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■オープニング本文 ●少女のアヤカシ 戦場に、怒号が響く。 アヤカシの大群が怒涛の勢いで押し寄せ、人間を打ち破り、蹂躙していた。 場所は、東房のとある山村。既に何度目かもわからないアヤカシの攻撃に、開拓者達は絶望的な状況ながらも、必死に防衛線を構築し、応戦する。 「少しでも時間を稼げ! 村人を避難するまで持ちこたえろ!」 防衛に駆り出されていた開拓者達が奮闘するも、戦況は極めて悪く、既に防衛線は崩壊しつつある。 それほどにアヤカシの数は多かったし、何より、今日の彼等には異常なまでの『勢い』があった。勝どきの叫び声をあげながら一丸となって突進してくる様は、その群そのものが一つのアヤカシなのではないかとさえ思わせた。 「‥‥様ぁ、鷹一郎様ぁ、どこぉ‥‥どこ‥‥?」 ‥‥そのアヤカシの中に、小さな少女の姿があった。厳密には、少女の様なアヤカシ。口元は裂け、虚ろな目はしかし真っ赤に血走り、ぼろぼろの髪を振り乱したその姿は、どう贔屓目に見ても、人間の少女と全く同じだとは評しがたい。 「鷹一郎様‥‥鷹一郎様は何処ぉ?」 その少女‥‥否、アヤカシは、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。群の先頭に立って、何かを探すようにきょろきょろを首をうごかし、手当たり次第に人間達を捕えていく。 「人型のアヤカシ!? ‥‥否、子供の姿であろうと容赦は」 一人のサムライが、そのアヤカシの目の前に立ちはだかった。サムライは雄叫びをあげながら長巻を振り上げ、アヤカシに斬りかかったが‥‥振り下ろした刃は、少女の小さな手の中に、掴み取られた。 「何っ‥‥」 アヤカシはもう片方の手を、動きを封じられたサムライの頬に添えた。鼻先が触れ合うほどに顔を近づけ、まじまじと顔をみつめるが、すぐに表情を曇らせる。 「違う‥‥貴方は鷹一郎様じゃない‥‥ぁぁぁ」 アヤカシは、泣きじゃくる少女の顔で頭を振り、涙を流すと、そのまま開拓者にばくりと食らいついた。 ぐしゃぐしゃと音を立てて貪り食らい、『食べかす』を乱暴に投げ捨てる。 「違う‥‥違う‥‥鷹一郎様‥‥たかいちろぉぉさまぁぁぁぁ」 不安げに、か細い声で、少女のアヤカシは、怒号と雄叫びが飛び交う戦場をさまよい続ける。 「うううううう‥‥うぁ、うぁああああああああん」 やがて、こらえきれなくなったように、アヤカシは泣き叫び始めた。 その泣き声は、人間たちの耳にも届き、敗北の記憶をより鮮明に刻みつけたのだった ●開拓者、結集す アヤカシに襲われた村から、僅かに南にある山砦。 突如現れ、南進するアヤカシ達を迎え撃つ為に今、ギルドの開拓者達が続々とこの砦に集められていた。 開拓者である泰拳士・三剣鳩座とその弟子、山根鷹一郎もまた、近隣の村からの援軍としてこの砦に足を運んでいたのだが‥‥ ここに至って『鷹一郎』というシは、開拓者達にとって特別な意味を持っていた。 南進するアヤカシの群れの中に、『鷹一郎様』と、うわ言の様につぶやきながら人を食らう個体が居たというのだ。 「‥‥そのアヤカシは、間違いなく俺の名を呼んだと?」 師の鳩座から話を聞いた泰拳士の青年、山根鷹一郎は静かに、そう聞き返した。 見た目の歳は十かそこらの小さな少女だが、頭抜けた怪力敏捷にして、対峙した開拓者がまたたく間に食われた、という。 今回のアヤカシの群れが、どのような経緯で形成されたものなのかは解らない。