花売りの毒
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/18 17:49



■オープニング本文

●『お花を、買いませんか?』
 その街に、花売りの少女の噂が流れ始めたのは、一月程前からだったろうか。花を買わないかと、若い男に声を掛け、路地裏へと連れ込もうとする少女がいるという。そうして、彼女と連れ立った男が、皆ことごとく行方不明となってしまったらしい。なんの足取りもなく、忽然と姿を消すのだ。
 花を売るというのはそのままの意味ではなく、とある別のモノを売る時に使われる隠語だが‥‥その少女は、一般的な花売りと比べればかなり幼く、傍目には十歳かそこらにしか見えぬという。だが、端正な顔立ちと、男好きする妖艶な雰囲気を持っているそうで‥‥ころりと誘惑されてしまう者も少なくなかったようだ。一人、また一人と、好き者として知られた男達が、次々消えていった。
 行方不明となった男達がどうなったのかも、その少女の正体も、ワカラナイ。だが確かなことは、夜の街で連続して起こった神隠し、その被害者たちの足跡を辿ると、必ずこの『花売りの少女』の目撃談に繋がる、ということだった。

●花売り
「お花、お花‥‥お花を、買いませんか?」
 夜の色町。花篭を携えた少女が、道行く男達に声を掛ける。年の頃は十を過ぎた頃か‥‥とても色町という場にはそぐわぬ、幼い少女だった。赤みがかった髪の隙間に、ぬばたま色の黒い瞳を覗かせ、か細い声で花売りの文句を述べていた。
「おハナ‥‥おハナをカいませんか?」
 そんな少女に、二人の男が近づく。遊び人として名の通った二人組で、名を、秋介と弥二郎と言った。
「ほー、花売りか。ワシが買ってやろうか?」
 秋介の方が、少女に興味を持ったようだった。下卑た薄ら笑いを浮かべながら、少女を上から下まで観察する。幼いだけでなく、吹けば飛びそうなほどに細い体つきだったが‥‥秋介はむしろ、そんな少女の姿を気に入ったようで、ニヤニヤと微笑んだ。
 彼のその態度を見て、弥二郎が呆れたように言い放つ。
「秋介ェ、お前こんな棒っきれみたいなのがイイのか? ‥‥ついて行けねぇぜ」
「興味が無いなら、おめぇは付き合わんでもいい。イヤ、寧ろ邪魔じゃぁ。帰れ帰れ、へっへっへ」
 弥二郎に向けて手をヒラヒラと振って、追っ払うしぐさをする秋介。花を買おう、と秋介が言うと、少女は彼と共に路地裏へと消えていった。
 弥二郎は一人取り残されて、軽くため息をついた。秋介とは馬が合うが、あいつのああいうところだけは、どうにも理解できない。
 同じ遊び人で知られる二人だが、弥二郎は博打打ち、秋介は好色家という違いがあった。特に秋介の好みは‥‥ああいう背の低い痩せっぽちに偏っているようで。
(「なんつったか、最近じゃ、ああいうのを呼ぶのに‥‥囲炉裏子、じゃなくて‥‥ろり‥‥こ‥‥ああ、思い出せん」)
 突っかかった言葉を頭の中で混ぜっ返しながら、自分も帰路に着こうとする弥二郎。しかしそこでふと彼は、関係の無い別の事柄を思い出した。
(「そういえば、秋介に金を借りていたんだった」)
 先程、博打で負けが込んだときに、二千文ほど。そのあと、大勝ちして負け分を取り返して、逆に大儲けして‥‥だが二人揃ってあんまり興奮したせいで、金を借りたことはすっかり頭の中から消えてしまっていた。
 忘れない内に返しておくか。そう思って弥二郎は、路地裏に消えた秋介と少女を小走りで追いかけた。

