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■オープニング本文 ●鼠軍、猛進す 広い草原の、その地平線の向こうでちらりと影が動き、黒い塊が現れる。その姿を確認して、見習い泰拳士の少女、谷上ウズラは、左の掌に右の拳をパンと叩きつけ、気合を入れた。 師から言いつけられた、開拓者になるための試練。内容は、今、眼前に迫るアヤカシを退治してこいという単純なモノだ。 (「どんなアヤカシが来たって平気さ。私ならやれる、大丈夫だ」) 立派な開拓者となるために、日々これ精進と鍛錬を重ねてきた。そのおかげで、ウズラは13歳という年齢から考えればそこそこ優秀とも言える実力を、蓄えつつあった。 豆粒の様に小さかった黒い塊が、こちらに気づいたのか、近づいてくる。ウズラは目を見開いて、その姿を捉えようとした。 ‥‥黒い塊は、小さな粒が何やらわらわらと、うごめいている様に見えた。それが一個の生命体ではなく、複数のアヤカシからなる群れであることは、すぐに検討がついた。 (「敵は複数!? それも、かなり多い‥‥」) 焦るな。大丈夫だ。多勢を相手にする為の体捌きも、しかと修めたではないか。師匠がお前ならやれると言ってくれた。ここで逃げるわけには、いかない! 片っ端から鉄拳をくれてやる。ウズラは自分の頬をぴしゃりと叩いて気合を入れ、アヤカシに向き直って構えを取った。 「いざ!」 今やアヤカシ‥‥の群れは、その一匹一匹が肉眼で確認できるほどに接近していた。敵の正体をいち早く見極めんと、ウズラはさらに目を凝らす。 「‥‥‥‥って」 四足で歩行している。毛むくじゃらだ。灰色の、獣。尻尾は長くて、人間の出っ歯みたいに突き出た前歯‥‥あれは。 「ぎゃーっ、ネズミーッ!?」 その正体は、犬ほどもある大ネズミの群れだった。それも半端な数ではない。数十匹はいる。 わらわら。わらわら。わらわら‥‥と、隊列を作るかのように固まって、こちらに向けて突進してくる。 「いぃやぁーっ! 来ないでェーーーーッ!」 ‥‥それまでの気概を全否定するかのように、ウズラは身を翻して駈け出した。その姿はまるで、鶉ならぬ脱兎。 逃げたのは、たった一つの単純な理由からだ。ウズラはネズミが怖かった。それこそ、直視することもできないくらいに。 ●そんな師弟関係 「あっはっは。やっぱり逃げ帰ってしまいましたか」 ウズラの師匠は、全力で走って帰ってきたウズラの姿を一目見て、状況を悟った。だが師匠は怒る様子もなく、穏やかな態度で、むしろ楽しむ様にそう言った。 「先生! 私がネズミ嫌いなの知ってて、黙ってたでしょう!」 「ああ、そうですとも。だが、だからどう、ということも無い。開拓者ともあろう者が、アヤカシが苦手な動物に似ているから怖気づくなどと、許されぬことでしょう、ウズラ?」 師匠の言葉に、ウッ、とウズラが押し黙った。確かに正論だがd‥。 「‥‥私、ネズミだけは本当に駄目なんですよ! しかも、あんなに沢山‥‥数えきれない位いっぱいいたんですからっ! だから、えと、ホラ、今回は私、チョットお休みしたいなって‥‥」 そんなことをのたまうウズラを、師匠は当然よしとせず、静かに首を振った。 「なりませんよ、ウズラ。これは貴方への課題だ、逃げることは認めない。もう一度行ってきなさい。そう、泣きながら天敵のネズミを打ち倒す貴方の凛々しい姿を、ぜひ私に見せて頂きたい!」 優しく微笑んでそう言い放つ師匠。ウズラは軽く絶望した。 「うわぁーん、先生の鬼ーっ!」 半泣きになりながら、部屋の外へと出て行くウズラを、師匠の方は穏やかな表情のまま見送った。 ‥‥まあ、あれで芯の強い子だから、たぶん気持ちが折れたりはしていないだろう。そうは思うが、問題はあった。 「数えきれない位か‥‥これは想定外でした。聞いた話では二、三匹だけのハズでしたが。ネズミだけに、一匹見たら二十匹は‥‥ってトコロか。はは、そんなのに囲まれたら正直、私でも逃げますなァ」 一人で喋って、一人でハハハと笑う師匠。こんな独り言は、ウズラには聞かせられないなぁ、などと思いながら。 (「‥‥今回は、特別ということにして助けてあげようか。甘やかさない程度に」) 師匠‥‥いや、泰拳士・三剣鳩座は開拓者ギルドへと足を向けた。 そうして、目についた活きの良さそうな開拓者達に、端から声をかけていく。 「やぁ、あなた方は開拓者ですかな? 依頼の話があるのですが、どうです? いやァなに、簡単なお仕事ですとも‥‥」 ●羽ばたく為に 一方、部屋を出たウズラは、庭の真ん中でただ一人、特訓を行っていた。 「ネズミなんて怖くないっ。ネズミなんて、怖くないっ‥‥」 ウズラは泣きながら、ネズミの絵を貼りつけた巻藁に正拳を叩き込‥‥いや、叩き込もうとして、結局足踏みして、手を止めていた。自分の描いた下手くそなネズミですら、怖い様である。 子供の頃、ネズミに噛まれたことがきっかけで高熱を出して以来、本能的にネズミを恐怖し、嫌悪している。姿を見るだけでも気持ち悪い。ましてあのチョロチョロと動く姿を見れば、すぐさまその場から逃げ出すのが、彼女の習性となっていた。 (「でも‥‥乗り越えなきゃいけない、気がする」) どうやら自分は、ネズミと戦わなければならない星の元に生まれてしまったようだ、とウズラは腹をくくった。意を決して再び、ネズミを模した標的に向かって構え‥‥ かま‥‥え‥‥ 「うう、やっぱムリーッ!」 ‥‥再び逃げ出した。克服には、今ひとつのきっかけが必要そうである。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
慧(ia6088)
20歳・男・シ
アルフィール・レイオス(ib0136)
23歳・女・騎
鳴神・裁(ib0153)
13歳・女・泰
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
十 宗軒(ib3472)
48歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●八人と一人 アヤカシの大群を討つため集まった八人の開拓者達は、事情を説明された後、修行として同行するという見習い泰拳士、谷上ウズラを紹介された。 ウズラと共にアヤカシを討つことには誰も依存が無かったが、彼女に対する反応は人それぞれであった。 「こいつのことをどう思う? ウズラ殿。やはり怖い、か?」 手近な森で捕まえてきたリスを突き出しながら、シノビの慧(ia6088)がウズラに問う。対するウズラは、一生懸命触ってみようとはするものの、かなりの及び腰である。 「えと、怖いっていうか、その、本物を連想しちゃうというか‥‥すみません、やっぱり、怖い、です」 くるくると辺りを見回していたリスと視線が合って、ウズラが一歩後ずさる。やはり、恐怖の根は深いようだ。 だが、僅かでも触れ合うなり見るなりしておけば、ネズミも少しはマシに見えるやもしれないと、慧は根気よく、ウズラをリスに慣れさせた。 特訓するウズラを後ろから、ノルティア(ib0983)ら同年代の少女達が励ます。 「ふみ‥‥ネズミ嫌い。克服、できる‥‥と、良いね」 「誰にだって苦手ものはある‥‥とはいえ、そうも言ってらんないのが開拓者稼業の辛いところだねー」 ノルティアに続いてそういった鳴神・裁(ib0153)も、所謂『台所の黒い悪魔』は大嫌いである。それだけに、ウズラには共感するものが有るようだ。 「鼠の絵を描いたそうアルな? それなら安心ネ。ウズラの心は、鼠に完全には屈していないアル」 藍 玉星(ib1488)は、苦手なものと戦おうとしたウズラを見込んだようだった。彼女の側で戦い、勇気を与えてやりたいと‥‥玉星は既に、そう心に決めていた。 石動 神音(ib2662)も、彼女のトラウマを治してやるには、どうしたらいいだろうかと考えこんでいた。 (「なんとか、してあげたいな‥‥」) 同じ泰拳士で、歳も近いだけに、なおさら助けてやりたいという気持ちが募る。自分にそれができるかはわからないが‥‥出来る限りのフォローをするつもりだった。 