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■オープニング本文 ●老婆の頼み 「‥‥奥江村、ですか」 東房は安積寺、開拓者ギルドの窓口。受付を担当する職員の青年が、目の前に立つ老婆の顔色を伺いながら、小さく唸るように、そう、確認した。 「ああ、奥江村だ。あそこに行きたい」 対する老婆は職員の言葉に頷いて、嗄れた喉から、しかしはっきりとした言葉を紡ぎ出した。 皺まみれの顔と、痩せて骨ばった身体とは裏腹に、その眼からは強い意思と生気が感じ取れる。或いはそれは、老い先短い命が振り絞った、最後の力からくるものか。 『どうしても、奥江村へ行きたい。故に、開拓者にその護衛を頼みたい』 老婆は、毅然とした態度とはっきりした語調でもって、自らの望みを申し出た。 これは生半可な言葉では説得できないな‥‥職員はそう思いつつも、自らの責務が有る以上、自分の立場に相応しい返答を彼女に返さねばならず、姿勢を正して老婆の目を見つめると、ゆっくりと返答をした。 「奥江村は、既に魔の森に呑まれかけています。あまりにも危険で‥‥あなたの安全を保証しかねます。その依頼は受けられません」 奥江村は、三十年前にアヤカシの侵攻によって放棄された山村だった。北から魔の森が広がった折に幾度もアヤカシの襲撃を受け、もはやそこが人の住める環境ではなくなったと判断した当時の奥江村の住民は、村を捨てて、散り散りに避難した。奥江村で生まれ育ったこの老婆‥‥ミツが、六十の時の出来事だという。 その後、奥江村がどうなったかを知る者は居ない。だが確かなのは、放棄された奥江村には誰一人近づかなかった程、かの地が危険な場所となっていることだ。少なくとも、アヤカシの一体や二体に出くわすのは、当然と考えるべきだろう。 だが、職員の言葉に対して老婆ミツは『そんなことはわかっている』と言わんばかりに溜息をつき、彼の目を見つめ返しながら、静かに言い返した。 「危険なのは知ってるさ。だが、それを承知で行きたいってんだ。最期の、望みだよ」 「しかし‥‥」 「先祖代々守ってた墓を置き去りにして、アタシ達ゃあの村から出た。もっぺんだけ、供養しておきたいのさ。それに、死ぬ前に生まれ育った故郷をもう一度見ておきたいってなァ、人として当然の感情だろうよ?」 ミツも今年で九十歳。人間としては十分過ぎるほどに生きた。老い先短いことは誰よりも自分が肌で感じることであり、この世への未練も、この一件を除けば、無い。 「最悪生きて帰れねえ覚悟もある。いざとなったら、アタシは奥江村に置き去りでもいい」 どう答えたものかと言葉をつまらせている職員へのダメ押しに、ミツは懐から薄汚れた麻袋を取り出し、机の上においた。じゃりん、と銭のなる音が、重く響く。 「ババアのわがままで赤の他人を危険に巻き込むんだ。こっちもそれなりの用意があらあね」 それがこの老婆が身から絞れるだけ絞り出したなけなしの金であることは、職員にとっても想像に難くない。 職員はしばらく考え込むと、渋い顔をしながらもようやく、首を縦に振った。 「‥‥わかりました。では、依頼を引き受けるという開拓者さえ見つかれば、ギルドとしてもこの依頼を受諾する‥‥としましょう。確実なものとは思わないでください」 「ああ、それでいい。面倒な手続きは頼んだよ」 それで初めてミツは柔らかく笑い、一度ギルドを後にする。 「‥‥‥‥ゴホッ、ゲホ」 外に出た瞬間、気が緩んのか、急に咳が出た。ミツが口を抑えた手には、微かに血の混じった痰がこびり付いていた。 「あと少しだってのに、全くこの体は‥‥」 表向きは気丈にふるまっても、自分自身の体を誤魔化すことはできない。