狐狸・因果の先に見る
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 43人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/17 06:47



■オープニング本文

●???
 魔の森の奥深く。緑の毛並みをした狐が腰を据え、遥か先に在る虹來寺を見詰めていた。
「愚かな狸を滅し、通弐の枷も外れ……此処に残るのは童のみ……」
 周囲には羅碧孤の部下が複数控えている。にも拘らず妙に静かで落ち着かない感じは何なのか。
 羅碧孤は紅の瞳を伏せると、ある言葉を思い出していた。

――若葉って本当は寂しいんじゃねぇか?

「……アヤカシである童が寂しい?」
 その様な事ある筈も無い。
 そう吐息で笑い飛ばして瞼を上げる。
 確かに長い年月を独りで過ごして来た。だがそれはアヤカシであればこそ。其処に何かしらの感情が動く事はない。
「この森も捨て時かしらね」
 黄宝狸の要らない危険性を孕んでしまった。故に此処に居れば何時討伐の手が伸びるとも限らない。
「良い狩場だったのだけれど、仕方がないわね」
 呟き、腰を上げたその時。
 鋭い風が羅碧孤の頬を掠めた。それは矢となって羅碧孤の後方に在る木に突き刺さり、羅碧孤の紅い瞳が動く。
「……通弐」
 血塗られた着物をそのままに、何処で調達したかもわからない弓を手にした楠通弐(iz0195)が立っている。
 その瞳に宿るのは『狩人』としての闘志。
「折角生き残ったと言うのに、わざわざ戻って来たの? 馬鹿な子ね」
 クスリと笑って目を細める。
 通弐が羅碧孤の元へ戻って来た理由は明白。彼女は羅碧孤に復讐する為にこの場に訪れたのだ。
 その証拠に、彼女の矢は羅碧孤に向けられている。
「……倒す対象に倒され…好きなように動かされた、屈辱……晴らさない訳にはいかない……」
「……死ぬわよ?」
 自ら止血を施したのだろう。だが着物を濡らす血の量を見れば、彼女が完治しているとは考えにくい。
 それは開拓者の治癒能力を考慮しても然り。
「黄宝狸は童に牙を剥き、仕留め損ねたが故に死んだ。そして通弐は童に殺されかけて道具とされ、記憶を取り戻して童に挑む……但し、童は黄宝狸とは違うわよ。童の強さは通弐も知っているでしょう?」
 一度負けた相手に不完全な状態で勝てるとは思わない。それは羅碧孤も通弐も理解している。
 では何故彼女が此処に来たのか。
「確かに……前の私であれば、この状況下で勝てるとは思わない。……だが、私は黄宝狸が取った策を知っている……」
「……誇り高い人間が、狸の真似をすると?」
 面白くもない冗談ね。そう零す羅碧孤に通弐は番えた矢をギリギリまで引く。そうして矢に纏わせたのは深紅の炎だ。
「……良いわ。相手をしてあげる。人間を捨てた生き物が人間として牙を剥いた力、見せて頂戴。負けたらその肉を貰うわよ」
 羅碧孤はそう呟くと、通弐が放つ炎の矢を見据えた。

●虹來寺
 其処彼処で燻る煙。これは黄宝狸が暴れた結果の物だ。
 人的被害は最小限に抑えたものの、虹來寺全体の損傷は酷かった。
 現在、虹來寺に居た一般人の全ては他の寺社並びに神楽の都に避難させられている。予定では羅碧孤の件が片付くまで、彼等は戻って来る事がない。
「黄宝狸は片付けたが、楠通弐は姿を消し、羅碧孤も同様に姿を消した。か」
 崩れ落ちかけた寺社を見上げながら志摩 軍事(iz0129)が呟く。その声に虹來寺の僧兵と話をしていた月月宵 嘉栄(iz0097)が口を開いた。
「楠通弐は一先ず問題ないでしょう。開拓者が致命傷を負わせていますし、何より記憶を取り戻したのですから」
「報告によれば……羅碧孤を倒すと言っていたらしいな」
 そう問いかけたのは天元 征四郎(iz0001)だ。
 彼は配布された握り飯の1つを未だに食べず持っている。それを兄の天元 恭一郎(iz0229)が取り上げると、彼の目が弾かれたように兄を見上げた。
「兄上。それは俺の――」
「いつまでも取っておくのが悪いんですよ。それよりも、致命傷を負わされている身なら、倒すも何もないんじゃないですか?」
 恭一郎はそう言い捨てて、奪った握り飯を口に運んだ。その様子を若干恨めしそうに、けれど文句も言えずに見詰める征四郎の肩を叩き、志摩が言う。
「お前さんが同じ立場なら如何だ? 例えば真田以外がお前さんを意のままに操っていたとする。それを後になって知ってしまったら」
「勿論、殺しますね」
 目には殺気を、唇には笑みを刻んで言い切った彼に、志摩が苦笑する。
「まあ、そう云うこった。自尊心が強い奴なら尚更だろ」
「ですが、先にも言ったように楠通弐は致命傷を負っています。果たして動けるのでしょうか」
 嘉栄の言う様に通弐は開拓者によって深手を負っている。それが完治するほど時間は経っていないし、直ぐに上級アヤカシと闘えるとも思い辛い。
「おい、義貞」
 嘉栄の疑問を聞き止めた志摩は、近くで呆けたように地面を見詰めていた陶 義貞(iz0159)に声を掛けた。
 これに彼の目が動く。
「羅碧孤……あー……若葉を発見した時、奴は魔の森でアヤカシに襲われてたんだよな?」
「……うん。俺が発見した時、若葉は瀕死の状態だった。もう少し助けるのが遅かったら、たぶん死んでたと思う」
 今までの事を振り返るに、この時の羅碧孤は黄宝狸の策に嵌って窮地に追いやられたのだろう。
 そして彼は止めを刺し損ねた羅碧孤を探して周辺寺社を襲っていた。だが結果として、その行動が開拓者に目を付けられる原因となり、彼は命の炎を消した。
「如何考えても、黄宝狸が真正面から羅碧孤に挑んだとは思えない。なら、何かしらの策があった筈だ」
「その策を楠は知っているとでも?」
「その可能性はある」
 恭一郎の問いに頷いた志摩は、僅かに頷いた後に灰色の空を見上げた。
 風が運ぶ香からして、もう直ぐ雨が降るだろう。そうなれば燻っている煙も消えるかもしれない。
