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■オープニング本文 ●多方面作戦 とうとう動いたか――前線からの報告に、大伴定家は深いため息を付いた。 敵は、こちらの事情に合わせて動いてはくれない。 「ただちに各地のギルドへ通達を出すのだ」 以前、遭都における戦では、弓弦童子は各地で他のアヤカシを暴れさせ、天儀側を大いに引っ掻き回した。今回もおそらく何らかの手は打ってくるであろうし、既にギルドや自身も攻撃を受けている。 冥越八禍衆の影も見え隠れする今、ギルドは臨戦態勢に入ったのだ。 「これ以上、弓弦童子の好きにさせてはならぬ」 大伴の言葉に、ギルド員は緊張した面持ちで頷いた。 ●いちごパニック 「そんなに高価なものを、俺が貰って良いのか!?」 冷静なベテランギルド員も、声がひっくり返った。 「先輩、何を驚くんですか。ただのいちごですよ?」 虎猫しっぽを不思議そうに揺らす、新人ギルド員。 「タダって、タダの訳ないだろう! どれだけ高くて、貴重なものだと思ってるんだ」 「高くて貴重なんて、面白い冗談ですね♪」 「冗談な訳あるか! 冬にいちごを手に入れる事が、どれだけ大変だと思っている? 旅泰からしか入手できない上、ごく僅かな量を、大枚叩いて買うんだぞ!」 「へー、そんなに苦労しないと手に入らないんですか」 「当たり前だ! 一説じゃ、いちごを持っている旅泰を探し出すだけでも、依頼にしたいほど難しいらしいぞ。 そんな貴重なものを、ホイホイと貰える訳ないだろう!」 拳を握りしめ、力説するベテランギルド員。折れ猫耳を興味深げに動かし、新人ギルド員は聴き入る。 「うーん、それじゃ……旅泰の皆さんは、どうやっていちごを手に入れると思いますか?」 「どうって……秘密の経路でも、持ってるんだろう」 「秘密の経路って?」 「ひ、秘密は秘密だ。俺も知らん! 泰は貿易国家だったはず、きっと国家ぐるみで秘密を守っているんだ」 「……先輩でも、知らない事があるんですね。別に国家ぐるみの秘密じゃないと思いますよ」 「知らんものは、知らん。お前さんは、知ってるとでも言うのか?」 「はい、知ってますよ。旅泰の皆さんは、泰の南部で仕入れるんです。一年中、栽培されていますからね」 「本当に知っているのか、すごいな……。待て、泰の南部? まさか!」 ベテランギルド員、ふっと思い当たった。新人ギルド員の虎猫しっぽが、楽しげに踊っている。 泰の南部は、とても温暖な気候。一年中、薄着の服で過ごせるところもあると聞く。 「はい、うちの実家にも、根性ある旅泰の方が来たそうです。今年のいちごは甘くて、美味しいですよ♪」 泰の獣人は、総称して猫族と呼ばれる。そして猫族たちの分布は、泰の温暖な南部に集中していた。 「……おい、いちごはいくつあるんだ?」 「えーと、三貫(約11kg)ぐらいですね。豊作だった実家や親せきが、次々と贈ってきたんです」 新人ギルド員の引っ張ってきた大八車のかけ布の下からは、大量のいちご入りのカゴ。贈り主が猫族一家の泰の実家だけなら、問題なかった。 猫族一家の子供たちが、天儀に渡ったと知った親戚たち。可愛い子供たちへと、好意でいちごを贈ってくれた。 「……さすがに、食いきれんぞ?」 「……やっぱり難しいですか。半分は消費したのですが、双子が『もう食べたくない』って、泣きました」 「……これで半分か。うちの子供たちも泣くな」 毎日食べても、食べきれない。積もり積もった結果が、山積みのいちご。 よく見れば、痛みかけているものもある。早い消費が望まれた。 ●小さな砦の危機 「北面の魔の森近くの砦から、援軍要請がきたんだ。上級アヤカシが率いる、鬼のアヤカシの群れが確認されているらしい」 「早い話が、鬼退治ですよね? 上級アヤカシが一緒なら、退治は難しいかもしれませんけど」 「そうだな。砦も偵察しようとして、直前で気付いたから良かったが。