きのこの里と人喰花
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/03 03:57



■オープニング本文

●秋の始まり
 十日程前の、朝の出来事。
「ウズラ、松茸が食べたくはありませんか」
 見習い泰拳士の少女、谷上ウズラは、自らの師匠ににこやかな笑みでそう語りかけられた。
 唐突な問いに、ウズラもやや適当な答えをかえす。
「え、はぁ‥‥そりゃ、食べたいですねぇ」
 秋の味覚として、松茸は天儀でも好んで食べられる食材だ‥‥ウズラもそこまで松茸を渇望しているわけではないが、食べたいかそうでないかと言えば前者であるわけで、そこは取り敢えず食べたい、と述べておいた。
 ところが師匠は、そんな曖昧な態度のウズラの言葉にもウンウンと頷き、満面の笑みを浮かべながら、ズイと顔を寄せて更に言葉を続ける。
「そうでしょうそうでしょう、貴方は、松茸が、食べたいですよね?」
 にこにこと笑みを浮かべる師匠に、ウズラは敏感に不穏な空気を感じ取った。微妙におかしな言い回しが、師匠の笑みの怪しさに拍車をかけている。
「‥‥先生、何か企んでません?」
「実はですね、松茸が沢山とれる隠れ里というのを聞きつけまして、ええ、ええ」
 そういいながら、師匠はマル秘印のついた封筒を取り出し、中にある地図を見せた。
 東房の山奥の小村である。この場所からは、それなりに距離があった。
「‥‥まさか、採ってこいってことですか」
「察しがよくて助かります」
 師匠は静かに首を縦に振り、ウズラはハァと溜息をついた。
「これも修行ってことになるんですよね?」
「そうなりますねぇ」
 そう言われてしまえば、弟子のウズラに拒否する権利は存在しない。
 面倒事を避けるのを諦めたウズラは、その日のうちに件の山へ向けて出立した。


●きのこの里にて
 しかし、ウズラがその小村に数日かけて辿り着いた後、簡単に松茸をとれたという様には、コトは運ばなかった。

「あの‥‥師匠の三剣の言いつけで来たんですけど」
 声をかけられた村人は、やってきたウズラの顔を見るなり、開口一番に言った。
「おお、やっと開拓者が来たか、待っとったぞ。早速、山の中に案内しよう」
 まさか山奥の村人が、松茸狩りの開拓者をいそいそと待つだろうか? この時点で嫌な予感はしたが、今更帰るわけにもいかず、ウズラは村人について山中に入った。
 そして村人に案内されてウズラがその山の中腹あたりまで登って行くと、そこには案の定、厄介ごとが待ち受けていたのである。
 巨大な花の奥に大きな口がついた‥‥それはまごうことなきアヤカシだった。あまり活発ではないが、ぐねぐねと身体を動かし、周囲を探るような動きも時々見せている。
「厄介なのはな、これが山の至る所に生えてんだわ。まー近寄らなきゃいいだけのハナシなんだが、うっかりしてて食われかけたのもおるし、こりゃ危ねぇってことで駆除してもらおうと」
「ですよねー」
 師匠の目的はこっちだったか。そう思いながらウズラが慎重に花に近寄ると、花はばっくりと口を広げ、凄まじい速さで噛み付いて来た。慌てて飛びすさり、間一髪でかわす。
「こんなんじゃオチオチ松茸狩りもできんでな‥‥おめぇさん、そんなナリして泰拳士なんだろ? パパーッとやっつけちまってくれよ」
「ぱぱーっと‥‥て、山の至る所に、沢山生えてるんですよね?」
「ああ、あっちこっちに。中腹より下には生えてないみたいだが」
 村人に言われて、ウズラは辺りの景色を見渡す。それほど広い山ではないが、一人で歩きまわるにはどう考えても手に余りそうだ。
「見通しもあんまり良くないし、こりゃ、私一人じゃムリかなぁ‥‥」
「なんでぇ、開拓者ってのも大したコトねぇなぁ」
「ううっ、そんな言い方しなくても」

