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■オープニング本文 ●崇和寺 東房、飛鳥原の地は南‥‥天輪宗・崇和寺。 禍輪公主に襲撃を受けた飛鳥原の勢力は、開拓者の救出もあってその多くがここへ逃げ込むことへと成功した。 しかし、その代償も決して小さなものではなく‥‥ 「年少組は大地以下四人が重傷で動けません。年長組は鷲太、律子、ツバメの三人が消息不明に」 「そして村人たちでここに辿りつけたのは、当初の約半数‥‥と。弟子たちは動けそうですか」 「年長組三人と年少組七人は、いつでも‥‥チビ共の方は、少し参っているかもしれませんが」 一番弟子から報告を受け、鳩塾師範・三剣鳩座は帽子を深く被り直し、小さく溜息をついた。 状況が状況だっただけに、自分を含む半数以上がここへ辿りつけたのは、間違いなく金星であった。だが、それでも現実として、受けた被害は大きい。 追撃してきたアヤカシ群は崇和寺前に至って一度その攻撃の手を止めてはいるものの、機を見計らっているのは明白。 今は、崇和寺に駐屯していた総勢十二名の天輪宗教徒がアヤカシと睨み合っているが、相手の総攻撃が始まれば、防ぐには間違いなく手が足りないだろう。 鳩座はふと、崇和寺の境内に並んだ面々を見渡す。怪我人と村人は、本堂に移っている。外に残るのは、今なお戦える八人の直弟子と‥‥ギルドから駆けつけてくれた幾人かの、開拓者。 彼らの戦力を合わせたとしても、果たしてここを守るに足りるかどうか‥‥ 「派手にやられたな、鳩座」 寺の中から、崇和寺の住職・三宝院道慧が現れ、鳩座に言った。背も丸くなった老人は、これでも崇和寺きっての拳士である。 「巫女が怪我人を見とるがあいにく一人しかおらん、治療には時間がかかるぞ」 「お手数をかけます」 頭を下げる鳩座に、道慧は厳しい視線を送った。音もなく歩み寄り、小声で問う。 「どうするつもりだ、鳩よ。敵は強く、多い。この戦、勝てぬぞ」 「開拓者ギルドからの増援を待ちます。以前お話していたとおり、すぐにギルドからまとまった数の援軍を送って貰えるよう、根回しをしております。それまで、耐えれば」 ギルド、という単語に、老人が目を細める。 「鳩座。儂はお前のことは信用しとるが、お前の所属するギルドはその限りではないぞ」 「承知しております。しかし、今退けば怪我人を連れたまま夜道を行軍することになる‥‥どのみちしばしの間、ここで凌ぐが上策の筈。何卒、ご協力を」 「かっ、面倒ばかりかけよって」 皺まみれの顔を歪め、住職は暫し考えこむ。 「‥‥では、明日の日の出までここで耐える。手も貸そう。だが、その時点で援軍が来なんだら、崇和寺を放棄し不動寺まで退く。それでよいな」 「十分です」 方針は決まった。鳩座は道慧に一礼し、開拓者と弟子たちにそれを伝えに向かう。 「‥‥一晩か。こりゃ厳しい戦いになるぞい、鳩座ぁ」 鳩座の背に、ぼやくように語りかける道慧。鳩座は、背を向けたまま答えた。 「東房がアヤカシの侵攻を受けて以来、厳しくない戦いなど有りましたか? 耐えますよ。私も、彼等もね」 ●開拓者 アヤカシに対する防御拠点として築かれた崇和寺には、高い城壁も、櫓もある。 道慧と別れた鳩座が櫓に登ると、そこには既に数名の開拓者達が見張りに立っていた。 「‥‥鳩座さん、あれを見てください」 開拓者が指差したのは、崇和寺前の渓谷に布陣する禍輪軍、その陣の一角。 蜂アヤカシがせわしなく飛び回るその下には、蠢く花のようなアヤカシが植えられていた。 「人喰花‥‥」 それは、禍輪がかつて秘密裏に東房に植えて回った、アヤカシの花。 地中に瘴気を埋め込み、その一帯の魔の森化を促進するという、恐ろしい性質を持つ。 今までは密やかに拡散されていたそれを、禍輪は今、見せつけるように開拓者の目の前で植えて回っていた。 「奴ら、挑発している‥‥」 別の開拓者が、拳を握りしめ、唸る。鳩座は諭すように、呟いた。 「今は、耐えましょう。