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■オープニング本文 ●母を待ちて 「ぼうず、そんな所にいるとアヤカシに喰われちまうぞ」 道端の岩に腰掛ける5、6歳ほどの少年に声をかけた男の言葉は、比喩でも脅かしでもない。 ここ東房(とうぼう)国ではアヤカシの被害は深刻化しており、中でも北部は魔の森の浸食が激しく、民達の暮らしも楽なものではない。 「かあちゃんがここで待ってなさいって言ったんだ。だから、待ってる」 痩せ細り、着る物も薄汚れている少年。この国でそうした民の姿は珍しくは無かったが、ここは町や村からも離れた横道。人が通る事もあまり無い。男が通ったのも、ちょっとした気まぐれで道を変えてみようと思ったからだった。 「そうか‥‥。おにいちゃんの握り飯を一つ分けてやる。母ちゃん、早く迎えに来るといいな」 男にとって握り飯は重要な食料だったが、それでもこのまま何もせずに少年を置いていくのが忍びなかったのだ。母親が来るまで一緒に待っていてやれればよかったのだが、男にも仕事があるためそういうわけにもいかない。せめて何かして上げられる事はないかと考えて、握り飯を手渡した。 「ありがとう、おじちゃん」 少年は、無邪気に笑った。 「おにいちゃんって言っただろうが」 男は笑いながら、少年の頭をぐしゃっと撫でた。 彼は母親が迎えに来ると、信じて疑っていなかった。 ●後悔はいつも深く 東房国の都、不動寺(ふどうじ)。アヤカシからの被害が絶えず、常に緊張状態に置かれているその都から、また一つアヤカシ退治の依頼が届いた。 熊型のアヤカシを見たと告げた青年は、青ざめた顔でこう語った。 アヤカシは何かを『食べて』いた、と。 アヤカシによる被害の報告は少なくない。普段だったら男はギルドへ届けられる報告など気にしなかった。男――泰道(やすみち)は開拓者でも何でもないただの仕立て屋の息子。今回も配達で不動寺まで来ただけなのだ。 けれども何となく、何となく嫌な予感がして、彼は先ほどすれ違った青年を追ってギルドへと入った。 そして、知った。 一昨日泰道が少年と出会ったその場所に、アヤカシが出たのだと。 そして、悟った。 少年はまだ母親を待ち続けていたのだ、と。 そして、絶望した。 アヤカシが食べていた何かとは、その少年なのだろう、と。 人の殆ど立ち入らない道端に子供一人を待たせておくなんて、よっぽどの事情があるのかただの非常識なのか、どちらかだと思っていた。けれども、少年が日をまたいでも待ち続けたことを考えると、もしかしたら母親は少年を捨てたのではないかという思いがわいてくる。 東房国の暮らしは辛い。子供を養うことが出来なくなって、子供に与える己の分の食事すらなくなって、やむなく母親は少年を捨てたのかもしれない。 もしかしたら、辛い暮らしに絶望して、母親は自ら命を絶ったのかもしれない。少年を連れて行くのは忍びなくて、あの場所に置いたのかもしれない。 いや、自分が暮らしていくために、少年を斬り捨てたのかもしれない。 様々な想像が沸いて出る。 だが、真実はわからない。 解るのは――あの少年が母親を信じて待ち続けていたということだけ。 泰道は懐の財布を取り出し、目撃者の青年とギルド職員の間にある机に置いた。 「俺も金を出す。そのアヤカシを絶対に倒してくれ」 彼の心の中には、あの時少年を保護していればという後悔が満ち溢れていた。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
星乙女 セリア(ia1066)
19歳・女・サ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
桐(ia1102)
14歳・男・巫
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
