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■オープニング本文 ●??? 魔の森の奥深く。黄宝狸が根城とするその場所に楠通弐(iz0195)の姿はあった。 「楠通弐。貴様、人間と一閃を交えたそうだな。随分と勝手な事をするではないか」 鷲頭獅子を台座にし、黄宝狸は面白そうに通弐を眺める。その姿に通弐は何の感情も動かさない。ただこう答える。 「狸如きが私に何を言う。狸、お前こそ少々度が過ぎるのではないか? お前は未だ、羅碧孤様を越えていない。次席に過ぎないのだぞ」 「ふん。それも時間の問題よ」 通弐の態度を鼻で笑い、黄宝狸は傍を舞っていた眼突鴉を招いた。そしてその喉を指先で擽りながら問う。 「羅碧孤らしき存在を見付けたようだな。故に先の行動を取ったのであろう? 『緑の猫又』、だったか」 「確証はない。そもそも羅碧孤様があのようなお姿になるとも考え辛い。だが可能性があるのであれば、お前よりも先に奪う」 感情を見せず、淡として放たれる声に黄宝狸の目が細められた。そして今まで撫でていた眼突鴉の首を掴むと、彼は力に任せてそれを潰した。 「貴様は未だ、羅碧孤に肩入れをするか。今の主はわしだぞ!」 「知らんな。私は羅碧孤様にしか従わん。狸、せいぜい今の地位を失わないように気を付けるんだな。お前の敵は多いぞ」 クツリ。此処にきて漸く笑みらしき物を零すと、通弐は黄宝狸の傍から姿を消した。 「急ぎ楠通弐を追う。奴が向かう場所に羅碧孤が居る筈だ! 急げ!!」 ●虹來寺 「黄宝狸が羅碧孤を排除しただと?」 無事魔の森から帰還した開拓者からの報告に、志摩 軍事(iz0129)は困惑気味に眉を寄せた。 「襲撃跡の寺社、魔の森での情報。そして黄宝狸と対峙した開拓者の情報から見ても、間違いないかと」 「結局の所、上級アヤカシの争いが原因ですか……もめるなら身内で揉めて欲しいものですね」 月宵 嘉栄(iz0097)の声を耳に、天元 恭一郎(iz0229)が呟く。その声に征四郎の目が動くと、彼はゆるりと口を開いた。 「黄宝狸は羅碧孤を探していたのだろうな……つまり、黄宝狸は羅碧孤に止めを刺せていない」 そう、だからこそ黄宝狸は血眼になって羅碧孤を探している。それこそ手段を選ばない程に。 「面倒ですし、さっさと黄宝狸を叩いちゃったらどうですか? その方が安全な気がしますけどね」 「簡単に言うんじゃねえ」 真田の傍を離れているからか、如何も短絡的な事しか言わない恭一郎に、志摩は呆れたように呟く。 「だが兄上が言う様に、黄宝狸を討てれば解決しそうな気はするな……。しかし、肝心の黄宝狸の潜伏場所が――」 「それでしたら、先の捜索で魔の森に不審な行軍跡がありました。その跡を辿ればもしかすると……」 嘉栄はそう言うと、虹來寺とその周辺の魔の森を記した地図に指を落とした。 「この線の先が何処へ続くのかはわかりません。ですが、魔の森に敷かれた行軍跡が全くの無意味とも思えません。追ってみる価値はあるかと」 魔の森の奥へ続く不思議な道。 もしかするとこれを辿れば黄宝狸の塒に辿り着けるかも知れない。そう語る嘉栄に、恭一郎が「成程」と零す。 「なら、征四郎と僕でそっちを当たりましょう。そこのお坊ちゃんは使い物にならなそうですし」 笑顔でこう言っているが声が笑っていない。 恭一郎の言う「お坊ちゃん」とは陶 義貞(iz0159)の事だ。彼は猫又「若葉」を抱いた状態で部屋の隅に座っている。 その姿は、志摩の片目を自分の不注意で失明させてしまったその時に似ている。 「義貞には此処で待ってて貰うしかねえな。若葉の事もある。外に出ない方が無難だろ」 通弐が若葉を狙ったのは間違いない。 再び発見されれば一番に狙われる可能性がある。 「志摩。1つ聞きたいんだが、その猫又は本当に猫又なのか?」 「自信はねえが、前に巫女に瘴気の有無を見て貰ってるからな。アヤカシの類ではねぇって思いたいんだが……」 そう言って征四郎と共に若葉に目を落とす。義貞に寄り添いか細く鳴き続ける姿は、上級アヤカシの姿と一致しない。 「それでは僕は行きます。少し開拓者を借りますが問題ありませんね?」 「無理強いはさせんじゃねえぞ」 「ええ、無理強いはしません」 お任せ下さい。そう笑んで恭一郎は部屋を出て行った。その様子を見、征四郎も部屋を出ようとするのだが、ふと彼は義貞の前で足を止めると彼の顔を見下ろした。 「……護りたいモノがあるなら、後悔しない為にも、己がすべき事を見極めろ……」 呟くように零された声が義貞の耳に響く。そうして彼も部屋を出て行くと、突如慌ただしい足音が部屋に駆け込んできた。 「報告します! 虹來寺北方に楠通弐が現れました!」 「チッ、来やがったか」 志摩は舌打ちを零すと義貞を一瞥。その後、嘉栄に目を向け、2人は頷き合った。 「私は虹來寺の被害を最小限にすべく動きます。志摩殿は楠通弐をお願いできますか?」 先の闘いで通弐の動きを見ている彼なら、この場の誰よりも適任だろう。そう言葉を発した嘉栄に頷き、志摩は義貞に視線を向けた。 「義貞。ちょっくら行ってくるが、お前は大人しく此処に居ろ。良いな」 そう言い置くと、志摩と、そして嘉栄は部屋を出て行った。 ●魔の森に迫る 虹來寺を視界に、通弐は先に闘った開拓者等の事を思い出す。 「アレが人間――開拓者。羅碧孤様が特に注意せよと言っていた、存在」 ポツリと零し、己が手に視線を落とす。 傷は既に癒えているが、弱いなりに立ち向かって来た勇気と行動が、この手に残っている。 「闘えば闘う程に強くなる者達……面白い」 ニイッと通弐の口角が上がり、彼女の目が鷲頭獅子の元から地上へ落ちた。眼下を進軍するアヤカシは、元は羅碧孤が従えていたモノだ。 