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■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 また、このシナリオでは参加するPCの子孫やその他縁者を、『一人だけ』登場させることができます。 ●もふらがたり とある資料室――一人の青年が、過去の報告書を整理していた。 足元には暖房器具の中で宝珠が熱を発し、もふらが丸まって暖を取っている。 彼は眠そうな瞳をこすりながら紙資料の山をめくり、中に少しずつ目を通していく。 そこに記されているのは、遠い昔の出来事だ。 それはまだ嵐の壁が存在していて、儀と儀、地上と天空が隔てられていた時代の物語。アヤカシが暴れ狂い、神が世界をその手にしていた時代の終焉。神話時代が終わって訪れた、英雄時代の叙事詩。 開拓者――その名は廃されて久しく、彼らは既に創作世界の住人であった。 「何を調べてるもふ?」 膝の上へ顔を出してもふらが訊ねる。 彼が資料の内容を簡単に読み上げると、もふらはそれを知っているという。 「なにせぼくは、当時その場にいたもふ!」 そんな馬鹿なと彼は笑ったが、もふらはふふんと得意満面な笑みを浮かべ、彼の膝上へとよじ登る。 「いいもふか? 今から話すのはぼくとおまえだけの秘密もふ。実は……」 全ては物語となって過ぎ去っていく。 最後に今一度彼らのその後を紡ぎ、この物語を終わりとしよう。 ●緑野 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。神楽の都に程近い場所。 ケモノも、植物も、虫も、人も。皆等しく、自然の恵みを受ける土地。 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。 東の咲雪(さゆき)。子供たちが大好きなサクランボ、イチジク、ビワの果樹園。 南の燈華(とうか)。防風林の松とヒマワリ畑が広がり、人とケモノが共存している。 少し勾配が見られる、西の照陽(しょうよう)。ミカン、柿、栗が、自然の恵みを与えてくれた。 山になるのは、北の雪那(ゆきな)。イチョウ、紅葉、ケヤキがケモノたちの寝床になる。 それは、魔の森の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。 ―――ギルドにつづられる、約八十年後の物語。 ●桜 神楽の都の一角に、彼岸桜の咲く庭がある。満開の花を見上げる、一人の人妖がいた。 「親父、旦那、今年も綺麗な桜が咲いたでさ」 栃面家の御意見番、与一(よいち)は空に向かって語りかける。 天の国に居る、制作者の九郎(くろう)と、相棒だった栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)に向かって。 「今年は、仁(じん)坊ちゃんと尚武(なおたけ)坊ちゃんが、帰ってきてるでやんすかね?」 すみれ色の瞳を細め、数年前に亡くなった弥次の息子達を思い出す。人妖の寿命は、修羅や人間よりも長い。 物思いにふける人妖の耳に、怒声が聞えた。それから、悲鳴も。 「仁儀(じんぎ)のばか!」 「五月(さつき)、弓で狙うな! 危ないって!」 「…またケンカしてるでさ」 現実に引き戻された人妖は、ため息をつく。弥次の息子の子孫たちは、今日も元気だ。 「与一、頼む、五月を止めてくれ!」 「…仁義坊ちゃん、男としての誇りはないでやんすか?」 「おいらはプライドよりも、命を取るって」 人妖を捕まえ盾にする、分家の修羅のシノビ。本家の弓術師の娘を前にして、震えていた。 「五月嬢ちゃん、まず弓を収めるでさ。仁儀坊ちゃんは、何をしでかしたでやんす?」 栃面家のご意見番を前に、渋々弓を降ろす本家の娘。分家の青年を睨みつける。 「よーちゃん、聞いてよ。仁儀ったら、依頼人の娘に色目を使ったのよ! あたしと言う許嫁が居るのに、許せない!」 「…仁儀坊ちゃん、本当でやんすか?」 「だから、誤解だって! 