|
■オープニング本文 新年ともなれば一年の無病息災を祈るために、神社に参る者は多い。それに参拝者の寄り道を狙った出店もあれば、より人も増えていく。普段は閑静な参道が今は人の波で溢れていた。 そして――その波に溺れる者もまた存在していた。 「ううっ新年からついてないよう‥‥」 人ごみから外れた境内の奥、よろよろと膝をついている人影があった。彼女の名は仔莉奈、開拓者ギルドの受付である。彼女自身もまた開拓者の端くれではあるのだが‥‥。 「今年こそは彼氏作らなきゃ! さあ、初詣に行くわよ!」 と友人を連れて意気込んで出かけたはいいものの、途中で下駄の鼻緒が切れ、思わず直そうと屈んだところで繋いでいたはずの友人の手を離してしまい、そのまま人の波に押し押され、とうとう今の場所にまで流れ着いてしまった。 「こんなことなら家の中でコタツに潜りながらミカンでも食べていればよかった‥‥」 方向音痴でドジな彼女は、依頼で集合するはずだった場所に辿り着けなかったこともあった。そんな彼女が人込み溢れる初詣に行くなど――無謀としか言いようがない。 固く着込んで着たはずの振袖は着崩れ、頭の飾りは片方どこかに落としてしまった。見る人が見れば乱暴でも受けたのかと心配されるはずだ。 「と、とりあえず友達探さないとっ」 そこでなぜ人ごみの中に突貫しようとするのか意味がわからないが、仔莉奈が神社の方に戻ろうとしたときだ。 ドンッ! 「ふぎっ」 「うわっ」 仔莉奈は人ごみから出てくる何者かと衝突してしまった。「え、こんなとこに豚‥‥あ、いや女の子だった!」などと驚く声は若い男のものだ。仔莉奈が人間らしくない悲鳴を出したので一瞬勘違いしたようだ。というかこんなとこに突貫する女がいるとは誰も思うまい。 「い、いたたた‥‥」 「大丈夫かい?」 しかめ面で尻を地面についたままの仔莉奈に、その若者は手を差し出してきた。にっこりと微笑むその顔は、年頃の乙女が見れば六割ぐらいの割合で心を射止めることが出来るかもしれない。もちろん彼氏募集中である仔莉奈の心には百発百中だ。 「え、ええ‥‥大丈夫です」 「そう。それならばよかった」 そう彼は爽やかに微笑むと「それじゃ」と言い残して境内の奥、神社隣にある林の中へと走り去っていった。 「かっこいい人‥‥」 そして友達を探すはずだった仔莉奈は、ふらふらとその男が消えた方向へと歩いていった。 いいのか仔莉奈。 その小屋は神社を隣にする林の中にある。秋まではその小屋で炭焼きを行っていたが、今は誰も使っていない。はずだった。 男は周囲を必要以上に警戒しながら、その扉の戸を決められた数だけ叩いた。中から顔を出してきたのは頬に刀傷がある男だった。何本も歯が抜けたその顔を見て善人だと判断するのは難しい。そして判断しないのは正しかった。 「誰にも見られてないか?」 「大丈夫だ、誰もいないようだ」 顔のいい方の男が背後にある茂みに視線を寄越す。少し動いた気もするが、今日は風の強い日だ。そこまで気を使っていたら疲れてしまう。 しかしその茂みの中には仔莉奈が隠れていた。仔莉奈にしては奇跡的な確立で尾行に成功していたのだ。 男達が小屋の中に姿を消したところで仔莉奈は姿を現した。小屋には木格子の明り取りの窓があったので、そこに詰まれた薪の上から、不安定ながらもそっと覗き込んでみた。 小屋の中には炭焼きには似つかわしくない皮の袋と、簡素ながらも造りは丈夫そうな木箱があった。その木箱には見覚えのある紋が記されている。 