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■オープニング本文 ●北面・狭蘭(さら)の里 四方を山に囲まれた狭蘭の里。毎年大雪が降り交通の便が悪くなるこの場所に、今年は陶 義貞(iz0159)と志摩 軍事(iz0129)の2人が訪れていた。 「おっかしいな……義貞の奴、何処に行ったんだ」 縁側を覗き込む志摩の息が白い。 それもその筈、もう直ぐ春を迎えると言うのにこの辺りにはまだ雪が残っている。気温も神楽の都に比べればだいぶ低い。 「軍事殿、義貞をお探しかな?」 眩しそうに白い景色を眺めていた志摩に声が掛かる。振り返れば義貞の祖父――宗貞(むねさだ)が背中を丸めて歩いて来るところだった。 「よお、陶の長老。おはようさん」 「おはようですぞ。義貞ならば朝早くに森へ向かいましたぞ。何でも陽龍の地に用があるとか」 「あ? 朝っぱらから魔の森に行ったのか……元気だな」 やれやれと息を吐いて肩を竦める。 陽龍の地とはちょうど一年位前に東房国を巻き込んで諍いがあった魔の森の名前だ。その時はジルベリアから来た上級アヤカシが悪さをしていて苦労させられた記憶がある。 「昨今は何の異常もないんだろ?」 「ええ。魔の森である以上、全く被害がないわけではありませんがな」 そう言って頷く宗貞に、志摩は苦笑交じりに頷きを返す。 魔の森である以上、全く被害がないわけではない。その言葉に苦い思いが込み上げる。 「開拓者だってのに、情けねえ」 「……軍事殿、如何ですかな?」 「ん?」 感傷に浸って視線を雪に流した所で掛かった声。それに目を戻すと宗貞の酒を飲む仕草が飛び込んできた。 「良いのか? まだ昼間だぜ?」 「義貞も居りませんし構わんでしょう」 宗貞はそう言うと、皺くちゃの顔に更に皺を刻んで笑んで見せた。 ●夕刻頃 「おっちゃん、おっちゃん、おっちゃーん!!!!」 ズダダダダッ……バッターンッ! まるで嵐の様。とは正にこの事を言うのかもしれない。 凄まじい勢いで開け放たれた扉に、酒の席で歓談を繰り広げていた志摩と宗貞の目が向かう。 「義貞。もうちっと静かに開けろや。扉が軋んでんぞ」 チラリと見遣った扉が確かに傾いている。 まあ、開拓者の力で激しく開ければこんなものだろう。寧ろ、こんなもので済んでいるのが奇跡なくらいだ。 しかし当の義貞は気にした様子もなく言い放つ。 「おっちゃん、俺、猫拾った! 飼って良いか?」 何を言い出すかと思えば唐突な。 目をキラキラと輝かせて言う彼の腕には確かに猫が―― 「待て」 「ん?」 「そいつぁ、猫じゃねえ」 ボソッと呟く志摩に、義貞の唇が窄められる。そして視線を腕の中に向けると「緑」の毛をした猫を見下ろした。 「何言ってんだよ。耳だってちゃんとあるし、尻尾だって4本もあるんだぞ? な?」 そう言って猫に話し掛ける。すると猫は小さく「にゃあ」と鳴いて義貞の腕に擦り寄った。 「待て待て待て待て。その毛の色で既におかしいってのに、尻尾が4本ってのは在り得ねえだろ! 今すぐ元居た場所に戻して来い! つーか、捨てて来い!」 「ヤダッ!!!」 「ヤダって……お前は子供かッ!」 くわっと食って掛かった志摩に、義貞がフーッと猫のように毛を逆立てる。そしてその様子を傍から見ていた宗貞は、義貞に目を向けるとこう問い掛けた。 「義貞。それは本当に猫なのか? わしも緑の毛をした猫と言うのは見た事がないぞ。それに志摩殿が言うように、尾が4本と言うのも聞いた事がないのう」 ゆるりと首を振った宗貞に義貞の息が落ちる。そして腕の中の猫に目を向けると、ポツリと零した。 「……こいつ、アヤカシに襲われてたんだ。何も出来なくて鳴いてるところに俺が通りかかって……それで……」 良く見れば猫(?)は怪我をしている様だった。それもかなりの傷だ。 「おっちゃん。こいつ、猫又じゃないのかな? もしそうなら、俺、怪我が治るまででもっ」 猫又とは精霊の加護を受けて生まれたケモノの事を言う。確かに猫又ならばその姿も納得出来るが、それでも見目が奇妙なのは確かだ。 だが、もし本当に猫又であるのなら、このまま捨て置く訳にもいかないだろう。