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■オープニング本文 ●小さな依頼人 とある依頼を解決した開拓者たちは五行の西部に位置する名もない村へと立ち寄った。 神楽の都までの道から少し外れた場所にあるその小さな農村は、彼らの様な旅人が立ち寄る事が少ないのであろう。長旅で疲れていた開拓者たちを歓迎してくれた。 街道から外れているという立地条件からか村には宿屋がなかった。そのため開拓者は村で一番大きな村長宅に泊めてもらう事になった。村長は村の外からの訪問者を諸手を挙げて歓迎してくれ、村で採れた野菜や米を使ったご馳走を開拓者たちに振る舞った。 その晩餐の最中に、今度は村人たちが手に手に酒や料理を持って村長の家を訪れる。そうしてその小さな農村は開拓者たちの訪問によってお祭り騒ぎになったのだった。 しかし事件は次の日の朝に起きた。 「うわあぁあんっ!」 開拓者たちが出立の準備をしていると、家の外から小さな女の子の泣き声が聞こえてきた。何事かと思い村長の家を出た開拓者たちはわんわんと泣き叫ぶ5歳くらいの女の子と彼女の手を引く母親と思われる女性がおろおろとした様子で何かを探している姿を見つけた。 開拓者たちが何があったのかと母親に尋ねると、母親は「いいえ、なんでもありません。ご心配なさらずに」と慌てた様子で言ったが、次の瞬間に女の子が開拓者たちに向かって口を開いた。 「あたしのねこちゃんかえしてよー!」 「こら、ハナ!何を言うの!」 泣き叫んだ少女が口走った言葉を母親が遮る。開拓者たちは首をひねり、少女の母親に詳しく話を聞く事とした。 要約するとこうだ。少女――ハナちゃんが飼っている猫が昨夜から行方不明であるという事。その猫は大変食いしん坊で、朝御飯の時間には必ず戻るはずなのに今朝は戻らない事。朝起きた時から少女と母親が探しているが見つからない事を説明する母親の隣で、ハナちゃんはぐすぐすと嗚咽を漏らしていた。 「多分、村の中に入ると思うんですが‥‥もし村の外にいるようならば、大事になるかもしれません‥‥」 猫探しなのにも関わらず深刻な様子で母親は言葉を続けた。 実は最近この村の周辺で狼の姿をしたアヤカシが度々目撃されているのだという。もし村の外に出てその狼のアヤカシに食べられでもしたら‥‥と母親が言うと、隣でぐずっていたハナちゃんがより一層泣き始めてしまった。 「いーやーだーっ! ねこちゃん、ねこちゃんーっ!!」 少女があまりにも泣くので母親もほとほと困り果てているようだ。 その様子を見ていた開拓者たちは全員で目くばせしあって頷いた。 そうして少女の母親に自分たちも猫探しに協力することを申し出たのであった。 |
■参加者一覧
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
ミヤト(ib1326)
29歳・男・騎
セゴビア(ib3205)
19歳・女・騎
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
海神池瑠(ib3309)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●あたしの猫ちゃんどこよー! 「うえええーんっ、みーちゃん、みーちゃん‥‥」 泣き叫ぶ少女に視線を合わせるようにしゃがみこんだのは煉谷 耀(ib3229)だ。猫の神威人である耀の姿を見て少女はきょとん、と耀の耳と尻尾を眺めた。 「俺達が一緒に探そう、だからもう泣くな」 「ハナちゃん、そんなに泣いたらみーちゃんも心配しちゃうよ。ね、だから泣き止んで」 ミヤト(ib1326)がふかふかのもふらさまを模したぬいぐるみを差し出すと、ハナちゃんはミヤトとぬいぐるみを数回見比べた。人懐っこいミヤトの笑みは少女の心を落ち着かせる事が出来たようだ。ハナちゃんはおずおずとミヤトからぬいぐるみを受け取ると小さな声で「ありがとう」と言った。 「折角良くしてもらったのに後味悪いしな。一宿一飯の恩。じゃないけど何とかしようじゃないか」 「みーちゃんは必ず見つけるからね」 海神 江流(ia0800)は妹の海神池瑠(ib3309)と連れだっていた。池瑠はまだ開拓者になったばかりである。江流としては今回のこの依頼が人見知りの激しい池瑠の成長のきっかけになればと願っていた。 