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■オープニング本文 ●日の出 東房の、とある小さな寺の本堂。 一人の青年が、夜明け前の静寂の中で、本尊と対面する形で正座していた。 仏像を通して、自らと向きあうように、唯ひたすら、瞑想している。 やがて、夜明けの光が挿し込むと青年は静かに立ち上がり、本堂を後にした。 ただ一字、『誅』とだけ書かれた紙を残して。 ●修羅の拳 ‥‥あの青年の心が、極めて危うい状態に有るということは、かねてより承知していた。だがいざその時が来て、こうも早く、問題が顕在化するとも思っていなかった。 開拓者・三剣鳩座(みつるぎ はとざ)は、書き残された『誅』の一文字を見て、冷や汗を床に落とした。弟子の一人である山根鷹一郎が残したその一文字は、極めて重い意味を持っていた。 「いつか、こんな日が来るのではと、思ってはいましたが‥‥」 「‥‥早まった真似をしたものじゃ」 書置きを見つけて鳩座を呼び出した寺の住職が、大きくため息をついた。住職も鳩座と共に、子供の頃から鷹一郎の面倒を見てきた大人達の一人だ。 鷹一郎は十歳の時、家族の全てをアヤカシに奪われた。 父も母も弟も妹も、許嫁も、飼っていた犬さえも、たった一瞬の内に食われて失った。その際、唯一志体持ちだった鷹一郎だけがわずかな時間を生き延び、駆けつけた鳩座ら開拓者に命を助けられたのだ。 「恨みを忘れられなんだよ、あの子は」 住職が鳩座に言った。 孤児となった鷹一郎を、鳩座が弟子として引きとってから七年。 鷹一郎は泰拳士として天賦の才を発揮し、今や鳩座の一番弟子となったが‥‥その彼の拳は、アヤカシへの深い憎しみを糧として鍛えられていた。 弟子になってからの鷹一郎は、一匹でも多くのアヤカシを討つために拳を鍛え、常にその為だけに行動していた。およそ子供とは思えぬ、暗い光を宿した目で。 「鷹一郎が向かったのは‥‥大道峠ですね?」 「間違い無い。鷹一郎が襲われたあの場所に‥‥再びアカナタが現れたのじゃからな」 『アカナタ』というのが、かつて彼を襲ったアヤカシの頭領格である。大鉈を構えた鎧鬼であり、一度に多数のアヤカシを指揮することが出来る知恵を持っていた。 事件のあとは消息を絶っていたそのアヤカシが今、七年越しに再び大道峠に現れたのだ。かつて鷹一郎がアヤカシに襲われた場所である、大道峠に。 住職が、達観したような表情で呟く。 「‥‥あの峠はアヤカシの手に落ちて今や、殆ど魔の森との境目となった。増して、相手はあの小賢しい鎧鬼。一人で行ったところで死ぬのがオチじゃ」 もちろんその事実を踏まえ、鷹一郎にはアカナタを討つために機を待てと、伝えてあった。 だが、家族の仇を七年待った子供に、そんな言い分が通じただろうかと、鳩座は今更に疑問に思う。 そして何よりも、アヤカシを倒すためだけにどんな厳しい修行にも耐えた、鷹一郎の性分を考えれば‥‥ 「刺し違えてでも倒すつもりでしょう。あの子はそれだけの力をつけてしまった」 「憎しみに動かされるままに‥‥か」 家族を失った日、鷹一郎は涙の一粒も流すこと無く、自分を弟子にしてくれと鳩座に申し出た。たった一つ、家族を奪ったアヤカシ達に復讐するという目的のために。 鷹一郎は、自らにのしかかるアヤカシへの憎悪と引換えに、修羅の拳才を得たような物だった。 (「なんとか、抑えようとはしてきましたが‥‥」) 自分の教えの何が間違っていたのかと、一瞬鳩座は考え込みかけて、すぐに思考を中断する。 ことが起こってしまった以上、一刻も早く手を打たなければ、取り返しがつかなくなる。 「助けに行くか、鳩座」 鳩座の心中を察し、住職が問うた。 「事態は急を要します。私一人でも、力及ばぬでしょう。 ギルドに緊急の連絡を入れてください。すぐに動ける方だけでも集めて欲しい、と」 アカナタを討つか、あるいは鷹一郎を説き伏せるか。いずれにせよ危険な賭けになるが、彼を見捨てるわけにはいかない。 そうして鳩座は、すぐさま出立の準備を始めた。 