死霊の村に弔いを
マスター名:あさぎり芙蓉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/06 23:16



■オープニング本文

 故郷の村を弔ってほしい。
 開拓者ギルドを訪れた20歳代半ばの男が語った依頼はそのようなものだった。

 話は男がまだ少年だったころまで遡る。男の語る故郷とは石鏡の辺境にある、名もない小さな村だった。
 辺境にあると言ってもまだそこまで魔の森の影響はなく、村は平和だった。
 その日。少年は母親に連れられて安雲へと向かった。安雲には母方の祖父母が暮らしていたのだ。彼は村に父と父方の祖父母を置いて村を後にした。
 家の前で手を振る優しそうな父と祖父母。それまでも何度も見た事のある光景であったが、彼が見た最期の姿になってしまった。
 ――村は、賊に襲われた。
 幸いにして難を逃れたのは遠く、安雲まで出かけていた彼と彼の母のみであった。それ以外の村人は老人も子供もすべて殺された。家は全て火を放たれていたという。
『いたという』とやたらと他人事のように男が語るのには訳があった。彼は村が滅んでから一度も村に帰る事はなかった。
 母は村の惨禍を耳にしてすぐに飛んで帰ったが、すぐにひどく取り乱しながら帰ってきた。母と共に村へ行った母方の伯父は憔悴し切った様子で「この世の地獄だ」と始終繰り返していた。
 そのような惨状があったからこそ彼は村へと近づけさせてもらえなかったのだ。あれは、子供の見るものではない。と。
 そうして、彼は今でも故郷の村へと行くことはかなわないままだという。
「けれど最近、妙な噂を聞くんです」
 男は目を伏せながら話を続けた。
 故郷の村は滅んだ後に打ち捨てられ、今や人っ子一人住んではいない。けれどもその地には全く違うものが住み着いてしまった。
 つまり、アヤカシの巣窟となってしまったのだという。
 ある行商人はそこで熱い熱いと呻く姿なき声を聞いたという。
 ある開拓者はそこで血に塗れた女子供がすっと消えるのを見たという。
 あるいは、あるいは。噂は尽きる事なく男の耳に入ってきた。おそらくは賊に殺された村人の思いが死霊として蘇ったのだろう。
 それを聞いた時から男は罪悪感と無念でいっぱいだった。そこに現れているアヤカシは村人自身ではないのだろうが、おそらくは無残に殺された村人の無念の塊なのだ。
 一度は自身で故郷に赴き、弔いを済ませようと考えたが周囲に反対をされ、開拓者を頼る事にしたのだという。
「お願いします。どうか、アヤカシを退治して村を弔ってください」
 男は頭を下げながら、ぽろぽろとその両眼から涙をこぼしたのだった。


■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
和奏(ia8807
17歳・男・志
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
詠斗(ib3208
17歳・女・魔
煉谷 耀(ib3229
33歳・男・シ