 村人の辛辣な言葉に若干傷つきつつも、ウズラは冷静に状況を判断した。
 自分ひとりでは全ての花型アヤカシを、確実にみつけて駆除できる保証はない。まして無理して一人で山を駈けずりまわって、疲労困憊したところをうっかりパクりとやられてしまうなどというのは愚の骨頂、御免被る。
「先生は修行って言ってたけど。こりゃ、仕方ないよねぇ」
 ギルドに正式な依頼として届けをだそう。そう判断したウズラは、一度来た路を引き返して開拓者ギルドへと足を向けた。
 ‥‥松茸狩りは、しばらくおあずけになりそうである。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
空(ia1704
33歳・男・砂
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
紅咬 幽矢(ia9197
21歳・男・弓
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ


■リプレイ本文

●きのこの里にて
 夏の猛暑を終えて、秋の彩りを見せ始めた山々を前にした桔梗(ia0439)が、ほぅっと息ついて、目を細める。
「春の山も良いけど、秋の山も、精霊様の恵みが沢山だな。里、思い出す」
 この山の中には、松茸だけではない、数々の山の幸があちこちに転がっていることだろう。そんな秋の味覚に一瞬思いを馳せつつも、桔梗はすぐに目の前の状況に意識を戻した。

「なるほどー、はは、ウズラの師匠って抜けてるところあんなー」
 依頼人の谷上ウズラから事情を聞いた羽喰 琥珀(ib3263)は、少年らしい明るい笑みを浮かべながら、率直な感想を述べた。アヤカシが現れているというのに、それを知らずに弟子をきのこ狩りに遣わすとは、確かに間の抜けた話と言えよう。
「うちの先生はたまに酷く適当な時があって‥‥すみませんがよろしくお願いします」
 と、頭を下げたウズラに、ふむと首をかしげて瞳を鋭く光らせるのは、弓術師の紅咬 幽矢(ia9197)だ。
「師匠はキミがギルドに依頼する事も見越して修行に出したんじゃあないかな? 出来る事には限界があるんだし、人と協力する事、それも修行の内だよ」
 彼でなくとも、多少あからさまな状況、と思うのは確かだ。ウズラも彼の言葉に、大きく頷いている。
「もしかして鳩座センセー、不測の事態にウズラちゃんがどー対処するのかを見ているのかな?」
 石動 神音(ib2662)も、以前に会ったことがあるウズラの師匠を思い出しながら、あのセンセーなら、そんなこともするかもしれないと感じていた。
 同じくウズラや、彼女の師と面識のある十 宗軒(ib3472)は、件の師匠の真意を読めているのかいないのか、ウズラ達のやりとりに、くっくと苦笑している。
「ウズラさんも鼠相手に泣いていたと思ったら、すっかり開拓者らしくなりましたからね」
 からかわれて、うぅ、と苦い顔をするウズラを見て、宗軒は満足気に笑って言葉を続けた。
「まぁ、それは兎も角、アヤカシを退治しなければ始まりませんね。手早く済ませて、秋の味覚を堪能するとしましょう」
「松茸か、季節モンだねェ‥‥まあ、食えるンなら喰っとこうか。アヤカシが出てたせいであんま人が入らなかったなら、松茸も結構残ってるかもな」
 宗軒の言葉に、それまで一歩離れた場所で周囲を見渡していた空(ia1704)が、会話に入る。山肌には松茸が好んで生えるという赤松の、よく育ったのが沢山生えている。唯でさえ松茸の隠れ里などという噂が出回るくらいだ‥‥アヤカシに喰われたり潰されたりしていなければ、結構な量が手に入るだろう。
 ‥‥日が暮れる前に手早くアヤカシ退治をしてしまいたいところだ。

「アヤカシに近づいたら甘い匂いがしたんで、それも探す目安になると思います」
 と、実際にその匂いを嗅いだウズラは言う。匂いを嗅いでも、特に異常はなかったらしく、断定はできないがおそらくは無害なもののようである。
 匂いを防ぐために襟巻きを用意してきた者もいたが、どうやらそれは使わずに済みそうだった。

●花狩・一の班
 広範囲に分布したアヤカシの取りこぼしをなくすため、開拓者達は三つのグループに分かれてアヤカシの捜索を行うことになった。
 第一班を、幽矢、琥珀、陰陽師の神咲 六花(ia8361)。
 第二班を、桔梗、神音、ウズラ。
 そして第三班は、空、宗軒という組み合わせだ。
 それぞれがある程度の感覚をあけて、同一方向へと進行しつつアヤカシを探す‥‥いわゆるローラー作戦である。