「良いか。一刻も早く羅碧孤様を探し出し、黄宝狸の手から護る! 行け!」 この言葉を合図に、アヤカシが一斉に虹來寺へ流れ込む。その速度は先の進軍の比では無い。 押し寄せる敵の波を前に、志摩は巨大な太刀に手を添えると、勢い良くそれを振り抜いた。 その頃、魔の森へ向かった恭一郎と征四郎は、ある一群と遭遇していた。それは―― 「貴様等、何故此処に」 そう言葉を発したのは黄宝狸。彼は根城から進み出たその場所で彼等と対峙した。その声からは驚きが。そして苛立ちが伺える。 「面白い具合に行き当たりましたね」 「兄上、俺は面白くない」 何とも正反対の気質をした兄弟だが、それでも似た部分はある様で、2人はすぐさま戦闘の構えを取ると、黄宝狸を視界に置き、足を前に踏み出した。 ●虹來寺 1人取り残された義貞は征四郎の言葉と、志摩の言葉を思い出していた。 彼の腕の中では若葉が不安げな声を上げ、義貞の顔を見上げている。彼はその頭を撫でると、ゆっくり腰を上げた。 「……行こう。おっちゃんは駄目だって言ったけど、楠は若葉を狙ってるんだ。なら、俺達が逃げれば楠だって!」 義貞はそう言うと、急ぎ虹來寺の外へと駆け出した。 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 志藤 久遠(ia0597) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 佐上 久野都(ia0826) / 鳳・陽媛(ia0920) / キース・グレイン(ia1248) / 八十神 蔵人(ia1422) / 羅轟(ia1687) / 空(ia1704) / 喜屋武(ia2651) / 海月弥生(ia5351) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 千見寺 葎(ia5851) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 珠樹(ia8689) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 狐火(ib0233) / 玄間 北斗(ib0342) / 十野間 月与(ib0343) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ミーファ(ib0355) / フィン・ファルスト(ib0979) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 長谷部 円秀 (ib4529) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 匂坂 尚哉(ib5766) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / 玖雀(ib6816) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ミルシェ・ロームズ(ib7560) / 刃兼(ib7876) / 華魄 熾火(ib7959) / 巌 技藝(ib8056) / 藤田 千歳(ib8121) / 豊嶋 茴香(ib9931) / 十朱 宗一朗(ic0166) / 呉 花琳(ic0273) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 鎌苅 冬馬(ic0729) / アオ(ic0773) |
■リプレイ本文 ●虹來寺・避難 「そうだ。手を放すんじゃないぞ」 そう言って子供達に手を握らせるのはクロウ・カルガギラ(ib6817)だ。彼は中央に寄せた子供や老人等に目を向け、その上で近くに居る若者に声を掛けた。 「爺さんの具合は如何だ? 動けそうか?」 この声に老人の肩に手を添える青年が頷く。それを見止め、クロウは柚乃(ia0638)に声を掛けた。 「瘴気の濃度は?」 「さっきよりも、濃くなってます……もうすぐ、敵が来るかも……」 手元の懐中時計を見詰めながら呟く柚乃の言う様に、周辺の瘴気濃度が濃くなっている。 「そろそろ限界か」 ポツリ、そう零した時だ。 「ただいま……進路方向は最初に練ったもので大丈夫そうよ」 偵察に周囲の様子を伺っていた珠樹(ia8689)が戻って来た。この声に開拓者等が頷く。 「行こう。このままじっとしている訳にも、いかないだろうから」 豊嶋 茴香(ib9931)の声に全員が動き出す。 そうしてある程度進んだ所で小隊【ふせさんち】の八壁 伏路(ic0499)がポツリと呟いた。その傍には同居人の七塚 はふり(ic0500)の姿もある。 「ずいぶんと避難慣れしているな。良いことなのか悪いことなのか」 「……住処を追われるのは辛いであります」 はふりの表情は伺えないが、声は若干憂いを帯びている。 そんな彼等の耳にクロウの声が届いた。 「……この先に、何か居る」 この声に反応する様に隊から子供の泣き声が上がると、上空から降下してくるモノが見えた。 「眼突鴉!」 後方で護衛に当っていたアオ(ic0773)が突然の襲撃に声を上げる。これにミルシェ・ロームズ(ib7560)が逸早く動く。 「ッ……逃げて……下さいっ! 足止めしている間に……早く!」 自らの腕を盾に攻撃を食い止めたミルシェの腕から血が滴り落ちる。しかし今は彼女の後ろに倒れる子供の方が先決だ。 「固まっていてくれ。すぐ済むとも」 「皆様が一日も早く家路に着けるよう尽力するであります」 安心させるように伏路とはふりが避難民等に声を掛ける。と、そんな伏路の顔が上がった。 