■リプレイ本文

●縁者の願い
「今尚村に向かう気があれば、共に来るか?」
 漆黒の髪からはみ出た神威人の特徴である獣の様な――彼の場合は猫の様な――耳をひくりと震わせて告げた煉谷 耀(ib3229)の言葉に依頼人は目を見張った。
 耀の横には健康的に色づいた小麦色の肌を黒い長い髪で縁取った巫女装束のサムライ、紬 柳斎(ia1231)と耀と似たような、狐の耳を赤い髪からのぞかせた魔術師、詠斗(ib3208)とが並んで依頼人の返答を待っていた。
「依頼からは外れる物言いだろうが‥‥縁者の想いがあってこそ、弔いも成就するものと思ってな」
 耀の言葉に依頼人の目に迷いが生まれる。
 今回の依頼を受けた時、開拓者の中の何人かが依頼人を村に連れていくのはどうか、と提案をしたのだ。
 村の生き残りであり縁者である依頼人に弔わせてあげたいと考えての提案であった。しかしながらこれから彼らが赴こうとしている場所はアヤカシに満ちた死霊の村。アヤカシの巣窟へ志体を持たぬ依頼人が同行するとなればそれ相応の危険が伴う。戦闘になった時の危険性は勿論のこと、依頼人の精神に負の影響を及ぼす可能性を懸念する者もおり、それらを理由に難色を示す開拓者がいることもまた事実。
 結局の所、依頼人の意思を尊重しようという事となり、こうして依頼人に確認をすることとなったのだった。
 しばし依頼人はそのまま黙って俯いていたが、顔をあげて首を横に振った。
「確かに一度は村へ赴こうともいたしました。けれど、アヤカシも‥‥焼けた村を見るのも恐ろしいのです」
 お願いします。依頼人は不甲斐なさと迷いの混じった表情を浮かべたままぺこりと頭を下げた。その様子を少し離れた所から見ていた長身の騎士、ウィンストン・エリニー(ib0024)は静かに依頼人へと近づくと依頼人のなくした全てを悼むかのように頭を垂れた。
「家族の弔いを成し遂げる様、我らが協力する故にな」
 依頼人の意思は決まった。開拓者たちは青年の意思を背負い、死霊の村を目指し、出立をした。

●死霊の村へ
 村への道は依頼人にあらかじめ聞く事が出来たが現在の村の様子は依頼人も知らない。
 それもそのはず、依頼人が最後に村を見たのはもう10年前後も前の事なのだ。それ以来足を踏み入れていない現在の村の様子など、彼に分かるはずもない。
 大まかに家の配置は聞いたもののそれもあっているのか疑わしい、と依頼人は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ご郷里の村が盗賊に‥‥アヤカシに堕ちてしまわれるとは‥‥きっと幾重にもご無念でいらっしゃるでしょうね」
 雪のように白い肌にかかる黒い前髪を払いながら和奏(ia8807)が呟いた。
 彼の横に立った赤い髪をきりりと結んだ篠田 紅雪(ia0704)はそれに同調するわけでもなくただ歩を進めていた。まるで村に降りかかった惨禍の事になど気にも留めていないようとも受け取れるが、時折、村に対して哀れみめいた感情をのぞかせる事があった。
「縁者である依頼人に弔わせてあげたかったがのう」
 小柄な黒髪の男巫である高倉八十八彦(ia0927)は残念そうに口にした。
 しかし依頼人が弔いに来れないとなれば、代理として一次供養を行う心積もりであった。
「死霊は死ぬ時の思いが凝り固まったモノだと言う話がある。それが本当なら、その村に出る死霊は今も苦しみ続けている訳だね」
 弔いのために用意した荷物を抱えながら、アルティア・L・ナイン(ia1273)がポツリと呟く。アルティナは頭を2,3度掻きながら言葉を続けた。
「‥‥引き摺られるから、こういう依頼は苦手なんだけどね」