蒼硬(そうこう)か……侮れんな」 「しかし鬼蝙蝠(おにこうもり)と羽猿(うえん)なんて、聞いたことありませんよ? 空飛ぶなんて反則です」 「しかも悪鬼兵(あっきへい)は、連携を好むからな。刀を持つ鎧鬼(よろいおに)もいるとなると、厄介だ。……開拓者は多いほうが良いか」 ベテランギルド員は腕組みをしつつ、北面からの救援要請の依頼書を睨んだ。往年の開拓者も、見たことのないアヤカシが混じっている。 「先輩、この『できれば食糧輸送も』って?」 「天儀は冬だからな、作物がとれん。そのせいだろうな」 「えー、食べ物がないんですか!?」 「北面は米所だから、マシだと思うが。栄養は偏るかもな」 「……栄養ですか……いちご、なんてどうです? 変わったところでは、下痢や便秘を防ぐ整腸作用や、頭痛や神経痛の痛みを和らげる作用もあるらしいです」 「……そうなのか、聞いたことないぞ?」 ベテランギルド員は眉をひそめる。初耳の情報ばかりだ。 「信じるも、信じないも、自由ですよ。おいしい食べ物なのは、間違いないんですから♪」 新人ギルド員の折れ猫耳が、得意げに動く。……援軍要請に、いちご輸送も書き加えられた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 葛城雪那(ia0702) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / 炎鷲(ia6468) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / 无(ib1198) / 杉野 九寿重(ib3226) / 劉 星晶(ib3478) / 神座亜紀(ib6736) / 破軍(ib8103) / 月雲 左京(ib8108) |
■リプレイ本文 ●道連れて 「救援に食糧運搬、大事です……って、苺!?」 礼野 真夢紀(ia1144)の前には、山積みの苺の山。 「一年中、味わえるなんて贅沢ですね」 沢山の苺を見て、フェンリエッタ(ib0018)はため息をつく。ジルベリア帝国貴族の末子は、泰の気候は全く違うのだと、しみじみ。 「食べられなくなっては大変です、痛みかけの物は加工して届けましょう」 「冬に沢山苺が食べられるなんて最高! 苺ジャム、今から楽しみだよ!」 真夢紀の言葉に、神座亜紀(ib6736)の目は輝いている。ついつい鼻歌が出てしまった。 「あなたは、ジャムを知っているんですね」 「もちろん、苺大福も食べるよ。太るのなんて気にしない! 今食べないと後悔するもんね♪」 フェンリエッタは小首を傾げた。亜紀は、さまざまな地域独自の言語に興味を持っている。ジルベリアの言葉らしいジャムを、見事に使いこなしていた。 「柚乃、苺ジャム作れますっ♪」 柚乃(ia0638)は右手をあげた。続けて、食べ方のこだわりを披する。 「簡単な楽しみ方は、そのまま練乳をつけて。あ、苺ショートケーキも好きです」 「苺を潰して、牛乳かけて食べても美味しいですよ。冬だから持つかと」 真夢紀も食いしん坊で、舌が肥えている。柚乃を代弁するように、牛乳を差し出した。 「……ともかく保存食用に苺ジャム作りを」 ご機嫌な笑みを浮かべる柚乃は、我に帰る。小さな咳払い。 「保存効きますし、疲れた時は、甘い物が欲しくなりますし」 頷き合う、真夢紀と柚乃。保存容器を準備してもらい、砂糖と苺を煮込んで苺ジャムにしよう。 「加工しやすい食材なのだが、これだけあると大変か」 からす(ia6525)は、痛んだ苺を選び出しながら、首を傾げた。ジャムだけでも、どれだけ作れるか。 振り返ると、无(ib1198)と炎鷲(ia6468)のやり取りが目に入る。 「食料持った、医療品持った。これだけあれば足りるかなぁ」 无は月餅、甘酒など、たくさんの支援物資を背負いカゴに積み込む。ついでに、苺をいくつか選び、口に放り込んだ。 