傷の様子を見るに、このまま捨て置けば1日と持たない怪我を負っているのだから。 「……ったく。傷を回復させるまでだぞ」 志摩はそう告げると腰を上げた。 その姿に義貞の目が瞬かれる。 「おっちゃん、どっか行くのか?」 「ちっと野暮用だ。明日の朝には戻る」 そう言い残し、志摩は険しい表情で部屋を出て行った。 その姿を見送り、義貞の視線が猫又に落ちる。 「俺、怒らせるようなこと言ったかな……」 確かに初めの遣り取りは如何なものかと思うが、自分なりに如何いう経由で猫又を拾い、如何したいかも伝えた。 手順は間違ってたかもしれないが自分の意思を伝えたのだ。だが志摩は険しい表情で出て行ってしまった。 「落ち込むことはないじゃろうて。軍事殿はお前さんを心配しているのじゃろう。お前さんが面倒事に巻き込まれないようにな」 そう言って、宗貞は義貞の頭を撫でるように叩いた。 ●満月 庭に積もる雪を踏み締め、志摩は空に浮かぶ月を見上げていた。 其処に雪を踏む音が響く。 「少しばかし、過保護になり過ぎちまったのかねぇ」 ぼやく様に零す志摩に、歩み寄った宗貞が笑う。 「いやいや。あの子も随分と貴方に懐いているようじゃ。わしは軍事殿に感謝せねばなりませんな」 「……止せよ」 そう言うと、志摩は己が手に視線を落とした。 思い返せば義貞を人質に取った所から彼の新しい人生は始まった。そして彼を通じて多くの開拓者と知り合い、そして今も尚、その道の中に身を置いている。 「懐いてんのは、俺の方なのかもな……」 志摩はそう呟くと宗貞を見た。 「陶の長老。俺は明日、神楽の都に戻る事にするぜ。けど、義貞はもう少し面倒見てやってくれ。猫又の静養には自然の中が一番だろうからな」 「承知しましたぞ」 快い返事を聞き止め、志摩の目が空を見上げる。其処にあるのは欠けた所のない満月だ。 「……ま、1人じゃ大変だろうし、開拓者にも声かけてやるかな」 そう呟き、志摩は瞬く眩しいばかりの月を見詰めていた。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●狭蘭の里・外 雪が残る白の里を眺め、リンカ・ティニーブルー(ib0345)は青い宝珠の嵌められた弓を構えると静かに目を閉じた。 「少しでも義貞さんの役に立てる様に」 そう零し、細い指が弦を弾く。そうして響いてきた音色に耳を澄ますと、彼女の瞳が穏やかに緩められた。 「……うん、大丈夫そうだね。この分だとアヤカシの襲撃もなさそうだ」 猫又を追ってアヤカシが潜んでいるかもとと思ったが、どうやら余計な危惧だったようだ。 「あと気になる事と言えば、魔の森に猫が居た事……ですか」 「そうだね。そっちは任せるよ。あたしはもう少し周辺の様子を見てくるから」 リンカの声に頷き、六条 雪巳(ia0179)は陶 義貞(iz0159)の祖父が住まう屋敷を見た。 「全てが危惧だと良いのですけど……」 ●陶家 陶家の屋敷に1年ぶりに足を踏み入れた匂坂 尚哉(ib5766)は、同じく1年ぶりに顔を会わせる義貞の祖父と言葉を交わしていた。 「この里に来るの……1年ぶりか。柄じゃねぇけど、やっぱ感慨深いかな……うん」 へへっと笑う尚哉を、眩しそうに見遣った祖父・宗貞は、彼の用意してくれた手土産を受け取ると穏やかに笑んで見せた。 「あのような出来事があっても尚、そう言って下さるのは嬉しいのう」 「あれは……」 そう言葉を切って逡巡した後、持ち前の明るさで笑顔を作った尚哉は、あの時の事をほんの少しだけ振り返る。 「魔の森の存在は変わらずって言ってもさ、龍陽の地で出会ったあのブラコ……いや、ブルームみてぇなのがまた居付いてないならよかったよ」 「そうですな。それもこれも皆、開拓者の方々のお蔭と言えますでしょうな」 宗貞はそう言うと、幼さの残る笑顔を覗かせる彼を、もう1人の孫を見る……そんな心持で眺めた。。 そしてその頃、一足先に猫又の元へ向かった刃兼(ib7876)は、相棒で同じく猫又のキクイチと一緒に負傷している猫又の顔を覗き込んでいた。 