空音(ia3513)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●誓い 「泰道さん、御自分を余り責めないで下さいね?貴方が悪いのではないのですから‥‥。こうして依頼して下さった事で充分だと思いますよ? 貴方の想いは確かに受け取りました。必ずや仇を討ちますから」 力強い瞳で滋藤御門(ia0167)に言われ、泰道は「済まない」と頭を下げた。あの時自分が無理にでも少年を移動させていればという思いが捨てきれないのだろう。 「いくら自らを責めても時は戻りません‥‥その時は最善と思った事をなさったのでしょう?」 六条雪巳(ia0179)の優しい問いかけに、泰道は頷く。ならば、と雪巳は続けて言葉を紡いで。 「起きてしまった事は戻らず、失われた命もまた然り。なれば今は、新たな犠牲が出ぬように、幼な子の魂が安らかであるようにせめてもの弔い合戦と参りましょう」 (「子供の笑顔を取り戻す事はできないけどアヤカシを倒す事で泰道の心の棘を抜いてやりたいんだ。あの子も優しさをくれた彼が自分の事で悩むなんて望んでないだろうからね」) せめてあの時――何もしなかった事への後悔は微熱の様にじわじわと心を蝕むもの。滝月玲(ia1409)は悲しみを抑えた表情で開拓者達を見つめる泰道を見て、静かに誓う。 「‥‥お前の想い確かに受け取った。その想いごとアヤカシに叩きつけてきてやるよ」 こうするのも気休めにしかならないと思いながらも一ノ瀬・紅竜(ia1011)は泰道の手をぎゅっと握った。握り返されたその手の強さから、泰道の後悔が伝わってくるようである。 「現地の様子を知りたいんだ。教えてくれる?」 天河ふしぎ(ia1037)の問いかけに、泰道はゆっくりとだがしっかりと現地の様子を話して聞かせる。その様子がなんだか痛ましくて、少年の事を思うと無性に悲しくて、ふしぎの瞳の端にはじわりと涙が浮かんできた。 「天河様‥‥?」 「目に、ゴミが入っただけなんだからなっ!」 心配そうに覗き込んだ空音(ia3513)に、強がりを言ってふしぎは涙をふき取った。 「母を信じて待つ幼子の想いを踏み躙ったアヤカシ‥‥必ずや倒しましょうね‥‥」 彼の心中を察して涙には触れなかった空音の優しさに頷く事で返し、ふしぎは表情を硬くする。 10体もの熊との戦い。数の上では互角だが、どう転ぶか解らない。 一同は気を引き締めて、熊の出る林道へと向かった。 ●望みは捨てずに 「少年がそこで待ち続けていたこと、それにも何かしらの事情があるのでしょうが‥‥、純粋に母親を信じ待ち続けた気持ちを己が欲望で摘み折ったアヤカシは許せるモノではありませんね」 林道の入り口で、桐(ia1102)はじっとその先を見つめた。黙視できる範囲に敵影はなかったが、この先に憎むべきアヤカシがいるのは事実だ。 「本当に、やるせないですね。親子共々そのアヤカシの犠牲となったのかもしれません。‥‥あの子が捨てられたとは思いたくなくて、僕がそう思いたいだけかも‥‥」 「その子のお母さん、この事知ったらきっと悲しむよね‥‥だって、お母さんだもん」 少年が捨てられたとは思いたくないのは御門もふきじも同じだった。母は子を慈しむもの、常にそうであると思いたいのは彼らだけではない。 「‥‥母親の方にもやむにやまれぬ事情があったのだろう‥‥というのは感傷かな‥‥」 ぽつり呟かれた紅竜の言葉を誰も否定しない。きっと、誰もが似たような思いなのだ。 「本当はとても不安なのです‥‥どきどきします‥‥でも頑張らなきゃいけません」 自分の幼い弟がこの少年と重なって――やるせない思いで一杯の空音は、己の未熟さを思うと沸いてくる恐怖をぎゅっと握り締めた。手が、震えないように。 「‥‥その男の子、無事だったりしたらいいんだけど」 そんな上手い話、そうそう転がっていないと思うけどさと付け加えて、ミル ユーリア(ia1088)が林道の奥を眺めた。 「期待するならタダでしょ?」 「私も、僅かな希望でも諦めたくありません」 ミルの言葉に反応を示したのは星乙女セリア(ia1066)。アヤカシが食べていたのが『何か』で、実際少年が食べられる場面を見たわけではないなら――林の奥に熊が入りにくいというならば――。 (「たとえそれが、僅かな可能性であったとしても諦めません。熊を倒し終わった後、出来る限り少年を探してみます」) 心に強く、誓う――。 「血に飢える獣が相手とは悪くない。存分に愉しませて貰うとしよう」 柳生右京(ia0970)が刀を抜き、そして林道へと入る。 戦いが、今始まろうとしていた。 ●命奪う暴君たち 開拓者達は二班編成で林道を進むことにしていた。まず壱班が紅竜と右京を前衛にして、進む。弐班目は距離を開けてから林道へと侵入する手はずだ。 敵は林道のどこから現れるか解らない。少しでも優位な状態で敵を迎え撃ちたい。