だが、その少女型のアヤカシは間違いなく、群れの中でも一際秀でた戦闘能力を持ち、彼等の戦力の中枢として機能いるようだった。 「複数の証言がありますので、間違いはないでしょう‥‥鷹一郎、心当たりは?」 鳩座が尋ねると、鷹一郎は暫く考えこんで、重々しく口を開く。 「アグリです。薬師寺アグリ。俺の、許嫁でした。七年前、先生が俺を助けてくれたあの日、アヤカシに、食われた」 七年前、鷹一郎は家族を全てアヤカシに食われていた。否、家族だけで無い、許嫁であったアグリも、飼っていた犬さえも食われ、失っていた。志体持ちであった鷹一郎だけがただひとり生き延び、鳩座に引き取られ弟子となり、開拓者としての今に至る。 「その鷹一郎がもし俺のことだとしたら、俺を『様』付けで呼んだのは後にも先にもアグリだけです。死んだ年頃も、そのアヤカシの姿と大体一致するようですし、ね」 アグリは七年前に死んだ。それは間違いない。この目で、見たことなのだから。 そのアグリが、再び現れるとすれば。成程それは、幽霊かアヤカシか、といったところであろう。 「どうしたいですか、鷹一郎?」 「‥‥この目で、見極めたいと。どの道この状況では、自分一人が突っ込む訳にもいかないでしょう」 「よろしい。決戦は明日の朝です。件のアヤカシを討つ遊撃隊を組織します故、あなたもそれに加わりなさい」 「ありがとう御座います、先生」 師の配慮に、鷹一郎は本心から礼を述べる。鳩座は、静かに笑った。 「なぁに、貴方にもようやく分別が芽生えたかと思いまして、ね」 「‥‥」 鷹一郎は師に頭を下げ、部屋を後にした。残された鳩座は、鷹一郎の背中を見送り、一人部屋の中で溜息をつく。 ●鷹一郎、物思う 一人になり、鷹一郎は幼い頃のアグリの記憶を、思い返した。 人懐っこい娘だった‥‥特に、許嫁の自分に対しては。 何処に行っても、自分の後ろに金魚の糞の様にくっついてきて、あの頃の自分にとっては多少鬱陶しかった記憶さえある。だが、家族を全て失った今となっては、もう少し優しくしてやれば‥‥等という有り体な後悔だけが、鷹一郎の心に残っていた。 ‥‥アヤカシめ。自分から家族を奪っただけでは飽きたらず、その亡骸さえ辱めるか。 ぎり。と、噛み切れそうなほど唇を噛んでいる自分に気がついた。 あわてて被りを振って、深く息を吐き、気持ちを落ち着ける。 鷹一郎は、アヤカシに家族を奪われ、その仇を討つためにと拳を鍛えてきた。 憎しみに狩られて、単身アヤカシの群に挑み、大怪我を負ったことさえあった。 しかし、その憎きアヤカシが嘗ての許嫁の姿だったとして、自分はどんな顔をして立ち向かえばいいのだろう。 複雑な感情が、鷹一郎の胸中を、渦巻いていた。 (「何も考えるな。今は、進むだけだ」) 動揺する気持ちを抑えるように、鷹一郎は空を見上げ、拳を握りしめたのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
十 宗軒(ib3472)
48歳・男・シ