「あれって山戸屋さんの紋よね‥‥この人達山戸屋さんの人なのかな‥‥?」 山戸屋とは若い娘に人気の品を扱う貿易商だ。仔莉奈が片方無くした髪飾りもその店で買ったものだ。先程衝突した男ならともかく、他の下卑た笑いを浮かべる男達が山戸屋の人間とは思えない。 「へへ、正月気分で浮かれてるところだったからちょろいもんだな」 「商人には正月休みだったかもしれないけど、俺達賊にとっちゃ正月働きってとこか」 「ちげぇねえ、ははは」 話の内容から鑑みると、この男達は盗賊のようだ。となると荷の方も真っ当な方法で手に入れたものではないのだろう。 「ど、どうしよう‥‥あたしも一応開拓者だから乗り込むべきかなぁ‥‥でも一人じゃ無理だし‥‥そうだ、誰か呼んでくれば!」 その場から走り出そうとしていた仔莉奈だったが、足元がただの薪であることをすっかり忘れていた ガラガラッ! ドン! グシャ! 「もぶっ!」 「なんだ、今の音とぶさいくなもふらのような鳴き声は!」 「もふらはしゃべるから厄介だな‥‥ちょっと行ってくる」 しかし小屋から出た男が見たのはもふらではなく、道端で乾き死んでいる蛙のように四肢を広げて倒れ伏している仔莉奈の姿だった。 「お前さっきぶつかってきた‥‥」 「あっ、かっこいい人‥‥!」 いそいそと着物の裾を直し「み、みないでくださいっ」と今更恥じる仔莉奈。いろいろともう駄目だ。 「どうした、もふらじゃなかったのか」 続いて中にいた男達も様子を見に外に出てきた。 「人間だった。さっきぶつかった女だ。おい、なんで付いてきた」 「えっと‥‥そ、それは‥‥」 あなたがかっこよかったから! ははは、ありがとう子猫ちゃん。君も可愛いよ。 妄想癖の持ち主である仔莉奈、身の危機による精神の圧迫のせいか、それともいつものことなのかそんな会話を頭の中で繰り広げていた。口からは少し涎が垂れている。危ない。 「おい、なんだこいつ‥‥関わらない方がいいかもしれないぞ」 「ああ‥‥」 仔莉奈を触ってはいけない人の類だと判断した男達のところに、慌てふためきながら駆けてくる別の人影があった。どうやら仲間の一人のようだ。 「すまねぇ、しくった! 追手がそこまで来てる!」 「なんだと!? くそっこうなったら!」 「えっ!? えっ!?」 男の一人、仔莉奈と衝突した者がその場で妄想に耽る彼女に短刀を突きつけた。 「一緒に来い! 抵抗すると殺すぞ!」 「あなたが言うのならどこまでも‥‥」 ぽ、と仔莉奈は頬を赤らめるのであった。 |
■参加者一覧
朱璃阿(ia0464)
24歳・女・陰
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
九条 乙女(ia6990)
12歳・男・志
周十(ia8748)
25歳・男・志
金寺 緋色(ia8890)
13歳・女・巫
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「オラオラァッ!! てめぇらどきやがれぇッ!!」 参拝客の群を無理矢理掻き分け進もうとする輩がいた。件の賊である。 「きゃーッ! 痴漢よーッ!」 「む、無実だ! それでも僕はやっていないッ!?」 人ごみの中で押しつ押されつすればあっという間に流れは乱れる。何やら生まれている冤罪に、賊を追いかける騎士ハイネル(ia9965)は「遺憾、後にギルドに説明をするから許せ」と懺悔の言葉を呟きながら走った。 現在賊を追う開拓者は一人、ハイネルだけだ。