誘拐されて助けた子が怯えて動けなかったから、抱き上げて運んだだけで」 「なんで、仁儀が運ぶ必要があるの!? あの子、『仁儀さま♪』なんて言って、しがみついてたんだから!」 人妖は盛大なため息をつく。年頃の本家の娘は、思いっきりやきもちを焼いていた。 「花見に行く? 与一、緑野に桜は無かっただろ?」 「あそこは、サクランボがあるでさ。そろそろ花が咲く季節でやんす」 縁側に腰掛ける分家の青年は、彼岸桜を見上げる。黒い一本角を生やした頭には、でっかいタンコブが一つ。 緑野は、栃面家と縁が深い。弥次が魔の森の焼き払いに参加し、仁が植樹に協力した土地である。 「よーちゃん、あたしも行きたい! 白雪(しらゆき)の歌が聞きたいの♪」 人妖を膝に乗せて、青年の隣に座っていた本家の娘。明るい声でおねだりした。 緑野には、沢山の迅鷹が住んでいる。その中でも、真っ白な迅鷹の娘は、とても美しく鳴いた。 始祖の迅鷹、月牙(げつが)と花風(はなかぜ)の一人娘、雪芽(ゆきめ)の血を引く迅鷹。 「嬢ちゃん、坊ちゃん。我と一緒に、花見に行くでやんすか? これが最後になるかもしれないでさ」 「最後って?」 「寿命でやんす。我もそろそろ、親父たちの所に行く時期がきたでさ」 意味深な発言に、分家の青年は首を傾げる。淡々と答える、人妖。 「…与一、天の国に行くのか」 「そっか。よーちゃん、もうすぐ桜の花になるんだね」 うるんだ瞳になり、空を見上げる分家の青年。本家の娘はうつむき、人妖をぎゅっと抱きしめる。 栃面家の御意見番は、二人が小さな頃から言い聞かせてきた。 いずれ、自分はこの世を去る。魂は二人のご先祖達と同じ、天の国に行き、ときおり桜の花として、この世に戻ってくると。 |
■参加者一覧
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
アルフレート(ib4138)
18歳・男・吟
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●訪問者 前方で光る物。のんびり屋のアレックスは、街道に落ちていた宝珠を拾いあげた。 疑問も持たずに、軽く振ってみる。宝珠が輝き、何かが具現化した。 「ふむ、季は間違っていなかったようであるの」 白の毛並に紫の双眸。ゆったりと動く、一本の狐のしっぽ。宝珠から現われたソレは人語を紡ぐ。 「…管狐?」 「失礼な、我は玉狐天ぞよ」 口達者な狐は、導(しるべ)と名乗った。ウルグ・シュバルツ(ib5700)の相棒だと。 「我らは精霊力より生まれ出で、精霊力に還る。我ともなれば再び身を現ずることなど訳もないわ……まあ、少々時間は要したがの」 一本にまとめたしっぽを七本に増やし、再び一本にする。玉狐天と言うのは、間違いないようだ。 細かい事はあまり気にせず、おおらかなアレックス。色々と世間話を。 「緑野の桜桃(サクランボ)か…花の季節だ、いいよな花見。実がまだ先なのは残念だけど」 銀糸の髪の毛先が、のんきにはしゃぐ。首元の翡翠と紫水晶のペンダントが心配そうに揺れた。 アレックスの曾祖父、アルフレート(ib4138)が左耳に着けていた形見のピアスを、改造したもの。 「此の地にはウルグが…長きを共にした友が大層世話になったからの、挨拶がてら様子を見に来たというわけよ」 玉狐天は告げる。緑野の迅鷹たちに会いに行く途中だったらしい。 途中で力尽き、長く長く休憩していただけ。たまたまアレックスに拾われたと。 「俺も一緒に行って良いだろ? 運が良ければ、途中で迅鷹達の歌も耳に出来るかも知れないしさ」 吟遊詩人の血筋は争えぬ。人見知りせず、外見を裏切る中身の残念さは…違う意味で見事に遺伝。 アレックスは大きく背伸びをすると、導の返事も待たずに歩きだした。 白い髪が風に遊ばれる。フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は、そっと前髪を抑えた。 隣で体を支える相手が声を荒げた。銀髪の少女型天妖、リデル・ドラコニアは頬を膨らませる。 「フラン、もう年なんだからもっとゆっくり歩きなさいよ! 転んでも知らないわよ?」 