『う』のつく夏の風物詩
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/07 17:37



■オープニング本文

●夏の風物詩
 辺境にある、とある川辺の村。アヤカシの影響も比較的少ないこの地域では、川の恵みをうけた人々が、割合穏やかに暮らしている。
 人々の生活を支えるその川のほとりに、近くに住む村人が二人、やってきた。
 時は日の出前、両人とも水に入る服装で、糸のついた竹棹を抱えている。
「今年も鰻、捕れるかのう」
「去年は大漁だったし、今年も行けるじゃろ」
「夏だし、食っておかねばのう」
「ああ、夏負けせんようにのう」
「娘が楽しみにしとる」
「わしの女房もじゃのう」
 などと言いながら、川へ入る支度をしている。
 この村人二人組は、名を五作と孝彦といい、村では鰻捕りの名人として知られていた。
 そう、彼らがこの川へきたのは、鰻を捕る為である。この季節に川で捕れる鰻は、夏の風物詩として、また夏負けを防ぐための栄養食として、村人たちの楽しみの一つとなっていたのだ。

●雷光の鰻
「どれ、捕るか」
「わしはもうちょっと支度がかかる、先に行っておれ」
 手早く支度を済ませた五作の方から、水の中へと入ろうとする。
 ‥‥だが水に入った瞬間、五作の身体に突如、水流の感触とは異質な刺激が走った。

 びりびりびりびりびり。

「あばばばばばばばっばばばばばっばば」
 身体の中を何かが走り抜けて、筋肉が引きつけられる。
 身体が勝手に痙攣するその感覚は、所謂『雷』に近い性質のそれだったが、五作はそんなことを知る由もない。
「おい、どうした五作!」
「おおおおお、ななな何じゃこここりりりりゃ」
「今助けにいくぞ」
 ぶるぶると震える五作を見て、孝彦が彼を引き上げようとする。
「ままままっま待て孝彦、かかか川にははは入ってははははななならららん」
 孝彦は静止を無視して水に入り、そして彼もすぐに、仲間の痙攣の理由を理解する。

 びりびりびりびりびり。

「あばばばばばばっばっばっばばっばば」
「いいいわわわんんこっちゃねねねぇぇ」
 二人仲良く感電する五作と孝彦。身体の痙攣に合わせて声が震える。
 ‥‥水の中に何か居るのだ。自分たちに危害を加える何かが。
「おおおおおいごごごご五作こここれれえれはまずずずずい。かかかかわわあわかかかかららららでででででるるるるぞぞぞぞ」
 何を言ってるのかは判らないが兎に角、川から上がれという必死のジェスチャーは五作に伝わり、二人は這々の体で川から這い上がった。
 息を切らせながら、痛みの残る四肢を動かし、川面を見返す。
「はーっ、はーっ‥‥な、なんじゃぁ、こりゃあ。どうなっとる」
「‥‥鰻じゃ」
 五作が、真顔で言った。
「鰻ぃ?」
「鰻がわしらを痺れさせたんじゃ」
 川の中で痺れていた時、五作は確かに、自分の周りを鰻が泳いでいるのを見た。
 その鰻は、いつもこの川で捕れる鰻とはあきらかに、色も形も違っていた。太く大きく、毒々しい黒紫。
 そして青白い光を放ちながら、うねうねと身体をくねらせて五作の方に寄ってきていた。
「間違いねぇ、ありゃアヤカシじゃ」
「鰻のアヤカシか、そいつは厄介な」

●むらのいちだいじ。
 二人が顔を見合わせて、しばらく考えこんだ後、五作の方が再び口を開く。
「‥‥このままでは鰻が捕れんのう」
「捕れんのう」
「大変じゃな」
「一大事じゃ」
「鰻が食えねば娘が泣いてしまう」
「わしなど女房に殺されてしまう」
「毎年食っとるからのう」
「食わせてやりたいのう」
「開拓者に相談すっか」
「金はどうする。大して手持ちはねぇぞ」
「鰻を食ってもらえば良いだろう」
「おお名案じゃ。この川の鰻は美味いからのう」
「値千金じゃのう」
「それがいい、それがいい」
 兎に角、毎年楽しみにしている鰻が食べられないというのは、二人に、いや村人達にとって一大事である。
 五作と孝彦の二人は、開拓者ギルドに、鰻のアヤカシの討伐を頼むことにした。
「鰻を捕ろうとしたが、鰻のアヤカシがいてのう」
「あれはいかん、いくら鰻でもあれは食えん」
「水に入るとビリビリ来るでのう、あれでは川に入れん」
「退治してくれたら、好きなだけ鰻を食わせてやるぞ」
「わしらの川の鰻はうまいぞ」
「風物詩じゃぞ、値千金じゃぞ」
 ‥‥ギルドにやってきた二人は、通りすがる開拓者たちを捕まえては延々、そんな話を繰り返したのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
上條紫京(ia4990
24歳・女・陰
鳴神・裁(ib0153
13歳・女・泰
朱華(ib1944
19歳・男・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ
玉虎(ib3525
16歳・女・弓


