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■オープニング本文 ●恋心 紫上瀞(しのかみ・せい)は北面国の都、仁生に館を構える嵯峨宮家(さがのみやけ)に仕える志士だ。若いながら腕と聡明さを買われて、嵯峨宮家の長男直属の志士団に所属している。 かつて朝廷に大臣を輩出したこともある嵯峨宮家の長男ともなれば、その護衛体制もかなりしっかりとしている。瀞は宿直することもあれば、出かけの供につくこともある。 そんな彼に本日与えられたのは、当家の二の姫、藤姫への言伝であった。急な仕事で約束していた歌詠みに付き合えなくなった、とその事実を伝えに行くだけ。だが、瀞の胸は高鳴り続けている。 (「‥‥またお顔を拝することが叶うとは限らないのに」) いつぞやの花見の宴の風の悪戯で、偶然舞い上がった御簾の向こうに見えた藤姫のかわいらしいお顔。彼はそれ以来、彼女の事を忘れられないでいた。 それまでも幾度か言伝や贈り物を持って藤姫の部屋を訪れた事はあった。だがそれまではいつも御簾越しで顔を見ることは出来ず、声だけを聞くに留まっていた。女房の代返だったこともある。その時は特別な感情をもってはいなかった。 それが――耳に残った声が顔と結びついたとたん、瀞の胸は高鳴ったのだ。 高嶺の花だと解っている。 一介の志士である自分が釣り合う相手ではないだろう。 だが彼女の元へ行く用事が、こんなにも嬉しいなんて。 兄の訪問がなくなったという事は姫を悲しませるだろう。 自分の胸の高鳴りを、不謹慎だと思う。だが、胸の奥は彼女を欲している。 (「声を聞けるだけで構わない――例えそれが落胆の声であっても、幸せに思う私は酷い人間だろうか」) 瀞はいつもの様に、庭から姫の部屋の前へと向かった。 ●蛍狩り 「そうですか。兄上は、いらっしゃらないと――」 御簾越しに聞こえた藤姫の声は、やはり落胆を含んだものだった。瀞は庭に繋がる階の下に膝をつき、頭を下げる。 「若様も非常に、残念に思っておいででした」 「兄上はいつもお仕事お仕事と‥‥少しは息を抜かねば詰まってしまいます。だから歌詠みにお誘いしたというのに」 小さく吐かれたため息さえ聞き逃さぬように――彼は瞳を閉じた。 「瀞、といいましたね。蛍の集まる沢の話を知っていますか?」 「は‥‥蛍、ですか?」 今まで姫の方から積極的に話を振られたことなどなかった。瀞は戸惑いながらも顔を上げる。御簾の外に座った女房が姫をいさめる様な言葉を吐いたが、姫はそれを遮るようにして。 「とても綺麗な蛍が集まるようです。ですが、今年はその沢にアヤカシが出現して、蛍を食べているというのです」 「それは‥‥無粋な事ですね」 「そこで、そのアヤカシを退治して、蛍を捕まえてきてはもらえませんか。この庭に放って、蛍の鑑賞の宴を開こうと思うのです。兄上のお心を、少しでも安らがせるために」 姫の、懇願するような声が瀞の耳に届く。 「勿論、宴にはあなたも出席してください」 「わ、私もですか!?」 「あなたは、兄上を守ってくださっている方なのでしょう? 御礼をしなくてはなりません」 「は、はい‥‥」 気がつくと、いつの間にやら瀞は、藤姫の頼みを引き受ける事になっていた。だが本人は、姫直々のお願いとあって悪い気分はしていないに違いない。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
天青 晶(ia0657)
17歳・女・志
蔡王寺 累(ia1874)
13歳・女・志
