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■オープニング本文 ●東房国・霜蓮寺(そうれんじ) 桜が咲き乱れる霜蓮寺に、月宵 嘉栄(iz0097)の姿はあった。修行中の身である彼女が此処に戻って来たのは他でもない。 「至急、霜蓮寺……いや、東房国の為に動いて貰いたい」 そう、霜蓮寺統括に呼び出されたからだ。 彼女は呼び出しにあった通り、至急霜蓮寺の門を叩き統括の元を訪れた。そこで聞かされたのは、上級アヤカシ「羅碧孤(らせきこ)」の存在だ。 「話には聞いた事があります。東房国の魔の森を動き回る、慎重派のアヤカシだとか。確か、身を隠す為に争い事を回避する性格だと聞いています」 「そうだ。その性格が影響してか、羅碧孤の縄張りにさえ足を踏み入れなければ、彼の敵の襲撃に遭う心配はない。そうとまで言われる異例のアヤカシだ」 東房は常に魔の森の浸食と闘う国である。故に、上級アヤカシの存在があろうと不思議ではない。寧ろ、それだけに留まらない可能性も大いにある。 そして羅碧孤は魔の森に潜む上級アヤカシの中で、比較的行動の分かり易い存在だった。 「羅碧孤が潜む魔の森は、東房国ギルドも大体把握している。故に、今まで争いを避けて通れていたのだが……」 霜蓮寺統括は其処まで言うと、傍らに控える大柄の僧兵――久万に目を向けた。その視線に今度は彼が口を開く。 「昨今、羅碧孤の縄張り周辺の寺社が、次々と襲撃されておるのです。まだ羅碧孤の仕業と断定は出来ませんが、当寺社も早急に対応した方が良いかと思いましてな」 久万はそう言い置き、嘉栄の前に東房国の地図を広げて見せた。其処に記されるのは襲撃に遭った寺社の略図だ。 転々と記されている×は襲撃された寺社を示す。その記は魔の森を中心に周囲へ拡大している様だった。 「羅碧孤の縄張りである魔の森を起点に襲撃されておりますからな、次に襲撃される可能性のある寺社は大体読めますが、それに関しては志摩殿に任せておりますので、問題ないでしょう」 「では、私は何を?」 嘉栄の問い掛けに統括が頷く。 「嘉栄には襲撃に遭った寺社に赴き、羅碧孤の痕跡がないか、その他変わった物がないか調査して欲しい」 「わかりました」 嘉栄はそう言うと、頷く様に頭を垂れた。と、それを見止め、統括が付け足すように呟く。 「開拓者ギルドにも声を掛けておく。1人で如何にかしようとは考えず、他者と協力して事にあたれ。万全の準備の元、な」 こう霜蓮寺統括が念を押すのも無理はない。 話によれば、襲撃に遭った寺社の跡地には瘴気が濃く残っていると言う。そして其処には、決して弱くないアヤカシの存在も確認されているらしい。 ●東房国・虹來寺(こうらいじ) 東房国の外れに存在する虹來寺は、北に位置する魔の森に隣接した古い寺社だ。 安積寺から離れている事もあり、普段は虹來寺出身の者か、特別用事のある者しか訪れないのだがこの日は違った。 「そうか……やはり上級アヤカシの目撃情報が出ているのか」 そう零すのは開拓者ギルドから派遣された天元 征四郎(iz0001)だ。本当は志摩 軍事(iz0129)が来る筈だったが、彼は何処かに寄って来るとかで先に征四郎が寄越された。 そして征四郎の言葉を聞き止めた虹來寺統括は、周辺に潜むアヤカシの情報が載る書物を広げながら言葉を紡ぎ出す。 「目撃されている上級アヤカシは『黄宝狸(おうほうり)』と言う、羅碧孤と呼ばれる上級アヤカシの配下にあるアヤカシです」 「羅碧孤……出発前に志摩が、活性化が如何とか言っていたか。確か、周辺寺社が襲撃に遭っているのだったか。だが、実際に目撃されているのは黄宝狸……羅碧孤が指示しているのか?」 ポツリと零す彼に、虹來寺の統括が緩く首を振る。 「羅碧孤の指示かどうかは……ただ、先月までは慎重派の名に違わぬ動きで、羅碧孤に関わるものの情報は殆どと言って良いほど無かったと言うのに……いったい何があったのか」 出発前に志摩から情報を得ているので、今回の襲撃劇が尋常でない事は察する。だが所詮はアヤカシだ。 どんなに穏便に過ごそうとも、いずれは対立せねばならない相手。少なくとも征四郎はそう考えている。 「なんにせよ、次に羅碧孤の襲撃があるであろう寺社は此処だ。全力を持って阻――」 阻止する。そう言おうとしたのだが、突然駆け込んできた僧兵にその言葉は呑み込まれた。 「敵襲! 虹來寺北部、魔の森より敵の姿を確認! 黄宝狸が指揮しているものと思われます!」 「……来たか」 予想よりも早い襲撃だが問題はない。 何せ志摩に送り込まれる際、開拓者ギルドから人員を募り集めて来たのだから。 「敵の数と進軍経路を……先に迎え撃ち、虹來寺への侵入を阻止する」 征四郎はそう言うと、虹來寺の僧兵、そして開拓者等と共に魔の森へ向かった。 ●北面と東房の国境付近 「おら、早くしろ!」 そう言って志摩が急かすのは、緑の毛をした猫又を抱く陶 義貞(iz0159)だ。 彼は北面にある狭蘭の里で短い休暇を楽しんでいた。其処へ突如志摩が迎えに来たのだ。 その理由は勿論、「東房国で上級アヤカシの活動が活発になっているから手伝え」と言うもの。 「ったく。色んな経験した方が良いと思って迎えに行ったが、余計なお世話だったか?」 1人ゴチリながら息を吐く。そして足を止めると、後方から駆けてくる義貞を振り返った。 「その猫又、置いて来た方が良かったんじゃねえか? まだ戦闘に参加は出来ねえだろ」 義貞が負傷した猫又を拾ったのが数日前。 精霊の加護を受けるケモノなだけあって、回復力はかなりなものだ。既に何処に傷があったかも判別がつかない。 それでも病み上がりなのは事実。いきなり戦場に連れて行くなど無茶にも程がある。 だが義貞は言う。 