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●慟哭 『うああん、鷹一郎様ぁぁぁ‥‥』 山砦を取り囲むアヤカシの唸り声に混じって、少女の慟哭が聞こえてくる。 その声色は、開拓者達の不安を煽る様でもあり、助けを求めている様でもあった。 (「‥‥切ない話アルなあ。話を聞くだけでも、胸がザワザワするのに‥‥」) 藍 玉星(ib1488)は、その泣き声を聞きながら、無意識にぎゅっと胸を抑えつけていた。 (「鷹一郎の心は、どれだけの嵐を堪えてるアルだろ‥‥」) 隣に佇む鷹一郎の顔を、覗き込む。泰拳士の青年は押し黙ったまま、響き渡る声を聞いていた。 「死者は死者だ、たとえ姿形が同じだったとしても、それに情を移すのは生前の『彼女』を汚すことになる‥‥生者に出来る事は、速やかに大地に還してやる事だけだ」 思いつめた表情の鷹一郎に、竜哉(ia8037)が言った。鷹一郎は割り切れぬ顔をするが、これも開拓者として一度は通る道かと竜哉は考え、あとは彼をそっとしておくことにした。 そして鷹一郎には聞こえぬよう、小さく、重々しく呟く。 「不謹慎かもしれんが、まだ死者で良かったのかもしれんよ‥‥信念の違いで敵対することなんぞ、良くあるからな」 「そう、開拓者であれば、斬って捨てねばならない。しかし人は、そう簡単に割り切れない‥‥こればかりは、答えが出ませんね」 竜哉の呟きに言葉を返した十 宗軒(ib3472)は、冷静な彼にしては珍しく、悩ましげな顔をしている。 「私なら、どうするでしょうか。死者の冒涜に怒りを覚えるか。それとも、有り得ぬ再会に心を囚われるか」 「山根殿も過日の戦で吹っ切れたとは思うが‥‥やはり心配は残るな」 宗軒と共に鷹一郎を助けたことがある皇 りょう(ia1673)も、表情を曇らせながら、大群となった敵を見渡している。あの時も、多勢を相手にする緊迫した戦況だった。 「彼も私も、頂きはまだ遠いか。いずれにせよ、予断を許さぬ状況であるな」 アヤカシの群は、既に間近まで迫っていた。その数は百をゆうに超えている。 対する開拓者達は、総勢五十名程の戦力を結集し、この群に対峙していた。 羅喉丸(ia0347)は、山の周辺を偵察して周ると、敵の動きを皆に伝えた。 「アヤカシはまっすぐ山を登ってくる。本隊とは、正面からぶつかる形になるな」 「では、僕達も動きましょう。あとは、打ち合わせの通りに‥‥よろしくお願いします」 紙木城 遥平(ia0562)との打ち合わせを終え、鳩座ら本隊側の開拓者も行動を開始する。 戦闘は、それからそう間を置かずして始まった。 ●亡姫 「‥‥敵は正面の味方につられて、一極集中しているようですね。側面は、手薄です」 玲璃(ia1114)が、微かに眉間に皺を寄せつつ、瘴索結界で捉えた敵の位置を告げる。敵が多いだけに細かな数を捉えるのは困難だが、それだけに大勢の動きは判りやすい。 比較的アヤカシの少ないルートを選びながら、後は超越聴覚を使用した宗軒の誘導のもと、開拓者達は件のアヤカシ・アグリの元に辿りついた。アグリは本隊の開拓者に、今まさに襲いかからんとしている。 「よし、まずは雑魚ども引き剥がすかね。来なッ!」 竜哉は、ぎりぎりアグリには届かない位置を選んで咆哮し、多数のアヤカシを引き寄せた。そして斬竜刀を構え、アヤカシ達を迎え撃つ。 「できるだけ他のアヤカシも倒していこうか。数を減らせれば、今後が楽だろうしな」 「竜哉さま、援護いたします」 巫女である玲璃と遥平が竜哉の後ろにつき、鷹一郎を含む他の六人は、アグリへと向かった。 囮の竜哉が敵を引き付けている間に、孤立したアグリを短期決戦で仕留める手はずだ。 「気をつけて! かなり敵の数が多い‥‥!」 遥平が、加護結界を作りながら叫んだ。咆哮に気を引かれた無数のアヤカシは、竜哉目掛けて殺到してくる。 「安心しろ、壊す事に関しては俺は定評が在ってな」 既に背水心の覚悟を決めた竜哉は、臆すること無く前に出る。 