「さて、今度は何に出会えるのかな……って、何をしているのですか!」 荷物が動かないように、潰れない様、小分けにして固定していた炎鷲。つまみ食い現場を発見した、无を咎める。 「何って、ナイに餌をやっていた」 とぼける无の懐から、尾無狐が顔を出す。祖父が名付けたケモノは、小刻みに耳を動かした。嬉しそうに、お裾わけの苺をかじる。 「まあ、皆で平らげてしまうだろう」 妙に落ち着いた言動。からすは、あまり物事に動じない。 「しかし、苺って、高価なものだったんですね。割合普通に食卓に並んでいたので、全く知りませんでした……」 今でも家族のことを大切に思っている炎鷲は、嘆息する。事実上の絶縁した実家の食事を思い出した。 それなりの家柄の家の嫡男だったが、思想の違いを互いに許容できなかった為、家督を弟に譲ったという。 「頭痛や神経痛の痛みを和らげる作用を持つのは、驚きですね」 ピンと立った犬耳も、天に向かって驚いている。杉野 九寿重(ib3226)は何度も瞬きをした。 「他にしわやシミを予防し、肌を若々しく保つ効果がある」 九寿重の腰までの漆黒の髪が、北風になびいている。「肌が痛い」と呟く九寿重に向かって、からすは「女性には嬉しかろう」と教える。 「風邪の予防にもなるし、苛々や疲れにも良いだろう」 「食糧難に苺、というのも何だか不思議な感覚ですが、効能を聞く分には適当なのかもしれませんね」 自分で茶葉や薬草を調合することもあるからすは、広い知識を持っている。炎鷲が苺を背負い直す様子を見ながら、九寿重は「世の中は広い」と思った。 葛城雪那(ia0702)は、荷物を準備しつつ北面の故郷を思い出す。 「家に近いし、久々に帰りたいな。帰るときは、お土産もっていかないとなぁ」 でもまだ帰れない。この戦いが終わるまでは。雪那は太刀を握りしめ、決意を確かめる。 「苺を戦地にデリバリー」 和奏(ia8807)はジルベリアの言葉を呟く。宅配の意味らしい。 「冬とはいえ、直射日光は良くないと思いますし」 真夢紀は、白い大きな布を買ってきて、苺に被せた。途中で砂埃を被っては、後が大変。 「…氷結術を持つ方に、冷凍してもらうと良いですよ」 和奏は遠慮がちに助言した。知り合いは苺を冷凍して、同僚に罵詈雑言喰らったらしいが。 「お任せしますー」 荷造りをペケ(ia5365)は手伝って、貰っていた。いつの間にか見物人になる。外見の良さと微妙に運が良い事のみが長所。 「傷みそうな苺は、氷霊結で作った氷で冷やしておくことにします」 菊池 志郎(ia5584)は、季節の移ろいには敏感で折々の景色や行事を楽しんでいる。膝下辺りまでをすっぽりと覆う丈の長い外套の、翻りのローブをひるがえした。 「事前に分かったのは幸いか」 羅喉丸(ia0347)は、苺の入ったカゴを軽く叩いた。北面の状況は、遠い神楽の都まで届いている。 「何も無いのが、本当は一番なんですけどね」 超越聴覚を使った黒猫耳が、左右に動く。劉 星晶(ib3478)は積み込のときから、ずっと荷台の側にいた。 「こんなに沢山の苺を運ぶのは初めてなので、少し心配ですね」 星晶は知己に話しかける。白髪が動き、荷車を押す星晶を振り返った。無言で荷車を引っ張る破軍(ib8103)の隣にいた、月雲 左京(ib8108)。 「私も運ぶのは、初めてでございます」 左側に伸ばした前髪の下から、異なる色の瞳が苺を眺める。左京は先天的な白子で、瞳は黒と深緋色の虹彩異色症らしい。 「破軍様は興味無さそうですが……あ、意地悪であるものの、面倒見のよい兄のような人でございます」 からかうように笑う左京にも、悲しい思い出がある。冥越の隠れ里で細々と幸せに生きていたが、アヤカシの襲来により里を失い、里民、両親、多くいた兄姉、妹弟も全て失った。 「黙れ、チビ助」 鋭い眼光が、左京を射る。これでも破軍は一応、左京を信用している。冷酷で口が悪いが、根は優しく思いやりのある性格。 