●死に満ち満ちた村
 開拓者の前に現れた村は聞いた以上にひどい有様だった。
 火をつけられ、焼かれた家屋は長い月日を経て、もうそのほとんどが朽ちていた。
 事前に聞いていた大まかな情報通り、家々は密集していないだったが、ほとんど崩れかけの物ばかりなのでそもそも大きな障害物にはならないようだった。
 八十八彦が仲間たちに触れ、そして祈りをささげる。
 一瞬淡い光に包まれて精霊たちの加護を受けた開拓者たちは後方職である八十八彦と詠斗を囲み円陣を組むと村を探索し始める。
 八十八彦の張った瘴索結界と和奏の心眼をもって周囲のアヤカシの気配に気を配りながら囲まれぬように進む。
 ‥‥先に気配を察知したのは和奏であった。
「前方です」
 声に反応したのは紅雪だった。すらりと愛刀を抜くと前方を睨みつける。
 そこにぼうっと現れたのは煤けた着物を着た女だった。血に塗れた凄惨な姿。ゆらり、ゆらりと揺れた死霊は微かにすすり泣き、開拓者たちに徐々に近づいてきた。
「かくも、凝るものか‥‥」
 紅雪の言葉に反応するように女の死霊は突然飛び、開拓者に襲いかかった。
 女と相対する姿となった紅雪は愛刀をふるい死霊を袈裟がけに斬り伏せる。油断なく刀を構えながら、紅雪の目に一瞬憐憫の光が過ぎた。けれども彼女は強い意志を持って、言った。
「だが‥‥殺されてはやらぬよ」
 なおも迫る死霊を刀で受け止め跳ね飛ばすと素早く死霊の死角に移動したアルティナが『解放者』の銘を持つ二刀による剣撃を死霊に叩きこむ。
「──迅速に、禍を断たせて貰うよ」
 確かな手ごたえ、しかし嫌な予感を感じ、アルティナが瞬脚によって飛び退いた。
「くっ」
 村の空気を震わせる死霊の断末魔とともにアルティナを衝撃が襲う。飛び退いていた上に精霊の加護を受けていたおかげであまり深刻なダメージは受けなかったものの、飛び退いていなければ死霊の道連れにされるところだった。
 霧散するように消滅した死霊に一息つく前に今度は八十八彦の結界が死霊の存在を感知した。
「後ろじゃ! それと、右っ」
 右に飛んだのは柳斎だ。白い巫女装束を翻し右へと斬り込んだ柳斎の前には片腕がまるで霧がかかったように消えてしまっている男の死霊が現れた。
 柳斎が刀を振るい死霊を引き離すとその横にももう一体の死霊がいた。
「‥‥紅蓮に包まれて‥‥旅立ちなさい、彷徨える者よ。」
 その死霊が腕を振り上げた瞬間、柳斎の背後から紅蓮の炎が飛びこみ死霊を燃やした。詠斗の放ったファイヤーボールだった。
 柳斎は燃やされてなお転げまわる死霊を両手に構えた二振りの刀で斬り伏せる。
 死霊が消えた事を見届ける前に返す刃で先ほど一時的に吹き飛ばしていた死霊を薙いだ。
 円陣を組んだ開拓者たちの後方から現れた死霊に受けて立ったのはウィンストンだった。
 あらかじめ振り抜いていた剣を防御の姿勢で構え、後方支援担当の二人を庇うように立ちふさがった。
 大きな口を開けウィンストンに取り付いた死霊は、両の瞳から血の涙を流していた。
『あ・あ・あ・あ・あああああ!!!! 熱い熱い熱い熱い!!!!!』
 ウィンストンの脳裏に死霊の声が響く。
 呪いに満ちた死霊の声がウィンストンの体力を削る。痛む頭を振り死霊を切り伏せる。まるで痛みを感じていない死霊はすぐさまウィンストンに向かって手を伸ばした。
 と、死霊と開拓者たちの間に突然、木の葉が舞い上がった。死霊の攻撃は空を切る。
「‥‥すまぬが今は従えぬ。いつかは俺も消えるだろうが、その時にまた声を聞かせてくれ」
 死霊の死角より現れたのは耀だった。
 耀は死霊の後方から鋭い手刀を叩きこむ。そこに追い打ちをかけるかのようにウィンストンが止めの一撃を加える。
 開拓者たちは陣形を崩さずに一丸となって死霊を退治していった。
 和奏の刀が死霊の体を薙ぎ、舞うように繰り出された柳斎の回転切りが道連れを探す死霊を完膚なきまでに切り伏せた。
 八十八彦の祈りによってもたらされた精霊の加護が前衛で戦う仲間たちを守り、その八十八彦をウィンストンが守った。
 木の葉の中から死角に攻め入った耀に続くようにアルティナが二刀をふるう。詠斗の放った紅蓮の炎で焼かれ怯んだ死霊を紅雪の刀が一刀両断にした。
『苦しい、熱い助けてくれ‥‥!』
 最後の死霊が呪いの言葉を口にしながら消滅した。開拓者たちはみな微かに傷を負ってはいるものの無事に全ての死霊を退治することに成功したのだった。