「キクイチを拾った時はどうしたか……若干、記憶が朧げなのが悔しい所、だな」 そう零す刃兼は過去、空腹に倒れていた猫又――キクイチを拾った事がある。どうにも義貞と猫又の境遇が、自分達と同じに見えて放っておけなかった。だからギルドで依頼を見た時にはキクイチにこう聞いた物だ。 『傷を負った猫又の看病、か。狭蘭の里はまだ寒いみたいだが……キクイチ、一緒に来るか?』 この言葉にキクイチは「あい、わっちも皆はんと一緒に猫又はんの看病をするでありんす」と乗り気だったのだが、実際にぐったり横になっている猫又を見ると気後れするのか、少し距離を置いてその様子を見ていた。 そしてキクイチのほぼ隣で、同じように距離を置いた状態で猫又を眺めるのは紫上 真琴(ic0628)だ。 「これが猫又……ケモノってこんなのがいるんだね」 そう言いながら興味津々に視線を注いでいる。そして猫又の傍に座っている義貞に目を向けると、にこっと笑って近付いて行った。 「きみ、義貞だよね。はじめまして、私は紫上真琴って言うんだ。よろしく」 元気良く差し出された手に義貞の目が落ちる。そして少し考えた後それを取ると、義貞も自己紹介をして猫又に視線を戻した。 其処へ宗貞に挨拶を済ませて来た火麗(ic0614)とウルグ・シュバルツ(ib5700)が遣って来る。 2人は場の空気に目を瞬くと、やれやれと言った様子で口を開いた。 「なんだい。揃いも揃って怪我人の傍で辛気くさい面して。そんなんじゃ、治るもんも治らないだろう?」 「心配も大事だが、今は治療が先だろう」 どれ、とウルグが猫又に手を伸ばす。そうして猫又の頭を撫でると、彼の表情が和らいだ。 「……助かって良かったな」 彼の言葉から察するに、峠は越えているのだろう。猫又はウルグの声に瞼を上げると、紅の瞳で不思議そうに周囲を見回した。 その仕草に真琴が興味津々に身を乗り出す。そして猫又の顔を覗き込むと「わあ」と声を零した。 「この子、私と同じ目の色してる!」 「緑の毛に、紅い瞳……変異種か、猫又に似た別種……という可能性も否定はできないが。アヤカシに襲われていたというのであれば、少なくともあちら側ではないと思いたいな」 そう零すウルグの目に、猫又以外の影が飛び込んできた。それに皆の目が釘付けになる。 「ほほぅ、そなたが件の猫又殿か。不思議な姿じゃの……大樹の加護でも受けておるのか?」 黒髪に金の瞳をした童女が猫又に飛び付かん勢いで話しかけているではないか。その大きさからして人妖だろうか。 「火ノ佳。落ち着きなさい」 「おっとりとした雪巳と対照的な相棒だな……やっぱ一緒にいると良い具合に変異すんのか?」 「尚哉さん、如何いう意味ですか」 一緒に部屋を訪れた尚哉の言葉に苦笑しつつ、雪巳は人妖の火ノ佳を手招いた。 そして義貞を見てこう告げる。 「万が一の不安を払拭するため、瘴索結界を使ってもよろしいでしょうか?」 「え」 驚いた義貞だったが、雪巳の判断に誰も異論を唱えない事から、瘴策結界を使うのは妥当だと考えているのだろう。 「……では、失礼して」 言うや否や開かれた扇から放たれる七色の光。それを見詰めながら僅かな時間が過ぎる。 そして術の処方を終えると、雪巳は静かに口を開いた。 「反応はなさそうです」 その声に、部屋中に安堵の息が漏れる。 だが義貞だけは何かを考え込んだように視線を落としたままだ。それに気付いた雪巳は、彼に近付くとこう囁いた。 「……ねぇ義貞さん。私が瘴索結界を使った理由、判りますか?」 問いかけに義貞の首が微かに動く。 「拾った場所も見た目も普通とは違う……もし、この猫さんがアヤカシであったなら。そしてそれが、里の中で力を取り戻してしまったら、どうなるか……志摩さんもそれを心配したのだと思いますよ」 言葉では理解しているのだろう。そして気持ちも僅かに。 けれども何処か複雑な思いがあるのか、義貞は雪巳に頭を下げると部屋から出て行ってしまった。 その様子にそれぞれが視線を動かす中、尚哉だけが腰を上げて部屋の出入り口に向かう。 「俺、後を追うよ」 「ああ、頼むよ。もし可能ならこう伝えておくれ。軍事さんって人は、見た感じそんなに甘い人には見えなかった。