鉄拳ムスメと軍隊ネズミ
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/29 15:07



■オープニング本文

●鼠軍、猛進す
 広い草原の、その地平線の向こうでちらりと影が動き、黒い塊が現れる。その姿を確認して、見習い泰拳士の少女、谷上ウズラは、左の掌に右の拳をパンと叩きつけ、気合を入れた。
 師から言いつけられた、開拓者になるための試練。内容は、今、眼前に迫るアヤカシを退治してこいという単純なモノだ。
(「どんなアヤカシが来たって平気さ。私ならやれる、大丈夫だ」)
 立派な開拓者となるために、日々これ精進と鍛錬を重ねてきた。そのおかげで、ウズラは13歳という年齢から考えればそこそこ優秀とも言える実力を、蓄えつつあった。
 豆粒の様に小さかった黒い塊が、こちらに気づいたのか、近づいてくる。ウズラは目を見開いて、その姿を捉えようとした。
 ‥‥黒い塊は、小さな粒が何やらわらわらと、うごめいている様に見えた。それが一個の生命体ではなく、複数のアヤカシからなる群れであることは、すぐに検討がついた。
(「敵は複数!? それも、かなり多い‥‥」)
 焦るな。大丈夫だ。多勢を相手にする為の体捌きも、しかと修めたではないか。師匠がお前ならやれると言ってくれた。ここで逃げるわけには、いかない!
 片っ端から鉄拳をくれてやる。ウズラは自分の頬をぴしゃりと叩いて気合を入れ、アヤカシに向き直って構えを取った。
「いざ!」
 今やアヤカシ‥‥の群れは、その一匹一匹が肉眼で確認できるほどに接近していた。敵の正体をいち早く見極めんと、ウズラはさらに目を凝らす。
「‥‥‥‥って」
 四足で歩行している。毛むくじゃらだ。灰色の、獣。尻尾は長くて、人間の出っ歯みたいに突き出た前歯‥‥あれは。
「ぎゃーっ、ネズミーッ!?」
 その正体は、犬ほどもある大ネズミの群れだった。それも半端な数ではない。数十匹はいる。
 わらわら。わらわら。わらわら‥‥と、隊列を作るかのように固まって、こちらに向けて突進してくる。
「いぃやぁーっ! 来ないでェーーーーッ!」
 ‥‥それまでの気概を全否定するかのように、ウズラは身を翻して駈け出した。その姿はまるで、鶉ならぬ脱兎。
 逃げたのは、たった一つの単純な理由からだ。ウズラはネズミが怖かった。それこそ、直視することもできないくらいに。

●そんな師弟関係
「あっはっは。やっぱり逃げ帰ってしまいましたか」
 ウズラの師匠は、全力で走って帰ってきたウズラの姿を一目見て、状況を悟った。だが師匠は怒る様子もなく、穏やかな態度で、むしろ楽しむ様にそう言った。
「先生! 私がネズミ嫌いなの知ってて、黙ってたでしょう!」
「ああ、そうですとも。だが、だからどう、ということも無い。開拓者ともあろう者が、アヤカシが苦手な動物に似ているから怖気づくなどと、許されぬことでしょう、ウズラ?」
 師匠の言葉に、ウッ、とウズラが押し黙った。確かに正論だがd‥。
「‥‥私、ネズミだけは本当に駄目なんですよ! しかも、あんなに沢山‥‥数えきれない位いっぱいいたんですからっ! だから、えと、ホラ、今回は私、チョットお休みしたいなって‥‥」
 そんなことをのたまうウズラを、師匠は当然よしとせず、静かに首を振った。
「なりませんよ、ウズラ。これは貴方への課題だ、逃げることは認めない。もう一度行ってきなさい。そう、泣きながら天敵のネズミを打ち倒す貴方の凛々しい姿を、ぜひ私に見せて頂きたい!」
 優しく微笑んでそう言い放つ師匠。ウズラは軽く絶望した。
「うわぁーん、先生の鬼ーっ!」

 半泣きになりながら、部屋の外へと出て行くウズラを、師匠の方は穏やかな表情のまま見送った。
 ‥‥まあ、あれで芯の強い子だから、たぶん気持ちが折れたりはしていないだろう。そうは思うが、問題はあった。
「数えきれない位か‥‥これは想定外でした。聞いた話では二、三匹だけのハズでしたが。ネズミだけに、一匹見たら二十匹は‥‥ってトコロか。はは、そんなのに囲まれたら正直、私でも逃げますなァ」
 一人で喋って、一人でハハハと笑う師匠。こんな独り言は、ウズラには聞かせられないなぁ、などと思いながら。
(「‥‥今回は、特別ということにして助けてあげようか。甘やかさない程度に」)
 師匠‥‥いや、泰拳士・三剣鳩座は開拓者ギルドへと足を向けた。
 そうして、目についた活きの良さそうな開拓者達に、端から声をかけていく。
「やぁ、あなた方は開拓者ですかな? 依頼の話があるのですが、どうです? いやァなに、簡単なお仕事ですとも‥‥」

