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■オープニング本文 藤原保家の屋敷を後にする途中、真田悠(iz0262)は天元 恭一郎(iz0229)にこう話掛けていた。 「皆へ報告を済ませたら、お前は別の任に当たってくれ」 口早に、そして密やかに告げられる言葉に、恭一郎の目が眇められる。 「さっきの藤原の爺さんの顔を覚えてるか。あれは絶対に何か隠してるぜ」 藤原の顔と言われて思い当たる点は幾つか。とは言え、彼は表情の変化こそ見せた物の、全て知らぬ存ぜぬで押し通した。 「あの口も堅さは、ウチの隊士等にも見習わせたいものですね。敵方に身柄を拘束されて簡単に口を割るようでは話になりませんから」 クスリと笑みを零して呟くものの、これは冗談ではないだろう。何せ彼の目は笑っていない。 「物騒な事を言うな。それよりも――」 「わかっていますよ。あの表情の裏に隠れる情報を集めて来いって言うのでしょう?」 「ああ、そうだ」 コクリと頷いた真田は言い辛そうに口を動かす。 「調度、隊士の中に手掛かりを口にした奴が居たしな。ソイツの考えに乗らせて貰おうや」 「彼の場合、そう言う意味で言ったんじゃないと思いますよ」 そう、あの場で出た『名』は単なる脅しだ。 「貴方が言わないのなら他の有力な人物に聞きに行きますよ」そう言っただけ。しかし面白い事に藤原はその言葉にこう返したのだ。 ――……好きにしろ。聞いた所で何も知らぬと言われるのが落ちよ。 「おかしな話ですよね。どうして大伴様の仰る言葉があの人にわかるのか」 「それだけ何か大きな事を隠してるんだろうよ」 そう言って真田は表情を顰めた。 他にも藤原に関しては幾つか不思議点が浮上している。例えば―― 「……桜紋事件、か」 ポツリ、零された声に恭一郎の眉が上がる。 「言っておきますけど、僕はその件について調べるつもりはありませんよ」 「てめぇになくても、俺の勘が言ってんだよ。この件を突き詰めれば何かが出る、ってな」 そう言って口角を上げた真田に恭一郎は面白くなさ気に前を見た。 「まあ、何でも良いですけどね。で、一先ずの目標を教えて下さいよ。僕はそれにだけ懸命に動きますから」 完全にヘソを曲げたらしい恭一郎に苦笑し、真田は確かな口調で言い放った。 「神代について調べてくれ。先ずは大伴の翁の元へ向かい詳細を尋ねるんだ。その後は状況に応じて動いてくれりゃ構わねえ」 「わかりました。真田さんが納得する情報を集めて戻ります」 「ああ、頼む。この情報は俺らだけが欲しい情報じゃねえ筈だからな」 こうして密やかに交わされた命令だったが、この命令。実はこの後の会合で大きな意味を持つ事になる。 穂邑に現れた「徴」が神代ではないかと言う情報が出て来たからだ。 これは藤原の元へ向かった際、鎌を掛ける目的で開拓者がそうではないかと問うている。もしそうであるのなら神代とは何なのか。 「真実を突き詰めるのが開拓者の常であるなら、その無限の可能性に賭けてみるのもありか……頼むぜ」 会合で交わした言葉や拳の事もある。 開拓者を、そして己が同志を信じ答えを待つしかない。そしてその間に出来る事を行おう。 真田は己が役目を果たす為、浪志組の証である羽織を纏う。その胸中に真実を求めて大伴 定家(iz0038)の元へ向かった仲間を想いつつ……。 ●大伴の翁 「……つまり、大伴様は何もお話し下さらないと、そう云う事でしょうか?」 表情険しく伺いを立てる恭一郎に、大伴は「うむ」と頷きを返した。これに対してこの場に控える誰かが叫ぶ。 「それでは何の解決にもなりません! 真実を明かさずに全てを見渡すなど無理にも等しい!」 自分等が此処を訪れた理由は「神代」について大伴なら何かを知っていると踏んだからだ。 だが大伴は何も答えてはくれない。それどころか、 「わしは既に朝廷を辞した身。わしが語れることなど何もありはせん」 「それはつまり、大伴様が未だ将軍職に就いていたなら話は別、と?」 見定める様に視線を注ぐ先で、大伴は低く唸った。その上でこの場を訪れた開拓者等を見回す。 