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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●生まれつつあるもの 雪日向花鳥の屋敷を臨める高い位置で、楠通弐は花鳥邸を訪れる者の姿を眺めていた。 「これで何人目かしらね……」 屋敷が襲撃されて一夜が明け、雪日向家には次から次へと人が出入りしている。その殆どは開拓者ギルドの人間と浪志組だ。 「……無理に決まってるわ」 そう零して思い返すのは紅林が死の間際に残した言葉だ。 『……私の、身を……ギルド…へ……。……髪を、切り……楠……として……』 我が身を通弐と偽って差出して欲しい。 これが死の間際に紅林が開拓者へ願った事だ。そしてこの願いを叶える為か、花鳥邸にあった紅林の亡骸は別の場所へ移された。 襲撃以降、開拓者ギルドの人間や浪志組の人間が調査の為に出入りしている。それを考えるならば当然の処置だろう。とは言え、何処までその小細工が通用するかはわからない。 「……我が身を挺して他人を護る。そう言えば、開拓者にも似た人種が居たわね……」 本当、人間て愚かな生き物。 通弐は口中でそう呟くと、屋敷の縁側で陽の光を浴びる花鳥を見た。そして何事かを思うように視線を落とすと踵を返す。 「……目立たずに遭都に行くには陸路しかないかしら……面倒ね」 でも。そう言って足を動かす。 「……この、訳の分からない感情……アイツを殺さなければ納まらないわ」 狙うは遭都に居るであろう雪日向安香。 紅林が死ぬ原因を作ったであろう人物を葬る事が、今の通弐がすべき事――少なくとも彼女はそう思っている。 けれどそれと同時に紅林の遺言が頭を掠めるのだ。 「……紅林」 血が繋がっている確証もない。 過去に彼女が一緒に居た記憶も、肉親である記憶もない。それでも自分を守ろうとした人間が居たこと。それが通弐には引っ掛かっていた。 ●遭都 貴族街に存在する雪日向の本家。その客間に腰を据えて来客の言葉に話に耳を傾けるのは、高貴な着物を身に纏う小太りの男――安香だ。 「成程……それで、真偽を確かめに参ったと」 安香は元から細い目を更に細めて前を見据える。 其処に在るのは開拓者ギルドから派遣されてきた志摩 軍事(iz0129)だ。彼は言う。 「捕縛した賞金稼ぎは、噂を寄越した奴の名前を言わねえ。だから勘で此処まで来たんだ……もし本当なら、次に命を狙われるのはアンタだからな」 雪日向家襲撃の際、志摩とギルド職員の山本が花鳥の身を預かっていた。故に、大体の事は察している。 花鳥の元から突然消えた紅林。そして泣くでもなく静かに言葉を噤んでしまった花鳥。 (随分と面倒な事になってそうだが……ギルドも何もしない訳にはいかないんでな……) 志摩はこの件に関わっているであろう開拓者を思い浮かべて息を吐くと、安香に視線を注いだ。 それを受け、彼の口が動く。 「確かに。神楽の都に楠通弐が潜んでいると言う噂は寄越した。だがわしがしたのはそれまでよ」 「なら、何故自害をする」 淡々と事実を語る様に言の葉を紡ぐ安香に、志摩は容赦ない言葉を投げかける。その声に、安香の口元が厭らしく歪んだ。 「知らぬな」 (っ、この狸野郎) あくまで白を切るつもりか。だがその強気、何処までもつか。 志摩はあくまで平静を装って目を瞬くと、重要事項を告げる様に声を潜めた。 「ならこの情報はいらねえかな……紅林がアンタの命を狙ってる。って話なんだが」 「何?」 突然の言葉に安香の目が見開かれた。 「花鳥の屋敷が襲撃された話はアンタにも届いてるよな? まあ、噂を流した本人なら知っててもおかしくねえが」 クツリと笑って安香の顔色を窺う。 彼は驚いた表情のまま志摩の声に耳を傾けている。この表情を見る限り、何かが安香の中で予想外だったらしい。 