「もしかしたら役に立つかもしれないだろ……それに、1人で置いとけない」 心配そうに腕の中に目を落とす義貞は、すっかり猫又の保護者――と言った所だろう。 「仕方ねえな……取り敢えず急げ。もう戦闘が始まってるかも知れねえからな」 そう言うと、志摩は止めていた足を動かそうとした。が、その足が止まる。 「誰だ!」 凛とした声が森の中に消え、そして沈黙が流れる。 此処は魔の森ではないにせよ、人が住むには不便な場所だ。周辺に家や里があると言う話も聞いた事がない。 では誰が何をしているのか。 「隠れてもバレてるぜ。それともこのまま隠れてるつもりか? だとすりゃ、素性も現せない不逞の輩って可能性も否定できないよな?」 言って刀の柄に手を添える。そうして周囲に気を配っていると、突如茂みが割れた。 「なっ!」 草木を割って迫って来た黒い瘴気の矢。それが志摩の真横を駆け抜け、後方の樹に突き刺さる。 義貞は運良くもその矢を避けていたが、志摩にそれを確認する余裕は無かった。 「……楠通弐……」 そう、茂みの向こうから姿を現したのは、1年以上も姿を消していた賞金首――楠通弐(iz0195)だった。 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 志藤 久遠(ia0597) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 佐上 久野都(ia0826) / キース・グレイン(ia1248) / 八十神 蔵人(ia1422) / 羅轟(ia1687) / 空(ia1704) / 喜屋武(ia2651) / 海月弥生(ia5351) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 千見寺 葎(ia5851) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 珠樹(ia8689) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 狐火(ib0233) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / ミーファ(ib0355) / フィン・ファルスト(ib0979) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 長谷部 円秀 (ib4529) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 匂坂 尚哉(ib5766) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / アルバルク(ib6635) / 玖雀(ib6816) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ミルシェ・ロームズ(ib7560) / 刃兼(ib7876) / 華魄 熾火(ib7959) / 藤田 千歳(ib8121) / 哭竜(ib8979) / 堂本 重左(ib9824) / カルマ=V=ノア(ib9924) / カルマ=E=ノア(ib9925) / カルマ=L=ノア(ib9926) / 豊嶋 茴香(ib9931) / カルマ=G=ノア(ib9947) / カルマ=A=ノア(ib9961) / カルマ=B=ノア(ic0001) / カルマ=C=ノア(ic0002) / 十朱 宗一朗(ic0166) / 呉 花琳(ic0273) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / アッシュ=クロスライン(ic0696) / 鎌苅 冬馬(ic0729) |
■リプレイ本文 ●情報・寺社 虹來寺と霜蓮寺から離れた場所に在る寺社に柚乃(ia0638)は居た。 「……凄い、瘴気です」 ポツリ零す彼女の手には瘴気と精霊力を計測できる懐中時計が握られている。それが示すのは物凄い濃度の瘴気だ。 「これでは、生存者の望みも……茴香さん?」 気付くと豊嶋 茴香(ib9931)が瓦礫の脇に身を屈め、何かを調べている。 「何を……っ!」 「遺体になら何か残っているかと」 茴香が調べていたのは人の亡骸だ。半分以上が朽ち、骨のみが人の形を成している。 「……やはりこれも他の遺体と同じかな」 そう零すと、彼女は遺体に両の手を合わせ、立ち上がって柚乃に目を向けた。 「この寺社で得れたのは、襲撃したアヤカシの痕跡だけだと思う。この爪痕……」 言いながら茴香が示したのは建物に残された傷跡だ。幾本も刻まれたそれは、ケモノのそれに酷似している。 「こちらも似たような物だな」 そう言って姿を現したのは、周囲を探査していたからす(ia6525)だ。 彼女は柚乃と茴香の傍で足を止めると、ふと亡骸に目を置き、瞼を伏せた。 「他の寺社も此処同様、と言った所だ。其処彼処に亡骸がある」 からすはそう言うと、瞼を上げて柚乃を見た。 「柚乃殿、時の蜃気楼は?」 この声に柚乃の首が横に振れた。 これだけ瘴気が濃いのだ。使用出来ない可能性も考えていたが「やはり」と言った所か。 「まったく、見えない訳ではありません……ただ、映像が不鮮明で」 「私も見たが、確かに不鮮明だったように思う。入り乱れるケモノのような生き物と逃げ惑う人々…そして、闘う人の姿……」 生々しい戦場を目にしたと語る彼女等に、からすは視線を落とす。 「寺社から何かを持ち出した痕跡はない。仕掛けた痕跡も、だ」 襲撃されたのは寺社周辺の街だけではない。寺社そのものにも襲撃は及んでいる。だがそれが行われた意図は不明だ。 