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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 豊臣雪家の屋敷に戻る途中、天元 恭一郎(iz0229)に問い掛ける者があった。 「隊長……貴方は、何か勘付いてらっしゃるのでは?」 初めに雪家の屋敷で彼女と対面した時の態度、そして先の弟帝の墓での態度。それらを顧みても何か知っていて動いているようにしか見えない。 そう問いかける人物に、恭一郎は僅かに笑んで肩を竦めた。 「僕の場合は全て勘です。自分にとって不都合であると判断した勘は、早々に削除するか如何にかしたい派なんですよ」 「それはどう云う」 「今回に限った事で言えば、この件、桜紋事件の名前がやたらチラついていませんか? 僕、東堂さんが大っっ嫌いなので」 にっこり笑っているが確実に目が笑っていない。だが不思議な事に、言葉や表情で語る程、彼がこの件について嫌悪を抱いている様子は声音からは伺えなかった。 「もしかして、真田さんの為ですか?」 真田悠(iz0262)がこの件の真相を知りたがっている。だから嫌だが率先して動いているのだろうか。 そう問いかけたのだが、それに答える間もなく、恭一郎は駆ける脚を速めてしまった。 そして銀の髪を持つ隊士に近付くと、こう囁いた。 「それで、君は何を探ってたんですか?」 びくっと小さく揺れる肩を見てクツリと笑う。だが直ぐにその表情を正すと彼は聞こえてくる声に耳を傾けた。 「弟君が死去した前後に、アヤカシの変化や増減は無かったかな、って」 「それで?」 「ありませんでした……他にも調べてみたけど、関連性は全然……」 「まあ、期待してませんでしたけど、お疲れさま」 そう言って投げられた金平糖に隊士が目を瞬く。そして先に駆けてゆく恭一郎を追いかけるように走ると、一行は目的である雪家の屋敷前に到達した。 「では早速報告を」 隊士の1人が言って前に出る。 だがそれを止めて恭一郎は皆を振り返った。 「前回の謁見の事、覚えてますか?」 覚えてるも何も、つい先程の事だ。 皆が頷くのを見届け、恭一郎はニイッと口角を上げた。 こう言った表情をしている時の彼は、あまりよろしくない事を考えている。そして案の定、彼はとんでもない提案をしてきた。 「雪家様は女性らしく、美しい物や美味しい物に興味がおありのようです。そうとなれば、わかりますよね?」 「えっと、贈り物をするのだ?」 「まあ、それも悪くないですが、折角です。彼女を驚かせ、喜ばせる何かを手土産にしませんか? 勿論、止めた方が良いと言うのであれば控えますけどね」 どうです? そう提案する恭一郎に皆が思案気に言葉を交わす。 確かにこのまま情報を持ち帰り報告した所で、雪家の口から「神代」について聞ける保証はない。 それに先の課題が全て雪家の試練だったとすれば、それを成すだけで良かったのかと、疑問も残る。 「さあ、どうします?」 そう言って笑った恭一郎に、皆は各々の考えを口にし始めた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 豊臣公の屋敷前、開拓者と浪志組の面々はこれから行う面会に向け、雪家の心を開くべく話し合っていた。 「きっと、雪家おねえさまは、きれいなおとこのこがすきだと思うですの!」 そう力を込めて語るのはケロリーナ(ib2037)だ。 彼女は彼女と仲が良く、雪家とも仲の良い一家を思い出してそう発言していた。その言葉にこの場に居る男性陣の目が彼女に向かう。 「綺麗なと言っても、それこそふり幅が広いですから、なかなか……何か具体案でも?」 確かにこの場の男性陣を見ても種類、と言うか傾向は様々だ。