「紅林は花鳥を死ぬほど大事にしていた。だがその花鳥が何度も襲撃を受けたら如何思う? 黒幕が居るって考えるだろ」 違うか? そう問い掛ける志摩に安香が唸った。 「……花鳥の傍には、誰が居る」 紅林が何も考えずに花鳥の傍を離れるとは思えないのだろう。それとも他に思う事があるのか。 「紅林の事だ。狙われた花鳥をそのままにして傍を離れるなど――」 「開拓者だが?」 しれっと返した志摩に安香が息を呑む。 「紅林と花鳥には信を置ける開拓者が居る。そいつらが花鳥を守ってるだろうよ」 志摩は嘘を言っていない。唯一言っているとすれば「紅林が安香の命を狙っている」と言う事だ。 「……志摩、とか言ったか。お主はわしにこの事を告げて如何するつもりだ」 紅林が襲撃を試みるならそれは安香自身の所為だ。そしてその事をこの志摩は重々承知している。 ならば何故その事を話すのか。 そう視線を注ぐ安香に、志摩はニッと口角を上げた。 「開拓者を数名派遣してやる」 「開拓者を?」 「腐ってもアンタは貴族だ。そして此処は遭都。治安維持を考えるなら開拓者を派遣して穏便に事を運ぶべきだろう」 違うか? 貴族としての面子。そして安香自身の悪事を外に出さない為には被害を最小に納める他ない。 安香は志摩の提案に視線を落とすと、僅かに考える間を置き「わかった」と言葉を返した。 ●雪日向花鳥邸 縁側で陽を浴びる花鳥の姿を、開拓者等は沈痛の想いで見詰めていた。 紅林が亡くなって一夜が明け、その亡骸は見つからない場所に隠してある。 本来ならば大好きな紅林の傍に居たいであろう花鳥を引き剥がしての行動だったが、彼女は思いの外素直に応じてくれた。 「花鳥ちゃんは大人にゃ……」 そう零した開拓者の声に、もう1人の者が呟く。 「紅林の最後の願いを叶えるつもりなのだろう。とは言え、このままでは分が悪い」 通弐が姿を消し、彼女が如何いった行動にでるかわからない。 去り際の言葉を考えるに、彼女は安香の元へ向かったと考える方が良いだろう。しかしそうなると紅林の亡骸を隠した意味もなくなってしまう。 「急いで通弐を探した方が良いかしらね」 誰かがそう零した時だ。 「皆居るか?!」 屋敷の玄関から慌ただしい声が響いた。 その声に隻眼の少年が振り返る。そうして玄関に出迎えに行くと、其処にはギルド職員の山本が立っていた。 「如何したんだ?」 微かに息を切らせて汗を浮かせる様子から、彼が急いでやって来たのだとわかる。 「志摩から文を預かって来た」 「文だと?」 差し出された文を修羅の少女が受け取り目を落とす。そして書かれている文字に目を落とすと、彼女を含めた開拓者等の眉が寄った。 『雪日向安香に会う機会と、楠を探す時間を作る。後はお前ら次第だ。如何するか決めて動け』 「志摩は安香様のお屋敷を襲撃するのは紅林だと言い張るつもりだ。とにかく時間がない。人手を割く事にはなると思うけど、如何行動するか決めてくれ」 山本はそう言うと、不安げに顔を覗かせた花鳥を見、表情を潜めた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)
20歳・男・砲
ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)
18歳・男・吟
天月 神影(ic0936)
17歳・男・志
樂 道花(ic1182)
14歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●遭都 (……紅林……ごめんな……) そう心の中で零して落とした視線。その先に居るのは黒い毛並みに精悍な顔立ちをした忍犬――シンだ。 シンは心配げに顔を上げると、此方を頷いて来る主人に目を瞬いた。 「何が何でも護るぞ……どんな相手であろうと」 (例え、本音を押し殺してでも、胸糞悪い金持ちを警護してやる) 樂 道花(ic1182)はそう誓い、一歩を踏み出す。 そうしてある部屋の前で足を止めると大きく息を吸い込んだ。 「開拓者ギルドより派遣されて来た樂道花です」 出来る限り感情を押し込めて声を発する。 この襖の向こうに紅林を死に至らしめ、花鳥を危険に晒したかもしれない相手がいる。そう思うと今にも飛び出しそうだ。 けれど死の間際に紅林が望んだ事、それを成す為には自らの感情を押し殺し、探れるものは探らなければいけない。 これはその為の機会なのだ。 「通れ」 部屋の向こうから聞こえた声に「失礼します」と襖を開ける。その瞬間、目に飛び込んで来た小太りの男に胸の奥がザワリと揺れた。 (コイツが……安香……っ) 込み上げる数多の感情を押し殺し、道花は頭を下げる。それを見止めてから安香は口を開いた。 「獣臭いと思えば何を連れているんだ」 明らかに不快を示す声。だが道花はその声に不快な様子を一切見せずに言い放つ。 「忍犬は耳も良くて鼻も利く。きちんと命令しとけば、これ以上頼りになる生き物もいない」 忠義を示すように大人しく伏せて見せるシンに内心で礼を呟く。そうして安香を見ると道花の目に力が篭る。 「これは貴方の身を護る術だ。無理やりでも納得してもらう……いいですね?」 いいですね。と問いながら有無を言わさない声音に、安香は微かに唸り声を上げると頷いて見せた。 ●花鳥邸 庭を臨める縁側に腰を据える花鳥。その傍らには人妖らしき者の姿と提灯南瓜の姿がある。 「のう、花鳥。妾は人妖ゆえにわからぬ事もあるが、御前が悩んでおる事はわかるのじゃ」 羅喉丸(ia0347)の人妖である蓮華はそう告げて花鳥の顔を見上げる。その手には酒の入った瓢箪があるが、今はそれを傾けていない。 「……じゃが、無理に聞こうとは思わぬのじゃ。御前の心が定まった時に誰かに話せばいい」 じゃろ? そう蓮華の目が後方に控える羅喉丸を捉えた。その視線に彼の足が動く。 「蓮華の言う通りだ。言葉は無理に紡ぐものじゃない。本当の言葉とは心で紡ぐものだからな」 そう言って羅喉丸の足が花鳥の傍で止まった。その様子に幼い瞳が動く。 「……でも、開拓者はお金の為に居るのでしょう。お金で雇われているから……」 開拓者とは賃金を払って働いてもらうもの。花鳥は少なくともそう思っている。けれどその言葉に羅喉丸は「否」と答えた。 「俺は、俺の魂に従って動いている。だから、何も気にする必要はないよ」 「魂……」 光を映さない瞳が小さく揺れる。そしてそれを見止めたハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)がポツリと呟いた。 「ごめんな」 「!」 思わず上げた顔。その先にはハーヴェイが居る。 彼は驚いた様に自分を見上げる花鳥を見て、苦笑いを唇に浮かべると緩く首を振った。 「振り返っても、謝っても、戻ってくるわけじゃねぇのは分かってる。合わせる顔も無ぇけど、せめて花鳥だけは守ってみせるぜ」 まるで誓うように告げられた声に花鳥の眉が寄せられる。 「……楠様は……」 「え」 「楠様は、守って下さらないのですか……?」 不意に零された声にハーヴェイと羅喉丸、そして傍で静かに皆の声を聞いていた天月 神影(ic0936)が目を向ける。 「気にはなるけどな。……そこは仲間を信じるとするさ」 だろ? ハーヴェイはそう言って羅喉丸と神影を見遣る。その視線に頷いて神影が告げる。 「紅林の願い……意思を汲みたいと、俺も思う。だが、それは花鳥が居てこその願い」 「紅林の願い……」 口にして花鳥の顔が落ちた。その様子に今まで黙って様子を見守っていた提灯南瓜が首を傾げる。 「カチョウ……? よろしく……?」 不思議そうに浮遊しながら花鳥の前を飛ぶ存在は、彼女の俯く顔を覗き込むように頭を動かした。 