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■オープニング本文 ●開拓者ギルド 「あれ? ここにあった新人向けの生存訓練指南書、誰か持って行った?」 山本・善治郎は自分の机を眺めて首を傾げた。その様子に職員の1人が口を開く。 「それでしたら、東房国に出発前、志摩さんが白馬さんにお渡ししてましたよ」 「え……」 ――志摩さんが白馬さんにお渡ししてましたよ。 この言葉に山本の顔が強張る。 「……待って。何でそんな事になってるの? だって生存訓練は志摩が提案して実施する予定だったんじゃないの? それでギルドも許可出したんじゃないの?」 そう。山本の言う通り、志摩は開拓者育成の為に幾つも案を練っていた。その1つが生存訓練で、過酷な状況下で修行を積ませて実践に生かすと言うものだ。 開拓者ギルドの方も彼の提案を飲んで実施権を彼に渡していたのだが、それが何故別の相手に渡ったのか……。 「そうなんですが、自分に急遽仕事が入ったから手の空いている適任者に任す……とか、言って。でも白馬さんなら大丈夫じゃないですか?」 この職員はギルドに来てから日が浅い。だからこうも平然としているのだが、色々と熟知している山本は違う。 「いやいやいや、確かに白馬は腕いいけど、アレは性格と言うか、服装や性質に問題があるからああいう訓練ではちょっと拙いんだよ!」 「マズイ、ですか?」 何がだろう? そう首を傾げる職員に大仰な溜息を零すと、山本は胃を抱え込むようにして椅子に座り込んだ。 「……無事、帰って来いよ……」 ●生存訓練地 神楽の都からそう離れていない森の中で、開拓者と王司は顔を合せていた。 時刻はもう直ぐ夕方を迎えようとしている。その所為か、森は異様な雰囲気を醸し出し、鬱蒼とした様子を見せていた。 「ではこれより生存訓練を行うであります」 そう言ってニカッと笑った筋肉――基、白馬王司(はくば おうじ)は陰陽服の袖を捲って腕を組んだ。 彼は見ての通り陰陽師だ。それも下手をしたら志士や騎士など、体力に自信のある開拓者よりも体力があるであろう肉体派の、である。 「生存訓練の方法は至極簡単。明日の朝まで、この白馬王司から逃げ切れば成功ですぞ」 尚、と王司は言葉を続ける。 「この森には兼ねてよりアヤカシの存在も確認されておりましてな。各人、細心の注意を払って逃げるようにお願いしますぞ」 彼等が今居る森は、雰囲気相応の危険をはらんでいる可能性があるらしい。その情報は不確かで、アヤカシの有無を確認するのも訓練の1つらしい。 「逃れる方法は問いませんぞ。我武者羅に逃げるも良し、立ち向かうも良し、とにかく最後まで諦めない事がこの訓練で重要な事となるのですぞ。では――」 バサッ! 突如剥ぎ取られた狩衣に開拓者等の目が点になった。 それもその筈、服を剥ぎ取った彼が纏うのは腰巻1枚だけ。その危なっかしい姿に、各所からざわめきが起き始める。 だが当の本人は気にしない。 「是非とも奮闘して、この白馬王司から逃げ切って下されっ!」 そう言うと、王司は華麗な姿勢を取って筋肉を見せつけた。その瞬間、悪戯な風が吹く。 「「「「「ぎゃああああああああ」」」」」 「おお! 皆さんやる気ですなっ! では行きますぞっ!!」 悲鳴を上げて一目散に駆け出した彼等が見た物。それは可愛そうなので伏せておく。 何はともあれ、こうして危険な生存訓練が開始された。果たして肉体的に、そして精神的に生き残れる強者はいるのだろうか……。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
リュシオル・スリジエ(ib7288)