可愛いのから綺麗なのまで、色々な種類をご用意――とかでもない限り、何か的を絞った方が得策である。 長谷部 円秀(ib4529)の声にケロリーナが思案気に首を捻る。その表情は何処か楽し気で、案もある様だが、次の言葉を聞いた瞬間、男性陣の顔が固まった。 「けろりーな、いいお洋服を知ってるですの。ジルベリアのお洋服で、ふりふりでひらひらの――」 「待って!」 思わず彼女の言葉を制したアルマ・ムリフェイン(ib3629)に、ケロリーナが目を瞬く。 「まだ何も言ってないですの」 ぷぅっと頬を膨らませた彼女にアルマがふるふると首を横に振る。そして何かを言おうとした彼の口を、僅かに大きな手が遮った。 「出張、執事・女装喫茶って訳ですね」 ニッコリ笑顔でアルマを黙らせた郁磨(ia9365)は、ケロリーナの提案に乗り気なようだ。 「郁磨君。コッソリ何か足されているようですが……僕の気のせいでしょうか?」 「気のせいですよ」 天元 恭一郎(iz0229)のツッコミもなんのその。 しれっと言い放った彼に、口を塞ぐ手を拭い去ってアルマが言った。 「で、でも……執事はわかるけど、女装って……僕、女装なんて、その……」 ごもごもと口籠る。 そして助けを求めるように叢雲 怜(ib5488)を見たのだが、彼は驚愕したように目を見開いた。 「可愛い着物を着て、姉上達みたいに振る舞えば良いのだぜ?」 「そう、ですね……もし女装するのであれば、その方が良いかと……」 何故か既にやる気満々で、傍にいた柊沢 霞澄(ia0067)にどうすれば良いのか聞いているではないか。 「……そんなぁ」 これはかなりの予想外だったのだろう。アルマは項垂れるようにその場に座り込むと、郁磨の「髪は俺が結ってあげるからね」と言う声を遠くに聞いていた。 屋敷で別室を借りた一行は、早速準備に取り掛かる。 彼等が用意した服装は2種類。 1つはジルベリアの由緒正しい女性用給士服であるメイド服。そしてもう1つは執事が纏う執事服だ。 流石に成人男性がメイド服を着るのは如何なものかと用意されたのだが、良い具合に人数も揃ったのではないだろうか。 「アルマ君、良く似合ってますね。その姿ならあの人に見せても喜んでくれたんじゃないですか?」 「!」 ビクッと肩を揺らして耳を垂れるアルマに、至極楽しそうな笑い声が響く。 どうやらアルマが女装を渋っていたのは、彼が尊敬する人がこの姿を見たら……と言う思いがあったからのようだ。 対する怜は何の違和感もなくメイド服を着こなしている。その姿は可愛らしいメイドさんそのもの。 その姿にふと疑問を持った円秀が問い掛ける。 「何故そんなに慣れているんですか?」 「よく姉上達に着せ替えさせられてたらかなのです」 成程。と、頷き、彼は着込んだ執事服の襟元に指を差し入れた。どうにもこの執事服と言うのは首元がキツイ気がする。 「まあ、着崩す訳にもいきませんし我慢しますが……おや? 郁磨さんは執事服を?」 ふと視線を向けると、其処には執事服を着た郁磨の姿が。 普段の服装とそう変わらない彼の様子に円秀が不思議そうに目を瞬く。彼ならばメイド服も似合ったのではないか。 そんな思いがあったかどうかはさて置き、その視線に郁磨がゆったりと笑んで頷いた。 「二十歳を過ぎた男が着ても似合いませんよ。それよりも俺は彼の方が残念で……」 そう言って視線を流した先に居たのは藤田 千歳(ib8121)だ。先程から何か考え事をしているのか、心ここに非ずと言った様子で立ち竦んでいる。 「千歳君、千歳君、そろそろ戻って来た方が良いですよ」 ニコニコ……いや、ニヤニヤと言った方が良いかもしれない。 とにかく楽しげな表情で声を掛ける恭一郎に、千歳はハッとなって覚醒した。 だが時は既に遅かった。 「こ、これは……」 神代についてアレコレと考えている間に着替えさせられたらしい。いつの間にか執事服を纏っている自分に戸惑い、伺う視線を恭一郎に投げる。 