「力を蓄えていたであろう存在が動き出すには、何か理由がある筈だ」 からすはそう呟き、柚乃と茴香と共に別の場所へと調査の足を延ばした。 その頃、月宵嘉栄と共に行動していた小隊【ふせさんち】の八壁 伏路(ic0499)は、僅かに眉を顰めながら周囲を探査していた。 「うう、めんどくさいのう。どこかに手がかりが落ちてないものか」 そう悲痛の表情で漏らす伏路の傍らには七塚 はふり(ic0500)が居る。 「アヤカシめは何を目的としたのでしょう」 痕跡を辿れば襲撃の痕しかない。よもや人間と言う『食料』が欲しくて襲撃したのだろうか。 それにしては何というか「稚拙だな」そう伏路が呟いた時だ。 「八壁殿、お下がり下さい!」 嘉栄の声と共に物陰から猫に似たアヤカシが飛び出してきた。その姿を見るに妖猫だろうか。 「うわ、出た! 任せたぞはふり!」 「家主殿に期待はしてないであります」 言うや否や伏路の前に出たはふりが、赤の気を纏い踏み込んでゆく。其処へ妖猫の鋭い爪が迫るが、それを嘉栄の刃が遮った。 「呪声を使われる前に早く!」 「わかったであります!」 透かさず地面の踏み込みを深くして妖猫の腹部に打撃を見舞う。そうして打撃に怯んだのを見止めると、嘉栄が止めを見舞った。 「――これが、妖猫……かなりな素早さだったな」 大ぶりの曲刀を手にクロウ・カルガギラ(ib6817)が呟く。その視線の先には、鎌苅 冬馬(ic0729)と瘴気に還ろうとしている妖猫が在る。 「大丈夫か?」 肩で息をする冬馬に声を掛けながら、クロウは周囲に目を向ける。此処も他の寺社と同じだが、気になる点はあった。 「襲撃方法や内容はお粗末だが、この感じ……何かを探している、か?」 残るアヤカシの数、遺体の状態。それらを見てただの襲撃とは思えない。となれば「何かを探していた」考えるのが普通だろう。 「……人外の戦闘がこうも戸惑うものだとは、思わなかった」 そう零し、冬馬は瞼を伏せる。過去に幾場の戦いを乗り越えていようと、場と相手が違えば代わる物だ。 「クロウさんの戦陣の指揮がなければ、真面に闘えていたか如何か……」 「それは俺だって同じだ。冬馬さんが居なければ闘えてなかったさ」 そう言って冬馬の肩を叩き、クロウは視線を落とした。 寺社に足を踏み入れて以降、アヤカシの襲撃が所々で発生している。その度に戦闘になるのだが、奇襲になっていないのは冬馬の心眼のお蔭だろう。 「もう少し宜しく頼む。此処を調べきるまでは去れないからな」 「……此方こそ、宜しく頼む」 2人はそう言葉を交わし、瓦礫の奥に足を進めた。 皆が襲撃された寺社や魔の森に向かう中、霜蓮寺で情報を集める者が居た。 「――つまり、各寺社に共通してるんは襲撃してきたアヤカシの種類ちゅー事やね?」 十朱 宗一朗(ic0166)は尋ねる僧兵にそう零し、手元の紙に文字を認める。それを見止め、呉 花琳(ic0273)が呟いた。 「ケモノちゅー訳やないけど、それに似た種類のアヤカシが多いんな」 彼女が言うように、眼突鴉、鷲頭獅子、妖猫、キマイラ等、ケモノに似たアヤカシが目撃されている。 「やっぱ羅碧孤が関係してるんやろうか?」 羅碧『孤』と言うだけあって、従えるアヤカシもケモノに似ているの……かもしれない。 「何で羅碧孤の目撃情報はないんやろ」 はあ、と溜息を零す花琳の言うように、羅碧孤の情報はない。こうなって来ると、色々と想像も膨らむ訳で。 「身を隠す為に争い事を回避する性格、なぁ……この性格通りなら、碧孤の仕業ではないか、それとも羅碧孤が争いを起こしてまでも成し遂げたい理由があるかのどっちかちゃうん?」 「まあ、慎重派と言われるアヤカシが犯人だとしたら、何かしらがあったちゅー事やろうけど……」 宗一朗はそう言い置き目を落とすと、花琳は思案気に眉を寄せた。 「羅碧孤、なあ……どんな姿をしてるんやろ」 ●情報・魔の森 鬱蒼とした魔の森の中、ミルシェ・ロームズ(ib7560)はある物に足を止めていた。 「ミシェル、単独行動は危ないわよ」 そう声を掛けたのは、超越聴覚でミシェルの動きを察知した珠樹(ia8689)だ。その声にアッシュ=クロスライン(ic0696)と設楽 万理(ia5443)も足を止める。 「……この痕跡……」 呟き、ミシェルが魔の森の更に奥を見詰め、珠樹も魔の森の奥を見据える。 「行軍の跡ね」 「この奥に…行けば……何か、分かるでしょうか……」 複数の何かが通った跡は、明らかに道を作っている。それは魔の森の奥へ続いているようだが……。 「ここは敵陣の内……用心に用心を重ねるならともかく、この奥へ向かうのは危険過ぎやしないか」 大人数ならともかく、今は少数だ。自ら危険に飛び込む訳にもいかない。そう語るアッシュに、全員が顔を見合わせた時―― 「!」 飛び退いた珠樹の足元に真空の刃が突き刺さる。これに視線を上げると、無数の矢が彼女の視界を遮った。 「万理!」 攻撃を見舞われると同時に戦闘態勢を整えた万理が、上空に控える鵺――俗にキマイラと呼ばれる存在に矢先を放ったのだ。 「鵺……中級アヤカシね。魔の森で退治するには分が悪いわよ」 ましてやこの人数。まともに相手をすれば負ける可能性だってある。 「……東房は相変わらず慌しいわね。嘉栄が修行に出てる意味あるのかしら」 珠樹はそうぼやくと、後方で戦闘態勢を整えたアッシュとミシェルを見た。 「退くわ……支援をお願い」 「ああ。他に敵が居ないか確認しながら退路確保だな……任せろ」 アッシュはそう言うと、篭手に隠した矢を空に向けた。其処には他のアヤカシの姿もある。 「ミシェル、急いで!」 「豹変する程の、何かに……寺社の誰かが…触れて……しまったのでしょうか……。それとも、慎重…過ぎるが故……仲間割れ?」 ミシェルはそう呟くと、白塗りの杖を握り締め、魔の森の奥から視線を外した。 