ってさ」 火麗の言葉に尚哉の首が傾げられる。 「いや、駄目なら駄目って、はっきり言うんじゃないか、ってさ」 そう言うと、火麗はフッと笑んで猫又に視線を戻した。それに次いで真琴も思案気に口を開く。 「私もそう思う、かな。色々教えてくれたり怒ってくれる人が居るのは凄く幸せなんだよ。どうでもよかったらさ、そいつの事なんてほっとけばいいんだし……悪い事しちゃったなって思ったら、ごめんなさい。って思いきって言っちゃえば、そこから先進むと思う」 だよね♪ そう笑顔で告げた彼女に頷き、尚哉は部屋を出て行った。 「では、俺達は猫又の看病に専念しよう。まずは寝床を清潔に保ってやらないとな」 そう言った刃兼の言葉に、火麗がある提案をする。それは猫又をより良い環境に置く、そんな提案だった。 ●友の声 庭に出ると、白い息と白い大地、そして其処に佇む義貞の姿が見えた。 「何か冴えねぇ顔してんな? 偉そうな事ぁ言えねぇけどさ、話聞くぜ?」 尚哉はそう言いながら歩み寄ると、義貞の顔を覗き込んだ。そして彼が浮かべる戸惑いや後悔の表情を見て、フッと笑みを零す。 「俺は、きちんと看病して、しっかり猫又の傷を治して……それから、いろんなこと考えれば良いと思う」 「……皆の気持ちはわかる。でも、俺は……」 ポツリ、零された声に尚哉が何かを言おうとした時、傍で雪の踏む音がした。 目を向けると、薪を手に歩いてくるウルグが見える。彼は依頼とは言え暫く邪魔をする家で、雑事の手伝いが出来ればと、進んで動いている所だった。 「随分と寒い場所で話をしているな」 こっちに来たら如何だ? そう声を掛け、ウルグは薪割りを行っている納屋に2人を招いた。 「……全く、仕方のない奴よの。面倒を見ると決めたのであろう? 主が心配を掛けてどうするのだ」 そう言葉を零すのはウルグの相棒で管狐の導だ。導は、義貞の傍を浮遊すると呆れたように息を吐き、そしてウルグの傍でその動きを止めた。 「我も最近鬼火玉を拾うての。偉そうなことは言えぬが……軍事とやらは、何か思うことでもあったのではないかの。難しい顔をしていたからとて、何も主に気を悪くしたとは限らぬのではないか?」 諭すその声は、先に尚哉が教えてくれた皆の言葉に比例する。 志摩があのような事で怒る筈はない。そして彼が言った言葉の意味は、雪巳の行動や言葉で理解できている。 それならば何が気になるのか。 「意地、張っててもつまんないぞ」 尚哉の言葉に苦笑が漏れた。 「尚哉は大事な人と喧嘩したら、如何する?」 「俺? 俺ならスパッと謝っちまうかな」 ニッと笑った彼を見て、義貞の中で踏ん切りがついたのだろう。 「後でおっちゃんに連絡取ってみるか」 そう言った彼に導が頷く。 「そうだな。何も聞かずに落ち込んでいても仕方あるまい。今一度、腰を据えて話し合えばよい」 うんうんと語る管狐に、義貞の目が向かう。 そしてその直後、彼は信じられない言葉を口にした。 「なあソイツ、何で猫みたいなのに空飛んでるんだ?」 この言葉に薪割りに集中していたウルグも驚いて手を止める。そして尚哉は彼よりも驚いた様子で義貞を見た。 「義貞、これは管狐って言うんだ。まさか……」 「初めて見たか」 ウルグの言葉に義貞が頷く。 そして物珍しそうに管狐に手を伸ばすと、彼はおっかなびっくりと言った様子で管狐に触れてみた。 その様子を見ながら尚哉が問う。 「なあ、義貞。さっきの猫又、元気になったらどうするつもりなんだ?」 問いかけに義貞の視線が落ちた。 これもまだ考えている最中なのだろう。何も答えない彼に、尚哉はそっと言葉を添えた。 「猫又が承知するならいいだろうけどさ、嫌がる様なら無理強いすんなよ?」 「……わかってる」 そう言って頷いた彼は、少し寂しげな横顔をしていた。 ●日の当たる場所 陶家の屋敷の中で一番日当たりの良い場所に開拓者等は居た。その中央には複数の毛布に包まれ、気持ち良さそうに寝息を立てる猫又の姿もある。 「この姿を見ていると落ち着きますね。あの地にも精霊の加護が戻りつつある証……それだけでも喜ばしい事だと言うのに」 「さっきも気になってたんだが、雪巳や尚哉はこの猫又が居た場所を知ってるのかい? 