「叶うなら、このまま何もない事を願う」
 そう征四郎が呟いた時だ。
「大変です! 魔の森で羅碧孤と楠通弐を発見したとの報告が入りました!」
「チッ……やっぱし穏便には済まねぇか」
 ここまで膨れ上がった爆弾がそう簡単に火を消すとも思えない。とは言え、こう連戦続きでは身がもたないと言うか、何と言うか。
「現在、虹來寺統括の屋敷で作戦会議を始めています。直ぐに偵察に向かった者も戻るかと」
「……そのまま相撃ちにでもなってくれりゃ楽なんだが……まあ、上手くはいかねぇだろうな」
 志摩はそう零すと、この場に居た開拓者と共に虹來寺統括の屋敷へ向かった。


■参加者一覧
/ 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 志藤 久遠(ia0597) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 佐上 久野都(ia0826) / 柳生 右京(ia0970) / キース・グレイン(ia1248) / 羅轟(ia1687) / 海月弥生(ia5351) / 菊池 志郎(ia5584) / 珠樹(ia8689) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 狐火(ib0233) / 玄間 北斗(ib0342) / 十野間 月与(ib0343) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミーファ(ib0355) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 長谷部 円秀 (ib4529) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 匂坂 尚哉(ib5766) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684) / 玖雀(ib6816) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 華魄 熾火(ib7959) / 巌 技藝(ib8056) / 弥十花緑(ib9750) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 鎌苅 冬馬(ic0729


■リプレイ本文

●殲滅・魔の森
 薄暗く黒い瘴気が渦巻くその中を、クロウ・カルガギラ(ib6817)は戦馬のユィルディルンと駆けて行く。その後方には高度を低くして魔の森の中を進行してゆく駿龍の姿もある。その背に跨るのはシルフィリア・オーク(ib0350)だ。
「これは圧巻の光景だねぇ」
 クスリと笑った彼女の目の前には、無数のアヤカシが。それこそ壁と呼ぶに相応しい量が在る。
「けどまぁ……羅碧孤に向かおうって人達にこの壁は邪魔かね」
 仕方がない。そう手綱を腕に巻き付けると、彼女は両の足で駿龍の脇を挟んだ。その上で自らの刃を引き抜く。
「ウィンド。上空は任せたよ!」
 そう言い放ち群の中に飛び込んでゆく。それに続いてクロウも戦馬の胴を叩くのだが、不意聞き慣れない咆哮が響き渡った。
「これは……」
 まるで空気を裂くような甲高い声に十野間 月与(ib0343)が眉を潜める。
「シルフィリア姉さん、今の声は……」
「羅碧孤に何かあったのかね」
 咆哮らしき声の方角を考えても間違いない。今の鳴き声は羅碧孤の物だ。
「……これからだって言うのに」
 羅碧孤に対し多くの想いが渦巻く今回の戦闘。こんな場所で、しかも想いが関わる事無く終わってしまうのか。
 そう思案したのだが、その考えはフェンリエッタ(ib0018)の声に掻き消された。
「まだ、羅碧孤はまだ生きているわ!」
 フェンリエッタの声に呼応するように、彼女の空龍・キーランヴェルが声を上げる。その背を撫で、彼女は遥か先に見える僅かな灯りに目を細めた。
「情報通りならあの灯りは楠通弐の物だわ。急げばまだ間に合う筈――」
 そう零してローレライの髪飾りに手を添える。そうして瞼を伏せた後、彼女の瞼が眼下へ落ちた。
「如何な姿や性質でも、人を食糧とするアヤカシを許容する事は、人の世に深い闇を生む事になると思うの。だから……」
 キュッと唇を噛み締め外道と呼ばれる刃を引き抜く。そして空龍を駆ると彼女の目に、炎龍に跨る柳生 右京(ia0970)の姿が飛び込んできた。
「ふん、気が変わったぞ」
 呟く右京の視線の先には、行く手を阻む無数のアヤカシが在る。彼はそれらを視界に据えて口角を上げると、妖艶に光る瞳を向けた。
「あれとは因縁のある相手も多いのだろう? ならば、露払いくらいはしてやる」
 それに。と言葉を切った彼の刃が引き抜かれる。
「どれだけの数の雑魚を斬れるか……試してみるのも悪くない。雑魚とはいえ、数は多いのだ。退屈はさせるなよ?」
 言うが早いか、彼の魔刀が上空に飛翔する鵺の胴を風薙ぐ。と、彼の炎龍――羅刹もまた、行く手を阻む鷲頭獅子の首に齧り付いた。
「……激しいお人やね」
 ポツリ。魔の森の一角で錫杖を振るっていた弥十花緑(ib9750)はそう零して、懐でもがく存在に目を落とした。
「じっとしとって」
 先程から顔を出したくて仕方がないのだろう。錫杖を振るう度に、人妖の灯心が懐の中で動く。
 その様子を傍で見ていた七塚 はふり(ic0500)は、黒い輝きを発する斧を握り締め、不思議そうに首を傾げた。
「出しては駄目でありますか?」
 戦闘の最中に動かれては邪魔だろう。そう思っての問いだったのだが、これに花緑が苦笑する。
「……この子狙われたら敵いませんから」
 そう言って懐を優しく撫でる。その仕草を見てはふりの目が頭上に向かった。
「似たような物でありますか」
「おひいさま、それを言っては……」