行軍の跡は記憶した。後は無事帰還し、この事を地図に記すだけだ。力を使う術を置いてきた自分はこれしか出来ない。 ミシェルは撤退する仲間に頷き、魔の森から脱するべく足を動かした。 ●楠通弐 「賞金首の楠通弐が突然現れるとは、一体何が目的なのでしょう」 目的の地を目指しながら零す菊池 志郎(ia5584)の声に、彼と共に走りながらフィン・ファルスト(ib0979)が呟く。 「楠通弐……あ、耳の尖がった賞金首! あの人ってエルフだっけ? アル=カマルの嵐の門が開く前からいたような……?」 フィンがそう言うのも無理ない。彼女が言うようにエルフはアル=カマルに居るとされているから。 「アル=カマル以外に土着氏族は確認されていませんが、発見されていない氏族がいるのかもしれませんね」 そう零すのは長谷部 円秀 (ib4529)だ。 「何にせよ、敵対するなら切り結びましょう……生憎、私も器用でないのでね」 そう言って唇を引き結ぶ。 志摩 軍事から伝書が届いたのが先程、急ぎ駆け付けたとして間に合うかどうか。 「しかし志摩さんは、賞金首のことを個人的に知っているのでしょうか……」 賞金首が自分から名を上げるとは思い辛い。ではどうやって通弐と判断したのか。これにフィンが唸る。 「あの人、よくギルドをウロウロしてるから、それでじゃないかな?」 「……何にせよ、現地で全ての謎が解けると良いのですけど」 志郎はそう零し、駆ける足を速めた。 その頃、一足先に志摩と陶 義貞に合流していた六条 雪巳(ia0179)、ウルグ・シュバルツ(ib5700)、匂坂 尚哉(ib5766)、そして刃兼(ib7876)は現れた通弐に対し、警戒の色を強めていた。 「行動も表情も、意図が読めないのが不気味ですね……」 そう零すのは雪巳だ。 彼は猫又を懐に入れて刀を抜く義貞に目を向ける。その至る所に傷があるのは、雪巳達も到着までに時間が掛かったからだ。 彼等は義貞の故郷「狭蘭の里」から援軍に駆け付けた。それでも時間は経っている。 「義貞さん、若葉さんを守ってあげて下さい」 「俺からも頼む……若葉から、離れてやるな」 雪巳に続き、ウルグも注意を促す。その声に頷き、義貞が懐の奥へ猫又を押し込もうとした所でひょろっと黒い物が伸びた。 「これで背負ったらどうだ? それなら両手が使えるぞ」 目を向けると尚哉がサッシュを差出している。彼は懐から若葉を取り出すと、手早く義貞の背に括り付けた。 「っ……子守の様な姿だな。いや、和んでいる場合ではない。とにかく今は、この場を切り抜けないとマズイ、か」 猫又を背負う義貞を見て、込み上げる笑いを堪えながら刃兼が呟く。だが、彼等は直ぐに現実に引き戻された。 ゴオオオオッ。 「何の音――ッ!」 雪巳が確認するや否や、全員がこの場から退く。そして避けきれなかった義貞だけが地面に転がると、新たな影が彼に迫った。 「あー……死んだな、陶」 キヒッと笑うのは援軍に駆け付けた空(ia1704)だ。 「ありゃァ、人間なのか?」 眉を潜める彼は通弐が矢を放つ姿を見ていた。それは黒い渦が開拓者等に向かう様子。その威力や範囲は通常の矢の範囲を越えていた。 「考えてる暇なんてないよ! 突撃ッ!!」 「あ、おい!」 全身に気を纏い、盾を前面に突進して行くフィンに円秀が慌てたように続く。そうして彼女の為に道を切り拓こうとするのだが、予想外の事が起きた。 「な、にッ!?」 本来は後衛で控えているべきはずの通弐が前に出て来たのだ。 「尚哉、刃兼、2人を援護しろ!」 急ぎ声を発したウルグに尚哉と刃兼が顔を見合わせて駆け出す。そして円秀に迫る通弐の前に出ると、尚哉は咆哮、刃兼はその直後に真空の刃を放った。 響く雄叫びと迫る刃に、通弐の唇が弓なりに動く。 「弱い」 小さな声と共に、彼女の手にする矢と弓が弧を描く。その刹那、尚哉と刃兼の首筋から鮮血が舞った。 何が起きたのか彼ら自身はわかっていないが、雪巳は見ていた。 「弓と矢の攻撃に気を付けて下さい!」 通弐は弓術師。ならばそれらに気を付けるのは確かだが、敢えて注意を促すと言う事は、何かある。 「見極める!」 勢いをそのままに突っ込んだフィンに、円秀も秋水の刃を構える。そしてその名と同じ術を見舞おうとしたのだが、何かに阻まれた。 「っ、これは――」 本来は矢を射る為の存在である弓で刀が受け止められている。しかも練力を込め、渾身の速度で打ち込んだそれが、である。 「出直して来い」 クツリ。一瞬の感情を覗かせ、通弐は円秀の間合いに入って彼の喉を弦で裂いた。鮮血が舞い、彼に痛烈な熱と痛みが走る。 それを尻目に、通弐はフィンの間合いにも飛び込んでいた。 彼女が武器とする盾、其処に射程0の状態で弓を引く。 そして「死ね」と言う声と同時に、黒い渦が迫り――否、直撃する前に彼女は保護されていた。 「……、…あまり、無茶をしないで下さい」 フィンと通弐の間に入るよう盾を掲げ、彼女を匿う形で直撃を逸らせた志郎が呟く。彼は額から一筋の赤を滴らせ、楠を見る。 「……貴女は……誰かに、会いに来たのですか?」 「さあ?」 ザッと土の踏む音がする。それに志郎が「マズイ」と思うが遅かった。手にしている弓と矢を二刀の刃に見立て、斬り掛かって来たのだ。 しかし、次の言葉に通弐は鉾先を変えた。 「開拓者が記憶を奪った。そんな事ができるのはアヤカシじゃないのか」 彼女の視線の先に居たのは羅喉丸(ia0347)だ。 いつの間に通弐の間合いに入ったのか、彼は渾身の力を振り絞って拳を握る。そして通弐と目が合うと目にも止まらぬ連撃を放った。 「アナタ、強い」 再び彼女の唇が弓を描き――羅喉丸の体が飛んだ。攻撃を矢の腹で反らし、通弐が彼の腹を蹴ったのだ。羅喉丸は腹部を一瞬抑え、再び地を蹴る。 「駆けろ、奴よりも早く。