|
■オープニング本文 豪華真田悠錦絵が三枚飾られた部屋の中、天元 恭一郎(iz0229)は表情もなく目の前の物体を眺めていた。 部屋の中央に大の字になって眠る小さな存在の背には、体に見合う大きさの羽根がある。 「……羽妖精、ですか……」 本来なら人里離れた場所で集団生活していると言う羽妖精。稀にこんな風に人里に下りてくる者もあると言うが、それにしても奇妙な話だ。 「見回りから戻って、一息吐こうと思ったんですけど……まったく。僕の大事な金平糖まで食べ散らかして……そこの君、起きてくれますか」 チョイチョイっと頬を突くと、眠そうに寝返りをうつ。そうして何かを抱き締める仕草を見せると恭一郎の眉が上がった。 「これは……」 チラリとだったが間違いない。 「真田の錦絵? いやでも……」 羽妖精が抱えて持ってられる大きさの錦絵など聞いた事がない。それに真田大好きな恭一郎がこうした大きさの錦絵がある事を知らない。知っていれば今頃手に入れて宝物に加えてる筈だ。 「直接聞くしかないですか……はーい、起きてくれますー?」 ヒョイッと摘まみ上げた羽根に、錦絵らしき物を抱き締めた羽妖精がぶら下がる。そして眠そうに片手で瞼を擦ると「むにゃ?」と首を傾げた。 「……むぅ? だれじゃ、おぬし……」 「それ、僕の台詞ですよ。人の部屋で大事なお菓子まで食べて寝てるとか、常識じゃ考えられませんよね。いくら羽妖精でも容赦しませんよ」 にこっと笑うが目が笑ってない。 けれど羽妖精は気にした様子もなく「むぅ」っと頬を膨らませて恭一郎の手から飛び上がった。 「なんじゃなんじゃ! すこしの菓子くらいよこしてもいいじゃろう! 真田サマの絵をかざるものの部屋じゃから、どんなゼンニンがおるかと思えば……ウツワの狭いおとこじゃ!」 「真田、様?」 スゥッと恭一郎の目が細められる。それを受けて羽妖精が大きく胸を張った。 「そうじゃ! わしは真田サマに会いにミヤコにきたのじゃ。ココはろーしぐみの屋敷じゃろう。真田サマはどこじゃ!」 成程。今の台詞でこの妖精が此処にいる意味がわかった。だが恭一郎が知りたいのは其処ではない。 「見る目はあると言う訳ですね。まあ、そんな風に真田の絵を大事に抱えてるんですから、当然と言えば当然ですか」 恭一郎の言葉に羽妖精が「む?」と自分の抱えている絵を見下ろした。そして瞳を輝かせてそれを広げる。 「さ、真田サマにみえるじゃろうか? 里で見た真田サマの錦絵を見ながらかいたのじゃ……わしでは錦絵はかえぬからのう」 嬉しそうに頬を紅潮させて絵と恭一郎を見比べる姿に、今まで多少険悪な雰囲気を醸し出していた恭一郎の頬に笑みが乗った。 「ええ、良く似ていますよ。僕も一枚欲しいくらいです」 そう言って笑った彼に、羽妖精は嬉しそうに表情を崩して絵を抱き締めた。 ●一週間後 金の髪に緑の瞳。ジルベリアの血でも混じっているかと思う容姿の羽妖精は、特別にあしらって貰った浪志組の羽織を纏って屯所の庭を飛んでいた。 恭一郎は今、庭の直ぐ傍に在る部屋で幹部会議中だ。 彼の部屋で真田の絵を元に打ち解けた翌日、羽根妖精は真田との面会を果たし、現在も恭一郎の傍にいる。 「きょーいちろーは怒りんぼうじゃな。あんなんじゃから真田サマが困ったカオばかりするのじゃ」 昨日も隊士を相手に怒りを露わにして刀を抜いていた。その理由は隊士の規律違反が元なのだが、羽妖精からすれば事の顛末しかわからない。 叱咤された隊士は謹慎処分を言い渡されて部屋に籠っているが、如何にも納得いっていない様子だった。 