 思わずそう突っ込んだからくりのマルフタは、付かず離れずの位置で甲龍を駆る八壁 伏路(ic0499)に目を向けた。彼は先程から、白霊癒を使って皆の回復薬を行っている。
 その飛翔方法は敵に接近し過ぎていて見ている方が危なっかしい。
「仕方ないでありますね」
 はふりは小さく息を吐くと、小柄な体を大きく張って見せ上空に向かって吼えた。
「鬼さんはこちらでありますよ!」
 この声にアヤカシ等の目が向かうのだが驚いたのは伏路だ。
「わしに狙いが向いても面倒だが……」
 ぬう。と眉を潜め、甲龍・カタコの背を叩くと、地上スレスレまで高度を下げ、はふりの近くへその身を置いた。
「ここは危ないであります」
「わかっておる。陣中見舞いだ。踏ん張ってくれ」
 言いながら手綱を絡めた不安定な状態で神楽舞を舞う。それを受けたはふりは、思案気に視線を動かして刃を反す。
「家主殿は上に戻ってるであります」
 そう言って斧で空を切裂くと、彼女と伏路に迫っていた単眼鬼の胴が流れた。しかし単眼鬼にとって――否、アヤカシ等にとって此処は能力を引き上げてくれる絶好の場所。
 普段なら今の攻撃でよろける所が、今回ばかりはそうもいかないようだ。
「成程。魔の森ではアヤカシの方が優位と言うのは、本当のようだな」
 疑っていた訳では無いし、そうした情報も心得ている。けれど実際に経験してみて実感が得れる物もある。
 鎌苅 冬馬(ic0729)は「ならば」と駿龍の背を叩く。
「シュネル。駿龍の素早さを見せてくれ」
 労いも込めて相棒の背を叩く。と、それに応えるように駿龍が声を上げ、龍の翼が開かれた。
 そしてその翼が一気に空を駆ける。
「……流石、駿龍。と言うところか」
 瞬く間にはふりに迫っていた単眼鬼の背を捉えた駿龍に礼を述べ、同時に彼の刃が炎を纏う。
 その上で素早い一刀を加えると単眼鬼の体が揺らいだ。其処へ力強い光が降り注ぎ、単眼鬼が崩れ落ちる。
 それを見遣って、戦馬の手綱を握り直したクロウが、曲刀に付着した瘴気を払う。
「素早いのは駿龍だけではないですよ」
 それにしても。と、彼の視線が周囲に飛ぶ。
 アヤカシの数が相当である事は事前にわかっていた。そして此処が激しい戦場になる事も。
「……俺の予想は外れたか?」
「ほう。予想、とな?」
 突如聞こえた声に目を向けると、符を手に周囲を伺う東鬼 護刃(ib3264)と目が合う。
「羅碧孤って実は植物アヤカシじゃないかな……と」
 だから魔の森の木々の中に力の源や本体が在ったりしないか探していた。と彼は語る。
 それを耳に護刃は「ふむ」と視線を滑らせる。その先には新たな単眼鬼の姿が。
「それならば魔の森を戦場に選ぶのも頷けるが……いや、アヤカシであれば当然か。して、その確証たるものは見つかったのかのぅ?」
 問いにクロウの首が横に振れる。それを見た瞬間、護刃の手の中に在った符が淡い紫色に発色した。
「ならば存分に暴れて問題なさそうじゃな。練力尽きるまで付き合ってやろう」
 瞬間、彼女の手から真空の刃が飛び出す。それを受けた単眼鬼等、周囲のアヤカシが彼女に目を向ける。
「なんじゃ。まだ動けるのかのぅ? ならばわしの本気、冥土の土産として取っておくがいいっ!」
 自らの力のみで仕留められないのは重々承知している。それでもこうして技を放つのは、この先の羅碧孤へ向かおうとする仲間の為だ。
 護刃の攻撃を受けて瘴気を垂れ流す鷲頭獅子の首をもぎ取らせ、キース・グレイン(ia1248)は鋼龍を次の敵に向き合わせる。
「彼女も俺と似たようなものか……」
 いや、もしかしたら彼女だけではない。この場でアヤカシを相手にする者全てがそうなのかもしれない。
「俺は……皆の出す結論を信じ、俺に出来る形で支える。グレイブ、迎え撃つぞ」
 トンッと相棒の首を撫でて拳を握る。其処に刻まれた無数の傷跡は、今まで2人が乗り越えてきた戦場の軌跡でもある。
 彼女はその傷を指で辿り、そして相棒の胴を蹴った。
「――来い。お前らの相手は、俺達だ!」
 鋼龍が動き出すのとほぼ同時に咆哮を放つ。そうして向かってきた相手に2つの刃を見舞うと、上空に敵の悲痛な声が響き渡った。
 それを耳に、刃兼(ib7876)は自らの同胞が打ったと言われる刀を構え、前方を見据えていた。
「……羅碧孤について思うことはあれど……仮に対峙したとして、かける言葉が浮かばない」
 零す声に仙猫のキクイチが顔を上げる。
「ならば、少しでも仲間達が闘いやすくなるように、目の前の配下に集中するのみ、だな」
 脳裏にあるのは猫又として義貞に拾われた『若葉』としての姿のみ。それはキクイチも同じらしく、刃兼の足元に絡み付く様に尻尾を動かして呟いた。
「わっちは、猫又はんが毛布にくるまって日向ぼっこしてる姿しか覚えてないでありんすけども……ホントに、アヤカシだったでありんすなァ」
 そう言いながらチラリと後方を振り返る。
 既に羅碧孤に対峙すべき者達はこの先に向かった。それは耳に響く戦闘音からも分かる。
「――キクイチ、一緒に戦ってくれるか?」
 声にキクイチの目が戻る。
「あい、腹は決めんした。刃兼はんにお供して、戦うでありんすえ!」
 そう頷いた相棒に、刃兼はギュッと刀の柄を握り締めた。
 此処から更に過酷な闘いが待っている。それでも羅碧孤に向かった仲間が少しでも集中して戦えるように、そう想いを篭めて大地を踏み締める。
「行くぞっ!」
 刃兼はそう叫ぶと、アヤカシの群に飛び込んで行った。

●楠通弐
 空龍・隠逸の手綱を両の手に握り締め、菊池 志郎(ia5584)は必死の思いで前を見る。その胸中に在るのは、先に戦場で見た通弐の姿だ。
「あんな深手を負った状態で羅碧孤に挑むなど、自殺行為です……!」
 通弐が賞金首にまでなって強さを追い求める理由も、彼女が何故此処までするのかも、全てが謎のままだ。
「このままここで死なせるのは、何だかひどく気が咎めます……先生、もっと早く!」
 志郎の声に隠逸が嘶きを上げる。
 アヤカシの壁は未だ続き、時折敵の攻撃が降ってくる。仲間がそれ等の対処に当ってくれているが数は減る様子を見せない。