●羽ばたく為に
 一方、部屋を出たウズラは、庭の真ん中でただ一人、特訓を行っていた。
「ネズミなんて怖くないっ。ネズミなんて、怖くないっ‥‥」
 ウズラは泣きながら、ネズミの絵を貼りつけた巻藁に正拳を叩き込‥‥いや、叩き込もうとして、結局足踏みして、手を止めていた。自分の描いた下手くそなネズミですら、怖い様である。
 子供の頃、ネズミに噛まれたことがきっかけで高熱を出して以来、本能的にネズミを恐怖し、嫌悪している。姿を見るだけでも気持ち悪い。ましてあのチョロチョロと動く姿を見れば、すぐさまその場から逃げ出すのが、彼女の習性となっていた。
(「でも‥‥乗り越えなきゃいけない、気がする」)
 どうやら自分は、ネズミと戦わなければならない星の元に生まれてしまったようだ、とウズラは腹をくくった。意を決して再び、ネズミを模した標的に向かって構え‥‥
 かま‥‥え‥‥
「うう、やっぱムリーッ!」
 ‥‥再び逃げ出した。克服には、今ひとつのきっかけが必要そうである。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
慧(ia6088
20歳・男・シ
アルフィール・レイオス(ib0136
23歳・女・騎
鳴神・裁(ib0153
13歳・女・泰
ノルティア(ib0983
10歳・女・騎
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ


■リプレイ本文

●八人と一人
 アヤカシの大群を討つため集まった八人の開拓者達は、事情を説明された後、修行として同行するという見習い泰拳士、谷上ウズラを紹介された。
 ウズラと共にアヤカシを討つことには誰も依存が無かったが、彼女に対する反応は人それぞれであった。

「こいつのことをどう思う? ウズラ殿。やはり怖い、か?」
 手近な森で捕まえてきたリスを突き出しながら、シノビの慧(ia6088)がウズラに問う。対するウズラは、一生懸命触ってみようとはするものの、かなりの及び腰である。
「えと、怖いっていうか、その、本物を連想しちゃうというか‥‥すみません、やっぱり、怖い、です」
 くるくると辺りを見回していたリスと視線が合って、ウズラが一歩後ずさる。やはり、恐怖の根は深いようだ。
 だが、僅かでも触れ合うなり見るなりしておけば、ネズミも少しはマシに見えるやもしれないと、慧は根気よく、ウズラをリスに慣れさせた。

 特訓するウズラを後ろから、ノルティア(ib0983)ら同年代の少女達が励ます。
「ふみ‥‥ネズミ嫌い。克服、できる‥‥と、良いね」
「誰にだって苦手ものはある‥‥とはいえ、そうも言ってらんないのが開拓者稼業の辛いところだねー」
 ノルティアに続いてそういった鳴神・裁(ib0153)も、所謂『台所の黒い悪魔』は大嫌いである。それだけに、ウズラには共感するものが有るようだ。
「鼠の絵を描いたそうアルな? それなら安心ネ。ウズラの心は、鼠に完全には屈していないアル」
 藍 玉星(ib1488)は、苦手なものと戦おうとしたウズラを見込んだようだった。彼女の側で戦い、勇気を与えてやりたいと‥‥玉星は既に、そう心に決めていた。
 石動 神音(ib2662)も、彼女のトラウマを治してやるには、どうしたらいいだろうかと考えこんでいた。
(「なんとか、してあげたいな‥‥」)
 同じ泰拳士で、歳も近いだけに、なおさら助けてやりたいという気持ちが募る。自分にそれができるかはわからないが‥‥出来る限りのフォローをするつもりだった。

「アヤカシの群れを退治、だけが依頼内容なら単純だったんだがな」
 ウズラを取り巻く開拓者達を遠巻きに見ながら、騎士であるアルフィール・レイオス(ib0136)が、そう呟いた。
「まぁ、嫌いな物の一つや二つ、誰だって有りますよ」
 十 宗軒(ib3472)が、アルフィールの言葉をフォローする。一見、人生経験豊富に見える神威人にも、なにやら、思い当たるフシがあるらしい。
「‥‥苦手意識か。とても『人間らしい』感情だよ。自分以外の何かが怖いなんて言える人間が心底、羨ましい」
 そのやりとりに、自嘲気味に言葉を挟むのは巴 渓(ia1334)だ。彼女は、数多の戦いで少なからぬ業罪を背負った自分と、目の前の無垢な拳士とを比べ見ていた。
(「だが仕方ない。可愛い後輩たちの為に、惰弱さは見せられんか」)
 渓はそう思い直して、拳をぐっと握りしめた。自分は、己の戦う姿を、ウズラの魂に刻みつけるまで、である。