「……今の、声……」 聞き覚えの無い声。それに鼻を擽る匂いも人間とも獣とも違う。 花鳥は戸惑うように顔を上げると、目の前の存在に手を伸ばした。これに提灯南瓜の頭が揺れる。 「提灯南瓜だ」 「提灯南瓜?」 聞き覚えの無い名称に花鳥の首が傾げられる。そして提灯南瓜の頭に手を添えると、形を確かめる様に幼い手が動いた。 「提灯南瓜……それが、名前なのですか?」 「ナナシはナナシ……名前ナシ」 神影が名付けを不得手とする為か、ナナシには正確な名前がない。 「どうもこの手の類は得手ではないようだ……」 そう告げた神影に花鳥の手が伸びる。そうして南瓜の頭を抱き締めると彼女は小さく語り始めた。 「昔、紅林は危険だと言いましたが、猫を飼った事があるのです。白くて小さな猫だと紅林は言っていました」 幼い頃、花鳥は小さな猫を拾った。 紅林は花鳥の目が見えない事を理由に危険だと飼うのを反対したが、花鳥は幼く身寄りのない猫にたいそう惹かれた。 結果、猫は安香に内緒で飼う事になり、紅林と花鳥で仲良く面倒を見ていたと言う。 「けれど……猫は父様に見付かってしまいました。父様は猫を連れて行き、紅林は猫が他の者に引き取られたのだと言っていました」 でも。と、花鳥の瞳が悲しげに揺れる。 「猫の悲痛な叫びが、わたくしの耳には届いていました。何度も何度も鳴き声を上げ、最後には聞こえなく……」 「……花鳥、何故その話を?」 苦痛に耐える様に口を噤んだ彼女の頭を撫で、ハーヴェイが問い掛ける。これに花鳥の瞼が伏せられた。 「父様は、わたくしが大切にしているものを奪います。だから紅林も……わたくしが、紅林と仲良くしなければ……紅林は、っ!」 堪え切れなくなった涙が花鳥の瞳から落ちた。それを指先で拭いながら羅喉丸が息を吐く。 「それは違う」 力強い声で言うものの自信はない。 確かに今の話と紅林の事を踏まえれば、花鳥の言う通りと取れるかもしれない。けれど今回の襲撃や事件にはもっと大きな何かがあるのではと羅喉丸は考えている。 (花鳥さんの殺害も狙っていたんじゃないか、と踏んでいるが……それを彼女に言うのは酷だ……) 2度の襲撃で紅林は亡くなった。 だが花鳥はまだ生きている。もし花鳥が狙いならば、襲撃は再び起きるだろう。 「蓮華、花鳥さんを頼む」 羅喉丸はそう告げると彼女の頬を伝う涙を拭って立ち上がった。その仕草に花鳥の顔が上がる。 「何があろうと花鳥さんは守る。だから安心して良い。これ以上、大事なものを失くさない手伝いを俺達にさせてくれ」 「だな」 羅喉丸の言葉に頷いたハーヴェイの中には、もし今後屋敷を襲撃する輩があれば、それは花鳥を狙う者だと決定付ける事が出来るという思いがある。 だがそれは同時に花鳥を危険に晒す事でもある。 「俺達に任せてくれ」 今度こそ失敗はしない。 ハーヴェイはそう誓って告げる。その言葉に花鳥が頷くと、神影が言った。 「ナナシは傍に。花鳥と遊びたいようだからな……」 未だに花鳥の腕の中に居るナナシは大人しく彼女を見守っている。それに気付いたのだろう。 花鳥は抱き締めていた腕を緩めると、少しだけ困ったように笑って南瓜の頭と自らの額を重ねた。 「……ナナシ……わたくしと、一緒に居てくれますか?」 そう言って小首を傾げた彼女の顔を、羅喉丸の人妖、蓮華が微笑ましく見詰めていた。 ●安香 忍犬のシンに安香の警護を任せている間、道花は見回りと称して屋敷の中を歩いていた。 「部屋の中の安香はだんまりだったが、屋敷の中は如何かね……」 見回りに行くと告げた後、暫く気配を殺して部屋の中に聞き耳を立てていた。けれどその間、安香は一言も発していない。 ならばと屋敷の中を見回っていたのだが、道花は思わぬ形で真実を知る事になる。 それは―― 「星鳥(せいちょう)様! 走ってはなりませんっ!」 