「ぼくは琥珀と、六花とか。よろしく」
 幽矢がそういって、班のメンバーとなった琥珀と六花に手を上げた。
「おう、よろしくなー!」
 少年らしい快活な笑顔で、琥珀がそれに答える。アヤカシ退治の後の松茸が楽しみで仕方が無いらしく、身体をウズウズさせていた。

 木々の密集した山の斜面を三人が並んで歩き、琥珀は心眼を、幽矢は鏡弦を使いながら、アヤカシの存在を探っていく。
 幽矢は弓の弦を掻き鳴らし、眼を閉じて周囲の音に耳を澄ます。
「あっちだ。たぶん、そこの向こう側」
 果たして幽矢が指差した方角に行くと、そこには件の人喰花が控えて、周囲に甘い匂いを漂わせている。
 琥珀が、感嘆の声を上げた。
「おおっ、すげーな幽矢」
「弓術師として、山狩りで遅れをとる訳にはいかないからね」
 依頼人のウズラは修行としてこの山に送り込まれたらしいが、それは幽矢にとっても同じだ。自分の得意とする領域で最大限の力を発揮できるよう、全力を尽くさねばならない。
 ‥‥そんな真剣な面持ちの幽矢の横で、琥珀はぶんぶんと腕を振り回して準備運動している。
「早くあれ倒して松茸狩りしてー。いくぜ、二人共!」
 そのまま刀を抜くと、アヤカシに斬りかかっていく琥珀。が、突如何かに足を取られて転んでしまう。
「うおっ‥‥なんだ!?」
 慌てて自分の足を見ると、人食い花から伸びた蔓が巻き付いていた。どうやら外敵とみなした対象を蔓で捕獲する習性のようだ。
 後ろから幽矢が放った矢が飛んできて、蔓を見事に射抜いて分断する。
「気をつけなよ。相手は足がついて動くわけじゃあない。蔓にさえ気を配れば問題ないはずだから」
「悪りー悪りー。助かったぜ!」
 立ち上がって、琥珀は今度こそ人喰花に斬りかかる。業物の太刀が閃き、花の花弁を次々斬り裂いて行った。
「植物相手に、弓は効率いいとは言えないけど‥‥これなら」
 幽矢も微妙な距離を保ちながら、隙を見て強射で援護し、連携を取る。
 矢が直撃して怯んだところを、すかさず琥珀が花の頭を切り落とすと、アヤカシは動かなくなった。

 幽矢が一息つくも、琥珀はまだまだ元気が有り余っている様子で、既に辺りを見回して次のアヤカシを探している。
「よーし、次いこーぜ次! 早くしないと日が暮れちまう」
 元気なものだが、彼の言うことも最もである。すぐに幽矢も、琥珀に続いて再び歩き出した。

●二の班
 一方、第二班は。
 神音とウズラの後に桔梗が続き、時折瘴策結界を使いながらアヤカシの姿を探していた。荒縄を巻きつけた靴で慎重に歩く神音を先頭にして、斜面に対して平行に歩いていく。
「ウズラちゃん、もう鼠は完全にへーき?」
 以前にウズラと共に鼠のアヤカシを退治したときのことを思い出しながら、神音がウズラに話しかける。
「完全に平気って訳じゃないけど‥‥もう見るだけで足がすくむとかはないよ」
 そう答えるウズラも、数カ月前と比べるといくらか頼もしく見える気がする。
「俺は、ウズラとは初めて会う、けど‥‥聞く限り、鳩座は元気そうだな」
 繁みの中を、杖でかき分け進みながら、桔梗はウズラにそう呼びかけた。彼は以前、ウズラの兄弟子にあたる青年を助ける為に、鳩座の依頼を受けたことがあった。
「鷹一郎も、元気?」
 その青年のことを、問われると、ウズラは少し考えた後、穏やかな語調で答えた。
「最近は、少し丸くなったかなぁ。前はいっつも仏頂面してたんだけど、今は結構笑うようになったよ」
 そういって自身も笑うウズラを見て‥‥彼女の存在が鷹一郎の救いになるだろうかと、桔梗はぼんやり思った。