「メイド服の方が似合うと思ったんですけどね。幾ら話掛けても覚醒しないので、今回は執事服で勘弁してあげようと言う事になりました。僕としては至極残念ですが、仕方ないですよね」 ニッコリ笑顔でそう言われても、何が仕方ないのか全く持って不明だ。 「恭一郎殿。これはつまり……」 「任務です」 きっぱり言われて千歳の口が噤まれた。 そして僅かな間を空けて彼の表情が変わる。 「千歳ちゃん、無理はしなくても――」 「いや、任務なら仕方がない。誠心誠意努めさせてもらう」 「え」 これまたやる気の様だ。 こうして全体を見てみると、賛成多数で反対はほぼ無し。こうなるとアルマも頑張るしかない。 「……先生、ごめんなさい」 しゅんっと尻尾を項垂れてポツリ。それでも気持ちを持ち直すと、彼も覚悟を決めたように準備に取り掛かった。 その様子を見ながら霞澄がふと呟く。 「墓守の方からはいろいろな話が聞けました……豊臣様があの場所に行けと仰ったのは、私達を試す意味に加えて、弟帝が亡くなった際の事や、朝廷の秘事を知ること、関わる事の重さを知って欲しいとの事があったのかもしれませんね……」 「さあ、その辺の真意は本人に聞かないとわかりません。ですが、近いものがあるかもしれませんね」 クスリと笑って目を細めた恭一郎に頷く。 其処へ、炊事場を借りて色々な準備に動いていた柚乃(ia0638)が戻って来た。 「こちらの準備は出来ました。えっと、皆さんは……あ」 希儀料理指南書で、五つの儀のお菓子を作り終えた彼女はすっかり準備の終えた皆に笑顔を見せる。 「皆さん、可愛いです。でも、恭一郎さんは何もなしです?」 浪志組の面々は全員、メイド服か執事服を着ている。しかし隊長職に就く恭一郎は普段着のままだ。 「僕は皆さんの保護者ですから」 やりません。 そう言い切った彼に柚乃の視線が落ちた。 そして何かを思案するように探りだすと、こう切り出したのだ。その手には彼女の切り札らしき物がある様だが……。 「恭一郎さんにも、ご協力いただきたいです。ここは、『豪華錦絵「真田悠」』でひとつ……!」 そう言って差し出されたのは、確かに『豪華錦絵「真田悠」』だ。 まさか浪志組三番隊の隊長ともあろう者がそのような物に釣られるなどあるはずがない。 そう、思ったのだが。 「それ、本物ですか?」 言って差し出された手に、柚乃がコクリと頷く。そして彼女の手から錦絵を受け取ると恭一郎の口角が上がった。 「仕方ありませんね。何やら最近、真田の錦絵が出回っているらしくて、僕も集めていたんですよ。不逞な輩に隙に使われないように、ね」 その理屈おかしいから! そんなツッコミが出来る訳もなく、隊士等は心配げな表情で衣装を手にしたケロリーナと共に部屋を後にする恭一郎を見送った。 ●準備の合間に 「大丈夫、でしょうか……」 そう零してお盆を抱きしめた霞澄に、最後の皿に飾り付けを終えた柚乃が振り返る。 彼女たちは今、雪家に出すお菓子の作成に取り掛かっていた。その量はかなりのもの。 だが彼女たちはこれでも足りないと感じている。その理由はこれから行う催しが少しばかり特殊だから。 「たぶん、ですけど……後は、執事さんとメイドさんにお任せするしかないです」 正直言って不安は拭えない。 もし雪家がこの催しを気に入らなかったら? もし雪家が怒ってしまったら? そう考えると、少しでも彼等の補佐に成り得る物を用意したい。それでこの量な訳だ。 「豊臣様が、楽しんで下されば良いな」 「そう、ですね……」 そう零し2人の間に沈黙が走る。と、その時だ。 「随分と辛気臭い空気ですね。折角のお遊びなんですから、楽しんだらどうです?」 炊事場に顔を覗かせた恭一郎が、面白そうな表情で2人を交互に見ていた。 だが気にするべきはそこではない。 「あ、あの……」 「恭一郎さん、その姿は……」 「何か変ですか? 