「みーちゃんを見付ける! ご飯の恩返しに、アヤカシをやっつける!」 拳を握り締めながら元気いっぱいにそう叫んだのは白い髪の間から見える山羊の角が特徴的なセゴビア(ib3205)だった。彼女は普段着こんでいる鎧を脱ぎ去っていた。鎧が立てる音がみーちゃんを逃がしてしまうかもしれないという配慮からの行動だった。 開拓者たちはアヤカシが出るかもしれない、という母親の言葉を聞き、村の中を捜索する班と村の外を捜索する班とに分かれる事にした。 村の中を海神兄妹、オラース・カノーヴァ(ib0141)、白蛇(ia5337)が担当し、村の外をミヤト、耀、セゴビア、からす(ia6525)の四人が担当することとなった。 「必ず見つけるから‥‥待っててね‥‥」 白蛇はハナちゃんの頭を撫でながら心細げな少女を安心させるように言う。 その様子を見ながらからすは胸が痛んだ。彼女には朋友がいる。だからこそ家族同然の猫がいなくなった少女の不安や心配が痛いほどによく分かったのだ。彼女は不意にハナちゃんに歩み寄るとハナちゃんの目を見て自分と彼女に言い聞かせるように呟いた。 「最後まで諦めない心が、力となる」 もう一度よく探してみよう。好きなものがあればひょっこり出てくるかもしれない。 からすの言葉にハナちゃんは頷いた。 「外で何かあったらコレで呼んでくれるかな? アヤカシが思ったより強かったとか」 江流は村の外を捜索する班が出発する際、からすを引きとめ彼女にあるものを手渡しながら告げた。そしてそこからはさらに声を落とし、もふらさまのぬいぐるみを抱きしめた少女の方を見ながら続ける。 「‥‥猫が襲われてたりとかしたらね」 ●あたしの猫ちゃん村の中ー!? 「食いしん坊が食事時に帰ってこないって事は‥‥もう食事はお済みだったりとか‥‥か?」 そう当たりをつけた江流は池瑠とともに村長宅に戻った。昨夜宴の中心となった村長宅の周辺で残り物にありついているのではないかと考えたのだ。 海神兄妹のそばには白蛇の姿があった。 あらかじめハナちゃんの母親からみーちゃんの好物を受け取っていた白蛇は服にその残り香を移していた。そして海神兄妹と同じ理由から村長の家に戻ったのだ。 白蛇は村長の家の周辺を隈なく探し歩いて行ったが、変ったものは何も見つからない。 動けなくなってしまったとして、お腹を空かせたみーちゃんが好物の匂いによって鳴くのではないかと期待もしたが、結局白い猫を見つける事は出来なかった。 一方の海神兄妹は村長宅から離れ、村全体を見渡せる村はずれに来ていた。 江流はそこで心眼を発動させる。屋根の上、床下。そういった場所に反応が現れないかを注意深く探っていくと、人の気配ではないものが一つ、二つ‥‥と現れた。 江流は今探知した気配を池瑠に伝える。すると池瑠は率先して二人分かれて探す事を提案したのだった。 「じゃあ、私あっち探すね」 そう言い残して駆け出した妹を見て、江流はふと目を細めた。彼の思っていたとおり、この依頼は池瑠にとって成長のきっかけとなってくれるようだ。そう思うと、江流は池瑠とは反対方向にある民家へと歩を進めた。 江流が示したのは一軒の民家だった。 極度の人見知りである池瑠は民家の戸を叩く事を躊躇っていた。けれども、自分は開拓者になったのだ。あの小さな依頼人の涙を止めるため、ここで諦めるわけにはいかない。 意を決して戸を叩くと、昨夜村長の家で見かけた男が出てきた。 「あぁ、開拓者のお嬢さん。どうかしたかね?」 男は人好きのしそうな笑みを浮かべて尋ねた。その笑みにふっと池瑠の肩に乗っていたプレッシャーが降りた。 「あ‥‥あの、猫ちゃん見ませんでしたか? みーちゃんって名前で、ええと‥‥ハナちゃんの猫ちゃんなんです」 あたふたしながら説明をすると、男は「ハナちゃん」と「みーちゃん」という単語で理解したのか「逃げちまったのかい?」と驚きの声を上げた。 「でもうちには犬がいるからねぇ。ハナちゃんちの猫がまぎれたらすぐに吠えるよ」 そう言って男は戸口から半身を逸らしてみせる。池瑠が覗き込むとそこには犬がピンと耳を立ててこちらの様子を見ていた。江流の心眼はこの犬を見つけたのだろう。 「そ、そうですか」 「ごめんよ、お役に立てないで。早く見つけてやっておくれよ」 男が申し訳なさそうにそう言うと、池瑠は「はい!」と元気よく答えた。 