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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 力が欲しいのです、とその娘は呟いた。 戦いに疲れた泰拳士の翁が河原に倒れ付す娘を見つけた。まだ息があったその娘を、家まで抱きかかえ連れ帰り介抱すると、目を伏せたくなるひどい怪我であったのに三日後に目を覚ました。彼女も恐らく自分と同じ開拓者の資質を生まれ持った存在なのだろう。 そして翁がかつて開拓者であったことを知ると、娘は先の言葉を翁に言った。 「しかしせっかく助かったのだから、帰った方がよくないか? 親も心配しているだろう」 翁はこの三日、娘の枕元で看病に専念していた。それこそ例えではなく、寝る間も食べる間も惜しんでだ。 だからこそ娘が床に付きながら母の名を呼んでいたことは誰よりも知っていた。 「いえ‥‥父は私が生まれる前に、そして母は共に逃げていたのですが、私一人だけ‥‥」 翁は娘が奥歯を噛締める音を聞いた。そして俯いていた顔をキッとあげると、翁を真直ぐに見つめ、こう言った。 「私に力を下さい。復讐のための力を」 「復讐、か‥‥」 アヤカシに復讐するために開拓者になろうとする者は少なくない。何を隠そう翁自身も、かつて家族を無残に奪われた経験から開拓者の道を選んだ。 しかし本当にそれは正しかったのだろうか。 復讐のために刃を振るい続けても心の暗雲が晴れたことは一度もない。 もっと‥‥もっと別の何かを開拓者の道標とするべきだったのでは、と思い悩むことも増えてきた。 「復讐のために力を求めることが正しいと言えるかな‥‥」 「それが正しくないとしても私にはもうそれしか生きる道はありません。お願いします、どうか私に力を」 床に頭を擦り付け、娘はひたすら乞い願い続けた。 頑なに力を欲する娘を見て、翁は考えた。 この娘に力を与えるのも開拓者としての仕事なのかもしれない。それは自分の復讐ではなく。 「わかった。刃を求める道、けして容易いと思うなよ」 「はい!」 娘の瞳に決意の炎が揺れていた。 そして翁は娘の名、咲華(さくか)を知った。 翁は己が持つ技の全てを咲華に教え込んだ。かつて翁が若者であったときにも音を上げそうになった修練と同じものだ。 女である咲華には辛いことだっただろう、途中で放り投げ村へ帰ることを期待したのもあった。だが咲華はそれに耐え切った。そしてかつての翁よりも卓越した技を身に付けた。 「ありがとうございます、師匠。これで‥‥これで復讐することが出来ます」 感謝の言葉を述べた咲華は翁より譲り受けた駿龍に跨り、かつて娘が流されてきた河原の上流、つまり里がある方へと飛んでいった。 しかし翁は風の噂で知ってしまった。 咲華が復讐したいのはアヤカシではない。 「アヤカシとは神の使いであり、天儀を汚す人間共に神罰を下すために現れたのだ!」 熱弁を振るう男がいた。ある崖に作られた隠し砦の中、そこにアヤカシを神と信じる集団がいた。その数は宗教というには少なすぎる。やる事も空賊のそれとあまり変わらないだろう。 その中に男の話を聞いているのか聞いていないのか、その態度からは判別しにくい娘、咲華がいた。 アヤカシが神の使いだと信じているわけではない。この集団の中にも男の言葉を信用せず、ただ己の利益のために参加している空賊紛いの者もいる。騒ぎを起こせば物取り稼業がやりやすいからだ。だが咲華はそのどちらでもない。 「我々の計画は天儀に住む人間に牙を突立てる! その時こそ人々は真実に気付くはずだ!」 ああ、なんという陳腐な言葉なのだろう。咲華は独り、小さな嘲笑をした。 計画の立案は咲華が行ったものだ。