「くっ……痛いのは嫌いだが、仕方ない!」 言うや否や、民の前に出て盾を構えた。 その瞬間、彼の腕に衝撃が掛かり、頬に血が滴り落ちる。しかしそんな事よりも民が無事だった事の方が嬉しい。 「今の内に中へ」 安心させるよう声を掛け、眼突鴉を押し返すが、敵も攻撃の手を止める気はないらしい。 再び伏路に襲い掛かろうとするのだが、これをはふりが遮った。 「本日も絶好調いらんことしいでありますね」 ボソッと零して瞬脚で間合いを詰める。そして全身に赤の気を纏うと、渾身の力を込めて肘鉄を打ち込んだ。 「一丁上がりなのであります」 そう言って手を打ったはふりの足元に、眼突鴉の亡骸が落ちた。 「不意を突いて攻撃とは、流石は狸の僕かのぅ?」 上空を飛翔し、一気に降下を開始する眼突鴉の群。それに向け、珠樹の合図で駆け付けた東鬼 護刃(ib3264)が印を刻む。 「死の淵で後悔するんじゃな!」 ふわりと舞い上がった風が、牙を剥いて上空に向かう。これにより撃ち落とされた敵にアオが踏み出した。 「……同じ目には、合わせない」 淡として零した声。彼女の両親はアヤカシによって倒された。そして故郷もまたアヤカシに。 だからこそこの場を、此処の民を護りたい。亡き両親のこの武器を使って! 「アオは、負けないッ!」 猫の様に軽やかに蹴った足が再度飛翔を試みる眼突鴉の翼を打つ。その上で手にしていた短剣を翻すと、彼女の刃が敵の翼をもぎ取った。 「ほう。自己流の線が強く若干荒いが、筋のある使い手だな」 からす(ia6525)は後進の指導の為にと、不測の事態に備え弓を構えた状態でアオの闘いを見ていた。 その目に飛び込む、独特な戦闘術に感嘆の声を零して笑みを零す。その上で残る眼突鴉に目を留めると、弦をギリギリまで引いた。 「……アヤカシを友にした覚えはないな」 小さく零した声と共に放たれた矢が漆黒の翼を奪い取る。その上でもう一度弦を引くと、彼女の視線が後方に飛んだ。 「ミルシェさん…大丈夫、ですか?」 「……今度は、大丈夫。私……やれます!」 柚乃の声に頷いたミルシェが、傷付いた腕を振るって杖を構えている。その上空には未だに残る眼突鴉の姿が。 「風の刃よ、此処に……ッ!」 真空の刃が幾重にも放たれ、其処に新たな風が加わる。横目に視線を向けると、其処には護刃の姿が。 「こやつ等を落せば、後は進むだけじゃ。いけるかの?」 新たな印を刻みながら問う護刃にミルシェが頷く。その上で彼女はふと疑問に思って居た事を口にした。 「妖力は……他者に…移ったり、するものですか?」 聞いた話によると楠は瘴気の術を放っていたと言う。それはもしかすると羅碧孤の物ではないか、と。 「さて、如何じゃろうな。言いたいことは山ほどあるが……アヤカシなぞにこの地の者を食らわせはせん」 じゃろう? そう片目を瞑って見せる彼女に、ミルシェが頷く。そうして双方の術が再び上空に向かうと、隊の中央では柚乃が先程の子供に飴玉を渡し、頭を撫でていた。 「よく、泣き止んだね……偉い」 ニコッと笑んで顔を上げる。其処にはその子の親の姿がある。 柚乃は手にしていた荷物を差出すと、後方で闘い続ける仲間に目を向けた。 「……これは?」 「天澪が用意してくれたの。袋に詰めて、持っていってって……」 中には微量だが食料が入っている。虹來寺を抜けても移動が続く彼等への手向けだ。 「いつか、故郷に戻る日の為に…その為にも生き延びないと、です」 ニコッと笑み、先を促す。そして動き出した隊を見て、新たに出現したアヤカシに目を向けた。 「……行かせない」 すぅっと吸い込んだ息。その直後に紡ぎ出された声に合わせて首に下げた鈴の音を響かせる。 「原初の曲か……ならば、加勢しよう」 紡ぎ出される音色に護刃が印を刻む。その視線の先に居るのは猫又だ。 「三途の火坑に案内してやろうっ!」 陽炎のように舞い上がった炎が猫又の行く手を塞ぐ。そしてそれを静かに、真っ直ぐ見据えながら柚乃の唇が最後の音を刻んだ。 「還りなさい……」 音が終わると同時に倒れだした猫又を見、柚乃は踵を返す。その背で作り上げられる、ミルシェのムスタシュィルの気配を感じながら。 ●虹來寺・陽動 虹來寺の民が避難を続ける傍ら、彼等に向かう敵が少しでも減るよう動く者達が居た。 「……ん、一時間踏ん張れば良いんやな。任せとき」 そう言いながら伝う汗と血を拭うのは十朱 宗一朗(ic0166)だ。 「一体何人の民が亡くなったと思ってるん。一般人を巻き込むなんて許せへん……」 ギリッと奥歯を噛み締める呉 花琳(ic0273)の言う様に、この戦闘で亡くなった人間は多いだろう。そしてその度に泣いた人も多い筈だ。 これ以上の犠牲は意地でも避けたい所。だからこそこんな風に敵陣の真ん中で武器を構えているのだ。 「宗、怖いんなら尻尾巻いて逃げてもええねんで?」 花琳はそう言ってニヤリと笑うと、背中越しに宗一朗の顔を見た。 「それは僕の台詞や。花琳、せいぜい足を引っ張らんようにな」 時間にすれば約一時間ほど。それだけの時間を稼げれば問題ない。とは言え、体力にも限界はある。 それでもやらねばならないだろう。 「……さて、鬼さん此方ってなァッ!」 宗一朗は手にしていた身の丈以上の槍を振り上げると、一気に風を切り踏み出した。それに合わせて花琳も敵陣へと踏み込んでゆく。 「……俺も、負けてられないな」 刀の柄を握り締める手に力を込める鎌苅 冬馬(ic0729)に合わせて月宵嘉栄も一歩を踏み出す。其処へ猫又が迫るのだが、 「っ……、この……!」 放った一刀が空振った。だが目だけは敵の動きを必死に追っている。 「まだ、だ!」 片足を軸に踏み込み直した足が、新たに迫る敵の攻撃を遮ると一歩踏み込み、新たな一打を見舞った。 