「なにもなければ良いがのう」 浪志組には過去に犯罪歴のある者もいると言う。全てが全てそうでは無いが、中には血気盛んな者も居るはずだ。 場合によっては今回の処分に不満を感じて逆恨みな行動に出ないとも限らない。そうなった場合、恭一郎はどの様な対処に出るのか。 「……ブキヨウな男じゃな」 そう呟き羽根を反した時、目の前が真っ暗になった。 「な、なにごとじゃ!」 反射的に伸ばした手がザラりとした感触に触れる。そしてそれを確かめるように顔を寄せると、僅かに見知った香りがした。 「……これは麻袋?」 まさか捕まった!? そう思った瞬間、羽妖精を入れた袋が大きく揺れた。 反動で袋の中に転がって目を見開く。 「こ、このままではさらわれてしまうのじゃ! きょーいちろー! きょーいちろー助けんかぁ!!!」 ボスボスと袋を叩いて叫ぶが、誰かが助けが来る気配はない。 羽妖精は泣きそうになる眼を擦って視線を落とした。と、その目に僅かな光が飛び込んできた。 「……スキマじゃ」 そう零すと、羽妖精は何か思い当たったように表情を引き締め、自らの羽根に手を伸ばした。 ●浪志組屯所の庭 「……」 庭の中央に佇み、足元を見詰める恭一郎。そんな彼に真田が歩み寄って来た。 「如何した。早く部屋に行ってやらねえのか?」 そう言いながら彼が見下ろす物に目を落とす。その瞬間、真田の目が見開かれた。 「如何やら、昨日不祥事を起こした馬鹿が動いたみたいですね。僕を本気で怒らせたいらしい」 クツリと笑った彼の目が冷たく光っている。 恭一郎は表情をそのままに膝を折ると、庭に転々と続く小さな羽根を拾い上げた。 「……痛かったでしょうね」 小さく零して立ち上がると、恭一郎は傍で険しい表情をしたまま此方を見る真田に視線を寄越した。 「不定浪志の捕縛、許可頂けます?」 本来であれば謹慎だけで済んだ処分だが、嫌がらせをした内容も相手も悪過ぎる。それに謹慎処分と言う処分中にそれを破ったことも問題だ。 「大丈夫、殺しはしませんよ」 あの子が無事な限り。 そう言って微笑むと、恭一郎は舞い落ちた羽根を追うように駆けて行った。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 目印に置かれた羽根。それを1つ手に取り、柚乃(ia0638)は沈痛の面持ちで眉を寄せた。 「羽根……再生してくれるといいのですが……」 どの様な気持ちで羽根に手を掛けたのか。それを思うと胸が苦しくなる。 「こんなこと……っ」 柚乃は胸の前で手を組むと、祈るように瞼を伏せた。その隣で菊池 志郎(ia5584)が同じように表情を潜める。 「……天元さん」 先程から静かに怒りを滲ませている天元 恭一郎(iz0229)を見、僅かに視線を落とす。 彼にも羽妖精の相棒が居る。もしその子が同じ目にあったなら……そう思うと、彼の気持ちも理解出来る。だから敢えて「落ち着こう」とは言わない――否、言えない。 「攫われた子を無事に助けるよう力を尽します」 ただ静かにそう決意を語る。そうして傍らで静かに控える又鬼犬の初霜に目を向けた。 「ムリフェインさん、ありましたか?」 「あ、うん。これ……」 乞われてアルマ・ムリフェイン(ib3629)が差し出したのは浪志組の羽織だ。これは羽妖精を攫った隊士の私物。志郎はそれを受け取ると、初霜の前に膝を折った。 「初霜、君の嗅覚が頼りです。お願いしますね」 黒の毛並みに覗く黒の瞳を瞬かせた初霜は、差し出された布地に鼻を落す。