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■オープニング本文 ●魔窟 東房の北部、魔の森からもそう離れていない、鬱蒼と茂る森の中。 ここに、打ち捨てられて久しい廃寺があった。場所が場所だけに、普段は人の通りなど一切無いはずの場所である。 初老の開拓者・三剣鳩座は、藪の中に身をひそめながら、ひとり遠目にその廃寺を観察していた。誰かに見つからぬように伏せつつ、逆に通りかかる人の気配がないか、慎重に探っていく。 どれほど待ったか、数人組の男が、崩れかけた寺の門をくぐるのが、遠目に映る。恐らくはその男達が、彼の目当ての一団だった。 (「やはり、夜叉衆の拠点になっていた、か」) 東房は、既に魔の森に沈んだ冥越を除けば、最もアヤカシに侵略されている土地である。しかし脅威となるのはアヤカシだけではなく、アヤカシから生み出される恐怖と混乱につけこむ無法者達の存在も、深刻な問題となっていた。 そんな無法者の筆頭に、『夜叉衆』と呼ばれる人攫いの一団があった。アヤカシに襲撃されて混乱した村を専門に狙い、人攫いを働く野盗の集団である。 先日捕らえた夜叉衆の一人から、この廃寺が夜叉衆の拠点となっているという話を聞いた鳩座は、その真偽を確かめるために一人偵察に来たのだが‥‥どうやら、その情報は正しかったようだ。 男達が廃寺の門の中に消えたのを確認してから、鳩座は忍び足で寺に近づいていく。塀の崩れかけた部分から、境内が覗けそうになっている。 (「‥‥!」) 塀の中の光景を見て、鳩座は眉を潜めた。 倒壊しかかった本堂の前に、口を広げてうごめく巨大な花が鎮座していたのだ。獲物をさがすように首を振りながら、口をパクパクと動かしている。 まごうこと無く、それはアヤカシであった。 本堂から出てきた夜叉衆の一味らしい男が、肉の塊を放り投げると、アヤカシの花はその肉に食らいつき、実に美味そうな仕草で咀嚼した。その肉がいったい何の肉かは‥‥今は考えないほうがよさそうだ。 (「あの花は」) 鳩座はそのアヤカシに、覚えがあった。 以前、弟子に退治させたものと同じアヤカシだ。自分の足では動くこともできず、戦闘能力も低い、下級のアヤカシ。決して強いアヤカシではなく、育てることも――倫理さえ問わねば――難しくはないだろう‥‥だが、育てる意味は何だ? 鳩座がそこまで考えた時、夜叉衆の一人が、何かに気づいたようにあたりを見渡した。 足音か、呼吸でも察知されたか。潮時を察して鳩座は身を潜め、足早にその場を離れた。気づかれずにやりすごせたかは、わからない。 ●暗雲 偵察から戻った鳩座は、自分の見たことについて、記憶を思い起こしながら整理していった。 人さらいの一団が、人目につかぬ廃寺で、アヤカシを育てている。 アヤカシに食わせていたのは、おそらくは攫って来た人間の肉だろう。あるいは、元から死体だったのか烽オれないが。 だがそこまでしてアヤカシを育てて、いったい何をするのか‥‥。 鳩座はふと、最近聞いた風の噂を思い出す。 『世の中には、アヤカシを飼いたがる金持ちの好事家がいる』‥‥。 その噂自体はよくある類のくだらないもので、少なくとも何の根拠もない。 だが、人の血肉を糧に咲かせた花を、あえて好んで買取る悪趣味な輩も、あるいはいるのかも知れない。事実、攫った人間をアヤカシのエサにする腐れ外道が居る位なのだから。 その手の好事家の目に、あの花はよほどに美しく映るのだろうか。もしも、その推測が本当だとしたら、あまりにも嘆かわしい話だが。 「恐怖と混乱が、人をも堕とすか‥‥や、東房も乱れた物ですなァ」 鳩座は溜息をつき、小さな声でぼやいた。 いずれにせよ、もはや夜叉衆を放っておくことはできまい。 好き勝手をさせすぎたのだ‥‥報いを与えるべきだろう。 暗い決意を胸に、鳩座は開拓者ギルドへと足を向けた。 |