五感を研ぎ澄まし、小さな葉擦れの音にも注意を払う。 「熊公からみて俺達って美味しそうなのかな〜」 緊張は必要だが、過ぎた緊張は動きを鈍らせる。軽く冗談を口にした玲だったが、その五感は張り詰めたままだ。 「止まって。今、枝を踏むような音がした」 玲の声に、前列を歩いていた紅竜と右京は立ち止まって得物を構える。二列目の御門と雪巳も、どこから敵が現れてもいいようにと辺りを見回す。 「右手の林から3体来るみたいだ。林の中を歩いているから小熊だとおもう」 「林の中に居られたらこちらが不利だな。出てきてもらおう」 心眼を使った玲の報告を受け、紅竜が右手を見やる。ガサゴソと枝や枯葉を踏む音が段々と近づいて来ていた。 「会敵したら少し引く。林から引き出してくれ」 「お任せください」 「弐班を呼びますか?」 右京の言葉に御門が頷き、雪巳は呼子笛を手に取る。 「もしもう少し数が増えたらにしよう。もしかしたら弐班も敵と出会っているかもしれないし」 玲が後方を振り返る。曲がりくねった林道の先は見て取れなかったが、その先からは弐班が進んできているはずだった。 「来たぞ!」 「血の匂い‥‥宴の始まりだ」 紅竜が声を上げる。木々の合間から鋭い爪のついた腕を振りかざす小熊の初撃を避け、刀を叩き込んだ右京が戦闘開始を告げる。 「挑発します。前線を下げてください」 雪巳が放った矢が一番前に居た一匹に当たる。小熊は雪巳の思惑通り、激昂していち早く林を飛び出してきた。後から追ってこようとする一匹の動きを御門が呪縛符で阻害する。道ら飛び出して来たのは二匹。こちらの前衛も二人。 先に飛び出てきた小熊に、右京が踏み込んで縦に刀を振り下ろす。 「覚えちゃ居まいが‥‥無念はらさせてもらう!」 斬り付けられて体勢を崩した小熊の隙を見逃さず、紅竜はスマッシュを叩き込んだ。グァと声を上げて、小熊が地面に這いつくばる。先ほど右京が攻撃を与えた小熊が追いつき、倒れた小熊に止めを刺そうとしている彼の腕を切り裂いた。神楽舞「防」を舞っていた雪巳が神風恩寵の使用を考えるが、右京は傷をものともせずに小熊に止めを刺す。目の前の小熊が消えるのを横目で見ながら、紅竜は右京を傷つけた小熊にスマッシュを見舞う。残りの一匹は、御門の術によって足止めされていた。 「! 林を通ってこっちから来るみたいだ」 戦闘音と熊の叫びに紛れては、小枝の折れる音などは判別しづらい。念の為に心眼を再び使った玲が、刀を構えて左側の林を見やる。程なく飛び出てきた小熊は3匹。 「弐班を呼びましょう! 少しの間耐えてくださいっ」 御門が呼子笛を取り出して吹く。その甲高い音は林道の中を迸る。 前衛の紅竜と右京、そして援護に回っている雪巳は敵の残りを一体としていた。隊の殿を努めていた玲一人で小熊三体の相手はキツイ。だが、やるしかなかった。 「これで少しは時間が稼げるといいけど!」 懐にしまっていた唐辛子の粉末を小熊の鼻先に投げつけ、玲は仲間を待った。 林道に甲高い音が響き渡った。 「! 合図だわ!」 ミルが素早く走り出すのをふしぎが追う。その後を空音、桐、そしてセリアが続く。 突き当りを道になりに曲がると、壱班の殿が小熊三体に襲われているのが見えた。 「お待たせ!」 「背中を向けるなんて、随分余裕じゃない?」 ふしぎが両手のショートソードで小熊の背中を切り裂き、ミルも彼にぶつからないようにしながら鉄甲を叩き込んだ。 「大丈夫ですか?」 桐が壱班に近い小熊を力の歪みで攻撃し、玲の援護をする。 「怖い‥‥でも、怯む訳にはいきません‥‥!」 空音も恐怖に耐えながら、力の歪みで小熊を攻撃する。道幅の関係で小熊に直接攻撃することが出来ないセリアは、念の為に後方の警戒をしていた。小熊と大熊の数の内訳はわからない。林を通って襲われる可能性も十分にあった。 壱班では玲と紅竜、右京の傷を順に雪巳が癒し、御門が呪縛符での足止めを続けている。前方に現れた小熊は全て滅し終えた為、玲の隣に紅竜が立つことで術者を庇っていた。 「挟み撃ちにしようとしたのかもしれないけれど」 「そうはさせないんだよ!」 ミルとふしぎの連携で体勢を崩したところに、空音の放った矢が突き刺さる。一体が消えたその隙に桐がミルとふしぎの傷を順に癒す。 残る小熊は二体。四名の開拓者に挟み撃ちにされ、後方からは援護が飛んでくる。 残る二体が消えるまで、そう時間はかからなかった。 