そうして嗅ぎ取った匂いを記憶すると、彼は小さく吼えた。 「……覚えましたか」 行きましょう。そう促す志郎に続いて一行が動き出す。だがアルマだけは足を止め、恭一郎を見ていた。 そして、 「恭一郎さん。聞きたい事があります」 告げられた足に恭一郎の歩みが止まる。 鋭い、冷たい視線に一瞬怯みそうになるが、此処で怯んでしまっては意味がない。アルマは自らを内心で叱咤すると、己が言葉を発し始めた。 そしてその頃、屯所の入り口付近では、今回の依頼説明を相棒にしていた海月弥生(ia5351)が、静かな怒りを滲ませていた。 「全く……そもそも見られてる自覚が薄いのも困りものよね」 そう語り肩を竦める彼女の言う、自覚とは今回捕縛対象になっている隊士の事だ。 少なからず世間に注目されている浪志組の隊士でありながら、行動に自制が出来ない上、他人に迷惑を掛けた処分に対して逆恨みで行動。正に隊士の風上にも置けない相手である。 「ここは隊士の一員としては示しが付かないから、確実に捕縛したのちに、色々とお仕置きするのが筋かしらね」 ピキピキと米神を揺らす主人に、土偶ゴーレムの緑が「まあまあ」と宥める声を零す。とは言え、気持ちは主人と同じ。 「おらぁ、頑張るで……ご主人、落ち着いてだね」 なんと言うかしっかりした土偶である。そしてその声を聞いていたケイウス=アルカーム(ib7387)は、緑の声に同意する様に頷くと、鉤爪に足布を被せた相棒のガルダを呼んだ。 「そうだね。その土偶さんの言う通りだと思うよ。俺もこういうやり方好きじゃないけど、落ち着いて行かないと」 そう言って腕に乗った迅鷹を見詰める。 その視線に首を傾げる相棒に笑みを向け、今回の作戦が上手くいくように願いを込めて翼を撫でる。と、其処へ啜り泣くような声が聞こえた。 「……羽妖精さん、かわいそう」 グスッと鳴らされた鼻に、ガルダとは別の白い迅鷹が舞い降りる。迅鷹は地面の上をトントンと飛んで水月(ia2566)に近付くと、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。 「悪い事したのに反省もせずまた悪い事するなんて……大人のヒトのする事じゃないの。それも可愛い羽妖精さんをさらうとか……もしや変態さんですか?」 絞り出された声に、ケイウスと弥生が顔を見合わせる。そして何かを言おうとした所で、屯所の入り口から声がした。 「準備が整いました」 目を向けた先に居たのは柚乃や志郎、アルマだ。その最後方には何事かを考えている恭一郎の姿もある。 「それじゃ、ちんまい子救出作戦ね」 いくわよー! そう声をあげた柚乃の相棒、宝狐禅の伊邪那の声に頷くと、一行は羽妖精が残した痕跡を追って駆け出して行った。 ● クンクンと鼻を鳴らしながら前をゆく初霜の後ろを、アルマの相棒・カフチェが歩いてゆく。 一見すれば人間の姿をしているが、彼はカラクリだ。優しいが故に無茶をする主人を普段から気遣う面がある彼の脳裏にあるのは、今回攫われたと言う羽妖精の事。 「……また1枚」 身を屈めて拾い上げた羽根に緑が顔を寄せる。 「近付いてると良いんだけんど……如何なんだべ?」 カクリと傾げられた首に、カフチェの視線が初霜に向かう。それを受けてか、今まで鼻を利かす事を最優先にしていた彼の顔が向いた。 「わん! わわわん!」 「間違いないみたいだわね。この先に続いてるって言ってるもの」 流石は相棒同士。