突然響いた声に次いで足音が響いてくる。そしてその足音が道花の前まで遣って来ると、彼女は小さな衝撃に目を瞬いた。 「星鳥様っ!」 ぶつかった勢いで後ろへ倒れそうになる幼子。それに手を伸ばして引き留めると、其処に侍女らしき人物が駆け込んできた。 「開拓者の方ですわね。星鳥様を助けて下さって有難うございます。さあ、星鳥様もお礼を仰って下さい」 侍女は星鳥と呼んだ男児を道花に向き直らせると穏やかに微笑む。その声にまだ2つか3つの男児が呟く。 「……かんちゃ、ちゅる」 ぺこりと下げられた頭が重かったのだろう。そのまま前のめりに転がりそうになる体を侍女が支える。 その姿を見てふと道花が呟いた。 「その子は安香…様の子か?」 「ええ。安香様の嫡子で雪日向家の次期当主、星鳥様ですわ」 穏やかに微笑む侍女に胸が痛む。 「……確か、他にも子が居たはずだが」 「花鳥様ですわね」 そう口にして侍女の目が落ちた。 「頼む。知ってることなら噂話だって構わない。教えてくれないか」 「え」 思わず詰め寄った道花に侍女の目が見開かれる。そして真意を確かめる様に道花を見詰めると、彼女はやがてゆっくりと話し始めた。 「花鳥様は星鳥様と同じく安香様のお子ですわ。ですが、花鳥様は目が見えません。故に安香様は花鳥様に家督を継がせる事を良く思っておりませんでした」 其処に星鳥が生まれ、安香は辛うじて花鳥に向けていた興味を、全て星鳥に持って行ったのだと言う。 「花鳥は誰の愛情も受けてないのか?」 いいえ。と侍女は言う。 「花鳥様の御母上、香貴(こうき)様は花鳥様を愛しておられました。そして花鳥様の侍女の紅林も……ですが香貴様も紅林もこの屋敷にはおりません」 侍女が言うには花鳥の母親である香貴は安香に愛想を尽かして出て行ったらしい。その時、花鳥も連れていくつもりだったが、安香が無理矢理それを阻止したと言う。 「あの時は、安香様が花鳥様を少しでも好いて……そう思っていました。ですが安香様はその後、花鳥様を紅林と共に神楽の都へ……今の紅林は危険だと、そう進言したのにっ」 此処まで耳にしてハッとした。 「今のはどう言う事だ!」 「え……あ、あの……紅林は、楠とか言う賞金首の似顔絵と酷似、していましたので……紅林を外に出すのは危険だと……」 「じゃあ、奴はッ」 知っていた。紅林と楠が瓜二つな事も、今の紅林が危険なことも全て知っていて神楽の都に追いやった。 そう思った時、道花は駆けていた。 勢い良く安香の部屋の戸を開けて中を見る。そうして怪訝そうに視線を向ける男に向けて問うた。 「……聞きたい事がある……何で、花鳥と紅林を都に遣った。何で――」 「賞金首と同じ顔をした者が傍に居ればわしが不利になるであろう」 サラリと零された声にカアッと頭が熱くなる。けれど飛び掛かる事だけはしなかった。 「それで……花鳥が死んだら如何するつもりだったんだ……お前の子だろっ!」 「家督は長男が継ぐ。何の問題も無かろう」 安香はそう零すと、後は何も答える気はないと口を閉ざした。 (……こんな……こんな奴の所為で、紅林は……っ) 道花はやり場のない怒りを噛み締めて俯く。その視界に心配そうに見上げるシンの姿が飛び込み、彼女はやりきれない表情で静かに首を横に振った。 ●通弐 森の中を真っ直ぐに、ただ前を見て走るのは千猫と呼ばれる存在だ。そしてその後ろには滑空艇の背に乗って森を進む海月弥生(ia5351)の姿がある。 「凄い場所ね。本当に通弐はこんな場所を進んでるのかしら」 そう零す彼女の視線の先には道の無いただの森が続いている。 ハッキリ言って普通の人間――否、開拓者ですら臆しそうな山をただただ進む。 そうしていて思うのは、道中に転がる岩や木。行く手を阻む崖すら、楠通弐(iz0195)の障害にはなっていないらしい。 「本当、人外の力ね」 そう呟いて口を噤む。