■参加者一覧
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
十 宗軒(ib3472)
48歳・男・シ
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●悪党 「アヤカシの餌にする為に人攫いだって!?」 依頼人の三剣鳩座から説明を受けた只木 岑(ia6834)は、胸中の怒りを隠すこと無く、激昂して叫んだ。 「アヤカシに苦しめられている人が沢山いるのに、どうしてそういう事ができるんだ‥‥」 人々の生活を守ることが、能力を持つ者の責務と考える岑にとって、夜叉衆の行いは到底許すことなどできないものである。 深山 千草(ia0889)は、憂いを含んだ眼を伏せて、静かに首を横に振った。 「人の心がアヤカシを生むことも在るけれど‥‥人でありながら、アヤカシの心を持つ人も、居るのね」 「絶対許せる事じゃないけど‥‥」 はふ‥‥と溜息をついて言い淀むのは、神咲 輪(ia8063)だ。憐れむ気持ちもあれど、今は、彼らを止めてやらねばなるまい。それが、同じシノビとしての責任だろうと、輪は感じていた。 「人として、やってはならない事ってあるよな‥‥彼らは外道とか、そういう問題ですらない」 同じくシノビのラシュディア(ib0112)も、外法の輩の行いに眉を潜め、静かに呟いた。 ぐっと手元の刀を握り締め、これから起こるであろう戦いへの決意を、固める。 嫌な戦いになりそうだ‥‥暗い予感が、ラシュディアの脳裏をかすめた。 「根っからの悪党というものはその是非はともかくとして、悪人なりの義侠なり、修羅に徹する徹底さなり、ある種の筋を通しているものよ。その点あれは単なる小悪党。小遣い欲しさに悪さを働く子供と大差ないわ」 嵩山 薫(ia1747)は冷静な態度で、夜叉衆をそう評する。以前に一度、相対したことのある夜叉衆だが、彼らの行動は常になりふり構わず、それでいて短慮だった。 薫の話を聞いて、龍人のシノビ、十 宗軒(ib3472)は面倒事が起きたと言わんばかりに小さく息をついた後、心持ち低い声で口を開いた。 「広い意味でなら私と同業と言えなくも無いですが、こう言う節度を知らない輩に好き勝手されると、困り物ですね。こちらまで、要らぬ火の粉を被る事になる」 薄暗い商売を営む彼でさえ、常に彼なりの『筋』を通して商いをする。知っているのだ。筋を通さない輩が、例外無く、相応の末路を迎えることを。 「アヤカシが関与している以上、捨て置くわけにはいきませんか。人攫いの集団にアヤカシ‥‥何やらきな臭いものを感じます‥‥」 八十島・千景(ib5000)は、敵の行いに眉を潜めながらも、その先にある何かに思考を巡らせている。何か‥‥そう、夜叉衆の行い以上の、よからぬことが起こっているのではないかと。同じくキース・グレイン(ia1248)も、彼らの行動に引っかかる物を感じ、腕組しながら呟いた。 「アヤカシの食料なら人が食用としているものでも事足りる気がするが、わざわざ小さくないリスクを冒してまで人を攫っていくのが腑に落ちんな‥‥」 その大それた行動の割に彼らは余りにも短慮で、先の戦いでは三名の夜叉衆が捕縛されている。そこまでなりふり構わずに人間を餌にする理由がわからない 何にせよ、相手を成敗したあとで聞き出すなり調べ上げるなりするしかないかと、キースは拳布をきつく巻き直した。 鳩座の話によれば、夜叉衆の拠点である廃寺には、塀の表と裏に二つの入り口があった。 「両側から攻めれば挟撃出来ますね」 千景が、まだ遠巻きにしか見えない廃寺を見つめながら言った。