今日明日に死ぬこともないだろうが、それでも残された時間が少ないことは間違いあるまい。 どうしても。どうしても行かねばならないのだ。 この命果てる前に、もう一度だけ‥‥わすれえぬ、故郷へ。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●老婆 出発の朝。 依頼人ミツは凛とした態度でもって、開拓者達に対面した。 「ミツだ。面倒かけるが、宜しく頼むよ」 まっすぐに開拓者達を見つめる瞳は、とても齢九十の老婆のそれとは思えない。だが、それでもなお不安を補えない程、彼女の体はか細く、頼りなくもあった。 「初めまして、あの‥‥ご無理を、しないで下さいね」 佐伯 柚李葉(ia0859)が、控えめに言葉をかける。ぺこりと頭を下げると、二つに結んだ髪がふわりと揺れた。 ミツはその柔らかな声色に、苦笑して頷く。 「‥‥ああ、そうだな、アタシが無茶することにならねえ様、頑張っとくれ。どれ、ぼちぼち行くか」 軽口を叩きながら開拓者達に出発を促し、ミツは歩き出した。どこか、生き急ぐような歩調で。 「破棄された村、か。やっぱり生まれ育った地と言う物は、その人にとっては特別な物なのかな‥‥」 浅井 灰音(ia7439)が、ミツの背を見つめながら、その疑問を口にする。刺激を求めて実家を飛び出た若き志士の胸中には、郷愁という感情はまだ、薄い。 隣に佇んでいたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、たおやかで、けれど寂しげな笑みを浮かべて、灰音に言った。 「誰にとっても‥‥故郷は特別な場所ですわ。わたくしもジルベリアから天儀へ来て寂しい思いをすることもございますが、三十年もの間戻ることの出来なかったミツ様のお気持ちは如何程でございましょう‥‥」 思い返すのは、遠い異国の故郷と、既にこの世に居ない父と母。或いはミツもそういった別れを経験してきたのだろうかと、自分と彼女の境遇を重ねあわせる。 「そうか‥‥そうだね」 重みを持ったマルカの言葉に、頷く灰音。考えこんだ時に右目を瞑るのはいつもの癖で‥‥灰音はそれに気づくと、今は自分の役割に集中するべきだと気持ちを切り替え、ミツの後を追い始めた。 小走りにミツに追いついた柚李葉は、彼女の小さな背中を見つつ、これから歩む山道の続く先に想いを寄せる。 とにかく今は、彼女を送り届けなければならない。 (「最期の命を振り絞っても‥‥帰りたい、故郷‥‥」) そう、この道が続く先‥‥奥江村へ。 ●道中 前に立って進もうとするミツを引き止め、開拓者達は彼女を囲むように陣形を組んで歩き始めた。 先頭に灰音と東鬼 護刃(ib3264)が立って危険を探り、左右を五十君 晴臣(ib1730)とマルカが守りつつ、その二人の後ろに柚李葉、藍 玉星(ib1488) と続く。ミツは六人の隊列のちょうど中心に立ち、万が一にも怪我をすることが無いように配慮されていた。 「‥‥聞いてた通りだね。確かにこれは、危険な道程になりそうだ」 人魂で小さな白隼を飛ばし、道の先を偵察していた晴臣の視界に、半透明の亡霊のアヤカシが映る。一体や二体ではない、相当な数だ。 「やはり、か。なるべく戦闘は避けたいところじゃが‥‥」 「こっちだ、崖沿いに迂回できる」 護刃が腕組みして唸ると、ミツが道の脇にある迂回路を指差す。やむを得ず、一行はそちらへ進んだ。 「ばーちゃん、大丈夫アルか?」 息を荒らげ時折小さく咳き込むミツの顔を、玉星が心配そうに覗き込んだ。ミツは、おう大丈夫だ、と気丈に応えるが、やはり無理をしている感は否めない。玉星はその姿の痛ましさに、胸が締め付けられるような想いに駆られていた。 (「‥‥諦めたら、駄目アルよ。