破落戸の求婚
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/27 07:02



■オープニング本文

●憂鬱な朝
「なぁーんで、あんなのに好かれたかなァ」
 少女、九藤朝子は憂鬱だった。
 空は見渡すかぎり快晴の青。手習いも今日はお休みだから、本来なら丸一日好きに使える。女中が作った朝食は好物ばかりで美味しかったし、今日初めて袖を通した水色の着物も、涼しげで割と気に入った。普通に考えれば朝子にとって、まぁいいことばかり。
 それでも、たった一人の男が原因で、朝子の心は憂鬱だった。

●求婚
 通りに面した部屋の窓の外から、恐ろしいほどよく通る大声が聞こえてくる。
「朝子ー! 俺だーッ! 結婚してくれーッ!」
 二階にある朝子の部屋でも、まるで隣にいるように聞こえてくるその声に、朝子はハァと大きくため息をついた。
 もはや窓の外を見る気も起きない。相手は分かっているのだ。熊のようにでかい図体の上に乗っかった、とても二枚目とは言いがたいムサ苦しい髭面が思い浮かぶ。
 茂寅というのが、その男の名だった。この街にたむろする開拓者崩れの親玉らしく、普段はろくに働きもせず遊び呆けているような男である。

 そんな茂寅が最近、朝子の家でもある万屋の前に、連日詰めかけて求婚するようになった。理由は至ってシンプル、『朝子に一目惚れしたから』。しかも舎弟の男たちをゾロゾロ引き連れ徒党を組んでやってくるのだから、たまらない。
「朝子ォー! いるんだろォーッ! 俺は諦めんぞーッ!」
「ウォー! 朝子さーん! 出てきてくれー! 兄貴に顔を見せてくれー!」
 野太い叫びが何重にも重なって朝子を呼ぶ。もはや嫌悪を通り越して苦笑いがこみ上げてくるが、ついに我慢の限界が来て、朝子は窓際に立って茂寅一味を見下ろし、叫んだ。
「ああもう、うっさい! アンタたち、近所迷惑だからもう来んなって言ったでしょうがっ!」
 それなりに裕福な家の娘としては、やや品性にかけた物言いをする朝子だったが、茂寅は全く気にしていない。むしろ罵られてちょっとテンションが上がったようにも見える。
「おおっ、朝子ーッ! 俺だ、茂寅だーッ!」
「おお、朝子さんだ! 朝子サーン、ウォーッ!」
 なぜか茂寅の舎弟達まで騒ぐ始末。なんだか頭痛がしてくる。
「朝子ーッ、俺は諦めんぞ、お前が俺の嫁になってくれるまでなーッ!」
「嫌だっつってんでしょうがこのタコッ! 帰れーっ!」
 どれだけ拒否してもしつこく食い下がってくる茂寅に、朝子もだんだん地が出て‥‥もとい我を忘れて怒り始めていた。
 近所の人達が表に出て、朝子と茂寅のやりとりを見ながらくすくすと笑っているのに気づいて、女中達が慌てて朝子を部屋の奥に引っ込めた。

 とにかく、毎日がこんな様子である。いい加減に茂寅とその手下共をどうにかしなければならない。力ずくでも‥‥などと思ったが、なにせ相手は志体持ち、万屋の男衆では相手になるまい。
 ‥‥も、いい加減めんどくさいし、一番手っ取り早い手を使うか。そう思って朝子は、手紙を書き、開拓者ギルドに使いをやった。

『志体持ちの男にしつこく求婚されて困っています。懲らしめてください。詳細は、万屋九藤にてご説明します』

●届かぬ想い
 使いの男を見送った後で、朝子はふと茂寅の顔を思い浮かべた。あのむさっ苦しい虎髭をたくわえた大男は、今も家の前で求婚の言葉を叫んでいる。
「ホント、なんでアタシなんだか」
 特に別嬪というわけではない、と、朝子は自分で自分をそう思う。顔が原因で縁談を断られたりはしないかな、という程度だ。
 茂寅は、街で歩いていた朝子を見て一目惚れしたという。もとが単純な男なだけに、その言葉に偽りはないだろう。
 だがそれにしたって、茂寅の行動は、直球すぎる。
「‥‥あんなに強引じゃなけりゃーなぁ」
 鏡を見つめて朝子はぽつりと呟き、再び、大きくため息をついた。