確か、拾った経由もアヤカシに襲われてたんだったねぇ」 ふふっと笑う雪巳に、火麗が思い出したように呟く。その手には酒の入った盃があり、彼女は豪快に中身を飲み干すと緩やかに視線を猫又に流した。 「まあ、色々とありまして……って、火ノ佳! そんなに抱き締めてはキクイチさんが死んでしまいます!」 「そんなに柔な生き物でもあるまい!」 そうじゃろう? と頬を紅潮させてキクイチに訪ねる人妖・火ノ佳は看病に来たのか否か微妙な所だ。 先程からキクイチを追い駆け回したり、土産の干物に被り付いてしまったり色々と騒動を起こしている。 「だ、大丈夫で、ありんす……この様なことで、死には……死には……ガクッ」 「刃兼! キクイチが死んだ!!」 「いや、その程度では死なない。それよりも、猫又の状態は如何だ?」 案外冷静に言葉を返した刃兼に「ぶぅ」と頬を膨らませ、真琴が猫又の顔を覗き込む。 「んー……傷薬も巧く浸透してるし、包帯も新しいのに変えたし……順調そうだよ」 「それは良かった」 フッと笑んだ刃兼は、火ノ佳の腕からキクイチを借り受けると、膝の上に彼を乗せて頭を撫でた。 「しかし見れば見る程、不思議な猫又だな。俺も世の中すべての猫又を知ってるわけじゃないが、緑の毛に四つ尾の猫又ってのは初めて見るぞ」 そう言いながら、ふと手元に在るキクイチへ目を落とした。その視線にキクイチの目が向かう。 「……キクイチも頑張れば四つ尾になる、のか?」 「んにゃ゛!? 刃兼はん刃兼はん、さすがにこれ以上、わっちの尻尾は増えないでありんすえ!」 何やら無茶振りする主の言葉に慌てて答えると、周囲から笑い声が上がった。 其処へ義貞と尚哉、そしてウルグが戻って来る。彼等は和やかな雰囲気に笑みを零すと、猫又を囲む輪に加わった。 「……さっきはごめん。あの、さ……皆に頼みがあるんだけど……」 まずは謝罪をして頭を下げると、義貞は言い辛そうにある提案をした。その提案をした皆の目が猫又に移る。 「名付けか……『翠柳』などどうであろう?」 そう口にしたのはウルグの相棒、導だ。 ふよふよと猫又の周囲を舞いながら問い掛ける声に、猫又は気にした様子もなく目を閉じている。 「気に入らないのか? それなら緑桜(リョクオウ)と言うのは如何だろう。毛の色が緑なのと、里に桜の大木があるって聞いたんで、な」 確かに狭蘭の里には、毎年見事に咲き誇る桜の大木がある。それをなぞった名前に義貞の目が輝くが、やはり猫又は無関心なままだ。 「さっき看病してて気付いたんだけど、この子女の子なんだよね。だったら御衣黄(ぎょいこう)ってどうだろ? 桜の花だし緑色も表現してるし、何か響きがいいと思うんだけど」 ね、猫又さん。と笑顔で顔を寄せた真琴だったが、これにも猫又は無反応。 こうなって来ると別の名があるのか、そうとも取れるが、初めに火麗が紙に文字を書いて名を聞いた際、猫又は「ない」と文字を示した。 「そうさねぇ……4本しっぽに掛けて『九郎羽』というのはどうだろう? 四葉のクローバーはジルベリヤかどこかの幸せの象徴だよ。猫又に関わったすべての方に幸せあることを願って……とか、如何だろうねぇ」 ゆったりと言の葉を紡ぐ彼女に皆の視線が猫又に向かう。そして何の反応も示さないのを見止めると、雪巳がある名を口にした。 「草萌ゆる季節にいらしたので萌木(もえぎ)さん。とか、木々の芽吹く時期ですから若葉(わかば)さん。とか……青葉の上を渡る風、青風(せいふう)さん、とか?」 「あ、俺も若葉って良いと思ってたんだ!」 不意に上がった声に目を向けると、尚哉が笑顔で頷いているのが見える。 「……若葉、か」 そう義貞が呟いたとき、猫又の顔が上がった。そして小さく鳴いて何かを強請る姿に、義貞の顔に笑みが浮かぶ。 「よし、決めた! お前の名前は若葉だ!」 彼はそう言うと、嬉しそうに若葉の頭を撫でた。 「じゃあ、早速だけど若葉は何が好き? こういうので遊べる?」 真琴が楽しそうに顔を覗かせて植物の葉をパタつかせる。それを追って若葉の目が向くと、開拓者等は快方に向かうその姿に安堵し、若葉と共に暫しの休養を楽しんだのだった。 |