足元に崩れ落ちる敵を見ながら、冬馬の視線が周囲に飛ぶ。其処で察知した複数の反応に、冷たい汗が頬を伝う。 「……まだ増えるか」 敵味方の区別は付かないが近付く存在はある。冬馬は刀に付着した瘴気を払い、いま一度刃を構え直した。 同時刻、避難民と共に虹來寺の外へと飛び出したからすは、迫る敵を視界に青の狼煙を放っていた。 これは避難が終了したと言う合図だ。 「邪魔な部下を葬る為に我々を利用した、と。狐の罠やもしれぬよな……狐も狸も賢しいが故」 噂に聞く黄宝狸と羅碧孤の関係を思うと、軽率な判断は避けるべきだろう。 「何はともあれ、まずは此処を護りきる事が先決。行こうか」 彼女は他の開拓者に声を掛け、民を護る為の一矢をアヤカシの中へ放った。 ●黄宝狸 上空に鵺と鷲頭獅子、地上に単眼鬼を従える黄宝狸は、開拓者等の登場に苛立ちを隠せずにいる様子だった。 「また会えたね、嬉しいよ」 穏やかなアルマ・ムリフェイン(ib3629)の声に黄宝狸の眉が動く。その表情は明らかに不快そうだ。 それを視界に留め、ケイウス=アルカーム(ib7387)は様子を伺う。全ては少しでも情報を集める為だ。 「何処の狐もコソコソとするのが得意か。まあ良い。貴様も人間も、わしの障害にもならぬ」 そう言って口角を上げるが目は明らかに笑っていない。それを見ながらアルマが呟く。 「……半端な狐も狩れないんじゃ、羅碧孤を逃がしても仕方ないよね」 「何?」 「狩れるなら、狩ってみなよ……僕ら狐はともかく民には向かわせない」 唇を弓なりにして、確かな口調で言い放った彼に黄宝狸の表情が変わった。 「其処まで言うのであれば狩ってやろう……羅碧孤を狩る前の前哨戦よ!」 行け! そう黄宝狸が手で合図すると、控えていたアヤカシが一斉に動き出した。それに合わせてアルマとケイウスが楽器を構える。 響くのは以前と同じ「精霊の狂想曲」と「幻想交響楽団」だ。 「同じ技を使うとは、猿よりも酷いな」 同じ技は喰らわない。そう言わんばかりに以前とは違う反応を見せる黄宝狸に浪志組の郁磨(ia9365)が声を上げる。 「しゅしょー、八十やん! 黒鉄の壁、宜しくね……っ!」 嫌な予感がする。 郁磨は未だアルマから視線を外さない黄宝狸に警戒を示す。その声に名指しされた小隊【黒鉄】の八十神 蔵人(ia1422)と羅轟(ia1687)が動く。 「小賢しい、死ね!」 蔵人と羅轟が前に出るのとほぼ同時、振り上げられた黄宝狸の手から瘴気の渦が放たれた。 「動く訳にはいかんで!」 「嘆きを……断つ。それは……我が隊の……者も……その友も……同じ……今は…耐えるのみ……」 己が武器を構え、不動の様相で立ち塞がる2人に瘴気の渦は容赦なく迫る。その様子にアルマの目が一瞬動くが、此処で演奏を辞める訳にはいかない。 ギュッと唇を噛み締め、バイオリンを奏で続ける。そして―― 「「ぐあああああ!」」 渦に呑まれるように弾け飛んだ2人を待っていたかのように攻め込んでくるアヤカシに、今度はキース・グレイン(ia1248)が進み出た。 「今の技……いや、そんな事を考えている暇はないか……っ!」 振り上げられた単眼鬼の腕が一気に降下してくる。それを正面から受け止め、彼女の表情が苦痛に歪んだ。 ギリギリと重量を掛けて押してくる力は並みの物ではない。それに加え此処は魔の森。敵の力が増しているのは確実。 「ッ、……!」 こうしている間にも音色は止む事なく降り注ぐ。それに呼応して混乱するアヤカシが増えるのだが、黄宝狸だけは一向に変化を見せない。 「その楽も聞き飽きたな。そろそろ終いにして貰おう」 ヒラリと掲げられた手に新たな瘴気が集められる。そしてそれが放たれる瞬間、彼の目の前で大爆発が起きた。 「これは……」 崩れ落ちたアヤカシと僅かに上る煙。それらを目に黄宝狸が捉えたのは、優雅に煙管を吹かす椿鬼 蜜鈴(ib6311)だ。 「貴様もわしの邪魔をするか」 瘴気が消えた己が手を握り締め黄宝狸が呟く。その声に紫煙を吐き出しながら、蜜鈴はクツリと笑う。 「おんし程度では狐の代わりにもなれぬよ。巣穴に籠って大人しくしておる方が余程マシじゃったのう」 まるで嘲るような声に黄宝狸の米神が揺れた。直後、彼の声が飛ぶ。 「加減は無用! さっさと殺せ!」 近くで相撃ちを繰り返す配下を亡きモノにして叫ぶ黄宝狸は、自らも攻撃に転じようと動く。それを見止めたサミラ=マクトゥーム(ib6837)が叫んだ。 「右前方、アルマを護って!」 全体を視界に据えていた彼女の目に、アルマに迫る単眼鬼が見える。自らも魔槍砲を構えるが、それだけでは足りない。 「……諦めない!」 浪志組も、自身の部族も、簡単に物事を諦めるような人達ではない。此処で部族の名を知らしめる為にも、仲間は確実に守る。 サミラは手早く照準を合わせると、アルマに迫る単眼鬼に砲撃を放った。と、それと同時に一閃が煌めく。 「千歳!」 「前回は取り逃がしたが……今度はそうは行かない。俺達、開拓者が、浪志組が、黄宝狸、お前を仕留める」 単眼鬼の首を居合いで薙ぎ払い藤田 千歳(ib8121)は黄宝狸を見据えた。 「……信頼する浪志組の仲間と、玖雀殿の為にも!」 同じ戦場に居ながら僅かに距離を置く、信頼出来る兄のような存在を思い呟く。その上で刃を振るうと、彼の背で物音がした。 「背中がガラ空きであるな」 「ウィンストン殿」 目を向けた先に居たのはウィンストン・エリニー(ib0024)だ。彼は千歳の背を護る様に立つと、長柄の先端でトンッと地面を叩いた。 「助かった」 素直に礼を述べる千歳に目を伏せ、ウィンストンは此方を睨む黄宝狸を見る。 「そろそろ限界であろうな」 楽曲の効果も知れた。そして黄宝狸の技も僅かに見れた。ならば行動は次に移るべきだろう。 