「大伴様が何故将軍職を辞したのか、その理由を僕等は知りません。けれど大伴様は未だに朝廷を想ってらっしゃるのですね。傍を離れた今も義理を立てて言葉を噤んでらっしゃる」 恭一郎は全てを巡って戻って来た大伴の目を見て言う。 「僕は浪志組三番隊の隊長として此処に居ますが、そうなる前は開拓者でした。大伴様――否、此処は敢えて天儀王朝軍総大将とお呼びすべきでしょうか。総大将は真実を求める僕等同胞に心がおありですか?」 朝廷と自分等を天秤にかけるつもりはない。ただほんの僅かでも良い、有力な情報が欲しいのだ。 「どれだけの言葉を掛けられるようと、わしの口から話せる事はないのう。しかし……」 大伴はそう言うと、控えていた者に筆と紙を持ってこさせた。その上で何かの文字を認める。 「これを持って行くとよい」 「これは?」 「紹介状じゃ。これがあれば豊臣公から話を聞く事が出来るじゃろう」 大伴の言う豊臣公とは、大貴族の家柄である豊臣の現当主、豊臣雪家の事だ。 「わしが出来るのはここまでじゃ」 すまぬ。そう目を伏せた大伴に恭一郎は深く頭を下げた。それに習いこの場の皆が頭を下げる。 そうして外に出た時、彼等は大伴から受け取った紹介状に目を落とした。その上で恭一郎が口を開く。 「豊臣公は大伴様のように甘くはありませんし、先に他の方々が仕入れてくれている武帝様の情報と合せて、何を如何攻めるか決めましょう」 武帝の情報とは、彼が他の開拓者に問われて答えた、穂邑に現れた「徴が神代ではないか」と言う言葉だ。 それに大伴は口を噤んでいても大きな情報をくれた。それは「知らない」と言う言葉を遣わなかったと言う事だ。 これはつまり彼は何かを知っている。と言う事に他ならない。 朝廷三羽烏と呼ばれた藤原、大伴が揃って口を噤み、けれど武帝は口を開いた「神代」とは何か……開拓者等は大きな謎に向かい、一歩を踏み出すのだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 「ふむ」 小さく声を発して閉じられた文に、この場全員の目が向かう。其処に居るのは高貴な着物を纏う女性――豊臣雪家だ。 「義理難き男よ」 彼女はそう零すと視線を向ける者達を見回した。膝を折り低く控える者の中に見覚えのある者が在る。 「そなたは確か――」 「お久しぶりです、豊臣様。クリノカラカミの御神体の件ぶり、ですね。……俺の事、覚えていらっしゃいますでしょうか?」 穏やかな笑みを刻み、柔らかな口調で問う声に雪家の目が細められる。そして微かな間を空けて彼女は唇の端に感情を乗せた。 「さて、如何であったかな」 クツリと笑うその声からはカラカイの色が伺える。その事に再度頭を垂れ、郁磨(ia9365)はこの話し合いが簡単なものでは無い事を理解した。 「して、主らが此処に参った理由を聞こう。大凡の事は大伴の文に書いてあったが、主らから直接聞かねば意味もなかろうからな」 話してみよ。そう顎を上げた彼女に一瞬だけ仲間同士の視線が交錯する。 そしてその中の1人、ケロリーナ(ib2037)が口を開いた。 「雪家おねえさまにお聞きしたいのは神代が五行の遺跡にあった壁画にあるように護大から光をもたらし瘴気を祓うのに必要なものなのか。あとは、神代を正しく使う方法があれば教えてほしいですの」 真っ直ぐに目を見ながら問う声に、雪家は息を吐く。 「他の者も同じ問いか?」 「神代についてお伺いしたいと言う点では同じかと」 藤田 千歳(ib8121)が答えれば雪家は思案気に扇で口元を隠した。その表情は窺い知れない。 「大伴は主らに、神代について可能な限りの知識を与えよと文に記しておったが……それならば現存の知識で充分であろう」 現存の知識とは「天儀朝廷の帝が代々持っている」と言うものだ。 「他に何の知識が必要だと? 先にそこの娘が問うたことか?」 「……徴を見ると、何か呪術的なモノが思い浮かびます。徴を持つ者の役目……それは何なのでしょう?」 不意に零された疑問の声に雪家の目が動く。其処に控えるのは柚乃(ia0638)だ。 彼女は徴が現れた穂邑の身を案じている。徴を使用した事で彼女の身に危険が迫るのではないか、と。 