一見言葉が通じ無さそうだが話が出来るらしい――否、もしかしたら勘かも知れないが、それでも初霜は伊邪那の言葉が合っていると言う様に声をあげると、再び鼻を動かし始めた。 彼等が居るのは、神楽の都から僅かに離れた森の中。羽妖精の羽根を追うと言うよりは、初霜の嗅覚を頼りに辿り着いたと言った感じだ。 「ガルダも彩颯も飛び辛そうだな」 そう零すのはケイウスだ。翼のある迅鷹にとって、この森は若干鬱蒼とし過ぎているようで、進行するのに動き辛そうな様子を見せている。 それでも彼等相棒に任せるしかない部分は多い。 「彩颯ちゃん」 水月は白い翼を羽ばたかせる相棒を呼び寄せると、痛ましい表情を覗かせたまま呟いた。 「ちょっと先を見てきて」 この先に羽妖精が居るのなら、その姿を確認しておきたい。何よりじっとしているのが嫌なのだ。 水月のお願いを受けた彩颯は小さな泣き声を上げると、ケイウスのガルダと共に空に舞い上がった。 其処から見える景色はただの森。鬱蒼とし過ぎて人間の目では隙間など見えやしない。 だが人では無い者の目なら如何だろう。 従来、獣たちは生きる為に狩りをし、物陰に隠れる存在すらも発見して生きる糧にしている。では相棒である彼等は如何だろう。 「あら」 不意に伊邪那の声が漏れた。それに地上を行く相棒たちの足が止まる。そして何事かと目を向けた瞬間、宝狐禅の口角が上がった。 「そろそろ作戦決行の用意をした方がいいわね。いるわよ」 クスリ。笑った彼女に志郎が皆へ目配せする。 「優秀な相棒たちで助かりましたね。では此処で分れましょう」 目的は羽妖精を奪還する事。そして馬鹿を仕出かした隊士を捕縛する事。その全てを同時に行うには、2手に分れるが一番。但し、単純に2手に分れて捕まえる訳ではない。 「緑。さっき言った通りに、出来るわよね?」 「勿論でさ!」 任せてくんろ。と胸を叩く土偶に弥生は頷く。そして自らの弓に手を添えると小さく息を吐いた。 「……半殺し程度には叩きのめしても良いわよね」 「わふ!?」 ボソッと口にした言葉を聞き止め、初霜が思わず声を上げる。それに笑顔を向けてから、柚乃と何か言葉を交わしている恭一郎に目を向けた。 「お2人も準備はよろしくて?」 屯所を出てから恭一郎の様子がおかしい。 いや、不機嫌なのは変わらないが、何と言うか何かを考えているのか表情が険しいのだ。怒りではない、何か別の感情が見える。 だから問いかけたのだが、その声に柚乃と彼、その双方の頭が縦に揺れた。 「何を話していたの?」 傍に来た柚乃へ問い掛ける。その声に皆の目も向かうと、柚乃は苦笑しながら首を横に振った。 「周辺に、アヤカシの気配がない報告です……それと、錦絵のお話……」 錦絵。そう耳にしてアルマがピクリと耳を揺らす。 「なんだか恭一郎さんの周囲っていつも賑やかですよね」 だからこそ、羽妖精を無事に助けたい。そんな事を話したと聞き、何となく安堵する。 もっと無茶な話でもしているのかと思ったが、案外普通だったようだ。けれどそれを耳にしたアルマだけは気遣わしげな視線を恭一郎に向ける。 「……恭一郎さん」 小さく掛けた声に、恭一郎の口から溜息が漏れる。 「僕は真田の言うことしか聞かない。わかってるよね?」 底冷えするような低い声にアルマが息を呑む。けれど今回ばかりは退けない。 「僕は彼に強硬な手段を用いた事、肯定も否定もしない。喧嘩を売っても、心から詫びろとも言わない」 だって彼が取った行動が間違っているとは思えないから。だけど何かを成す為にやらなきゃいけない事だってある筈。