勝負は明日です、それまでは」 ●禍輪 崇和寺前に布陣した禍輪は、揺らめく人食い花の群をみつめ、じっと時を待っていた。 手元には先程できたばかりの新鮮な『食事』。もう動かなくなった肉塊を、かぷりと食みながら。 禍輪の側には無数の蟲アヤカシが寄り添うように群がり、その隣には副将たる、金角将蟲と銀顎将蟲が待機していた。 そしてそこに、上空から舞い降りた巨大な蜂アヤカシ‥‥白槍将蟲が加わる。 『公主、上から確認した限り、彼奴らはあの砦で我らを迎え撃つつもりの様子』 偵察から戻った白槍は、禍輪に手短に成果を告げる。カブトムシとクワガタが、沸き立った。 『城攻めか、なんとも心躍る』 『早く命令をくれ、慣らしている場合ではないぞ、公主』 禍輪は動かないまま、余裕の笑みを浮かべて彼等の言葉を聞いた。 「もう少しお待ち。『慣らし』が終われば、戦を始めますわ」 ひらひらと手を振る禍輪の横で、金角と銀顎は唸りを上げる。 地上の甲虫は着々と隊列を作り、空には蜂アヤカシが舞い踊る。 やがて当たりが闇に包まれ、風が止んだのを確認すると‥‥ 禍輪は一度大きく体を伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。 「あと一歩。ここで奪い切ってみせる。飛鳥原を。私たちの明日を」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
十 宗軒(ib3472)
48歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●日が沈み ‥‥夜の帳が降り、渓谷を吹き抜けていた冷たい風が、止んだ。 崇和寺の前のアヤカシが俄にざわめき、立て篭もる開拓者達に襲撃が近いことを知らせた。 「そう、ですか。彼らは、見つかりませんでしたか」 十 宗軒(ib3472)は、琥珀色の瞳を微かに曇らせ、その報せを受け止めた。 先の撤退戦では鳩塾の年長組三名が生死不明となり、村人達にも多数の犠牲が出た。 そのことで崇和寺の境内には、重く、緊張した空気が漂う。 「また神音みたいに、アヤカシにとーさまやかーさまを奪われた子が出たの‥‥? ばか禍輪! 絶対許さない!」 憤る石動 神音(ib2662)の言葉に、鳩座は珍しく苦い表情を見せる。 「ここから先も、苦しい戦いになるでしょう。申し訳ありませんが‥‥皆さんには今少しの、お力添えを頂きたく」 「いいさ。ここは紛れも無い死地、僕が必要とする戦場だ――多少、縁がある人達も居るしね」 アルティア・L・ナイン(ia1273)は鳩座に一言応え、西門へと歩いて行く。隻眼で一瞥した視線は、ここにあって尚輝きを失わず、どこか遠くを見据えるかのよう。 どの道、やるべきことは決まっているのだ。 後は、そう。 「守らなければならない者のために、死力を尽くそう」 羅喉丸(ia0347)が、その場の全員に向けて語りかける。荷物を分配し、自身は北門へと向かった。 門の外には、地鳴りのような足音が近づいて来ている。 崇和寺に緊張が走り‥‥ 「くそーかりんたんめっ、おいたする子にはエロ水着でいやらアヤカシの刑にしてやんぞコラー!!」 ‥‥ただ一人、村雨 紫狼(ia9073)だけが、戦意旺盛に叫んでいた。 ●北門 禍輪軍の意図は明白だった。即ち、真っ向からの力押し。 「北門正面! 全軍で来ます!」 崇和寺の拳士と共に櫓に登った只木 岑(ia6834)が敵方の動きを伝え、弓を構える。 北門の前には、羅喉丸、神音、鳩座とその弟子、鷹一郎が立っていた。 「これを預けて置く。生きて必ず返してくれよ」 そう言って羅喉丸は、鳩座と鷹一郎に自らの武具を差し出す。二人は深く頷いて、その武具を受け取った。 「来るよ、皆!」 神音が、叫ぶ。 敵の先鋒は金角将蟲。大角を破城槌の如く翳し、怒涛の突撃を仕掛けてくる。 「絶対に守りきってみせる‥‥射ち方始め!」 岑の合図と共に、櫓の上から文字通り矢継ぎ早の射撃が降り注いだ。