血を求めるアヤカシを誘導する。戦う力が不足している場合、護衛の手段の一つとして翁に教わったものだ。 この作戦を聞いた男は、咲華に一言二言称賛の言葉を与えてくれた。だがその後は神から賜った言霊として熱心に演説している。このような捻くれた男だから、人間に対し見当違いの憎しみを抱けるのだろう。 ならば自分は? この男と何が違うというのか。 あの時自分達母子が囮にならなければ村人全員が死んでいたとは既に理解っていた。 囮にならずとも一人二人は生き残れたかもしれない。だがそれ以外を救うためには誰かが犠牲になる必要があった。 誰かを助けるためには誰かが犠牲にならなければならない。 それが世界だというのなら。 「私は世界に復讐しよう」 例えそれが、実の子供のように自分を愛してくれた師を裏切ることになろうとも。 「えっと、つまり街が狙われているから開拓者を動かしてほしいと?」 「ああ、そうだ。出来るなら多ければ多いほどいい」 うーん‥‥と開拓者ギルドの受付は眉間に皺を寄せながら唸った。 「でもこの情報って、お爺さんが自分で集めたものなんですよね」 街を狙う者達がいる。 農村で豚や兎が消える事件が多発していたが、それは計画の一端だ。 街の噂を聞きまわったり、浮き足立っている山賊達を締め上げて計画の内容も解った。 「そうだ。何か問題でもあるのか?」 「問題っていうか‥‥えっと怒らないで聞いてくださいよ? 最近悪戯多いんですよ、大量のアヤカシが出たから開拓者をよこしてほしい、中には人語を解するアヤカシもいる、とか言われるから向かうと、何もないんですよ。調べてみたら悪戯だったって‥‥」 「ワシがそのようなことをするうつけに見えると言うのか!」 それは歴戦の開拓者ならではの怒声だった。開拓者の端くれとはいえ、経験の乏しい受付は身を竦ませてしまう。 「い、いえ、そういうことじゃなくて! 情報が不確かなのに大勢の開拓者なんか動かせません!」 「‥‥確かに、それもそうだ‥‥」 翁の逆上も、瞬時にその炎を消し去ってしまった。確かに。もし自分が現役であったのなら、そして娘のことなど何も知らないのなら、このような依頼は最初から受けることはない。 「えっと‥‥少しなら、動かせますよ?」 翁のしょぼくれた姿を哀れに思ったのか、受付がおずおずと話を切り出してきた。 「ああ‥‥だがこのようなボケた老いぼれの依頼など受ける者はおるまい」 ワシも開拓者だから解るよ、と翁は自嘲気味に呟いた。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
静雪・奏(ia1042)
20歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
菫(ia5258)
20歳・女・サ
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂 |
■リプレイ本文 森の枝葉は上から眺める地面を覆いつくしている。それだけならまだしも、自然に作られた不規則な木々の形は逆に特徴が捉えづらく、これから開拓者が進むべき方向を若干見失わせた。 「う〜ん、あっちの方向にアヤカシが出るらしいんだけど‥‥」 赤マント(ia3521)は駿龍の機上から探索していた。標的はアヤカシ及び、それを街に襲わせようとする無法者達だ。 だが相棒であるレッドキャップも確信が持てないのか、主人に対し「くぅ‥‥」と控えめな鳴き声しか返さなかった。 「人間やアヤカシを見たら、森の動物達は必ず騒ぐはずだよ」 天河 ふしぎ(ia1037)が隣を星海王で滑空している。星海王が答えを返さないのは主人のために索敵に集中しているからだ。 