虹の村、心の故郷
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/30 21:49



■オープニング本文

●虹村
 とある朱藩の村には、虹があった。太陽があった。
 雨が降っても、かかる虹。曇り空でも、輝く太陽。
 以前、村はアヤカシによって滅んだ。朱藩の魔槍砲によって、弔いの炎が灯される。
 神楽の都から、太陽の花が持ち込まれた。墓参りした者たちは、虹を村の入口に掛ける。
 虹は、希望の架け橋になった。瘴気によって故郷を追われた、移住者たちがやってくる。
 村を見守るのは、ひまわりが生える、数多の墓。ひまわりの花言葉の一つは、愛慕。
 移住者の心にかかる、七色の橋。
 いつか帰るべき故郷に、持ち帰ると決めた、太陽の花。
―――これは、虹と太陽の村の物語。


●新たな地図
 遡ること二年半前。朱藩の臣下の白石 源内(しらいし げんない)は、一つの地図を手に入れた。
 朱藩の北西にある、見捨てられた土地。瘴気が充満し、人が住めなくなった土地の地図だった。
 当時、朱藩の若き王の命令で、アヤカシ討伐の依頼を開拓者ギルドの知り合いに頼む。
 開拓者に同行し、久しぶりに訪れた生まれ故郷は、厄介な土地に変化していた。
 地下水の浸食によって削られた岩盤が、あちこちに隆起した結果、立体迷路に。
 虫のアヤカシと戦った開拓者達は、起伏にとんだ土地の地図を作ったらしい。
 その時の地図が、朱藩の臣下の元に残っていた。地図を眺めていた臣下に、声をかける者がいる。
「父殿、そろそろ出かける時間でござんすよ!」
 一つに縛った髪と整った容姿は、娘にしか見えない。けれどもれっきとした、源内の嫡男である。
「父殿、聞いてございやすか?」
「ああ、碧(あおい)。もうそんな時間ですか」
 柔和な笑みを浮かべ、振り返る父親。砲術士たる、朱藩の若き臣下の息子に返事をする。
「父殿、何をして…あの地図でござんすか?」
「ええ。昔の今頃は、空から雪見酒をしていましてね。真っ白になった村は、いい酒の肴になったものですよ」
 懐かしそうに目を細める、父親。空賊の元副船長は、若いころを思い出す。
「…あたしは、空から見たことありやせん。父殿は、飛空船に乗せてくれやせんでしたよね?」
「あなたには、地に足を付けて生きて欲しかったですからね」
 柔和な笑みを絶やさず、ふてくされた息子に諭す父親。空賊の元副船長が朱藩の城勤めになるには、色々あったようだ。
「あたしは村を見とうございやしたよ。今でも、同じでござんす。あたしの生まれ故郷でござんすから」
「…私も、雪景色の村を見たいですね。あの頃の光景と、ずいぶん違っているでしょうけど」
 遠くに投げ掛けるような、朱藩の臣下の視線。遠く遠く、帰れぬ故郷を見つめていた。


●雪見酒
「お前さん達には、護衛を頼みたいんだ。朱藩にある虹村の住人達が、村総出で旅行をするらしい。
ずっと飛空船の旅だと。空から地上を眺めて、雪見の宴をするのが目的だ」
 神楽の都のギルド員、栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、腕組みしながら説明する。
「行き先は、瘴気汚染された土地でな。はっきり言って、一般人が近づくのは危険だ。
以前も、小虫のアヤカシ退治の依頼があったんだぞ。飛空船が見つかると、厄介なんだ」
 ギルド員は、一度、軽く息を吐く。軽く目を閉じ、言葉を続けた。
「目的地の地形は、以前と大きく変わっている。村の面影は、ほとんどない。
それでも、行きたい理由がある。村人たちの生まれ故郷だからだ」
 帰りたくても、帰れぬ故郷。どうしても、忘れられぬ場所。
「…実は、一度依頼を断った。遠くから眺めるのは、心の痛みも伴うだろう。近付けないなら、なおさらだ。
新しい土地に慣れ、平穏に過ごしているのに、心に嵐をおこす必要はないだろうと」
 目を開けたギルド員は、思い出したように苦笑する。
「怒鳴られたよ、『空賊を甘く見るな』と。…虹村の四十路以上の者は、全員、元空賊なんだと。
手を貸してやってくれ。村のご隠居連中が存命中に、生まれ故郷に戻ることはできまい。
虹村を見守ってくれている過去の住人達への冥土の土産に、お国自慢を持って行きたいそうだ」
 虹村の住人には、二つの故郷があった。生まれ育った白い景色と、新たに開拓した黄色い景色。
 同じく復興を重ねる、武天の姉妹村から届いた麦焼酎と、虹村のヒマワリパンを片手に、空の宴会と洒落こもう。