「郁……頼む」 羅轟の小さな声に郁磨が、蜜鈴が術を構築する。そうして出来上がったのはアルマを囲う様な壁だ。 「……何の真似だ」 「化け狸が銀狐の君に執着を見せておったでな、護らせて貰おうと思うてのう」 楽を奏で終え、急いで蔵人や羅轟に駆け寄るアルマを視界に華魄 熾火(ib7959)が言う。その上で熾火は金の刀身を構えると、注意深く黄宝狸の表情を見据えた。 「どいつもこいつも狐狐抜かしおって! そんなに臆病な狐が良いか!」 言われて羅碧孤の性格を思い出す。争いを避ける傾向があった羅碧孤は、気性の荒い黄宝狸から見れば臆病に感じたのかもしれない。 「だから、我慢しきれなくて羅碧孤を? でも、そんなんじゃ……」 郁磨は羅轟の無事を確認し、黄宝狸に目を向ける。忌々しげに壁を睨み付けるその表情は憎しみの色が濃く表れている。 「羅碧孤の隙は付けても、銀色の狐の隙は付けないねぇ……所詮、其の程度の実力だったのかな」 ポツリ、零した声に黄宝狸が動いた。 「小賢しい狐は全て消え去れッ!!」 轟音が響き、黄宝狸の量の手に瘴気の渦が集まる。それに慌ててサミラが注意を促すが遅かった。 「うああああ!!」 壁諸共吹き飛んだ開拓者。その瓦礫の下で重なる存在を見て黄宝狸が再び手を上げる。 「ケイちゃん、熾火ちゃん……退いて……!」 咄嗟にアルマを庇ったケイウスと熾火が退こうとしない。その事に焦るアルマを他所に、黄宝狸は再び瘴気の渦を撃ち込んで来た。 これ以上攻撃を浴びれば、ケイウスや熾火、そしてこの場に居る面々の体がもたない。 「……この程度で」 蔵人は限界の中で自らを奮い立たせると、羅轟と共に立ち上がった。そうして迫る攻撃の前に出ようとする。 だがそれを天元恭一郎が遮った。 「怪我人は、大人しくしてましょうね」 声と同時に強引に地面に突っ伏させられる。正直言って怪我人に対する扱いではないが、間一髪の所で攻撃を避けれた。 そして黄宝狸が本当に狙ったその場所では、サミラとキース、そして郁磨がギリギリの所で3人を瓦礫から引っ張り出していた。 「……あまり、無茶…しないで」 サミラの声にケイウスの視線が下がる。こうして皆の無事を確認すると、千歳とウィンストンが皆を庇うように前に立った。 黄宝狸は攻撃こそ見舞えど、立ち位置は始めに対峙した時から変わっていない。それは開拓者の力が未だに不足しているからだ。 「当然抵抗や反撃はあるだろうが背に腹は代えられん」 周囲のアヤカシを相手に、仲間達の苦戦する様を見ていた玖雀(ib6816)はそう呟くと、傍に立つ劫光(ia9510)を見た。 「1つ賭けに出るか」 「おい!」 言うや否や駆け出した玖雀に、劫光は急ぎ彼を追い掛ける。 「あの傲り高ぶった高圧的な態度が気に食わねぇ!」 周囲のアヤカシを元のもせずに駆け込んだ玖雀に劫光は苦笑しながら印を刻んだ。そんな彼等に黄宝狸の目が動く。 「ほう。狐でもなく貧弱な人間がまだ足掻くか」 「1人ならば不可能かもしれませんが、力を合わせれば!」 玖雀と劫光に続き志藤 久遠(ia0597)が槍を構える。その視線は部下を道具のように使用する黄宝狸へ向いている。 「アヤカシ内の事だったとしても、上に立つ者の座を力で簒奪し、下の者を道具として使う……将の器ではないです」 黄宝狸をこのまま放被害は拡大するだろう。 久遠は上空に視線を飛ばすと大きく足を引いて槍を構えた。その仕草に鵺達の目が向かう。 「私自身は無理でも、どなたかが攻撃を届かせれば良し!」 玖雀と劫光が辿り着くなら犠牲は止む得ない。そう言い放ち、鵺が放つ雷撃をその身に受ける。 それでも足を踏ん張る事で耐えきると、上空に向けて真空の刃を放つ。と、数体の鵺が地に落ちた。だが同時に彼女の膝も折れる。 それを好機と取った残る鵺が反撃に繰り出すのだが、立ち上がれない。 「っ……、反撃を……」 力を振り絞ってもがくが、雷撃の影響が残って動けない。このままでは鵺の餌食になってしまう。 そう、思ったのだが―― 「無茶をする」 小さな声と共に鵺の攻撃が振り払われた。これに久遠は眉を潜める。 「無理に合わせなくてもと……」 「そういう問題ではないだろ!」 瘴気を払い言い置くと、天元征四郎は新たな刃を敵に向けた。 時を同じくして、久遠の補佐もあって先に進んだ劫光に、黄宝狸が腕を掲げる。その仕草に劫光の腕も動いた。 「はっ! これでも喰らいな!」 「双方から迫った所で同じよ」 両の手を広げ瘴気の渦を巻く。 視界を塞ぐ黒い渦に眉を潜め、足が止まってしまう。だが、ここで新たな仲間の手が伸びた。 「同じなのは、敵がそれだけならな!」 シフォニア・L・ロール(ib7113)はそう言って隣に立つ闇野 ハヤテ(ib6970)を見る。 2人は互いに頷き合うと、玖雀と劫光に目を向けた。 そして、 「狸への道はできるだけ開けるからさ……頼んだよ」 ハヤテがそう囁くと、2人は同時に前に出た。 「ムカつくよなぁ……いい気になってさ。まぁ、そーゆー表情を崩すのが、案外と楽しかったりするんだけど! シフォニアさん、背中は任せましたよ?」 この声にシフォニアが飛び出す。立ち塞がるアヤカシの群れに突っ込み、自らの拳を叩き込む。 「ハヤテ! 狙えぇえええ!」 合図にハヤテの銃身が前方の敵を捉える。そして自らの力を注ぎ込むと、一気にそれを放った。 凄まじい威力で吹き飛ばされる敵。だがこれで全てではない。 「残り壁1枚……そんな所かしら」 通弐に会いたくないが為に此方に来たが、この戦場も一筋縄ではいかないようだ。弓を構えた設楽 万理(ia5443)の瞳がハヤテの行く手を遮るアヤカシ等に向かう。 「弓の弦で強者の喉元掻っ切るとか私には無理だけど、私自身の方法で仲間を守る事ならできる!」 力を篭めて放った矢が、単眼鬼の喉を貫く。