■リプレイ本文

●真夏の朝
 夜が明けた、夏の早朝。
 川に現れたデンキウナギ型のアヤカシを退治するため、開拓者達は依頼人である五作と孝彦と共に、件の川辺にやってきた。
「ウナギを頼むぞ」
「よろしく頼むぞ」
「‥‥‥‥よろしく‥‥まあ、ほどほどに」
 頼みながら、握った手をぶんぶんと振ってくる五作達に、やや気圧された様子で朱華(ib1944)が答えている。
「川の恵みが戴けなかったらとっても困りますよね。困っている人を助けるのが開拓者の仕事と、ちぃ姉様は何時も言ってますですの」
 礼野 真夢紀(ia1144)は、離れて暮らす大好きな姉の言葉を借りて、五作達にそう言った。
「うんうん、村人にめーわくをかけるアヤカシは退治だよ!」
 と意気込むのは、石動 神音(ib2662)である。とは言え、その意気込みの半分は、報酬の代わりにと持ち出された、本物の鰻への期待に由来する。
「ボクも川で水浴び‥‥もとい、電気ウナギなアヤカシ退治、がんばるよー」
 神音と歳の近い鳴神・裁(ib0153)も同じく元気いっぱいだが‥‥その心はやはり、やや本題とはずれたところにあるようで。

 アヤカシ退治に意識はやりつつも、やはりみな、少なからず報酬の鰻に期待を寄せているようだった。
「値千金のウナギを食せるとあれば、楽しみじゃの。
 ばか暑い中アヤカシ退治に行くのも、報酬よりもこれが全てじゃて」
 東鬼 護刃(ib3264)は、額の汗をぬぐいながらそう言った。まだ早朝とは言え、季節は既に夏の盛りで、結構な蒸し暑さがある。日が登れば、容赦無い熱気が空から降ってくるだろう。
「暑い暑い言えば、余計に暑くなるのです。そういう時は気を静めて動かないのが、私は好きですわ」
 そんな護刃に、上條紫京(ia4990)が、涼しい表情で答える。彼女の態度は言葉の通り落ち着き払った物で、その顔には汗一つかいていない‥‥が、護刃にはそれで暑さをしのげる理屈はいまいちわからなかった。
 護刃のウナギが楽しみという言葉に反応して、それまで依頼人に話を聞いていた十 宗軒(ib3472)が、ふと仲間に向けて口を開く。
「‥‥川のウナギが、アヤカシに喰われてしまっていないかが、心配ですね」
 そうして、川面を見やる。今のところは、アヤカシと魚、いずれのウナギも見受けられないが‥‥
「ま、やってみなきゃわかんないでしょ」
 冷静な態度の玉虎(ib3525)が言い放って、その通りだと納得した開拓者達は、それぞれアヤカシ退治の準備を始めた。