修羅の道に落ちかけた愛弟子を、引き戻す為に。 ●大道峠にて 件の峠にやってきた青年・鷹一郎は、ずらりと並んだ鬼の一団をみて、一度大きく息を吸い込んだ。 目に映る鬼の一匹一匹が、かつて自分の家族を食ったアヤカシかは解らない。だが、群れの最奥に控える鎧鬼が掲げた大鉈だけは、はっきりと記憶に残っていた。あれこそまごう事無き、家族の仇。 鷹一郎を見つけたアヤカシの頭領・アカナタは、一声大きく叫ぶと、剣を振りかざして他のアヤカシに指示を出す。 鬼の群れが、鷹一郎を囲みこむ様に動き始めていた。 合わせてアカナタも、ゆっくりとこちらへと向かってくる。 ‥‥七年、待った。 七年の間、ただ仇を討つ為に拳を鍛えた。 そして今、目の前にその憎き仇敵が、居る。 勝てる勝てないの問題ではない、ただ、討つのみ。 この生命と引換にでも‥‥根絶やしにしてやる。 そう、心のなかで念じ、鷹一郎は一人、歩みだした。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
守月・柳(ia0223)
21歳・男・志
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
ラフィーク(ia0944)
31歳・男・泰
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
千羽夜(ia7831)
17歳・女・シ
十 宗軒(ib3472)
48歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●大道峠へ 魔の森に近づく荒野を、九頭の早馬が、風を切って駆けていく。 アヤカシの群れに一人挑んだ弟子を救って欲しいと言う呼びかけに応え、八人の開拓者が、依頼人の三剣鳩座に同行していた。 「アヤカシの群れに、単身挑むとは。鷹一郎という人は、死にたいんですかね」 馬上で事情を聞きつつ、十 宗軒(ib3472)は冷ややかにも聞こえる語調でそう述べた。その瞳からは、先の言葉の深意は読めない。 「勝算があっての単身ならともかく、どう考えても今回は無茶無理無謀の類だろう。 怨恨を晴らしたいなら綿密な作戦なりで行わねばならぬ。何も考えずの行動ならば、願いが成就することはあるまいよ」 ラフィーク(ia0944)も、いささか呆れたような反応を示している。その言葉を聞いた鳩座は、馬上で目を伏せ、苦々しく呟いた。 「命を惜しんでいないのです、あの子は。常々、正そうとはしてきたのですが‥‥力及ばず、過ちが起きてしまいました」 苦渋の表情を浮かべる鳩座に、皇 りょう(ia1673)が声を掛ける。 「その者が修羅となろうとも、こうして周りが引き戻してやれば良い。何も間違ってはおらぬ。 あとは結果を出すだけよ、そうであろう? ラフィーク殿」 そう言って、りょうは馬の腹を強く蹴り、速度を上げる。とにかく今は、一刻も早く鷹一郎に追いつかねばならない。 「無論。まがりなりにも助けたいと思う者が居るのだ、手を貸すことに吝かではない。 この後に早死にするかは当人次第だがね」 りょうの言葉に答えたラフィークもまた、彼女に続いて馬を急かす。 「七年か‥‥長く待ったものだ。その間に強くもなられたであろう。 だが。頭に血が上り、一人で赴くには重過ぎる‥‥」 守月・柳(ia0223)は、鷹一郎を案じつつ、遠目に見えてきた大道峠を見上げた。 「早まった事をしていなければ良いが‥‥」 ‥‥天気が動いたのか、それとも近づきつつある魔の森の影響なのか。峠の空模様は、灰色の雲が覆う曇天に変わり始めていた。 ●修羅 大道峠に着くと、既に鷹一郎は、鬼の群と激しく交戦していた。細かい傷を幾重にも受けてはいるものの、急所への致命打はかろうじて外しているようだ。 まだ、間に合う。 「‥‥見えたな。まずはあいつの確保だ、急ぐぞ」 馬を降りた風雅 哲心(ia0135)が、重い身体を引きずるようにして前に出た。