そしてその言葉を攫うように別の言葉が響く。 「神代とは、精霊の代理人である。その代理人が狙われるのはアヤカシにとっての脅威……精霊の力を行使出来る者と言う事でしょうか?」 言葉を発したのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)だ。彼は言う。 「穂邑はアヤカシから人間を介して襲われています。それはアヤカシでは襲えないからではないかと……」 故に先の言葉だと告げる彼に、雪家は「ふむ」と言の葉を落して緩やかな視線を注ぐ。その表情はやはり変化はなく、動揺の様子も見えない。 「時に……開拓者が御所に入り、主上から書状を賜った件はお耳に入っていますでしょうか?」 「さて?」 初耳だ。そう言わんばかりの声を上げる彼女に簡単な説明が施される。そして全てを話し終えた後で雪家の扇が下がった。 「わからぬ。其処までの情報があり、主らは尚も言葉を欲する。その真意は何処にある」 徴が神代である事は武帝が認めた。それはつまり、穂邑に現れた徴が神代である事を示す。 その事実が分かっていて他に何を欲するのか。雪家は其処を疑問に思ったのだ。 「それは、俺もお伺いしたいです。……武帝は彼女の身に現れた徴を神代だと仰り、藤原様は其れを否定なされ、大伴様は何も言えないと仰りました……此の差は何故生まれたのでしょうか」 「それを私に問うのか?」 純粋に不思議そうに問う郁磨に、雪家の首が緩やかに傾げられる。 「主らは答えを欲するあまり、答えを知る者等の元を訪れたのであろう。それはすなわち、何の苦労も無しに答えを得ようとしているも同じこと」 違うか? そう問いを向ける彼女の言葉にも一理ある。 藤原の話を聞き、次に大伴の話を聞き、彼に導かれるままに雪家の元を訪れた。其処に大した労力は無い。 「その事については心苦しいばかりです」 そう零すのは長谷部 円秀(ib4529)だ。 「我々には鍵と呼べるものが存在しません。ですが……だからと言って、何もせずにこのままと言う訳にはいかないのです。何もわからないまま争っている現状に決着をつけたい。その為の手掛かりになるのなら、と」 真摯な瞳を向けながら真っ直ぐに投げ掛けられる言葉に誠意が伺える。だが雪家はその言葉を受けても淡く笑むのみだ。 「あの……少し、宜しいでしょうか……」 おずっと申し訳なさそうに口を開いた柊沢 霞澄(ia0067)が、雪家の視線を受けて頭を下げる。それを見止めた上で、雪家は彼女の発言を許した。 「私も八咫烏での一件の際、その場にいた一人です……実の所、あの時の大伴様の行動には不信の念を抱きました……」 そう言う彼女は大伴が全てを予見してあの場に同席したのではないかと言う。 「もちろん偶然かもしれませんし、私の考え過ぎかもしれません……でも、逆にそうせざるを得なかったとすればなぜなのかと考えてみました……」 「ほう?」 「つまり、不審な行動だと思われるのを承知で同行したのではと……そして、「知らぬ」ではなく「話せぬ」とのこと……それは朝廷にも関わる大事に関して、私達開拓者に何かできる事があるからではないかと……」 大伴の真意は分からない。だが彼が何かしらの意思を開拓者に託した事だけは分った。 だからこそ自分は此処に来たのだと彼女は言う。 「朝廷を支える方々のご苦労は計り知れません……ですが、人の命も比類なく重いものだと考えます……私は真実を知りたい気持ちはありますが、それ以上に一人の友人の力になりたいとの想いの方が強いのです……なので……その為に知るべき事、行うべき事を豊臣様がご存知であれば教えて頂きたいとお願い致します……」 彼女の言う友人とは穂邑の事だろう。 言葉と共に深く頭を下げた彼女に雪家の眉根が動く。 「もし、信を得る為にそれなりの行動だと仰られるなら……出来る限りの事はさせて頂きたいと思います……そう考えてるのはきっと私だけでは無いでしょう……」 そう発した言葉に同意するように、千歳が進み出た。そして頭を垂れて告げる。 「俺は、桜紋事件に関与した楠木氏の弟子に当る東堂俊一の思想を継ぐ者である。