斬竜刀を勢い良く横に薙ぎ、向かって来た屍鬼の首を跳ねると、竜哉は次から次に群がってくるアヤカシの中へ斬り込んで行った。 竜哉達に群がるアヤカシの間をすり抜けながら、他の六人の開拓者は、アグリへ一直線に走った。 やがて近くに見えてきたアグリの顔を一目見て、鷹一郎の表情がさっと変わった。件のアヤカシの姿は、彼の記憶の中の許嫁と合致したようだ。 「あんまり気を張るんじゃないわよ。見た目があんたの許嫁でも、あれはアグリの姿をした別のナニカよ。そういうものだと、考えときなさい」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は、青ざめる鷹一郎にそう耳打ちしながらも、しかし誰もが気づかない程の、小さな歓喜の笑みを浮かべていた。 (「ふふ、面白いわ。アヤカシが死者の無念を利用してるだけとはいえ‥‥記憶全部と感情をマトモな形で残せれば実質‥‥不老不死に近いわね」) 永遠の命を求め研究する彼女にとって、過去の姿を保ったまま現れた少女のアヤカシは、実に興味深い存在だった。研究材料として、有益な対象かもしれない‥‥そんな期待を、リーゼロッテは胸中に抱いている。 未だこちらに気付かないアグリに対し、宗軒が先手を打って手裏剣を投げつけると、アグリはその手裏剣を、まるで羽虫でも払うかのように叩き落とした。 「なるほど、反応も動きも疾い。これは確かに、厄介な相手です」 攻撃されたアグリは、じろりと開拓者達を睨みつけくる。目があった鷹一郎が、アグリに向かって叫んだ。 「アグリ! 俺だ‥‥鷹一郎だ!」 「‥‥鷹一郎様?」 名乗られたアグリはきょとんした顔で鷹一郎の顔を見たが‥‥ 「違う‥‥鷹一郎様じゃない‥‥うう」 直ぐに泣き顔に戻って首を振り、鷹一郎の首筋目がけて牙を剥いた。 鷹一郎は反応が遅れ、あわや噛み付かれそうになるが、横から割って入った羅喉丸が、アグリを阻んだ。 「させるか!」 玄亀鉄山靠‥‥泰練気法で紅く染めた身体を、そのままアグリに叩きつける。攻撃を受けたアグリは、小さな身体を宙に舞わせた。 ‥‥が、すぐに起き上がって、恨めしげな叫びを上げる。 「ううう‥‥みんな違う、みんな違う‥‥鷹一郎様ぁ、どこ、どこ?」 「な、俺がわからないのか!?」 成長した鷹一郎の顔が判別できないのか、あるいは、判別するような理性など端から無いのか。その場の全員に平等な殺意を向けるアグリに、鷹一郎は愕然とする。 「だから言ったでしょ。あれは死者の無念を利用されているだけ。他の雑多なアヤカシと何も変わらないわ」 リーゼロッテが鷹一郎の後ろから、呪縛符を飛ばしてアヤカシの動きを鈍らせる。鋲付きの鎖を模した式がアグリに絡みつき、四肢を締め上げた。 「能力が近接に特化してるなら、縛られれば多少影響は出るわよねー」 「うむ。正々堂々と臨みたいが、そんな事を言っていられる相手では無いな。ここは相手を包囲するべきであろう」 リーゼロッテに続いてりょうが動き、開拓者達がアグリを取り囲む。りょうは刀を高く掲げ、斜陽の淡い光を浴びせてアグリの動きを抑えつけた。 羅喉丸と玉星は、鷹一郎を挟む形で両隣に立つ。泰拳士三人、戦闘の間合いは共通している。 「鷹一郎、動きを合わせるアルよ! ‥‥アグリを、アヤカシから解放してやるネ」 玉星の言葉に、鷹一郎は迷いながらも、黙って頷いた。 自分を取り囲む開拓者達の動きを、アグリはじっと見つめている。その瞳には、目に映るものを全てを食らおうとする狂気が映されていた。 ●乱戦 竜哉達が囮となったお陰で、開拓者達はアグリ一人に集中することができた。 