その脳裏にあるのは、紅林の言葉と屋敷を去った通弐の姿だ。 (死して逆転の策を授ける。……ある意味上手い方策かも知れないけど、彼女が受け入れるのには少し時間が必要なのかしらね……) 「まあ、裏街道を進む状況から脱したいという思いは、行動の端々に現れているのだしね」 浪志組の行動を監視して見たり、人間の営みを眺めて見たり、明らかにアヤカシの中だけで目撃されていた時とは違う行動が垣間見える。 だからこそ思う。 「出来うる限りの状況を整えて、皆が納得する様になれば良いわね」 そうなれば、強大な力を持つ通弐とて裏の道から抜け出せるかもしれない。 弥生は以前に戦った時を思い出して息を吐く。と、その耳にフィン・ファルスト(ib0979)の声が響いてきた。 「パラーリアさん、大丈夫ですか?」 そう叫ぶ彼女は駿龍のバックスの背にパラーリア・ゲラー(ia9712)を乗せながら森を進んでいる。その目的は弥生と同じだ。 彼女は自らの相棒である仙猫に向かって叫ぶ。 「ぬこにゃん、立ち止まらずに行くのにゃ!」 花鳥の屋敷周辺、精霊門、そして安香の屋敷に繋がる道。その全てで仙猫の能力である猫呼寄を使って情報を集めた。 その結果出たのがこの道だ。 本当の意味での直線で、且つ、民家が1つもない道を通弐は走って進んでいる。それも恐ろしい程の速さで。 「……アイツ、どんな気持ちで居るんだろうな」 ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)は他の皆と同じように仙猫を追い駆けながら呟く。そんな彼の声に甲龍のSachieが顔が上がった。 「……若し仮に、彼女が最期に言っていた言葉が本当なら、…俺は……っ」 最後に目にした通弐は今まで会った何時よりも感情を露呈させていた。それはつまり、あの言葉こそが通弐の本音。 込み上げる悔しさに手綱を握る手に力が篭る。それに気付いたのだろう。 甲龍の心配げな表情に苦笑すると、ミシェルは龍の背をそっと撫でた。 「……自分の不甲斐なさを悔いてる場合じゃ、ねえよな」 今すべき事は通弐を見付ける事だ。そして紅林の遺言を達成すべく彼女を止める事。 ミシェルは神経を研ぎ澄ますように目を伏せると、道中を相棒に託して耳を澄ました――と、その時だ。 ゴオォオオォォンッ! 凄まじい音と共に森の一角で砂埃が上がった。これにパラーリアと仙猫の顔が上がる。 「先に行くわよ」 弥生は滑空艇の航路を変更させると大きく舵を切った。そうして進むのは今砂埃が上がった場所の外れ。しかも、最短距離では無く僅かに迂回する形で進んでいる。 「バックス、急いで!」 弥生の動きを目に留めたフィンは、龍の脇を蹴って一気に加速させる。 そうして弥生とは違う最短距離で砂埃の場所に到達すると、彼女の手が手綱を放れた。 「フィンちゃん、無茶にゃ!」 僅か上空から飛び降りたフィンにパラーリアが叫ぶ。 だが遅かった。既に飛び降りた彼女の体は重力に乗って地面に落ちる。 「――ッ、く」 足に伝わる振動や、全身を流れる激痛に息を呑むが、それよりも何よりも今気にすべき事は別の事だ。 「通弐っ!」 フィンは震える脚を叱咤するように叩くと顔を上げた。その視線の先に居るのは驚いた様に此方を見る通弐だ。 「なん、で……」 何でここが。そう問う彼女を見て、フィンに次いで到達したパラーリアが言う。 「ぬこにゃんに猫さんたちから情報を集めてもらったにゃ」 パラーリアを見れば、彼女に添うように仙猫が居る。 流石に人目は気にしていたが猫は気にしていなかった。思わず苦笑した通弐に新たな声が響く。 「楠……俺は、アンタに謝らなきゃいけない」 不意に響いた神妙な声に通弐の目が動く。其処に居たのはミシェルだ。 彼は通弐の道を塞ぐようにして立つと、大きく息を吸い込んで頭を下げた。 