ここで見失えば手痛い命取りになる。そしてそれは賊の方もわかっていた。ここで逃げ切れば捕まることはない、だからこそ無理矢理にでも人ごみに突貫したのだ。 やがてハイネルの姿が見えなくなったとき、賊の一人は勝利を確信してにやりとほくそ笑んだ。 よくある話だが、先に勝利を確信した方の負ける可能性は高い。 「ったく、めんどくせぇなー。腹減ったしさっさと捕まえて飯にしようぜ」 「それなら先程通りがかった団子屋が美味そうでござったよ」 「いいねぇ、団子! まだ花見にゃ早いがな」 周十(ia8748)と四方山 連徳(ia1719)が参道や出店を窺っていた。別にこの二人、暢気に参道散策をしているわけではない。逃げた賊達を追っている。 「そこのお兄さん、甘酒はいかが?」 出店の売り子と目が会ってしまい、周十にも声がかかった。 「いや、急いで‥‥いいね、甘酒! 一杯もらおうかな!」 「周十さん、そんなに腹をすかせていたでござるか‥‥」 哀れみの視線を投げかけてくる連徳に、周十は無言で店の中を指し示した。なぜか納得の表情をした連徳が店の前から立ち去る。何事もなかったかのように周十が売り子から甘酒を受け取った。 「まだまだ冷えるからな、熱い甘酒がうまいぜ。あんたもそう思うだろ?」 周十は同じように店の前で甘酒を味わっている男に話しかけた。 「いやぁ、同感ス。でもさっき走ったから冷えた方も欲しいスね」 「へぇ、この人ごみの中走ったのかい‥‥ところで俺の顔に見覚えはないか?」 「そんなどこかの怪談みたいな‥‥て、げぇッ!?」 男、いや賊が投げつけた甘酒の容器が、周十の顔目掛けて飛んでくるが「おっと」と片手で受け止める。賊はその隙に走って逃走するつもりだったが。 そんな賊の目の前に、巨大な牙と爪を剥き出しに襲い掛かる龍が現れた。突然だった。 腰が抜けたのか、賊がへなへなとその場にへたり込んだ。 「ふふふ、見せかけでござるよ」 立ち去ったはずの連徳だった。どうやら身を隠して挟み撃ちを狙ったらしい。 「おいィ!? お前まだここに、ってゆーか、なんで捕まってるんだよ!」 しかし仲間の賊が新たに現れた。さすがにそれは予想していなかった。 「うわぁん、兄貴ぃ、助けてくださいぃ」 「くそっ、仲間を放さないとこっちだってなぁ!」 新たに現れた兄貴分が呆然としていた店員を引き寄せ、短刀を突きつけた。 「あ゛ー、これは困ったでござるねー」 そう言いながらも、連徳はもぞもぞ頭を掻いたり腕組みしたりどこか忙しない。 「おい、妙な動きをするな」 「好きでやってるわけじゃないでござる。さっきから背中がもぞもぞして気持ち悪いでござるよ」 「さっき通った松の木にでっかい蜂の巣があったぜ。ありゃあ毒蜂だったような。あれに刺されると死ぬ人間もいるんだろ?」 「はっはっは、周十さん、それが拙者の背中にいるというでござ‥‥ってうわっ本当にいたでござる!」 何か黒い物体が連徳の手から放たれ、兄貴分の顔に張り付いた。 「投げんなッ!? うぐっ」 「あ、兄貴ッ!?」 兄貴分が膝をつき、弟分が兄貴の名を叫んだ。 「うぅ、俺はもうだめだ‥‥体が痺れてきた‥‥」 「そ、そんな兄貴、死なないでーッ!」 「あぁ、意識が遠くなってきた、川の向こうでお袋が手を振ってやがる‥‥」 「そんな効き目はないでござるよ」 けろっと言い放つ連徳。実は先程の毒蟲、連徳が作った虫型の式だったりする。 いつの間にか側にきていた周十が、余裕で兄貴分の賊を押さえつけた。 