■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●白い村
「故郷か、幾つになっても忘れられないし、大事なものだな」
 羅喉丸(ia0347)の黒い瞳には、虹村の広場に居並ぶ飛行船が映っていた。
 源内の同世代の元空賊たちは、現在、運搬業を営んでいるらしい。
「数を頼りに挑んでくる敵を相手にするには、我が身では不利だな。空を飛べぬ蟲はやってこないのだけは幸か」
 思案顔の羅喉丸。強敵相手に、一対一ならば勝機も見えようが。
「準備八割、本番二割などと言うからな。アヤカシと交戦する可能性を考慮するなら、弓がいるか」
 火炎弓「煉獄」を手に、羅喉丸はうなった。村人達のためにも、泣き言など言っておられぬ。
「あたしも居やすよ、遠距離は任せてくだせい」
 背中の魔槍砲を見せ、砲術士の碧は自信ありげに笑う。
「飛空船に宝珠砲が搭載されているのなら、攻撃手段として検討しておきたいんだが」
「宝珠砲なら、ありますよ。思い出の品ですからね」
 羅喉丸の質問に、柔和な笑みを浮かべ、船体を指差す源内。どんな思い出があるかは、語ってくれなかったが。
「…虹村の者達の、故郷か」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)は、小さな子供を抱いていた。せがまれるまま、甲板を歩く。
 幼子は操縦室の祖父を見つけ、両手を振った。目尻を細め、右手を振り返す祖父。
 祖父は、はりきっているようだ。機器を点検する動きは、歳を感じさせない。
「彼らが帰りたいと願うのなら…やることは、決まっている」
 二人を見比べながら、ウルグの呟きがもれる。虹村で育った幼子は、祖父の故郷を知らなかった。


 ごにょごにょと、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)耳打ちするリィムナ・ピサレット(ib5201)。
「必ずやれるから!」
「…承知した。源内さん達にも、相談しにいこう」
「うん!」
 フランヴェルは、軽く頷く。得意げな顔のリィムナ、白石親子を呼びとめた。
「せっかくの申し出でですが、さすがに上級アヤカシへの変身は止めてくださいね」
「えー、これで襲われないんだよ! 小虫程度のアヤカシなら、威光に打たれて近寄る事が出来ない筈っ!」
「…理屈では理解していやしても、実際にアヤカシを目にしたら、現場の混乱必至でござんす。
それに、子供には理屈が通じやせん。怖がって、飛空船から墜落したら困りやす」
 リィムナの名案に、白石親子は水を差す。なんといっても、安全第一の空の旅だと。
「じゃあ、飛空船の護衛なら、相棒を連れて行きたいところだが可能だろうか?」
「それは構いませんよ」
「ありがとう。たとえアヤカシが来ても、悉く(ことごとく)撃ち落としてみせるさ♪」
 フランヴェルの主張は認められた。
「村祭りで一番賑やかだった場所ってどこ? 何日頃?」
 頬を膨らませ、リィムナは別の質問をする。一部を変更しても、是非やり遂げたい計画だった。




●空の主役
 晴れた空だった。薄い雲を突き抜け、太陽を目指す飛空船。
 元空賊たちにとって、朱藩の空は我が家の庭に等しい。迷いなく、一直線に飛ぶ。
 操縦席で休憩中の羅喉丸。故郷の地図に視線を落とす源内に、声をなげかける。
「今は瘴気に侵されていて帰るのが無理でも、色々と変わっていけばいいな」
「そうですね。ここ数年で、朱藩も随分と変わりましたよ」
「色々と変わっていけばと言えば、古代人は長年瘴気と付き合ってきたのだから、彼らとの交流により、瘴気が除去できる手段が入ったりすれば嬉しいが…捕らぬ狸の皮算用か」
「私達の故郷は、朱藩内部でも見捨てられた土地なんですよ」
 羅喉丸の真剣な声に、朱藩の臣下は顔をあげる。初めて出会った、雨のときのような表情で。
 短めの黒髪をかき上げ、歩み寄る羅喉丸。源内の鳶色の瞳を見据えた。
「それでも、多くの大アヤカシが倒れ、魔の森も減り、希望が目に見える形で見えてきたのはいいな。
以前では、故郷に帰るという考えすら出てこなかったはずだから。千里の道も一歩から」
「ええ、本当に。また、雪見酒をしようなんて、思いもしませんでしたよ」
 柔和な笑みを浮かべる源内を見届け、羅喉丸は踵を返した。龍袍「江湖」の裾が衣擦れを起こす。
 江湖。権勢を省みず義侠を尊ぶ、外界に生きる者達。