■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
氷(ia1083
29歳・男・陰
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
狸毬(ib3210
16歳・女・シ
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ


■リプレイ本文

●破落戸達
 開拓者達が件の万屋についた時、店の前では既に問題の男達が居座って、依頼人である九藤朝子に茶色い声援をおくっていた。野太い声が互いに響き合い、やかましいだけでなくムサ苦しい。
「‥‥あー、確かにあのガチムチに求愛されても、ボクも少し考えるかもねー」
 十六歳、花も恥じらう年頃の娘である狸毬(ib3210)は、男達の中心である茂寅の顔を見るなり、そう言って嘆息した。
「しつこい男は嫌われる‥‥まさしく、やな」
 央 由樹(ib2477)も、万屋の二階に向かって叫び続ける茂寅を見て、思わず呆れ返っている。あの言い寄り方は無いだろう‥‥とは、由樹のみならず他の開拓者の多くも思っていることである。
「私は、ああ言う馬鹿も嫌いでは無いんですけどね。まぁ、往来に屯して大声を張り上げるのは、あまり感心できませんか」
 壮年の獣人、十 宗軒(ib3472)の方は、状況を楽しむような節も含めつつ、冷静に茂寅の一味を観察している。
「‥‥まあ、子分があれだけつくってことは、ある面では魅力的なのかねぇ‥‥」
 氷(ia1083)は、いささか面倒そうに頭をかきつつ、茂寅の様子を眺めている。少なくとも、楽に説得できる相手ではなさそうだなぁ、などと思いながら。

 そんな開拓者達に、路地裏から万屋の女給が手招きして、万屋の裏口へと案内した。
 二階の自室で開拓者達を待っていた朝子は、一度深々と頭を下げた後、詳しい事情を彼らに説明する。
「毎日、あの様子で‥‥どうにかして頂けないか、と」
「どうにか、ね‥‥どうなってもいいなら、今からでも捻り上げて追っ払うが」
 カルロス・ヴァザーリ(ib3473)が、窓の外から聞こえる叫びを煩わしそうに聞き流しつつ、そう呟いた。
「開拓者崩れ‥‥私も厳罰を、と言いたいところですが‥‥」
「執拗な男など、一刀両断すればそれで済みやすなぁ‥‥」
 エグム・マキナ(ia9693)と、華御院 鬨(ia0351)も、それに同調する。
 その不穏な空気を察して、朝子が唐突に慌てたように、しかし小さな声で言葉を付け足す。
「ま、待って。相手が相手だし、多少の荒事はしょうがないかも知れないけど‥‥その、加減はしてやって下さい。死なれたら、流石に、後味わるいし」
 石動 神音(ib2662)は、ふと、朝子の態度に引っかかるものを感じた。
(「朝子ちゃんも困ってるし、なんとかしないといけないってのはあるけど‥‥朝子ちゃんはほんとーに茂寅さんが嫌いなのかなー?」)
 そう思う間にも、窓の外から茂寅の声がきこえる。
「朝子ォーッ! あーさーこーォー!」
「ああもうっ、やかましいッ! 今大事な話してんだから、黙ってなさいよッ! ‥‥あ」
 思わず、大声で茂寅に言葉を返してしまい、開拓者達の唖然とした視線に気づいて、朝子は赤面する。
 鬨がしゃなり、と首を傾げて、朝子に問うた。
「女性なのに何故にそないな口調‥‥?」
 朝子は気まずそうな顔をして答える。
「普段はこんなんじゃないんですけど。アイツ、いくら言っても聞かないもんだから、つい」
「ツンデレというもんどすか」
 朝子の顔を見つめながら、やわらかく発せられた鬨の言葉に、朝子は戸惑った表情をみせる。
「ち、違いますよ。アイツと会話してたら、デレるヒマなんか無いです」
 その言葉に狸毬がきらりと目を光らせ、朝子に詰め寄る。
「ほうほうー。ヒマがあればデレるの? それってつまり脈ありってことなのかなー?」
 朝子は顔を伏せて、何かいいたげに口ごもった。
 由樹が朝子の心情を察し、自ら立ち上がる。
「男連中は退散した方がよさそうやな、狸毬、神音、後は頼むわ」