魂よ、肉体の限界を超えろ!」 叫び、限界まで繰り返す勢いで踏み込んでゆく。そんな彼に喜屋武(ia2651)が支援を伸ばす。 「相手は此方にも在るぞ!」 雄叫びと共に発した咆哮だが、やはり通弐は釣れない。それでも、 「味方を失う訳にはいかんからな。一撃位は耐えられよう」 ふぅっと息を吐き、喜屋武は羅喉丸に放たれる攻撃を受け止めようと前に出た。 「いけない!」 反射的に羅喉丸が叫ぶが、喜屋武は通弐の放った黒い渦を真っ向から受け止め――否、これも未遂だ! 何かの力が渦の軌道を逸らした。 「私とあいつの蜜月を邪魔するなら味方だろうが……殺すぞ」 静かに囁くのは雲母(ia6295)だ。彼女は眼帯をゆるりと外し、通弐を見据える。 「腑抜けた姿だ、私が認めた奴がこうなるとは……期待外れにもほどがある」 以前対峙した折、通弐に挑発的な態度を取った。その時、通弐は確かに「覚えておいてあげる」と言ったのだ。だが今の通弐は如何だ。 「何を期待していたか知らないが、残念だったな。人間」 ツウッと通弐の口角が上がる。雲母の感情など知るものか。そう言わんばかりに返され、彼女の煙管が軋んだ。 「思い出させてやろう!」 赤の気を纏い、一瞬の後に矢を番える。其処に赤とは対照的な美しい緑の気を纏わせると、雲母は迷う事無くそれを放った。 「弱い」 通弐は腕を上げ、自らの手で攻撃を受け止める。プスプスと皮膚が焦げる匂いが漂い、彼女の口角がゆるりと上がる。 「軽傷、か」 その実は不明だが、ゆるりと動かした彼女の手から矢の残骸らしき物が落ちる。それを遠目に見ていたフェンリエッタ(ib0018)は不可解そうに眉を寄せた。 「今のは、何……」 雲母の攻撃を受け止めた通弐は、矢を剣のように構えていた。そして矢に、黒い渦のような物を纏わせて雲母の矢を相殺したのだ。 先程矢を射った際にも、黒い渦が巻き上がっていた。それは「瘴気……?」フェンリエッタはそう呟き、通弐の顔を見た。 通弐は感情の起伏が乏しいと聞いている。だが先程から随所に感情らしき物が伺えるのが不気味だ。 「記憶喪失は性格や、気の性質まで変えるの?」 ポツリ、零した声を狐火(ib0233)が拾う。 「さて、如何だろう……しかし、黒い渦の矢。あれが瘴気だとすれば、まさか妖刀の類いか?」 彼は超越聴覚で鋭くした耳を澄まし、周囲をくまなく把握しようと努める。その上で、フェンリエッタ同様に通弐の行動に注意を向けた。 「あの様子。陽動なのか報復なのか、判断しかねるね」 開拓者への攻撃はくまなく行われている。ただ全力を出していない様子から、彼女が「遊んでいる」のはわかる。 「貴女は生成の子か?」 兼ねてよりの疑問。これを問う狐火に通弐は「誰ソレ」と嘲るように答え、自身に殺気を向ける開拓者等を一瞥して空を見上げた。 其処へある声が届く。 「義貞さん、大丈夫かい?」 「俺は大丈夫だけど、尚哉や刃兼が……」 若葉を背負う義貞が、回復を受ける尚哉や刃兼に寄り添っている。其処にリンカ・ティニーブルー(ib0345)が声を掛けたのだが、そこに通弐は反応した。 「緑の毛の猫又」 唇が笑んだかと思うと、通弐が動いた。それを見たフェンリエッタが、そして海月弥生(ia5351)が声を上げる。 「逃げて!」 「複数の敵が空から来ますッ!」 鏡弦を使用した弥生の声に、リンカと行動を共にしていたミーファ(ib0355)が顔を上げる。 その目に映ったのは複数の飛行アヤカシだ。それらは開拓者と通弐の姿を確認するとすぐさま攻撃に転じた。 この動きにミーファがバイオリンを奏でる。甲高く響く音は、急降下を仕掛けてくる眼突鴉の動きを鈍らせ、その間に弥生が正確な敵の数と種類を把握する。 「敵に総数は少なく見積もって30。種類は、眼突鴉、鷲頭獅子……それに、あれは……」 バダサイトを使って見極めた敵の情報。弥生の目が僅かに見開かれると、彼女は急ぎ自らの矢を構えた。 「――鵺」 彼女は複数のアヤカシを射程に収めて練力を集約。其処へウルグが加勢に加わる。 「手伝おう。俺が敵の動きを邪魔する。その間に狙ってくれ……」 彼はそう言うと深く深呼吸をして照準を合わせた。そして鵺を含めた多くのアヤカシの隙を見て弾丸を撃ち込む。 幾つもの弾丸が空に舞う中、弥生の矢も空を裂く気の矢を放つ。と、其処へ凄まじい衝撃音が響いてきた。 「……あいたたた」 腰を抑えて呻くのは義貞だ。その傍には空の姿があり、彼が足を下げている事から何かした事が伺える。 「おっちゃん、蹴る事ないだ――」 「……」 「アリガトウゴザイマス」 無言の冷え切った視線に義貞の肩が窄む。 どうやら通弐の攻撃を避けさせようと空が夜と足払いの双方を彼に掛けたようだ。少々乱暴だが結果として彼が救われた。 そしてこの間も、通弐は攻める。 「その猫、渡して貰おう」 「!」 目にも止まらぬ速さで接近した通弐の手が伸ばされる。だがその動きをリンカとミーファが遮った。 「猫さんは、守ります」 ミーファは必死の勢いで夜の子守唄を奏でる。だが通弐には効かない。それに加えて奇襲のつもりでリンカが放った矢も、彼女の弦によって振り払われている。 しかも―― 「リンカさん!」 通弐と義貞の間に入ったリンカは、通弐が放った黒い渦に巻き込まれ木に打ち付けられている。息を奪われて咳き込む彼女に義貞が駆け寄ろうとするが、其処にも更なる手が迫る。 だが予想外の横槍が入った。 「多少はやる様だが多勢に無勢だ。諦めよ!」 通弐と義貞の間に立ち、鬼島貫徹(ia0694)が大地を割る衝撃波を見舞ったのだ。これに通弐が退いた。 自らの矢で彼の攻撃を裂いて舌打ちし、目の前に現れた黒い壁を睨む。そして壁を作った佐上 久野都(ia0826)を見、上空を飛ぶ鷲頭獅子に視線を向けた。 「……そうか。