足をとられた数体の甲虫が脱落するも、アヤカシの勢いは留まらない。 「くっ‥‥間に合えっ!」 咄嗟に岑は鷲の目を発現させ、風撃を放つ。 震える様な変形軌道を描いた矢が、金角の進路を僅かにずらした。 「このぉーっ!」 地上の神音はそれを待っていたとばかり、金角の懐に潜り込み、横面に暗勁掌の衝撃を叩きこむ。 『おのれッ!』 金角は相打ち覚悟とばかりに突撃し、門に衝撃を加える。 後続のアヤカシも玉突きの如く門前に殺到し、敵味方の入り乱れた乱闘が始まった。 ●西門〜本堂前 一方で、西の副門と本堂の前に分散した者達の間にも、緊張が走っていた。 「巫女殿と、護衛の拳士殿は、安全の為に拙者と共に櫓の上へ! 鳩塾の皆様は、本堂周辺の警備と伝令役をお願い致しまする!」 霧咲 水奏(ia9145)は、仲間と共に立てて置いた布陣を元に、実質的な司令塔として全隊へ指示を飛ばしていた。その指示に従った鳩塾と崇和寺の戦力は、今のところ冷静な動きを保てている。 「飛鳥原に生きる民の為にも、希望を明日に繋げる為にも、死守致しましょうっ」 抱く想いは一つなればこそ、誰もが水奏の言葉に頷き、決死の形相でそれぞれの戦場へ向かった。 本堂前では、上空や南・東からの奇襲を警戒し、紫狼とシャンテ・ラインハルト(ib0069)が主となって警備に当たっていた。 「今の状況を耐え抜かなければ、決して反撃の機会に辿りつけないとはいえ‥‥まだまだ遠い、ですね」 北門の外から聞こえる戦闘音に表情を曇らせながら、シャンテが言った。 表の戦況が心配なのは勿論、彼女や紫狼にとっては、本堂への奇襲が懸念事項だった。本堂上空だけでなく、最悪は東南の崖上からの奇襲さえ、ありうる。 「なーに、要は一晩デスマーチってりゃいーんだしなー! なんとかできるさ!」 言葉を返す紫狼は、あくまで明るい笑顔を崩さない。気勢の衰えはそのまま力の衰えに繋がる、そう考えてこそ。 「ええ。もうこれ以上の犠牲は出さぬよう、あと一夜、戦い抜きましょう」 呟くシャンテの言葉は、自らに言い聞かせる様に。 「もう、届かないのは、嫌ですから‥‥」 記憶の中の影を思い返して思わず天空を見上げ‥‥ その景色を、微かな黒い影が横切る。 「北西、東、二方の空より敵襲っ! 蜂アヤカシにございまする!」 鏡弦で敵を察知した水奏の声が響く。 北西から現れる白槍将蟲以下、蜂アヤカシ群。更に東側からは新手の蜂アヤカシ十数体が加わり、本堂へ降下してきていた。 「よぉーし、案の定来やがったな! お前らの相手は俺だァーっ!」 紫狼の咆哮。白槍以下、殆どの蜂アヤカシが殺到してくるのを、二天の構えで迎え撃つ。 シャンテは蜂達が一ヶ所に集中したのを見て、ミューズフルートの音色を天高く響かせた。精霊の力を借りて空を突き抜ける、重力の爆音。紫狼に群がる蜂群を、纏めて吹き飛ばす。 「隙あり‥‥!」 軌道を乱した白槍の動きは、水奏の輝く眼が捉える。 即射で極北を放ち、今度は完全に白槍の腹を貫いた。 深手を追った白槍は上空へと逃げるが、他の蜂はそうもいかない。 「おっけー、後は俺の二天一流で斬る☆YOU! しちゃうぞー!」 弓兵達が蜂達を次々射落とすと、紫狼は両手の殲刀を振りかざして突撃し、地上の蜂を片っ端から切り裂いていった。 ‥‥本堂上空は優勢を獲得したか、開拓者達がそう思った矢先。 西門から狼煙銃が上がった。襲撃の合図を放ったのは、外を守る宗軒。 「どうやら、虫がこちら側にも集まってきたようですね」 超越聴覚で捉えた、北門から回りこんでくる足音。暗視で見通せば、銀顎隊が禍輪と共にこちらへ向かってきている。 その数およそ四十、散開し西門前のアルティアや宗軒、四人の泰拳士を取り囲むように動いていた。 「援護を頼みたかったが‥‥水奏君達は手一杯か」 アルティアが、背後の櫓に立つ水奏達を見返りながら言った。彼女ともう一人の弓兵は、上空の蜂への応対に追われていた。そも白槍将蟲の狙いは、そこだったか。 アルティアは一本だけの左腕で護法符を口に咥え、前に出る。 「僕が囮になる。