 それどころかどんどん増えている気すらする。
「こんな所で留まっている暇は――……見えた!」
 魔の森の先に、巨大な狐と対峙する通弐が見える。彼女は情報通りに火矢を放ち羅碧孤と対峙しているようだ。
 その姿は先に目にした物よりも際どい。
「――傷付く彼の者に癒しの風を」
「!」
 通弐の上空に差し掛かるや否や、すぐさま神風恩寵を使用する。それに通弐の目が上がり、その隙を突いて羅碧孤が攻撃に転じた。
 だが――
「頑鉄!」
 グオオオッ! と言う咆哮と共に、志郎と通弐の背に羅喉丸(ia0347)が立つ。彼は鋼龍の手綱を引いてこう発する。
「その身に違わぬ頑丈さ、暫し借りるぞ!」
「貴様等、何をっ」
 羅碧孤の攻撃をその身に受けた鋼龍が呻き、羅喉丸が歯を食いしばり衝撃に耐える。
 その姿を目に留め、通弐は吼えた。
「勝手をするな!」
 これは自分と羅碧孤との闘い。そう発するが志郎は聞く耳持たないと言った様子で神風恩寵を幾重にも掛けて行く。それに合わせて楽になってゆく体に、通弐はギリッと奥歯を噛み締めた。
「……、…余計な事を」
「上級アヤカシはそれ自身の力も脅威だが、その恐ろしさは数百の配下を従えることに在ると考える」
 現に、今もその数のアヤカシに苦戦を強いられている。
 羅喉丸は口端を伝う血を手の甲で拭うと、通弐に背を向けたままで言葉を紡ぐ。
「今は黄宝狸のおかげで、これでも配下の数が減っている。今こそ羅碧孤を討つ絶好の機会と考える。もし何かしらの策が在るのなら教えてはくれないか」
 黄宝狸が使用した策を通弐ならば知っている。そう思っての言葉だったが、これに通弐が鼻で笑った。
「誰が教え――」
「通弐はやらせないよ、羅碧孤!」
 言葉を遮るように戦場に飛び込んできたフィン・ファルスト(ib0979)に通弐の冷めた視線が向かう。志郎のお蔭ですっかり傷を塞いでしまった彼女にフィンの目が瞬かれる。
「あれ、ピンピンしてる?」
「何処かの誰かの所為でそうなったわね」
 淡々と、それでも何処か感情の伺える声にフィンが「あれ?」と首を傾げる。
「何で怒ってるの?」
「冷静に考えて勝負を邪魔されたからかと」
 続々と通弐の元に到着する開拓者。それに比例して機嫌が悪くなってゆく通弐に志藤 久遠(ia0597)が言う。
「策をお教え頂けないのでしたら私達が時間を稼ぎます」
「何?」
 如何言う事か。そう問い掛ける通弐に久遠は背を向けると、羅碧孤に向き直った。其処には既に他の開拓者等も到着している。今は彼等の時間稼ぎに甘える時。
 この間に通弐を説得し、彼女の力を得れれば羅碧孤撃破への道は近付くだろう。とは言え、久遠には単純に協力する気はない。
 羅碧孤へ通弐が向かえば、攻撃の手は確実に通弐に向くだろう。そうなれば此方はグッと動き易くなる。
 けれど……
「そのままの意味です」
 それらの思惑は全て伏せ、冷静な言葉と声でそう返す。その声にフィンが捕捉するように言葉を発した。
「通弐との決着はお預けってことだよ! 聞きたい事もあるし、どうせ決着つけるなら混じりっ気なしの通弐とやりたいし!」
「フィン殿、それは……」
 無邪気に物凄い事を言ってのけたものだ。
 僅かに面食らったように目を瞬く通弐に、フィンは巨大な剣を握り締めて頷いて見せる。そして彼女も通弐に背を向けると、ムンッと刃を振り下した。
 その切っ先は通弐ではなく羅碧孤に向かっている。
 フィンは紛れもなく本気で通弐にああ言ったのだろう。彼女の瞳に迷いは一切ない。
 そしてこの遣り取りを近くで見ていた无(ib1198)は「?」と首を傾げた。
「……尾無狐に九尾狐を見せようと来たら……これは如何いう状況なんでしょうかねぇ」
 のんびりと呟く无に柚乃(ia0638)が「うーん」と同じく首を傾げる。
「確か……羅碧孤が、通弐を操っていて……それを知った通弐が、怒った……だったかな?」
「つまり同士討ちの様な感じかね? まぁなんにせよ、この状況を崩したいところ」
 彼はそう零すと、管狐のナイを招いて周囲を見回した。それを目にした柚乃も宝狐禅の伊邪那を招いて周囲を探る。と、彼女の目に複数のアヤカシが飛び込んできた。
「あら、いっぱい押し寄せて来るわね」
 ゆらりと尾を振って呟いた宝狐禅に无の管狐も顔を上げる。そうして双方の瞳が向かってくるアヤカシを視界に納めると、无の手の中で五行の符が、そして柚乃の鞭が揺れた。
「アヤカシか人か……まぁこの場はまずはアヤカシでしょう。人の罪は後でも問える」
 无はそう零して陰の術を刻む。
 直後、群れの中で例えようのない悲鳴が上がった。それに合わせて風の刃が敵を切裂くと、辺りは一気に戦場と化した。
「っ……」
 羅碧孤と通弐の争いは遠目で見ていたアヤカシ達も開拓者の乱流は快諾出来ないらしい。
 完全に戦場と化してしまった周囲に通弐が奥歯を噛み締める。其処へ何処かで聞いた事のある声が響いてきた。
「何を迷っているのか知りませんが、もし共闘するのであれば、途中で倒れないで欲しいですね」
 振り返った先に居たのは瘴気の露を刃に付着させたままの長谷部 円秀 (ib4529)だ。
 彼は志郎の回復で傷口を塞いで貰った通弐を眺め、改めて刃を構え直す。その視線は既に通弐に無い。
「まぁ、倒れるならその程度だったということかな」
「……まだ闘うと決めた訳では」
「臆病風に吹かれたのならそれも良いですが……それこそ失望ですね」
 円秀はそう言い置くと通弐の傍から離れて行った。その姿を見送り彼女の視線が自らの弓に落ちる。
 何処から調達したかもわからない弓は、彼女の乱暴な扱い故に罅が入っている。このまま闘っても本気は出せないだろう。
「これで貸し1つと言うことで良いかしらね」
 唐突に差し出された弓が1つ。
 目を向けると、海月弥生(ia5351)が此処まで携えてきた弓を差出しているのが見える。
「何の真似かしら?」
 戦場で武器を手放すなど瘴気の沙汰ではない。
 けれど弥生は言う。