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
椿 幻之条(ia3498)
22歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●宴のために 今回の依頼は北面貴族からのもの。そのせいか不思議と集まった開拓者の中には志士が多かった。 「北面、それもそれなりの家の姫からの依頼ともなれば、直接仕える身でなくとも志士としては身の引き締まる想いです。油断せず、アヤカシを駆逐し、良い宴を開けるよう尽力しましょう」 固い口調で述べる志藤久遠(ia0597)。それは性格なのか緊張の表れなのか――両方か。 「アヤカシが、まさか、蛍までもを犠牲にするとは‥‥無粋にも、程があるというものです」 ため息混じりに告げたのは天青晶(ia0657)。今回の敵は蛙型のアヤカシだというが、それにしても蛍まで犠牲にするとは。 (「とりあえずの心配事は、紫上さんが気張り過ぎていないか‥‥ということですかね」) 蔡王寺累(ia1874)は今回同行する志士、紫上瀞の横顔を見る。その顔は多少緊張しているようでもあった。 「確実な成功を‥‥ま、そのために私達がいると思ってくだされば宜しい」 「‥‥はい、よろしくお願いいたします」 累の言葉に瀞はしっかりと頭を下げた。やっぱり少し気負っているのか。 「はじめまして、志士その四・明智珠輝と申します。藤姫様という方は美しい方なのですか。私もぜひ御目にかかりたいものですね‥‥!」 ひらり、瀞の前に現れたのは明智珠輝(ia0649)。姫の事は勿論、恋しているであろう瀞にも興味津々で。目を細めながらもじっと観察。 「ええ。一度だけお顔を拝しましたが、それはもうお美しく」 その時の事を思い出したのか微笑を浮かべた彼の表情を見て、珠輝は気づかれないように軽く身震いした。 (「恋する男性も美しい‥‥!」) 「兄を想う妹姫の思い遣り、願いを叶えんとする志士の忠義(+秘めたる淡い恋心)! いいね、及ばずながら俺も力になるよ♪」 肩に腕を回さんばかりの気楽さで声をかけられれば、瀞の緊張も若干解け。声をかけてくれた弖志峰直羽(ia1884)に若干の笑みを見せる。 (「身分違いとわかりつつ心惹かれてしまう悲恋を応援したいです‥‥」) そんな彼らの様子を見て、心の中で呟いた水津(ia2177)。今回のアヤカシに思う所はないが、瀞を応援する為に討とうと思う。 「アヤカシどんな奴か楽しみだな」 笑顔でのたまった芦屋璃凛(ia0303)の言葉に、一瞬椿幻之条(ia3498)が驚いたような表情を浮かべた。璃凛は慌てて手を顔の前に持っていって振る。 「いやっ、分かってるよ退治するって事はさ仕事なんだから‥‥陰陽師だから興味有るだけ」 「なるほどね。それにしても今回のアヤカシは底なしの食欲みたいね‥‥少し自重してほしいわ」 幻之条は小さくため息をつき、そしてこれから向かう沢のある方角を見つめた。 ●沢の邪魔者たち 昼間のうちに討伐する事を選んだ一同は、まだ朝とも言える時間に出発した。 昼を選んだ理由は闇で視界が悪くなる事を避ける為、灯りで手が塞がる事を防ぐ為など色々あったが、蛍を傷つけない為という理由が強い。繊細で臆病な蛍の事だから、戦闘で傷つけてしまう可能性も多く、場が戦闘で殺気立っているとわかれば逃げてしまう事も十分考えられた。蛍が来なければ、この沢に来た意味が半分なくなる。それを考えれば昼を選んで正解だったかもしれない。 沢を見渡してみると、水面をじゃばじゃばと揺らしている影がいくつか見えた。身体を半分以上水にうずめて何かを追いかけている物、水際から長い舌で水面を打っている物。 