故に、朝廷に弓引くつもりは無い事をまずはお伝えしたい」 千歳はそう言葉を切ると、雪家の了承を得て顔を上げた。 「俺は、この一連の騒動を何とか穏便に収めたいと思っている。穂邑殿も、どの国の民も、開拓者も、朝廷の者も……誰一人として、無駄な血を流す様な事は避けたい」 彼が志を継いだ東堂等の行動が許されない事は重々承知している。しかし彼が掲げた民を想う心は確りと受け継がれている。 だからこそ彼は今も浪志組に居るのだ。そして彼は此処までの人間関係や思想、過去の素性は別物と考え、今の気持ちを汲んで欲しいと言う。 「この場に居る俺達全員、様々な想いを抱えている。だが、共通しているのは、これ以上の事態の悪化は誰も望んでいない、という事。それは、朝廷も同じではないだろうか」 「私も浪志組の1人です。そして私も彼と同じ意見です。我等に朝廷に背く意思はありませんが、仲間たる開拓者が危険にさらされて黙っているのは、開拓者として繋がりを軽視する事になってしまいます」 円秀は千歳の隣に座し、彼と共に雪家に訴えかける。 「真実を教えて頂き、それが開拓者、穂邑さんに危害を加えないのであれば開拓者は納得するでしょう。私も事態を収束させたいですし、そのためならば非才ながら不借身命で解決を図ります」 その為の恩として全身全霊を持って返す所存でもある事。それを告げ、円秀は深く頭を下げた。 「どうか話して頂きたいです……解決のために全力を尽くしますし、何か問題があるなら何としてでもそれを解決します。どうか、私達を信頼していただきたい。何もその証となるものを提示できませんが、この刀と拳にかけて誓いましょう」 「言の葉だけを信じろと、そう申すのか?」 静かな声音の雪家に叢雲 怜(ib5488)が前に出た。その姿は普段の天真爛漫な物とは打って変わり、知的で誠実な印象を受ける。 「叢雲怜と言うのです。雪家様に見て頂きたい物があるのです」 そう言って彼が取り出したのは誓紙だ。 「雪家様が俺達を信用できないと言うのであれば、この場で誠意を見せるのだぜ。それだけの覚悟が、俺達にはあるのです」 本来は雪家から何かしらの提案があって出そうと思っていた物だ。しかしこのままでは彼女の心を動かすことは不可能と判断。故に今これを出す事になったのだが、当の雪家はと言うと……。 「面白い」 雪家は紅を塗った唇を弓なりにして囁き、扇をゆるりと閉じた。 「そこな隊士も彼等と同じ心持か?」 そう問い掛けた先に居たのは郁磨だ。 「彼等の言うように、俺達は朝廷と対立したいんじゃない。唯、仲間を守りたいだけ……穂邑さんは神代を持ったが故に狙われた……もう俺達は当事者でしょう?」 開拓者と浪志組は手を取り合っている。そして開拓者である穂邑が狙われた事は身内を襲われたも同然。 「御父君の名誉の為にも、俺達は此の件を公にはしません。神代の事、徴の意味、貴女達が隠している真実……っ。……どんな条件でも飲みますからっ!だからどうか俺達の仲間を、俺の言葉を信じ浪志組を受け入れてくれた穂邑さんを、御救い下さい……っ!」 地に額が付く程深く頭を下げた郁磨に柚乃が寄り添う。 「……少なくとも、彼女の為に動いている開拓者に、朝廷に害成そうとする者は……いません」 それは自分も同じだと彼女は言う。 「今回のアヤカシの関与。朝廷内にも子供たちが紛れ込んでいる可能性もあるかと……」 子供たちとは、生成姫が差し向けた者の事だ。事前にアルマが調べた情報によると、副使として派遣された彼等は人間であった。 それは瘴策結界を使用して確認しているので間違いない。 「僕自身、今は神代の証明云々じゃなくて、一つでも多く命を守るために情報が欲しいです。知らなければ誤解は正されず、疑心を生み火は燃え広がるだけ」 でも、とアルマは言葉を切る。 「……でも、知れば少なくとも思考し、手を尽くす事は出来ます」 そこまで聞いて雪家は1つ息を零す。 そして視線をケロリーナに向けると、彼女に向けて言葉を発した。 「主も同じ考えかえ?」 言葉を向けられた彼女が何度か小さく唸る。そしてこう返す。 「重要なのは神代があれば、世界を救えるかも知れないということだと思うですの」 ポツリ、零された声に雪家は先の彼女の言葉を思い出す。 