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■オープニング本文 ●現の闇 獣に妖かし、地震、雷、火事、親父。 この世に怖ぇモノは沢山あれど、まっこと恐ろしいのは人のサガ。 兎角、カネが絡みゃぁ、人も妖かしも大差無し。 弱ぇもんの血肉を食らって私腹を肥やし、食われた側は泣き寝入り。 嗚呼、誰ぞ此の恨みを晴らしてくれるお方ぁ、居ねぇのか。 悪人どもを闇から闇へ。裁いて葬る、義侠の雄‥‥ ●接骨医と元運び屋 時は江戸時代、ところも日本の都・江戸町の、とある路地裏。 夕暮れ時の赤い光りが差し込むその場所で、二人の人物が、別れの時を迎えていた。 「‥‥それで、やはりこの街を出るのですか、耕太郎」 そう口を開いた方は、名を三剣鳩座といった。町のはずれに住む、初老の接骨医である。 対して耕太郎と呼ばれた方は、身体の小さな若い男だった。悲しげな表情を浮かべ、鳩座に頭を下げる。 「へい、鳩先生。嫁も娘も、この街で殺された‥‥もう、ここに居るのが辛れぇんでがす」 鳩座は、ただ黙って眉を潜めた。此の男の境遇は、彼もよく知っていて身を案じていただけに、その言葉が、重い。 耕太郎は、駒先屋という薬問屋の下で運び屋を務めていた。ある日、自分の荷の中に阿片が紛れ込んでいることを知った耕太郎は、すぐに雇人の駒先屋宗兵衛を問いただした。だが、宗兵衛はしらを切るどころか、外に漏らせば唯ではすまさぬと、耕太郎を脅したのだ。宗兵衛は金で雇った用心棒を多数従え、脅しを脅しで済まさぬだけの力を持っていた。そして耕太郎の妻子は見せしめと脅しの為に殺され、彼はすべてを失った。 ‥‥そういう耕太郎の境遇を思い返しながら、彼に何も助力してやれなかったことを悔いるように、鳩座は頭を下げた。 「すみません、力になってやれず‥‥」 「いえいえ、先生が謝ることじゃありやせん‥‥。ただ‥‥最後に、ひとつだけ、お願いが」 耕太郎が、改まって鳩座に申し出た。その瞳には、怨念じみた決意が込められていた。 「‥‥私が力になれることでしたら、いくらでも受けましょう」 「仇討人に‥‥駒先屋への復讐を頼みてえんでがす」 あだうちにん、というその言葉に、鳩座の表情が僅かに歪む。だが、すぐにその表情は元に戻り、彼は話をはぐらかした。 「‥‥申し訳ありませんが、存じませんな。そのような輩は」 「知らぬのならば、それでも構いやせん。この金を差し上げますんで、先生が取っておいてくだせえ。 だがもしあんたが、本当は仇討人に繋がりがあるお人だったなら‥‥どうか、この金で、駒先屋を」 「本当に、知らぬのですよ。見当違いではないですか」 そう言い張る鳩座に、しかし耕太郎は無け無しの金を全て押し付けてから、去った。 残された鳩座は、手にずしりと重くのしかかる金の袋を握り、しばらくその場に立ち尽くしていた。 ●悪党 その夜、薬問屋・駒先屋。 蝋燭の明かりだけが灯る薄暗い部屋で、件の男・駒先屋宗兵衛と、同心の畑中幸右衛門が密談を交わしていた。 「運び屋の耕太郎が、例のブツの件をお上に垂れ込んだ上に、稼業から足抜けしようとしたようで」 宗兵衛がそう切りだすと、幸右衛門は忌々しげに眉を潜めた。 「小賢しい‥‥始末は付けたのか?」 「ヘェ、死人に口なし‥‥脅してもきかねえなら、手を下すまでです」 宗兵衛は下卑た薄ら笑いを浮かべた。