 そして秋介に追いついて、ソレを目撃したのは、幸か不幸か。
 大通りの灯りが届かない、薄暗い路地の行き止まり。少女の手がそれまで触れていた秋介の体から離れると、秋介はガタガタと体を震わせ、ぱたりとその場に倒れた。その後は、ピクリとも動かない。現場を目撃してしまった弥二郎は、震える手で、頬を伝う冷や汗を拭った。
 少女は秋介の傍らで佇んでいた。その立ち姿には人形の様に生気が感じられず、虚ろな瞳は紅く、妖しく、暗闇に輝いていた。やがて弥二郎に気づくと、首を傾げて口を開く。
「‥‥オハナヲ、カイマセンカ?」
 あまりに無機質に放たれたその言葉に、弥二郎は薄ら寒いなにかを感じた。本能的に、この娘は人間では無いと思った。
「秋介に、何をした」
 やっと振り絞った言葉に、少女は、ゆらり、ゆらりと体を揺らして、再び無機質な言葉を返す。
「おはな‥‥おハナを、カイマセンカ?」
 周囲には、むせ返りそうなほどに甘い香りが漂っていた。頭がくらくらして、自分の体が少女に引きつけられるような気がした。あの少女に近づきたい、触れてみたいという欲求が、ちらと頭をよぎる。
(「ここに居ては、いかん!」)
 そう思った弥二郎はとっさに身を翻し、ふらつく足取りでその場から逃げ出した。少女は追ってこなかったが、背後で、ばりばりくちゃくちゃという、おぞましい行為の音が聞こえてきた。目を瞑って、道も憶えていないくらい、がむしゃらに走って逃げた。

 ‥‥秋介の姿を見たのは、その日が最後だった。少女の噂は、今も流れ続けている。

●依頼
 最初の行方不明者が出てから一月程たち、街に『花売りの少女』の噂が蔓延し始めた頃‥‥開拓者ギルドに弥二郎が現れた。
「花売りの少女を退治して欲しい」
 彼は自分が見たことのすべてを話し、秋介の仇を討って欲しいとも述べた。
「素人の当て推量だが‥‥アイツは間違いねぇ、アヤカシだ。秋介もたぶん、食われた」
 ろくでなしの遊び人同士の付き合いとはいえ、そこになんの情も無かった訳ではない。弥二郎は、秋介を置いて逃げたことを後悔していた。

 開拓者ギルドは、弥二郎の依頼を受諾した。弥二郎の話が本当であれば、依頼を受けぬ理由は無い。

 そして日は落ち、夜が来る。街にはぽつぽつと、灯りがともり始めていた。色町のとある街角で、花篭を下げた小さな少女が、道行く男達に声をかけていた。
「お花、お花‥‥お花を、買いませんか?」
 その甘い誘いに惑わされ‥‥今日もまた、浅ましい男達が、毒を食む。


■参加者一覧
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ


■リプレイ本文


●日は落ちて
 宵を迎え、俄然活気を増していく色町。そこは賑やかで華やかで、一見すればこの世の楽園にも見える。だが、その華麗な世界の裏には、常に残酷な一面が存在していることも、また事実。
「花売りの娘たちにとってこの世は苦界だろうね。『客を食う花売り』の噂が広がれば彼女たちが迫害されかねないな」
 さっさと片付けるとしようか‥‥花売り達を横目に歩きながら、千代田清顕(ia9802)はそう決心した。その後ろには、石動 神音(ib2662)と、十 宗軒(ib3472)が付いてきている。
 開拓者たちは、まずは花売りの少女を探すため、二手に別れて捜索を行っていた。こちらの三人組は、女衒二人に連れられた売られ娘という風体を装っている。
 ローブで武装を隠した娘役の神音は、なんとなくでしか知らなかった色町の風景を、おどおどした仕草も交えつつ見回していた。
(「なんでこんなところで、お花を売ってるんだろー」)
 花売り、という言葉に潜む裏の意味を、彼女は知らない。だがとにかく、相手が悪いアヤカシなら退治しなくちゃ! とは思っていた。開拓者としての正体を知られぬように演技しながら、花売りをする女の子がいないか、探している。
 そんな純粋な少女の後ろ姿を見ながら、宗軒も周囲に目を光らせていた。普段からあまり全うとは言えない仕事に手を出している彼のこと、神音とは逆にこういった場所は慣れた物だった。
「女衒の演技、やけにサマになってるじゃないか、宗軒さん」
 傾奇羽織に狐面を横被り、口には煙管をふかした清顕が、宗軒にそう言った。宗軒は眉一つ動かさず、静かに言葉を返す。
「女衒の振りも何も、私の場合は本業ですから」
 ふと服の隙間から、宗軒の肌に彫り込まれた椿の刺青がちらりと見えて、清顕はなるほどね、と肩をすくめた。