彼女の言うとおり、敵を逃さず討伐するなら、その二つの門から同時に攻撃するのが妥当だろう。 相談の結果、正門からは千草、キース、岑、宗軒の四人が陽動を行い、裏門から薫、輪、ラシュディア、千景、鳩座の五人が奇襲を行う手はずと相成った。 「では、参りましょうか‥‥皆様、よろしくお願い致します。どうか、ご無事で」 鳩座が最後にそう言って、開拓者は二手に別れた。 ●正門 廃寺の正門が見える藪の中を、正門組の四人は少しずつ進んでいく。 「相手はシノビです。なるべく、音は立てない様に」 罠を見破る忍眼の術を用い、注意深く周辺を警戒しながら、宗軒が低い声で呟いた。 隣では千草が、深くゆっくりとした呼吸と歩調を保って歩いている。志士特有の心眼で敵の気配を探っているが、今だ怪しい気配はない。 後ろに続く岑とキースも、いつでも交戦きるよう備えていたが、辺りは不気味な程に静かだった。 四人はとうとう門の真ん前にたどり着くが、ここに至っても、敵どころか罠の一つにも出くわさない。 門の前で立ち止まった宗軒が口は開かず、黙って門扉の下を指さす。『何か有る』と。 門に括りつけられた細い糸をそっと外すと、扉の向こう側から、どす、どす、と矢が刺さる様な音が聞こえた。 千草も今一度心眼を用い、門の向こう側の気配を探る。恐らくはアヤカシと、それを守る夜叉衆の気配。門を取り囲むように布陣し、動かない。 どうやら、相手は襲撃を見越した上で、迎え撃つ姿勢をとっているようだ。 (「裏門の皆様は大丈夫かしら‥‥」) 裏手に回った同居人達がふと心配になるが、今は自分の役割を全うするしかない。 千草とキースの二人が共に前に出て、勢い良く門を開き、境内へと突入した。 その瞬間、待ち構えていた夜叉衆が一斉に開拓者達へと襲いかかってくる。 六人。待ち伏せを予測していた千草とキースは、冷静にその数を見極めた。 「‥‥甘いッ!」 キースは不動の姿勢で前に飛び出し、向かってくる六つの白刃の内、三つまでを跳ね除けた。態勢を崩した最も近い相手に踏み込み、払い抜けの動きで、顔面に剛拳を叩き込む。 「殺すつもりは無いが、加減してやる気も無いな。覚悟しろ」 残りの三つは、千草の刀が受け止めた。炎魂縛武による淡い炎をまとった刃が、振り下ろされた忍刀を跳ね返すと、夜叉衆はよろめき一歩さがる。 「チィッ!」 奇襲に失敗した夜叉衆は態勢を立て直し、開拓者達を取り囲んだ。 彼らの意図は、明白だった。即ち、背後のアヤカシを守る。指一本触れさせぬとばかり、再び六人同時に、開拓者達に襲いかかってきた。 「そうまでしてアヤカシを守りたいのか‥‥!」 岑は怒りを込めて叫んだ。矢を射掛けつつ、縦横に動いて距離を取り、夜叉衆を牽制する。 岑と眼が合った夜叉衆の一人が吐き捨てるように、彼に言った。 「御前には分かるまい、この花にどれほどの値打ちがあるか」 「そんなことで‥‥!」 「それほど大事ならば、この花だけでも、駆除してしまいますか」 宗軒が、アヤカシに手裏剣を投げる素振りを見せると、慌てて夜叉衆がそれを阻もうとする。宗軒は夜叉衆をひょいとかわすと、手にした手裏剣を相手の足目がけて投げつけた。 キースと千草も、闘いながら少しずつアヤカシに近づくような動きをみせて、夜叉衆の動揺を誘った。 同時に夜叉衆の熾烈な攻撃を受けるも、開拓者達は一歩もひかず、あえて派手に立ち回る。 (「こちらが劣勢だと思ううちは、夜叉衆も逃げ出したりしないはず‥‥」) 千草は、相手との間合いを量りながら、本堂の裏手、裏門の方角をちらと見た。 正門組はあくあまで陽動だ。あとは裏門の開拓者が、背後からの挟撃に成功すれば状況は有利になる。