ハナちゃんとその母親を家へと送り届けてオラースはその足で村長の家へと向かった。 泣き続けていたハナちゃんはきっと疲れているだろうと考えて、家で休んでもらう事にしたのだ。そして同時にオラースは母親から参考までにすでに探した場所を聞いていた。その中でまだ村長の家が未捜索であると聞き、そこで昨夜の残飯などを食べているのではないかと考えたのだ。 しかしオラースが村長の家へ着いた時、そこはすでに江流や白蛇が調べた後であり、特に猫が食い散らかした跡は見られなかった。 「しかたねぇ。呼び寄せるか」 オラースは残飯の中から猫の好みそうな川魚の切れ端や肉を手に入れると少し開けたところにある井戸の周辺へと移動した。 そこでオラースは火を起こすために周辺に落ちている枝や雑草など燃えそうなものを集めた。これに火をつけ、猫の好物を焼き、それでみーちゃんを呼び寄せようというのだ。 「火を‥‥起こすの?」 準備をしているオラースに声をかけたのは白蛇だった。小柄な彼女は身軽さと三角跳を駆使して井戸の中を探していたのだ。 「おう、好物の匂いがすりゃあ出てくるだろう」 白蛇はオラースの居る場所から程近い場所にある木に駆け上がり、そこで超越聴覚を発動した。 好物の匂いに反応して現れるのがみーちゃんだけには限らない、もしかしたら、村の周辺に現れるというアヤカシが寄って来るかもしれない。 白蛇を見張りに立てたオラースは集めた草木に向かって極めて火勢を弱めたファイヤーボールを放った。一瞬、ぼうっ! と燃え上がった火はすぐにその勢いを弱め、ちらちらと小さな焚き火となった。オラースは手早くそこに木の枝を刺した肉や魚をくべる。すぐに美味しそうな匂いが立ち篭め始めた。 「あー、焚き火してるー」 猫を待ってしばらくすると、突然小さな少年の声がした。何事かと周囲を見渡すとハナちゃんよりも少し年上の少年がこちらに駆けて来た。その後ろには江流の姿がある。彼は村人に聞き込みをする傍ら事情を説明し、こうしてハナちゃんの小さな友人たちに協力を求めたのだ。 だが成果は特になかった。そうして沈んでいるところにオラースの起こす美味しそうな匂いにつられたという訳だ。 「猫じゃなくて‥‥子供が寄ってきた」 木の上でその様子を見ていた白蛇がポツリと呟いた。 ●あたしの猫ちゃん食べられちゃったのー!? 一方。村の外を探索しに来た四人は。 「猫も心配だがとりあえず、だ」 そう主張するのはからすだ。彼女は猫の捜索の前にアヤカシを退治する事を提案した。その方が猫の生存率が高まる。だから先に倒しておいても損はないだろうという見解だった。 それに同意したのはミヤトだ。彼もみーちゃんが襲われる可能性を考えてアヤカシ退治を優先させるよう提案した。 対するセゴビアと耀は猫の捜索を優先させようと考えていた。セゴビアは猫を怯えさせない様に鎧を脱いでいるため、戦闘に関しては慎重にしたいのだ。 結局、四人はセゴビアの提案した「村の回りを西回り、東回りで捜索する班に分ける」という提案に沿い、からす・ミヤトのアヤカシ退治組みとセゴビア・耀の猫捜索組みとに分かれることにした。 アヤカシ退治を優先させる二人は少し村から離れた所に移動した。 そしてからすは愛用の弓、「緋凰」を取り出すと目を閉じて精神を統一し、弦を引き絞ってから指を離した。 研ぎ澄まされた清廉な音が野原に響く。と、その反響音に一縷の乱れが生じる。人の気配に寄せられたのか。からすは目を開けると探知した方角へ目を向ける。まだ幾分遠いが、背の高い草に見え隠れするぴんと立った耳が見えた。 「ミヤト殿、右斜めの方向にいる」 目視で確認をすると傍らのミヤトにアヤカシの方向を伝える。ミヤトは精神を統一すると大量のオーラをその身にまとった。 ミヤトの目にもはっきりと見える位置に狼の姿をしたアヤカシが三体いる。そのどれもが飢えたような血走った眼をして低く唸りを上げていた。 今まさにミヤトに襲いかかろうとした一頭にからすが先即封を放ち牽制をしたのを切欠にミヤトは珠刀「阿見」を振り上げた。 からすの先即封に怯んだ一頭をオーラを込めた重い一撃で薙ぐと返す刃でにじり寄っていた一頭を捉える。そのまま振り抜くとアヤカシを吹き飛ばす。 隙の出来たミヤトに後方から飛びかかったのはいまだ無傷な一頭だ。 ミヤトにその爪が伸びそうになった刹那、からすの放つ影撃の矢がアヤカシの腹に刺さる。