 『赤みがかった髪に、黒い瞳の、小さな花売り』‥‥その存在は、既に街の遊女や筋者の間では、噂だけのものではなくなっており、聞き込んでみれば少女を実際に目撃したことがある者も少なくなかった。
「割と賢しい子供でね。咎めたり、問い詰めたりしようとして近寄ると、すぐに察して人ごみに紛れるのさ」
 ある遊女は、その少女について、そう語った。そのあと、話を聞いていた清顕をじろりと見て、訝しむ視線を送る。
「‥‥アンタ、まさかあの子に興味があんのかい? 顔に似合わず好きモンだね」
「いや、小娘好きの客が多くてね。俺は乳臭い子供よりあんたみたいなのが好みだよ」
 飄々と返した清顕の言葉に、遊女はハイハイと手をひらひらさせつつ、まんざらでも無さそうな様子だった。
 ‥‥後ろでは神音が、そのやりとりをぽかんとした表情で見ている。
 一方の宗軒は少し離れたところで、何やら怪しげな男達と密談を交わしていた。
「‥‥そう言ったモノが居れば、そちらの商売にも障りが出るでしょう。ここは是非、こちらに任せて頂ければ。決して悪い様には致しません」
 話を聴き終わった男達は、宗軒に小さく耳打ちし、その場を去った。宗軒は清顕と神音を振り返り、言った。
「今日、通りの西側で彼女を見た人が居るようです」
 西側は、もう一班の担当だ。宗軒達は、東側から捜索を開始していた。
「珠樹おねーさん達が、さきに見つけちゃうかなー?」
「どうかな。ま、何かあれば、合図がくるさ」
 神音の言葉にそう返し、清顕が西の空を見やる。夜はまだ、始まったばかりだ。

●花売りの呼び声
(「いつの世も男は女で痛い目見るくせに、全く学ばないわよね‥‥」)
 色町にふさわしい優美な姿に扮した珠樹(ia8689)は、花売りの少女の話を思い返しながら、そんなことを考えていた。彼女にとっては、男達が騙されて食われていったという話も、自業自得でしかない。
 早く依頼を終わらせよう、と珠樹は聴覚に神経を集中する。シノビが持つ超越聴覚の技術は、雑踏の中でも正確に目的の音を聴き分ける。
 誘う女に、乗る男。聞こえてくる声はどれも似たようなものだが、目的の幼い声は、未だ見つからなかった。
 そんな珠樹の前で、アルティア・L・ナイン(ia1273)と東鬼 護刃(ib3264)が寄り添って歩いている。遊女に扮した護刃を、アルティアが連れ歩いている形だ。
(「軽くからかってみたくもあるが‥‥ま、別の機会じゃな」)
 護刃は、自分よりわずかに背の低いアルティアの横顔を眺めながら、そう思った。アルティアが、思うより落ち着き払ってのんびりと歩いている様をみて、そんな気持ちに駆られたのである。
「しかし、何で子供の姿なのやら。大人姿のほうがいい気がするけど‥‥理由があるのかな?」
 アルティアが、ふと自分の考えを口にする。護刃は、澄ました演技の顔のまま、声は小さく答えた。
「女子に憑いたか‥‥或いは人間の欲を元に、瘴気がそんな姿を取らせたか。まぁ、蓋を開けてみねばわかるまいがのう」
 辺りを見回せば、幼いとまでは行かなくとも、かなり若い遊女がちらほら見受けられる。護刃には、彼女達の顔は笑っていても、その裏には怨念じみた瘴気が隠れているように思えた。

 ‥‥お花を、買いませんか?

「‥‥!」
 一時間程、歩いたか。色町の雑踏の中、珠樹の耳が、一際か細く幼いその声を捉えた。声のした方向を向くと‥‥そこには、赤みがかった髪に黒い瞳の、幼い少女がいた。
「見つけたわ」
 珠樹がそうつぶやくと、アルティアと護刃も足を止め、ゆっくりと珠樹の視線を追った。初めて見た件の少女は確かに幼く肉付きも良くなかったが、なるほど端正な顔立ちを持ってはいた。その手の趣味がある男なら騙せないことも無いか、とアルティアは思った。
「‥‥のう、珠樹ぅ、わしはおぬしの笛が聴きたくなったのう」
「‥‥ああ、まかしとくれよ、護刃」
 護刃が遠まわしに合図を促すと、珠樹も芝居がかった態度で返して、笛を取り出す。通りの端で、笛を短く三度、吹いた。合図は、東側の清顕の耳に届くはずだ。
 幸いにして、未だ少女に客がついた様子は無い。三人はそのまま遠巻きに少女を監視しながら、仲間の合流を待った。

●張られた罠
 ‥‥

「お花‥‥お花を、買いませんか?」
 少女は、いつものように、花を買ってくれる男を探していた。自分に興味を持ってくれそうな‥‥自分を、買ってくれそうな男の人を。
「お嬢さん、お花を一つ頂けるかな?」
 だが、その日現れた銀髪の男は、いつもの客とは少し違っていると思った。何かちがう。なにか、余裕めいた‥‥
 それでも少女は、すぐにそのことを忘れ、手招きして彼を路地裏へと誘った。お花を買ってくれる人は‥‥かんたんにたべられる、おいしいひと。だから。