願いも、命も」) 彼女が背負った、三十年分の想いを、なんとかして叶えてやりたいと。玉星だけではない、開拓者の誰もが、そう思っていた。 だが、目に映る彼女の体調は、決して良いものではなくて。 「私が背負おうか? ‥‥目線が高くなって見晴らしがいいと思うよ」 「大丈夫、ってんだろ。あんまりこの婆を舐めるんじゃないよ」 最大限に気を効かせた晴臣の申し出も、老婆は拒む。開拓者達は彼女の身を案じながら、護衛に徹する他なかった。 瘴索結界、心眼、人魂、超越聴覚、そして各々の眼と耳‥‥と、叶う限りの手段で周囲警戒しつつ、一行は危険を避け慎重に進んだ。 その為に予定よりも時間がかかり、ミツの足取りが重くなったこともあって、途中二度程、休憩を取った。 柚李葉に手渡された梅干をつまむミツの仕草を見て、その機会を伺っていたマルカは、思い切って彼女に声を掛ける。 「そういえば‥‥わたくし、料理が苦手なのですけれど、ミツ様は色々な料理をご存知なのでしょう?」 「ん?」 「よろしければ、村から戻ったらご教授願えませんか」 それでミツも、ああ――と、彼女の言わんとすることを理解する。村から、戻ったら。 「‥‥そうだね。戻れたら、だな、それは」 ミツにその気があるのか、無いのかは、彼女の態度からは伺えない。 彼女が答えた後、一瞬沈黙があって、今度は晴臣が彼女に問うた。 「今まで、聞いてなかったけど、ミツさん‥‥村へは何をしに?」 死期を悟って望郷の念が募るのは判るが、いざそこに帰って、ミツが一体何をするのか。晴臣はそれが気にかかっていた。 「‥‥行けば、判るさ。行けばな」 だがミツは晴臣の質問をはぐらかし、再び立ち上がると、もう大丈夫だと周囲を促す。 それで開拓者達も仕方なく、再び移動を再開した。 ●故郷 アヤカシとの遭遇を避けながら、一行は予定よりも一刻程遅れて、奥江村へと到着した。 誰もが予想していたとはいえ‥‥村は、酷い有様になっていた。 枯れた木々。漂うどす黒い霧。朽ちて崩れている家々。どこからか聞こえる呻き声。 目に映るモノ全てが、アヤカシの存在を警告していた。あまりに濃い瘴気に、瘴索結界を展開した柚李葉は、冷や汗さえ流している。 「‥‥ここが奥江村。アタシの故郷だ」 ミツが、苦々しく、重い声で言った。 ここが、彼女にとって、忘れ得ぬ場所。彼女が産まれ、育ち、そして見捨てた場所‥‥ 「‥‥否が応でも昔を思い出すのぅ」 護刃は、誰にも聞こえないような声で、小さく呟いた。彼女の胸の内にある、失ってしまった里の記憶。それが蘇るほど、奥江村は凄惨たる光景を、そこに映し出していた。胸の詰まるような思いに、竜人の金色の瞳はその輝きを鈍らせる。 「まずはアタシの家に行く。こっちだよ」 「あ、そっちは‥‥」 やがてミツがゆっくりと歩き始めるが、柚李葉がその手を掴み、引き止める。 すぐに二人の視線の先から、透き通った人影が三体、呻き声をあげながら現れた。そのまま、こちらに襲いかかってくる。 「アヤカシか‥‥やっぱり来たね」 灰音が腰の剣と銃を殆ど同時に抜き、前に出て身構えると、続いてマルカも長巻を構え、最前列に立った。ミツの家への道がこのアヤカシ共に塞がれている以上は殲滅する他に無いと、全員が戦闘態勢を取る。 「気をつけて‥‥多分、まだ来ます」 柚李葉が、言った。あたり一面の瘴気から辛うじて掴んだ、移動する存在。それが、ゆっくりとこちらに向かっているのが判る。 「時間はかけられないアルな。晴臣、ばーちゃん頼むアル!」 周囲の気配を探りながら、玉星が叫ぶ。ようやくここまで来て、ミツに怪我などさせる訳にはいかなかった。 玉星に呼応した晴臣はミツの側につき、彼女の安全を確保する。 「ミツさんはこっちに。