「食事中、のようですね‥‥」 晶がその光景を見て呟く。蛙達は情報通り昼の今は魚を襲っているようだった。 「蛙のアヤカシだから、やっぱ水辺で活動してるんだねぇ‥‥」 「姿が見えるだけで二匹ですね」 直羽と水津が後衛に位置取り、瀞を含めた五人の志士が前衛として扇状に展開する。 「水の中にも数匹いるようですねぇ」 いつもの私服は水遊びに向かないからと黒の戦闘服に身を包んだ珠輝が、心眼を使った結果を報告した。魚の存在に紛れているが、水中にもいること自体は間違いなさそうだった。 すると璃凛が足元の小石を拾い、楽しげに構えを取る。 「へへっ、こう言うのは得意なんだよね小さい時からさ。出てこい‥‥こっちに餌がいるぞ」 水切りをするように石を投げ入れた璃凛に続いて、幻之条が荒縄に結んだ木切れを投げ入れて水面を揺らす。 「ほーら、大ミミズですよー」 珠輝も何処か楽しげに荒縄を振り回し‥‥一番最初に素早く反応したのは、岩場に居た二匹だった。開拓者達の足場の不利などお構いなしにぴょんぴょんと器用に岩場を飛び越え、どんどん接近してくる。それを見た後衛予定の璃凛と幻之条は急いで後ろに下がり、五人の志士が壁となって接近を阻む。 「舌の攻撃もあるそうなので、間合いで勝つのは難しいでしょう‥‥ならば、敢えて踏み込み、素早く決着をつけるのみ」 かばり――そんな音がしそうなくらい大きく四肢を広げ、一匹が飛び上がった。そう来るならば、と久遠はその無防備ともいえる身体に巻き打ちを叩き込む。流れるような動作で、晶がそれを追う。 「綺麗な水場とくれば‥‥アヤカシや、私達の殺気で穢すわけにもいきません。とっとと片付けましょう‥‥確実に」 足場に気を使っていた累は、伸びてきた蛙の舌を受けつつも炎魂縛武を使用し、そして刀で斬りつける。アヤカシというだけで殺意が浮かぶのはいつもの事。今日の累は前衛後衛双方の援護という立場である以上、早々に終わらせるのが重要だ。 「くふ、ふふ、ふははははは‥‥!」 その隣から、珠輝が狂ったように笑って巻き打ちを繰り出す。両手の刀が前足を斬り落とし、黒い塊を空気に溶かす。 「紫上さん、そちら頼みます‥‥っ!」 「わかりました!」 今度は胴を斬りつけた珠輝の声に、瀞も刀を振るった。刃を受けた蛙が怯んだように動きを鈍らせたところに、累のもう一撃が止めを刺した。 「それじゃ、いくよ‥‥大丈夫無茶なことはしないってば」 自分に言い聞かせるように鼻の傷を触った璃凛は、懐から符を取り出す。この傷は自分が未熟だった証と自分への戒め。だから無謀な事はしないと決めていた――怪我は別だけど。 「切り裂け斬撃符」 符から放たれた式が、蛙を切りつける。久遠の槍が、その腹を突く。 「後衛には行かせません‥‥」 晶の刀が、最初に襲い来た蛙を沈黙させた。 「まだまだ来てるよ、頑張ってな♪」 直羽が神楽舞・攻で珠輝を援護し、神風恩寵で累の傷を癒す。最初の二匹を相手取っている間に、水の中に居た残りの四匹も接近を果たしていた。 「焔の魔女を甘く見ない事ですね‥‥」 二匹の退治に集中していた前衛の間を縫うようにして接近しようとした一匹の眼前に、水津が火種を発生させる。焔の魔女としては見習いだが、蛙を驚かせるには十分だったようで、その蛙は前進をやめて動きを止める。 「これで全部、よね‥‥」 しっかりと幻之条が数を数え、何処かに隠れている蛙が居ない事を確認して矢を射る。頭に矢を受けた蛙はそのままのけぞり、体勢を崩した。 その隙を前衛陣が見逃すはずはなく。まずは後衛に一番近づいた蛙を晶が斬りつけ、長槍の間合いを生かして久遠が一番遠い蛙を牽制する。 