六人の夜叉衆を相手にしつつ、四人の開拓者は裏門に回った仲間達を待った。 ●裏門 一方、こちらは裏門へ回った五人。 「逃走経路を塞ごうと思うのですけど‥‥その、鳩座様、手伝っていただけませんか?」 正門から裏門へ廻る藪道の中で、輪が撒菱と縄を抱えて、鳩座に申し出た。その雰囲気に、自分の父親の事を、かすかに思い出しつつ‥‥。 「ええ、良い考えですね。出来る事は全部やっておいた方がいい。お手伝いしましょう」 鳩座は柔和に笑って、縄の片端を受け取り、草むらの低い位置に張った。 正門とは違い、裏門付近にはかなりの数の罠が仕掛けられていた。シノビのラシュディアを先頭に、開拓者達は慎重に歩を進めた。彼が虎鋏や鳴子、仕掛矢の罠を忍眼で発見すると、他の四人は彼に続いて、それを迂回し移動する。 「どう?何か聞こえたかしら?」 輪にくいくいと袖を惹かれ、ラシュディアは首を振った。 「‥‥人の気配は、しないな。罠は多いが」 ラシュディアは罠だけではなく、敵に気づかれていないかどうかも、超越感覚で十分に注意を払ってはいたのだが、それでも人間の存在は感じ取れていなかった。 そう、最大限の警戒は、していた。 しかし、そのラシュディアでも、夜叉衆の奇襲を完全に看破することはできなかった。 開拓者達が裏門から境内に侵入しようとした時を狙って、埋伏りで隠れた夜叉衆は草陰や樹上、本堂の屋根の上から、先頭のラシュディア目がけて、同時に飛び掛ってきた。 「ぐっ‥‥!?」 ラシュディアは咄嗟に飛び退くが、忍刀に深々と肩口を切り裂かれる。 「止め!」 「‥‥させません!」 かえす刀でラシュディアを討ち取ろうとする夜叉衆に、千景が刀を抜き打ち、割って入る。併せて、薫や輪も前に出た。 「どうやら‥‥待ち伏せされていたようですね」 夜叉衆の動きを見て、千景が言った。思えば、鳩座が最初に偵察をした時点で、討手の存在を把握されてしまっていたのかもしれない。 千景は気を引き締めて、ぐっと握った刀を正眼に構え直し、目の前の敵を睨みつける。 「上等よ。即妙たる紅鴦の所以、とくと見せてあげるわ」 その横で、薫は深く腰を落として構えながら、相対する敵を睨みつけた。 不用意に飛び込んできた夜叉衆の体を崩し、身体が浮き上がる程の掌底を叩き込む。 「破ァッ!」 転反攻によって吹っ飛んだ相手は、そのまま本堂の壁に叩きつけられ、倒れた。 一方、輪は早駆けで敵の間を縫うように動き、相手を撹乱した。空蝉の描く幻影によって、彼女の艶霧衣の模様が、桜吹雪のような幻を創りだした。 「桜花の幻、ご覧になりますか‥‥?」 言うやいなや、本堂の壁で三角飛びし、夜叉衆の後ろを取る。鞭のようにしならせた裏拳で夜叉衆の首もとを打ち付け、気絶させた。 四人の内、二人が返り討ちにされると、顔を見合わせた夜叉衆は踵を返し、正門の方角へ走りだした。 「味方と合流する気でしょうか。急いで追いましょう」 千景が一度刀を鞘に収めて駈け出すと、他の者も後を追った。 ●合流 裏門組の開拓者が夜叉衆を追って正門‥‥即ち本堂の前まで出ると、そこでは包囲された正門側の開拓者が、夜叉衆に取り囲まれて苦戦を強いられていた。 「輪ちゃん‥‥無事だったみたいね!」 千草は、輪達の顔を見て胸をなで下ろすが、目の前には夜叉衆が居る。まずは、彼等とアヤカシを討たねばならない。 「間に合ったか。一人たりとも逃がしたくないな‥‥!」 ラシュディアが、夜叉衆の背に手裏剣を放って隙を作ると、すかさず相対していた宗軒が懐に飛び込み、愛用の短刀で腿の内側を鋭く斬りつけた。 「運が悪かったと、諦めて下さい」 暫くは歩くこともできないだろう。あるいは、永遠にかもしれないが。 裏門から開拓者が合流したことで、逆に開拓者たちが夜叉衆を囲む形になり、形勢は逆転した。