匹に呪縛符を放った。追う様にして疾也の矢がその腹に突き刺さる。 「前からも来たか‥‥」 「こういうのは、初手が大事だってな!」 御影が木々の間を縫って前方の蜘蛛に強打を叩き込む。同じく並んで現れたもう一匹に対し、気力を込めて鴻が骨法起承拳を放った。蜘蛛の頭部と頭部の繋ぎ目目掛けた蹴撃は、踏み抜くように重く。 「! 蜘蛛の巣に女の子が!」 仲間達に蜘蛛を任せて更に奥へと分け入ったふしぎが声を上げた。木々に縛り付けられるようにして、一人の少女が糸に絡め取られてぐったりとしている。その傍には一匹の蜘蛛。今まさに少女を喰らおうと、糸を伝っている。 「ごめん、ちょっとだけアヤカシ抑えてて」 ふしぎは蜘蛛を倒し終わるまで少女を黙ってみている事など出来なかった。急ぎ、駆け寄る。 「行かせるかっ!」 後ろから駆けつけた威が呪縛符を、次いで斬撃符を放つ。その衝撃に蜘蛛が一瞬萎縮した隙にふしぎは少女へと辿り着いた。 「大丈夫!?」 ショートソードで糸を切りながら尋ねる。だが返答はない。二つに緩く括っていただろう髪の片方が解けて糸に絡まっていた。 「っ‥‥!」 目の前で獲物を横取りされるものかと蜘蛛も必死だ。その長い脚の先についた爪のようなものでふしぎを引っかく。だが彼は少女救出を諦めない。 獲物が取られると察知したのか、御影と対峙していた蜘蛛がくるりと向きを変えた。その透明な糸の牢獄へと向かおうというのだろう。だが。 「誰の許可を得て、此処を通るつもりだ?」 蜘蛛の横を奥へと進みながらの斬撃。進路を阻もうとする御影の攻撃に、蜘蛛はまたもやきゅっと脚を縮める。 「行かせやしないぜ」 鴻が自分の目の前の蜘蛛も引き返すのではと予想して先手を打つ。最初の蹴撃で脚を数本折った蜘蛛は、胴体に掌打を受けて半ば潰れた。だが最後の力を振り絞ったのか、足先の爪を鴻に差し込む。 シュッ! 「そっちには行かせない‥‥」 乖征の砕魂符が空を切り潰れた蜘蛛に張り付く。それでその一匹は力尽きた。 木の上から襲ってきた2匹には疾也が牽制に矢を放っている。一匹は相当弱っていて今にも木から落ちそうだったが、もう一匹は徐々に疾也と乖征との距離を詰め、今にも脚を振り下ろそうとしている。 だが、最優先は救出対象の保護。蜘蛛が囚われている少女の方へと向かうならば、そちらを優先して攻撃するというのは誰もが決めていたこと。多少傷を負ってでも、そちらの敵が優先だ。だから、目の前の敵を倒した鴻は振り返らずにそのまま前進した。奥で少女を喰らわんとしている蜘蛛を倒すために。そちらの蜘蛛は威が牽制している。ふしぎは傷を負っても少女救出を諦めない。 援護として向かおうとしている蜘蛛は御影が抑えている。木の上の蜘蛛は奥の蜘蛛を退治し終えるか御影が目の前の蜘蛛を退治して助力できるようになるまで、乖征と疾也に任せる――それぞれがそれぞれの信念をもって、アヤカシと対峙していた。 ● 「斑鳩さん、崖下にも気配がありやす」 「少女でしょうか?」 崖の淵から下を覗きつつ心眼を使った鬨は、何がしかの気配を感じていた。下は沢になっていると聞いている。だが木々が邪魔して肉眼でははっきりと下の様子は覗えなかった。 崖には、石榴の木が生えている。赤々としたその実は崖上に近い方からもがれているようだった。途中、不自然に枝が折れている部分がある。崖に腹ばいになった大人でも手が届く距離ではない。だとすれば――。 「あそこ、ここから落ちたときに折られた可能性が高いとは思いやす」 だが、確証はない。 皆との約束だ、単独で崖下に降りるわけにも行かず。 「戦闘音が聞こえます。やはり木々の間にはアヤカシがいたようですね」 だが、5匹全てがあちらにいたかどうかは二人にはわからない。 「‥‥」 鬨はできることならば今すぐにでも崖を降りていきたかった。じっ、と崖下を睨みすえる。 「私、森の様子を見てきます。せめてアヤカシが何匹いたかだけでも‥‥」 斑鳩はいても立ってもいられずに立ち上がり、森へと走った。あと少しで木々の間に――そこまで辿り着いたとき、前方の木々が大きく揺れて、何かが飛び出してきた。 「きゃっ!」 「うわっ!」 何かにぶつかって思わず尻餅をついた斑鳩は、ゆっくりと顔を上げた。