だから敢えて言う。 「虚をついて流れを引き寄せられたら、救助補助の可能性が高まると思うから。だから――」 「アルマの癖に生意気だよ」 鼻を摘まむ感触に目を瞬く。そして直ぐに離れた顔を目で追うと、恭一郎は静かな声で告げた。 「これで上手くいかなかったら、後で覚えておいて。たっぷりと虐めてあげるから」 ● 森の奥まで逃げ込んだ隊士は、息を切らせながら羽妖精の入った麻袋に目を落とした。 先程までは騒がしく動き回っていたが、如何やら静かになったらしい。まあ、それもその筈、道中でひと殴りしたのだから当然と言えば当然だ。 「へへ、ここまで来れば問題ねえな。にしても、羽根をばらまくとか、ふざけた真似してくれるぜ」 正直、羽が落ちているのを見た時は肝が冷えた。だが黙らせてからはそうでもない。 「ま。あの真田馬鹿が追って来るとも思えねぇがな」 そう口にした時、草の踏む音がした。 「だ、誰だ!」 声を上げた隊士の前に現れたのは、浪志組の隊服を纏うアルマと――恭一郎だ。 「てめぇッ!」 かぁっと隊士の顔に怒りが浮かぶ。だが彼等が前に出るのと同時に両手を上げる姿を見てと、隊士の顔色が変わった。 「何の真似だ」 アルマはまだしも、恭一郎が両手を上げる意味が分からない。 「今回の事、貴方の言い分も聞かずに処分を与え、申し訳ありませんでした」 スッと下げられた頭に隊士の顔に驚愕が浮かんだ。そして抱えていた麻袋を片手に下げて後じさる。 「な、何だよ……気持ち悪ぃな……」 「君には君の言い分がある筈。それを話してくれないかな。僕たちは誰も傷付けたくないから」 アルマはそう言うと、優しい眼差しを隊士に向けた。それを受けた隊士の目が動く。そしてアルマや恭一郎の後ろに居るケイウス、柚乃、弥生に水月、彼等に気付くと眉を潜めた。 「てめぇらは、何だよ……」 緩み始めた警戒が深まる。けれど次の言葉に隊士の表情が顰められた。 「その子をどうするつもりなのかな? 不満があるなら恭一郎に言えば良いと思うんだ」 今なら言えるよ。 そう言葉を紡いで頷いて見せる。本当は文句を言う様に吐き捨てたい言葉だ。だがここで感情的になっては、折角恭一郎が頭を下げた意味がない。 「……これがムリフェインさんの策……確かに、虚はつけますね」 恭一郎の性格上、真田以外に頭を下げるなど在り得ない。それがこうして頭を下げているのだから、彼を知っている者が動揺するのは当然だろう。 「こ、コイツはてめぇらが追ってこないようにする為の保険だ。無事逃げれたら解放してやるよ……」 苦々しげに吐き出される声に柚乃は呆れた。 逃げる為の保険と言う事は、謝罪する気などないのだ。しかもそういう行動を取ると言う事は、自分が悪い事をしている自覚はあると言う事。 「救いようがないです」 はふ。口中で呟いて息を吐く。 嫌がらせならどんなに良かったか。だが逃げると言う事は脱隊が目当てと言う事。それはつまり隊の規約を破るも同然。 「……悲しいですの」 柚乃の呟きを聞き止めた水月が俯いて囁く。そして曇りの無い瞳を隊士に向けると、じっとその動向を見守った。 時を同じくして、相棒等を引き連れて抜足で隊士の背後に回った志郎は、聞こえて来た言葉に何とも言えない表情を浮かべて視線を落とした。 その肩をカフチェが叩く。 「……今すべき事は――」 「わかっています」 頷きながら集めた羽根を懐にしまう。そして更に動向を探ろうと隊士の姿に視線を注ぐ。 「だーかーら! 規律がイチイチ厳しんだよ! 