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■オープニング本文 ●事の始まり 期待を胸に神楽の都に足を踏み入れた少年がいた。 大きな荷物を背負い、目をキラキラと輝かせている少年は、陶・義賢と言う。 若干変わった毛並みの彼は、興奮気味に息を吐くと、今まで黙っていた言葉を吐きだした。 「うあ、うわぁ、すっげぇ! すっげぇっ!!」 大興奮で叫ぶ姿は正に田舎者。 この義貞と言う少年は、旅人さえ滅多に訪れない、辺境の地から出てきた。 彼の村の人口は、両手両足足して数えて指が余るほど。老人が多く、若い者の殆どは賑わう街へと出稼ぎに出ている。 義貞も例にもれず、天儀の成人年齢に達したため村を出た。ただし、彼の場合は普通の出稼ぎとしてではない。 「さて、まずは開拓ギルドに行かないとな!」 大きな荷物を背負い直して辺りを見回す。 何処を見ても、人、人、人。 人混みに慣れていない彼にとって、結構過酷な環境だ。しかしこれも慣れなければならない。 義貞は自らを奮い立たせて一歩を踏み出した。 「おい、そこの坊主」 勢いよく前に踏み出そうとした義貞の肩を、武骨な手が掴んだ。 振り返れば、無精髭を生やした男が1人、義貞の肩を掴んで立っている。その後ろには、似たような雰囲気の人物がもう1人。 「誰だ、あんたら?」 首を傾げた義貞に、後ろに控えていた男が前に出る。そして顔を近づけると、にんまりと笑った。 「坊ちゃんは強い男に興味無いかねぇ?」 ニヤニヤと話しかける男の口から、半端ないほどの酒の匂いがする。しかしこんな酔っぱらいは村にもよくいた。 特に隣の家の爺さんは、この男以上の口臭を放っていた気がする。 義貞は、無精髭と酒の男を交互に見ると、ニッと口角を上げて自らの胸を叩いた。 「勿論興味あるぜ。だって俺、開拓者になるためにここに来たんだからさ!」 自信満々に言い放つ義貞は、一般人の間に生まれた志体持ちだ。 本来は他の村人同様に普通の出稼ぎに出るはずだったのだが、開拓者の方が稼げると都まで出てきたのだ。 そんな義貞の言葉を聞いて、男が顔を見合わせる。 そして顔を寄せたままの酒の男が極上の笑みを浮かべた。 「ならちょうど良い。実はお兄さんたち、開拓者養成の道場をやってるんだ。良ければ覗いてかないか?」 「開拓者養成道場?」 目を瞬く義賢に、男は笑みを深める。 「そうそう。志体の開花から、その後の訓練まで、なんでも教えてくれる便利な道場だ」 にこにこと揉み手をしながら話す姿は少し異常だ。これが少しでも開拓者に精通している者なら疑問を持つのだろうが、義貞は超ど田舎から出てきた若者だ。 疑問を持つどころか、徐々に目が輝いてきている。 「料金はひと月たったの10000文。今なら入会金無料だ。どうだ?」 「すっげぇ! 入会金無料なんて太っ腹だな!」 嬉々として身を乗り出す義貞に、2人の男は笑顔で頷いた。 その顔には「良い鴨が手に入った」そう書いてある。 そう、彼らは開拓ギルドに所属していながら、腕が悪く、開拓者として上手く生きていく事ができなかった挫折組。手早く稼ぐためにと、開拓者に憧れる若者たちを勧誘しては金を絞り取っているのだ。 しかし彼らはこの時点で僅かな過ちを犯していた。そしてその過ちに気付いたのは、義貞の次の言葉でだ。 「俺さ、志体持ちなんだけど、どうにも職業が思いつかなくてさ。道場で学びながら考えることにするよ!」 口早に発せられた言葉に、男が顔を見合わせた。 志体持ちが引っ掛かるとは想定外だったらしい。