「そういえばお袋はまだ生きていたっけ」 「‥‥兄貴‥‥」 こうして賊二名は捕縛され、ハイネル待つ炭焼き小屋へと連行された。なお、その時に連徳に地縛霊で脅されたらしく「うぅ、地獄から使者がやってくるッス」とガタガタ震えて大人しくしていたとか。 「うふふ、坊やいい子ね‥‥」 笠で顔を隠した母親が赤ん坊を抱きながら道を歩いている。実は変装した朱璃阿(ia0464)なのだが。髪を染めるまでの時間はなかったので、手拭と笠で特徴的な髪の色を隠している。 だがいくら変装でも隠せないものがあった。道行く男性諸君が胸元の赤ん坊、実はこれも式神人形であるのだが、それに羨望の視線を投げかけてくる。 だが幸か不幸か、少し離れた場所から同じ方向に進んでいる物乞いの少年に気を配る者はいなかった。彼も実は変装を施した九条 乙女(ia6990)だ。 「作戦のためとはいえ、共に歩くような事にならずにすんでよかった‥‥」 ほっと溜息を吐く乙女。出来れば朱璃阿の悩殺ぼでぇを視界に入れて鼻血を噴くような真似はしたくない。 「さて、目撃情報によると、二枚目の男が無理矢理ギルドの受付の女性を連れて行ったとか‥‥」 きょろきょろと周囲を見渡す乙女。朱璃阿より前方には女が男の腕を積極的にとっている風景が見える。目撃情報による賊と受付の着物の色とも一致する。 「いやいやまさか‥‥人質だというからには拘束などされているはず」 しかし前を歩く朱璃阿が乙女に向かい目配せをする。恐らく同じことを考えているのだろう、朱璃阿は脚を速めた。 「やっぱり運命の出会いってあるんですねっ!」 「くそ、何なんだこの女!? 追われてなければ切り殺すのに‥‥」 あぁ、やはり賊と人質で間違いないようだ。仔莉奈の方がどう思ってるかは謎であるが。とりあえず朱璃阿がこっそりと男に毒蟲を放つ。 「ぐ!? か、体がシビ、れ‥‥ッ!」 「あぁッ!? あなた、そんなあたしを一人にしないで!」 式の毒で痺れ、跪く男。そんな男の側でさめざめと泣き出す仔莉奈。修羅場が始まった。嫌な予感はしつつも乙女が側に駆け寄った。 「えーと‥‥捕まえました」 男の腕を後ろに固める乙女。続いて朱璃阿も近付く。作戦通りではあったが。 「えっ、な、何なんですか、あなた達はッ!」 いきなり現れた二人組。一人の身なりは貧相だが、顔はよく見ると愛らしい男の娘、いや男の子。もう一人に至っては豊満な胸に赤ん坊を抱いている。この二人から仔莉奈が導き出す結論、それは。 「あなた浮気していたのね! 赤ん坊までいたうえに、男の子にも手を出すなんて!」 「待てっ誤解だ! つーかお前なんかと付き合った覚えはない!?」 「何でもいいけど‥‥さぁ、天国と地獄の狭間を見る時よ。大人しく縛につきなさい」 ぴしっと朱璃阿が荒縄の両端を握った。男は激しく嫌な予感がした。 ――少々お待ちください―― 変装を解いた朱璃阿が、外套と笠を深く被らせた人物を連れている。朱璃阿の手には荒縄の片端が握られていて男の外套の中へと繋がっている。罪人が開拓者に捕縛されているのだろう。少し後ろからついてくる乙女が鼻を押さえているのは何故かはわからないが。 「うぅ‥‥こんな格好で出歩くことになるなんて‥‥!」 「逃げれるなら逃げてもいいけど外套の下の姿を天下の往来で晒す事になるわよ?」 「く、くやしい‥‥っ!」 びくびく、と男は悔しさに身を震わすのだった。 さて、序盤に賊を追いかけていたハイネルだが、今は炭焼き小屋の前で捕まえた賊の見張りをしていた。 