だが、大群に向けて放たれた咆哮によって、竜哉自身は集中攻撃の対象となっていた。 「次から次へと‥‥キリがないな」 竜哉は、玲璃と遥平の援護のもと、群がるアヤカシを片端から切り伏せていった。彼に焦る様子は微塵もないが、浅からぬ傷をあちこちに負っている。 巫女二人がついていても決して楽には凌げぬ程、攻撃は熾烈だった。 「アグリ達を討つまで、耐えましょう。向こうもそう時間はかからないはず」 玲璃が手から淡い光を放ちながら閃癒を唱え、竜哉の傷を癒した。傷口が塞がるのを確認すると、今度は浄炎を放ち、一匹でも多くのアヤカシを足止めする。 「‥‥本隊もこちらと連携してくれるようですね」 竜哉達が敵を集めているのを見て、本隊も駆けつけてくる。彼らは打ち合わせてあった通り、遥平が白霊弾を放つのに合わせて、アヤカシの群れに突っ込んできた。 アヤカシの包囲が、崩れる。そのまま戦況は、敵味方入り乱れての乱戦となっていった。 アグリ側も、決して楽とは言えない戦いを強いられていた。 圧倒的な速さと腕力で殴りかかってくるアグリの攻撃は、純粋な力押しの脅威となって開拓者達に襲い掛かる。 「鎧は趣味じゃないが‥‥着けてきたのは正解だったか」 アグリの牙を辛うじて受け止め、羅喉丸が言った。その衝撃には、鎧が無ければ腕ごと持っていかれたかもしれないとさえ、感じる。 「ったく、もう‥‥大人しくしてなさいよね!」 相手が止まった瞬間を狙い、リーゼロッテが斬撃符を放つ。ギロチンの様な形の刃が頭から降り注ぐと、アグリは唸って身を捩った。 「出来れば長引かせたくはない。全力で、生きます」 次いで宗軒が、手裏剣を立て続けに二枚投げた。それ自体はアグリが素手で受け止めるが、それ故に僅かな隙が生まれる。 その隙をつき、玉星と鷹一郎が、左右から同時に踏み込み、合わせて紅砲を打ち込んだ。紅色の波動が広がると共に、拳から確かな手応えが返ってくる。 「捉えたアル!」 「いや、まだだ‥‥」 呼吸を荒げたアグリは、二人を弾き飛ばして飛びすさった。 血走らせた目で開拓者を睨み付けるアグリに、鷹一郎が悲痛な表情を浮かべている。 「ただ斬った殴ったでは、仕留められんか。ならば‥‥」 相手の弱点を見定めたりょうが、刀を正眼に構えて突撃し、白梅香を放つ。梅の薄香と白い気を纏った刃が、アグリの肌を裂くように走った。 「ぎっ‥‥」 りょうの踏んだ通り、知覚に依る攻撃はアグリへの致命打となった。 アグリがよろめいた所に、間髪入れず羅喉丸がその足首を踏抜き、地に膝をつかせる。 「今だ、鷹一郎。死してなお迷う魂に、幸いを」 「‥‥!」 羅喉丸の叫びに、意を決した鷹一郎が前に出て、胸元へと手刀を深く突き刺した。 その一撃で、ようやく、アグリが止まる。 「‥‥鷹一郎様?」 アグリは鷹一郎と目が合って、一瞬だけ安堵の表情を浮かべ‥‥ 「ああ。鷹一郎様。やっと‥‥お会いしとう、ござい、ま、し‥‥」 そのまま、静かに目を閉じ、動かなくなった。 「アグリ‥‥」 鷹一郎は、許嫁の面影が残ったアヤカシの顔を、呆然とみつめた。 傍らにいた玉星が、その背中に柔らかく手を添えて、囁く。 「鷹一郎、やっぱりアグリはずっと、待ってたアルな‥‥」 青年は震えながら頷き、アヤカシの亡骸を抱きしめた。 空に笛の音が響き、アグリが討たれたことが戦場全体に伝えられる。満身創痍となっていた囮組の開拓者にも、それは伝わった。 「やったか‥‥よし、退路を開くぞ」 そう言って、目の前の骸骨の頭を叩き割る。アグリを討った仲間も、すぐにこちらへ戻ってくるだろう。