何か言いたげに目配せしているが、そんなことは義賢が許さなかった。 「ほら! 早く行こうぜ!」 強引に男の腕を掴んだ力は意外と強い。 志体持ちと言うのは嘘ではないようだ。 「あ、あのよd‥うちの道場は――」 「あっ、あっちだろ? ほら、行くぞ!」 「え、お、おい!」 義貞は男の言葉を無視して歩き出した。 これではどちらが連行されているかわかったものではない。そしてその連行される‥‥基、している姿を遠くから眺める者があった。 コソコソと物陰に隠れて様子を伺うのは小さなもふらさまだ。 もふらさまは、義賢が見えなくなるまでその場に居座り、やがてその身を消した。 ●開拓ギルドの珍客 ――数分後。 開拓ギルドに小さなもふらさまが姿を現した。 言葉は話そうとしないが、口に筆を咥えて文字を刻んでゆく。 そんな可愛らしい仕草に、受付の周辺は既に人だかりが出来ている。 「えっと、なになに? ――田舎開拓者のタマゴ、悪徳開拓者に連行される‥‥?」 「悪徳開拓者ってなんだ?」 「そう言えば、最近志体を開花させるとかって言って客を募る道場があるとか聞いたな」 口々に話し出す人々に、小さなもふらさまはコクコクと頷いた。 その姿に皆が顔を見合わせる。 「その、田舎開拓者のタマゴって、お前さんのご主人か何かかい?」 開拓者の問いに、小さなもふらさまは筆を再び走らせた。 その書かれる文字に、この場の全員が失笑する。そして皆の視線が受付役員に向かった。 「この依頼、どうするんだ?」 「実のところ、道場に関することで依頼はいくつか来ていたんだ。とりあえず被害者は出てなかったんだが‥‥今回ので出そうだしな」 要は、義貞のように馬鹿正直に騙される者は、まだ出てなかったという訳だ。しかしこうして騙される人間が出ると言うのは問題だ。 「よし、1つ依頼を上げるか」 そう言って張り出された紙には、こう書かれていた。 ――道場破り募集。 ●悪徳開拓者 「おい‥‥これ、どうするんだ」 長身の弓を手にした男が呟く。 先ほど義貞を勧誘したのとは別の男だ。 その視線の先にいるのは、荒縄でぐるぐるに巻かれた義貞の姿。 「暴れられた以上、仕方あるまい」 これまた別の男が呟く。その手に握られているのは竹刀だ。 「志体持ちに暴れられたら商売あがったりだもんね」 にこにこと悪びれないように、少年らしき人物が呟く。 義貞は道場に着くなり稽古をつけろとその場で暴れ始めた。 流石は志体持ち。少し暴れるだけでも一般人が驚くほどの力はある。それに慌てた道場で働く挫折組が急いで義貞を捕獲して縛ったのだ。 「とりあえず、坊主が落ち着くまで待つしかないだろうな‥‥」 そう言いながら髭の男は義貞を眺めた。 荒縄に縛られながら、今もなお瞳を輝かせ飛びかかろうとする義貞。 なんだかとんでもないものを拾ったと、道場内の開拓者全てがそう思ったのだった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
当摩 彰人(ia0214)
19歳・男・サ
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
伎助(ia3980)
19歳・男・泰 |