「どんな理由があっても、絶対こんな事は止めなくちゃ‥‥人々の為だけじゃなくて、咲華の為にも」 星海王の手綱を握りながら、ふしぎは決心を呟いた。彼はこの依頼の前に翁から例の少女、咲華の事を聞いていた。翁は「すまない」と頭を下げた。 「もちろんお爺さんの為にもね!」 そのためにはまず誘導しているはずの無法者を探さねばならない。 何か手がかりがあるはずと周囲を見渡している二人の横を小さい何かが突っ込んできた。 「何、アヤカシ!?」 「いや、カラスだ、カラスの集団だよ!」 身構えたふしぎに、赤マントが目の前を指差した。そこではカラスが群となってぎゃあぎゃあと喚いている。飛び込んできたのは逸れた一羽だろう。 すかさずふしぎが目に練力を湛えた。心眼。集中させた意識が真実を見透かす瞳となる。 「人もアヤカシも気配は感じられないよ‥‥」 「あ、じゃあ盗まれた家畜がいるんだよ!」 赤マントの予想通り、二人が降りた地点には兎が数羽、網の中でもがいていた。カラスの口ばしでは網の中の兎を捕えることが出来なく、悔しそうに周囲を旋回していた。 「村の方向には行かないでね」 ふしぎの刀で網を断ち切り、赤マントが家畜を森の中に放った。カラス達がそれを追いかけるが、側にあった穴に逃げ込んだので啄ばまれることはなかった。 ほっとしつつも見送る暇はない。 「こんなふうに家畜を囮にしているのなら‥‥」 「カラス達が他にも騒いでいるかもね」 考え込んだ赤マントにふしぎが言葉を続けた。二人は頷き合い、再び龍に跨った。 二度目のカラスは同じように兎を突付いていた。 だが、三度目のカラスは他の動物達と共に森から逃げ去ろうとしていた。 「あそこ!」 ふしぎの三度目の心眼が気配を察知した。それは森の上を飛行する駿龍とそれを操る人間、そして大量のアヤカシの姿だ。 「このゴーグルが、お前達を追い詰めるんだからなっ!」 約束の証のゴーグルを輝かせ、ふしぎは強く宣言した。 「やりきれぬ話だ‥‥恨みから娘の心が歪んでしまったとしても無理からぬことであろう」 大蔵南洋(ia1246)が険しい顔で呟いた。他人に誤解されがちな強面であるが、今はその顔にどこか哀切を湛えている。 「だが大勢の人々を巻き込むのは間違いである」 久我・御言(ia8629)の言葉に南洋は頷いた。 二人が相棒の龍で飛んでいるのは岩と枯れ木ばかりの山脈だ。何も手がかりをなしに探すのは困難だろうが、南洋があらかじめ村で仕入れた情報で、大きな道があることを知っていた。 それは川だ。川は村の近くを通り、やがては街にも至る。 「となると――やはりか」 南洋の視線の先、餌もないのに放牧、いや放逐された豚達がぶいぶいと河原で鳴いていた。 「このあたりには敵はいないようだよ」 御言の心眼が周囲を警戒するが、何の気配も感じられない。 「もっと上流にいるのだろう。貴様の考えは間違ってないさ、南洋」 御言は相棒、秋葉に気合を入れるためにその背を軽く蹴った。 二頭の龍が上流を目指す途中、同じように豚が放たれている場所が二箇所程あった。だが御言の心眼をもってしても敵の姿を見つけることは出来なかった。 作戦は失敗しているのではないか、そう微かな希望の幻覚を抱きそうになったときだ。 川の流れに沿いながら、下へ下へと押し寄せる黒い霧があった。 蟲だ。蟲の形をしたアヤカシの群だ。 ぎちぎちとアゴを鳴らしながら下流へと向かっている。知性は獣並だが、下流に行けば家畜がいると学習しているらしい。もっと血を命をと怒涛に流れていた。 「こんなものが村の近くを通ったら、骨も残らずに食い尽くされそうだ」 冷静に言葉を紡ぐ御言は村がどうなってもいいと思っているわけではない。戦況を有利にするには冷静な判断が必要だ。そのための客観的な言葉だ。 