 同姓ならばその本心も聞き易かろうと、神音と狸毬がその場に残り、朝子の本心を聞くことになった。
「俺らはどうするかね? とりあえず茂寅とハナシをしてみるかい?」
 氷が、窓から聞こえる声に耳を軽く押さえながら、そう提案した。
「そうだな、この喚き声だけでも止めれば、少しはマシだろう」
 一悶着起これば儲け物‥‥と、カルロスは少々物騒な願望を抱きつつ、不敵な笑みを浮かべている。
「私は調べたいことがありますので‥‥一度、ギルドに戻ります」
 そしてエグムはそう言い残し、足早に来た道をひきかえして行った。

●本音
 『人の話を聞く姿勢さえ身に付けてくれれば、交際を考えてやれないことはない』
 朝子の本音は、要約すればそんなところだった。もっとも、恥じらいながら語る朝子がその結論を述べるまで、じれったいほどの時間を要したが。
「面と向かって好きだなんて言われたの、初めてだしね‥‥根っこまで腐ってる男じゃないと思うし、ハナシ位は聞いてもいいんだけど‥‥今はそれすら、成り立たないから」
「うんうん。じゃーやっぱり、どうにかして茂寅さんに落ち着いて話を聞いてもらうのが一番かなー」
「神音達が説得してみるよ! それに自堕落な生活も改めてもらわないとだめだよね、やっぱり」
「うまく行けば身分違いの恋になるねー」
 朝子に脈があると知って、狸毬と神音の乙女二人は、俄然前向きに解決策を検討している。相手が破落戸(ならずもの)とはいえ、色恋話の予感に目を輝かせているようにも見える。
 三人は恋愛談義も絡めつつ相談を進め、一つの解決方法を思いついた。それで納得しなければ、確かにもう手の打ちようも無いと朝子も納得し、神音と狸毬は階下で待つ開拓者の元へと向かった。

●開拓者崩れ
「‥‥では、茂寅に関しては、ギルドは関知しないと?」
 エグムは一度ギルドに戻り、茂虎についての調査と確認を行っていた。

 茂虎は元来の頭の悪さと直情気質から、いつも戦闘で単身敵に突っ込んでは大怪我をしていた為、身の危険とかさむ治療費を理由に依頼を受けぬようになったらしい。
 つまりは半ば自らの判断で開拓者の道をそれたわけで、そんな彼が何をしようと、犯罪で無い限りはギルドにとって大した問題ではない‥‥と、ギルド側はそういう姿勢である。
「しかしながら、十数名もの若者が、開拓者崩れとなっているのです。
 開拓者崩れが今に出始めた事ではない、と言う事は理解出来ます。しかしながら――いえ、簡潔に言いましょう。説得で解決できなかった場合に、彼らを逮まえる権利を頂きたい。そして、彼らの今後の再教育をギルドにお願いしたいのですが、どうでしょうか?」
 そう、エグムが係員に詰め寄る。相手が話の通じぬ程の荒くれ者だとしたら、このような正道の対策が一番良いのだ。
 元開拓者とはいえ、志体が一般住民に迷惑をかけるのは、当然ギルドとして歓迎できることではないとし、ギルド側はエグムの申し出を受け入れた。

 これで万が一の際に茂寅を捕える根回しはできた。あとは相手が力に訴えれば、こちらは法で解決できる。
 そうしてエグムが万屋の前に戻ってきたとき、しかし万屋前では何やら不穏な空気が漂っていたのである。

●対話
 時間は、鬨達が朝子に話を聞きつつ、エグムが調査のため開拓者ギルドに戻り、それぞれが別れたところまで遡る。
 とりあえず説得だけでも試みてみようと、鬨達五人は茂寅に接触していた。