「使うと良いわ。但し、借りは何れ返して貰うと言うことで」
 そう言って通弐にロングボウを握らせる。そうして微笑むと彼女は瞳孔を開いて、通弐の背に視線を向けた。
 其処に見えるのは羅碧孤だ。
 開拓者との話が終わったのか、あちらも戦場の色が濃くなってきている。
「……これでアナタ達を射るかも知れないよわよ?」
「出来ないわ」
 通弐の言葉に弥生のキッパリとした声が返る。それを耳にした通弐がふと視線を落とした。
 そして借り受けた矢を握り締め、呟く。
「――光」
 微かに零された声に、この場の全員の耳が向かう。
「羅碧孤は光が苦手なの。黄宝狸は雷撃の光で羅碧孤の視界を晦まし、その一瞬で彼女を窮地に追いやった」
 だから火矢。そう語る彼女は、弓に矢を番えるそぶりを見せてフッと笑んだ。
「まあ今となっては如何でも良いわ。動けるなら普通に闘うまで――」
 今だけ協力してあげる。
 通弐はそう言うと同時に地を蹴り、体力の消費を感じさせない速度で駆け出した。此れに今まで好機を狙っていた鬼島貫徹(ia0694)の口角が上がる。
「一時はどうなることかと冷や冷やしたが、どうにか猫が成長してくれた。怪異は育てて討つのが名声を高める秘訣よ」
 悪びれる様子もなく呟き霊騎を駆る。
 その速度は通弐の駆ける速度に比例している。
 彼女は貫徹の姿を横目で確認すると、更に速度を上げて羅碧孤のいる戦場へと飛び込んで行った。
 そしてその姿を見送り、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)がポツリと呟く。
「のぅ征兄ぃ。私にはあの狐が『縁のあるお前たちに斬って欲しい』と言っておるようにしか聞こえんのじゃが」
 戦士としての勘がそう思わせるのか、それとも子供故の鋭さか。通弐と羅碧孤を遠方に臨んで呟くヘルゥの頭を征四郎の手が撫でる。
「……アヤカシと人では、命のやり取りにしかならんのじゃろう。私の母様からは、戦で殺した相手に敬意を表するには、心に刻み、勝利を誇る事じゃと教わった。今回も忘れん事が大事なんじゃろうか」
「それは各々が決める事だろう」
 ポフッと大きく頭を撫で、征四郎は自身の相棒を手繰り寄せるとその背に跨った。これに習ってヘルゥ霊騎・ラエドの手綱を手繰り寄せる。
「そうじゃな……しかし、光か。これと言って思い浮かぶ策はないが、通弐の壁になりつつ目になる事は出来るのじゃ! 行こうぞ、征兄ぃ!」
 何かを振り払うようにそう叫ぶと、ヘルゥは勢い良く霊騎の背に飛び乗り、他の皆と同じように閃光に駆け出して行った。

●願い
 暗い森の中。先程まで執拗に振って来ていた通弐の矢が止まった。それと同時に現れた開拓者の姿に羅碧孤の口角がツッと上がる。
「……来たのね」
 羅碧孤と通弐の争いを見逃す人間ではない、そう思っていた。だが思った以上に早かった。
 それに思わぬ顔も幾つかある。
「義貞さん。近付く時はくれぐれも気を付けて下さいね」
 そう語るティア・ユスティース(ib0353)は、義貞に幻惑に対抗すべく楽を奏でて施す。その胸には先の闘いで得た苦い思いがある。
「今度こそ、負けません」
 ティアはそう言うと、後方に退いた位置から羅碧孤の事を見詰めた。其処にある声が響く。
「羅碧孤……若葉さん」
 自らに加護を施した六条 雪巳(ia0179)が前へ進み出る。その後方では警戒した様子を見せる開拓者が居るが、今の羅碧孤に反撃する気はないらしい。
 伏せるように腰を据え、じっと雪巳の事を見ている。
「これが最後になりますけれど……私達の元へ来るおつもりは、ありませんか? 私達と過ごした何でもない時間を、貴女は楽しかったと仰った。人を食べると言いながら、狸が暴走するまでは人を襲う事もほとんどなかったのでしょう?」
 伝承が正しければ羅碧孤は争いを好まない。そして必要以上に人を狩る事もない。だがこの言葉に対して羅碧孤はこう言葉を返した。
「買いかぶり過ぎね。童が人を襲わなかったのは保身の為よ。人間の為ではないわ」
「けれど! それだけの知性と理性を持つ貴女なら――」
「無理ね」
 雪巳の言葉を最期まで聞かず、羅碧孤はハッキリとした口調でそう言った。この言葉に雪巳の視線が伏せられる。
「アヤカシは所詮アヤカシ。他の何者でもないわ。人間が所詮人間であるように、その本質は変えられないのよ」
「ですが、貴女は他のアヤカシとは違うんじゃないですか? 義貞さんと所に来て、無自覚のまま自分が本当は寂しかったんだってことに気付いて……共存できたらと夢見た」
 違いますか? そう問い掛けるミーファ(ib0355)に羅碧孤は僅かに目を細めた。だがその言葉に言葉が返ることはなかった。
 ただ静かに見つめ返すだけの羅碧孤に、ミーファの視線が落ちる。
「……やはり、アヤカシとしての性がそれを許してくれないんですね。だからあの時、そのことを告げながらも、必定以上に傷付ける事無く立ち去ったんですね」
 アヤカシと人の本質的な物。それが覆る事はないと知っているから。
「もしそうなら、そのことにきちんと向き合い、これ以上傷付け合わない為にも倒し――」
「悪い、俺は出来ない!」
 突如響いた声に皆の目が向かった。其処に在ったのは匂坂 尚哉(ib5766)だ。
 彼は義貞の隣に立ったまま皆を見回す。
「俺だってこんな考え甘いって思ってら。でもさ、今はあいつに刀を向ける気がしねぇんだ」
「尚哉さん。情が移ったって気持ちならあたしも分かる。でも――」
「そんなおセンチな気持ちじゃねぇ!」
 リンカ・ティニーブルー(ib0345)の言葉を遮った尚哉に義貞もリンカも、そして雪巳も驚いた様に目を見開く。
「食うとか、操るとか俺ら人間に害があるって倒すのは当たり前だけどさ……そういうの何か違う気がするんだよ! どういったらわかんねぇけどさ、何か知らなきゃいけねぇ事があるんじゃねぇかって!」
 上手く言えないもどかしさに唇を噛み締める。その姿に羅碧孤の腰が上がった。