■リプレイ本文 神楽の都の外れにある、寂れた道場で騒ぎは起きた。 「アミーゴ、邪魔するYo!」 勢い良く開けられた扉。 その向こうに立つのは、ドレッドの男、喪越(ia1670)だ。彼は子もふらを抱えて入ってくると中を見回した。 「上手い事思いついたなぁ、こいつ等。とか思ったんだが‥‥ショボイ」 閑散とした道場を見てポツリ。 そんな喪越に、道場内の男たちの視線が集まる。その足元には荒縄で縛られ、猿轡を嵌められた義貞がいた。 「何だお前は」 志士らしき男の問いに喪越の口角が上がった。 「俺は商売敵‥‥じゃなくって、正義の味方の開拓者だ」 華麗にポーズを決める喪越に、5人が顔を見合わせる。そこに別の声が響いた。 「もっちゃん。これは何処に置けば良いのかに?」 ニコニコと入ってきたのは、当摩 彰人(ia0214)だ。卓を抱え、頭には座布団を乗せている、なんとも言えない訪問者に5人は言葉を失う。だが黙って侵入を許す訳にもいかない。 「開拓者がいったい何のご用でしょう。ここは開拓者養成の道場。既に開拓者の方には縁のない場所かと」 弓を持つ男の声に、当摩は笑顔で首を傾げた。その勢いで落ちた座布団は、喪越がちゃっかりキャッチだ。 「モチのロン、道場破りだよ♪」 5人の目が見開かれる。そしてそれを構いもせず、喪越は作業に移った。 「急げアッキーナ! 座布団と卓上台を置いて、俺らは華麗に解説実況だ!」 「了解だよん♪」 当摩は上座に向かうと、そこに即席の実況席を作り上げた。 その上に子もふらを乗せるのはご愛嬌。 「準備万端。いよいよ、選手の入場だ!」 こうして悪徳道場対開拓者の闘いが始まったのだが、はたして‥‥。 ●第一試合・志士&陰陽師 「――というわけで、実況はワタクシ喪越、解説にサムライの当摩彰人さんをお迎えしてお送りしたいと思います」 ノリノリで解説実況を名乗る喪越と当摩の前には、睨み合う男女の姿がある。 義貞は、その光景を悶々とした気持ちで眺めていた。 それもその筈、未だ解かれない荒縄と猿轡突。ずっとこのまま‥‥そう思う矢先、猿轡だけが外された。 「少年、開拓者になりたいって?」 コッソリ話しかけてきたのは当摩だ。 彼は実況席から抜け出して義貞の隣に座った。 「うん、天儀一の開拓者になる」 「天儀一か。そりゃあ、気概ってもんがあって良いんじゃないの♪」 当摩の手が義貞の頭を優しく叩く。 「何になるか知らないけど、自分の好きなモンになれば良いんだよ。情熱が傾けられればそいつは本物だ。だから、よくこの試合を見て何になりたいか、考えてみなよ」 当摩の言葉に義貞の目が変わった。 先ほどまでの悶々とした気持ちで眺めるだけだった試合を、今は真剣に見ようとしている。 その事に気付くと、当摩は実況席に戻って行った。 「――以上、志士と陰陽師が相手だ。続いて開拓者の紹介! 凛とした佇まい、迷い無き剣筋がキラリと光る志士・高遠!」 「な、何ですか、それ‥‥」 かあっと顔を真っ赤に染めて俯くのは、高遠・竣嶽(ia0295)だ。 悪徳開拓者を退治しに来て、こんなパフォーマンスを受けるとは。項垂れる彼女に追い打ちの言葉がかけられる。 「シュンちゃん、意気込みは〜?」 「意気込みですか!?」 当摩の声に、顔を真っ赤にした高遠は、覚悟を決めたように顔を上げると、目の前の2人を見据えた。 「み、道半ばで挫折した事はともかくとして、志体を持ちながら詐欺まがいの事をするその根性‥‥叩き直して差し上げましょう!」 「おお、カッコいい!」 当摩の声援に、高遠は耳まで赤くして俯く。そこに喪越の声が響いた。 「高遠の相棒はこの人だッ! 華麗に戦う姿はまるで蝶。貴方の為に舞います、志士・華御院!」 「‥‥確かに、恥ずかしいどすな」 呟いた華御院 鬨(ia0351)も、高遠同様に顔を俯ける。その仕草は花街の花魁のように艶やかで、肩を出し纏う着物が妖艶さを醸し出す。 「これが、開拓者‥‥?」 ゴクリと唾を飲み込んだのは、果たして誰だったのか。