「そう、好き勝手に報復して良いなどという道理が通るはずもなし」 無関係な人々を巻き込むなど許されぬ行為だ。 南洋は己の刀を取り出し、自分の腕を斬りつけた。 赤い血が、アヤカシの好む命が流れた。 主婦達が道端で談笑し、店の主人が今日のオススメを叫び、客を呼び込もうとしているいつもの街。 誰もこの街をアヤカシに襲撃させようとしている輩がいるなど、思ってもいない。 「あの時のこと絶対許さないんだからね! 数無限大倍にして返すッ!」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)の言うあの時とは、先日娘に恋人であるふしぎが斬りつけられた件だ。 拳を握り締め、決意を新たにしている風葉に翁は「‥‥すまない」と申し訳なさそうに呟いた。恋人の事件は先日の依頼の一件として聞かされた。だが翁が謝罪しているのは娘が考えた作戦、ひいては翁の教育の至らなさだろう。 今は引退しているとはいえ元は熟練の開拓者の翁の姿に、風葉は複雑な表情をした。 許さないのは娘であって、この翁ではない。 「‥‥アンタが罪悪感を覚えよーとアタシは知ったことじゃないケド。アンタが関わらなくたって、あの子は同じコトしてたと思う」 素直でない風葉はそっぽを向きながら翁に告げた。 「‥‥すまない、優しい人なのだな、あなたも」 「アタシはそんなつもりじゃッ!」 「ありがとう」 「‥‥早くあの子を見つけて謝らせなきゃッ!」 一方その頃、この街ではもう一人の開拓者が襲撃を防ぐために動いていた。 「‥‥傷が疼く、な」 菫(ia5258)が右目の傷を押さえながらぽつりと呟いた。 「‥‥彼女のことは止めなければ‥‥復讐などでは憎しみは消えない、心は救われない‥‥」 私はそれを嫌というほど思い知ったから、と誰に訴えるでもなくぽつりと漏らした。 動物の死骸があるかと探したが見つけることは叶わなかった。 その代わりというわけでもないが街の片隅にある空家に武器を持った胡乱な輩が出入りしているのを見咎めた。 誰か捕まえて問い質そうかと菫が思案したとき、背後から肩を掴もうとする輩がいた。 瞬間的に身をかわした菫だったが「その動き、開拓者かよ‥‥!」と無法者は唸りながら武器を構えた。 「話が通じる相手ではないか‥‥!」 こちらが開拓者といえど多勢に無勢。それにここでは街の住人を巻き込んでしまう。 一時の退却のために菫は身を退いた。 緑の絨毯が広がる平原、二頭の龍が開拓者を乗せて滑空していた。 「できるなら爺さんにも来てほしかったけどなぁ」 「仕方ないだろう、駿龍は既にあの娘に譲ったらしいからな」 静雪・奏(ia1042)のぼやきにエメラルド・シルフィユ(ia8476)が宥めの返事をした。だがすぐに何かを思い出したのか、エメラルドは黙り込んだ。 「エメラルドは‥‥その娘さんには何を言いたいのかな?」 奏の相棒、蒼羅もエメラルドが心配なのか、小さく鳴いて存在を主張した。 「‥‥わからない。彼女の復讐は尤もだ。だがそれを受け入れる訳にはいかぬ」 「そうだね、いまは止めないと。それが一番大事だからね」 これ以上罪を重ねさせない為にも、という奏の言葉にエメラルドはこくりと肯きを返した。 見渡しはいいが、所々に存在する穴や茂みがそこに誰かが隠れている可能性を生み出していた。 ここかという場所でエメラルドの心眼で眺め渡してみるが、何者の気配も感じ取ることが出来ない。 「こちらの方角ではないのだろうか‥‥」 「いや、当たりみたいだよ」 奏の指差す先に黒い翼の龍が飛んでいた。近づいてエメラルドが心眼を使う。 「相手は龍が一頭、人が二人だ‥‥丘の上にいるようだが――こちらに気付いたようだっ!」 