「楽しい旅路になりそうだな」 羅喉丸は面白そうに、笑みを浮かべた。 ●誇りと蒼き笑い声 小さな砦は目前だった。前方に、アヤカシの反応がある。様々な方法で瘴気を探っていた開拓者たちは、口々に叫んだ。 「『苺と聞いて、張り切って奪いにきました』だろうか」 「そんなわけないやろ、さっさと片すで!……って、真紀ちゃんなら言うだろうね」 からすは真顔でボケる。亜紀は上の姉の物真似で、突っ込んだ。 「ボクの苺、もとい、砦は絶対守ってみせるよ!」 亜紀はストーンウォールを砦の周囲に展開して、防御を固めた。邪を払い、人々を導く力があるといわれる、不動明王のお守りが揺れる。 からすは何も言わず、物静かげな藍染めの弓「蒼月」を構えた。奇襲的に矢を放つ。 やや遅れて、ホーリーアローが続く。からすの矢と亜紀の魔法は、鬼蝙蝠、羽猿を沈黙に導いた。 「少しでも、彼らの助けに!」 外見はとても落ち着いているように見えるが、その実、好奇心旺盛な炎鷲。面白いこと、新しいものが好きで、実際に自分の目で見て触って体験したい。 体験したいが、アヤカシの群れとの戦闘は、面白くない体験だ。向かってくる攻撃を、盾で受け止める。 九寿重は身体を素早く横へ捌き、敵の矢を回避した。孤立分断に陥って挟撃されない様に、立ち回る。 「挑発された上で、焦って単独相対するのは、厳禁ですね」 ピンと立った犬耳は、名刀「ソメイヨシノ」を握りつつ、誰ともなく呟く。九寿重は北面・仁生における実力有る剣士を輩出する道場宗主の縁戚。宗主の妹が母で、父が獣人。 後衛を守る炎鷲や九寿重は、志士。志士とは、己の定めた道をひたむきに進む存在。 「道を切り開きます」 和奏は北面の刀工「鬼神丸国重」の手による一振り、刀「鬼神丸」を振るった。正確無比の神速の刃は、鎧鬼を切り裂く。 使う秋水は、北面一刀流奥義のひとつ。秋の水のように澄み渡った覚悟、精神を顕して称する。 「やられる前にね」 雪那の短銃が火を吹いた、弓を持つ悪鬼兵を狙う。撃ち尽くすと背中に、背負い直した。 刀を手にすると、走る。迫る鎧鬼の刀を紙一重で交わし、すれ違い様に居合を放って打ち抜けた。 「……戦の始まり、ですね。ご武運をお祈りしています」 「合戦、で御座いますね……。そちらも、ご武運をお祈りしております」 左京に言葉を残し、ふっと、星晶の気配が消える。現れたのは、北面の兵士の近くだった。 兵士に切り掛かる悪鬼兵に、至近距離からの螺旋が向けられる。黒猫耳は劣勢を聞きつけ、早駆で急行したのだ。 「小煩い鬼共で、御座いますね……。破軍様、まずは一暴れといきましょうか」 「烏合の衆は大将首を貰って、さっさと退場願おうか……」 深紅に彩られた刃を持つ名刀「エル・ティソナ」を握り、左京は一歩踏み出す。 破軍は、修羅が外で目立たぬように活動する時に用いる修羅頭巾を、はぎ飛ばす。額の二本の角と、頬に持つ大きな傷が露わになった。 ブーツ「フライウィング」は動く、宝珠をはめ込んだ翼の飾りのごとく。足は軽やかに地を蹴り、全身は桜色の燐光を纏った。 剣からは、風に揺らぐ枝垂桜のような燐光が散り乱れる。親愛と信頼を語る翠の瞳は、優しく強かった。 「蒼硬の能力、少しでも明らかにしたいですけれど、ね。一番は無事にこの局面を乗り切る事、頑張りましょう!」 北面の兵士を鼓舞する、フェンリエッタ・クロエ・アジュール。理想とする騎士の在り方を今一度求め転職、遍歴を始め、今は志士だ。 雪那の胸元では、琥珀の首飾りが揺れる。美しい飴色の鉱石の中には、様々なものが込められていた。 「……友達が増えた、嬉しいな」 北面は志士の国。北面の人里離れた場所で畑を耕しながら、弟妹と祖父と暮らしていた孤児の雪那。育ててもらった祖父から、志士の技術と心得も受け継いだ。 青い基調の服は、志士時代に祖父が着ていた物を、直してもらった物である。志士を引退している祖父だが、雪那の話を聞けば、きっと目尻を下げるはず。 