間違いないのは、華御院を女と思いこんだ道場の5人の内誰かだろう。 「紹介は以上だゼ! 両者睨み合って――ゴー・ファイッ☆」 喪越の合図で両者の顔つきが変わった。 「流石は元開拓者。一瞬にして雰囲気が変わりましたね」 「ほんに、困ったお人どすなぁ。そのまま精進しはってたら、もっと腕あげたやろうに」 高遠は刀「泉水」を。華御院は扇子「巫女」を手に構えた。 志士は高遠同様に真剣を構え、陰陽師は呪術武器を構えている。現段階で相手の力は未知数。 互いに探り合、そして‥‥。 「先に動いたのは高遠だ!」 高遠は刀を手に志士との間合いを詰めた。そして迷いもなく刃を振りおろす。 「斬撃符だよ!」 刃が志士に触れる前に声が届く。それに高遠の身が素早く反応した。 刃を振りきる直前に地を蹴って後方に飛び退いたのだ。そこに志士の刃が迫る。 弧線を斬りこんでくるのは流し斬りだ。 「っ!」 交わそうにも、間合いを測るために崩れた態勢では回避できない。 ――キンッ。 緩い金属音が鳴った。 高遠の目に艶やかな模様が飛び込んでくる。 「扇子で真剣受け止めたのは初めてどすぇ」 クスリと刃を受け止めたまま志士を流し見る。その妖艶な華御院の瞳に、志士の眉が上がった。 「それだけの腕を持ってはるんや、きちんと更生しておくれやす」 華御院の扇子が音を立てて開かれた。 その動きに志士の刃が弾かれる。 しかしそれで下がる相手ではない。弾かれた刀を戻し構えると、一気に斬り込んできた。 そしてそれを後押しするように、陰陽師が霊魂砲を放つ。 「まずはあの陰陽師はんから」 「ええ、では私が2人を引きつけましょう」 高遠と華御院が顔を見合わせる。 ここからは早かった。 「刀の間合いは、一歩踏み込める場所だけではないのです」 高遠の声に陰陽師が術を放とうとする。しかしその攻撃が放たれる前に、彼女が動いた。 気を集中させて刃に纏わせた力。それが徐々に風となって刃を包み込む。 「桔梗突っ!?」 華御院と高遠の動きに翻弄されていた志士が呟いた。 流石は志士。技と力量を見極めたのだろう。奥歯を噛みしめ刀を納めるのが見えた。 この間に高遠の刃が纏った風を開放する。 「うあああ!」 命中した風の刃が陰陽師の体を吹き飛ばす。そしてその身が壁に沈むと、華御院と高遠の視線が志士に向かった。 「そろそろ幕引きさせてもらいやす」 「力差を理解しても引かないその心、称賛に値します」 華御院は長脇差に持ちかえ、高遠は素早く刀を鞘に納める。 そして3人が同時に抜刀した時、志士の体は陰陽師と同じく壁に沈んだ。 ●第二試合・泰拳士&弓術師 「次は、泰拳士と弓術師だゼ! 対する開拓者は、世界一の酔拳使いを目指す、美少女泰拳士・水鏡!」 「うん、ボクのは結構まともだね」 頷く水鏡 絵梨乃(ia0191)は、腰に手を添えて対峙する老人を見た。 老人は先ほどから瓢箪を口に運んでいる。様子から見て中身は酒だろう。 「ふぅん」 水鏡の目が笑った次の瞬間、彼女の足が地を離れた。 華麗に舞った足が老人の持つ瓢箪を蹴りあげ、クルクルと舞い上がる。それを空中で手にした水鏡は、ニッと笑って着地した。 「悪くない酒ですね‥‥ボクも、一口頂きますよ」 瓢箪を覗きこんでから、水鏡はグイッとそれを煽った。 「おおっと、水鏡選手、相手の獲物を横取りだぁ! そんな水鏡選手とタッグを組むのは、優雅でマイペース、ちょっぴりニヒルな泰拳士・伎助!」 「悪徳開拓者、か。懲らしめるだけじゃなく、どう戦意を失わせるか‥‥。ふふ、ちょっと楽しみだね」 喪越の実況も何のその。