「じゃあ、まずは初撃を‥‥エメラルド、ちゃんと続いてね」 「数は同等! ならば力で押すのみ!」 「行くよ、レッドキャップ!」 赤マントの相棒レッドキャップは、主人の鼓舞に一声鳴いて答えた。そして上に伸びる枝葉に触れるか触れないかの距離に落ちると、空を斬るように全力で飛翔した。 「敵襲だとッ!?」 無法者達は自分が街に襲撃をかけるという立場だったせいか奇襲は予想していなかったらしく、レッドキャップの次の攻撃に身構える時間しかなかった。 「――――ッッ!」 レッドキャップの口から勢いよく吐き出されたのは燃え滾る炎。アヤカシを誘導する一人を包み込むかと思ったが、操っていた龍が本能的にそれを回避した。僅かに火傷を負ったようだが致命傷ではない。 そして吐き出された炎は森の一部に着火した。 「あちゃー‥‥」 赤マントは思わず頭を抱えてしまった。 この季節、森の木々は乾燥している。燃えているのは森の上部だけだが、新たに山火事を起こす可能性は高い。 だがそれが思わぬ成果を生み出した。 「ぎぃいいいぃいい!!!」 押し寄せるように誘導されていたアヤカシの甲殻に火が付き、悲鳴をあげながら塵へと還っていった。 他のアヤカシも餌どころではないと方々に散ろうともがいていた。 「てめぇ、よくもやりゃあがったな!」 無法者跨る二頭の龍が、赤マントとレッドキャップを引き裂こうと爪を伸ばしてきた。だが一頭目は軽々と、そして二頭目もすれすれながら回避した。 「今だ、星海王、シザークロウアタッチメント!」 「後ろにもう一人だと!?」 赤マントに気をとられていた無法者は密かに接近していたふしぎ、そして星海王の爪を回避することは出来なかった。 翼を引き裂かれた龍が傷を負った無法者と共に森の中に、アヤカシの群の中に落下していった。 「あ、たす、助けっぎゃあぁあああ!!」 下級とはいえアヤカシはアヤカシ。目の前に己が好む最上の餌が落ちてきて食わない道理はない。 肉と骨を生きながらにして食われていく悲鳴があがり、そしてすぐに消えていった。 仲間が死んだというのに、もう一人の無法者は血走った目で開拓者達を睨みつけてくるだけだ。先程の賊紛いの者と違い、アヤカシを真に神と信じているのだろう。 「心がアヤカシになったとでもいうのかい!?」 赤マントの体が練力で赤く染まっていく。激しい消耗と引き換えに手に入れた命中力で無法者を狙い済ます。 「ハァッッ!!」 赤マントの掌から放たれた気功が無法者の体に命中した。そして同時にレッドキャップのソニックブームが追撃となる。 「ぎゃあッッ!!」 攻撃のために身を乗り出していた無法者の安定は簡単に崩れ、またもアヤカシの中に放り込まれるかと思った。だが寸でのところでその襟首をふしぎが掴んだ。 「お前なんかに助けられてたまるかッ!」 「助けたつもりはないよ」 さらっとふしぎは言い放った。 「これ以上アヤカシに餌を与えたくないだけ。ちゃんと罪は償ってもらうからね?」 「ほうらアヤカシめ、血に誘われてしまえ」 ぽたぽたと南洋の腕から血が垂れていた。その血に誘われアヤカシが山の中を漂う。飢えが満たされているわけではない。だが上空に餌があるという事実が本能を誘っていた。 甲龍、八ツ目の影と共に、アヤカシの群が村の方角から遠ざかっていく。村には予め「何者かに操られたアヤカシの群れが襲ってくる」と伝え、避難を促してはいるが、出来るだけ遠くにいかなければならない。南洋は八ツ目と共に山奥へと向かった。 「さて‥‥」 南洋から十間程離れた場所にて、御言が意識を集中させた。肉体の眼でなく心の眼が、気付かれないようにと隠れていた存在を焙り出す。 「群が放置された餌だけで誘導されるとは思わないさ――近くにいるはず」 小さく「そこだね」と呟いた御言の物見槍に炎が宿った。