●会敵
 兎にも角にも、現れたアヤカシを討つ為、開拓者達はウズラと共に、件の草原へとやってきた。
 まずは敵の正確な情報を知るのが良し、と、慧と宗軒が先行して偵察に出る。
「居たぞ‥‥向こうだ‥‥」
 慧が足音を聞きつけ、遠目にネズミ型アヤカシの群れを発見した。
「確かに、この数では苦手でなくても逃げ出したくなりますね‥‥」
 次いで、素早くその数を確認した宗軒が、そう呟いた。正確にはわからないが、全部で七、八十匹という所だろう。慧と宗軒は手早く周囲の地形を確認し、アヤカシの群れを迎え撃てる場所へ、味方を誘導した。

 アヤカシのおおよその数を聞かされたウズラは、すぐに逃げ出したりはしなかったが、その表情に恐怖をあらわにしていた。
 再び苦手な敵を前にして怯えているウズラの背中を優しく叩き、ノルティアが声をかける。
「考えて‥‥見て。あなた、が。あの子達‥‥に、劣ってるところ、あるかな?
 素早さ、も。賢さも。器用さ、も。言語能力‥‥も、うずらさんのが。上。思う」
 ゆっくりと言葉を紡いで、ノルティアはウズラを励ました。最後にほんの少し力強く、言葉を結ぶ。
「‥‥あなた、は。負けない。保障、する」
「‥‥う、うん、が、がんばるっ」
 ‥‥多分。と、思わずノルティアは心の中で言葉を付け足したが、口には出さなかった。
 返事をしたウズラが、震えながらも懸命に、アヤカシの群れを睨みつけていたから。

 獲物を発見し、突撃を仕掛けてきたアヤカシに対して、開拓者達はウズラを中心に陣形を組んだ。
 ウズラの周りには裁、玉星、神音がついて彼女を援護する。その四人の円陣から、少し前に慧、ノルティア、宗軒。そして最前線には、渓とアルフィールが立った。
 あくまでも、ウズラが少しずつ苦手な敵に向き合えるように。そんな配慮から来た布陣である。

「ん、俺が唯一できることは‥‥数を減らすこと、だな」
 先頭に立つアルフィールは迫り来るネズミの大群を見据え、剣を構える。
(「このアヤカシ達は、恐れるほどのものではない、と‥‥」)
 その想いを映しだすようにアルフィールは勢いよく踏み出し、敵陣に切り込んでいった。振り下ろした剣が、最初の一匹を真っ二つに両断する。彼女は、あえて『魅せる』戦いを演じることにした。無理はできないが、それで僅かにでもウズラへの激励となれば御の字であろう。
 同じように、渓も瞬脚を用いて突撃し、遊撃の態勢を取った。群れで開拓者達を囲みこもうとするアヤカシの動きを見切り、縦横無尽に突っ切って、隊列を分断していく。
 渓は敵にトドメは刺さずに、弱らせたまま後列へ回していった。ウズラが自らの手で試練を乗り越える、助けとなるように‥‥そんな、陰ながらの配慮である。

 隊列を乱されたまま、なおも向かい来るアヤカシの群れを、次いでノルティアが迎え撃った。
「‥‥ん、ちぇすと」
 小柄な身体にはやや不釣合いにも見える長槍を、低い構えから跳ね上げ、なぎ払う。その大振りに巻き込まれたネズミが数匹、飛沫のように吹っ飛んで行った。
「敵、いっぱい‥‥いる、から。孤立‥‥しない、よう。気、つけて」
 後方のウズラを振り返り、そう呼びかける。今のところはまだ大丈夫だが、ネズミの群れは徐々に開拓者達を包囲しつつあった。
 慧もまた、少しでも敵の数を減らすために、素早い身の上を最大限に活かす。水遁の術から続け様に、手裏剣を放つ。
「貴様らの黄泉路はこっちだ‥‥」
 それでも討ち漏らした敵を、抜き打つ刀で仕留めていく。
「本命はこっちだ‥‥っ!」
 アヤカシは次から次へと襲ってきたが、慧の対応は迅速だった。すでに敵味方が入り乱れつつ有る戦況で、味方同士の距離を確認しつつ、連携をつないでいく。
 宗軒は手近な敵から短刀で切り伏せつつ、ウズラをちらと見たが、彼女は足を止めたままだった。彼女が一緒に立ち向かってくれれば言うことは無い、と思っていたが‥‥
(「こればかりは本人次第ですからね‥‥」)
 もう少し助けてやる必要があるかと、宗軒はウズラ達との距離を縮めた。