前の依頼での傷が癒えていない上、気力的な面でも消耗が激しかったが、それでも彼は、復讐に駆られた少年を助けに来た。 巫女の桔梗(ia0439)は、身体を真っ赤に染めても尚戦う鷹一郎を見て、その瞳を曇らせている。 (「俺には、それだけの憎しみも悲しみも、想像することしか出来ない、けど‥‥」) 今は、巫女として‥‥あるいは、同じ天涯孤独の者として、鷹一郎を助けてやりたい。そう思い、いつでも治癒の術を使えるように備えた。 「復讐の気持ちに囚われて傍にある大切なものに気づかないなんて‥‥ 鷹一郎さんを心配してる人達の為にも、絶対に死なせないし、修羅にもさせないわ」 大切な仲間を失った経験がある千羽夜(ia7831)には、鷹一郎の気持ちは痛烈な程に判る。だからこそ彼を救ってやらねばならないと、彼女は静かに決意を固めて、刀を抜いた。 鬼の群は鷹一郎を完全に包囲していた。その集団の動きは、決して力任せのそれではない。整然と統率された、一軍の動きである。 「場所が悪い上に、鬼は総じて強力、数も多い。これはまた厄介ですね」 宗軒が、魔の森の方角を確かめながら呟く。今のところ目の前の鬼達以外の敵は見当たらないが、状況が動けばどうなるかはわからない。 「兎にも角にも、急いで山根殿に追いつかねば。何をするにしてもそれからだ」 りょうは多少の傷を追ってでも、強行突破する構えだ。 輝夜(ia1150)がすっと先頭に立ち、鬼気迫る表情で槍を構えた。 「指揮系統のしっかりしている相手を叩くには、何らかの策で指揮系統を乱すのが良策じゃが‥‥今回はそんな暇は無いの。 我が先頭に立とう。力づくで道を切り開く故、各々方は続かれよ」 九人の開拓者は峠を駆け上り、鷹一郎を囲む鬼の集団に斬り込んで行った。 輝夜を先頭にして、回復の要となる桔梗を囲むような陣形を取って進撃する。 「守月・柳‥‥推して参る‥‥っ!」 柳が、弓を目一杯に引き絞り、鬼達に射かけた。一匹の鬼に矢が突き立ち、その一矢で鬼達は、峠を駆け上がる新手に気づく。 「退けい!」 続けざま、鬼腕を使用した輝夜が手近の鬼に駆け寄り、槍で突き倒す。 輝夜に続く開拓者達も手当たりしだいに鬼どもを蹴散らして包囲を突破し、鷹一郎の元へと駆けつけた。 鷹一郎は傷ついて尚、群がるアヤカシを薙ぎ倒し、敵集団の最奥に控えるアカナタへ向かおうとしていた。 鳩座が、鷹一郎を呼び止める。 「鷹一郎!」 「先生‥‥どうして此処に‥‥」 戸惑う鷹一郎に、哲心が荒い呼吸を整えながら叫んだ。 「ったく、無茶しやがって。復讐なんぞで一つしかねぇ命を粗末にするんじゃねぇよ」 「まさか、止めに来たんですか? ‥‥無駄ですよ。この日を逃せば、報いる機会は二度と無いかも知れない。 命に変えてでも、奴を討ちます」 鷹一郎はそう言いながらも、横から襲いかかる鬼を殴り飛ばした。今は互いに、立ち止まる時間も惜しい。 「貴方が言っても聞かぬ事は承知の上。私達は、助太刀をしに来たのです。貴方が命を落とさぬ様に」 鳩座の言葉を聞いた鷹一郎は、激昂して答えた。 「手助けなど! これは俺の問題です!」 「馬鹿者! 今アヤカシに殺され掛かっている者が何を言う!」 輝夜が、ごねる鷹一郎を一喝する。 「汝の最大の目的は何じゃ? それを果たすためなら手段を選ぶ必要もなかろう!?」 「‥‥っ」 りょうも鬼の攻撃を受け止めつつ、背後で押し黙る鷹一郎に叫んだ。 「山根殿、真に復讐を成し遂げたいのならば、心を研ぎ澄ませ! 冷徹に、確実に、敵を屠る方法を模索しろ! 闇雲に突っ込んで、仇も討てずに無駄死にするつもりか!!」 言われて周りを見てみれば、みな鷹一郎を守るように円陣を組んで戦っている。桔梗が鷹一郎に駆け寄って、閃癒の術を唱え、傷を癒した。 「今、死んだら何にもならない、から‥‥今は、一緒に」 彼らが居なければ死んでいたかも知れないことに気づいてようやく、鷹一郎は、僅かに冷静になったようだった。 「倒すべき敵は同じだ。なら考えは違えど全員で同じ目的を達するべきだと思うが、どうだ?」 哲心が鷹一郎の肩を叩く。