 飛空船の甲板の縁で、子供達と過ごすウルグ。膝の上に幼子を乗せて、毛皮の外套でくるんでやっていた。
 無自覚なお人好しさんは、子守りに巻き込まれたらしい。
「食べるかい? パネトーネだよ」
 不意に掛けられた声に、振り返る。切り分けたパンをザルに乗せ、フランヴェルがほほ笑んでいた。
「ぴゃーとー?」
「パネトーネ、発音が難しいかな」
 ザルを見上げ、幼子が口真似をする。舌足らずの発音に、視線を落とすフランヴェル。
「ぴゃ?」
「うーん、『パ』だよ」
「ぴゃ!」
「あはは…今度村に行ったとき、作り方を教えてあげるよ」
「あーと♪」
 フランヴェル楽しそうな笑みを浮かべ、パンを一切れ渡した。喜ぶ幼子の頭をなで、視線を戻す。
「もうすぐクリスマスだし、皆さんに召し上がって頂こうと思ってね♪」
 フランヴェルの作った故郷の料理に、ウルグは目を細める。
「…懐かしいな。中身は?」
「ドライフルーツの代わりに、ヒマワリの種を使ったんだ。虹村のヒマワリの種とヒマワリ油を分けてもらってね」
 パネトーネは、ジルベリアの食べ物。クリスマスと呼ばれる、年末の記念日に食べるパンらしい。
「小麦粉は緑野産だってさ」
 虹村の姉妹村の名前をあげ、片目を閉じるフランヴェル。ウルグの口元には、小さな笑みが浮かぶ。
「ヒマワリパンの由来って?」
 小麦色の肌の上で、不思議そうな青い瞳。リィムナはフランヴェルに回答を求める。
「教えてあげるよ、子猫ちゃん。今迄の事、そして未来の事をね。
命は受け継がれていくものなんだ…」
 右側に一つだけくくられた、リィムナの髪に手を伸ばす。拍子に雷雲の根付が音を立てた。
 武天の武州で作られている、少し風変わりな根付。清浄な気を呼び寄せる力があるという。
 昔、武州にあった魔の森。今は「緑野」と呼ばれ、人とケモノが共存する土地になっていた。
「じゃ…こないだの依頼でウルグさんが向日葵を植えたのって、虹村に因んだものだったんだね。命を繋ぐ、かぁ…」
 ヒマワリパンに視線を落とし、リィムナは呟く。鎮魂を祈る、とある依頼の思い出。
「あたしは子供を作る事は無いだろうなぁ…あ、でも陰陽術の応用で出来るかもね♪」
 リィムナは詳しくは語らないが、大好きな人は、フランヴェルの姪っ子のようである。
 ジルべリアの地方貴族のフランヴェル。当主だった兄の死後、争いが起きるのを嫌い相続権を放棄して家出したらしい。
 リィムナがおねしょをするたびにお尻を叩く姉は、フランヴェルの実家に勤めているとか何とか。
 フランヴェルにとって、リィムナは子猫ちゃん候補。うまくかわされてばかりだが。
 世の中は、なかなか複雑である。


「警戒の為というのもあるが…しっかりと、見ておきたくてな。彼の地と…空を」
 ウルグの眼下では、滑空艇に乗り込んだリィムナが、村の広場に降り立ったところだ。
「ふっふっふっ、あたしの知覚を突破するのは、大アヤカシですら困難な筈だからね♪」
 印を組み、護衆空滅輪を発動する、リィムナ。力なき者を護り、邪を祓い寄せ付けぬ強固な結界を構成する。
 それは証拠でもあった。この土地に精霊が息づく証。けっして見捨てられた土地では無い。
「皆に村の姿を…見せてあげたいな」
 次いで、薄緑色に輝く燐光が周囲に舞い散る。ローレライの髪飾りが、温かな光を返していた。
 リィムナの歌声が広がる。時の蜃気楼の効果を、荒れ果てた村の広場に写しだす。
 ありし日の光景。二十歳ぐらいの源内が、ハチマキをしめていた。巨大な太鼓を叩きだす。
「皆、見ててくれるかな…?」
 リィムナの歌声が、祭囃子に変わっていく。やがて、賑やかな夏祭りの光景へ。
「…時間が惜しいな。待ち望んでいた者にとっては、比ではないのだろうが…」
 ウルグはパンをザルに戻すと、幼子を抱きかかえた。幼子の祖父の側に移動する。
 しばらく地面を見ていた祖父。掛け声をあげ、元気に踊りだした。
「…心に残る時を、過ごして欲しいものだ。かつての日々を思い出すことが、今の彼らにとって良い意味を持つならば…」
 幼子を甲板に降ろしてやった。毛布の外套を脱ぎ飛ばし、はしゃぎながら、祖父のマネをはじめる。
「…自慢話でも聞いてみたいところだな」
 ウルグの感想。虹村のご隠居は胸を張って、盆踊りについて語ってくれるだろう。
「村の歌などあれば共に歌おう♪」
 フランヴェルの隣で、子供好きな皇龍が高らかに鳴く。大いに楽しんでいた。
「よく見たいのか?」
 村の子供達が集まってきた。一番小さな子を肩車してやりながら、羅喉丸は鼻歌を口ずさみ始めた。