本当に危険な時は私と一緒に逃げてもらうからね?」 「大人しく背負われろってかい? ‥‥そうならねえように期待しとくよ」 晴臣はいつでもミツとの至近距離を保ちつつ符を取り出し、自身の式を召喚する。白隼の姿のそれは、淀んだ奥江村の風景を切り裂く様に飛翔し、その爪で亡霊達を拘束した。 「近づかせるわけには行かないんでね‥‥!」 呪縛符によって動きの鈍った亡霊に、灰音が銃撃の狙いを定める。伸ばした腕の先に納まる宝珠式の短銃は、爆ぜる練力の閃光と共にその弾丸を撃ち出した。 弾は亡霊の眉間へ見事に命中したが、亡霊は僅かによろめくと体勢を戻し、再び歩き出した。 「くっ、やっぱりか‥‥!」 物理的な攻撃だけでは倒し切れないかと、灰音は行動を切り替え、囮となって前に出た。 その灰音の動きに合わせて、代わり護刃が仕掛ける。 「‥‥‥‥案内してやろう。冥府魔道のその際までな‥‥っ」 放つは水流刃。飛沫を上げた水の刃が、今度は確かに、亡霊の首を撥ねた。知覚に依る攻撃ならば、通る。 「それならば、これで‥‥いかがです!」 続くマルカが長巻「焔」を振るう。炎の幻影と共にオーラショットの光輝を叩きつけ、二体目の亡霊を斬り伏せた。 最後の三体目は、玉星の気功波と、晴臣の斬撃符で滅した。開拓者達の安定した戦いぶりを見て、ミツも流石に安堵を見せたが‥‥ 「‥‥昔の知り合いじゃねえといいんだがな」 ゆっくりと瘴気に戻る亡霊を見て、そう呟く。 「仮にそうだったとしても‥‥あれは生きてたときの想いじゃなくて、人が生きてた時の姿を、アヤカシが盗んだだけアル。ばーちゃんの好きだった人達は、あんな心根の持ち主と違った筈ネ」 強い語調でそう言う玉星の言葉に、ミツは少しだけ嬉しそうに、頷いた。 ●帰郷 一度はミツを守りきったとはいえ、奥江村に長居するのが危険であることは明白であった。 一行は足早にその場を後にすると、ミツの案内で彼女の家に向かう。 厳密には、彼女の家だった場所。屋根は落ち、壁は崩れ、床から草が生えては枯れたその場所は、もはや家と呼んでいいのか戸惑う程、荒れ果てていた。 余りの光景にミツは初め呆然としていたが、やがて何かを探すように、瓦礫を避けながら、中へと踏み込んでいく。 「‥‥ばーちゃん、何か探してるアルか?」 丁度、ミツの思い出の品でも探せればと思っていた玉星は、その背中に問うた。ミツは手を止めると、少し間を置いて、答える。 「ちょっとな‥‥箪笥の中に入れてたんだが、この瓦礫じゃなあ」 それで、一同総がかりで箪笥を探す事になった。四半刻ほど探して、護刃が瓦礫の中に埋もれたそれを見つけた。 箪笥の中から出てきた、ミツの探し物。それは飾り気のない‥‥けれど見事な作りの、赤鼈甲の簪だった。 「旦那が無理して買ってよこした奴でな。年甲斐もねえ話だが、忘れ置いたのが未練になっちまった」 老婆はそう言って愛おしげに簪を握り締めたが、開拓者達の視線に気づくとすぐに、それまでの表情を取り戻した。 「‥‥旦那も今から紹介するよ。ついといで」 そして案内されたのは、彼女の家の直ぐ裏手にある、小さな寺。 本堂の裏手の、荒れ果てた墓地の隅っこに、ミツの家の墓はあった。彼女の祖先と‥‥夫の眠る、墓。 「最初に、村が襲われた時だ‥‥志体もねえ爺の癖、突っ込みやがってさ」 「ミツ様‥‥旦那様に、もう一度会いたくて、それで」 マルカの言葉に、ミツは寂しげに笑った。 「いい男だったんだ。この村を守ろうとした」 懐かしそうに、墓石に積もった土を、手で払う。 詫びたかった。例えそれしかなかったとしても、故郷と、そこに眠る夫を置いて逃げたことを‥‥ 「‥‥お掃除、しましょうか」 長い沈黙の後、柚李葉がそっと歩み出て、言った。