●差し伸べる手
 既に戦況は乱戦の様相を呈していた。アヤカシ達は味方の屍を踏み越えるが如く開拓者達を包囲し、群がり続けた。
「ボクは風。あなたに風を捉えられる?」
 そう言った裁が、敵の攻撃をかわしつつ反撃を叩き込むが、休むまもなく、別のアヤカシが襲いかかってくる。

 裁、玉星、神音の三人はウズラを守りつつも、わずかずつ敵を回しながら戦っていた。徐々にでも、ウズラが慣れていけるように‥‥と。
「大丈夫だよ、ウズラちゃん。神音達が守るから、ねっ?」
「う‥‥あっ‥‥」
 神音が戦闘の合間にもウズラを励ますが、肝心のウズラは、尚もネズミへの恐れを払拭できずにいた。むしろ周りの戦況を把握しきれず、パニックを起こしかけている。彼女に多対多の戦闘経験が無かったことも、災いした。
「危ないアルっ!」
 無防備なウズラに飛びかかったネズミの一匹を、玉星がとっさに殴り飛ばす。ウズラのごく近くで戦っているから守れているものの、この状況でそれをずっと続けられるかは、怪しい。
(「ウズラは怯えるだけじゃなく、戦おうとしてるアル‥‥」)
 だが玉星は、苦手な相手に自ら立ち向かおうとしていたウズラの、勇気を信じていた。無理強いはできないが、きっと、少しのきっかけで克服できるはず‥‥玉星は、そう思っている。
 ウズラは、震える身体でなんとか構えを作ろうとしていた。だが、身体に染み付いた恐怖がそれを邪魔して、どうしても逃げ腰になってしまう。
 恐怖心からか、それとも自分が情けないのか、ウズラは今にも泣き出しそうに身体を震わせた。
 そんなウズラを、ふと、裁の腕が優しく包みこんだ。

 ‥‥ぎゅっ。

「あっ‥‥」
「大丈夫、大丈夫だから」
 戦場のど真ん中で、裁はウズラを抱きしめていた。もしウズラがパニックを起こしたらと、予め皆で決めていた方法だったが、当然ウズラ本人には予想外の出来事で、目を丸くしている。
「ボクたちがついてるから、ね」
 抱きしめながら、裁がウズラに囁く。その言葉を聞いたウズラの震えが、少しずつ納まっていくのを、裁は感じた。ウズラが落ち着いたのを確認して、裁は手を放す。
「ゆっくりでいいから、慣らしていこ」
 ウズラはそう言われて、小さく頷く。
 すぐ近くでは、玉星と神音が戦っていた。二人は、裁がウズラをなだめている間は必ず護り通すと、そう決めていたのだ。
 群がるアヤカシを打ち倒しながら、神音がウズラに呼びかける。
「ウズラちゃん、怖いものがあっても恥ずかしくなんかないんだよ。本当に恥ずかしいことがあるとしたら、きょーふに負けることだって神音は思う」
 神音は、多少の傷はものともせずに戦い続けていた。ウズラが恐怖に打ち勝つまで、なんとしても守りぬくと、心に決めていたからだ。
「神音はウズラちゃんがその足を前に踏み出せるって信じてるから!」
「信じて‥‥」
「そう、信じてるアルよ、ウズラ。『ネズミなんて、怖くない』ネ!」
 玉星も、神音に続いて言葉をかける。
「ネズミなんて、こわくない‥‥」
 先刻自分に言い聞かせていた言葉を、再びウズラは呟いた。ほんの少し、冷静になって、戦場を見渡す。
「だいじょぶ‥‥みんな、いる。から」
 裁達の少し前で戦っていたノルティアも、ウズラに呼びかける。
「怖がって逃げてばかりでは、鼠たちを調子付かせるだけです。
 ここは一つ、積年の恨みを奴らにぶつけてみませんか?」
「ウズラ殿‥‥期待している、ぞ?」
 宗軒は穏やかに。慧はちょっと不器用に。それぞれウズラを励ました。
 最前線ではアルフィールが、ネズミの群れを挑発するように、目立つ動きを取って攻撃をひきつける。
「お前達の相手は俺だ、来い‥‥!」
 群がる敵に対し果敢に戦い続ける姿が、自分なりの鼓舞なのだと、彼女はその剣を以て示し続けた。