「アヤカシの群れを退治、だけが依頼内容なら単純だったんだがな」 ウズラを取り巻く開拓者達を遠巻きに見ながら、騎士であるアルフィール・レイオス(ib0136)が、そう呟いた。 「まぁ、嫌いな物の一つや二つ、誰だって有りますよ」 十 宗軒(ib3472)が、アルフィールの言葉をフォローする。一見、人生経験豊富に見える神威人にも、なにやら、思い当たるフシがあるらしい。 「‥‥苦手意識か。とても『人間らしい』感情だよ。自分以外の何かが怖いなんて言える人間が心底、羨ましい」 そのやりとりに、自嘲気味に言葉を挟むのは巴 渓(ia1334)だ。彼女は、数多の戦いで少なからぬ業罪を背負った自分と、目の前の無垢な拳士とを比べ見ていた。 (「だが仕方ない。可愛い後輩たちの為に、惰弱さは見せられんか」) 渓はそう思い直して、拳をぐっと握りしめた。自分は、己の戦う姿を、ウズラの魂に刻みつけるまで、である。 ●会敵 兎にも角にも、現れたアヤカシを討つ為、開拓者達はウズラと共に、件の草原へとやってきた。 まずは敵の正確な情報を知るのが良し、と、慧と宗軒が先行して偵察に出る。 「居たぞ‥‥向こうだ‥‥」 慧が足音を聞きつけ、遠目にネズミ型アヤカシの群れを発見した。 「確かに、この数では苦手でなくても逃げ出したくなりますね‥‥」 次いで、素早くその数を確認した宗軒が、そう呟いた。正確にはわからないが、全部で七、八十匹という所だろう。慧と宗軒は手早く周囲の地形を確認し、アヤカシの群れを迎え撃てる場所へ、味方を誘導した。 アヤカシのおおよその数を聞かされたウズラは、すぐに逃げ出したりはしなかったが、その表情に恐怖をあらわにしていた。 再び苦手な敵を前にして怯えているウズラの背中を優しく叩き、ノルティアが声をかける。 「考えて‥‥見て。あなた、が。あの子達‥‥に、劣ってるところ、あるかな? 素早さ、も。賢さも。器用さ、も。言語能力‥‥も、うずらさんのが。上。思う」 ゆっくりと言葉を紡いで、ノルティアはウズラを励ました。最後にほんの少し力強く、言葉を結ぶ。 「‥‥あなた、は。負けない。保障、する」 「‥‥う、うん、が、がんばるっ」 ‥‥多分。と、思わずノルティアは心の中で言葉を付け足したが、口には出さなかった。 返事をしたウズラが、震えながらも懸命に、アヤカシの群れを睨みつけていたから。 獲物を発見し、突撃を仕掛けてきたアヤカシに対して、開拓者達はウズラを中心に陣形を組んだ。 ウズラの周りには裁、玉星、神音がついて彼女を援護する。その四人の円陣から、少し前に慧、ノルティア、宗軒。そして最前線には、渓とアルフィールが立った。 あくまでも、ウズラが少しずつ苦手な敵に向き合えるように。そんな配慮から来た布陣である。 「ん、俺が唯一できることは‥‥数を減らすこと、だな」 先頭に立つアルフィールは迫り来るネズミの大群を見据え、剣を構える。 (「このアヤカシ達は、恐れるほどのものではない、と‥‥」) その想いを映しだすようにアルフィールは勢いよく踏み出し、敵陣に切り込んでいった。振り下ろした剣が、最初の一匹を真っ二つに両断する。彼女は、あえて『魅せる』戦いを演じることにした。無理はできないが、それで僅かにでもウズラへの激励となれば御の字であろう。 同じように、渓も瞬脚を用いて突撃し、遊撃の態勢を取った。群れで開拓者達を囲みこもうとするアヤカシの動きを見切り、縦横無尽に突っ切って、隊列を分断していく。 渓は敵にトドメは刺さずに、弱らせたまま後列へ回していった。ウズラが自らの手で試練を乗り越える、助けとなるように‥‥そんな、陰ながらの配慮である。 隊列を乱されたまま、なおも向かい来るアヤカシの群れを、次いでノルティアが迎え撃った。 「‥‥ん、ちぇすと」 小柄な身体にはやや不釣合いにも見える長槍を、低い構えから跳ね上げ、なぎ払う。その大振りに巻き込まれたネズミが数匹、飛沫のように吹っ飛んで行った。 「敵、いっぱい‥‥いる、から。孤立‥‥しない、よう。気、つけて」 後方のウズラを振り返り、そう呼びかける。今のところはまだ大丈夫だが、ネズミの群れは徐々に開拓者達を包囲しつつあった。 慧もまた、少しでも敵の数を減らすために、素早い身の上を最大限に活かす。