小さな砦からは、避難してきた人々の悲鳴が上がっていた。鬼蝙蝠と羽猿が、空から狙っている。 門から踏み込んだ砦の中は、混乱状態だった。人々の避難誘導と、アヤカシたちの相手。 掌に力が集まる。柚乃の白霊弾と、志郎の気功波が放たれた。少しあとに、真夢紀の精霊砲が追随する。 「困った時はお互い様ということで」 無類の酒好きの无の懐から、尾無狐が飛びおりた。无が常に携帯している命の水、「酒」をくわえている。消毒に使えということらしい。 「微力ですが、俺達開拓者もアヤカシと戦います。一緒に頑張りましょう」 力不足から完全な解決はできないことも、自分が大怪我をすることも時折ある。だからこそ、志郎は連携をとり動くことを知っている。 柚乃は白い息を吐きながら、趣味の管弦演奏を行う。琵琶「丈宏」の穏やかで心安らぐ音色が、逃げまどう人々の注意を引いた。 「一般の方でも出来る事はありますよ。大丈夫、皆で助け合いましょう」 幼少時より祖母のばば様から薬草術を仕込まれた柚乃は、草類の扱いに長ける。无から提供された包帯や、薬草を見せた。 「北面の兵士達がアヤカシと戦っていたから、怪我が心配です……」 止血剤を手にした志郎も、閃癒で治療していく。困っている人は放っておけない性分、砦の外を気にする。 「術による回復と、空敵の迎撃が必要そうですね」 尾無狐から酒を受け取りながら、真夢紀の青い瞳が細められた。平和を想像させる青い宝石が飾られた、太平のブローチが心配そうに揺れる。 「私が行きます」 戦地にちょっとの安らぎを。司書調査員の草鞋を履く青龍寮生は、治癒符を片手に駆けだした。 蒼硬と対峙する。左京を庇い、苦無をくわえたまま、破軍は睨みつける。隣の羅喉丸の後ろには、北面の兵士が倒れていた。 蒼硬は薙刀を頭上で回転させると瘴気が渦巻き、薙刀に集まった。横薙ぎに振られた蒼硬の薙刀から、威圧が放たれる。 「きつい戦いになるだろうが、負けるわけにはいかないな」 羅喉丸は安請け合いをしない。代わりに一度約束した事は、何としても果たそうとする。一歩前に出た。 身体から、湯気のように気が立ち昇った。低く腰を落とし、身構える。八極門。 受け止めるベイル「アヴァロン」の黄金の盾面が、苦しげにきらめいた。息つく暇もなく、巨大な刃が。羅喉丸は後ろに押される、圧される。 「アヤカシどもが好き勝手に暴れやがって……胸糞が悪い」 苦無を吐き飛ばした破軍の本名は「御架月」、赤い瞳が三日月のように細められる。大きく踏み込むと、飾り気のない刀「牙折」を全力で突き放った。 黒く染めている髪が、破軍の顔に降りかかる。金髪だった面影はない。 ……幼少の頃、満月の夜に、アヤカシに家族を皆殺しにされた。家族の返り血で赤黒く染まった髪は、何度も洗っても色が落ちない。幻覚だと信じたかった。 「連携か、面白い」 蒼硬は落ち着き払い、左手で握って受けとめた。時間差で放たれた羅喉丸の空気撃を、右手の薙刀で打ち砕く。 技を決めた後も油断をしない、残心の構え。蒼硬は優れた体躯を活かした、高い格闘戦能力を宿しているらしい。 「月雲が夜叉の名、飾りにするつもりは御座いませぬ、いざ!」 左京の咆哮が、蒼硬の気を引いた。 「全力でお帰り願う」 眼鏡を取った无の短刀「濡衣」が、宝珠が輝きを増す。隙をついた、死角からの攻撃。 魂喰の式は、蒼硬の左手を瘴気ごと、喰らい尽くそうとする。蒼硬の胸元に、破軍の刀が迫ってきた。 「楽しいのう……、愉快じゃ、愉快じゃ」 蒼硬の低い笑い声が、不気味に響く。開拓者たちを一瞥すると、薙刀を高く掲げた。 残っている悪鬼兵から、矢の雨が降る。舌打ちしながら、破軍は下がった。 「紅呉は炎を操った、こっちは電撃を放つんじゃないのか!?」 「ふむ……そう読むか。一つ教えてしんぜよう。我が技は、先ほどの鬼蒼岩斬だけにあらず」 警戒する羅喉丸を眺め、蒼硬は楽しげに呟く。手の内を明かしながら、含みを持たせた。魔の森の方角へ下がっていく。 