皆さんの要望に応えた良い出来だと思いますけど」 そう言って振り返った先に居たのはケロリーナだ。 「恭一郎おじさま素敵ですの♪」 「まあ素敵なのは当然として、おじさまは無いんじゃないですか? おにいさま。ですよね?」 気にするところは其処ですか? そんなツッコミが聞こえてきそうだが、案外重要らしい。普段は曇りのない恭一郎の笑顔が崩れている。 その証拠に、米神に青筋が……。 しかしケロリーナは気にした様子もなく、 「恭一郎おじさまですの?」と、小首を傾げて可愛く疑問形。 「うん。おにいさま、ね?」 「ちょっ、恭一郎さん、それは駄目です!」 「女の子に手をあげたら、いけません……!」 むにーっと伸ばされたケロリーナの頬に、霞澄と柚乃が慌てて止めに入る。それでも繰り返される「おじさま」と「おにいさま」の攻防は、準備が出来たと円秀が呼びに来るまで続いた。 ●女装・執事喫茶「浪志組」 開拓者等が屋敷に戻って来た。 その報告を受けた雪家は、彼等の来訪を今か今かと待ち望んでいた。だが彼等は一向に姿を見せない。 それどころか、しびれを切らした彼女が従者へ「彼の者達は何処か」と聞けば、「今暫くお待ち下さい」の一点張り。 「……此処まで待たせるとは……」 流石の雪家も限界間近。そんな所だろう。 そして彼女の据えられていた腰が上がる――そう思った時、部屋の戸が開かれた。 「……遅くなり、申し訳御座いません」 目を向ければ、部屋の入り口で膝を付き、胸に手を当てて首を垂れる郁磨の姿があるではないか。 その仕草はジルベリアの使者がしていたのを見た事がある。そしてその服装も然り。 「そなたは確か、郁磨と申したか……その服装は何の――否、それよりも、他の開拓者等はいずこにいるのだ」 以前此処を訪れた開拓者は、総勢8名は居た筈だ。それがそう時を置かずに減る筈も無い。 何かしらの事件に巻き込まれたと言うなら話は別だが、聞いている報告ではそのような物は無い。 「勿論、自分だけでは御座いません……まずは、我々の気持ちとして御受け取り下さいませ」 そう言って差し出されたのは彼の懐に隠していた赤薔薇の花束だ。 それを見た瞬間、雪家の眉が上がる。 「……赤薔薇の蕾の花言葉は『貴女に尽くす』です。豊臣様への敬意と朝廷への忠誠を此処に」 「ほう」 先の答えは得ていないが、花束の贈り物は素直に嬉しい。 彼女は差し出された花束を受け取ると、ツと鼻を寄せた。其処から香る薔薇の香りは、甘いと言うよりも気品溢れる気高い香りがする。 それを胸いっぱいに吸い込むと、郁磨の次なる言葉が聞こえて来た。 「それと、差出がましくも詳しい御話をさせて頂くに辺り、我々の誠意を示す為に一つ余興を用意させて頂きました。宜しければお付き合い願えないでしょうか……?」 「余興? まさか、それで遅くなったと言うのか」 報告に訪れるまでの時間、それを準備に費やしていたと言うのなら合点いく。しかし、 「私を此処まで待たせたのだ。普通の余興では足りぬぞ。それを承知で申しておるのか?」 そう、彼等が待たせたのはただの客人ではない。朝廷内部の政治や貴族の取り纏めに従事している豊臣家の当主なのだ。 「勿論、承知しております」 顔を上げ、真っ直ぐに目を見て答えた郁磨に、雪家は「ふむ」と息を吐き、ゆったりと口角を上げた。 「よかろう。その余興とやらを見せてみよ」 「有難う御座います」 「して、その余興とは何だ?」 「豊臣様は内政でお忙しいでしょうし、庶民の流行を体験して頂こうかと思います」 着目点は良い。 雪家は貴族としての贅や催しは知っているが、庶民の暮らしや催しには詳しくない。時折そうした話を耳にするが、実際に目にした事がないのは確かだ。 「では御案内致します……御手をどうぞ」 恭しく差し出された手に、雪家の目が落ちる。