幸右衛門も同じようにほくそ笑み、手にした酒盃を煽る。 「ふふ‥‥まぁ、垂れ込んだところで俺が揉み消しちまうんだがな」 「私が同心である旦那とつるんでおるとも知らず、馬鹿な男です‥‥旦那、これは今回の取引分のアガリです、お納めください」 そう言って、宗兵衛は幸右衛門に、握り飯程の大きさの包みを手渡した。かちゃり、と金属の触れ合う音が響くと、幸右衛門は満足気に頷く。 「おう、だいぶ儲かっとるようだな‥‥お前も悪だのう」 「旦那ほどじゃぁござんせんよ、ヘヘヘ。これからもよろしくおねがいしますよ」 「任せろ、俺も甘い汁が吸えるうちは、お前を裏切りはしないさ」 「頼りにしております。ささ、もう一杯‥‥」 欲望と陰謀が渦巻く暗がりの中で、二人の悪党は金を弄びながら、いつまでも酒を煽り続けた。 ●仇討人 その日の夜中、街を去ったはずの耕太郎が、血まみれで橋の下に投げ捨てられているのが見つかった。 知らせを聞いた鳩座が駆けつけた時には、すでに耕太郎は虫の息になっていた。人ごみをかき分け、耕太郎の手を握り、呼びかける。 「耕太郎、しっかりなさい」 「鳩先生‥‥駄目だった。あっしは、逃げ切れ無かった‥‥」 耕太郎は、弱々しく鳩座の手を握り返し、かすれる声で最後の言葉を紡いだ。 「駒先は、同心の、畑中と、つるんでやす。お上に申し立てても、むだ‥‥だった。鳩先生‥‥どうか、仇討人に‥‥この恨み‥‥晴らして‥‥」 ‥‥それっきり、耕太郎は動かなくなってしまった。 鳩座は瞳に暗い光を宿すと、耕太郎の亡骸を背に、すぐにその場を去った。 現世の正義も、天の報いもあてにはならぬ。 ‥‥ならば人の手で、この恨みを晴らしてやらねばなるまい。 弱者の恨みを晴らす殺し仕事を、金で請け負う仇討人。 裏でその頭目を務める三剣鳩座は、仲間の集まるアジトへと急ぐのだった。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
瑠枷(ia8559)
15歳・男・シ
皐(ia9176)
19歳・女・シ
リリア(ib3552)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●アジトにて 蝋燭の灯に照らされて、暗がりに浮かぶは六つの影。 アジトとなっている接骨院の地下室に集められた仇討人達は、頭目の鳩座から依頼の内容を告げられた。 「『的』は薬問屋の駒先と、同心の畑中幸右衛門‥‥やってもらえますね」 そう言って鳩座は、依頼人の耕太郎から受け取った金を机に置き、均等に七つに分けた。 「やだなぁ、陰謀に巻き込まれて人が殺し殺されるってのはさ」 玩具職人の瑠枷(ia8559)は、鳩座の話をきいて宙を仰ぎ、呟いた。 「まぁ‥‥こういう世の中、仕方ないよね。でも、まだ運が良かったのかな‥‥?」 瑠枷の呟きに、皐(ia9176)が小さく呟く。弱者が強者の犠牲になるのは世の常だが、それでもこうして報いを与える機会を得た耕太郎は、確かに幸運なのかも知れない。 「俺ァ博愛主義だからな。さっさとこの連鎖を終わらせちまわないとな」 自分が拵えた竹とんぼをくるくる回しながら、瑠枷は机上の金の一山を掴みとる。それが、仇討を請け負う合図だ。 皐も続けて、依頼料を受け取った。 (「とりあえずは帰って獲物磨かないとね。