マイペースに微笑む伎助(ia3980)は、己の中で思うシナリオを描いている。 「さぁ、こっちに戻って――ゴー・ファイッ☆」 再び喪越の合図が響く。そして、闘いの火蓋が落とされた。 「美味しかった」 瓢箪の中を飲み干した水鏡がニヤリと笑う。直後、彼女の雰囲気が変わった。 目元が紅潮して足元がゆったりと揺れ始めたのだ。 「お嬢さんも酔拳使いなのじゃな」 老人の声を受けて水鏡が笑みを零す。そして彼女の足が不規則な音を踏んで地面を蹴りあげた。 「まずは、返しますね」 ブンッと風を切る音がして、放たれた瓢箪が勢い良く老人に叩きつけられる。しかしそれは落下途中で別の力によって落とされた。 ゴトンッと落ちた瓢箪に、矢が刺さっている。即射で矢を番えた弓術師が、気を練り込ませたそれを放ったのだ。 「やるね。あっちは僕が引き受けようか」 伎助はそう言って、弓術師と間合いを測った。そして水鏡の返事を待たずその場を飛び出す。 しかし相手もただ待つだけではない。瞬時に弓を番えて弦を引く。そして迷うことなく矢が放たれた。 風を纏い迫るのは風撃だ。 風そのものが迫る勢いに伎助の目が細められる。 「当たったら一溜まりもないね」 身をくねらせながら間合いを詰め、弓術師の間合いに迫ると足を掛けた。 その勢いで体当たりをしようとしたのだが難なく避けられてしまう。 この間、水鏡と泰拳士は千鳥足で互いの腹を探っていた。 「埒が明かないね」 水鏡の足が地面を滑る蛇のように動いた。 ゆっくり相手に近付いて行く動きに習って、相手の動きも変化する。 水鏡との間合いを測るだけだった泰拳士の足もまた、蛇のように地面を這い、隙を伺いだしたのだ。 「いくよ」 水鏡の足が大きく振りあげられた。 天高く伸びた足が泰拳士の脳天へと迫る。しかし――。 「あ、あれ?」 ズシンッと大きな音が響いた。 そこに空かさず泰拳士の拳が迫る。 「まだまだだね」 クスリと笑った水鏡の目が一瞬だけ正気を映した。 「!」 両手を踏ん張りバネのように起きあがった彼女の足が、反動を生かして空を蹴りあげる。 「っ!?」 水鏡の足が泰拳士の顎を直撃した。 だがこれで終わりではない。次の動きを繰り出そうと身構える彼女の視界に、伎助の動きが飛び込んできた。 弓術師に目にも止まらぬ速さで迫る伎助。 「さあ、終わりにしようか」 華麗に落され蹴りが腹部を抉った。 声を失って弓を手放した弓術師の体が舞い壁へと激突する。その音は相当のものだ。 「宙の気分はどうだい?」 クスリと笑った伎助に弓術師は答えない。 そんな彼の横では互いに拳を繰り出す水鏡と泰拳士の姿があった。 双方互角にも見えるが、見る者が見れば水鏡に部があるのはわかる。 余裕を持って攻撃をかわす彼女の動きには無駄がない。 「こっちも、終わりにしよう」 繰り出された泰拳士の攻撃。それを受け流しながら水鏡が囁いた。 そして泰拳士の体に強烈な一撃が放たれる。 「――ッ!」 目を剥いた泰拳士の体が道場の床を這うように飛んでゆく。そしてその体も、他の対戦相手同様、壁に沈んだ。 ●第三試合・サムライ 「――残すは、サムライとの対戦カードだゼ。対する開拓者は、やるときはやります、肉体派美女泰拳士・銀雨! 果たしてどんな戦いを見せるのかぁ!」 「近付いて殴る」 拳を握り淡々と実況の喪越に言葉を返したのは銀雨(ia2691)だ。 その言葉にこの場の全員が言葉を失う。 「なんすか、その顔は」 やれやれと言ったように呟く銀雨は、対戦相手のサムライを見上げた。 かなり頭上にある髭の男は、表情一つ動かさない。