「アヤカシである童に其処まで心を寄せてくれる人間が居るなんて……素直に嬉しいわ」
 有難う、尚哉。
 そう聞こえるのと同時に、尚哉の胴に激痛が走った。直後、周囲から悲鳴に近い声が上がり、彼の体がゆっくりと地面に倒れて行く。
「羅碧孤さん。これで良いんですか!? これではあなたの寂しさは埋まる事はありませんよ! 尚哉さんは貴女と歩み寄ろうとしたのに……それなのに、貴女はっ!」
 ティナの泣きそうな叫びに羅碧孤が唸る。
 今回彼女は操る術を使わなかった。それは操ることでは得られないものがある、それが通弐のことでわかったからではなかったのか。
 尚哉はティナの袖を掴んで引き止めると、羅碧孤を見てポツリと零した。
「……若葉…これじゃ、ダメだろ……」
 擦れた声に羅碧孤の目が見開かれる。そして血塗られた口元を拭う様に彼女が吼えると、控えるだけだった者達が一斉に動き出した。

●羅碧孤
「……若葉……か…………義貞殿を……糧と……呼んだ……以上は……厳しいとは……思っていたが」
 やはり。そんな思いで言の葉を紡いだ羅轟(ia1687)は、義貞と尚哉を隠すように佐上 久野都(ia0826)が形成した黒壁を背に刀を構えていた。
 そんな彼が握る刃は巨大な体躯の割には小振りに見える。だがそれは、名匠の残した逸品。
 それを接近し過ぎずに伺い見る数体の瞳が、目下羅轟の敵であろう。
「……対応が……遅れたこと……謝罪する」
「それを言うなら私も同じです」
 告げられる羅轟の言葉に久野都が呟く。
 義貞のする事、羅碧孤と関わった者達の話を邪魔する訳にはいかない。そう思って控えていたのが仇となった。
 羅轟は久野都の声を耳に、人食いの名を携える魔刀を放った。それと同時に白狐が地を蹴る。
 素早い動きで接近を果たそうとする白狐に、羅轟も負けじと投擲を繰り返して応戦する。それでも近付いてくる白狐に、手にした刃で応戦しようとした時だ。
「阿修羅、その首を掻き切ってやんなっ」
 鋭い爪を光らせ、炎龍が飛び込んで来る。そして言葉通り白狐の喉を掻き切ると、その背に騎乗していた巌 技藝(ib8056)が舞い降りた。
「技藝が天女の舞、黄泉路の餞に受けとりなっ」
 着地した足を軸に身を返した彼女の髪が、しなやかな動きに添って華麗に舞う。それに白狐が視線をやった瞬間、技藝の足が大きく大地に踏み込んだ。
「……これは……」
 大地を踏み締めたその動きが衝撃となって、正面に立つ白狐達を薙ぎ倒してゆく。そうして次に足を踏み出すと、今度は流れるような動きで棍が倒しきれなかった白狐を討った。
「なかなか絶好調だね。阿修羅、空の具合は如何だい?」
 あまり離れる事は出来ないので見える範囲での戦闘だろうが、殲滅班から漏れてきた鷲頭獅子などは何とか捌けているようだ。
 その事に安堵し別の方角に目を向けようとした時、空を裂くような銃声が響いた。
 この銃声はウルグ・シュバルツ(ib5700)が放つ物だ。それを羅碧孤は召喚した白の狐で防ぎながら縦横無尽に動き回る。
 その動きはさながら風の様で、一瞬で地を駆けて間合いを詰める姿に翻弄されそうになる。
「っ……羅碧孤。人間とアヤカシがわかり合う事など有り得ない……お前は、そう言ったな。俺は……お前を討つ為に、お前の言葉を信じる」
 幾ら銃撃を放とうと命中しないもどかしさに眉を潜める。それ以前に、羅碧孤の動きが妙な事が気に掛かる。
 先程から攻撃を避けはするが、反撃に転じてくる様子がないのだ。しかも此処から逃げる訳でもなく、ただこの場に留まって。
「言う割に手が鈍っておるようだが……ま、主はそれでよかろう。その為に我が付いておるのだしの」
 ウルグの相棒、管狐の導がそう言いながら長い尾を揺らす。そして羅碧孤を視界に留めると、ウルグの纏う鎧に溶け込んだ。
 それが淡い光となって彼に力を与える。
「……アヤカシであること、人であること、か……」
 呟き、羅碧孤の前に出る直前、治癒を受ける尚哉を視界に置いた。それを目にした導が呟く。
「己が心まで欺きよるか」
 尚哉を喰らおうと意図は不明だが、その行動は今の動きと重なる部分が多い。それを感じ取っているのだろうか。
 リンカが羅碧孤の姿をじっと見詰め、尚哉の傍から離れようとしない義貞に目を向けた。
「……、……」
 先に羅碧孤が義貞に無そうとした事。それに対抗する為に自らが起こした事。
 義貞に嫌われる覚悟を持って挑んだと言うのに胸の奥が締め付けられるように痛い。それを隠すように胸に手を添え、そして心を決めるように息を吸い込む。
「義貞さんが操られ、人としての尊厳を失ったまま生涯を奪われてゆく事を思えば……こんな、痛み……」
 口中で呟きトンッと地面を鳴らした。
 その音に義貞の顔が上がる。そして目が合った瞬間に逸らされそうになった視線を合わせて言う。
「若葉自身が、人を餌と断言した以上、人の機敏に長けた彼女を放置する事は出来ないよ」
 リンカはそれだけ告げると羅碧孤と対峙する為にその場を離れて行った。残された義貞は止血が終わった尚哉を見て眉を潜める。と、其処に声が響いた。
「迷ってる?」
 顔を上げると、サミラ=マクトゥーム(ib6837)が優しい眼差しで此方を見ているのが見えた。
「今の彼女の言う様に、アヤカシは倒すべき、黄宝狸と変わらない……それは、わかる。でも……」
 サミラはそう言葉を切って義貞の顔をじっと見詰める。全ての選択肢は義貞達、羅碧孤に関わった者が決めるべき。彼女はそう考えている。
「私は……やっぱり甘いかも、ね」
 そう零すと、サミラは義貞の前に膝を折った。
「……陶さんは、どうしたい? 私はその意志と覚悟を全力で、守るよ」
 嘘偽りのない言葉に義貞の拳が握り締められる。
「俺は、若葉と闘いたくない。でも……若葉が倒されるのをただ見てるのもヤダ……」
 目の前で尚哉を傷付けた羅碧孤は討伐の対象であると言うのは明確だ。それでも――
「尚哉が知りたがってたものを、俺も知りたい……俺は――」