「その自慢の舌を切りとってあげましょう‥‥!」 くふ、ふふと笑いながら、珠輝が瀞に伸ばされた舌をざくり、斬り捨てた。 「遠慮は無用‥‥ですよね」 累が、なおも懸命に飛び掛ろうとするその蛙に斬りつけ、二太刀を浴びせる。 「燃えなさい、踊りなさい、滑稽な悲鳴と共に‥‥」 火種を発生させた水津は、いつもと違って攻撃的だ。怯んだ蛙に仲間が攻撃しやすいように援護をする。 「怪我は大丈夫か?」 直羽の回復を受けた瀞は頷き、刀を握って他の志士達に続く。 「あと二匹、ね」 自身の術によって消えた蛙を確認し、幻之条が呟いた。 しっかりと組まれた陣形、そして各人が己の役割を明確に理解していた事で、蛙退治は順調に進んでいる。 「いくよ、斬撃符うぉっ‥‥!?」 式を放った璃凛が足を滑らせたが、それを笑顔で気遣えるほど、戦況には余裕があった。 ●光を捉えて 蛍が出にくくなっては困るということで、戦闘で荒れた周囲を軽く片付けて夜を待つ。幸い日が落ちるまでには十分時間があったので、周囲が闇に包まれる前に掃除を済ますことが出来た。 蛍は甘い水に寄って来るという――岩清水を用意し、様子を見る者、事前に用意してきた果物を設置する者、夜露を呑みに来る蛍を狙うべく、近くの草木に目を光らせる者。 「風流ですねぇ‥‥ふふ」 蛍狩りは初めてだという珠輝は、それでも上手に蛍を捕らえていく。戦闘時とは別人の様に、優しい手つきでそっと、籠の中へ。 「これならば傷つかないでしょう」 果物に止まった蛍を果物ごと、久遠は籠に入れる。これから宴で光ってもらわねばならないのだ、傷ついては困る。 「‥‥それっ、上手くいかないなぁ」 「しずかに手を伸ばせば、捕まると思うわよ」 璃凛は中々上手く捕獲できないようだったが、幻之条の助言を受けて静かに手を伸ばす。すると優しく閉じた手の中に、蛍が。 「折角沢が静かになったのに、捕らえてしまうのは申し訳ありませんが‥‥あの方の前でも美しい光を発してくださいね」 瀞が申し訳なさそうに籠の中の蛍に話しかけていた。それを見て、水津が自身が捕らえた蛍の入った籠を差し出した。 「魔女は表には出ません。私は帰りますので、私の分は貴方の手柄とするが良いのです‥‥」 「え、でも‥‥」 つまり、獲った蛍を瀞が獲ったことにしろという事らしい。戸惑う瀞に、更に二つの籠が差し出させる。 「あ‥‥紫上さんさえよければ、ですが‥‥私の分も、よろしければ」 「‥‥どうぞ」 籠を差し出したのは晶と累。瀞の手に籠についた紐を握らせて、晶がその瞳をしっかりと見つめる。 「こういうものは、押しと勢いが、大事なのです。亡き父も、言っていました」 「そうですか‥‥って何のことでしょうか」 つられて頷いた彼だったが、慌てて取り繕う。だが今更遅い。話を聞いた時点で誰もが彼の恋心を悟っていたというに。 「蛍が弱らないうちに、早く帰るといいのです」 水津の言葉を受けて、瀞は素直に籠を受け取ってそして頭を下げた。 ●蛍の宴 嵯峨宮家の二の姫、藤姫の部屋の前庭にはすでに宴席が設えられていた。庭を囲むようにしている廊下にも円座が置かれ、酒や菓子の準備が整えられていた。 「なるたけ急いで帰ってきたけど、元気に飛んでくれよな‥‥」 直羽が籠から丁寧に蛍を取り出す。すると蛍は、庭に作られた池の傍の庭木に止まって。珠輝、幻之条、久遠、璃凛もそれに倣って蛍を放すと、女房に示された宴席へとついた。宴の準備を手伝って彼らの帰りを待っていた星鈴(ia0087)も、璃凛の隣に座る。瀞が全ての籠から蛍を放ち終えれば、準備は完了だ。 今回の宴は蛍に配慮してか、管弦の類は用意されていない。