●鰻討ち
 正確な数をつかめないアヤカシを確実に退治する為に、開拓者達は囮と罠で一網打尽にする作戦を取ることにした。
「網をしかけるなら、その辺りじゃのう」
 五作が、陸の上から川の浅瀬を指差す。本物の鰻の住処となるような岩場が少ないため、ここならそちらを巻き込む心配も薄かろう、と付け足した。
 安全を念入りに確認した宗軒が、五作から借りた網を広げ始めながら言った。
「では、ここで敵を迎え撃ちましょう。不慮の事態は、出来るだけ避けたいですからね」
「はーい。早くおいしーウナギを食べたいから、ちゃっちゃと片付けよー!」
 ストレートに欲求を口にする神音に苦笑いしつつ、皆作業にとりかかる。
「力仕事は苦手ですけど‥‥美味しい鰻、いえ村の皆様の為」
 つられて思わず本音が出かけた紫京は、朱華、裁と共に網を仕掛け、引き揚げる準備を整えた。アヤカシがこの網の中に集まれば、一気に引き揚げ、陸の上に上げてしまう算段だ。
(「早くアヤカシを退治して‥‥腹いっぱい、ウナギを食う」)
 朱華も、心のなかでつぶやきつつ、グッ、と拳を握る。人一倍食欲旺盛な彼も、報酬の鰻に強く思いを馳せていた‥‥が、はたから見れば、アヤカシ退治に並々ならぬ気合を入れているようにも見える。
「護刃さん、そっち、大丈夫?」
 準備が終わったのを確認した裁が、囮役の護刃に呼びかける。
「うむ、もう少しじゃ‥‥十殿、よいか?」
 そう言って、護刃は後ろの宗軒を振り返った。宗軒は護刃の腰に縄を結びつけ、万一の時には強引に救出できるよう、備えをしていた。
「‥‥ええ、もう大丈夫です。裁さん、こちらは準備できました」
 そう言って、宗軒は川から上がり、水中には護刃一人が残された。唯一の巫女として、いつでも囮の治療が出来るよう、こちらも準備を万端にした真夢紀が、なお心配そうに護刃を見ている。
「危なそうだったら、すぐに川から上がってくださいね?」
 そんな真夢紀とは対称的に、護刃は悠然と構えている。緊急時に逃げるための身のこなしにはシノビ故の自信があるし、むしろアヤカシの電撃で肩こりのひとつでも治れば良い‥‥などと多少呑気に考えていたりもした。
 一方、玉虎はそんな周囲から一歩引いた位置で、仲間達の様子を眺めていた。
(「作戦とか、正直どうでもいいんだけどなぁ‥‥水の中のアヤカシを見つけて、矢を射るだけで終わりでしょうに」)
 と、多少荒んだ気持ちで独りごちた。同時に、どうしてこんなに気持ちになるのかと、自分を自嘲するような感情も浮かびあがる。他人とうまく言葉を交わせない寂しさからか、玉虎は多少、他の仲間達とは距離を置いていた。
 とはいえ、全く戦う気が起きぬほど士気を削がれているわけでも無い。
(「‥‥他人の顔を立てることもできないんじゃ良き妻良き母なんて無理だね」)
 自らが立てた目標を思い出して、自分自身に言い聞かせ、弓を構え直す。

 囮の護刃に反応して、アヤカシはそれほど時間をおかずして現れた。遠くから青白く光る影が、うねうねと水を掻いて近づいてくる。そう思ったときには、既に護刃の身体に電流が駆け抜けていた。
 ‥‥だがそれは、志体持ちの護刃にとっては、実に微弱な電流だった。正直、肩こりすら治りそうに無い。
「やれやれ、遊んでられるのではちと詰まらんかの」
 護刃は目に映るアヤカシが、全て網の範囲に入ったことを確認すると、手早く陸に上がる。
「よーし、皆行くよ! いっせーのっ!」
 それを確認して裁が、網を引き上げる合図を出した。紫京と朱華も、一気に手にした網を引く。デンキウナギのアヤカシ達は、まとめて網に掛かって、陸に投げ出された。
「痺れは怪我じゃないですけど‥‥」
 戻ってきた護刃を、真夢紀が神風恩寵で癒し、治療を受けた護刃もすぐに戦線に復帰した。

 デンキウナギ型のアヤカシ達は、陸にあげられながらもなお、地を這って開拓者達に襲いかかろうとする。
「ビリッとやられたら、面倒だからな‥‥さくっと倒そう」
 放電しながら噛み付こうとしてくるアヤカシの頭を、朱華が太刀で撥ねる。その鋭い太刀筋に一つ、二つと、次々アヤカシの首が飛んでいく。
 宗軒は手始めに仕込杖でウナギの頭を串刺しにし、次いで短刀を抜いた。
「開くのは面倒ですし、二枚に下ろしてしまいますか」
 言葉の通り、手早く身体を真二つに切り分けると、さすがにアヤカシも精根尽きて動かなくなった。
「陸に上がれば的も同然だし、さっさと終わらせるに限るわね」
 玉虎も弓を番え、手近なアヤカシを片っ端から射抜いていく。もともと相手が水中に居ようが構わず矢で仕留めるつもりだっただけに、その狙いには乱れが無い。
 斬られ射ぬかれ、なお死にぞこなって身体をくねらせるアヤカシは、護刃が火遁で焼き払っていった。
「冥府魔道は東鬼が道じゃ。わしの炎が一足先に蒲焼にでもしてやるかの」
 そうして、陸に上げられた十数匹のアヤカシは、瞬く間に倒されていく。裁が、最後に残った一匹に、とびきりの気合を載せた一撃を入れる。
「破ぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
 瞬脚から破軍を乗せた箭疾歩。その強烈な打撃に、デンキウナギの身体は粉々に砕け散った。