 走竜・ナイラを駆ってサミラが浪志組の面々と合流したのは、義貞と言葉を交わしてからそう時間も経たない頃だ。
「ごめん……遅れた」
 そう言いながら魔槍砲を構える。その仕草にケイウス=アルカーム(ib7387)の目が向かう。
「サミラ、もう良いの?」
 彼女が何をしていたか。そんな事は聞かなくてもわかる。それこそ、昨日今日知り合った仲ではないのだから。
「ん、大丈夫」
 コクリと頷いた彼女に、ケイウスがニコリと笑う。そうして構えた竪琴に指を這わすと、彼の指先から軽快な音楽が流れ出した。
「決意、決まったみたいだね。それなら彼等の決意を無駄にしないその為に、俺に出来ることがあるならしないとね」
 自分と自分の走龍の周囲に人影を躍らせ、ケイウスの指が踊るように動く。それを受けたウィンストン・エリニー(ib0024)がアーマーを纏って前進すると、無数の白狐が姿を現した。
「これが例の白狐であるな」
 前回、間近ではないものの白狐の自爆する姿を見ていたウィンストンは、冷静にその姿を観察すると、アーマーを仲間の前へ動かした。
 これで味方の盾となる事くらいは出来るだろう。だが次に白狐が取ったのは、自爆では無く狐火を呼ぶと言う手段だった。
 周囲に浮遊させた狐火は、まるでそれ自体にも意思があるように縦横無尽に動き回る。
 それを受けてウィンストンは意を決したようにアーマーを動かし始める。そうしてアーマー全体にオーラを纏うと、それを噴出するように突撃した。
「バルバロッサ、衝撃に耐える」
 轟音が響き、アーマーの表面に白い煙が上がる。だが流石は頑丈な機体。薄らと焦げ目は付いているが操縦する上での問題はなさそうだ。
「これならば、いけそうであるな」
 ウィンストンはそう零すと、刃渡りが人の半身程の大きさをした斧頭を持ち、振り上げた。
 木々を巻き込みながら迫る刃に白狐が応戦を試みるのだが、其処に重力の爆音が響き渡る。
「反撃も、逃げもさせないよ!」
 ケイウスだ。
 彼は走龍と息の合った動きを見せながら白狐達の退路を断ってゆく。其処へヴァイオリンの軽快な音楽が響くと、白狐達の動きが完全に止まった。
「郁磨ちゃん、今だよ……!」
「ありがとう、アルくん」
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)の合図に杖を構えた郁磨(ia9365)が術を刻む。そうして紡ぎ出したのは全てを包み込む炎だ。
 次々と繰り出される攻撃に白狐達は成す術もなく朽ちてゆく。そして自らの前に立ち塞がる白狐を撃退し終えると、アルマはサミラに目を向け問いかけた。
「サミラちゃん、彼は決めたんだね」
 これにサミラが頷きを返す。
「僕も共に歩みたいと命を賭けた事がある。でも僕が……浪志組が護るのは民。人だ……それに害為す限り、その芽がある限り」
 キュッと引き結んだ唇。その視界に心配そうに此方を見詰めるからくりの姿が飛び込んで来る。
 それに苦笑して、アルマはヴァイオリンを構え直した。
「羅碧孤は僕の敵だ……逃がす訳にはいかない」
 それが浪志組の義務。そう言わんばかりに爆音を奏でる。そしてふと気付いた。
「そう言えば、恭一郎さんは?」
「恭さんなら、さっき一緒に行きましょう……って言ったら、断られたよ」
 困った隊長だよね。と肩を竦めるが、実際にはそんなに困った様子はない。彼なら何処かで義務を果たしている、そう思えるからだろう。
 郁磨は他の開拓者に攻撃を受ける羅碧孤を視界に置き、新たに現れた白狐に視線を向けた。
 そして大気を巻き込む、風の力を招く。
「これで、くるかな……?」
 ふわりと放った風の刃が、現れた白狐の道を塞ぐと、自身の方に誘導するように刃を繰り返し紡ぎ出した。
 それに羅碧孤が気付いたのだろう。
 咆哮を上げて駆け寄ろうとするのだが、それを渦巻く炎が遮った。
「アヤカシに来世はあるのか否か……信じてみるのも悪くはなかろ?」
 そう零して、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は更なる炎を紡ぎ出す。これに羅碧孤が苦痛の声を上げるが、それも一瞬の事だった。
「!」
 白狐を周囲に召喚したかと思うと、自らの体を爆発させ、羅碧孤に纏う炎を消させたのだ。これには郁磨も驚いた様に目を見開く。
「……仲間が大切、なんだよね? 俺も、同じだから……でも、それなら、今のは……」
「白狐は、童の仲間ではないわ……この子等は童の分身……」
「分身?」
 だからだろうか。
 攻撃は然程当っていないと言うのに羅碧孤に消耗の色が見える。良く考えてみれば、他のアヤカシと同じように、先程から白狐も無尽蔵に出現している。
 もし彼女の言う様に白狐が分身だとするなら……。
「……自分で、終わらせようとしている?」
 長い年月を経て力を蓄え、地位も得ている。それでも拭いきれなかったのは、その名に刻む「孤」なのか。
「……寂しい?」
 微かな問いに、吐息の様な笑みが零れる。
「吉祥、着いてきやれ」
「あい、主様にはきぃが手出しさせないのですよ!」
 蜜鈴はからくりの吉祥を招くと二刀の短剣を構える。そして大地に突き刺すように振り下ろすと、羅碧孤の足元から複数の蔦が伸びてきた。
「面白いけれど、まだまだね」
 羅碧孤の足に絡み付いた蔦が一気に引き千切られる。そして次の瞬間、今まで攻撃に転じる事のなかった羅碧孤が蜜鈴に噛み付いた。
 だが、実際に噛み付かれたのは蜜鈴では無かった。彼女を護りたいと踏み出した吉祥の体に、羅碧孤の牙が突き刺さったのだ。
 ギシギシと軋むからくりの体。もう少しで耐久に間に合わない。そう思った時、思わぬ援軍が降って来た。
「温い闘い方」
 クロスボウで連撃を撃ち込む通弐に続き、霊騎の高い飛躍力を得て上空を取った貫徹が降下してくる。
「羅碧孤――勝負ッ!」
 羅碧孤の爪と、貫徹の大斧がぶつかり、衝撃が音となって周囲に伝わって行く。
 凄まじいまでの振動に貫徹の手から大斧が零れ落ちる。そしてそれを待っていたかのように羅碧孤の牙が彼の胴に喰らい付くと、彼女は彼を物のように放り投げて息を吐いた。