 その場にいた誰もが、形は違えどウズラに手を差し伸べていた。その事実に気づいたウズラは‥‥何かを悟って、顔を上げた。
(「みんなが、いてくれるから‥‥」)
 呼吸を整え、正拳を握る。
 それまで言葉少なだった渓が、ウズラに言った。
「ウズラ‥‥おまじないを教えてやる。戦う覚悟が決まったら、叫べ」
 それは渓の決意。名もなき人々を守る為、世を覆う闇を吹き飛ばす‥‥戦う嵐になると決めた渓の、決意の言葉。
「『変身』だ‥‥ウズラ、恐怖を吹き飛ばせ、風の様に。
 変‥‥っ、身っ!!」
 渓は声高にそう叫び、一層その拳の激しさを増す。
 ウズラには、渓の言葉の深意までは解らなかったが、それでも最も重要なことは理解できた。それは即ち、勇気を出して変わるということ。
「へっ‥‥へん、しんっ!」
 意を決し、裏返った声で叫んだウズラは、手近なネズミに向かって駆け出す。
「やぁぁぁーっ!」
 ‥‥繰り出した鉄拳は、襲いかかるネズミの喉元を、確かに捉えた。倒れたアヤカシが、瘴気戻って消えていく。
「やった! その調子、その調子!」
 そんなウズラを見て、裁を始め周囲は、皆一様に表情を明るくした。

 開拓者達は、たどたどしくも戦い始めたウズラと共に、ネズミ型アヤカシの群れに対して猛反撃を仕掛けた。もう彼女を、雛鳥の様に助けてやる必要はない。
 アルフィールと慧が突撃することで、アヤカシの連携が乱される。散り散りになった敵をノルティア、宗軒、慧が各個撃破し、それでも残った敵は、裁、玉星、神音、そしてウズラの四人が掃討していった。

 アヤカシは次々に数を減らし、気づけば、残りは数匹というところまでこぎつけた。
 そこで開拓者達はあえて動きを止め、ウズラに前に出るよう、促す。
「元々は、こういう試験だったのでしょう?」
 戸惑うウズラに、宗軒がそう告げる。最後は自らの手で、ケリをつけなさい、と。
「私も似た様な理由で蜘蛛が嫌いでして。つい肩入れしたくなりました」
 そう言って苦笑いする宗軒に、ウズラは一礼し、前に歩み出た。
 最後に残った数匹のアヤカシ達は、それでもなお、獰猛に襲いかかってくる。
 そして、ウズラもまた、一歩も退くことなくアヤカシに飛びかかった。

 ‥‥

●一人じゃないから
 依頼から帰ったウズラは、晴れ晴れとした顔で、師匠の三剣鳩座に対して言った。
「先生、私‥‥分かりました。私たち開拓者は一人じゃないから、勇気を出してアヤカシに立ち向かえるんだって。
 それを教える為に全部計算して、今回の試験を出したんでしょ?」
 問われて鳩座は、あわてて言葉を返す。
「あ? あ、ああ、そう! そうですよ、ウズラ。よくぞ気づきましたね!」
 敵が大群だったのは唯の調査ミス、とは口が裂けても言えまい。
 だが、ウズラが弱点の克服以上の成果を得たようだと知り、鳩座は嬉しく思った。
 『一人じゃないから、勇気を出して戦える』。
 それを学べたウズラが一人前の開拓者となる日も、遠くはあるまい。
 そう考えて鳩座は、彼女を導いた開拓者達の強さと優しさに、心から感謝した。

「あ、ウズラちゃん、いた。こっちこっちー!」
 遠くから声がかかり、ウズラに駆け寄ってくる。神音や裁が、ウズラを呼びに来たのだ。
 すっかり友達として打ち解けたらしいウズラも、返事をして二人の方へと走っていく。
「うん、今いくよっ!」
 ウズラが呼ばれた先では、今回の依頼に同行した開拓者達が勢揃いしていた。彼らが囲んだ卓の上には、沢山の料理が並べられている。
 玉星が開口一番に言った。
「今日はウズラの門出を祝して、ご馳走するアルよ!」
 どうやら、これからウズラの弱点克服を祝した宴会が始まるようだ。玉星が自ら作った大量の料理を、次々とウズラに差し出している。ウズラは苦笑いしながらも、うれしそうにその料理を受け取った。

 ‥‥今夜はウズラにとって、賑やかな門出となりそうだった。