子供達に見られたりしないといいけど‥‥」) 小さな不安が、皐の胸をよぎる。忍びの者である皐の表の顔は、小さな寺子屋の先生だ。仇討人としての裏の顔は、教え子達には到底知らせられなかった。 「‥‥全く、役人も商人も、腐った連中が多くて嫌になるよ」 近くで鍼医者を営む川那辺 由愛(ia0068)も依頼料を受け取り、吐き捨てる様にそう言った。 「やってる事なんて、そう変わらないんだけどね。それこそ腐ってるか腐ってないかの違いじゃない?」 由愛に続いて、浪人のリリア(ib3552)がそう言った。大義名分があれど、殺しは殺し、大罪を犯すことに変わりは無いのだ。 「確かに‥‥あたしらも、人の事は言えない『只の人殺し』ではあるんだけどね」 伸びた前髪の奥の瞳を妖しく輝かせ、自嘲気味に呟く由愛。 闇酒場の店主である犬神・彼方(ia0218)が、由愛とリリアの肩を後ろから軽く叩いた。 「なぁに、報いは何時か俺らも受けるだろうさ、覚悟だってもう出来てぇるしな」 そういう彼方の気迫は、殴りこみに行く任侠のそれである。獲物の槍を握ったその姿は、荒々しい闘気を漂わせていた。 「‥‥この世の正義が力なぁら、俺らもそれぇを振るうだけだぁね」 彼方の言葉に、由愛も頷く。 「そうね。行こうじゃない。外道には、外道らしい死に様をくれてあげましょう」 そして最後に、どたどたと地下室へ降りてくる足音。団子屋の看板娘である拾(ia3527)が、慌しくアジトへと入ってきた。 「はわわっ、おくれてごめんなさいっ! おしごとですか?」 夜分に家を抜け出すのに、苦労したらしい。机の上に残った依頼料の最後の一山を見て、拾は何とか状況を把握する。 「ええ、お仕事ですよ‥‥多少、危険な橋になりますが」 「いいえ、ひろいやりますっ! わるい人たちはやっつけないと、ですねっ!」 鳩座の言葉に元気よく返事する拾。その表情には、裏仕事を請け負う殺し屋のような雰囲気は微塵もなかった。 「よろしい。では、これで全員揃いましたね」 鳩座が集まった六人の顔を見渡すと、仇討人たちはそれぞれ頷き、仕事の支度へと取り掛かるのだった。 ‥‥ 診療所の自室の暗がりで、由愛は獲物の針を研いでいた。必殺必誅の仕事道具を仕上げると、薬を詰め込んだ竹筒と一緒に懐に忍ばせ、由愛は標的の屋敷へと足を向ける。 皐は、自宅の寺子屋の周りに誰の姿も見えないことを確認すると、床下から刀と手裏剣を取り出し、手入れを始めた。作業を進めるその表情は、誰にも見せられない、仇討人のそれである。 同じように一人、また一人と集まって、やがて六人。 各々が準備を終えて、夜も更けた路地裏に、仇討人達が歩いていく。 いざ悪漢共の巣窟へ‥‥恨みを抱えて死んだ男の怨念を晴らす為に。 ●侵入 仇討人達が駒先屋の屋敷まで到着すると、固く閉ざされた門の向こう側から声が聞こえてくる。屋敷の中では、いまだ宴が続いているようだった。 「ちょっと待ってな、挨拶してくらあ」 忍びの体術に心得がある瑠枷がするすると塀を登り、門の内側の様子を探る。見張りをしているらしい男を一人見つけると、瑠枷は手裏剣を三枚立て続けに投げてその男に突き立てた。 「お疲れさーん!」 他に見張りがいないことを確認して、瑠枷は塀の内側に踏み入り、門を開く。 「それじゃ、いい仕事しないとね」 リリアが開口一番、つかつかと門の中へ足を踏み入れていくと、他の面々もそれに続く。 