そして白く柔らかな手が彼の手に重ねられると、郁磨は雪家を伴って、仲間が控える部屋へと向かった。 「此方で御座います」 郁磨はそう言うと、目の前を塞ぐ襖に手を掛けた。そうして開かれた世界に、雪家の目が見開かれる。 「これはなんと……」 豊臣の屋敷は殆どが和で出来ている。 勿論、ジルベリアやアル=カマルのような他国の調度品を手に入れたり、それに似せた部屋を作ったりはする。 しかし今通されたこの部屋は、記憶の通りであれば和で統一されていた筈だ。 しかし実際に足を踏み入れてみれば如何だろう。 窓にはカーテンが敷かれ、調度品は全てジルベリアの物になっている。床に敷かれた絨毯も演出の1つとなってその場に違和感なく納まっていた。 「まるでジルベリアに来たようだな。これがそなたの言う余興か? 確かに手は込んでいるが、この程度で私を喜ばそうなど――」 「お嬢様、お帰りなさいませ」 不意に耳を通り過ぎた声に雪家の言葉が止まる。そして彼女の目が執事服を纏う円秀と千歳に止まると、まるで自然の摂理のように雪家の口が閉ざされた。 「お嬢様のお帰りがそろそろだと思い、皆で菓子を用意して待っておりました。さ、お席へどうぞ」 円秀に続き雪家をもてなす千歳も、何とか用意された台詞を棒で読み切る。そしてぎこちない仕草で席に案内すると、2人は恭しく彼女に向かって頭を下げた。 「……これはどういった余興だったか?」 「庶民の流行を豊臣様に体験して頂く物です」 「名は?」 そう問いかけた時、甘い香りが雪家の鼻孔を擽った。 目を向ければ色とりどりの菓子が机に並べられるではないか。しかもその種類は多種多様。それこそ世界各国の菓子が此処に集結していると言っても過言ではない。 「これは、見事な……ん? そこの者、待て」 雪家が呼び止めたのはエプロンドレスにヘッドセットを着けたアルマだ。それに気付いて彼の足が止まる。 「何でしょうか、お嬢様」 にこっと極上の笑顔で小首を傾げるアルマに雪家の目が瞬かれる。そしてその目を動かすと、今度は同じように着飾った怜の姿が。 こうして姿を見ていると可愛らしい女の子だが、雪家は彼等と面識がある。 「そなたらは確か――」 ビクッと身を竦めるアルマに対し、怜は冷静そのものだった。 「今、世間では『女装・執事喫茶』って言うのが流行ってるみたいなのだ……です?」 堂々とそう言って笑顔で誤魔化す。 そうしてアルマと共に次のお菓子を取りに行くと、雪家の目が傍に控える郁磨に向かった。 「……これが庶民の流行と言う訳か」 「はい。庶民の流行を取り入れ、豊臣様に体験して頂く為だけにご用意いたしました、女装・執事喫茶『浪志組』です」 「浪志組はその様な事までしておるのか……難儀な事だな」 「いいえ、これは雪家様の為だけに用意された特別企画です。今日限りの限定品ですよ」 響いたのは恭一郎の声だ。 その声に皆の目が向く―― 「「「「!」」」」 見た瞬間、浪志組隊士等の表情が強張った。 それもその筈。 二十歳を過ぎた男性は皆執事服を着ているのに対し、恭一郎はメイド服を着ていたからだ。 しかもその姿は堂々としており、化粧も髪結いも完璧にこなしている。その殆どはケロリーナが施したにしても、出来過ぎやしないか……。 「恭一郎殿、何ゆえにその姿を……」 「雪家様に喜んでいただければこその催しですし、其処の頑固なお嬢さんも僕にこの格好をさせたかったみたいですし?」 そう言って恭一郎が視線を向けるのはケロリーナだ。 この「頑固」の部分はさっきの名前の遣り取りの結果だろう。この分だと恭一郎が負けたようだ。 「っ、ふふ……ふふふふ……」 「雪家様?」 「ふははは。なかなかに面白い。これが庶民の流行か。実に面白いではないか」 唇を着物で覆い、雪家がコロコロと笑う。 そしてひとしきり笑いきる頃、彼女の前に最後のお菓子が置かれた。 「此方でお菓子は最後になります……」 「おお、そうか。