10歳・女・陰
春陰(ib9596)
25歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●悲劇への足音 鬱蒼とした森の中で、からす(ia6525)は沈みかける夕日を見ていた。 「皆につられて逃げてきたが……さて、どうするか」 彼女は自らを覆い隠す苔色の布団を被って、身を潜める術を使っている。職業柄じっと待つ事には慣れていた。故にこうして樹木の上で時が熟すのを待つのも何ら苦ではない。 其処へ、先程自らが辿ったのと同じ道を駆けてくる者が見える。その人物は、からすの居る木の近くまで到達すると、息を整えるように足を緩め、後ろを振り返った。 「さっきのあれは……キノコ。皆さんが悲鳴を上げる程とは……一体どんな魔力を秘めているんだろう」 ポツリと零された声に、からすの目が瞬かれる。 どう考えても今の言葉、先程の王司の事を言っているのだろう。だがこの反応、何かがおかしい。 「前に同じような筋肉質の男性と闘った事があるが、ああいった男性にはああいうものが生えてるんだろうか……」 恐ろしい。そう真顔で零すこの人物の正体はリュシオル・スリジエ(ib7288)だ。 小柄な体に幼い顔立ち。一見すれば可愛らしい男の子だが、彼女はれっきとした女の子だ。但し、自らを男子と信じて疑わない……である。 「とにかく逃げなければ」 言って、彼女が取り出したのは松明だ。 「陽が落ちたか……ここからが本番だが。嫌な予感がするな」 からすはそう呟くと、松明に火を灯すリュシオルを見詰めた。 その頃フレス(ib6696)は、王司から逃げれた安心感にホッと息を吐いていた。 「怖かったんだよ。追っかけっことかとっても得意なんだよ、でも絶対に捕まりたくない相手だと思うんだよ」 思い返しても恐ろしい。と言うか、思い出したくない。 目の前に王司が居ないにも関わらず視線を逸らした彼女の肩を、端整な顔立ちのエルディン・バウアー(ib0066)が叩く。 「御安心なさい。神の名において、私が近付けさせません」 そう言って微笑んだ彼は正に聖職者の鏡――この格好でなければ……。 「言いたくないんだけど、あまり王司兄さまと変わらなんだよ」 ボソッと零したフレスの目に飛び込んできたのは、エルディンの褌姿だ。しかも上半身は裸で、その旨には聖職者の証である十字架が光っている。 「これは神聖な闘いへ向けての正装です。神は私に試練を与えたのです。この訓練に生き残れと!」 「……それは……どうかと思うんだよ?」 前半の解釈さえなければ間違ってはいなかっただろうが、このツッコミもなんのその。エルディンは胸を張って言い放つ。 「王司殿が裸同然で挑むなら、私もそれに対抗せねば! いや、いやいや、大丈夫です。聖職者として大事なところは確実に守るので大丈夫です」 爽やか笑顔でこの台詞である。フレスは頼もしいのか、そうでないのか。何とも複雑な思いで乾いた笑いを零した。 一方春陰(ib9596)は、真剣な面持ちで自身が走って来た方角を振り返っていた。 「訓練ですが、俺にとっては初めての依頼。必ず、生き残って見せます」 そう決意を新たにして此処までの経由を振り返る。その脳裏に在るのは、王司のアレな姿だ。 「……なんですか、あの変態は」 ふるりと首を横に振って零した声が虚しく響く。既に陽が落ちた森の中は静かで暗い。それこそ春陰の声を覆い隠す程に。 「とにかく、なんとしても生き残らないと。それに俺にはやらなければならない事もある……」 春陰は決意の篭った眼差しで呟くと、両の掌をギュッと握り締めた。 そして皆と同じく王司から逃げてきた緋那岐(ib5664)は、既に疲労困憊した様子で木に腕を着いていた。 