「フフッ、そうだね♪」 「弟子を連れてくれば良かったわ、あんなに居るのに」 「介添えはリデル1人で充分さ♪」 「私も、もう七十九才よ」 陽気に笑う、フランヴェル。剣聖と謳われる伝説上の存在は、白寿に一年足らずの年齢になっていた。 開拓者を引退し、老後はジルベリアで過ごしている。ただ、季節の折々に緑野と虹村を訪れることは止めなかった。 「…雪音殿?」 一つにくくった、赤みを帯びた茶色い髪が背中で踊る。見覚えある後ろ姿に、与一はいぶかしんだ。 ふよふよと飛んで追いかけ、前方に回り込む。すみれ色の瞳が真ん丸になった。 「与一さん。お久しぶりです!」 氷の様な水色の髪を大きく揺らし、片手を振る雪花。 海神 雪音(ib1498)の相棒だった上級羽妖精。 「雪音に瓜二つでしょう。雪音が亡くなった翌年に生まれた事から、雪音の生まれ変わりとも言われているんですよ」 純白の羽をはばたかせ、海神 静音(わだつみ しずね)の肩に座る。雪音の玄孫に当たる十五才の娘は、深く顔を下げた。 「生き写しでやんすね」 弓と言い、鎧と言い、雪音が使っていた物、もしくはほぼ同じの物を身に着けている。 ただ、雪音以上に感情が表に出ていない。寡黙で口数が少なようだ。 「迅鷹の歌も聞けると良いですけど♪」 「…雪花がどうしても行きたいと言っていましたので」 雪花が肘で突つき、静音がようやく口を開く。会話の半ばで、雪花の知り合いが与一だと察したようだ。 「今、緑野って言った?」 なにげなく通り過ぎた天妖は振り返る。てるてる坊主のような衣服を着る輝々は、宮坂義乃に聞き返した。 「花見に行くと聞こえましたが」 落ち着いた声音で、修羅の娘は答える。後頭部の黒い一本角が、特徴的な二十代の娘。 「緑野…行きたい。僕も限界かもしれないから見ておきたいんだ」 「輝々殿の願いとは珍しいですね」 「…雪芽ちゃんとは、あの時以来だったから」 桜の簪を揺らし、義乃は首を傾げる。輝々の青い瞳は、宮坂 玄人(ib9942)の孫を見上げた。 「…やあ、やっと着いた!」 頭の上でぴこぴこ動く、猫耳。しましまの猫しっぽが嬉しそうに舞い踊った。 同時にぼろぼろの旅装と、年代物の白いマフラーが風にあおられる。故郷を離れて武者修行中の泰拳士。 「見なよ、超星。此処が緑野だよ。祖父ちゃん達が切り開いた場所さ!」 黒虎猫獣人の劉 黒晶(リウ ヘイジン)は、またがる鷲獅鳥に弾んだ声を。 「…あれ? どうしたのさ、超星」 着陸後も無言のままの鷲獅鳥に、首を傾げる十七才の少年。上級鷲獅鳥・翔星の血を引く相棒は、じぃっと見つめるばかり。 「まだ怒ってるのかい? …いい加減機嫌を直しなよ。地図を逆さに見るなんて、誰でも一度は通る道さ!」 闊達な気性の黒虎猫、にこやかに笑いかける。睨みつけた超星は、黒晶の頭をくちばしで撃った。 「無事に着いた事だし、後で美味しい肉とか果実を買ってあげるから許しておくれよ」 頭を押さえ、逃げ惑う猫。劉 星晶(ib3478)の孫は、恐るべき方向音痴だった。 「あたしは、乗鞍 蓬だ、よろしくな」 日に輝く金の髪。差し出した右手は、緑野の住人のからくりと握手を交わす。 「元気そうだね」 「はい、おかげさまで」 蓬の側をふわふわと飛ぶ、上級羽妖精の乗鞍 葵。あさひと名乗った覚醒からくりは、にこやかに笑い返す。 昔、理穴から緑野へ嫁ぐ主の琴音(ことね)に付き添い、緑野へ移住した。 主の嫁ぎ先は、緑野の飴細工師。始祖の迅鷹、連花妃の相棒だった武僧の大吉(だいきち)だ。 「与一殿、初めましてだが、高祖母から噂に聞いているよ」 「瞳の色以外は、菫殿と瓜二つでやんすね」 「高祖母は数年前まで存命だったんだが…」 蓬は戸隠 菫(ib9794)の玄孫。碧い瞳は、悲しげに曇り、先客の人妖を見やる。装備類は菫の形見の品で固めていた。 「…葵も最後の機会になりそうだったから」 落ち込んだ声音のままの蓬。上級からくりが、蓬の肩を叩き、言葉を繋ぐ。 「連れてこられて良かった。そろそろお呼びが掛かっているそうだ」 菫から引き継いだ、穂高 桐。ほぼ母親代わりでもあった、からくり。 蓬が母親よりも桐に懐いたためなのだが。幼少期に菫から基礎を教え込まれ、穂高桐に教わって修行してきた。 