天儀の菓子だな。他国の菓子も見事だが、やはり自国の菓子が一番に見える」 そう言って微笑んだ雪家は、霞澄が添え置いたお汁粉に手を伸ばした。そしてひと口食べて息を吐く。 「悪くない……そこな者。それもひと口貰おう」 「あ、はい!」 慌ててアルマが差し出したのは、熱々のチョコレートを掛けたワッフルだ。 ほっこり湯気が登って甘い香りを漂わせるそれに、雪家の表情が綻ぶ。 「……甘い、良い香りだ」 「雪家おねえさま。このお茶会では乙女トークをして恋のお話をするのが庶民流なのですの」 一通りの菓子が出終え、後は控えるだけとなった一行から顔を覗かせ、ケロリーナが言う。 その言葉に雪家が「ほう?」と眉尻を上げた。 「けろりーなも雪家おねえさまとお話したいですの」 恋の話はどの世代の女性も好きなものなのだろうか。 ケロリーナの言葉に笑みを零した雪家は、円秀や千歳、そして郁磨に女性陣用の席を用意させると、霞澄と雪乃、そしてケロリーナを手招いた。 「そなたらも座るが良い」 「え、ですが……」 戸惑う霞澄に雪家は言う。 「これが庶民流なのだろう? ならば同席せい。その方がこの菓子も余らずに済むというものだ」 本来であれば貴族と席を並べてお茶を飲むなど言語道断、そう言われ兼ねない。 しかし今は雪家の勧めがある。 それにケロリーナが提案した乙女トークとやらを楽しみながらお茶を飲むなら、彼女たちの同席は必要不可欠だろう。 「わかりました……お邪魔します」 そう言って、3人は雪家と同じ卓に腰を下ろした。 そうして暫く、和やかな雰囲気でお茶会が進んだ。そしてある程度の菓子が女性陣の胃袋に消えると、唐突に雪家が話を切り出したのだ。 「さて、楽しませて貰った。此処からはお主らの話を聞こうではないか」 そう、開拓者等は何も雪家に催しをする為だけに集まった訳ではない。 彼等の目的は別の場所にある。 「まずは、墓守の件を聞こう」 そう言うと、雪家は皆の顔を間近に見据えた。 ●神代とは 「墓守さんは恭一郎おじさまと戦えるくらい元気でしたの」 そう語るのはケロリーナだ。 彼女は墓守の元で見た過去の出来事、そして墓守が語った言葉を彼女に伝えた。 それを耳にした雪家の唇に笑みが乗る。 「私が耳にした通りの報告だな。して、それらを踏まえ、主らは何を問う」 「神話の時代、天儀の地に君臨せし帝の始祖。これが神代の祖……でしょうか」 「そうだな。朝廷の正史にもそう記されておる」 では、と柚乃は口を開く。 「精霊の憑代……つまりは高位精霊の、器ですけど……ならば、護大も可能なのでしょうか」 「ふむ。その言葉の意味がまず分からぬ。護大が器になったとして何を受け止めるのか……。とは言え、私はその問いに対する答えは持っておらぬな」 答えを持っていない。 それはつまり、知らないと言っているのと同じだ。 その言葉を聞いてこの場の皆が確信する。 雪家は今回、皆の言葉に真摯に応えようとしてくれている、と。 それを承知した上で、今度はケロリーナが問いを口にした。 「ではですの。神代があれば護大から精霊力を導きだせるですの? もしそうなら、神代の正しい使い方を教えてほしいですの」 「正しい使い方は、精霊と心をひとつにして精霊を知り、それに寄り添って答えを出していくこと、だな」 「護大からは精霊力を導き出せないですの?」 「そのような話は聞いた事がない」 「そう、ですの……」 項垂れたケロリーナを慰めるように彼女が抱きしめるカエルが柔らかく歪む。それを視界に留め、円秀が呟いた。 「つまり、護大に働きかけることは神代でも不可能……そう言うことか」 円秀は、護代が精霊に類するのあれば、大アヤカシとは精霊の力を持つアヤカシである、と。そしてもし上記の事が事実なら、神代とは精霊とアヤカシの両方に影響を与え、場合によってはアヤカシとは本来精霊であると考えられるのでは……そう、考えていた。 