「……腰巻男……もふら男じゃなくて良かった。昨今では『肉体派なんちゃら』てのが流行りなのか……?」 そうは言うが、表情は何とも複雑だ。それもその筈、生存訓練と聞いてきた彼は、真面目に魔の森での訓練を想定していた。 「まぁなんだ。一応同じ陰陽師だし……お手並みには興味あるし対峙してみたいけど……」 思い返しても無情な結末である。まあもふら頭で無かっただけ良かったとすればまだ良いが。 「……触れない。触れちゃいけない気がする」 緋那岐は首を横に振ると、意を決したように符を構えた。 「ひとまず、人魂が届くギリギリの範囲を保持。離れすぎると相手の動きが読めねぇし」 言って紡ぎ出したのは人魂だ。彼はそれを見送って歩き出した。 自らの生還を信じて……。 ●ああ、無情 「エルディン兄さま! アレを見るんだよ!」 そう叫んだフレス達の前には、先程まで無かった王司の姿が在る。 此処は生存訓練を行う森の中央部。王司から逃げる為に此処まで来たのだが、ついに発見されてしまったらしい。 「さあ、始めますぞ!」 王司は野太い腕を広げるとニカッと笑ってポーズを取った。その姿に、フレスの足が下がる。 「歳若い少女に、そのような不埒な格好をした輩を近づけるわけには行きません!」 「エルディン兄さま!」 褌姿は如何なものかと思うが、台詞と行動だけはカッコイイ! エルディンはフレスの前に立つと、素早く術を刻んで言い放った。 「ここは私に任せて、あなたは逃げてください!」 「エルディン兄さまっ! 兄さまの武勇は未来永劫フレスの中で語り継ぐんだよ!」 涙ぐみながら頷くフレスにエルディンの唇に笑みが刻まれる。 とても感動的な場面に見えるが、実際に居るのは腰巻男と褌男だ。それを考えると感動も半減だが、フレスは気にする事なく一気に駆け出した。 その姿に王司が吼える。 「待つでありますぞ!」 「ここを通りたくば、私を倒してみなさい!」 言うや否や、眠りを誘う術を使用する。しかし―― 「何とも心地良い呪文ですな! そしてその心意気や良し! いざ参りますぞっ!」 「え、いや、あの……」 ちょっと待って。貴方、陰陽師ですよね? そんなツッコミもなんのその。物凄い勢いで突進してきた王司にエルディンの目が見開かれる。そして、 「ひいいいいいィィィッ!!!!」 「ふはははは! 楽しいですな! 楽しいですなぁ!!」 万事休す。 男同士の肉体がぶつかり合い、エルディンの体が締め上げられる。これにエルディンの体からは耐えず脂汗が流れ、悲鳴が口を吐く。 「……無理しやがって」 キラーンッと夜空に浮かぶ褌姿のエルディンを思い出して涙を拭ったフレスは、彼の活躍もあって茂みに身を隠す事が出来ていた。 だが安心するのはまだ早い。 「急に静かになったんだよ」 突如静かになった周囲に、不安の声が漏れる。 さっきまではエルディンが一緒だったので気にならなかったが、こうして一人になると夜の森は異様な雰囲気がある。 「こ、怖くなんかないんだよ……でも……」 呟きながら取り出したのは松明だ。 「これで見つかるとか無いよね……?」 今の今まで発見を恐れて着火していなかった。だがこう暗いと妙に心細いと言うか、寂しい気分になってくる。 「うん。大丈夫――」 そう言って着火した時だ。 「発見しましたぞー」 後ろを振り返ったフレスから、声にならない悲鳴が上がる。 だってそうだろう。振り返ったら松明の明りに下から照らされる王司が立っているのだ。 ハッキリ言ってお化けに遭遇するよりも怖い。 「いやああああああっ!」 フレスは両の手に握り締めた刃で王司に斬り掛かった。だが流石は肉体派陰陽師。 