 ‥‥

 六人が合流した後、囮をかってでたアルティアが、少女と共に路地裏へと入っていくのを、他の五人もすぐに追跡する。シノビ四人に泰拳士という陣容は、身の軽さという意味で、尾行に最適な面子だ。そのまま頃合いを見て、一斉に少女を攻撃する手はずだった。
 あとは、話に聞いた少女の手口に、うまく対抗できるか。
 ‥‥周囲には、甘い香りが漂い始めていた。
「‥‥これは、恐らく媚薬の類ですね」
 宗軒はその香りを、冷静にそう分析した。男に正常な判断力を失わせる一助として、アヤカシが用いているのだろう。抵抗力の弱い一般人ならば、或いはそのまま少女に心を囚われてしまうかもしれない。
 だがその香毒が、尾行している五人にもたらした効果はせいぜい、身体が火照って感覚が鈍る程度の物だった。五人は少女から離れた位置で、しかも布で顔を覆って香りを防いでいた為、その効果も薄まっているようである。そもそも女性三人に対しては効果が無いらしく、彼女達はなんら体の異変を感じていなかった。
「アルティアおにーさんは、大丈夫かな‥‥?」
 ‥‥神音がアルティアと少女の背中を見やる。囮役のアルティアだけは、顔を隠しておらず、しかも少女の至近に居る。香毒の効果が、或いは強く現れるかもしれない。
「もし魅了か何かもらったら、首根っこつかんで後ろに下げるわ」
 珠樹が澄ました顔でそう言った。あとは引っぱたいてでも目を覚まさせてやればいい、と、そう考えていた。

 そして、少女が立ち止まって唐突に手を伸ばした時、アルティアの体は確かに一度、崩れ落ちたのである。

●食らう者
 充満する甘い香りの中、アルティアは気力で正気を保ったまま、少女の動きに注意を払っていた。少しひらけた場所で少女が立ち止まり、突然手が動いた。反応が一瞬遅れ、少女の尖った爪だけが、わずかに手を掠めた。ただ掠めただけである。
 刹那、体の力が、がくりと抜けた。
「おはな‥‥オハナヲ‥‥」
 うわ言の様に呟きながら、少女がアルティアに覆いかぶさってくる。
 媚薬の香で思考を惑わせ、爪に仕込んだ強力な痺れ毒で動きを封じ、食らう。それが少女の手口なのだとアルティアが悟ったとき、少女‥‥否、アヤカシはばっくりと口を開け、彼に食らいつこうとしてきた。

 ‥‥がその直前、後方から飛来した手裏剣が、アヤカシの胸元に突き刺さり、動きを止める。
「失礼。これ以上、面倒事は増えて欲しくないんですよ」
 宋軒と清顕が同時に、苦無と手裏剣を放っていたのだ。アヤカシが、突然の奇襲に驚き、身をよじる。
「アルティアおにーさん、今行くからねっ!」
 それと同時に、神音が飛び出し、蛇拳の動きで敵を突き飛ばし、隙を作った。
 そして珠樹と護刃が速駆けして近づき、アルティアをつかんで一度後ろへとさげる。
「危うく食われかけるとは、お主そういう趣味でもあるんかの?」
 用意した気付け薬をぱしゃりとアルティアの顔にかけ、護刃が思わずそんなことを口にする。
「そういうってどういう趣味だよ‥‥」
 囮役となった時点で、そういう目で見られるのではと薄々予感はしていたが、実際そんな風に言われると、彼としては少し哀しい。
 ‥‥気を取りなおして。
 顔の水気と、つんと鼻にくる酢の香とを振り払うように一度頭を揺らした後、アルティアはしっかり立ち上がった。そして、自分が身を呈して知ったアヤカシの手の内を、皆に告げる。
「爪に痺れ毒を仕込んでるようだ。みんな、奴の手先に気をつけて」
 一般人を次々捕らえた痺れ毒とはいえ、志体持ちには若干効きも悪くなるようである。身体に痺れが残ってはいるが、この程度なら十分戦えると、アルティアは剣を構えた。
「殴って正気にさせるつもりだったけど、大丈夫そうね。休んでるヒマはないわよ」
 アルティアが立ち上がったのを確認して、珠樹もアヤカシに向き直った。全員が、アヤカシに対して攻撃態勢を取る。