そこに立っていたのは、少女をお姫様抱っこしたふしぎ。 「! 無事だったのですね!」 「でも弱っているんだ。回復お願いできる?」 「わかりました。ふしぎさんも怪我をしていますけど‥‥」 「僕は後でいいよ。奥ではまだ皆戦ってる。森の中に蜘蛛は五匹。崖下にはいないよ!」 ふしぎは少女を下ろし、斑鳩は神風恩寵を使って回復を図る。 「鬨さんが崖下に気配を感じたらしいんです。もしかしたらもう一人の少女かもしれません」 「わかった!」 岩清水を取り出す斑鳩の言葉を受けて、ふしぎは走った。崖淵の鬨に蜘蛛は全て森にいた事を伝える。 「これで心置きなく降りれますえ」 鬨は旨く足場を見つけては、衣をなびかせながら崖を降りていく。だんだんと高度を下げていくごとに、さらさらという水の流れる音が聞こえてきた。 「夕さん! もしくは蘭さん! おらはれますか?」 いくら木々が緩衝材になったとはいえこの崖から落ちて、大声で返事が出来る状態とは考えがたい。だがこの呼びかけが、遠のきかけた意識を繋ぎとめる一助となれば、それに越したことはない。 ぴちゃん‥‥ 小さくだが、水の跳ねる音がした。もしかしたら鬨が降りている間に石が落ちただけかもしれない。たが、なんとなく、その音に生命を感じたのは気のせいだろうか。小さな指先が、生気を振り絞って水面を叩いた返事のような――。 「!」 できる限り急いで、鬨は残りの崖を降りた。あと少しというところで、葉の影に朽葉色の衣が見えた。さらさらと流れる水に紅色の石榴が散らばっている。 鬨は衣が濡れるのも構わず沢に降り立ち、駆けつける。間違いない、少女だ。首の下に腕を回し、ゆっくりと抱き起こす。 「もう、大丈夫どす」 役者としての本領が発揮されたのだろう、この時の鬨の笑顔を後に夕は「絵巻物のお姫様が来たと思った」と語ったという。 ● 鬨がふしぎの手を借りて夕と崖上に戻った時、蜘蛛退治を終えた他の仲間は斑鳩の治療を受けている最中だった。 「この子が夕さんどす」 「酷い怪我‥‥今、治療しますね」 そっと地面に下ろされる夕を、威はサーコートで包んだ。少しでも身体が温まれば、と。 「‥‥らん、は‥‥」 「大丈夫です。気は失っていますけど、生きていますよ」 斑鳩は優しく微笑み、乖征のサーコートに包まれて瞳を閉じている蘭を見た。助けられた当初より呼吸が穏やかである。 「二人とも無事で良かった‥‥」 「あと少し森に入る決断が遅けりゃ、そっちのお子様は喰われていたかもしれんで」 御影がほっと息をつき、疾也がちらりと蘭を見た。確かに彼女はまさに喰われるところだったのだ。夕も怪我をしている上に沢の水で体温と体力を奪われていた。どちらも危なかった。 「石榴だが‥‥一枝持ち帰って、庭に植えてはどうだろうか? 時間は掛かるが、きっと根付くだろうと思う」 「石榴を姫様に食べてもらいたくて頑張ったのですものね」 威が手折った枝を手に、夕に提案する。斑鳩もそれに同意した。ふしぎと鬨が崖を少し降り、熟した石榴をいくつか手にして戻って来る。 「‥‥その石榴‥‥ちゃんと自分の手で届けたほうが良い‥‥」 「ひめさま‥‥よろこんでくれる‥‥かな」 帰りが遅くなってしまって、人に迷惑をかけて。もしかしたら怒られるかもしれない――そんな心配もあるのだろう。だが心配そうな夕に乖征が頷いてみせると、彼女は安心したように微笑んだ。 「秘密の場所は大事だが‥‥命は、もっと大事にしないとな?」 蘭を背負った鴻に言われ、御影に背負われた夕は「ごめんなさい」と消え入りそうな声で答えた。これに懲りてもう、無茶な事はしないだろう。 「ざっと林の中を見てきたんだが、他に巣のようなものはなかったな」 「アヤカシ退治も成功だね! お家に帰ろうか」 森の中から戻ってきた疾也の報告を受けて、ふしぎが夕の顔を覗き込む。 「うん‥‥おねえちゃんもありがとう‥‥」 「!!」 ほわん、微笑んだ夕の言葉にふしぎは固まる。 「僕は男だっ!」 ぷいっと拗ねたように横を向いた彼を見て、夕は驚いたように目を白黒させた。 館では、姫君が祈るように彼女達の帰りを待っている事だろう。 奇跡のごとく二人とも無事だったと知れば、石榴よりも喜ぶだろう事は想像に難くなかった。 |