そうして敵が倒れた所にハヤテが踏み込んだ。 「あと1体ッ! 皆、目を瞑れ!」 眩い光と共に放たれた一撃が最後の砦を崩す。すぐさま敵は新たな壁を築こうとするが、万理の矢がそれを遮った。 「今よ!」 「舞い踊れ、氷雪の龍!」 皆のお陰で射程に飛ぶ込む事が出来た劫光が氷の龍を放つ。そして玖雀もまた黄宝狸の間合いに飛び込むと、渾身の一打を繰り出そうと拳を握った。 「俺も腕に龍を飼ってるんだぜ。相手にしてくれよ、なッ!」 ヒュッと黄宝狸の頬を掠めた攻撃に、彼の眉が上がる。 「愚民が」 低い声と共に、双方の腹から腹から大量の血液が噴射した。これに、玖雀と劫光が地面に崩れ落ちる。 一瞬の出来事だった。 「他愛もない」 今得たばかりの血を滴らせ、悠然と口にした黄宝狸だったが、意外な事が起きた。 「ッ、なに……わしの、腕……腕がッ!」 倒れる玖雀の傍に落ちる腕。其処から上る瘴気を見ても間違いない。これは黄宝狸の物だ。 「許せぬ、許せぬッッ!!」 咆哮の様に響く声に大地が震える。そうして突如舞い降りた黒い稲光が縦横無尽に至る所で落ち始めると、黄宝狸の配下にあるアヤカシ等が彼の前に集まり出した。 「今奴を逃がす訳には――」 「死ね死ねぇぇぇぇええッ!!!」 次々と撃ち込まれる黒い稲光に行く手を遮られる。そうしている間に敵は自我を取り戻したのだろう。 荒い息の元で開拓者等を見、ニイッと笑った。 「良い事を思い付いたぞ。貴様等……この行い、後悔させてくれよう」 そう言うと彼は部下を残し忽然と姿を消した。 ●陶・義貞 記憶に刻んだ虹來寺の地図を頼りに屋敷を抜け出した義貞は、人気の無くなった寺社を歩いていた。 「……よし、誰も居ないな。今の内に――」 「義貞さん」 「!」 誰も居ないと思って居たからだろうか。飛び上がらん勢いで振り返った義貞に、リンカ・ティニーブルー(ib0345)が抱き付く。 「まだ、行ってなかった……良かった……」 「リンカさん……それに、尚哉……雪巳さんも……」 呆然と呟く義貞の目に飛び込んで来たのは、小隊【縁生樹】の面々と匂坂 尚哉(ib5766)、そして六条 雪巳(ia0179)の姿だ。 「なんで……」 「お前の性格上、大人しくしてる筈ねぇだろ。長い付き合いなんだから、それ位わかれよ」 全く。と溜息交じりに言って、尚哉は若葉を見た。 楠通弐が狙う猫又。 義貞の友として、若葉の名付け親として最悪の事態は回避したいし、考えたくもない。それでも過るのが「緑の狐アヤカシの器かもしれない」と言う思い。 「……それだけは、止めねぇと」 尚哉はギュッと唇を引き結ぶと、密かに拳を握り締めた。その肩を雪巳が叩く。 「……一言相談してくだされば協力いたしますのに。1人で出来る事は、多くはないのですよ?」 ね。尚哉さん? そう語りかける彼に、尚哉は慌てて頷く。その様子に微笑んでから、雪巳もまた若葉に視線を向けた。 瘴気の反応を確かめたのは自分だ。だが多くの疑惑が付き纏うのも確か。 「私も目を離す訳にはいきませんね……」 こうして僅かな沈黙が走る。だがそれを、彼等とは別の声が打ち破った。 「この子がリンカの気に掛ける少年……か。ミーファの後押しがあって良かったね。無事に護衛出来そうじゃないか」 言って義貞の顔を覗き込むのはシルフィリア・オーク(ib0350)だ。彼女は義貞に笑みを向けると、後方に控えるミーファ(ib0355)に目を向けた。 「身を持って義貞さん達を庇ったリンカさんの気持ちを考えると、きっと不安だろうと……」 そう言って俯くミーファは、義貞の元に向かうかどうか迷っていたリンカの背を押した。結果、皆の案内もあって出発前の義貞を捕まえられた訳だが、それにしてもギリギリだった。 「もう少し遅かったら追い駆けることになってたのだぁ〜」 そう言ってのほほんと若葉の顔を覗き込むのは玄間 北斗(ib0342)だ。その隣では巌 技藝(ib8056)も同じように若葉の顔を覗き込んでいる。 「確かに緑色をしてるね。仲間との繋がりこそが、最大の宝物ってね。きちんとその子を守ってあげるんだよ、義貞」 物珍しそうに見詰める2人の視線を浴びて、若葉も若干居心地が悪そうだ。もぞもぞと義貞の腕に顔を埋めてしまったのを見て、技藝が笑みを零す。と、それに合わせて北斗の顔が上がった。 「音が近いのだぁ〜」 研ぎ澄ます耳に戦闘音が響く。それは避難誘導に動く人達の音ではない。確実に若葉を狙う通弐が近付いている音だ。 「早々にここを動いた方が良いかもしれないね」 北斗の声を受け、十野間 月与(ib0343)が促す。こうして皆で出発したのだが、そう簡単に虹來寺を抜ける事は出来なかった。 「義貞、後ろに下がれ!」 尚哉はそう言うと、若葉を抱いた義貞が下がるのを舞って大振りの太刀を振り下した。これに飛来して来た眼突鴉が両断される。 しかし敵はこの1体ではない。 「少し離れているのだぁ〜」 言うが早いか、北斗の手の中で印が刻まれた。直後、彼を中心に真空の刃が飛び交う。そうして飛来する敵を薙ぎ払うと、ミーファが声を上げた。 「此方からは音も少ないです」 超越聴覚を使って音の少ない方を目指す。そうして再び虹來寺の外を目指すのだが、やはり別の敵が迫ってくる。 「邪魔くさいね。一気に片付けるよ」 「承知したよ。後ろは任せな!」 月与は水色の刀身を広げると、自らの足を軸に大きく腕を動かし始めた。それに合わせて技藝が、月与の相手にしきれない敵の背後に回る。そうして2人が同時に弧を描き、風を薙ぎながら迫る敵を薙ぎ払う。 太刀と自らの脚で生み出す衝撃派と差はあるものの、どちらも見事な技だ。だがそれでも倒しきれない敵はいる訳で。 「こうなったら咆哮で――」 「待って。鵺まで動員してるんだ、下手に動けば見つかるだけだよ」 騒げば騒ぐだけ敵が寄って来るのは必須。