 そんな会話に華咲かせつつも、三人は探索を怠っている訳ではない。
 神音は背拳で常に敵の襲撃に備えていたし、神音には及ばずともウズラも周囲を警戒している。
 そして桔梗が何度目かの瘴索結界を使ったとき、藪の向こう側にアヤカシの存在を捉えた。
「‥‥いた。あれだ」
 少し進んだところに、人喰花が生えているのを見つける。アヤカシも開拓者の存在を感じ取ると、蔓を伸ばして獲物を捕えようとしてくる。
「ウズラちゃん、見ててね!」
 神音とウズラ、年齢は近くとも、泰拳士としての格は明らかに神音が上である。
 迫る蔓の間を瞬脚ですり抜けながら、神音が一気に距離をつめる。
「せぇーいっ!」
 大きく踏み込んで紅砲を叩き込むと、人喰花は、まるで生き物が苦しむようにのたうちまわった。
「‥‥援護、する。怪我したら、俺が治してやれるし‥‥思いっきり、やるといい」
 次いで桔梗が杖をかざし、力の歪みによって花を攻撃する。ウズラを後押しするような視線を送ると、ウズラも二人に対して頷き、かけ出した。体捌きを見習いながら接近し、花の茎に正拳を入れると、その一撃でようやく、花が生気を失って倒れた。
「よーし、この調子だね!」
 神音が歓声をあげ、額の汗を拭う。面識やつながりがあるだけに、三人の連携は、良好に機能しているようだった。

●三の班
 山の中は、松を始めとした木々が密集して生えており、地面には草や低木もぼうぼうと繁って見通しがあまり良くない。
 だが、シノビである空と宗軒は、軽やかな身のこなしで、木々の間をすり抜けて歩いていた。既に二匹の人喰花を排除し、そろそろ予定していた領域の全てを探索しようかという頃だ。

「何か居ましたか、空さん」
 宗軒が、心眼を使った空に問う。
「‥‥二つだ。アヤカシか動物かは区別がつかねェが」
 空は、嘗て志士だったころに習得した心眼で周囲の存在を探っていた‥‥空が感じる二つの生命体は、どちらもじっとしたまま動いていない。
「アヤカシもそうですが、この時期は獣も危険ですから、気をつけないといけませんね」
 そう言いながら宗軒の方は、蔓状の植物が無いか、あるいは件の甘い香りがしたりはしないかと、警戒している。視界が狭い時には、アヤカシや動物に不意打ちで襲われるのが一番厄介だ。
「熊とかか? 確かに居るかも知れねェな。ま、どっちみち退治しちまえばいいだろう」
 宗軒の言葉に答えながら空は、おもむろに手裏剣を二枚取り出し、それぞれ別の方向へと投げつける。そして再び心眼を使い、反応を確かめた。
 ‥‥一匹は逃げた。多分兎か何かだ。もう一匹はその場にとどまりながら、暴れている‥‥恐らくこちらが本命だ。
「十。そっちの陰の方に居るぞ」
 大きな赤松が数本生えている、その向こう側を、空は見た。宗軒は頷き、その赤松を迂回するようにして目標に近づくよう、空に合図する。
「そういやァ、赤松に生えやすいンだったか?」
「気付かずに踏み荒らしては、本末転倒ですからね」
 この後のことを考えつつ赤松とは十分に距離を取りながら、人喰花の近くまで忍び寄る。
「相手は振動か動き‥‥いや、動きだな。動くモンに反応してる。一度動いたら、一気に近づいて決めるぞ」
 互いに軽く合図すると、宗軒と空は同時に動いた。人喰花が反応して蔓を伸ばしてくるが、それぞれに迫る蔓を、二人は獲物を抜いて切り払った。
「近付きすぎてパクリとなるのは遠慮したいですが、一体何処まで蔓を伸ばせるのやら」
 宗軒は次々と迫る蔓を短刀で刻みつつ、隙をみて手裏剣を放る。空の方は足を止めることなく、アヤカシに近づいていった。低い姿勢から極薄刃の忍刀を、花の根元に突き刺して、容赦なく仕留める。