何でもかんでも締め付けやがって! 特にてめぇだてめぇ! ことある事に処罰なんざ言い渡しやがって!」 色々思い出してきたのだろう。確かに恭一郎は他の隊長らに比べると若干締め上げがキツイ。だが言い掛かりで処罰を決めたりはしない。 けれど隊士は徐々に興奮した様子で手を振り上げる。それを志郎は見逃さなかった。 「今です!」 隊士が掲げたのは羽妖精の入った麻袋を握る手だ。宙に掲げられ、完全に孤立したその袋を狙うなら今だ。 志郎の合図に相棒たちが一気に駆け出す。 「なっ!」 慌てたのは隊士だ。 急ぎ懐から取り出した銃を相棒たち向けて放つ。しかし―― ガンッ! 鈍い音が響き、隊士の手から銃が落ちた。その隣に落ちたのはひし形に削られた石だ。 「くそっ。こうなったら!」 武器ならまだある。急ぎ新たな銃を取り出した隊士だったが、完全に麻袋を持つ手は空になっている。 「ガルダ、羽妖精を連れて来て!」 貴女の声の届く距離を使ってガルダに指示を飛ばしたケイウスに従い、彼の相棒が大きく羽ばたく。 それに合わせ、弥生が純白の弓身を構えた。そうして見据えるのは麻袋を持つ手の付け根。 「その汚い手を、離して頂きます!」 ヒュッと風を斬る音が響き、直後、隊士の手に握られていた麻袋が切れた。 キュイイイイッ! 声を上げて降下してゆく迅鷹が、意識を失い空に放り出された羽妖精を捕獲する。そしてケイウスの元に羽妖精が届けられると、彼はボロボロになった羽根を見て眉根を寄せた。 「ありがと、ガルダ……鉤爪は痛く無いように覆ってたけど……」 思った以上に羽根の損傷が激しい。羽妖精の傍で擬態しながら不測の事態に備えていた伊邪那も心配そうな表情をしている。 「あたしもこの羽根までは守れなかったわね……ちょっと、あんた大丈夫?」 労わるように言葉を掛ける伊邪那の声を耳に、柚乃は隊士の動きを注視していた。 取り出した新たな銃を手にした隊士は、人質と称した羽妖精が居なくなったことで自暴自棄になっている。 「騙しやがって! コケにしやがって! くそおおおおおお!!!」 乱射の勢いで銃弾を放つ隊士に水月がキッと眉を寄せる。と、直後、彼女の足が地面を蹴った。 「なんて無茶! 緑援護をお願い!」 急ぎ矢を構えた弥生に続き、土偶ゴーレムの緑が突進して行く。そして物凄い勢いで隊士に圧し掛かると、水月の手が隊士の体に触れた。 「!」 ごふっと息を吐く音が響き、隊士の体がよろめく。其処へ初霜も駆け込んでゆくと、隊士は相棒等に取り押さえられる形でその場に伏せた。 「……俺の出番はなかったか」 不測の事態に備え、攻撃に転じる覚悟も指示もあったが、如何やら他の相棒たちに任せて正解だったようだ。 カフチェは安堵の表情を浮かべると、ふと近くで聞こえた声に目を向けた。 「……ここは、どこじゃ……?」 「目が覚めたようですね」 相棒等を器用に避けながら、螺緒で隊士を締め上げていた志郎が呟く。その上で傍で待機する初霜に目を向けると、彼は笑顔で相棒の頭を撫でた。 「初霜、頑張りましたね」 この声に初霜が嬉しそうな声を上げる。 こうして一行は無事、隊士の捕縛に成功した。 ● 「彼を僕に預けて下さい」 アルマの申し出に恭一郎は一瞬躊躇いを見せた。だが彼の役職――監察方を思い出して息を吐く。 「不本意だけど任せるよ」 そう言って羽妖精に目を向けると、カフチェの声が耳に届いた。 「……羽妖精の。こういう事があっても、隊長といるのか?」 今回の事、明らかに恭一郎が原因で起きた事。