「成程‥‥実に大胆で熱い想いをお持ちの様だ」
 宗軒がそう切り出し、茂寅達に声をかける。茂寅一味は一斉に、怪訝な視線を開拓者達に向けた。
「朝子ちゃんに頼まれてね、あんたらをどうにかして欲しい、って」
 氷の言葉の中の、朝子という単語に反応し、茂寅が眉間にシワを寄せる。
「朝子が、だと?」
「毎日こうやって押しかけてくるお前さんに困ってるんだと。
 九藤のお嬢さんは、徒党を組まない、物静かで品行方正、真面目に働く人物が好みらしいぜ」
「手前、適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
 カルロスが皮肉めいた言葉に、茂寅の子分達が食って掛かる。カルロスは、それに動じるどころか満足気な笑みすら浮かべている。
「お前らには関係ねぇだろうが!」
 などと喚き散らしながら、子分達は眼を飛ばして開拓者達に詰め寄ってくる。
 その中の一人がカルロスの胸ぐらを掴もうと手を伸ばすが、カルロスはニヤリと笑い、その手を掴んでひらりと返し、相手の身体を軽く投げ飛ばした。
 場の空気が一瞬、重い緊張に包まれる。由樹が、若干苛立ちながら口を開いた。
「‥‥アンタら、ちょい静かにしてほしいんやが。俺らは親分と話したいんや」
 渋々と下がる子分達の後ろにいる、茂寅に目を合わせる。本人もカルロスの言動が気に触ったらしく、かなり不穏な気配を見せている。
 開拓者達は、兎に角徒党を組んで押し寄せることだけはやめるべきだと、茂寅に申し出た。
「人を好きになることはかまいへんが、人様に迷惑をかけるのはあきまへんどす‥‥」
 鬨がそう言うと、茂寅はむうと唸り、開拓者達に言い返す。
「しかし、朝子はどんだけ頼んでも俺の話を聞いてくれねえじゃねえか」
 恋愛事が唯相手に頼みこむだけで解決すると思っている茂寅に、由樹が呆れたように言う。
「お前が変わらん限り、朝子は一生振り向かへんちゅうことや。
 もっと相手の気持ち、考えみい。恋はひとりでするもんとちゃうやろ」
「求婚は男と女の真剣勝負ですから、やはり一対一で挑んだ方が良いのではないでしょうか。
 真剣勝負に、ぞろぞろと仲間を連れて行くのは、余り粋とも言えませんし」
 宗軒は、あえて柔らかな態度で、由樹の言葉につづけた。飴と鞭ではないが、好意的に対話する者も必要であろうと、相手の利益を提示しつつ、説得する。
「相手の方も、大勢の前では気が引けて、ちゃんと返事が出来ないかもしれません」
 彼らの説得に多少の反応をみせつつも、やはり直情的な茂寅は納得いかなそうな顔であった。

「そーそー、とりえあず落ち着いて、相手の話を聞いてあげないとだめだよー」
 と、そこに後ろから割って入ったのは狸毬である。神音と共に朝子の話を聴き終えて、万屋から出てきたところだ。
「おう狸毬、どやった」
 二人は由樹を始め他の仲間に耳打ちし、朝子の意思を伝え、自分達が考えた解決方法を提示する。
「やれやれ、それだけで終わっては、俺としては詰まらんのだがな」
 ‥‥大立ち回りを期待していたカルロスは残念そうな顔をしたが、結局は皆、二人の提案を受け入れた。

 相談が終わると、神音は茂寅に向き直り、高らかに宣言する。
「よーし。神音が茂寅さんとしょーぶして、神音が勝ったらゆーこと聞いてもらうよ!」
 どよめく茂寅一味。
 神音達が出した条件は、茂寅が勝てば朝子は好きにしていい、神音が勝てば開拓者達に従う、という物だった。当然、朝子の了承の上での条件である。
 茂寅は願ってもないとその条件を呑み、神音をじろりと睨んだ。
 往来の真ん中で火花を散らす大の男と小さな少女。そしてそれを取り囲み見守る、開拓者と子分達。
「‥‥なんですか、この状況は」
 その状況を見て、ギルドから戻ってきたエグムがあっけに取られていた。

●決闘と結末
 勝負自体は、ごく短い時間で決着がついた。

 茂寅と神音は暫し睨み合ったが、やがて茂寅から足を踏み出し、手にした木刀で初手を放った。
 神音は茂寅の動き全体を捉えながらひたすら避けてまわる。幾度めかの攻撃で茂寅が大きな隙を晒すと、それを逃さず瞬脚で懐に飛び込み、鳩尾に蛇拳を叩き込んだ。
「隙ありっ!」
 破落戸生活の果てに腕の鈍った茂寅は、現役開拓者の強烈な一撃を受け切れず、その場に倒れこんで動けなくなった。