吹き飛んだアヤカシにミヤトは止めの一撃を加えた。 からすは攻撃の手を休めず、残る二体にも影撃による一撃を加えた。 ミヤトは草むらでもんどりうっている、初めに自分に飛びかかってきたアヤカシにむけて刀を振り降ろした。その間にからすも弓に矢をつがえ、よろめくアヤカシに向けて放った。それは空を裂き、まっすぐにアヤカシに突き刺さる。 アヤカシは断末魔の声を上げて瘴気を吹き上げながら掻き消えるように消滅した。 耀とセゴビアはミヤトとからすと別れ、その二人とは逆回りで村の周辺を隈なく探していた。小柄なセゴビアと身軽な耀はそれぞれ猫の隠れやすそうな背の高い草の根を掻き分け手探りで根気よく探していた。 耀は高い所に引っ掛かってはいまいかと木の上に登って耳を澄ます。 「みーちゃーん、出ておいでー」 セゴビアは両手で雑草の生い茂る場所を両手で掻き分ける。そうやって周囲を見て回っていると木と木の間に隙間があるのに気が付いた。人間ならば入れない隙間。しかし、猫であれば入れるであろうその隙間。 「例えばこんな隙間なんかに‥‥」 目でじっくり見ても良く見えなかったためさらに良く調べようと顔をその隙間に近づけるともそもそと猫より小さい何かが出てきた。 「んに、虫の巣だった」 顔を隙間から上げると周囲を見渡す。耀は今は木から下りて藪の中を見ている。セゴビアはもう少し先を見に行こうかと立ち上がった時、かさりと小さな音がして足元を何か柔らかなものが通り過ぎた。くすぐったさに飛び上がって素っ頓狂な声を上げると耀がこちらを向く。 「どうかしたか」 「なにかいた!」 耀に答えながら足元の草を掻き分けると微かに白い、長い優雅な尻尾がするんと草の間に消えて行くところであった。 「いたー!! 白い猫!」 セゴビアが大きな声を上げると一際大きながさっという音を立てて草の間にいる猫が飛び上がり、その後それまでとは比べ物にならない速さでがささささっという物音を立てて猫が逃げていく。その先には耀が待ち構えており抜足で追いかける。そうして距離を縮めた耀の手が猫の体に触れると、そこで猫はまた驚いたのか逃げた。 猫が耀を振り切ろうとした瞬間。耀は早駆で一気に猫との距離を縮めてそしてあっという間に抱き上げてしまった。 セゴビアが「やったー!」とはしゃぎながら耀に近づくと、耀の腕の中で猫が暴れていた。 ‥‥尻尾の先だけが白い、黒い猫が。 「‥‥みーちゃんは白い猫じゃなかったか‥‥?」 「んー? あれ?」 首を捻る二人の足元から『にゃー』と人懐っこい鳴き声がする。セゴビアが足元を確認すると、そこには彼女の足にすり寄る真っ白な猫が。 ●あたしの猫ちゃん帰ってきた! どうやら耀が捕まえた尻尾の先だけが白い猫は村の近くに住み着いている野良猫のようだった。ハナちゃんの母親も何度か見かけた事があるらしい。 みーちゃんはどうやらこの野良猫と恋仲であるようで、みーちゃんが帰ってこなかったのもこの猫との逢瀬を楽しんでいたからのようだった。その姿を見て、母親はこの野良猫を引き取る事に決めた。 こうしてハナちゃんの猫は二匹に増えて帰ってきたのだった。 「皆お疲れ。茶は如何かな?」 からすは仲間たちをねぎらう茶席を用意した。そこには捜索に協力してくれた村人やハナちゃん一家。そして騒ぎの中心となった仲の良い二匹の猫も招かれた。 耀はふらふらと尻尾を揺らしながらからすに振る舞われた冷茶を啜っていた。と、その尻尾を軽くきゅうっと握る手があった。振りかえると、まだ目の周りが赤いハナちゃんが耀の尻尾を触っていた。 「俺はその猫ほど柔らかくはないぞ?」 顎で二匹の猫を指しながら言うと、ハナちゃんはおかしかったのかころころと笑い始めた。耀もそれにつられたように小さく笑い、少女の頭に手を伸ばした。 「良かったな」 少女はにこりと笑って一つの皿から餌を食べる猫たちを見た。白蛇も少女とともにその二匹の微笑ましい姿を見守っていた。 「あの‥‥お疲れ様です。みーちゃんが見つかって良かったですよね」 セゴビアにそう声をかけたのは池瑠だ。対するセゴビアは「あぁ! 良かった!」と笑うと二匹の猫を見てにこにこと笑った。 「開拓者として初めて感謝された気分はどーだ?」 江流が妹の池瑠にそう声をかけると、彼女はニコリと微笑んだ。その達成感を纏った表情を見るだけで答えなんて分かっている。江流は開拓者としての第一歩を歩みだした妹を目を細めて見守った。 |