●いつかの故郷
「上手くいくかは分からないが、手が借りられるならば…この空にも、虹を見せたく思う」
「まっかせって!」
 ウルグの言葉に、リィムナは右手を大きく振る。滑空艇を操り、飛空船団と高さを合わせた。
 セイントローブをはためかせながら、船団の周りを滑空する。何度も、時の蜃気楼を行っているようだ。
 船団の前方に、丸く繋がった虹がかかる。真ん丸な虹は、空でしかみられない光景。
 歓声があがった。元空賊たちが独占した思い出が、虹村全員の旅の土産話にかわった瞬間。
 ウルグは幼子を抱き上げ、虹が見えるようにしてやる。
「また、招待して貰えると……いや、俺からも行くとしよう。構わないか?」
「あいあい、まちゃきちぇ♪」
 尋ねるウルグに、虹村の幼子は満面の笑みで答えた。


 雪見を終えた飛空船団は、虹村に着陸した。羅喉丸とウルグは、数多の墓に足を向ける。
 リィムナの手を引き、フランヴェルはとある墓に連れて行った。そこは親子の墓だった。
 墓参りを済ませたフランヴェルは、虹村の雨の日を物語る。
 と、二人の後ろに、白石親子の気配がした。目元をこすりながら、リィムナは振り返る。
「源内さん、今度は遊びに来るね♪」
「ええ、是非来て下さいね」
 リィムナに柔和な笑みを浮かべ、源内が答える。
「それから、いつか必ず、あの地の瘴気を全部祓ってみせるよ! そう遠くない未来にね♪」
「ええ、必ず帰りやすよ、あたし達の生まれ故郷に!」
 「みどり」とも読める名前の朱藩男児は、拳を握る。
 帰れぬ故郷は、帰れる故郷になると、姉妹村の緑野が教えてくれた。
「源内さん、ボクは虹村の復興に関わる事が出来て、誇りに思うよ」
「これからも関わっていきたいと思う。よろしく頼むよ♪ 碧君もね♪」
 フランヴェルの言葉に、白石親子は深く頭を垂れた。


「…一緒に飲まないか?」
 墓参りを済ませ、盆踊りの自慢話につきあっていたウルグ。羅喉丸を呼びとめた。
 羅喉丸は目を細め、麦焼酎を覗きこむ。金色の液体は、黄色の虹村に合わせて作られた色。
 武州の緑野の住民が焼酎を蒸留し、樫樽に貯蔵して作ってくれたらしい。
「その地そのものまでがなくなった訳ではなければ、すぐには難しくとも…いつかは。
荒れ果てた地も、色を取り戻すことができると…証明してみせてくれた者達が、いるからな」
 ウルグの脳裏に、今まで出会った人々の顔が映る。とざされた白い村や、元魔の森だった緑野。
「彼らに応える為にも…諦めるわけには、いかないだろう」
 一つ瞬きする、銀の瞳。自然と魔槍砲に手が伸びる。
 アル=カマルよりもたらされ、朱藩の職人達が開拓者と共に改良したもの。
 虹村に初めて訪れたときの依頼。改良中の魔槍砲を使って、アヤカシと化した住民を弔って欲しいと源内は願った。
「勝手な考えかもしれないが…彼らの見せてくれたものを大切にしたいと、そう思わされたのは確かだ」
 …全て、忘れはしない。犠牲となった者の無念を背負い、アヤカシの被害を少しでも食い止めることを心に誓った日を。
 ウルグの腰で、お守り「希望の翼」が揺れている。
「人は強いな、故郷は心にか。俺もたまには帰るか。まだ、帰れるのだから」
 羅喉丸は自分の故郷を重ねる。子供のころにアヤカシの襲撃を受け、開拓者によって助けられた村。
 盃を受け取ると目を閉じ、ゆっくりと麦焼酎をあおった。