先程嬉々とした朱璃阿が捕縛した男を連れてきた。少し疲れた顔の乙女も一緒だ。朱璃阿が男の外套を剥ぐと、そこには特殊な縛り方をされた男がいた。亀の甲羅を模ったようなその縛り方は記録者さんちゃいだからわかりません。周十と連徳が先に捕えた賊も、ハイネルからもらった荒縄で同じように縛りなおした。ちょっとすごい光景だったので乙女が鼻血を噴きそうになっている。 二人は既にいないが、乙女は立ち去る前に『某はこのような趣向を好む故、もっと見られたし♪』などと書かれた張り紙を賊達に貼っていった。 「可能性、隠れてやり過ごそうとする者が居るともしれん」 ハイネルは縛っている賊が武器を持っていないことを確認すると、炭焼き小屋の明り取りから中を窺ってみた。 「あっ」 中にいる人物と目があってしまった。どう見ても不審人物だ。その男はばたばたと慌てて炭焼き小屋の入り口に向かったが、そこには既にハイネルが待ち構えていた。 「確認、件の賊だな?」 「だ、だったら何だっていうんだよ!」 「投降、大人しく従うならそれでいい、だがそうでないときは‥‥」 ハイネルが剣先を男に向けた。 「ハイ、スイマセン! 従います!」 すぐに賊はその場にひれ伏した。ハイネルが剣を鞘に収める。 「なわけねぇだろおっ!」 賊は懐に忍ばせていた短刀を取り出した。が、それよりもハイネルの一撃の方が早かった。鞘に覆われたままのショートソードが賊に重い一撃を与える。「ぐえっ」と情けない悲鳴があがり、賊はその場に倒れ伏した。 「確然、民は守るべきもの、賊は民を害すもの。ならば民を守る為に賊を捕らえるは必然」 ハイネルは賊を後ろ手に固め、林の木に吊るしておいた。 「さて、たまにはやる気のあるところを見せないとでゴザルな」 「あのぅ、その、ゴザルという口調は連徳殿も使っていましたが‥‥」 おずおずと金寺 緋色(ia8890)が向井・奏(ia9817)に切り出してみる。笠と外套の変装は渡世人のつもりかもしれない。「‥‥楊枝もくわえようかな?」などという呟きも聞こえる。 「そうでゴザル、これが最近の流行の口調なのでゴザルよ」 奏がけろりと嘘を吐く。緋色は「そ、そうだったんだ‥‥これでいいでござる?」と謎の練習を始めてしまった。 「騎士殿は大丈夫でござろうか。頼りにしているでゴザルよ」 二人より前方にはシュヴァリエ(ia9958)が先行している、はずだ。参拝客が壁となっているので少しの距離も先は見えない。お互いに騒ぎの起きている場所を探しているだろうが。 「きゃああ!!」 行く手から突如悲鳴があがった。奏と緋色が目配せしあい、人の波を分け進んだ。 人ごみの中心にぽっかりと空間が出来ていた。そこには若い女性の首を片腕で捕えている賊と、舌打ちをするシュヴァリエの姿があった。もう一人賊が女性に短刀を突きつけている。 「先にいくでゴザル」 奏は緋色に声をかけ人ごみの中に消えた。賊の隙をつくために死角に移動したのだろう。緋色も賊から見えない位置でシュヴァリエに手を振った。 「おいおい兄ちゃん達。今の自分の姿に何も思う事は無いのかい?」 シュヴァリエが賊に語りかける。勿論、緋色の姿を確認しての行動だ。 「うるせぇ! こっちからの要求は唯一つ、俺達を全力で見逃せ!」 「そうだそうだ!」 やれやれとシュヴァリエは肩を竦める。 「そんじゃこうしよう。俺は武器を捨てる。その代わりあんたは人質を放すってのはどうだい?丸腰相手なら怖く無いだろう?」 