夜叉衆の足並みも乱れ、陣形が崩れ始める。 乱戦の内に開拓者と夜叉衆が徐々にアヤカシに近づいていくと、餌を捕えようとアヤカシは突如数本の蔓を、開拓者と夜叉衆の両方に伸ばした。 「危ないっ!」 アヤカシの動きに警戒していた岑が、千草を狙った蔓を即座に射抜いた。対して、背中から襲われた夜叉衆は蔓に対応しきれずに足を捕まれ、そのままアヤカシの口元へと運ばれてしまう。 「うわ‥‥!?」 ばくり、と妙に小気味のいい音がして、夜叉衆は頭からアヤカシに丸呑みされる。夜叉衆にも、開拓者達の間にも、動揺が走った。 「‥‥アヤカシを見くびり過ぎたのよ。相応の末路かも、知れないわね」 慌てふためく夜叉衆を相手にしながら、薫は誰ともなく呟いた。 ようやくアヤカシが敵であることを思い出したのか、仲間を喰われた夜叉衆は総崩れとなり、あっという間に開拓者に制圧されていった。 とうとう最後の一人になった夜叉衆が、開拓者に背を向け、塀を飛び越えて逃げ出そうとするが‥‥ 「逃がさない‥‥!」」 その言葉を言い終わるまえに、岑が矢を放っていた。彼の怒りを表すかのように矢が唸りを挙げて飛び、夜叉衆の脛を貫く。夜叉衆が倒れると、同じように逃走を警戒していたラシュディアが、彼を取り押さえた。 「さて、残るはこれだけね」 夜叉衆が悉く戦闘不能になったのを確認し、薫はアヤカシに向き直った。破軍の発勁と共に紅の雷光を纏い、絶破昇龍脚を繰りだされると、アヤカシは夜叉衆の目論みごと、跡形もなく滅却したのだった。 ●末路 九人の夜叉衆の内、捕えられたのは四名。残りの五人は、皆戦いで命を落とした。最も、彼等のやったことを考えれば‥‥当然の報い、と言えよう。 「‥‥悲劇を終わらせる為にも、根から奴らの繋がりを絶たないとな」 ラシュディアを始め、輪、キース、千草の四人は、本堂の中を捜索した。 「攫われた方が、いるかとも思いましたが‥‥」 千草が、深く溜息をつく。結局、被害者の生き残りは一人も居なかった。元より攫われた者は、端から皆アヤカシの餌にされていたのだから、開拓者に落ち度は無い。だが、それで簡単に割り切れるものでもあるまい。 千草は輪と共に、僅かに残されていた被害者の遺品らしき簪や着物を集め、供養できるよう一箇所に纏めた。 「‥‥こんなものがあったぞ」 奥の部屋からキースが出てきて、白い書簡を手にかざす。そこには、アヤカシの育成についての手引きや、相手こそ不明だが、夜叉衆が行った取引の証文らしき内容が書かれていた。 そこに書かれていた取引の額は、普通の農民が一生かかっても稼げぬような物だった。何と取り繕うとアヤカシ。油断すれば食い殺されてしまう危険な存在だ。また、大きく美しいアヤカシ程高値で引き取られ、その為には人間を餌にすることが不可欠であるとも、書簡には記されていた。 「知れば知るほど、禄でもない連中だな‥‥」 書簡を読み終えたキースは唸りながら、吐き捨てる。 「アヤカシなんかにこれだけの額がつく、とは‥‥なんとも、世も末を感じる事件ね」 薫も、端正な顔の眉間に皺を刻みつつ、不機嫌そうに言った。 「此処は言わば養殖場、一つの拠点とはいえ本拠地ではないことは明白です。三剣さん、この先について、何か方策がおありなのですか‥‥?」 千景が、鳩座に問う。鳩座は、静かに答えた。 「なに、あとは捕まえた方々にお尋ねするだけですよ。優しく、丁寧に、ね」 その言葉とは裏腹に、鳩座の眼は、笑ってはいなかった。 人を食いものにして糧を得るが故に、彼等は自ら夜叉を名乗った。 ならば、その行き着く先は地獄しかない。 生き残った夜叉衆にも、相応の報いが下されるだろう。 別れ際、開拓者への礼と共にそんなことを述べて、鳩座は夜叉衆を連行していったのだった。 |