「これまで倒したのは六体。という事は後四体居るわけですね」 「この少し先に、四体反応があるよ」 消耗の大きい壱班と交代し、今度は弐班が先に林道を進む。弐班の前衛はセリアとふしぎに代わっていた。すぐに交代できるように、ミルも控えている。情報通りならば、間もなく例の石がある場所だ。その辺りに生命反応があるとふしぎと玲は心眼で察知していた。 「見えました‥‥ね」 大熊はその大きさからか、少し離れた所からでもすぐにわかった。空音が小さな声で告げる。敵を目視できるということはあちらからもこちらが見えるということで、飢えた大熊は一同を見つけると、牙をむき出しにして駆けて来る。 「大きい‥‥林に入られる心配はないでしょうが」 桐がいつでも援護に入れるように身構える。よほど飢えているのか、大熊はもつれ合うようにしながら狭い道を駆けてきた。 「犠牲者を出さないためにも」 突き出されたセリアの長巻が、突進してきた熊の肩に深く突き刺さる。突進の勢いもあって、深く突き刺さったそれを引き抜いている間に、追いついた熊の爪がセリアを襲う。 「炎精招来、燃え尽きろっ!」 炎魂縛武を使用したふしぎの剣が熊の身体を切り裂く。桐が素早くセリアの傷を癒し、少しセリアが下がってできた場所にミルが入り込み、同じ熊を狙う。空音の力の歪みも、同じ熊を狙った。御門の雷閃がそれを追う。 追いついた熊の牙が、別の熊を攻撃していたふしぎの肩に食い込んだ。 「代わるから下がれ!」 ふしぎと位置を交代するようにして紅竜が前に出、成敗を使用して攻撃を打ち込む。その一撃で一体が消えたが、まだ油断は出来ない。我先に人間を喰らおうと前に出ようとする熊に、回復したセリアが強打を叩き込む。さがったふしぎは、雪巳が回復を担当した。「くっ‥‥」 さすがに大熊は小熊と違って、しぶとい上に一撃が重い。回復の為にミルと紅竜、セリアが下がり、代わりに右京と玲が前に出た。傷を負う数は多かったが後方からの援護も続いている。負ける気がしない――いや、負けるわけにはいかない。 「この一刀にてその命を捧げるがいい」 強打、示現、直閃を併用した右京の一撃が、一体の熊を沈めた。続けて炎魂縛武を使用した玲が、次の熊を突く。そして―― 「あの子は母を待ってただけなんだよ、お前の餌食になる為に居たんじゃない!」 力任せに横へと薙ぎ払った。 グアァァァァァァ! 醜い叫び声を上げて、手負いの熊は消え行く。 残りは一体。 勝機は、見えた。 ●手向けの―― 「――‥‥」 石の傍で、桐と雪巳による治療が行われた。一足早く治療をしてもらったセリアは、懸命に少年の姿を探した。だが彼女が見つけたのは――ぼろぼろに切り裂かれ、血のこびりついた布切れと、半分かじられた頭と骨。半ば予想していた結果であったとはいえ、実際に目にしてみると――心が痛い。 「関わった人、アヤカシに脅かされている人、すべてを救える訳ではないけれど、それでも‥‥」 少年を弔ってあげたい、そう思うセリアは少年の頭を抱き上げて。 「今度生まれ変わる時には、どうかアヤカシのいない幸せな世でありますように‥‥。そういう世を作る為にも、私達開拓者が頑張らなければなりません‥‥」 空音もしゃがみこんで小さな骨を拾い上げ、祈りを込めて呟く。 「こんな子を増やさない為にも、僕‥‥負けないからなっ」 ふしぎも着物の切れ端を手に取り、固く誓う。 「彼がずっと待ち続けていたお母君は、今はどうしていらっしゃるのか‥‥」 「他に遺品や遺体は見つからなかった」 「お母さんの事は想像するしか出来ないけど」 物思うように呟いた雪巳の言葉に、辺りを探索していた右京と玲が答える。 「姿は変わってしまっても、傍に行く事は出来たでしょうか。どうか彼岸では、幼な子に精霊の加護があらん事を‥‥」 一途に母親を待ち続けた少年は、無事に母親の元へ行けたのだと信じたくて。雪巳はふと空を見上げて祈る。 御門も手を合わせ、祈った。 だって、そうとでも思わなければ、悲しすぎるではないか。母親に捨てられた挙句に、アヤカシに命を奪われた、なんて。 「ヤスミチの為にも、この子を連れて行ってあげよう」 「ああ、そうだな」 ミルと紅竜も少しずつ、少年の遺品を拾い集め。 「少年も、ずっと母親を待ち続けて喉が渇いたでしょう」 桐は竹で出来た水筒の栓を開け、そして中身を石へと注いでいく。 水が石を濡らす清浄な音が、まるで零れる涙の音の様に聞こえた――。 |