 地上組がアヤカシを殲滅する間、紫京と神音、真夢紀の三人は、網にかからなかったアヤカシが残っていないかと、手を分けて川面の方を注視していた。
「あっ、あそこですの!」
 案の定、網を逃れた一匹のアヤカシを見つけた真夢紀が、呼子笛をぴぃーっと吹いて、仲間にその位置を知らせた。
 駆けつけた紫京が、川縁から呪縛符を仕掛け、アヤカシの動きを阻害する。
「これで、水の中と言えど自由には動けないはず‥‥」
「あとは、神音に任せてっ!」
 そう言って前に出た神音が、水面に気功波を打ち込み、アヤカシを仕留めた。
 他に討ち漏らしは居ないかと、三人で周囲を探すが、アヤカシの影は見えない。試しに紫京が水に足をつけてみるが、電撃が走る様な気配も無かった。
 アヤカシの全滅を確認して、紫京がほっと胸を撫で下ろしす。
「‥‥これで村の皆様も安心して戴けますね」
 こうして、デンキウナギ型アヤカシの群れは、つつがなく開拓者たちに退治された。

●鰻捕り
「いやぁ、アヤカシ退治は初めて見たが、たまげたのう」
「ああ、ヒュッ! パッ! てなもんでのう」
 開拓者達の戦う姿を回想しながら、五作と孝彦が川の中で、鰻の居る穴を探している。彼らがやっているのは釣り針をつけた竹棒を、水中の岩場の隙間に挿し込んで鰻を捕る、穴釣りとよばれる方法である。
 裁、神音、朱華の三人も、鰻の捕獲を手伝っていた。五作と孝彦に一通りの方法を習い、手頃な穴を探す。
「鰻捕りって言うか、水浴びだよね〜。だって暑いし」
 水浴びという当初の目的を達成した裁は満足顔でそんなことを言いながらも、五作達の見様見真似で、竹棒を適当な穴に入れていく。
「なかなか捕れないね〜」
 慣れない作業に、多少たどたどしい手つきをしながら神音が呟くと、五作が笑いながらフォローを入れた。
「まぁ、数をあたればそのうち捕まろうよ」
 かくして、しばらくの後、朱華の竹棒にアタリが来る。
「‥‥ん。かかったか!?」
 朱華が思い切って竹棒を引き抜くと、アヤカシではない本物の鰻が、針に掛かって暴れている。
「おお‥‥」
「すごーい、やったね朱華さんっ」
 朱華と裁が、それぞれ歓声を上げる。
 朱華の一匹を皮切りに、次々と皆の針に鰻がかかり、その日の鰻捕りは大漁と相成った。
 鰻捕りをしていた五人が村に戻ると、先に戻って料理の準備をしていた真夢紀達がそれを迎える。
「鰻、少なくなってるって事はないですか?」
 心配そうに真夢紀は尋ねたが、五作達はうれしそうに首を振った。

 その後の鰻の調理には、真夢紀、紫京、神音、玉虎が手伝いを申し出た。
「鰻は捌いたのしか見た事ないですから、この機会に開き方を覚えるですの」
 そう申し出た真夢紀は、手馴れた様子で鰻を開く神音に、捌き方を教わっている。
「腹開きにして蒸さずに焼くと、いわゆる『西方風』の蒲焼になるんだよ」
 鰻料理のレパートリーも多い神音の手つきに、真夢紀は興味深々である。
「ねぇ、鰻も夏バテしてるから本当は冬が旬てホント?
 夏は売れない鰻を売るために鰻屋さんが知識人に相談して、土用の丑が広まったってホントの話?」
 玉虎の方も五作に調理の仕方を教わりながら、ふと気になったことを次々尋ねている。訊かれた五作も、にこやかに答えた。
「あぁ、本当に美味いのは冬だと言う奴もおるのう。
 夏に食べるのは、もともとは夏負けを防ぐ為でな。丑の日に『う』で始まる名前のもんを食べると夏負けせんというが、鰻は特にその効果があるんで、この村じゃみんな夏に鰻を食うとる」
「それで、鰻が夏の風物詩になったというわけですか」
 紫京が皆が開いた鰻を焼きながら、会話に加わる。夏場の暑さに加えて、火の熱気が間近にあるというのに、彼女はやはり汗一つもかかずに平然と鰻を反している。
「この村ではそうなるのう。皆、夏の鰻を毎年楽しみにしとったし、あんたらには感謝しとるよ」
 そんな会話をしながら調理は進み、やがて待ちに待った鰻料理が出来上がった。