攻撃は君たちに任せてもいいかな」 その言葉に応じた宗軒と拳士達は、彼の背中を守る位置につく。 (「前みたいに動くことはできないが──」) 受け流す。 念じて、迫る先頭の銀顎を見据える。 その大顎が彼の首に届く直前、アルティアは僅かに身を逸らし‥‥そのまま消えた。 『‥‥何ッ!?』 ナハトミラージュ‥‥霧の精霊がアルティアの姿を隠し、銀顎を惑わす。その頭に剣を突き立てると、銀顎は不気味な悲鳴をあげた。 同時に周りの蟲達の動きが、急に散漫な物へと変わる。 「指揮系統を乱せば退かせられるかもしれません、銀顎に狙いを絞りましょう」 宗軒に呼応した泰拳士が、銀顎へと攻撃を集中する。 崩せる。そう確信して手裏剣を構えた宗軒をしかし遮るように、辺りにボンと紫色の煙が吹き上がる。 禍輪の、毒花粉。 「粘りますのね。余り煩わせないで下さる?」 禍輪公主が煙の向こうから蔓を伸ばし、宗軒を襲った。肩口を抉られ、破れた着流しから血染めの椿が覗く。 「‥‥生憎、こちらとて退く訳には行かないんですよ」 後ろには共に戦う仲間と、守るべき飛鳥原の民がいる。 宗軒は傷口を抑え、超越聴覚で位置を探りながら、煙の向こうの禍輪に手裏剣を放つ。 そのまま禍輪は後退していったが、今度は代わりの甲虫が宗軒へと襲いかかった。 ●束の間の 戦闘開始からどれほどたったか。 夜が深まり、再び渓谷に冷たい風が吹き始めた頃、禍輪軍は突如反転し一勢に退いた。 「なんだ? 急な撤退だな‥‥」 櫓の上の岑達には、その整然とした動きがはっきりと見えた。後退した禍輪軍は、北西の平野でぴたりと動きを止める。 「押し切れないと判断したか、あるいは」 他の理由があるか‥‥羅喉丸は嘆息し、周囲を見渡す。 一先ず味方は、誰も欠けていない。 だが、全員で分配した薬は、既に半分以上を使いきっていた。 兎に角、一旦は敵が退いた。 寒空の下、開拓者達は本堂の前に集まって束の間の休息を取った。 交代で敵方の同行を監視しつつ、入り口は閉めたまま、縄を使って飛び越え出入りする。 「これくらいしかないけど。みんなで、分けて下さい」 岑は、持っていた僅かな食料を、櫓の上の弓隊で分け合っている。 干飯に梅干に水と非常食ばかりだが、長期戦で疲弊した体には塩気がよく効いた。 「よーしお前ら、苦しい時こそニヤリと笑え! 今からアメちゃんやるからな、これで元気だせよー!」 紫狼は、鳩塾や飛鳥原の子供達に飴玉を配って回っている。紫狼の底抜けに明るい笑顔は、不安がる子供達を元気づけた。 「お茶も作ったかんな、飲め飲め、体あったまるぞー!」 「有難うございます‥‥あちっ」 慌てて舌を引っ込めた子供に、苦笑する紫狼。 彼とて、不安がまるで無いといえば嘘になる。だが気持ちを上に向け続けなければ、勝てる戦も勝てない。 隣では神音も、精一杯の笑顔で子供達を励ます。 「ウズラちゃんが援軍を連れて来てくれるまで、門の外は神音達が絶対守ってあげる! 皆も自分の出来る事を頑張って!」 神音の言葉に、伏し目がちの少女が顔上げ、微笑む。神音はそれだけで、自分の体にも力が湧く気がした。 『‥‥‥‥♪』 そんな様子を横目に、シャンテは本堂の階段に腰掛け、フルートから穏やかな音色を奏でていた。守る者、守られる者、全ての心を慰撫する様に。 「‥‥‥‥」 アルティアはシャンテの演奏に耳を傾けつつ、座り込んだ地べたから空を見上げる。 静かに考えを巡らせつつ、そのまま水パイプの冷えた煙を、頭上に吐き出した。 分厚い雲が月を覆い隠す様を見て、肌寒いのも気のせいではないと思った。 ●第二波 一時間程立って風が止み、禍輪軍が再び動く。 「計ったかのような動き。やはり、冷気か‥‥」 鳩座の言葉に開拓者達も確信を抱きつつ、再度防御線を展開する。 禍輪軍は、今度は北門に全戦力を集中し、強行突破の構えを見せた。 金角隊と銀顎隊の突撃に併せ、禍輪公主は毒の花粉で煙幕を張り、弓隊の視界を塞ぐ。 「禍輪、金角、銀顎が北門に! これじゃ持ちこたえられません、救援を!」 