「あ! そうそう、折角だから、花見弁当を作ってきたのさ」 落ち込みを吹き飛ばそうと、蓬は明るく振る舞う。高祖母譲りで家事全般も得意。霧の運ぶ、大きな重箱を指差した。 ●懐かしきモノ 「…さて、ちょっとこの辺りをぐるっと見て回ってみようか。他の里の人とか居るかもしれないし」 年代物らしき黒猫面を頭にかぶり、防御姿勢の黒晶。常に飄々と我が道を往く風来坊は、相棒を見上げた。 大人しくなった超星は、満足そうに頷く。今日のおやつは、通りかかったアレックスに分けて貰ったミカンだ。 「ほら、桜桃の花が綺麗だよ。…良い所だね」 ゆっくり振られる黒晶の黒虎猫しっぽ。超星は花びらに顔を近付け、匂いを嗅ぐ仕草をした。 「元は魔の森っていう何か危ない場所だったって言うけど、とても信じられないや。…祖父ちゃんも他の皆も、きっと頑張ったんだね。 兄さん達も来れたら良かったけど…医院や店の手伝いがあるし、難しいかな」 残念そうに動く、猫耳。鳥のさえずりが聞えてきた。 誰に対しても屈託無く接する黒晶は、期待に胸を膨らませた。 「森の主っていう迅鷹に会える…かも」 「余所者は俺達、ここはケモノ達の縄張り内だ…彼等と揉めるのは、ね?」 アレックスは、ちゃっかり肩に乗っかる導に注意を投げかける。 「…雪芽に似ておるの。主はあやつの…ウルグの名付け子の血を引く娘か?」 狐しっぽを揺らし、導は白い迅鷹に注視した。 「立派になりおって、我としても誇らしい限りよ。此の地の様(さま)もの」 前方に舞い降りる迅鷹、導は全てを悟ったらしい。旧友を懐かしんだ。 「やぁ、与一君、会えて嬉しいよ。お互い、今年も来ることが出来たね♪」 変わらぬ外見の人妖を認め、声をかけるフランヴェル。与一が嬉しそうに周囲を回った。 「花見の準備は私がするから、フラン達は座ってて」 自分より年上を敬うリデル。五月は、仁儀の服を引っ張った。 「ほら、仁儀も手伝いなさい!」 「はいはい」 「…二人とも、仲良しだねぇ♪」 栃面家の二人に、フランヴェルは笑う。与一は、肩をすくめた。 「へー、静音も弓術師なんだ。ご先祖さまが緑野に関わった点も同じだね」 「緑野…かつては魔の森と呼ばれていた場所ですか…資料でしか見た事ありませんが…良い所の様ですね」 同年代の五月に、静音は少し心を開いたようだ。 「私も緑野の事は詳しくは知らないんですけどね、雪音はここに関わる戦いに参加してたとか言ってた気がしますけど…もう忘れてしまいました」 雪花に視線だけで尋ねる娘たち。が、羽妖精も難しい顔で考え込むばかり。 雪花は手を打ち合わせると、明るい口調になった。静音が重箱を取りだす。 「さぁ静音、折角ですから花見を楽しみましょう〜」 「お花見と言う事で大目にお弁当を用意しておいたので…皆さんと食べましょう」 「あたしが作ったのは、桜桃の樹液を使って香りと色付けをしたお赤飯のおむすびに、桜桃鯛の塩焼きに牡丹餅」 「こっちは、菫が得意だった茶巾絞りの栗きんとんなんだ♪」 蓬と葵は、重箱に詰め込んだ品を一つ一つ説明。 「すごい美味しそう! 仁儀、作ってよ」 「そこは作ってあげなきゃね?」 五月の歓声、二十二才の蓬はクールに指摘した。 ●始祖の伝説 花見客たちは一同に会した。和やかに宴会を始める。 「アルフレート殿は、我の恩人でさ。アレックス殿は、そっくりでやんすね」 「あー、俺も写真見てビックリしたよ!」 アレックスいわく、先日迎えた十八才の誕生日。曾祖父の愛器だった竪琴が譲られた。 志体持ちが生まれたら、十八の誕生日に渡す様遺言されていたと。 「曾爺さんの若かりし頃と生き写しだって、親戚中がざわついてた」 アレックスの父親は『…痺れ切らして舞い戻ったわ、爺さん』と、驚いた。 やはり志体持ちは簡単に出現せず、アレックス誕生まで四代かかったから仕方ない。 「そういえば…魔の森が消滅した後の緑野復興には、開拓者達も関わってるんだっけ」 アレックスの問いかけに、与一は目を細める。フランヴェルは老木の幹を叩いた。 「この木はキミの所だね」 「祖父ちゃんの植えた木?」 「『人も獣も住みやすい森になると良い』と、言っていたよ」 当時の星晶の言葉を、黒晶に伝えた。