 比較的広い場所で交戦したのが幸いし、開拓者たちは数と速度の上での有利を、十分に生かして戦えた。男性陣には媚薬の影響が多少はあったものの、互いの連携はそれをよく補った。
「アヤカシの花なんてさっさと摘み取るに限るわね」
 手始めに珠樹が打剣の技を放ち、手裏剣をアヤカシの腿に深々と突き刺した。
「冥府魔道は東鬼が道じゃ。わしの炎が誘い弔ってやろう」
 護刃は火遁で炎を呼びだし、アヤカシを、手にする花篭ごと焼いた。清顕、宗軒も続けて苦無や手裏剣を投げ込む。
 後衛が次々攻撃を加える中、アルティアと神音が前に立って、アヤカシの攻撃を引き付けた。アヤカシは爪を振るい、毒を浴びせようとするが、泰拳士二人の素早い動きに翻弄され、それがままならない。
 しまいには焦れて、直接噛み付こうとさえしたが、それも殆ど躱され、無駄となった。
「いい子だから大人しくしてなよ」
 清顕の影縛りの術がアヤカシを捕え、動きを鈍らせる。ただでさえ開拓者達の速度に圧倒されていたアヤカシの不利が、それで決定的なものとなった。
「さっきのお返しだッ!」
 アルティアが、二刀で空気撃を叩き込み、アヤカシを転倒させる。
「これで、終わりですっ!」
 最後に神音が止めの一突きを繰り出し‥‥アヤカシの動きが、止まった。
 終わってみれば、あっけないと言えるほどの圧勝だった。
 致命傷を受けたアヤカシは、尚『おはなをかいませんか』と小さく呟き‥‥そして跡形もなく消えた。

●花は散って
 色町の入り口で開拓者たちを待っていた依頼人の弥二郎は、アヤカシを討ったことを聞かされると、開拓者達に礼を述べた。
「‥‥以前にも、アレによく似た娘が花売りをしてたことがあったそうだ。そっちは正真正銘の人間で、散々働かされた末に酷い死に方をしたらしいが‥‥もしかしたらソイツの怨念が瘴気になって、アヤカシになったのかもしれんな」
 弥二郎は、待っている間に調べた話を、開拓者達に聞かせた。
 その話は唯の推測に過ぎないが、宗軒は、もしそれが真実でもおかしくは無いと思っていた。
 消える間際にあのアヤカシが見せた顔は、女衒の仕事にも関わる彼が、よく見る類のものに近かったのだ。寂しげな、何処か救いを求めるような瞳。
(「なにせ、そう‥‥私の場合は、本業、ですから」)
 しかし、そんなことを持ち出してまで真相を確かめても、もはや意味はない。宗軒は口を開くこと無く、色町の方に視線をやった。

 話が一段落したのを見て、神音はずっと気になっていたことを弥二郎に聞いてみた。
「ところで花売りさんたちは、なんでこんなとこでお花を売ってるんですかー?」
『花売り』の言葉の持つ裏の意味を、彼女は知らなかったようだ。色町の花売りたちを遠目に見ながら、純粋な問いを投げかける。
 弥二郎は一度言葉に詰まったものの仕方なく、神音に『花売り』の意味を、耳打ちして教えた。話を聞くにつれ、無垢な少女の顔がみるみる赤く染まっていく。
「う〜、たまにセンセーがお花を買って帰ってくるけどもしかしてー!」
 帰ったらとっちめてやるー! と唸る神音を見て、周囲は苦笑する。
 女は恐し。それが子供であれば、時になお恐しいこともあり。開拓者達と弥二郎は、見知らぬ『センセー』に同情した。

「さて、と。仕事も終わったし、俺達は街で遊んで帰るとするよ」
 依頼も一通り終わり、清顕とアルティアはそのまま夜の街に消えようとしていた。アヤカシと分かっていても子供の姿の敵を相手にしたのは、余り後味の良いモノではない。それで男ふたり、気晴らしに一遊びしていこうか、ということになったのだ。
「悪い女にひっかからんようにな」
 と、からかう護刃。
「‥‥はは、気をつけるよ」
 アルティアがその言葉に苦笑いして、彼と清顕は去っていく。
 見送る護刃の隣で珠樹が、はぁ、と溜息をついた。こんな事件の後だというのに、男というのは懲りないもので‥‥
(「ホント、学ばないわね」)
 夜も深まってなお、色町の方からは、女たちの花売る声が聞こえてくる。
 男たちもまた、それに応えて花を買う。懲りること無く、何度でも。
 それが、男の性だから。
 ‥‥どうしようもないか、と珠樹は考えるのをやめ、彼女もまた、帰路についた。