黄宝狸が」 空高く鳴く声を耳に、通弐が鷲頭獅子の背に飛び乗る。と、彼女は貫徹に目を落とした。 「邪魔をした礼だ。受け取れ」 クツリ。笑い落されたのは今までとは比べ物にならない程禍々しく巨大な黒い渦だ。それを目にした貫徹は咄嗟に若葉とそれを背負う義貞を庇う。 「――ッ、ぬぅ」 久野都が用意した黒い壁を破壊して迫った攻撃に、貫徹が呻く。そして通弐の姿が遠ざかるのを見ると、急ぎ2人の元に駆け寄った。 通弐は援軍に駆け付けたアヤカシも巻き込んで貫徹を襲っている。その姿にゾッとしながら久野都は彼の傷を探った。 「これなら急げば……。しかし、楠通弐が此処に現れた理由。まさか……」 「久野都さん、鬼島のおっちゃんは……」 「大丈夫です。直ぐに治療すれば問題ありません」 そう言って頷き、彼は貫徹の治療に移った。 ●虹來・正面 周囲の殆どを魔の森に囲まれた虹來寺。北方を正面と据えたその場所に開拓者等は居た。 「うじゃうじゃと出てきやがって……うぜぇな」 そう零すのは、煙管を片手に紫煙を吐くカルマ=V=ノア(ib9924)だ。彼は蒼の瞳を眇め、巨大なマスケットを抜き取る。 「的がデカけりゃ当てやすいよなぁ」 言って彼が狙うのは単眼鬼だ。 「ヴィンセントさん、油断は禁物ですよ」 「そりゃぁ、こっちの台詞だね」 ふん、と鼻で笑ったヴィンセントに微笑み、カルマ=G=ノア(ib9947)が前方を捉える。 「確かにこれは骨が折れそうですね。ですが、この位いた方が我々には調度良いのかもしれません」 言葉を切り、ギュンターは優雅な一礼を向けた。 「ようこそ皆様……ここから先は、我々カルマ=ノアがお相手いたしましょう」 そう言った彼の目の前で単眼鬼が足を止める。これは彼が放った無数の式がもたらした好機だ。カルマ=E=ノア(ib9925)はその様子に微笑みながら愛用の銃を引き寄せる。 「うふふ。ギュンター楽しそうねぇ。あたしもうかうかしてられないわ♪」 言って銃に口付け、皆が狙う敵と同じ的に狙いを定める。 「後ろの子達の攻撃が届いたと同時に切り込むくらいで。バッチリあわせていきましょうねぇ」 空気を裂く銃弾の音。それを耳にカルマ=A=ノア(ib9961)の口角が上がった。 「俺に指図するとは良い度胸だ。コイツらを独り占めされても文句は言えねぇよなぁ?」 手の中で翻された鋼線が薄黒く光る。そして単眼鬼の間合いに飛び込んだ彼の手が風を紡ぐと、単眼鬼の首から瘴気が噴射した。 「これで1体――ッ、あっぶねぇなぁ、おい」 首を切れば終わりかと油断していた。 巨大な腕が眼前を掠めて飛んでゆく。それを寸前の所で交わして態勢を整えると、アリスの目が不敵に光った。 「お痛する悪いコには、褒美と仕置きどちらが良い?」 ニイッと笑って一歩を踏み出す彼にヴィンセントも続く。 「おら、余所見すんじゃねぇぞ。死にてぇのか!」 アリスが攻撃し易いように単眼鬼の目を狙う。湾曲するように迫る弾に、単眼鬼の首が仰け反った。其処へトドメの一撃が見舞われると、別の箇所でも新たな動きが発生する。 「動いちゃ駄目ですよ? 大人しくしててくださいねっ」 カルマ=L=ノア(ib9926)は水晶で出来た杖を揺らして叫ぶ。其処から紡ぎ出された冷気が屍鬼の足元を凍らせ、敵の動きを鈍らせると、ユーニスが銃口を向けた。 「一撃で仕留める為の銃だそうよ? とっても慈悲深いと思わない?」 ニコニコと笑う彼女は屍鬼の額を狙う。それを見たラリサが大声でカルマ=B=ノア(ic0001)とカルマ=C=ノア(ic0002)を招いた。 「あ! ししょー! クレアさーん! こっちこっちー!」 バーリグはラリサの声に目を向けると、ユーニスが吹き飛ばした屍鬼の頭に目を瞬いた。 「あら、えっぐい!」 「もー! そんなこと言ってないで手伝って下さいよー!」 ラリサはそう言って雷撃を新たな敵に見舞う。それを見たバーリグの足が動いた。 「あんまり動かさせないでよ〜。でも、おいちゃんだってやる時はやっちゃうよ!」 ザッと踏み込んだ足が狙う先を定める。その上で白く清らかな弓を限界まで引くと、迷い無い一矢が敵の足を貫いた。 「足は潰した! 仕上げよろしく!」 「鬼ごっこは終わり、です。もう十分暴れましたよね? では……眠らせて差し上げます」 いつの間に接近したのか、クレアの蒼い刀身が光る。そして水が空気を裂くような一打が見舞われると、敵は静かに崩れ落ちた。 「まだこんなに……暴れ足りないのなら、私がお相手いたします」 淡とした声を零し、クレアが別の敵へと向かう。それを視界に止め、ギュンターもまた新たな敵に向き直った。 「お通しするわけにはまいりません。大人しく倒されてくださいませ」 カルマ=ノアの面々が奮闘する傍で、椿鬼 蜜鈴(ib6311)も別の敵を相手に奮闘していた。 その脳裏に浮かぶのは虹來寺で聞いた難民の声だ。 「……黒く不穏な影、のう。単純に姿を見せていないだけの可能性もあるが……」 実際に黄宝狸を見た者は居ないのだろう。得た情報はどれも不確かであまり役には立たない。 「さて……開戦の狼煙じゃ。盛大にゆこうてのう」 そう言って手にしていた二刀の刃を重ねて空に掲げる。と、その直後、強大な炎が空に舞い上がった。 「ほう、見事なものじゃ」 東鬼 護刃(ib3264)は感心したように眼突鴉を撃ち落とした蜜鈴の腕を褒める。そして自身も鋭くした聴覚で周囲の敵を探ると、ふわりと大地を蹴った。 「義貞を捕まえるつもりが、厄介な事に巻き込まれたものじゃ。詮無いのぅ。あやつらが来るまで、守りきってやろう」 やれやれと零しつつも動きは俊敏だ。 仲間が見落としがちな敵に接近して攻撃を見舞う彼女に蜜鈴も加勢に加わる。そして自らの横を通り過ぎようとする敵に気付くと、彼女の足が舞う様に動いた。 「わらわの背を抜けようとは……死への手向けじゃ。