蒼硬の周囲を、武装した鎧鬼が固めた。回り込んでいたペケや星晶の攻撃を、一身に受け止める。 「……頑張りますか」 暇つぶしに研究した「どこでも飯綱落とし」を、ペケは披露する。鎧鬼を上下逆さまに、肩で抱え上げ、足を掴んだまま跳躍した。首と背骨に着地の衝撃を集中させる、飯綱落とし。 何度習って練習しても、未だに上手く締められない、ペケのもふんどし。……トンでもないタイミングで、少し緩んだ。 「苺と北面の人々と苺の為に頑張りますよ!」 星晶が開拓者になった理由は、「何となく」との事。真意は不明だが、今は苺死守がやや優位の様子。 苺の回数が多いとか考える前に、天狗礫が舞う。鋭く回転しながら走る姿は、小さな石とは思えない威力を生み出した。 「今の私に出来る事……」 羽猿が、空飛ぶ生きた盾になる。動きに注意するフェンリエッタ、剣の先から梅の匂いが漂っていた。 敵には一対多の優位を持って逐一、撲滅を敢行する。九寿重はフェンリエッタの踏み出す方向を追った。 「一流剣士へなる為に都で修行と。青龍・九寿重、ここに推参よ」 見据える視線は、鬼たちの連携に着目した。素早く脚を踏み出し、鎧鬼の刀の出鼻をくじく。 射る瞬間を狂わされた、悪鬼兵の弓が乱れる。九寿重は死角より回り込み、強襲をかけた。 「気をつけて、鬼蝙蝠だよ」 見上げた九寿重の体が、聖なる光に包まれた。蜃気楼の糸と呼ばれる不思議な糸で織られたミラージュコートを身にまとう亜紀が、忠告する。 「逃がさぬよ」 からすは同じく弓を持つ、悪鬼兵の腕を狙った。放たれた矢は確実に、射抜いて行く。熟練の弓術師だからこそ可能な早業だ。 開拓者から大将を守るために、アヤカシたちは一糸も乱れない。蒼硬は笑いながら、撤退していく。 「わたくしのこの刀、止めさせは致しませぬ!」 仲間たちが手こずっている。そう感じた左京は、大地を割くほどの衝撃波を放った。地断撃は、鎧鬼たちを巻き込む。 「バカチビ! どいてろ!!」 破軍は、左京の後ろに迫る鬼蝙蝠を見つけた。力を溜め、渾身の一撃を放つ。左京とは共同戦線を張るが、自分の背中は自分で守るが信条。 「待て!」 「次は、本気で相まみえようぞ!」 羅喉丸の声を聞きながら、魔の森に消える蒼硬。開拓者との戦闘を楽しみたい。北面の兵士などという、邪魔者は要らぬ。 良き好敵手を見つけたと、鬼の武人の心は喜びに震えていた。 ●苺楽園 「美味しい苺を無事にお届けっ」 柚乃が荷物のかけ布を取ると、鮮やかな赤色がお目見えした。甘い香りに小さな砦は包まれる。 「甘い味と香りに喜ぶ顔が見られれば、こちらも嬉しくなりますね」 志郎は悩みつつも、より良き道をめざし日々精励中。やはり、自分よりも北面の人々の分を優先させて、苺を手渡していく。 「あ、苺大福を作りたいです♪」 思いついた、フェンリエッタ。美味しい苺大福を作成できる炎鷲に、ついていく。 真夢紀は現地で、焼酎と氷砂糖を分けて貰った。綺麗に洗って水気を取った苺を、一緒に入れる。 「二か月かかりますけど、お酒の方が嬉しい人もいるでしょ」 地元は主産業農業の海に囲まれた島。真夢紀には苺酒の作り方も、心得がある。にっこりとほほえんだ。 「春が待ち遠しいですね♪」 「美味しい苺だから、美味しいお酒になりますよ」 柚乃と志郎はおだやかに笑い、眠る苺酒を見つめた。 「蒼硬に、逃げられたか……」 壁にもたれて黙り込む羅喉丸、唐突に苺大福が渡された。 「俺、苺大福は白あん以外認めません。白が一番合います。でも、皆さんの笑顔を見るのが目的なので、細かいことは言いません」 視線を動かと、炎鷲が笑っている。後ろには、仲間たちと北面の兵士や住民たちの笑顔があった。 「苺大福、どうですか? 初めて作りました」 フェンリエッタの差し出した苺大福は、あずきのあんこ。柚乃とからすに、配っている。 「ボクにもちょうだい!」 志郎と真夢紀が食べるのを見た、亜紀。精一杯両手をのばし、催促していた。 