その前に、逃げ道を確保しなければならない。 「しかし‥‥こう敵が多くては‥‥」 遥平が敵の攻撃を小刀で払いのけながら言った。周りはアヤカシだらけで、なかなか身動きが取れない。 ずいぶんな数の敵を倒したのは確かだが、乱戦で周囲の戦況は全く判らなくなっていた。 「巳の方角より離脱できるかと。私が誘導します故、あとはあちらの合流を待ちましょう」 瘴索結界でアヤカシの気配を探った玲璃が、退路を指さした。慌てる様子もなく赤褐色の呼子笛を取り出し、高らかに吹き鳴らす。その音を頼りに、アグリに向かった開拓者達も、なんとか合流してきた。 「さっさと撤退するわよ。こんなところで死ぬ訳にはいかないんだから」 リーゼロッテが、周囲のアヤカシの大群を見ながら、ぼやく様に言った。折角興味深いアヤカシを観察できても、生きて帰れないのではまるで意味が無い。 丁度そこに、鳩座率いる泰拳士の一部隊も駆けつけて来る。固まったアヤカシの集団に突撃し、包囲に穴を開けると、鳩座は開拓者達に向けて叫んだ。 「アグリの討伐は、しかと見届けました。あとは我らに任せ、どうか撤退を」 敵の首級が討たれて戦意も上がった本隊の泰拳士達は、次々とアヤカシをなぎ倒していった。 その間に、開拓者達は包囲を突破し、無事に撤退を果たしたのだった。 ●鷹一郎 夕刻には戦全体の大勢も決した。首級格となっていたアグリを失ったアヤカシ達は、本隊の開拓者に各個撃破され、最終的にはその全てが討伐された。 全てが終わった戦場跡で、玲璃は静かに、そして厳かに、鎮魂の舞を舞っていた。アグリと、討たれた全てのアヤカシの魂を慰撫する為に。 鷹一郎は座り込んで、玲璃の舞う姿を、じっと黙ったまま眺めていた。 共に亡姫を討った開拓者達は、そんな彼を、少し離れた位置から見守っている。 「覚悟はしたと言っても、あれは余りにも重い。余計な傷が増えていなければ、よいのですが」 応急手当に駈けずり回る遥平の手当をうけながら、宗軒が言った。隣の玉星も、リーゼロッテに治癒符を当てられながら、鷹一郎の背を見つめていた。 「山根殿」 ふと、りょうが歩み出て、鷹一郎に声をかけた。 「アグリは‥‥山根殿に討たれて、少しは報われたのではなかろうか。ただのアヤカシとしてではなく、許嫁の貴殿に、意味を持って討たれたのなら‥‥」 「そう、ですね。俺も、良かったと思います。この手で、アグリを討てて」 振り向いて、りょうに応えた鷹一郎の顔つきは、思いのほか穏やかだった。 「‥‥アグリを討った時、思いました。あの子のような犠牲を、これ以上出してはいけないと。アヤカシを討つ為だけでなく、これからは一人でも多く命を救える様に変われたらと‥‥今はそう、思えます」 澄んだ瞳で語る鷹一郎。その肩を、りょうを追ってやって来た羅喉丸が、ぽんと叩いた。 「過去は変わらない。だが、今と未来は違う‥‥きっとできるさ、君ならな」 羅喉丸は、自身と鷹一郎を重ねあわせながら、言葉を紡いだ。 鷹一郎と同じように、羅喉丸も幼い頃に開拓者に助けられ、その姿に憧れて開拓者の道を選んだ過去があった。 二人を比べれば、確かに鷹一郎は、羅喉丸より幾分か不幸であった。 だが、だからこそきっと、彼が過去と決別し、人を助く強き力となれる日も来るだろう。 ‥‥そんな想いが伝わったのか、鷹一郎は羅喉丸の言葉に深く頷いた。 そして開拓者達に深く一礼すると、確かな足取りで、帰りを待つ師匠の元へと戻っていく。 開拓者達は落日の光を浴びながら、その背中をいつまでも見送ったのだった。 |