こうした出来事はこの先もないとは言えない。 この問いに志郎から恋慈手を受けていた羽妖精の目が瞬かれた。そしてその目が恭一郎を捉える。 「……僕は別に帰って貰っても構いませんよ」 皮肉でもなく、嫌がらせでもなく、単純に発せられた言の葉に羽妖精の目が沈んだ。それを見てカフチェが慌てた様に付け足す。 「……ああ、聞いただけ。俺でさえいる位だ」 そう言って笑うが、羽妖精は笑えないらしい。視線を落としたまま何も言えずにいると水月の手が伸ばされた。 「おぬし……泣いて、おるのか……?」 緑の瞳から零された大粒の涙を見て羽妖精の目が見開かれる。 「少しでも、痛くなくなるように……」 そう言って紡ぎ出された精霊の力を借りる舞い。それを受けた羽妖精の羽根が優しい水に包まれた。 「ここちよい、水じゃ……」 優しさが羽根から胸へと染み入るような癒しの術。それを受けた羽妖精の瞳が伏せられる。 「……ここは……カイタクシャは、わるいモノではないのじゃ……」 羽妖精の中には人間を警戒する者も居る。けれど今関わっている開拓者は如何だろう。 そして開拓者と共に駆け付けた恭一郎は如何だろう。 羽妖精は伏せていた瞼を上げると、真っ直ぐに恭一郎を見上げた。 「きょーいちろー」 「何です?」 「わしをキズモノにしたせきにんをとるのじゃ」 「は?」 何を言い出すのかと思えば、お願いでもなく上から目線の命令。これに静かに状況を見守っていたガルダと彩颯が顔を見合わせる。 そして同じ方向に首を傾げると次なる声が響いてきた。 「じゃ、じゃから……その……」 「一緒に居たいのよね」 クスリと笑って弥生が羽妖精を抱き上げる。そして恭一郎に差し出すと、彼の腕に小さな存在を抱かせた。 「そうと決まれば名前が必要ですね。羽根で知らせたその行動は健気で賢いものだから、『羽』の字を入れて『清羽(さやは)』や『明日羽(あすは)』などは如何です?」 志郎はそう言って羽妖精に携帯菓子の入った袋を差出した。 「後で天元さんと食べて下さい」 にこっと笑って頭を撫でる。その仕草に羽妖精の頬がポッと赤くなった。 それを見て笑いながら柚乃が言う。 「んー……名前、名前……ユウちゃんでどうです?」 「あ、それならハルカはどうかな? 真田さんの『悠』って言う字には『はるか』って読み方があるって言うし」 名案! と瞳を輝かせるケイウスに、水月がポツリと呟く。 「瞳の色が緑だから、エメラルド……エメラダ、とか」 色々な案が出て来たものである。 それらを耳に留め、恭一郎は羽妖精を見た。自らを見上げる視線には、一緒に居ると言う意思のような物が見える。 「仕方ありませんね」 やれやれ。 そう息を吐きながらも満更でもない様子の恭一郎に羽妖精が問う。 「素直でないのじゃ。して、わしの名はどうするのじゃ?」 生まれたばかりの存在でもないだろうに。名を所望するあたり本気と見える。 「それでは『悠』と書いて『ハルカ』としましょう。そこの生意気な隊士もそれを望んでいるようですしね」 そう言ってアルマを見ると、彼は「え、僕?」とワタワタ慌てている。実の所、彼の考えはケイウスとほぼ同じ。 だからの狼狽なのだが、何とも分かりやすい。 「まあ良いです」 恭一郎はそう零すと皆を見回した。 「今回の件、感謝します。ありがとう」 そう言って微笑んだ彼の笑みは、作った感じのない純粋な笑みだった。 後日、アルマの時の蜃気楼を使った調査と、弥生の纏めた調書により隊士に正式な沙汰が下ったと言う。その内容はまたいずれ―― |