主人に手綱をひかれ秋葉が滑空する。 「ッな!? 何故この場所が!」 「わかるんだよ」 紅蓮を纏った槍が隠れていた無法者、恐らくアヤカシを先導していた者を切り伏せた。一撃で死ぬことはなかったが、肩を押さえて息をしている無法者が御言と秋葉に勝てる見込みはない。 「どうする、まだやるかい? それとも諦めるかい」 「くっ‥‥」 無法者は武器を投げ捨て両手をあげ、降参の意志を示した。 そして山中深く、人がその足で辿り着けるとは思えない場所。そこまで相棒を飛ばせた南洋は薬草と包帯を懐から取り出した。器用に片手で腕の傷をぐるりと巻くと、痛みは残ったが出血はなくなった。 そして人間の指標を失ったアヤカシはぎぃぎぃと何所に彷徨えばいいのかわからなくなっていた。 「ここにいたのかい」 横の空から御言が姿を現した。 「おお、倒してきましたか?」 「もちろん動けなくもしてきたよ。さあ、このアヤカシをどうにかしないとね」 「やれやれ、大仕事だな」 二頭の龍がアヤカシの群の中に飛び込んでいった――‥‥。 右に左に攻撃を避けながら、菫は『相手に見失わせない』ように街の中を駆けていた。 ――それでいい。 アヤカシでなく人であるが、戦いを避けることは住民を巻き込まないことに繋がる。それにこうして惹きつけておけば作戦どころではないだろう。 「菫!?」 騒ぎを察知したのか、風葉が脇の道から飛び出してきた。続いて翁も姿を現す。 「アタシの仲間に何すんのよッ!」 風葉は精霊の力を借り、その場に炎を生み出した。浄化の炎は菫に掴みかかろうとした無法者『のみ』を包み込んだ。 「っざけんな、ぶっころす!」 仲間を燃されて怒りが爆発したのか、無法者の刃が風葉に襲い掛かろうとした。 ――ガキィッ 金属と金属がぶつかり合う音がした。 「この人に手出しはさせない」 風葉の前には菫がいた。彼女の刃は大切な人を守るためにある。菫はバトルアックスとファルシオンを器用に交差させ無法者の刃を防いでいた。 「ちィッ!」 単純な力比べでは勝てないと判断したらしい、無法者は「おい、退け! あれもってくっぞ!」と仲間達と共に撤退し始めた。 「なにあれ、雑魚そのものね」 「だがこういう話の流れだと‥‥」 菫の呟きに答えるように、大きな羽ばたきの音がすぐに聞こえてきた。 「へっ! こっちには龍がいるんだぜ!」 街中だというのに無法者が龍を持ち出してきた音だった。戦いの最中、街の住民が巻き込まれないように外れへと移動してきたとはいえ。 「他の人間がどうなってもいいと思っているのか――愚策だな」 「なんとでもいいやがれッ! 勝てばこっちのもんだ!」 どうやら無法者はアヤカシで街を襲撃させるという事をすっかり忘れ去っているようだ。 「無策に無謀におまけに無知? 救いようがないわね、ねぇゴーちゃん」 主人を背に乗せた轟雷王も同意の証に一声吠えた。逃げ回っていたのは街の住民を巻き込まないためだけではない。相棒を待機させている場所へと近づいていたのだ。 「な、なに、龍だと!? 卑怯だぞ、お前ら!」 「先に持ち出してきたのはお前達だろうに」 「こういうのって負けフラグっていうのよね」 そして風葉の野次の通り、無法者達は開拓者達の連撃に沈むことになった。 「ふぅ、こんなものかな。アヤカシの方もこないみたいだし、大丈夫かな?」 「娘の口から聞きたかったことがあるのだがな‥‥」 何のためにこんなことをやっているのか、と菫の言葉が風に溶けていった。 「心根が脆いから足元も崩れやすいんだよ!」 向かってきた無法者は龍と心を通じ合わせることが出来なく、丘の上から弓で狙い済ましてきた。それを回避して地に飛び降りた奏が、覚醒して精度を高めた空気撃で敵を転倒させる。