自らの強靭な腕でそれらを払うと、フレスの間合いに飛び込み拳を一打。だがフレスも負けてはいない。 舞う様な軽やかな動きで攻撃を回避すると、泣きそうな表情で地面を蹴り上げた。そこへ王司が踏み込む。 「弱点を晒してる方が悪いんだよ!」 「ふはははは、いきますぞっ!」 会話不成立。 そうして激しい一打を見舞った王司にフレスの斬撃が降り掛かる。しかし斬撃が到達する事はなかった。 代わりにニヤリと笑った彼の腰巻が舞い上がる。そう、空中に飛んだのだ。 「!?」 次の瞬間、フレスは地面に伏していた。その口に「お嫁に行けない」と言う声を零して。 この時、フレスとエルディンの様子を、人魂を通して見ていた緋那岐は、戦慄の思いで体を震わせた。だってそうだろう。 「あれ、陰陽師じゃねぇ」 遠くから闘う様子を見て戦略を立てようと考えていたのだが意味がなかった。 そもそも王司は陰陽師らしい術を使っていない。それどころか全部肉体で片を付けている。 「これは、捕まる訳にはいかな――っ!?」 突然視界が弾けた。 人魂が何者かによって打ち砕かれたのだ。そう、相手は王司に違いない。 「くそっ!」 急ぎ立ち上がって逃げの体勢を取る。だがその場から立ち去るよりも早く、緋那岐の前に奇妙な筋肉人形が飛び出してきた。 「なっ!?」 「如何ですかな。白馬王司手製の筋肉人形型人魂は!」 「これが人魂って……目立ち過ぎだろ……」 おい、とツッコみながらも目は注意深く王司に向かっている。取り敢えず、頭がもふらで無い事は再度確認。となれば同じ男。怖いものはそれほどない。 「ともあれ、そっちも人魂使いだったか。ずっとこちらの動きを読んでたのか? けどま、お互い様か」 言うや否や陰の術を刻む。その上で紡ぎ出したのは相手の体力を自分のものへと還す術だ。 「ここで掴まる訳にはいかないんでね!」 「吾輩も此処で逃がす訳にはいきませんぞ!」 ふはははは! 盛大に笑いながら突っ込んでくる彼に式が付着する。だが王司は動じずさらに加速してくる。 「ちょっ、何で効かないんだ!」 「効かないのではありませんぞ。これは我慢をしてるのです!」 「んな、ドヤ顔で言うなッ!」 叫びながらもう一度印を刻む。だが次の瞬間、緋那岐の表情が驚愕に変わった。 「!」 巨大な龍が緋那岐を呑み込もうと口を開けて迫って来たのだ。これに反射的に顔を背ける。 しかし其処に罠が! 「ひっ!?」 フレスの時と同じく宙に舞った王司のイヤンな姿が。だが幸いな事に、助けが入った。 「暴漢の暴挙、其処までです!」 突如飛び出してきたのは春陰だ。 彼は王司の飛び蹴りを真正面から受け止めると表情を歪めた。 「……なんてものを見せるんですかっ!」 叫んで刃を反す。そして斬り掛かろうとするのだが、勿論王司がそれを許す筈も無い。 「仲間の窮地を助ける。これぞ生存訓練の醍醐味っ! 吾輩は今、猛烈に感動しておりますぞっ!」 大量の滝涙を流しながら迫ってくる王司に、緋那岐が叫ぶ。 「あんた、逃げた方が良い!」 「いや。俺の稼いだ時間で、誰かが生き延びてくれるならっ!」 「あ、おい!」 王司と相撃ちになるとでも言うのだろうか。迫る王司と同じ勢いで地面を蹴った春陰に騎士の姿を見る。 だが緋那岐はすぐさま目を逸らした。 「良い場面なのに、白馬の姿が全てを台無しにっ」 まあ、腰巻男なのでその辺は勘弁して下さい。 取り敢えず、気を取り直して春陰と王司の一戦を再開。 「俺が今まで生きてきた中で唯一覚えた事。それは、誰かの盾になる事。それ以外の生き方なんて考える事もできません!」 「ならば、その覚悟を示すが良いですぞ!」 繰り出された強烈な拳。これに春陰も応戦せんと刃を振り上げる。 