●夏の味
 卓にはこれでもかと鰻料理が並べられる。品目は真夢紀や玉虎が作った普通の蒲焼、それに神音が作った蒸し焼きしない西方風の蒲焼に、卵で鰻をくるんだ『う巻き』、酢と胡瓜を和えて作る『うざく』などだ。
「ん〜♪ 自慢と言うだけあって美味しい〜☆」
 鰻の蒲焼を口にして開口一番、裁が言った。五作達の言葉に偽りは無く、出された鰻は、なかなかの上物である。
「まゆはやっぱり、夏場はかば焼きにしてご飯と一緒に食べるのが一番好きですの。
 沢山作ったので、皆さんたんと召し上がれ」
「私は一口でもいいのですけれど‥‥はぁ、では遠慮なく」
 真夢紀に配られた蒲焼を、紫京も手を付ける。とは言え紫京にとっては、目の前で鰻を美味しそうに食べている人達を眺めている方が、楽しくもあり嬉しくもあった。
 その中の一人である朱華は喋ること無く、黙々と鰻を食べ続けている。元々大食の彼だが、今回は一働きした後でなお腹が減っていたようだ。
「はい、おかわり‥‥よく食べるね」
 玉虎が二杯目の鰻丼を、宛ら保護者のように差し出しながら、朱華に言った。朱華は一度食べる手を止め、真剣なまなざしで玉虎に言う。
「最低三人前は、食う」
 握り拳を作って語るその姿が妙に微笑ましいと、周りの面々は思った。

「おぉ、値千金というだけの事はある。遠慮なくお代わりじゃ」
 はむはむと存外可愛らしい仕草でう巻きを頬張って、護刃がお代わりの皿を突き出す。
 その隣では宗軒も、同じく鰻料理に舌鼓を打っていた。
「神楽まで運べれば、良い値が付きそうですけど」
 商売も営む彼らしい感想を述べながら、何かいい方法が無いかと考え込んでいる。妙に真剣な面持ちの宗軒に、護刃が答えた。
「アヤカシの電撃に耐えた活きの良い鰻と触れこめば、流行るやもしれんの」
「神音はそのまま魚籠に入れて持って帰ろーかなって思ってるけど。
 センセーにも食べさせてあげるんだよ♪ せーりょくつくし」
 二人の会話に、神音が無邪気な顔で割ってはいる。精力をつけさせて『センセー』に何を期待しているんだ‥‥と言う言葉を、大人二人は喉元で呑み込んだ。深く詮索しない方が、いいこともあろう。
 ‥‥そんな三人の横で、真夢紀が氷霊結を使い、捌いた鰻を氷漬けにしている。
「美味しい鰻は、仲良しさん達にも食べてもらいたいですの」
 これなら、鮮度が落ちないまま鰻を運ぶことができる。友達への土産用の鰻を沢山貰ってうれしそうに微笑む真夢紀と、氷漬けの鰻を見て、三人は『それだ』と思わず口をそろえた。
 かくしてこの鰻は、少量ながら都に運ばれて売りに出され、その味に好評を博すことになるが‥‥それはまた別の話。

 思い思いに鰻を食べる開拓者たちを見て、依頼人の五作と孝彦も安心した様子で息をついていた。
「さて、わしらも鰻を食うか」
「おう、食おう食おう」
 そう言って、自分たちも鰻を食べ始める。

 それは彼らにとっては、去年までと変わらぬ、いつもの鰻。
 だが季節の風物詩であるその味を、今年も変わらずまた味わえることに、二人はささやかな喜びを感じたのだった。