岑が伝令の拳士に叫び、西門へ危険を通達した。 「水奏さん、私達は北門を救援します。何かあれば、すぐに報せを」 ここで北門を破られては後が無い。宗軒が暗視で西門周辺に敵が居ないことを確認すると、西門前の六人は直ぐに北門へ向かった。 「旗色が悪いね――だけど」 それさえ、強くなる為には望む所‥‥アルティアは六人の先頭に立ち、北門前に群がるアヤカシ達に飛び込んだ。 流れる剣捌きで逸らしながら斬り込み、敵の注意を自分へと引きつける。 櫓上に残った水奏は鏡弦を挟みつつ、本堂前の敵へ射撃を続けた。 「くっ、次から次へと‥‥!」 本堂前には既に白槍将蟲が、防壁内部の戦力を撹乱せんと再度迫っている。 「へっ、何度来ても同じだぜ!」 紫狼も再度咆哮すると、北門外の甲虫までもが、禍輪の煙幕に乗じて防壁を乗り越え、本堂前に侵入してきた。 毒煙幕のせいで、岑達北門櫓による対処に遅れが出始めている。 「‥‥それなら」 シャンテが敵をギリギリまで引きつけてから、笛を構える。 奏でた夜の子守唄が空に響き、周囲の蟲達を一挙に眠らせ、動きを止めた。蜂も甲虫も眠りについたものは紫狼や鳩塾の拳士達が仕留め、抵抗し逃れたものは水奏達西門櫓隊が即射で貫いていく。 「やはり、数が多い‥‥」 消耗を感じながら、シャンテはぎゅっと笛を握りしめた。練力は無尽蔵ではなく、戦うべき時間は長い。今の所は本堂を無傷で守れているが、これが延々続けばどうか‥‥よぎる不安を振り切り、再び押し寄せる甲虫に重力の爆音を奏でる。 その不安は誰もが抱えていたが、兎に角今は、目の前の敵を討つしか術は無かった。 だが、本当に地獄なのは北門外。 彼等は禍輪の毒の煙幕の中、危険な近距離戦を強いられた。 「鳩座センセー、羅喉丸おにーさん、今どっち!?」 神音の叫びは、アヤカシの足音に掻き消える。仲間と離れぬように戦うことさえ、困難を極めていた。 咄嗟に振り返った北門には甲虫が群がっており、神音は慌てて瞬脚で駆け、追い払った。 一方で羅喉丸は、毒煙の中で禍輪に遭遇していた。 アイスソードを取り出し八極門を用いて突撃するも、武器を握るのが遅れ、斬撃は紙一重で外れた。 「‥‥ッ、つまらない玩具を‥‥」 冷気に撫ぜらた禍輪と、そして周囲の蟲達の動きが乱れるが、それも一瞬の事。その後は簡単に後退を許してしまう。 「お前にとっては、そのようだな」 だが、羅喉丸は大凡の確信を得た。 最低限、冷気には禍輪の動きを鈍らせる効果がある。他の蟲達の動きを見るに、その統率さえ妨げられるかもしれない。 「次が、勝負だ」 禍輪を守るように自分を囲む蟲達を見やり、羅喉丸は呟く。 甲虫で埋め尽くされた景色に、一筋の道が見えた気がした。 ●夜が明けて 禍輪軍は渓谷に冷風が吹く度に、後退と再襲撃を繰り返した。 その後も二度の襲撃が行われ、戦場には無数の骸が積み上げられた。 だがやがて、夜明けの時間、日の出と共に一際強い冷風が吹き‥‥ 「蟲達が、退いていく‥‥」 光り射す本堂前のシャンテにも、禍輪軍の足音が遠ざかるのが判る。 紫狼は愛刀の朱天を掲げ、歓声を上げた。 「よーし、守りきったか!?」 本堂こそ無傷だが、守る戦士達は皆、満身創痍。 薬は使いきり、体力錬力も限界に達していた。 それでも崇和寺は守られ、誰もが安堵の表情を見せた。 後は、援軍さえ来れば。 だが‥‥ 「何故だ。どうして、援軍が来ない‥‥!?」 崇和寺の拳士が、憤りの声を上げる。 日の出から時間が経過しても、ギルドからの援軍は無かった。 狼煙や角笛の様な兆しさえ、一切無い。 櫓に登っても、見えるのはアヤカシ共の姿だけ。 「こんなことは‥‥予定の時刻は、とうに過ぎたのに」 「‥‥‥‥これから、如何なされますか、鳩座殿」 水奏の問いに、鳩座は重い沈黙を返した。 一夜の間、全身全霊を懸けて戦った。 これ以上戦い続けるのが困難なのは‥‥誰の眼にも、明らかで。 「ウズラちゃん‥‥」 援軍を連れてくる筈の友の名を、神音は掠れた声で呼ぶ。 飛鳥原の渓谷を、凍えるような冬風だけが駆けていった。 |