喜びよれ」 斬撃を加え、瞬時に鉄壁を形成する。その上で閃光を放つと、目の前で屍鬼が崩れ落ちた。 だが敵はまだ存在する。 護刃は瞬脚で敵を翻弄する様に駆け回り、敵を一カ所に集めて行く。そしてある程度の所で足を止めると、自らの口で印を刻んだ。 「冥府魔道は東鬼が道じゃ。三途の渡し賃代わりじゃ、取っておくが良いっ!」 途端、彼女の周囲から風の刃が放たれる。 それらが集められたアヤカシを切裂くと、彼女は改めて蜜鈴の傍に立った。 そして同時刻、天元 征四郎に背を預ける形で刃を振るっていた志藤 久遠(ia0597)の顔が上がった。 頭上に迫る鷲頭獅子の群に気付いたのだ。 「数が多いですね……ここは瞬風波で撃ち落とします。征四郎殿はその援護をお願い出来れば――」 「いや、同じ技で問題ない」 「え?」 驚く久遠を他所に、征四郎は風の宝珠が嵌る刀身に練力を送り込む。その様子に久遠も自身の槍に練力を送り込むと、征四郎を見遣った。 「合図は必要ないな」 コクリと頷く久遠を見、征四郎の腕が動く。それに合わせるように久遠の腕も動くと、2人の腕が同時に振り下された。 2柱の風渦が空に舞い上がり、其処に陣取っていた複数の翼が落ちる。そして地面に落下したそれらを見ると、ほぼ同時に駆け出した。 「これで終いです!」 そう言って槍を振り下した久遠が敵の息を奪うと、傍で様子を伺っていた八十神 蔵人(ia1422)が声を上げた。 「おお、きたかきたか! じゃあ派手に行くで!」 彼が目にしたのは赤い狼煙だ。 蔵人は法螺貝を取り出すと、盛大にそれを吹き鳴らした。だがこれは突撃の合図ではない。 「てめえらアヤカシ共に、後ろ向く暇あると思うなよ。皆、安心してタヌキ首とって来い!! 首とった奴にはわしがエエ酒奢ったるわ!」 既に魔の森の奥へと消えた仲間に向かって叫ぶ。そう先程の法螺貝は、彼等から視線を逸らさせる為の物だ。 蔵人は敵の視線を真っ向から浴びてニッと笑むと、自らも刃を構え直した。 「どうした! こっちにこいや!!」 怒声と共に放った咆哮に敵が襲い掛かってくる。それに対して武器を大きく振り上げると、自らの足を軸に大きく回転し、敵の胴を薙ぎ払った。 ●虹來・左 虹來寺の左方に位置する魔の森で動いていた千見寺 葎(ia5851)は、昇った赤い狼煙に目を留め、僅かに瞳を細めた。 「黄宝狸は反対側に出ましたか」 そう零した瞬間、重い刃が落ちてきた。それに顔を上げると、彼女の表情が引き締まる。 「超越聴覚の効果が切れていたようですね……任された此処を、落させるわけにはいきません。全力で行きます」 飛び退き、再度動かして接近を試みる。 葎に攻撃を見舞ったのは単眼鬼だ。彼女はその懐に飛ぶ混むと、すぐさま細い針を突き刺した。 「一撃では足りませんか……ならば――!?」 「っ、硬いな」 ガスッと鈍い音がし、単眼鬼が崩れ落ちる。 「地上の敵は任せてくれていい。それよりも、上を頼む」 彼女を助けたのはキース・グレイン(ia1248)だ。彼女が顎で示す空には、いつの間にか眼突鴉や鷲頭獅子が舞っている。 「お任せを……」 「おーおー。なんだか知らねえが、軽く戦争ってとこかねえ……」 「!」 葎が返事をするのとほぼ同時にアルバルク(ib6635)が姿を現した。彼は呑気に空を見上げると、地上で奮闘する2人に目を向けてニッと笑った。 「こっちはヒマだと楽だったんだがねえ……そうはいかねえか」 加勢するぜ。そう言うとアルバルクは素早く状況を把握。 「シノビの嬢ちゃんはそっちから回り込みな。そっちの嬢ちゃんは前からだ。お、そこのあんたも手伝ってくれ!」 アルバルクが声を掛けたのは羅轟(ia1687)だ。彼は屍鬼の首と胴を両断すると、3人と合流し上空を見上げた。 「……凄い……数……だな。方針……転換か……頭が……挿げ替わったか……何にせよ……通さん」 ブオンッと巨大な刃が風を薙ぎ、眼前に迫った敵を薙ぎ払う。その勢いに乗るようにキースと葎も攻撃に転じ、一帯は乱戦の模様を期した。 だがアルバルクの指示が的確だったのか苦戦はしていない。寧ろ、 「右辺に敵を集めろ。そうすりゃあ、一気に片付けられる」 「承知……寄らば……斬る」 見た目に反して器用な動きを見せる羅轟が、指示に従って1カ所に敵を誘導してゆく。そしてある程度敵を密集させると、彼の刃が、キースの拳が、そして葎の風がアヤカシ等を殲滅に動いた。 その頃、別の箇所でも戦闘は発生していた。 「やけにものものしいねえ。暴れようぜ、玖雀!」 そう叫ぶのは劫光(ia9510)だ。その傍らには玖雀(ib6816)の姿もあり、彼は額を流れる血を無造作に拭うと、鋼線を歯に咥えてピンッと張った。 「やってくれんじゃねぇか」 不敵に笑む彼は空を見上げている。其処に在るのは眼突鴉や鷲頭獅子、そして鵺だ。 空を舞う敵は接近戦を得意とする者には不利な相手。堂本 重左(ib9824)は歯痒い気持ちでそれらを見上げ、大太刀を握り締める。 「むむむ……御味方の攻撃にて低空まで下がってくればよかろうものだが……」 「下せば如何にかなるか? なら待ってろ!」 言うや否や、劫光の手から氷の龍が放たれる。それが空を舞う敵にぶち当たると、数体のアヤカシが地面に転がり落ちた。 「これで漸く! 我らが虹來寺への砦なれば、一匹たりとて通すまい! 参るぞ!」 「気張りが過ぎるぞ堂本……少しは静かにしていろ」 呆れた声を零しながら哭竜(ib8979)が駆け出した重左に続く。まるで息が合っていないようにも見えるが実の所は違う。 「斬って捨てる。それだけだろう。何が来ようともな!」 渾身の力で魔剣を打ち落とす哭竜に、同じく力で敵を捻じ伏せようと動く重左。幼馴染なだけあって、案外戦い方は似ているようだ。 息を合わせながら確実に敵を倒す2人を見て、劫光と玖雀も刺激されたのだろう。 