だが雪家の言葉を聞いて確信する。 自分の考えは間違っていたと。 ならば気になることはただ1つ。 「帝が神代の力を持っていないとして……今後、朝廷が穂邑さんをどうするつもりなのでしょう……彼女の今後が気掛かりで……」 霞澄はそう言うと、胸の前で手を組んだ。 その仕草に雪家はふと微笑む。 「穂邑、と言ったか。神代が出現した娘の安全は保障されるだろう。その為に先のような行動に出たのだ。神代も必要だった故にな」 穂邑を帝の后として迎え入れようとした時の事だろうか。確かに思い返せば、あれは朝廷の加護に彼女を入れる良い口実だっただろう。 「ですが、あの件で彼女は傷付きました。何卒、今後は害さぬことを誓って頂きたい」 そう頭を垂れたのは円秀だ。 穂邑は政治的にも中立的な立場にある。出来る事なら彼女の自由を保障して欲しいし、彼女を政治に利用すること等内容にして欲しい。 それが彼の願いだ。 それを聞き止め、雪家の首が縦に振れる。 「例え困っていようとも、直接危害を加えたりすることはない。それは約束しよう」 この言葉に、ホッと安堵の息が漏れる。 その上で今度は別の疑問が浮かぶ。 「それでは、神代の力を使うことで使用者に悪影響は……?」 「それは、僕も聞きたいです……祈りの後に気絶をしたのは彼女への負担が原因だと思います。もし彼女の身に何かが起こるなら、負担は分けられませんか?」 霞澄の言葉を補足するように口を開いたアルマに、雪家は思案気に視線を落し、そして呟いた。 「確か、朝廷が厳重に管理する術式に、負担軽減の物があった筈。それを使えば或いは……」 「あれ、でも、前に雪家様は……」 雪家の言葉を聞き止めた怜がふと口を突く。 静かに皆の話を聞き、言葉が途切れてからの疑問だった。 「そう、だね……雪家様の先のお言葉。その答えを聞いてない」 頷くアルマに次いで、霞澄、そして郁磨の視線が雪家に向けられた。 「彼女が神代を持っているのはわかります……でも、具体的な何か、はわからない。だから、彼女が何を背負ったか教えて頂けませんか。友の言葉ですが『たとえ何であっても、どう使うかは彼女自身が考えねばならぬことの筈』……どうか彼女に機会を」 祈りの後に穂邑が気を失ったのは、それだけの力が彼女に降り注いだ証拠だ。それはつまり彼女自身に何の負担もない、そう言えないことを現している。 そしてアルマや霞澄と同じように郁磨も言う。 「……今や皇族に神代が絶えている事に対する言及はしません。聞きたいのは今後、穂邑さんが如何なるのか……神代を宿した者の役目、そして朝廷が神代を宿した穂邑さんに何を求めるのかです……」 穂邑がこの世界にとって特別な存在だからと言う訳ではなく、彼等「開拓者」にとってたった1人の大切な友人だからこそこうして問いを投げかけている。 大切な友人――仲間を失いたくないから。 「傲慢だと笑われるでしょうが、俺の世界は友の笑顔で出来てるんです。だから俺は、友も世界も、両方選びます……其れが、『応え』です」 郁磨はそう言葉を切ると、じっと雪家の言葉を待った。 そして次に雪家が口にしたのは、彼等が知りたい、神代についてだった。 「神代とは言うなれば、精霊の容れ物だ。精霊を自らの体に降ろし、一体化してその意識と気配を自らのものとする」 要は、精霊の力が大きければ大きい程、体への負担は大きくなると言う事になる。 だが先程雪家は言った。 朝廷が厳重に管理する術式に、負担軽減の物があった筈、と。それはつまり、 「先の質問はそなたらの覚悟を見るためのものだ。実際に神降ろしの儀を執り行った所で、そなたらの友は死にはせぬ」 そう言って微笑んだ彼女に、その場の空気が僅かに軽くなった。 そして雪家が「他に聞きたいことがある者はあるかえ」と訊ねると、迷わず円秀が口を開いた。 