次いで導に語りかける。 「それから、隣が植樹記念の石碑さ。…彼の望みだったからね」 「まこと見事になったものよ」 狐しっぽを揺らす導。ウルグは『人が住むまでになった時には、碑を建てて貰えるよう』願っていた。 「この森も、あの頃はアヤカシの脅威にさらされていて、こうやって故人を偲びながら花を囲んだり、唄ったりするなど、夢のような話だったんだな」 菫より三寸高い身長でも、まだ足りぬ。蓬は桜桃の木を、しみじみと見上げた。 「…この地の再生に関わる事が出来たのは、ボクの誇りだからね。桜桃の花を見る事が出来て、本当に嬉しい…。 そして、かつての仲間や友人の子孫たち…実に頼もしいよ。ボクは子孫を残さなかったからね」 フランヴェルは思いをはせる。魔の森を焼き払った秋、植樹をした冬。春告姫の鳴き声を聞いた、春の日。 思いついたアレックスは、竪琴「神音奏歌」を取りだした。華彩歌を奏でる。 「俺の曾爺さんは琵琶使いだったんだけど。…大切な誰かの為だけには、この竪琴を弾いたらしいよ」 広がる歌声。アルフレートの歌嫌いは、遺伝しなかったようだ。 「心を癒す音でやんす♪」 与一の周囲で、蜜柑や琵琶の花が咲きだした。それから、地面の菫の花も。 思い出したように桐も笛を吹く。白雪が鳴く。義乃は、迅鷹の歌に聞き惚れた。輝々は懐かしそうな顔を。 「雪芽ちゃんの主を助けようとしたあの時、僕は初めて戦ったんだ。皆で帰るんだって、負けたりしないって思っていたよ」 「輝々が?! …全然想像できない」 「いや、本当だってば!」 「本当、本当、勇敢なのよ」 輝々の熱弁を台無しにする、義乃の白けた声。戦友の葵が、助け船を出す。 「ねぇ、どんな戦いだった?」 蓬が身を乗り出して聞いてきた。強い好奇心が湧きあがる。それは義乃も同じ。 「…もっと、話を聞きたいかな。祖母や輝々…皆がどんな生き方をして、戦っていたのかを」 「玄人殿は、冥越の隠里出身と聞いたことあるでさ」 「ひいじいちゃん、冥越の桜は綺麗だって自慢げに言ってたっけ」 与一の声に、仁儀は団子を食べる手を止める。 「私の祖母も桜が好きだったそうです。一度、滅んだ里に苗木を植えて育てるくらいには」 義乃は仁儀の団子に視線を。身に付けた桜の簪が、静かに揺れる。玄人の形見。 「そうだ、あたしは高祖母から習った歌があるんだ」 手を上げた蓬は、小鍛治の歌を歌い始めた。 「一つ剣舞でも披露しようか、翼蔽の舞をね」 立ち上がったフランヴェルは、刀と盾を構える。老いたとはいえ、刀筋は衰えぬ。花を散らさない様に天に向け飛んだ。 「少し疲れた…」 「フラン…?」 着地の後、幹にもたれ座りこむフランヴェル。盾が手から離れた。緩やかにまぶたを閉じる。 リデルの表情が変わり、顔を覗きこんだ。服の襟を掴み、揺さぶる。 「ちょっと、あんたまさか…。ねえ、目を開けてよ!」 「…やぁ♪」 「そういう冗談は洒落にならないから!」 振りあげられたリデルのゲンコツ。フランヴェルの胸元にすがりつき、何度も叩く。泣き声と共に。 「ごめんごめん♪」 ツンデレの相棒の仕草に、在りし日の少女たちを思い出す。 最愛の姪は、恋人と共に天儀を旅立ち、今どこにいるのか知れぬ。 子猫ちゃんと可愛がった子たちも、それぞれ自分の道を歩み…多くは天に召された。 「リデル、虹村にも寄って墓参りしようか」 フランヴェルは、ふっと真顔になる。桃の枝に座り、見物していた雪花と与一。墓参りの話に乗ってくる。 「…そうですか、人妖も不死ではないですものね…羽妖精である私もいずれは雪音の所へ行く事になるでしょうね…」 昔話に花が咲く。狐しっぽを揺らす、導の番。 「あれを拾ったのも、桜の映える日であったの。鬼火玉よ。舞い散る花弁を真似、火の粉を踊らせておっての。 これは見込みがあると連れ帰ったのだが、実に覚えが良くての。仕込み甲斐のある弟子であった」 導のマネをし、口に筆をくわる鬼火玉。ひっくり返した絵具を、ウルグが掃除していた日々。 「…子供っぽい性格だけは変わらんかったがの。ま、あれも取り柄よ」 導はふわりと狐しっぽを一振り。今度は、若かりし頃の相棒と、開拓者達の冒険譚でも描こうか。 |