元々内輪の小さな宴だ、参加者も若君とそのお付き、藤姫と世話をする為の数人の女房、そして開拓者達と瀞だけ。蛍の光を害さぬようにと灯りも最小限にされている。 ぽう‥‥ぽう‥‥ 暫くすると庭に放たれた蛍が、徐々に光を放ち始めた。幻想的なその光景に、御簾の向こうで藤姫が息を呑む。 「少し遅れてしまったか」 声を潜めるようにして現れた若君に、瀞は頭を下げ。妹の頼みを聞いてくれて感謝すると言われれば、全て彼らのおかげですと開拓者達を示した。 「紫上サンは獅子奮迅でアヤカシに立ち向かって、頼もしかったッスよ♪」 杯を手にしながら、直羽が笑う。瀞を応援したい者としては、多少脚色してもバチは当たらないだろうと。 「そ、そんな事はありません。皆さんが居たからこそ‥‥」 恐縮する瀞を、累は菓子を片手に片隅で静かに眺めている。一体瀞の想いはどうなるのか、気になっている者達も多いはずだ。 「紫上様の付添ともいえる私も、ご招待いただき真に感謝しております。紫上様が連れて来た蛍は、いかがですか?」 正装した珠輝がしずしずと近づいて尋ねる。蛍を楽しむ人を堪能しようという彼は、姫様と瀞がもっと仲良くなれますようにと願いつつ。 「とても‥‥綺麗です。今年はもう見られないかと思いましたけれど‥‥兄上と、そして皆さんとこの様に素敵な時間をもてた事、嬉しく思います。瀞、皆さん、ありがとうございます」 女房の代返ではない、姫の鈴のような美しい声が喜びに少し弾んでいるようだった。若君も満足げに杯を傾けている。 「アヤカシを倒すは開拓者の、国に尽くすは志士の務め。この程度であれば、いくらでも助力致します」 「頼もしいな」 久遠の力強い言葉に、若君は頷いて。遠慮せずに菓子を食べるようにと皆に勧めてきた。 「こうして心を落ち着ける時間を頂いた事、とても有り難いです。皆さん、お疲れ様でした」 晶の言葉は最初は藤姫に向けられたもので、後半は一緒に戦った仲間達に向けられたものだ。こうしてゆっくりと過ごせる時間は、素敵なものだと思う。 「綺麗やな」 「星鈴と見れて良かったよ‥‥あの二人はどうなるのかなたぶん報われるとは思えないけどさ」 はい、とお菓子を差し出して璃凛が呟く。菓子を受け取った星鈴はそうやなぁ、と瀞に視線を移した。 「藤姫様の事、気になるんでしょ? 身分なんて功でどうにでもなる。後悔しない様に動いてみたら?」 「え‥‥それは‥‥」 姫と若君の元から離れて開拓者たちの宴席に加わった瀞に、幻之条がお酌をしながら悪戯っぽく尋ねる。 (「無数の蛍の舞を眺めるというのも、とても風雅だし舞の参考になるのだけど‥‥やっぱり恋してる子をみると弄りたくなっちゃうのよね」) 応援したいのか弄りたいのか――両方なのかもしれない、幻之条の言葉に落しそうになった杯を両手で受け止め、瀞は「今はこのままでも」と消極的なことを呟いた。 (「蛍見て、姫さんや兄君も喜んでくれたなら何よりの報酬だ」) 誰か一句、と求められて、直羽が早速手を上げて読み上げる。 「舞蛍 光の軌跡 艶やかに 姫の心の優しさに似て」 見る者の心癒す蛍灯に、そっと、一句添えて。 「じゃあ、あたしも」 幻之条がちらっと瀞を見て、そして妖艶に一句。 「奥山に たぎりておつる滝つ瀬の たまちる許ものな思ひそ」 「お二方ともお上手ですね」 晶が優しい声色で両者を褒め称える。 庭に散りばめられた蛍の光が、宴を楽しむ全ての人々を癒していく。 明日の晩にはもう蛍は居なくなるだろう。 今宵限りの、儚い宴。 夏の終わりの一夜は、小さな恋心とそれを応援する力強い心が彩り、時を刻んでいった。 |