「神代は皇后の徴ではなく、帝が持つことを求められるものであると……弟君には在った事を考えると今上帝に帝位が回ったことに疑念はありますが……現状の皇統に神代がなければ、穂邑さんの神代は唯一のものとなりえますよね?」 「それは違うぞ」 あまりの即答に円秀が口を噤む。 それを見、雪家は言った。 「そなたらが墓守から聞いた通り、帝は神代を持っておらぬが、先の帝は持っていたようだな。だが間違えるでない。神代は何も唯一ではない。神代は代々帝の血筋が保持してきた以上、子が生まれると同時に親が死ぬと言う訳でもないしな。兄弟姉妹がいれば、それだけ神代持ちがいるのだ」 雪家の言葉を纏めるなら、神代は何もその時の帝だけが持っているものではない、と言う事だ。 「穂邑と言う娘に神代が出たことはなんら不思議ではない。貴重ではあるがな」 そう言って、雪家は冷めた紅茶を口に運んだ。 その様子に新たな茶葉が用意され、温かな紅茶が彼女の器を満たす。それを見詰め、彼女はもう一度口を潤した。 そしてその目を、此方をじっと見詰める怜に止める。 「何か問いたい事がありそうだな。遠慮せずに言うてみるが良い」 クスリと笑って目を細める雪家の表情に、怜は意を決して口を開いた。 「俺は墓守さんが言っていた『神代とは精霊の憑代』って件の真偽が知りたいな」 それならば先程説明した筈だ。 僅かに首を傾げる雪家に、怜はこう言葉を続けた。 「仮にそれが本当だとすると……桜紋事件を起こした大人の人達は『精霊の代弁者たる朝廷の上に立つ帝が憑代になれないと言うことは、精霊が朝廷を認めないとも取れるので、威信の低下や人心の混乱を招き、更には体制の崩壊に繋がりかねない』とか思って動いたのかな、って」 もしそうなら、そこまで思って動いたにも拘らず、憑代になれる弟帝では無く、兄である武帝が跡を継いだことに精霊は全てを見放したのでは。と思ったのだが、それに対しての雪家の答えはこうだった。 「その当時に動いた楠木等の真意は知らぬ。だが仮にそうだとして、今は如何だ? お主らは帝に神代がないと知って如何思う」 今の今まで武帝に神代があると信じていた彼等が突き付けられた真実。それを前に如何思う。 この問いに皆が口を噤む中、千歳が言の葉を落とした。 「俺は……武帝陛下が神代を持っていなかった事を、寧ろ良い事なのではないかと思った」 「ほう?」 「神代が無くとも、武帝陛下は朝廷を治めていた。つまり『神代が無くとも政は滞りなく動く』という事ではないだろうか」 結局の所、人を動かしていたのは人だ。 それは血脈でもなく、精霊の加護でもなく、人が作った朝廷と言う構造が政を動かして来たと言う事になる。 「俺は人の世に神代は必要ないのではないかと思う。今、人の世を治めているのは、神代ではなく、朝廷という政治構造であり、武帝陛下という『人』だ」 其処まで言って千歳は口を閉ざした。 胸中には謀反を起こした楠木や東堂の姿がある。彼等が動いた理由は、現在の政治構造が千歳の言う形だと気付いたからではないか? だがそれを口にするのは憚られた。 これ以上の言葉は現在朝廷が守ってきた形を否定する事になる。それはつまり、朝廷の傍に身を置く雪家にとってあまり穏やかな話ではない、そう思ったからだ。 「そなたのような考えの者は多くはないだろう。だが貴重な意見として聞いておこう」 雪家はそう言うと皆を見回した。 「質問が以上であれば、この話は此処までとしよう……そなたらの働き、実に心地良かったぞ」 こうして長かったような、短かった雪家との遣り取りが終わった。 全てを終え、過去の真実を垣間見たアルマは思う。 過去の事件に際して言い難い複雑さはある。 けれど、対処は最善の手であったと考えよう。そしてこれからの最善は乱を起こさせない事である、と。 真実を受け止め、如何動くのか。 それは開拓者等が己が目で見て考え、そして決める事――。 |