「玖雀!」 氷龍を放った劫光の声に応え、玖雀が地面を蹴る。そして撃ち落とされた敵の中央に入ると、風の刃を自身を軸に放った。 だがこれで全てが倒れた訳ではない。 「フン、逃がすかよ」 黒の鋼線が玖雀の手から放たれると、今動こうとしていた敵が止まった。 「止めだ!」 斬ッと劫光の刃がアヤカシの胴を薙ぐ。そうして敵を地面に伏すと、2人は互いの手を合わせて笑んだ。 「ふふ、相変わらず見事なもんだな」 「お互い様だろう」 ●虹來・右 虹來寺の右辺。それが赤の狼煙が上がった場所だ。 「小者がぞろぞろと揃いおったか」 そう零すのは黒の衣を纏う人の形をした獣――黄宝狸だ。彼は威圧的に開拓者等を見据え、黒の唇を弓なりにさせた。 「貴様等に用はない。早急に立ち去れ」 ゆるりと掲げられた腕。それに合わせて黄宝狸を護るように壁を作っていたアヤカシが動き出す。 「人手が足りないんで、恭さんも戦闘して下さいね〜」 襲い掛かる敵を前に、郁磨(ia9365)がヘラリと笑う。その声に息を吐くと、天元 恭一郎は仕方がないとでも言う様に槍を構えた。 その様子に華魄 熾火(ib7959)が苦言を零す。 「俊一が築いた土台じゃ、崩すでないぞ……?」 大事な仲間が築いた土台を無くされるのは本望ではない。そう語る彼女に、恭一郎の目が一瞬だけ動く。 その目はまるで「貴女もですか」と言わんばかりだが無駄口を叩いている暇はない。 「皆の為……護るべき人達の為に!」 「ああ。浪志組隊士、藤田千歳。推して参る!」 アルマ・ムリフェイン(ib3629)がバイオリンで激しい額を奏で始める。それに合わせるように藤田 千歳(ib8121)が前に出ると、ケイウス=アルカーム(ib7387)も美しい竪琴を構えてこれに続いた。 重なり合う2つの音色。これを耳にした黄宝狸の目が眇められる。但し、彼にその楽曲の効果は出ていない。 では何に反応したのか…… 「曲が、効いてる……此処で流れを変えないと、ね」 サミラ=マクトゥーム(ib6837)が言う様に、アルマの奏でる精霊の狂想曲がケイウスの奏でた幻想交響楽団によって効果を発揮したのだ。結果、襲い来るアヤカシ等が互いを攻撃し始めた。 「今だね。行こう」 このまま流れを持って行こう。サミラがそう言った時だ。目の前で予想外の事が起きた。 「無能共がッ!」 黄宝狸の怒声と共に、同士討ちを始めたアヤカシの首が次々と飛んだ。黄宝狸は腕を一振りしたに過ぎないが、倒れたのは複数に及ぶ。 「……何と言う力であろうな」 零したウィンストン・エリニー(ib0024)の声に、闘うために武器を握る面念の手に力が篭る。そして手に付着した瘴気を払った黄宝狸が此方を向くと、誰ともなく皆の足が下がった。 「……アルくん達は俺が護るから、ちーくん達は前お願いね」 「あ、ああ……」 郁磨の声に千歳は震える自らの手に奥歯を噛み締める。数多の闘いを乗り越えても尚、強い相手を前に怯む自分が居る事に苛立ちが募る。 「シフォニアさん……逃げるなら今の内ですよ」 闇野 ハヤテ(ib6970)はそう言いながら、冷や汗の流れる額に苦笑を零した。その隣ではシフォニア・L・ロール(ib7113)も自らに降り注ぐ圧力に額に汗を浮かべている。 普段なら彼の厭味も軽く笑って流せるが、今はそんな余裕は無い。ただ篭手を握り締める手の力だけは強く、強く残っている。 「黄宝狸か……能力が分からんからな。下手に戦闘をしてしまえば大怪我で済まされん。しかし。平穏を乱す敵は好まないのでな……行かせてもらうぞ!」 言うや否や、シフォニアは自身を奮い立たせ大地を蹴った。だがそれを黄宝狸が従えるアヤカシ等が遮る。 「くそっ! 倒せなくていい……ただ、遊ばれるだけは御免だ。思い通りの結果にさせてたまるか……!」 シフォニアが作り出そうとする隙を邪魔させる訳にはいかない。そう意気込み、ハヤテが炎の弾丸を放つ。 しかしこの攻撃すらアヤカシの壁に阻まれてしまう。そして黄宝狸はと言えば、彼等よりも混乱を招いた人物に意識を向けていた。 「小賢しい真似をしたのは貴様か? その耳……狐か。羅碧孤と言い貴様と言い、狐は余計な事しかせんな」 底冷えするような声で呟き、黄宝狸の手がアルマに伸ばされる。だがアルマは楽で暴れた精霊の鎮静に掛かっていて動けない。 「その口ぶり、さては狸と狐の化かし合いでもしておったのかのう? それならば、私は大切なのは銀狐の君じゃ。故に、狐につかせてもうとするかのう」 クツリと笑ってアルマの前に出た熾火に黄宝狸の眉が上がる。其処へ氷の礫が振り掛かった。 「……アルくんは俺が護る」 目を向ければ郁磨が術を放ち、それに合わせてサミラも渾身の力を込めて銃弾を放つ。 しかし―― 「なっ!」 「仲間を、盾に……」 ケイウスの目の前で氷と銃弾によって瘴気に還るアヤカシが崩れ落ちる。 その姿は好戦的などと生易しいものではない。己以外は道具にしか見ていない独裁者そのものだ。 「その様子……羅碧孤を倒したのであろうか」 ウィンストンの言葉に黄宝狸が唇を歪めた。 それは言葉こそ返さないが紛れもない「肯定」だった。 「それが故の活性化であるな……ならば」 黄宝狸を倒さなければ未来はない。 そう判断したウィンストンが挑発に乗り出そうとする。だが其処へ一体の鷲頭獅子が舞い降りた。 「ほう。楠通弐が人間と……それは面白い」 彼はニイッと笑みを浮かべ、そして開拓者等に視線を注ぐと踵を返した。 「貴様等は運が良い。わしの気紛れに感謝せよ」 「待て!」 「ケイちゃん、ダメだよ!」 黄宝狸を追おうとしたケイウスを引き止め、アルマがバイオリンを構え直す。 「……今は、ここを切り抜けないと」 そう言った彼等の前には、黄宝狸が残したアヤカシが、今正に襲い掛からんと動き出していた。 |