「今は北面の方々の無事を祝いながら、一緒に食べよう。そう思ってみませんか?」 穏和であるが、芯はしっかりしている炎鷲。壁際に置かれた兜「円月」は、着用者の曇りなき心を表す。 炎鷲は苺大福にかぶりつきながら、羅喉丸に促した。 「千里の道も一歩から、日々鍛錬あるのみ。頑張るさ」 一口かじりながら、羅喉丸は答える。子供のころに村がアヤカシの襲撃を受け、開拓者によって助けられた経験がある。記憶に残った開拓者の姿に、少しでも近づくと。 「やっぱり苺には練乳! まずは練乳をたっぷりかけて、食べ……」 苺が盛りつけられた皿に、亜紀は練乳をかけようとする。和奏に抱きかかえられた避難民の幼子が、物欲しそうに見つめていた。 「も、もちろん砦の皆にも配るよ!」 まだ子供だけに、亜紀は甘いものに目がない。動揺を隠しつつ、幼子と一緒に皿をつつくことを選択した。 幼子のために苺のヘタをとり、皿に盛り付け直す。練乳をかけて、幼子の前に差し出した。 「どうぞ♪」 「……あ、これ、食べ物なんですね」 基本的に傍観者の和奏が、的外れな言葉をこぼす。開拓者となるまでは猫っ可愛がりされる、お座敷犬のような生活をしていた。 「……なんだと思っていたのですか?」 五人姉妹弟の筆頭は、適度に可愛がられたお陰で物怖じせず人懐っこい。幼子の遊び相手をしていた九寿重が、恐る恐る尋ねた。 「お料理よりは、戦う方が得意ですので……」 和奏、ぼんやりした性格も相まって、思考錯誤が苦手。視線を反らしていく。 「はい、いただきまーす」 業を煮やしたペケがやってきた。練乳苺をいくつか掴み、幼子の手に押しつける。 「ナイ!」 无の尾無狐をとりあげたペケ、ついでに幼子に献上。幼子は歓声をあげて、尾無狐を鷲掴みにした。 「試食会は楽しいですね」 周りの様子を眺め、九寿重は苦笑する。苺は美味しい。騒ぎを物ともせず、苺試食会は続いている。 「如何か? 甘いものだけでは、流石に飽きるだろう」 「ありがとう」 緑茶「陽香」にお湯を注ぐと、新緑桜の良い香りが立った。お茶を差し出したからすは、風情、雅、侘び寂びといったものを好む。雪那は湯気のあがる湯呑を受け取った。 「美味で御座います」 もぐもぐと、せんべいに苺ジャムという取り合わせや、苺大福を食べ続ける左京。ようやくお茶を受け取り、一息つく。 無言で苺を食べていた星晶も、一休み。泰国出身の猫族仕様に、冷まされたお茶だった。 「……おいしいお茶ですね」 黒猫耳が、嬉しそうに動く。幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失い、流浪の果てに流れ着いた暗黒街では、今の生活は考えられなかった。 「……てい」 居心地悪そうに、身じろぎする破軍は、何も食べていない。隙をついて、左京は苺大福を破軍の口に突っ込む。 「このバカチビ、何をしやがる!」 破軍の怒声が響いた。からすの後ろ、星晶の背中、羅喉丸と炎鷲の間と、左京は次々と逃げていく。 破軍と左京のやり取りは、兄と妹のようだった。苺をもふもふ食べながら、雪那は北面にいる兄弟を想う。 「食ったことは黙ってよう、他に一杯買って帰るから」 お茶を飲み干した雪那は、一撃よりも相手を無力化する技を好む。アヤカシ戦では、動きを制限させる攻撃や、けん制をする。 面倒見の良い性格は、弟妹がいたから。きっと戦い方にも、周りを思いやる心がにじみ出ているのだろう。 「待ちやがれ!」 「嫌でございます!」 ついに離れた場所の和奏や九寿重、ペケに助けを求めた左京。苺大福を飲み込み、破軍は追いかける。 「……ひどい目に遭いました。こっちでも追いかけっこを、やっているのですか?」 左京と破軍の騒ぎを、遠巻きに眺めた。无の手には、もみくちゃにされて目を回した尾無狐が抱えられている。 「平和ですからね」 「そうだな」 无の質問に、飄々と笑う星晶。その近くで、からすはのんびりとお茶をすすった。 |