「今はまだ、敵を防ぎ切れない脆弱な盾ですが……鉄壁の盾となってみせます。大切な人を護るために!」 一気に加速した彼の身が王司の間合いに入る。そして一気にそれを振り下すと、王司の拳が彼の刃に触れた。 「なっ」 「まだまだ、精進が足りませんな!」 ニッと笑って弾かれた刃に春陰の足がよろける。そして次の瞬間、春陰とその後ろに居た緋那岐が捕まった。 「さあ、仕置きの時間ですぞっ!」 「「ぎゃああああああ!」」 強靭な腕に抱かれて締め上げられる2人。この行為に、夜空に激しい悲鳴が響き渡った。 この悲鳴を木の上で聞き止めたからすは、やれやれと言った様子で腕を組む。 「……的が減ったか」 これで4人目。残るは自分ともう1人の少女のみ。と、そう思案した所で足音が響いてきた。 「あれ? ここはさっきの……」 リュシオルが戻って来たのだ。とは言え、これは彼女の意思では無さそうだ。 所謂迷子と言うヤツだろう。 彼女は手にしている松明をそのままに首を傾げると、元来た道を戻ろうとした。 其処へ不穏な足音が響く。 「みーつーけーまーしーたーぞー」 「!」 振り返った先に居たのは王司だ。松明に照らされるその姿は明らかに変態。だが、リュシオンの反応は意外にも普通だった。 「出たな!」 勇ましい表情で王司に向き直る彼女は、符を構えて応戦する気満々だ。 これに王司は大感激! 「幼いのに何と勇敢な! その心意気に免じて吾輩も全力で行きますぞ!」 いざ。そう掛け声をかけて迫ってくる王司。その姿を見詰めるからすは、弓に手を掛け応戦の時を待った。 そして自体は動き出す。 「な、なんとこれはっ!?」 声を上げたのは王司だった。 風の刃に引き裂かれた自らの腰巻に呆然と立ち竦む。どうやら羞恥心が欠片もなくても、この姿には違和感があるらしい。 「吾輩の完全無欠の装備が……」 「アレを完全無欠と言い放つか。面白いが、アレでは防御も何もないだろう」 からすはやれやれと息を吐いて弓を構える。 驚いているとは言え王司の武器は自らの肉体。此処で油断する訳にはいかない。 それにリュシオンの反応も気になる。 「凄いキノコですね……」 緊張して息を呑む彼女の反応がおかしい。そもそも彼女は女の子。本来なら悲鳴を上げて逃げてもおかしくない状況なのだ。 だが男性の肉体を知らず、自分が男子として育てられた彼女にとって、王司の下半身は「陰陽術を使う為の手段」にしか見えていなかった。 つまり、彼女にとって王司の姿は無意味。 「あとはどうやって後ろを取るか……」 そうリュシオルが呟いた時だ。 素早い一矢が王司の頬を掠めた。これに彼の顔が上がる。そしてそれこそが最大の好機となった。 「良くわからないけど、今だ! 練力7を消費し、魔殲甲虫ビートルマグナを召喚! 行けーっ!」 リュシオルは符を構えて斬撃符を放つ。それが王司の剥き出しの尻に向かうと、次の瞬間、例えきれない悲鳴が上がった。 「ふむ。勝負あった、か」 からすは地上に舞い降りると、地面にうつ伏せで倒れ込む王司を見た。その尻には大量の切り傷がある。 「おかしいな。ビートルマグナを召喚したのに風しか出なかった」 リュシオンの反応から察するに彼女は斬撃符を王司の尻に叩き込んだのだろう。そして――いや、これ以上の細かい描写は避けるべきだ。とにかく痛い。 「幼いのに肝が据わっている」 からすは感心したように呟くと、自らの手にある懐中時計に目を落とした。其処にはこの森の瘴気の量が示されている。 「アヤカシの存在も噂だけだったか。ならばこれで終いだな」 そう零すと、からすは森の中へ歩き出した。 これから参加者全員に生存訓練が終了した事を伝えなければいけない。何せ指導者が離脱しまったのだから。 |