戦闘を避け、確実に逃げ切るなら派手な行動は避けるべきだろう。 「まだ来るみたいだよ!」 シルフィリアの声に全員が武器を構えた時だ。出現した鷲頭獅子の頭が何かによって食われた。 「これは……」 「なんとか間に合いましたね」 そう言って佐上 久野都(ia0826)は新たな陰の術を刻んで上空に控える敵を見据える。 「兄さん! 援護します」 久野都と共に駆け付けた鳳・陽媛(ia0920)が勇ましい楽を奏で始めると、戦況は一転。一行はアヤカシの襲撃を何とか抑えきり、虹來寺の外へと出る事に成功した。 「わあ。これが緑の猫又さんですね」 虹來寺を抜けた後、安全な場所で陽媛が猫又の顔を覗き込む。 「私は歌い手の鳳・陽媛と言います。宜しくお願い致します」 にこっと笑って若葉の頭を撫でる。そしてその傍では、義貞に向き直った久野都が、彼の肩に手を置き、目を見詰めていた。 「その真っ直ぐな眼差し……一点のみを見過ぎぬ様…私も色々見てみますよ」 真っ直ぐ過ぎるが故に見落す事もあるだろう。ならば周りの者が気を付けて上げるべき。そう言葉を発した時だ。 「あ、若葉!?」 突如義貞の腕を降りた若葉が、魔の森へ向けて駆け出した。これに久野都が黒の壁を作成して遮ろうとするが間に合わない。 「追おう!」 尚哉はそう言うと、義貞の腕を掴んで走り出した。 ●楠通弐 鷲頭獅子に騎乗する通弐は、開拓者の中に在るであろう義貞の姿を探していた。 「敵の数は前と、ほぼ同じ……ならこれらを盾にする可能性もある、か」 海月弥生(ia5351)はそう呟いて目を細めた。その視線の先には通弐と彼女が従えて来た鷲頭獅子と鵺が居る。どちらも強力な相手だが、特に気を付けるべきは鵺だろう。 「虹來寺の方へ向かった敵も見えるけど、まずは……」 弥生は白銀の弦に矢を番えると、それを通弐に向けた。そうして大きく息を吸い込み、照準を合わせる。 「これは挨拶と、牽制の一撃……!」 極限まで引かれた弦から一矢が放たれる。これに通弐の目が向かうが、彼女は僅かに口角を上げると、自らの矢でそれを撃ち落とした。そして何事もなかったかのように地上に目を這わせ直す。 その様子に喜屋武(ia2651)が呟く。 「はじめから眼中にないようだな」 彼的にはそれで良いのだが、何とも言い難い感覚である。 「もともと弓術師は苦手ではあったが、楠通弐恐ろしい相手だ」 喜屋武は先の戦闘の教訓を元に、通弐の相手をするつもりはない。彼が相手にするのは彼女が引き連れて来たアヤカシだ。 「さあ、力比べだ!」 咆哮と共に振り下ろした斧。それと同時に振り上げられた単眼鬼の腕が硬質な音を立ててぶつかる。その上で相手の腕を押し返そうと力を込めるのだが、不利に影が差した。 「!」 急ぎ単眼鬼を振り払い後方を振り返る――と、其処に居たのは別の単眼鬼だ。だが様子がおかしい。 「っ…術が解けます、ご注意を」 千見寺 葎(ia5851)の声で理解した。彼女が影縛りを掛けてくれたのだ。 「感謝する」 瞬時に戦闘態勢を整えた喜屋武に、先程振り払った敵が迫る。だが彼はその攻撃を避けると、動きの止まる敵の胴を薙ぎ払った。そしてすぐさま、攻撃を回避されて体勢を崩す相手に斬り掛かる。そうして2体の敵を切り崩すと、次の敵へと目を向けた。 それを視界に、葎は僅かに眉を潜める。 「……もしあの子が羅碧孤だったら……彼はどうするのでしょう。何を守ろうと……」 「……今は考えるな。行くぞ」 葎の言葉を拾った志摩軍事が彼女の頭を撫でる。それに唇を引き結ぶと、彼女は新たな敵に踏み込んで行った。 時を同じくして、通弐を見詰める人物が居た。 「元々賞金首だけど、彼女、本当の意味でもう人とは言えないのかも」 フェンリエッタ(ib0018)はそう零し、戦闘開始前から背負っていた戦背嚢を揺する。これは敵の目を誤魔化す為に若葉に見立てた物。 案の定、敵はフェンリエッタの背に視線を寄越し襲い掛かってきている。そして通弐もまた―― 「若葉は渡さないわ!」 両の手で刀を握り締めて駆け出す。と、刀身が白の気を纏い澄んだ香りを放ち出した。 そして気合を込めて単眼鬼の首を弾くと、彼女の頬を冷たい感触が過った。 「!」 目の前には瘴気を纏わぬ白い矢が1本。 「……楠通弐?」 「気を抜くな!」 矢に気を取られていたフェンリエッタの腕を羅喉丸(ia0347)が引き寄せた。その上で彼女を背に庇い、携帯していた弓を空に構える。 「容易い戦場等在る筈もない。ならば、死力を尽くして戦い抜くのみ……行けッ!」 鷲頭獅子の翼を狙って一矢を放つ。そうして別のアヤカシが降下して来ると、羅喉丸は弓を手放し普段の戦闘態勢を整えた。 それを見た通弐が笑う。 「……強いの、見付けた」 クツリ。笑って鷲頭獅子から飛び降り、矢に瘴気を纏わせて至近距離で射抜く。これに羅喉丸は咄嗟に回避行動を取るが、僅かに間に合わなかった。 皮膚を焼く程の瘴気の感触に眉を潜め、距離を空けるように背転飛びを行う。だが其処にも通弐が迫ると、彼は否応なしに攻撃に転じた。 その様子を離れた位置から視界に納めていた菊池 志郎(ia5584)は、瞳を眇めて通弐を見詰める。 「……これは……」 ポツリ、零して息を呑む。そして次の瞬間、彼の体が後方に飛んだ。 木に打ち付けられる直前まで志郎は通弐を見ていた。精霊力を集中させて見詰めた彼女の姿に重なる術式。決して人が施す事の出来ない術が見えた。 「大丈夫か!」 志郎を吹き飛ばした鵺を薙ぎ払って駆け付ける刃兼(ib7876)に、志郎の腕が伸びる。そして刃兼の腕を掴むと、彼は言葉を紡ごうと口を開いた。 「……、…っ」 「ッ、血が……!」 鵺に吹き飛ばされた際、腹部を抉られる様な攻撃を受けたのだろう。