ミツの気持ちを汲むために何かできれば、と‥‥準備だけは、してきていたのだ。 「そうじゃな、この有様のまま墓参りというのも忍び無いしのぅ」 柚李葉が水を墓石にかけ、護刃が疲れきっているミツに代わって墓石を磨いた。 やがて汚れていた墓は綺麗とまではいかないが、最初から比べれば見違えるような姿になった。 供えたのは、甘酒と、生花の代わりに作った折り紙の花。墓に用があると聞いた柚李葉が、ミツを気遣って持ってきていた物だった。例え僅かにでも、ミツが故郷から離れた三十年分の時を、埋められるように。 「やっと、戻ってこれたな‥‥爺さんや」 そうして祈る老婆の言葉は、微かに震えていた気がした。 墓に向けて項垂れるミツの後ろで、開拓者達も手を合わせ、祈りを捧げた。 いま、戻りました、と‥‥ 『うぉぉぁぁ‥‥ぁ』 ‥‥だが、その祈りの静寂を妨げるように、絶叫が空に響く。 「またアヤカシ‥‥かなり近い、いや、数も多いよ」 心眼で辺りを探った灰音が、眉を顰めた。このまま此処に入れば、再び襲われるのは間違いないだろう。 「ったく、邪魔しやがって‥‥ゲホ」 「ミツ様!」 ミツはため息をつき、その場でよろめいた。慌ててマルカが手を差し出し、それを支える。やはり相当の無理をしていたのだろう、ミツは具合の悪そうな顔をしていた。或いは目的を果たし、気が緩んだのか‥‥ 「アタシはもういい、あんた達だけでも」 「何を弱気な。わしらはミツ殿をこのまま置き去りに出来るほど、達観しておらん」 ミツが言いかけた言葉を、護刃が遮った。彼女だけではない、開拓者の誰一人として、それ承諾するものはいまい。 「私達開拓者としては、依頼者を見捨てる事はしたくないです。だから‥‥」 「‥‥村で死んでいった人も、あなたにきちんと命を全うして欲しいって、想ってると思うよ」 灰音と晴臣は、それぞれの言葉でミツを説得する。 死を選んでは、ならないと。 「例え別れがいつかくるとしても‥‥その時までは生きる気力を持っていただきたいのです。約束しましたでしょう? 戻ったら、お料理を教えて下さる、と」 それがダメ押しだったか、マルカの言葉に、ミツはようやく頷いた。 「そうかい‥‥だったら言葉に甘えて、生きられるだけ生きてやろうかね。だが、流石にちょいと疲れた‥‥すまねえがハル坊、頼めるかい?」 そう言って、晴臣を見る。やっとその気になったかと晴臣は苦笑し、ミツを背負うとさらしでその体を固定する。 日は既に落ちかけていた。急がねばならない。 「いざというときはあたしらが壁になるネ。晴臣は先に行くアル」 玉星やマルカ、灰音が背後を護りながら、一行は墓地を後にし、奥江村を出た。 ‥‥帰路の途中、晴臣の背に乗せられたミツに、柚李葉が囁く。 「あの、ミツさん‥‥私、故郷って何時でも迎えてくれるし、送り出してくれる場所だと‥‥そうだと良いなって思います。だから、帰りましょう また迎えて貰う為に。私達、何時でもお手伝いしますから」 「ああ。わかってるさ‥‥ありがとなあ、みんな」 ミツは笑って頷くと、静かに目を閉じた。 (「‥‥心残り、なくすことが出来たかのぅ。」) 護刃は、自分と同じひびきの名をもつ少女の言葉を聞きながら、ミツを守りきった安堵を感じると共に、その心の内には郷愁と、自らの咎を思い描いていた。 (「故郷、か‥‥わしも何時か、里に帰る日が来るじゃろうか」) 瘴気に沈んだ村が、ミツを迎え入れたように。 それが、例え自らの手で滅ぼした故郷でも。 迎え入れて、くれるのだろうか。 一度だけ、もうだいぶ小さくなった奥江村を振り返った。 老婆にとっての忘れ得ぬ場所は、やがて瘴気と日暮れの闇に消え、見えなくなっていく。 護刃にはその姿が、自分達に何かを訴えかけている様にも見えた。 |