それでも瞳に僅かな闘志が覗いているのが見える。 「全力で来いよ」 そう言いながら銀雨が構えると。サムライもまた刀を抜いた。 悪徳開拓者と言うからどんな馬鹿なのかと思ったが、刀の手入れはきちんとされており、刃に曇り1つない。 「さぁ、勝者は決まってるが終わりじゃない!最後の戦い――ゴー・ファイッ☆」 喪越の掛け声で先に動いたのは、銀雨だった。 サムライは身動きせずに相手の動きを見守っている。 「ああそうかい。動く気が無いってなら、こっちから行くぜ!」 銀雨の体が燃えたぎる炎の様に染まった。 そして一気に間合いを詰めてくる。それでもサムライは動かない。 「喰らいやがれっ!」 勢いのまま拳を叩きこむ。その速さはかなりのものだ。 ここに来てようやくサムライが動いた。 刀を手に、腕で彼女の攻撃を受けたのだ。これには攻撃を繰り出した本人も驚いたように目を見張る。 「っ、馬鹿にして‥‥」 銀雨の声にサムライの瞳が眇められる。 「馬鹿にはしてねぇ。寧ろ、感心してるぜ」 サムライがニヤリと笑ったその瞬間。 「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」 絶叫のような叫び声が上がった。その声に銀雨が怯む。そこに距離を詰めたサムライの刃が迫った。 「しまったッ、ああああ!!!」 サムライの体が銀雨の横を通り過ぎ、彼女の体に強烈な一撃が撃ち込まれた。 これが勝負を決めた。 ドサリと崩れ落ちた銀雨の頬に冷たい物が触れる。それに瞼を上げると、静かにこちらを見下ろす、黒い瞳と目が合う。 「‥‥はは、あんたは確実に格上だったな」 銀雨の言葉に、男の眉が少しだけ上がった。 ●試合後 荒縄で縛られた5人の男たちを、開拓者が囲んでいた。 「こんな純粋な少年から金を脅し取ろうなんて、お前たち恥ずかしくないのかッ!」 水鏡の声に男たちが首を竦める。そんな中、サムライの目だけが義貞へと向いていた。 「おい、小僧。真似すんなよ」 「そうそう。自分にあった戦い方は、とにかく試してみることさ。それが強くなる秘訣だね」 銀雨に続いて、伎助が義貞に助言をしている。その直ぐ傍では当摩が子もふらを撫でていた。 「ふむふむ、義貞君下僕なんだニ」 「!」 子もふらの言葉に納得する当摩。それに慌てて反論しようとした義貞を遮るように喪越が割り込んできた。 「さあ、開拓者を目指す若人よ! 得物も、志体も活用せずにこの場を収めた俺様に感涙し、迷わず陰陽師への道を進むが良い!」 高笑いして義貞の肩を抱く喪越に皆の冷たい視線が刺さる。 「おっちゃん、カッコ悪い」 「なっ‥‥お、おっちゃん!?」 周囲から穏やかな笑い声が漏れた。 そこにサムライの声が届く。 「おい、坊主」 「ん?」 「なりたい職業は決まったか」 唐突な問いに義貞の目が瞬かれた。 そして僅か後に、彼の顔に笑顔が浮かぶ。 「勿論!」 そう言った義貞は、説教を続ける開拓者を見やった。 「折角、開拓者になったんやから。こないな事に力を使っても楽しくないと思いやす」 「貴方がたには、挫折から立ち直って貰いたいですね。折角の志体の力、腐らせるには勿体ないですよ」 華御院は開拓者であろうが一般職であろうが、基本は同じだと諭す。それに続いて高遠は元開拓者たちの更生を願う。 「姉ちゃんたち、強いな!」 目を輝かせて駆け寄る義貞に、双方が目を瞬いた。 「俺、姉ちゃんたちみたいにカッコイイ志士になる!」 そう宣言した義貞に、その言葉を向けられた当人たちよりも、別の人物が嬉しげに笑みを殺したことを、誰も知る由もなかった。 |