シュヴァリエの腰に武装されていたサーベルが、地面に転がり音をたてた。 「聞けるか、てめぇ開拓者じゃねぇか、くそ! 生まれつき恵まれた存在のくせに!」 「そうだそうだ!」 僻みたっぷりの賊達だ。 「駄目かい? そんじゃ今度は両膝をつこう。どうだい、もう怖くないだろう?」 今度は両膝を地面につくシュヴァリエ。こうして賊達の気をひくつもりだ。隙を見せたら不意打ちをせねば、だがその緊張感が緋色にこんな呟きを零させた。 「はわわ、なんだか妖しい雰囲気に見えてしまいます。まるで人質をとってシュヴァリエ殿を従わせたような‥‥」 「えっ、あの人質をとってる奴ら、あのお兄ちゃんを狙ってるのかい!?」 呟きを聞き咎めた人ごみの中の一人が、大きな声で叫んだ。続いてきゃーやらうわーとかうほっという騒ぎが広がっていく。 「待て! 俺にはそんな趣味はないッ!?」 「そ、そうだそうだ!?」 広がる汚名に、賊も人質を拘束する腕を緩めてしまう。 「隙だらけでゴザルな」 背後から現れた奏が賊の首に一撃、昏倒したところを押さえつけた。側にいたシュヴァリエも残った賊に当身を喰らわす。 「いやあ、人心を利用した見事な技でゴザった。さすがでござるよ!」 ばしばしと奏が駆け寄ってきた緋色の肩を叩いた。何故自分が騒ぎのもとだとバレているのだろう、あはは、と緋色は引きつった笑みを見せた。 「え、えーと‥‥せ、正義のためなら何でも許されるのです!」 「‥‥俺はちょっとここからいなくなりたくなったけどな‥‥」 鎧兜の奥のシュヴァリエの瞳がどこか遠いところで現実逃避していた。 さて、賊を炭焼き小屋まで引き摺ったとき、賊達が目を覚ました。目の前には亀甲を模る形で縛られた仲間達。 「ひ、ひぃッ! 助けてユルシテー!」 「そうっそうだーッ!」 「ん? 何を勘違いしているのかしらないが、これをやったのは俺じゃないぞ」 「なんだ、そっか‥‥」 ほっと安堵の溜息を吐く賊達であったが。 「こんな複雑な縛り方はできねぇが、俺もきつく縛っておくか」 ぎゃーと窒息寸前まで追い詰められた賊達が悲鳴をあげた。手加減されて幸せかどうかはわからない。 こうして山戸屋を襲った賊達は開拓者達の手によって全て捕縛された。特殊な縛り方をされた賊達が数珠のように連結され、哀れその姿を晒しながらギルドへと連行された。 「かっこいい人でも、悪い人は許しませんよ。‥‥すごくかっこいい人でも!」 賊の悲惨な姿を見ながら緋色が顔を染めていた。 「ふえぇえん‥‥運命の出会いだと思ったのにぃ〜‥‥」 めそめそと仔莉奈が泣き伏す。 「皆さん、クッキーをどうぞ! 形は悪いですが、味は保証付きですぞ!」 皆に手作りの焼き菓子を配る乙女。泣き伏している仔莉奈の前にもちょこんと座り、差し出してきた。 「悲しい時には甘いものがいいのですよ、さあ、仔莉奈殿にも」 「うぅ、あたしに優しくしてくれるの‥‥?」 「仔莉奈殿程魅力的な女性なら、きっと良い人が現れるでゴザル。焦りは禁物でゴザルよ?」 側にいた奏も仔莉奈を慰めた。 「あ、あたしって魅力的ですか‥‥?」 「勿論でゴザルよ」 うんうんと暢気に頷く奏に仔莉奈がすすすと寄り添った。 「そうですよね、男よりも女同士の方が真の愛情を築けますよね!」 「なッ!? この場合、どっちかとゆーと乙女殿に惚れるべきでは!?」 「あ、私、そういう愛の形に偏見とかありませんので、安心してくだされ」 言葉とは裏腹、乙女は二人から距離をとるのだった。 結論:運命の出会いとか信じちゃいけません。 |