 手際良く人喰花を葬った後、まもなく二人の担当していた領域の捜索が終わった。空と宗軒が、顔を見合わせる。
「これで全部か? 取りこぼしがなきゃいいが」
「まぁ、残りがいたとして、松茸狩りと並行して探してもいいでしょう。一度戻りましょうか」

 そうして二人が集合場所に戻ると、既に他の二班も探索を終了し、帰還していた。これで、一通りの駆除は終わったことになる。
「あとは、松茸狩りだな!」
 まだまだ余力の残っているらしい琥珀が叫ぶと、皆それに賛同し、再び山へと入っていった。
 今度は、花ではなく松茸を探しに。

●茸狩
 各々の捜索が功を奏し、どうやらアヤカシは残らず駆除されたようだった。松茸を収集している最中にも特に異変はなく、七人で手分けして探した結果、村人から借りた籠がいっぱいになるほどの松茸が収穫できた。
 山育ちの桔梗に至っては、栗やらアケビやらも器用に見つけて集めてきている。久々に山を歩いて、心なしか、彼の表情が普段より生き生きとしているようにも見えた。

 山から戻った開拓者達は、村人の家の一間を借りて、松茸を調理して食べることにした。
 とってきた松茸を並べながら、神音が腕まくりをして調理の準備を始める。
「よーし、じゃー、神音が腕によりをかけて料理するね!」
 そういいながら、食べるのに適当な松茸を選び、手ぬぐいで汚れを落としていく。随分手馴れている様子だ。
 その横では幽矢も、楽しげに松茸を裂きつつ、焼き上げる準備をしている。
「僕は素直にそのまま焼いてみようかな。食べるのも美味しいけど、作ってる時が楽しいよね」
「‥‥へぇ、男の方なのに、珍しいですね」
 ウズラが何気なく発した言葉に、幽矢がぴくりと反応する。
「‥‥なんだよ、悪いか」
「あ、いえ、全然、そんなことないですよ?」
 幽矢に睨まれて慌てて取り繕ったウズラだったが、調理をする幽矢が実に楽しげだとは、周囲の誰もが思ったことだった。もちろん、思っても誰も口には出さない。

 神音が中心になって作った料理は、松茸が大漁だったこともあって実に様々なものが出来上がった。
 松茸御飯に、茶碗蒸し、焼き松茸、土瓶蒸し、吸い物と、軽い宴会のような豪勢な品揃えである。既に部屋の中には、松茸独特のいい香りが立ち込めている。
「‥‥いただきます」
 桔梗が、きちんと手を合わせて挨拶したのを合図に、みな一斉に食べ始めた。
 旬の松茸は、神音達の料理の腕も相まって、実に美味だ。
「運動したあとだと飯がうめー」
 松茸を一際楽しみにしていた琥珀も、美味い美味いと満悦顔である。見ている側が気持ちよくなるような食べっぷりだった。

 採った松茸は、料理の為に半分使い、もう半分は開拓者達が各々持ち帰る為にとってあった。
 料理を味わった後、ウズラも含めたそれぞれが均等に分けあった。
「松茸酒にでもするかな。大人の楽しみ、ってなァ。なぁ、十?」
 空は包んでもなお僅かに香る松茸と、手元の酒を見比べながら、機嫌よさそうに言った。空に振られた宗軒も、穏やかに笑いながら言葉を返す。
「それも乙ですが、こう見えても所帯持ちですから。家族にも食べさせたいと思って」
 いかつい宗軒の外見からはやや意外な発言だったが、それには桔梗が頷いて同調する。
「俺も、家の皆で食べたい、から‥‥かな。いい土産、出来た」
「神音も、もちろんセンセーに持って帰るよ。センセー、喜んでくれるかなっ?」
 松茸は、天儀でも手に入りづらい、高価な食材である。それにとどまらず、開拓者自身の手で収穫した松茸は‥‥それぞれ大切の者達への土産として、あるいは自分自身の愉しみとして、最高の手土産となろう。

 翌日、開拓者達は皆、土産の松茸を手に、笑顔で村を後にする。
「今回は、ありがとうございました。これで、胸張って道場に帰れます!」
 当初の目的を果たしたウズラもまた、開拓者達に頭を下げて、松茸の包を手に師匠の元へと帰っていくのだった。