出血が酷く喋れる状態じゃない。 「今回も……油断したつもりは毛頭なかったんだが……情けないッ」 近くに居ながら援護できなかった不甲斐なさに悔いが込み上げる。だが落ち込んでいる暇はない。刃兼は素早く志郎の傷を圧迫して止血すると、彼を庇う形で刃を構え直した。 「五体満足で、刀が振るえる限り……戦い、護る!」 そう言って放った真空の刃が、再び襲い掛かろうとする鵺の腕を奪い去った。 この間も通弐と羅喉丸の攻防は続いていた。まるで子供と遊ぶかのように通弐は余裕を見せている。 だが対する羅喉丸は限界寸前だ。 「失望させるな、人間」 クツリ、笑った瞬間、通弐の視界に別の刃が飛び込んできた。これに彼女の足が地面を蹴って後退する。 「相手は彼だけではありませんよ」 そう言いながら羅喉丸の前に立ったのは長谷部 円秀(ib4529)だ。彼は先の闘いでの屈辱を晴らすべく、再び通弐の前に立った。そしてその為に間髪入れずに距離を詰める。 「……遅い」 零された声に円秀の瞳に闘志が宿る。 彼は今一度瞬脚を使用し、通弐の死角に潜り込んだ。そして彼女が反応する前に一撃を見舞おうと動く。 しかし、 「だから、遅いと言っている」 斬ッと振り切られた弦に、彼の腕から鮮血が噴射する。咄嗟に其処を抑えて後方に退くが、通弐は待ってくれない。 すぐさま間合いを詰めて今度は斬り掛かってくる。 「長谷部さん!」 「行くぞ!」 フィン・ファルスト(ib0979)は近くに在った単眼鬼の胴を払うと、鬼島貫徹(ia0694)と共に駆け出した。 「この前とは、違うんだから!」 一気に突進してくるフィンに通弐はつまらなそうに視線を向ける。それもその筈、彼女のこの行動は以前とほぼ同じなのだ。 それでも違う部分はある。 「鬼島さん、お願いします!」 「承知。楠通弐! 前回は不覚を取ったが、同じ手は通用せんぞ!」 高笑い、通弐が矢を構えた瞬間を狙い、斧で鷲頭獅子の体を薙ぐ。その直後、通弐とフィンの射程上に敵の体が飛び込んだ。 「!」 放たれた黒い渦がアヤカシに直撃し消え去った。 「ほう、面白い」 そう言って次々と黒い渦を放つ彼女に対し、徐々に味方である筈のアヤカシが減少してゆく。そして遮るべき壁が近くに居なくなると、フィンの好機がやって来た。 「止められると……思うなぁ!」 突進し、間合いに入った彼女の武器に聖なる精霊力を宿る。そしてそれを一気に振り下ろした瞬間―― キンッ! 乾いた音が響き、通弐の目が見開かれた。 「あれ?」 だが攻撃を見舞ったフィンは何の異変も感じられずに目を瞬いている。通弐はその隙を突いて彼女の腹を蹴り上げると、自らの間合いから放り出した。 「……今の技」 ポツリと零し、自身の矢へ視線を落とす通弐。其処へ貫徹の猛撃が迫るが、通弐は至近距離から白い矢を放つと彼から距離を取った。 「やはり、あの弓……」 思案気に見詰める狐火(ib0233)の視線が通弐の使用する弓へと向かう。 フィンとの遣り取りを見て確信を得た。 そもそもあの矢を射った回数は既に数十回を越えている。にも拘らず術を放つ通弐に疲労の色が見えない事も不思議だったのだ。 「やってみますか」 狐火はそう呟くと秘術影舞を使用。自らの姿を完全に消し去る事で通弐に接近を試みた。 勿論この間も、彼女は開拓者との戦闘を繰り広げている。そしてその背後に忍び寄ると、彼は迷わず時を止める術を使用した。 ピンッ。 軽い音を立てて弓から崩れ落ちて行く弦。その直後、通弐の時が動き出した。 「っ、これは――」 状況を把握するのとほぼ同時だった。 近くに控えていた狐火と目が合い、通弐の頭に血が昇る。そして次の瞬間、狐火の喉が掻き切られ、彼の息が一瞬奪われた。 「拙い!」 誰ともなく放った声に援軍の手が伸びる。しかし誰よりも早く、止めを刺そうとした通弐を止めた者が居た。 「おいおい、お前が遊ぶのはこの私とだろう?」 雲母(ia6295)だ。 彼女は眼帯も煙管も外した様子で通弐を見据え、楽しげに口元を緩ませる。だが通弐はそんな彼女を一瞥して無視しようとした。 それでも尚、雲母は語りかける。 「この間、私に弱いと言ったな……貴様と同じような境遇なら私の方が強いだろうよ」 クツクツと笑いながら言う言葉に通弐の目が戻った。 「……如何いう意味だ」 弦の切れた弓を握り締める通弐に「さて」と返す。そうしてゆるりと動き出すと、先に狐火が行ったのと同じ現象が起きた。 「答えは自分で探すんだな。今度は貴様が私を求めろ」 夜を発動した雲母の声が通弐に届いているかは定かではない。 雲母は接近させた漆黒の銃に力を蓄えると、通弐に掛けた術が解けるか否かの時機で弾を放った。 火力を上乗せした弾は、当たれば相当な打撃を与える筈だ。場合によっては通弐を倒せるかもしれない。 だが今回ばかりはそうも行かなかった。 「若葉?」 突如魔の森を抜けて戦場に現れた若葉に、ウルグ・シュバルツ(ib5700)は駆け出すと通弐に近付こうとするその身を攫おうとした。 「……頼む。否定させてくれ!」 若葉を狙う通弐を見た時から感じていた予感。変化により瘴気を隠すことのできるアヤカシは存在する。故に若葉にも疑念は抱いていた。 それに合わせた覚悟もしていた。 だが、それでも―― 「行くな!」 ウルグの手が若葉を掠めるも止める事は出来なかった。 そして次の瞬間、ウルグは通弐を庇うように立ち塞がる4本の尾を持つ狐を目にしていた。 人の倍以上の大きさがある狐は、通弐に迫る攻撃を難なく払い、そして彼女の無事を確認するかのように顔を動かす。 そうして自らの背に通弐を乗せると、何事もなかったかの様にこの場を立ち去った。 後に残されたのは戦闘の痕跡と、疲れ切った開拓者。そして魔の森の中で呆然と立ち尽くす義貞だけだった。 |