「な、なんだ、手前等、どうやって門を開け‥‥っ!?」 門が開いた異変に気づいて屋敷の中から、用心棒の男達が、屋敷から出てくる。だが、用心棒がしゃべり終える前に、彼方が槍を繰り出しその胸を貫いていた。槍が引き抜かれると、男は無言のまま倒れた。 「さぁて、その仇、晴らさせぇて貰おうか」 任侠のカチコミさながら、堂々と屋敷に上がり込む彼方。廊下の奥の方から続々と用心棒達が現れ、にわかに屋敷内が騒がしくなる。 「おうおう、こんだけ揃えるたぁ、敵もやるね」 瑠枷が真っ先に切り込み、浪人達の間をすり抜けながら、その服を斬り刻んで隙を作っていく。 「数が多くて面倒ね。加減しようかとも思ったんだけど」 次いでリリアが双剣を振るい、二人の男を忽ち薙ぎ倒した。 「‥‥言い換えれば、人の命なんてこんな物なのよね」 一人を一太刀ずつで切り伏せつつ、リリアは苦笑する。 「手前、よくも‥‥ぐわッ!」 味方をやられて逆上した用心棒の一人がリリアに切りかかるが、その動きは横から走った剣閃に阻まれた。 「リリアさんをそんなきたない手でさわっちゃだめですよっ!」 仕込み刀を鞘に収めながら、拾が朗らかな笑みと共に叫んだ。うっすらと返り血を浴びていても、その表情はどこか楽しげで、死合いに喜びを見出しているようにも見える。 「えへへっ‥‥わるいひとは逃がしませんよ?」 「悪いがぁあんたらぁは生きて帰せないねぇ‥‥俺ぇらの顔を見た奴は、地獄の鬼の顔もぉ見て貰おうか」 彼方が槍についた血を振り払い怒号を発すると、屋敷の奥から、ざわめきと足音が聞こえてくる。無数の殺気を感じ取りながら、仇討人達は、屋敷の奥へと踏み込んでいった。 ‥‥ 一方、屋敷の裏手にまわった由愛と皐の二人は、遠巻きから警備の様子を探っていた。表で起きた騒ぎを受けて、門番は一人きりになっている。由愛が小柄な身体を生かして物陰に隠れつつ、開けっ放しの門へと近づいていった。 由愛は門番の視線がこちらからそれた隙を狙って門の中へ飛び込み、門番の男の手首をめがけて細い針を投げつけた。男は小さく唸ると、昏倒してそれっきり、動きを止めた。 「邪魔させてもらうわよ」 彼女が『毒針の由愛』の呼ばれる所以たる、麻痺毒の針である。 倒れて意識を失った男の体を跨いで、由愛と皐は屋敷の中へと忍び込んでいく。屋敷の正門側では既に乱闘が起こり始めており、二人の侵入者に気付く者は、誰一人として居なかった。 ‥‥ 「む‥‥何事だ」 用心棒達の騒ぐ声が聞こえて、奥の間にいた畑中は杯を置き、周囲の様子を探った。 駒先屋が、余裕の表情で畑中を制止する。 「不届き者が屋敷に乗り込んできたようですな。おろかな事で‥‥先生方、よろしくお願いします」 駒先屋が手を叩くと、障子を開けて数人の浪人が、部屋に入ってくる。いずれも血生臭い殺気を漂わせた、物騒な雰囲気の男達だ。男達は駒先屋の合図を受けると、速やかに屋敷の表玄関の方へと向かっていった。 「貴様もだいぶ恨みを買っとるな。だが成程、備えは万全‥‥という訳か」 「そういうことでござい。旦那は事の成り行きを見守るだけで結構‥‥」 駒先屋は不敵な笑みを浮かべたが、対する畑中の表情は緩まなかった。 「フン、そうもいかん。俺がここにいるのを見られるようなことは、万が一にもあってはならん。