水遁の術から続け様に、手裏剣を放つ。 「貴様らの黄泉路はこっちだ‥‥」 それでも討ち漏らした敵を、抜き打つ刀で仕留めていく。 「本命はこっちだ‥‥っ!」 アヤカシは次から次へと襲ってきたが、慧の対応は迅速だった。すでに敵味方が入り乱れつつ有る戦況で、味方同士の距離を確認しつつ、連携をつないでいく。 宗軒は手近な敵から短刀で切り伏せつつ、ウズラをちらと見たが、彼女は足を止めたままだった。彼女が一緒に立ち向かってくれれば言うことは無い、と思っていたが‥‥ (「こればかりは本人次第ですからね‥‥」) もう少し助けてやる必要があるかと、宗軒はウズラ達との距離を縮めた。 ●差し伸べる手 既に戦況は乱戦の様相を呈していた。アヤカシ達は味方の屍を踏み越えるが如く開拓者達を包囲し、群がり続けた。 「ボクは風。あなたに風を捉えられる?」 そう言った裁が、敵の攻撃をかわしつつ反撃を叩き込むが、休むまもなく、別のアヤカシが襲いかかってくる。 裁、玉星、神音の三人はウズラを守りつつも、わずかずつ敵を回しながら戦っていた。徐々にでも、ウズラが慣れていけるように‥‥と。 「大丈夫だよ、ウズラちゃん。神音達が守るから、ねっ?」 「う‥‥あっ‥‥」 神音が戦闘の合間にもウズラを励ますが、肝心のウズラは、尚もネズミへの恐れを払拭できずにいた。むしろ周りの戦況を把握しきれず、パニックを起こしかけている。彼女に多対多の戦闘経験が無かったことも、災いした。 「危ないアルっ!」 無防備なウズラに飛びかかったネズミの一匹を、玉星がとっさに殴り飛ばす。ウズラのごく近くで戦っているから守れているものの、この状況でそれをずっと続けられるかは、怪しい。 (「ウズラは怯えるだけじゃなく、戦おうとしてるアル‥‥」) だが玉星は、苦手な相手に自ら立ち向かおうとしていたウズラの、勇気を信じていた。無理強いはできないが、きっと、少しのきっかけで克服できるはず‥‥玉星は、そう思っている。 ウズラは、震える身体でなんとか構えを作ろうとしていた。だが、身体に染み付いた恐怖がそれを邪魔して、どうしても逃げ腰になってしまう。 恐怖心からか、それとも自分が情けないのか、ウズラは今にも泣き出しそうに身体を震わせた。 そんなウズラを、ふと、裁の腕が優しく包みこんだ。 ‥‥ぎゅっ。 「あっ‥‥」 「大丈夫、大丈夫だから」 戦場のど真ん中で、裁はウズラを抱きしめていた。もしウズラがパニックを起こしたらと、予め皆で決めていた方法だったが、当然ウズラ本人には予想外の出来事で、目を丸くしている。 「ボクたちがついてるから、ね」 抱きしめながら、裁がウズラに囁く。その言葉を聞いたウズラの震えが、少しずつ納まっていくのを、裁は感じた。ウズラが落ち着いたのを確認して、裁は手を放す。 「ゆっくりでいいから、慣らしていこ」 ウズラはそう言われて、小さく頷く。 すぐ近くでは、玉星と神音が戦っていた。二人は、裁がウズラをなだめている間は必ず護り通すと、そう決めていたのだ。 群がるアヤカシを打ち倒しながら、神音がウズラに呼びかける。 「ウズラちゃん、怖いものがあっても恥ずかしくなんかないんだよ。本当に恥ずかしいことがあるとしたら、きょーふに負けることだって神音は思う」 神音は、多少の傷はものともせずに戦い続けていた。ウズラが恐怖に打ち勝つまで、なんとしても守りぬくと、心に決めていたからだ。 「神音はウズラちゃんがその足を前に踏み出せるって信じてるから!」 「信じて‥‥」 「そう、信じてるアルよ、ウズラ。『ネズミなんて、怖くない』ネ!」 玉星も、神音に続いて言葉をかける。 「ネズミなんて、こわくない‥‥」 先刻自分に言い聞かせていた言葉を、再びウズラは呟いた。ほんの少し、冷静になって、戦場を見渡す。 「だいじょぶ‥‥みんな、いる。から」 裁達の少し前で戦っていたノルティアも、ウズラに呼びかける。 「怖がって逃げてばかりでは、鼠たちを調子付かせるだけです。 ここは一つ、積年の恨みを奴らにぶつけてみませんか?」 「ウズラ殿‥‥期待している、ぞ?」 宗軒は穏やかに。慧はちょっと不器用に。