「主は先程も面白い事を言っておったな」 「穂邑おねえさまの紋様が神代か否かなんて問題ではなくて、この苦しみの世界に道があるならばしめしてほしいですの」 真っ直ぐに曇りのない瞳で問いかける彼女に、雪家は考えるように視線を動かした。 そして僅かな後に問う。 「例えば、救う道があり、それがその娘自身であるとしたら、主らは如何する。世界と娘、どちらをとるのか」 扇を再び開いた彼女の表情は見えない。 ただ口元を覆い、瞳だけを向ける其処からは好奇心と呼ばれる熱が覗く。それを知ってか知らずか、開拓者等は一様に口を噤んだ。 たった今、その問いに答えを出す事など出来ない。そう言わんばかりに沈黙が駆け抜ける。 「失礼ながら、豊臣公に申し上げます」 今まで静かに開拓者等の言葉を聞いていた天元 恭一郎(iz0229)が口を開いた。それに雪家の目が向かう。 「世界と友と……比べられるべくもない。豊臣公ほど聡明なお方であれば、その様な事、重々承知と思っておりましたが……」 「何が言いたい」 瞳を眇める雪家を視界に、恭一郎はアルマと柚乃に目配せをする。そうして出されたのはオリーブオイルチョコレートと、高級紅茶セットだ。 「まずはこれを。この菓子は此処に居る者が豊臣公にと用意した物に御座います」 「ほう」 差し出された物を見るや否や、雪家の表情が明るくなる。それを見止めて、彼は怜に先の話を進めるよう促してきた。 「豊臣公。誓紙を使っての誓い。如何なさいましょう?」 皆の決意は決まっている。必要であれば全員がこの場で署名と血判を行うつもりだ。 その覚悟はこの場に在る真剣な眼差しを見ればわかる。 雪家は暫し皆の顔を眺めていたが、漸くその口を開いた。 「では誓って貰おう。主らが朝廷に害を成さぬ事と、これから言う課題を成すと」 「課題?」 それは如何云う。 そう問い掛ける間もなく、雪家は皆に誓紙での制約を求める。そして皆がその覚悟を示したのを見、彼女はこう言った。 「現帝には若くして亡くなった弟君が居るのだが、昨今、弟君の墓の周辺で不審な影が目撃されておるのだ。その影の正体を突き止め、弟君に安らかな時を戻してやって欲しい」 武帝には雪家が言ったように若くして亡くなった弟君が居る。その弟君の墓は誰もが知る事の出来る場所には無く、雪家が示した言葉を元に探さなければいけないと言う。 「墓には墓守がいる。その者の安否も確認しておくれ。弟君の墓が建てられたその時より守り仕える者だ。よろしく頼むぞ」 そう言い、雪家は開拓者等に墓までの道程を教えた。 こうして彼等は雪家の前を辞したのだが、結局の所手に入れた情報は皆無に等しい。だが―― 「答えは教えてもらえなかったけど、前に進む事ができたですの」 ケロリーナはそう笑みを零して皆を見回す。その視線を受けて郁磨は僅かに笑みを乗せて頷き、己が手を見下ろした。 「……桜紋事件の事は何も、か」 聞ける状況でなかった事、雪家の口をあれ以上閉ざす言葉は口にすべきではないと判断した事、それらが疑問の1つを閉ざした。 「んー……正装は肩がこるのだ!」 怜はそう言うと、大きく伸びをして息を吐いた。終始礼儀正しく、そして緊張していた所為か体中がバキバキ言ってるらしい。 そんな彼に笑みを零し、霞澄と柚乃は顔を見合わせる。 「……例え話、ですよね」 「そうであると信じましょう……」 先程、雪家が言った言葉。その正確性は分からない。彼女の様子を見る限り、開拓者の反応を見たくて言ったのだろうがそれも正確な事は不明だ。 「こんな状況でなければ、政について聞いてみたかったが……」 「まあ、また機会はありますよ」 残念そうに零す千歳の肩を叩き、円秀はふと後方を歩くアルマと恭一郎を見遣った。 「……恭一郎さんは、悠さんが危険を冒そうとしたら、止める?」 何気なく問いかけたその言葉に恭一郎の眉が上がるのが見える。 「何となく、如何するかな……って」 「彼が過ちを犯す事は無いでしょう。ですが万が一その様な事があれば、彼が後悔の念を抱く前に僕がその生を終わらせます」 恭一郎はそう答えると、穏やかに笑んで見せた。 |