俺は裏口から引き上げるぞ」 毅然とした態度の畑中に、駒先屋も止める由がなかった。浪人達に続いて、畑中が部屋を出て行く。残された駒先屋は部屋の中で一人、迫り来る刺客を待ち構えた。 ‥‥ 奥の間へと向かっていた彼方達の前に、ゆらりと二人の浪人が立ちはだかり、進路をふさいだ。 「折角金払いのいい雇い主を見つけたというに、貴様ら如きに殺されては困るでな。死ねい」 そう言うや否や、浪人達は刀を抜き打ちに走らせ、仇討人達に襲いかかる。 「ほお、あんた居合使うのかい? そんじゃ、目にも止まらぬ一閃ってのを教えて貰いてえな」 瑠枷がかろうじて避けながら、強気に挑発した。合わせて瑠枷を守る様に、彼方とリリアの二人が前に出て、それぞれ浪人と対峙する。 彼方は怒号を発しながら、槍を振るって浪人を押しこんでいく。再び浪人の居合が彼方の脇腹を捉えたが、彼方は不動の姿勢で、真っ向から刃を受け止めた。 「何‥‥」 「‥‥あんたもきっちり報いを受けてぇもらおうか。人の骨など無いかの如し、この槍でぇな」 何が起こったか把握しきれていない浪人に、彼方は呪言を二事三言呟き、槍を繰り出した。殺しの秘技である呪詛付きの槍を受け、浪人は力なく崩折れる。 一方のリリアも、重い剣技で敵を圧倒しながら、もう一人の浪人を追い込んでいった。振り下ろされた刀を左の剣で受け止め、右の剣で脇腹を突き刺す。 「ぐぉっ‥‥おの、れ‥‥」 「怨むなら、それでもいいけどさ‥‥まぁ逝ってみればそれどころじゃないんじゃない?」 貴方達が殺した、運び屋の男のように‥‥と、そこまで口にする必要はもはや無かった。無言で倒れていく浪人の身体から剣を引き抜き鞘に収めると、リリアはその骸を見やり、物憂げに鼻を鳴らした。 ●仇討 あたりが、静かになった。用心棒も、雇った浪人も、皆、やられるか逃げ出すかしてしまった。 まさか自分の手下が全て撃退されるとは思わずにいた駒先屋宗兵衛は、今更になって乗り込んできた刺客が並々ならぬ手練であることを知り、どうすれば生き延びることができるかと思考を巡らせていた。しかし、手っ取り早い有効な手段など、この期に及んでは思い当たらない。 ‥‥ふと、駒先屋の目の前を、小さな竹とんぼが横切った。何事かとソレを目で追い、思わず拾いあげようと屈み込む。 次の瞬間。ざくり、と、駒先屋の背中が、剣閃に斬り裂かれた。 「わるい人が生きる道理なんて、どこにもないんですよ」 悲鳴を上げることも叶わずに必死に振り返ると、仕込み刀を抱えた拾が、冷たい笑みを浮かべて立っていた。その後ろでは、瑠枷が竹とんぼと手裏剣を交互に弄んでいる。 「お前達!? た、助け‥‥」 「はわわ。いまさら命乞い、ですか?」 思わず駒先屋がそう漏らすと、拾はにっこり微笑んだあと‥‥声を低くして、小さくつぶやいた。 「‥‥このごみ虫」 言葉と同時に、拾は刀を抜いていた。為す術も無く、駒先屋がその場に倒れる。 「お前さんが汚ぇ商売で稼いだ金ってのは、閻魔様の貸した金なんでえ。地獄で閻魔様にお礼でも言って来い!」 瑠枷の放ったその言葉が、駒先屋が現世で聞いた、最後の言葉となった。 ‥‥ 一方、畑中は用心棒を数人連れながら、裏口へと急いでいた。 だが、小走りで廊下の角を曲がろうとした折‥‥突然に全ての灯りが消え、廊下が闇に包まれる。 「‥‥何者だ」 暗闇の中を、疾く、静かに動く影。