それぞれウズラを励ました。 最前線ではアルフィールが、ネズミの群れを挑発するように、目立つ動きを取って攻撃をひきつける。 「お前達の相手は俺だ、来い‥‥!」 群がる敵に対し果敢に戦い続ける姿が、自分なりの鼓舞なのだと、彼女はその剣を以て示し続けた。 その場にいた誰もが、形は違えどウズラに手を差し伸べていた。その事実に気づいたウズラは‥‥何かを悟って、顔を上げた。 (「みんなが、いてくれるから‥‥」) 呼吸を整え、正拳を握る。 それまで言葉少なだった渓が、ウズラに言った。 「ウズラ‥‥おまじないを教えてやる。戦う覚悟が決まったら、叫べ」 それは渓の決意。名もなき人々を守る為、世を覆う闇を吹き飛ばす‥‥戦う嵐になると決めた渓の、決意の言葉。 「『変身』だ‥‥ウズラ、恐怖を吹き飛ばせ、風の様に。 変‥‥っ、身っ!!」 渓は声高にそう叫び、一層その拳の激しさを増す。 ウズラには、渓の言葉の深意までは解らなかったが、それでも最も重要なことは理解できた。それは即ち、勇気を出して変わるということ。 「へっ‥‥へん、しんっ!」 意を決し、裏返った声で叫んだウズラは、手近なネズミに向かって駆け出す。 「やぁぁぁーっ!」 ‥‥繰り出した鉄拳は、襲いかかるネズミの喉元を、確かに捉えた。倒れたアヤカシが、瘴気戻って消えていく。 「やった! その調子、その調子!」 そんなウズラを見て、裁を始め周囲は、皆一様に表情を明るくした。 開拓者達は、たどたどしくも戦い始めたウズラと共に、ネズミ型アヤカシの群れに対して猛反撃を仕掛けた。もう彼女を、雛鳥の様に助けてやる必要はない。 アルフィールと慧が突撃することで、アヤカシの連携が乱される。散り散りになった敵をノルティア、宗軒、慧が各個撃破し、それでも残った敵は、裁、玉星、神音、そしてウズラの四人が掃討していった。 アヤカシは次々に数を減らし、気づけば、残りは数匹というところまでこぎつけた。 そこで開拓者達はあえて動きを止め、ウズラに前に出るよう、促す。 「元々は、こういう試験だったのでしょう?」 戸惑うウズラに、宗軒がそう告げる。最後は自らの手で、ケリをつけなさい、と。 「私も似た様な理由で蜘蛛が嫌いでして。つい肩入れしたくなりました」 そう言って苦笑いする宗軒に、ウズラは一礼し、前に歩み出た。 最後に残った数匹のアヤカシ達は、それでもなお、獰猛に襲いかかってくる。 そして、ウズラもまた、一歩も退くことなくアヤカシに飛びかかった。 ‥‥ ●一人じゃないから 依頼から帰ったウズラは、晴れ晴れとした顔で、師匠の三剣鳩座に対して言った。 「先生、私‥‥分かりました。私たち開拓者は一人じゃないから、勇気を出してアヤカシに立ち向かえるんだって。 それを教える為に全部計算して、今回の試験を出したんでしょ?」 問われて鳩座は、あわてて言葉を返す。 「あ? あ、ああ、そう! そうですよ、ウズラ。よくぞ気づきましたね!」 敵が大群だったのは唯の調査ミス、とは口が裂けても言えまい。 だが、ウズラが弱点の克服以上の成果を得たようだと知り、鳩座は嬉しく思った。 『一人じゃないから、勇気を出して戦える』。 それを学べたウズラが一人前の開拓者となる日も、遠くはあるまい。 そう考えて鳩座は、彼女を導いた開拓者達の強さと優しさに、心から感謝した。 「あ、ウズラちゃん、いた。こっちこっちー!」 遠くから声がかかり、ウズラに駆け寄ってくる。神音や裁が、ウズラを呼びに来たのだ。 すっかり友達として打ち解けたらしいウズラも、返事をして二人の方へと走っていく。 「うん、今いくよっ!」 ウズラが呼ばれた先では、今回の依頼に同行した開拓者達が勢揃いしていた。彼らが囲んだ卓の上には、沢山の料理が並べられている。 玉星が開口一番に言った。 「今日はウズラの門出を祝して、ご馳走するアルよ!」 どうやら、これからウズラの弱点克服を祝した宴会が始まるようだ。玉星が自ら作った大量の料理を、次々とウズラに差し出している。ウズラは苦笑いしながらも、うれしそうにその料理を受け取った。 ‥‥今夜はウズラにとって、賑やかな門出となりそうだった。 |