「……――守れなくて、ごめん」 「……何で、私に……」 自分は関係ない。そう告げる様に零された声だったが、戸惑いは隠せていなかった。 それを聞き止め、フィンもミシェルに習うように頭を下げる。 「あたしもだ。たぶん、アンタにも言うべきだった……ごめん」 次々と下げられる頭に通弐の足が下がる。けれどその足が下がりきる前に、彼女の手が弓を掴んだ。 「何で謝るのよ……いいから、其処を通して! 私は――」 「逃がしも、行かせもしないわよ」 いつの間に到達したのだろう。 唯一あった筈の道が弥生の出現によって塞がれている。 その事に苛立ちが増したのだろう。 通弐は持っていた弓を構えると、開拓者等をぐるりと見回した。これにパラーリアが呟く。 「あたしも紅林さんの死に憤りを感じるよ……でも、紅林さんの想いは復讐なんかじゃない」 普段とは違う、落ち着いた口調に通弐の目が見開かれる。 「紅林さんの願いは……姉妹かも知れないあなたに『生きてほしい』ってこと。生きて紅林さんの分も世界をみて感じてほしいってこと……想いは繋がっていきつづけるから」 だから。そう言いながらパラーリアは出発前に花鳥から受け取っていた刀の鍔を差出した。 それは死ぬ間際まで紅林が使っていた刀の一部だ。 「紅林さんが死んで悲しくて、許せないかもしれないけど……もう少し、待ってくれない?」 何なら、社会的に失墜させるぐらいは手伝う。そう告げるフィンに通弐の首が横に振れた。 そしてギリッと引いた弦が僅かな音を立てる。 「……そんなものじゃ、私の気は納まらない……」 通弐は苦痛に揺れる声でそう告げると、何かを振り払うようにもう一度頭を振った。それを見届けた弥生が肩を竦める。 「皆、お節介よね」 そう告げた弥生もまた、お節介な者の1人だ。 そんなお節介の1人である彼女が言う。 「ずっと迷っている様に見受けられるのだけれど……まあ、『人を裏切るのも人』だけど『人を信頼できるのもまた人』だから、あなたはその機会を得たのよ」 人間として生きる機会を得た。 貴女はまだ引き返せる。 そう告げた彼女に通弐がギリギリまで弦を引く。 「……力だけが真実……私の気は、力でなければ納まらない……」 低く、静かに告げられた声。 まるで泣く子のように紡がれる言葉は、吟遊詩人であるミシェルの心を響かせる。 「あの安香って奴は気に食わないが、……それをしたら、また元の道に戻っちまう。賞金首だとか何だとか以前に、アンタは……」 紅林の最後の言葉が耳を離れない。彼女の願いの音が何時までも心に響いている。 そして今響いた通弐の言葉が更なる音を紡いでくる。 「頼む。俺はアンタを、……紅林の妹を、守りたいんだ」 顔を上げて真っ直ぐに告げられたその言葉に通弐の奥歯が鳴った。そして次の瞬間、フィンとミシェルが後方に吹き飛ぶ。 「フィンさん! ミシェルさん!」 木々を巻き込んで崩れ落ちるフィンが、辛うじて片手を上げて無事を知らせる。 どうやら彼女の指に嵌めた小さな盾が、通弐の攻撃を受け止め、ミシェルへの直撃を防いだようだ。 「私を止めたければ力で止めなさい……人間なんて愚かよ! 嫌いよ! なのに……なのに、何でッ!!」 瞬間的に構えた矢が白い渦を纏わせる。そうして再び弦を引くと、フィンは口端に伝った血を拭って立ち上がった。 「通弐の嘆きも怒りも全て受け止める……だって、通弐のその感情は……」 あの時、開拓者に吐き捨てた言葉は通弐の本心だ。それは今の彼女を見ればわかる。 だから敢えて言う。 「その感情をぶつけなさいよ。あんたの目の前にいる、役立たずに!」 その感情は安香だけでなく開拓者にも向けられるべきものだ。だから受け止めてあげる! そう告げて武器を構えたフィンに次いでパラーリアも白い大きな弓を構える。そして弥生とミシェルも戦闘の体勢を整えると、今まで木々に止まっていた無数の鳥が一斉に空へと舞い上がった。 |