ひゅ、と風切り音が聞こえたかと思うと、隣にいた用心棒が、う、と一声あげて倒れる。皐が、目にもとまらぬ早駆で、用心棒の喉元を斬り裂いていた。 「あなたをここで消しても、誰も、何も言わないからね‥‥仇を討たせてもらうわ」 暗闇から、皐がそっと囁く声が聞こえる。続けて、バタ、バタと、次々周りの用心棒達が倒れる音が聞こえる。 「くそ、どこにいる!?」 そしてもう一人の刺客、由愛に気づくには時既に遅く。畑中の背後の暗がりから一本の細針が浮かび上がり、彼の首筋へと突き刺されていた。 「ぅ、ああああ‥‥!?」 「派手にやるのは、柄じゃないからね‥‥」 毒針を打たれた畑中は、幻覚でも見ているかの様にフラフラと歩き回り、のたうちながら倒れた‥‥放っておけば、すぐに迎えがくるだろう。 「地獄で待ってなさい。何時か、治療しに逝ってあげるから」 由愛の言葉を最後に、あたりは暗闇と静寂に包まれた。 ●仕事の後に 依頼人・耕太郎の仇討ちは果たされ、屋敷の外で落ちあった六人は、互いの無事を確かめた後、そのまま帰路に付く。 「よぉし、終わったぁ、終わったぁ。帰ってぇ一服とぉしよぉか‥‥美味い酒ぇなら出せるぜ?」 彼方が身体を大きく伸ばしながら、周りに目配せして自分の店へと誘う。拾と真っ先に目があったが、拾は遠慮がちに首を振った。 「はわ、ひろいはあしたもお店のお手伝いがあるのでっ‥‥」 もう夜も更けている。ただでさえ注文を聞き間違えたり物を壊したりで、江戸町きっての『どじっ子看板娘』と呼ばれてしまっているのに、この上寝不足まで重なったら仕事の収拾がつかなくなりそうだ。 「‥‥私もお酒、苦手だから」 ぷいと目を逸らしながら、リリアも控えめにその申し出を辞退する。仕事で疲れたところに酒を入れれば、下戸の自分はどんな醜態を晒すかわからない‥‥とは、口が裂けても言うまい。 「ま、おごってくれんなら付き合おうかな」 「お、瑠枷は話ぃがわかるねぇ」 誘いに乗った瑠枷の肩に嬉しそうに手をかけて、彼方は自分の闇酒場へと消えていった。 そして取り残された皐と由愛は、ぼんやりと物思いにふける。 皐は、仕事を成功させた安堵と共に、微かな不安も胸に抱いていた。今回の仇討も上手くいったが、自分達も金で動く殺し屋には違い無い。いつ、お尋ね者になるなり、あるいは誰かがやられて仇討人が解散したりしても、おかしくないのだ。その時が来れば、自分も身の振り方を決断しなければならない。 (「そしたら江戸に残るか‥‥それとも、旅に出るのも、案外いいかもしれないわね」) いずれにせよ、今は寺子屋と仇討人、二つの仕事が彼女にはある。いつか、その時が来るまで‥‥決断はとっておこうと、皐は思った。 ‥‥ 翌日、耕太郎が亡くなった橋の下で、由愛と鳩座がささやかな祠を作っていた。 「めでたしめでたし、とはいきませんが‥‥まぁ、これでよしとしましょうか」 由愛が受け取った仇討の依頼料は、そのまま供物の花と酒に変わっていた。耕太郎の晴らせなかった恨みが、ほんのわずかでも、晴れてくれるようにと。 「‥‥あたしらも何時かそっちに追いつくからさ、今はゆっくり休みなよ」 死人に口無し。これで耕太郎が救われたかどうかは、永遠にわからない。 だが僅かにでも、自分たちの行いが、死んだ彼への慰めとなれば。 そう願いながら、二人は揃って、祠に手を合わせた。 |