鷹一郎は一瞬考え込んで、再び、瞳に強い決意を宿して口を開いた。 「‥‥足並みは揃えます。アカナタを、討てるのならば」 鷹一郎の言葉に、皆が頷いた。 当人が納得したのならば、あとは実行するだけだ。 開拓者達は、周囲を取り囲む無数の鬼達に、一丸となって向き合った。 アカナタを討つためには、まず前線の鬼達の集団を突破しなければならない。だが、それは容易なことではなかった。 無数の鬼達に囲まれた開拓者達は、どうしても一人一人が攻撃に晒されてしまう。 「皆‥‥あんまり、離れすぎないように。危ない時は、治療する、から」 鬼達をかき分けつつ、桔梗の合図で時折立ち止まり、閃癒で皆の傷を癒す。前線を担う者たちには特に、桔梗の閃癒が大きく働いていた。 「喝ッ!」 輝夜が咆哮し、鎧鬼達の注意を引きつける。輝夜はその一瞬の隙を逃さず、槍を大きく振り回して、鬼達を薙ぎ倒した。 「跳べ!」 次いで前に出たラフィークが、空気撃で敵を転倒させていく。そのまま瞬脚で鬼達の間に割り込むと、その隊列には目に見える大きな亀裂が生まれた。 (「飼い殺せぬ怒りなぞ忘れてしまえばいいものを‥‥」) ラフィークは鷹一郎について、そう心の中で呟きながら、鉄拳を振るう。怒りに任せて戦って、そこに何を得られようかと。あるいは‥‥自らの身を顧みる事無く戦う鷹一郎と、過去の自分が重なったのかも知れない。 振り返った鷹一郎は、最初に比べればマシなものの、未だ感情に動かされ戦っているように見えた。 「やれやれ‥‥」 危なっかしくて見ていられないと、ラフィークは小さく溜め息を付き、僅かばかり、鷹一郎との距離を詰めた。 「アカナタにはあなたが止めを刺して。他の敵は、私達に任せてね!」 戦線の中列では千羽夜が鷹一郎に声を掛け、彼の直近に立って戦っていた。同じく宗軒も、傷付いた鷹一郎を護るような位置につく。 「鷹一郎さんをあなた達みたいな鬼にはさせない‥‥手加減しないわよ」 千羽夜は敵に向き直ると、静かな怒りを瞳に湛えながら、向かってくる小鬼の首を一太刀の元に撥ねる。 宗軒の方は、鷹一郎の背後についていた。鷹一郎に後ろから襲いかかる鬼に、獲物の短刀を深々と突き刺す。 「‥‥護衛のつもりですか?」 「ご冗談を。私より貴方の方が強い。 接近戦に長けた方の側で戦う方が、安全だからですよ」 鷹一郎に問われた宗軒は、相対する鬼を切り払いながら、しれっとした態度で答える。一瞬考え込んだ鷹一郎は小さく、後ろは頼みます、とだけ言って、以後は黙って戦い続けた。 ●『誅』 輝夜の咆哮が功を奏し、鬼達の陣形は、徐々に全体を崩していく。 だが、漸くアカナタに相対するかというとき、遠くから別の咆哮が聞こえた。 「‥‥! 来る、か‥‥」 心眼で魔の森に気を払っていた柳が、唸った。峠の上部で響いた輝夜の咆哮は、魔の森のアヤカシ達をも呼び寄せたようだった。 遠目に、新手の鬼の群れが現れる。目の前の鬼数十匹と、ほぼ同数か。 「‥‥ここまで敵陣深く来れば、退くより敵の頭を討つほうが早いでしょう。 アカナタを倒せば、あるいは皆まとめて逃げ出すかも知れません。急ぎましょう」 宗軒が、僅かに焦りの表情を見せながらも、冷静な態度を保ったまま言った。 敵の援軍が合流してくれば、もう対抗できるほどの余力は無い。 ‥‥あとは、時間との勝負。 「一気に蹴りを付けるぞ‥‥やぁぁぁぁーッ!」 りょうが眼前の鬼の頭を踏み越えて跳躍し、アカナタに真っ向から斬りかかる。 天辰によって精霊の力を宿した剣を、アカナタはその名の由来たる大鉈で受け止めた。 ――流石に一撃では仕留められんか。りょうはそのまま反す刀で、アカナタに二の太刀を浴びせる。今度は、確かな手ごたえがあり‥‥りょうは、そこに微かな愉悦を覚えた。 (「私の内に棲む修羅は、敵を斬るこの感触か‥‥溺れぬよう、心も鍛えねばな」) 指揮官が攻撃を受けたことで、鬼達の陣形は大きく乱れ、他の開拓者達も続けてアカナタの元に辿り着いた。 「隙あり――」 りょうの攻撃に怯んだアカナタの懐に、ラフィークが瞬脚で飛び込み、空気撃で崩しを掛ける。 