「ふふ……あははは! 何よ、通弐まで来たの? ……本当、嫌になるわ」
 最後の極々小さな声は羅碧孤の独白だ。彼女は両の瞳を眇めると、貫徹の攻撃によって瘴気を吹きだす自らの手に視線を落とした。
「碧の彩色の名を持ちしアヤカシ……か」
 先程から開拓者と交戦する姿を見ていたが、やはり興味深い――と、華魄 熾火(ib7959)は呟く。
「孤独が故の……その名か。されど……」
 されど、美しき碧の名を持つ狐じゃ。と口中で零す。
 興味がない訳ではない。だからこそ此処まで積極的に攻撃へ転じなかったのだ。だが貫徹があのように撃ち捨てられては状況が変わってくる。
「私にも大事なものはある、ゆえに……迷いはせぬぞ?」
 熾火は身の丈の倍はあろうかと言う矛を手に駆け出すと、貫徹と羅碧孤の間に入って刃を構えた。
「いい加減そなたも、学習せぬか」
 虹來寺周辺での闘い。記憶が正しければ貫徹は毎回危ない橋を渡っていたように思う。それ故の苦言だがそれは此処まで。
「あの子達もだいぶ減ってしまったわね……それに、退路も塞がれている」
 いつの間に来たのだろう。狐火(ib0233)と恭一郎が羅碧孤の退路を塞ぐように控えている。
 そして羅碧孤の前には新たな2つの牙が。
「年貢の納め時かしらね……良いわ。全力で相手をしてあげる」
 言うや否や、羅碧孤が地面を蹴った。
 まるで風のようにしなやかに迫る肢体に劫光(ia9510)が白壁を形成する。其処に玖雀(ib6816)が入り込むと、彼は劫光と頷き合い、白壁を足場に飛躍した。
「梓珀、手伝え!」
 上空で待機していた炎龍に声を掛ける。すると炎龍が火炎を吐いて羅碧孤の視界を遮ろうとした。
 だがそれを羅碧孤の尾が振り払う。
 代わりに周囲へと見舞われた緑の業火が開拓者等を覆う。これに倒れる者が相次ぐのだが、この炎を放つ一瞬の隙が、玖雀には良い機会となった。
「よそ見してる暇なんてあるのか?」
 先程、蜜鈴がしたのと同じように、玖雀もまた羅碧孤の動きを封じようと影を縛る。しかしこれは完全に為されなくても良い。
 更なる隙が羅碧孤に生じれば良いのだ。
「頼みましたよ」
「まあ、出来る限りは頑張りますよ」
 狐火の言葉にそう答えると、恭一郎は朱塗りの槍を構えて振りかぶった。それに合わせて羅碧孤の時が止まる。
「今です」
 狐火の合図と共に、恭一郎の槍から風の刃が放たれる。それを待っていたかのように風を切って迫る者が居た。
 義貞だ。彼を助けるように機会を伺っていた者達も技を振るおうと己が武器を構える。そしてもう少しで手が届く。
 其処まで来て羅碧孤の口角が上がった。
「……義貞は……いつも、守られているのね……」
「え」
 囁かな声。それと同時に羅碧孤の喉と胸から瘴気が吹き出した。
 だが義貞の攻撃はまだ達していない。
 驚く彼の目に飛び込んできたのは、喉に喰らい付く忍び犬と、それを伴って羅碧孤の懐に飛び込んだ玄間 北斗(ib0342)の姿だ。
 彼は突き入れた短刀を抉るようにして引き抜くと、呆然とする義貞を視界に、更なる攻撃の合図を出した。
「今なのだぁ」
「穿ち食らえ、白銀の龍!」
 瘴気が吹き出す傷口に、劫光が放つ真っ白な首の狐が喰らい付くと、羅碧孤の体は大きく傾き、その場に倒れ込んだ。
「……元々酷く体力を消耗してたのだ」
 白狐の召喚と、回避に使っていた体力。最後に放った緑の業火はどれほどの力を使う物だったのだろう。
 北斗は羅碧孤の傍で膝を折った義貞を見、そして彼から離れるようにその場を歩き出した。
 その姿に狐火が声を掛ける。
「随分と損な役を負いましたね」
「それは言わない約束なのだ」
 苦笑を一転。笑みを浮かべた北斗は、羅碧孤に縁のある者に止めを刺す事は酷だと考えていた。それが最善の策だとしても。
 それならば何のしがらみも無い者が手を汚す事も必要だと考え、自らがそれを為す事を選んだ。
 それが例え、この先恨まれる事になったとしても。
「みんなが笑顔でいて貰えるのが一番だって思ってるのだ」
「……そうですか」
 狐火はそう呟くと、それ以上の言葉を呑み込んだ。

●因果の先に見る
 魔の森に静寂が訪れた。
 羅碧孤が倒れた直後、通弐は姿を消し、羅碧孤に従っていたアヤカシ達も散るように去って行った為だ。
 久野都は尚哉に肩を貸し、義貞と羅碧孤の傍までやって来た。
「もう、猫又の姿にならないのですね」
「……必要ないもの……」
 クスリと笑った羅碧孤に久野都は「そうですか」と複雑そうな声を零す。そうして尚哉を楽な格好にさせると、彼は羅碧孤に寄り添う義貞に目を向けた。
「義貞殿」
 心ある仲間の手を離されぬ様……そう、告げようとして思い留まる。
 闘いの始めであれば必要だったかもしれない言葉だが、今は不要だろう。
 久野都は緩く首を横に振るとそれ以上の言葉を噤んだ。そしてそれを待っていたかのように羅碧孤が口を開く。
「……義貞。見ておきなさい……これが、アヤカシ……人間と、アヤカシの決定的な違いよ……」
 傷口から瘴気を流し、全身からも濃い濃度の瘴気を漂わせる羅碧孤に義貞の手が伸ばされる。
「義貞さん、触れるのは……」
 けれどそれをティアが遮ると、義貞は触れるのを止めた。この状況下で瘴気に還ろうとする上級アヤカシに触れれば、瘴気感染に陥る可能性も無ではないからだ。
 それを見止めた羅碧孤が小さく笑う。そして虚空を見詰めるように視線を動かし、溜息交じりに愚痴を零す。
「……黄宝狸を、いつまでも生かしておいたのが失敗だったわね……でも……――」
 そう言って羅碧孤の瞼が落ちた。
 最後に口だけが動いて何かを紡いでいたけれど、それが何だったのかはわからない。
 ただわかっているのは、長年魔の森に住んでいた羅碧孤と言う上級アヤカシが消えた事と、その亡骸が瘴気に還ろうとしている事。
 義貞は擦れた声で「ごめん」と呟くと、開拓者等が口にした来世での出会いを願い、目を伏せた。