起き上がろうとした無法者だが、駿龍、ラファエロに跨ったエメラルドの一撃で戦う力を全て殺がれた。 だがもう一人の無法者――咲華は、仲間が堕ちたというのに拳を開拓者達に向けてきた。 「義もない開拓者が邪魔をするな!」 「義はあるッ!」 バヂィイン! 弾く音が響く。 奏と咲華、二人の泰拳士同士の拳がぶつかり合った。即座に二人とも距離をとる為に後ろに跳んだ。 拳を押さえた咲華が軽く舌打ちをする。奏の拳はジンジンと電撃に触れたかのように痺れていた。恐らく同じ痛みを咲華も味わっているのだろう。 「貴公の龍はともかく、こいつの龍は命令を聞くことはないだろう」 こいつ、とエメラルドはラファエロの足元に転がる無法者を目線で示した。咲華の龍と違い、開拓者達が近づいた時点で戦いの場から距離をとっていた。馴れてもないのに無理矢理連れて来たのかもしれない。 「龍が二頭に開拓者も二人‥‥きみがかなう相手でもないと思うけど?」 降参したほうがいい、言外に奏がそう告げていた。 「ちっ‥‥だが大人しく縄につくと思うなよ」 咲華が拳を――翁から教わった構えをとり、奏もそれにならう様に身を構えようとし――。 「待ってくれ!」 エメラルドが制止の叫びをあげた。 「今更聞く言葉などない!」 「私は貴公を助けたい!」 「私を助ける、だと‥‥? ふざけるな、今更開拓者如きが何を! ならば救ってみせろ、私の心に巣食う闇を、過去を! 出来るわけがないだろ、過去に戻る事など出来ないのだからな!」 「そう、過去なんて戻れるわけがない」 咲華の言葉に奏が頷いた。 「だけど――未来はこれから変えることが出来る。きみが罪を犯す未来はいらないんだよ」 「今ならまだ間に合う! 翁も、あなたの師匠も君の身を案じている! 頼む、考え直してくれ‥‥」 届かないかもしれない、そう思っていたエメラルドの耳に「お爺さん‥‥」と呟く咲華の声が届いた。 「旋風!」 その呼びかけに娘の背後にいた駿龍が高く鳴いた。駿龍は娘を咥え、その背中に乗せると上空へと羽ばたいた。 「ここは退かせてもらう。貴様等はそこの這いずる蟲共と遊んでいろ!」 「咲華!」 最後にエメラルドの呼びかけが届いたかはわからない、だが咲華はその場から姿を消してしまった。 「エメラルド‥‥」 「わかっている、奏。まずはアヤカシを止めなければならない」 また会うことが出来るだろうか、とエメラルドはこの後暫く考えに耽ることになる。 エメラルドがまた咲華に会えるかはわからない――だが。 崖にある砦。そこには部下達がアヤカシを誘導に行ったというのに砦を守るという名目で引きこもっていた男がいた。 誰にも知られてなどいないはずなのに、だ。 落ち着きもなくそこらを歩き回る男の前に声をかける存在があった。 「泥沼、いるか?」 「様をつけろといつも言ってるだろうが!!」 細かい事を気にする男だ。何故このような男の配下についたのだろう、今更ながらに咲華は後悔した。 「作戦は失敗した‥‥開拓者達の手によって誘導は止められた」 「な、なんだと!? なぜだ、なぜだなぜ開拓者に私の考えた策が‥‥」 ぶつぶつとそのまま繰言を繰り返す男に咲華は背を向けた。 「咲華! おい咲華、どこにいく! 私を一人にする気か! 開拓者達がここを嗅ぎ付けるかもしれないのだぞ!」 「知るか、そのまま殺されていろ」 「そうか、そうか、わかったぞ! 貴様が裏切ったな咲華! ふふ、私は知っているのだぞ。ここ数日貴様の師匠が我が神聖なる策を嗅ぎまわっていたことを!」 咲華は返事をしない。そのまま出口へと向かう。 「このまま帰すわけがなかろう!」 男が符を取り出し何事かを呟く。 巨大で禍々しい蛇がその場に現れ、咲華にその牙を伸ばした――‥‥。 次回、終焉へと。 |