「――崩れろ!」 よろめいて無防備になった脳天に、ラフィークの渾身の旋蹴落が叩き込まれると、アカナタは呻いて一歩、退いた。 二人の開拓者の全力を受けたアカナタは尚、大鉈を振り上げて反撃を試みるが、それを許さぬと、哲心と柳が同時に攻撃を仕掛ける。 「雷光纏いし豪竜の牙、その身で味わえ!」 「これならば易々と避けることは出来まい‥‥受けてみろ‥‥!」 哲心の雷鳴剣が上段から、柳の炎を纏った流し切りが下段からそれぞれ繰り出され、アカナタに決定的な傷を与えた。 「鷹一郎っ!」 勝機を見た桔梗が、鷹一郎に呼びかけた。とどめは、叶うなら鷹一郎にと、皆で決めていたことだった。 桔梗の神楽舞の加護を受けた鷹一郎が、一気に前に飛び出し、アカナタに迫る。 「家族の、仇‥‥!」 繰り出した正拳が、鎧鬼の喉元を捉える。アカナタは空に轟く絶叫を上げ、絶命した。 ●七年目の涙 「アカナタは倒したが‥‥どうだ!?」 哲心が辺りを見渡し、叫んだ。 増援を加えた鬼の大群は、指揮官の断末魔を聞いて、魔の森へ退いていく。まるでそれすらも予め命令されていたかのような、整然とした撤退だった。 やがてそれまでの戦闘が嘘のように、あたりが静かになる。 仇を討った当の鷹一郎は、がくりとその場に崩れ、膝をついた。 千羽夜が、真っ先に鷹一郎に駆け寄って様子を見たが、命に別状は無い。 「無事で良かった‥‥でも‥‥馬鹿っ! 馬鹿馬鹿っ!! どうしてあんな無茶な戦い方をするの?」 千羽夜が鷹一郎の肩を抱きながら、そう叫んだ。鷹一郎は呆然として、言葉を反す。 「命を捨てれば勝てると‥‥それで救われると思っていました。 例えそれで、命を落としてでも」 家族を奪われた悲しみと、自分だけが生き残った負い目が、ずっと鷹一郎の重荷になっている‥‥そう、鳩座は語っていた。その重荷から兎に角開放されることが、彼の目的になってしまっていたのだろう、と。 そんな話を思い出し、桔梗も鷹一郎に手を掛け、優しく声をかけた。 「復讐だけを心に抱えて、本当の自分を失ったら、それは、自分も、アヤカシに奪われたのと、同じ‥‥だと、思う。 今は、鷹一郎を大事に想う人が居る。鷹一郎を失って、その人達が悲しまないように‥‥新しい、温かい記憶の一つ一つも、思い出して」 「新しい‥‥記憶‥‥」 桔梗の言葉に、さらに宗軒が一声、付け加える。 「そう‥‥全て失ったと言うなら、何か新しい道を、探してみたらどうですか? まだ、貴方はお若いのですから」 『生き急ぐ必要はない』‥‥年長者でもあり、これまで様々な人生を見てきた宗軒の目は、穏やかにそう語っていた。 最後に輝夜が、厳かな態度で鷹一郎に語りかけた。 「これで汝の目的は達せられたはずじゃ、ならば汝はその対価を払わねばならぬ。 幸か不幸か汝は志体を持って生まれてきた。その貴重な志体を無駄に散らすような真似は、汝のような境遇の者を増やすのと同義と知れ。 汝が生きて目的を遂げられたのは三剣のおかげ。ゆえに汝は彼の教えに従い、これからの生を全うすることじゃの」 輝夜の言葉を聞いてはっとした鷹一郎は、鳩座の顔を見る。対する鳩座は穏やかな表情で、鷹一郎に告げた。 「貴方が無事でよかった。今は、それが全てですよ‥‥まァ、これからはもう少し自愛なさい」 ‥‥すみませんでした。そう言いかけて、鷹一郎は声をくぐもらせる。 涙を堪えようとした彼を、千羽夜は優しく抱きしめた。 「あの時泣けなかったなら‥‥今、一緒に泣きましょ? 悲しみも憎しみも、涙が洗い流してくれるわ」 その言葉を皮切りに鷹一郎は、堰を切ったように泣き始めた。 曇り空から、ぽつりぽつりと雨が降り始める。 弱々しい小雨の中を、桔梗が魂鎮めの舞を踊っていた。 鷹一郎の家族の無念と、彼自身の心の闇が晴れるように、と。 その舞を見ながら鷹一郎は、七年越しの涙を流し続けた。 ‥‥ やがて鷹一郎の涙も止まり、十人の開拓者達は、峠を後にする。 鬼も修羅も居なくなった大道峠には、雨音だけが、心なしか穏やかに響いていた。 |