 しばらくして、子分に介抱されてどうにか起き上がった茂寅は、勝負に負けたことを悟ると、情けなくおんおんと泣き崩れた。
「こんな子供に負けたら言い訳もしようがねぇ‥‥いいさ、朝子のことは諦めてやる」
 言葉とは裏腹に、到底諦めきれないという顔で茂寅はそう言ったが、氷がちょっと待った、と声をかけた。
「だれが朝子ちゃんを諦めろって言ったよ? あんたはこれから、開拓者をやりなおすんだ」
「あ?」
 予想外の言葉に、戸惑う茂寅。
「そいな情熱があるんやったら、その想いを開拓者として全うすればええんどす‥‥全うな身分になってから、もう一度きやさい」
「大棚の娘に開拓者崩れが言い寄るなど、そもそもが無理な話だしな」
 ようやくおとなしくなってきた茂寅に説教する鬨に、カルロスも同調する。
「朝子ちゃんは、ギルドの依頼を百回こなしたら結婚を考えてもいいって言ってたぜ。
 どの道、結婚したいなら支度金だって必要だろ? 相手が裕福だからって、それに頼るのは男としてどうかなぁ?」
 元々、茂寅の情熱をアヤカシ退治に向けられないかと考えていた氷は、多少誇張が入った表現で茂寅を説得した。
「ギルドにも話は通してあります‥‥お仲間共々、開拓者として一からやりなおすといいでしょう」
 エグムは元々、その為に開拓者ギルドに掛け合いに行った程である。最悪、茂寅を逮捕してでも‥‥とも思っていたが。
「そのくらい立派になったら、朝子ちゃんの気も惹けるかもねー。ね、朝子ちゃん?」
 狸毬がそう呼びかけると、万屋の中からこっそり様子を見ていた朝子が出てきて、茂寅の前に立った。
「‥‥本当か、朝子?」
 問われた朝子は、多少間を置いてから口を開く。
「‥‥そうね。そしたら、ハナシ位は聞いてやるわよ。でも、家の前で騒ぐのはもうやめてよね」
 答えを聞いた茂寅はやにわに生き返ったように、最初の元気を取り戻した。
「そうか、わかった‥‥朝子。俺は今からアヤカシ百匹倒してくる!」
「なんでそうなる!?」
 茂寅の言葉に、周囲が、思わず一斉にそう反応した。
「そうすれば結婚してくれるんじゃないのか?」
「『依頼を』『百回こなせば』『考えてもいい』って言われたんでしょーが! いい加減話を聞け、アンタはっ!」
「似たようなモンだ! よし、ギルドに行ってくる!」
 朝子の言葉も半分聞き流すように、茂寅は開拓者ギルドの方へと駈け出していく。
 宗軒が、取り残された子分達の肩を叩き、そっと告げた。
「‥‥茂寅さんは、貴方たちが支えてあげて下さい。彼にはまだ、貴方たちが必要でしょう。
 一緒に叫ぶだけが仲間じゃない。辛い時に側に居るのも、立派な仲間ですよ」
 その言葉を聞いてはっとした子分達も、茂寅を追いかけていく。
「待ってくれ、兄貴ーっ!」
 その背中を、どっと疲れた表情で見送る開拓者達。神音が、ぽつりと呟いた。
「これで、茂寅さんも『こーせー』できるかなー?」
「さぁ‥‥ま、結果が出るまでは、待ってやってもいいかな」
 朝子はそう言って、小さくなる茂寅を、苦笑いしながら見送った。

 ‥‥

 その後、茂寅は子分共々開拓者に戻り‥‥悪戦苦闘しつつ、日々依頼に挑んでいるという。
 目標の百回には程遠く、彼が本当に更生できるかはまだわからないが‥‥
 私はほんのちょっとだけ、それに期待している、と‥‥朝子から開拓者たちへ送られた手紙の中には、感謝の言葉と合わせて、そんなことが綴られていた。