●生者から、死者へ
 開拓者たちは手分けをして村中を捜索し始めた。
 10数年もの間、野ざらしにされていたせいか遺留品の類はそのほとんどが朽ち果てて残ってはいなかった。
 賊に滅ぼされ、火を放たれた故か残っているとしてもそのほとんどが炭化してしまっているのだ。
「この家は‥‥」
 とある朽ちた家で和奏があるものを見つけて立ち止まる。
 和奏が事前に依頼人に尋ねていた彼の生家。焼け焦げ、朽ち果てていたものの依頼人の言っていた特徴と重なる部分がある。
 何か故人の遺留品がないかと期待して中に入り探索をすると物陰になっている場所に煤けた、けれどもかろうじて原形を保っている一組の茶碗を見つけた。
 銘の入ったそれはまごう事なき夫婦茶碗。かつて、滅ぼされる前はこの二つが食卓を彩っていたのだろう。和奏はそれを拾い上げて依頼人に持ち帰るために丁寧にしまった。
 一方で詠斗は村の外に出て花を摘んでいた。
 色とりどりの野花を両手いっぱいに摘み、それをひとしきり見てから微笑んだ。
 皆で手分けをして雨曝しになってしまった遺骨を拾い集めたが、おそらくこの村の住民よりも少ない数しか見つからなかった。
 もうすでに土に還り始めている遺骨もあった。
 出来るだけ集められた遺骨を村のはずれに集め、一つ一つ埋葬していく。
 ふと耀の手が止まる。彼が今まさに埋葬せんとした遺骨はボロボロになった着物を着ていた。
 耀はその着物に見覚えがあった。先ほど後方から開拓者を襲った、目から血の涙を零していた死霊が着ていた着物と同じ柄だったのだ。
 それに気が付いて、耀はその遺骨をそれまで以上に手厚く埋葬した。死霊と化してしまっていたとはいえ、拳を振り上げた相手だ。
 その遺骨の主が今度こそ苦しまずに済むようにと祈らずにはいれなかった。
 埋葬を黙々とこなして全ての遺骨を埋葬し、墓標を建て終えると男巫である八十八彦の出番であった。
 依頼人から預かっていた酒と人形を墓所に供える。これから代理で供養を行うのだ。
「縁者ではなあけえ寂しいじゃろうが、いまんとこはこんなもんで我慢してつかーさいのう」
 八十八彦がそう墓標に言葉をかける。他の開拓者たちもそれぞれ持参した物品を八十八彦にならって供えていく。
「色があった方がいいでしょ?」
 先ほど摘んできた花を供え、詠斗はにこりと墓標に微笑みかけた。
 可憐な野花が墓所に彩りを添える。それだけでも随分と悲しみが払拭されたように感じた。
 八十八彦が祈りを捧げ死者を悼む祈りを捧げ略式とはいえ供養を行うと続いてアルティナと柳斎が墓標の前に立つ。
 アルティナは二刀の柄に持参した鈴をつけて剣舞を舞う。
 そして柳斎もアルティナの横で白い装束を靡かせて神楽を舞う。二人の舞は本職の巫女が行う弔いの神楽とは違う、しかし力強いものであった。
 しゃん‥‥しゃん‥‥。
 アルティナの舞う剣舞に合わせて鳴る鈴の音を聞きながら紅雪は軽く頭を垂れ、携行した数珠を手に黙祷を捧げた。
(眠れ。縁ある‥‥いまだ生あるものを悲しませるのではなく、な‥‥)
 心に去来する思いを込めて、心の中で死者への弔いの言葉を口にして、紅雪は顔を上げた。
「新たな道が開ければ良いな」
 数珠を手に手を合わせる和奏の隣で頭を垂れていたウィンストンの呟きに開拓者たちはみな一様に頷く。
 どうか、死霊の村と彼の青年に未来が開くように、と。