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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 怒り、悲しみ、やり場のない数多の感情。それらを抱えた状態で、楠通弐(iz0195)は開拓者等と対峙していた。 「私を止めたければ力で止めなさい……人間なんて愚かよ! 嫌いよ! なのに……なのに、何でッ!!」 脳裏に浮かぶ姉――紅林の姿。最後に告げた言葉が如何しても頭から離れない。 彼女を死に至らしめた全ての者へのやり場のない感情。それらを吐き出すように紡いだ言葉に開拓者が応える。 「その感情をぶつけなさいよ。あんたの目の前にいる、役立たずに!」 口端に伝った血を拭いとりながら叫ばれた言葉に胸が痛む。 (アヤカシの中に在った時は、こんな痛み感じなかった……強さを追い求めている間は、この様な感情もなかった……) あったのは純粋に力のみを追い続けようとする心。人間を裏切り、ただ力だけを求め続けたあの時は、人である意味など分かりもしなかった――否、理解しようとも思わなかった。 けれど…… (……私が力を求めた理由は……) 頭を掠めた忘れていた想い。それを振り払うかのように引き結んだ唇が言の葉を呑み込む。 そうして開拓者を見据えると、通弐は新たな矢を番える。 きっと「誰が悪い」「誰の責任」「何が悪い」「あの時ああすれば」そんな事を考えても意味がないのだろう。 今はこのやり場のない感情が煩わしくて仕方がない。 「通弐ーーッ!!」 叫ぶように放たれた声に通弐は最大限に弦を引く。その胸中に、己が此処まで強くなった理由を抱いて。 ●安香邸 空を舞う一羽の鳥。それを招いた志摩軍事は、鳥の足に付けられた文を開いて眉を寄せる。 「楠が……」 開拓者が彼女を足止めする事は予想していた。安香に監視を付けたのは、万が一を想定してのこと。 「おい、今のは何だ」 足音もなく忍び寄った存在に振り返る。 其処に居たのは安香の監視を行っていた開拓者だ。 「『紅林』が開拓者と接触した。急いで向かってくれ」 「!」 紅林、と言う名に開拓者が息を呑む。 彼女は知っている。紅林は既に亡くなっている事を。そして志摩がそう呼ぶ人物が誰の事かを。 「……、…安香は如何するんだ」 奴は何の償いもしていない。 奴はまだ何か隠しているかもしれない。 そう言外に告げて彼の目を見る。その何とも言えない感情を含んだ瞳に志摩の口に苦い物が浮ぶ。 「お前さんはあの狸の何かしらを掴んだ。それは『紅林』を説得する材料になるんじゃないか? 一度凝り固まって逸れちまった頭ってのは簡単に戻りゃしない。力で捻じ伏せるには人手も必要だろうしな」 かつての自分がそうであったように、力で抑え込まれなければわからない事もある。 「それに奴はこれ以上の情報は漏らさないだろう。ならするべき事は1つだと思うが?」 志摩の言う事には一理ある。 けれど自分は今、安香の護衛と称しながら監視をしている。その自分が安香の傍を離れる訳にはいかない。 そう告げる開拓者に志摩は言う。 「安香の護衛は俺でも良いだろ。だが、決めるのはお前さんだ。お前さんが後悔しない方を選ぶんだな」 俺はそれを支持するさ。 志摩はそう言い終えると、腕に止まったままだった鳥に文を括りつけて空に飛ばした。 ●花鳥邸 バタバタと鳴り響く足音に、まずは花鳥が、そして開拓者等が視線を向ける。 其処に居たのは開拓者ギルド職員の山本だ。 「た、大変だ!」 息を切らせて駆け込んできた彼は、それを整える間もなく次の言葉を放つ。 「くす――じゃない! 『紅林』さんが見付かったって!」 慌てて別の名を呑み込んで叫ぶ。それに顔を合せた開拓者等だったが、彼らの顔には訝しげな表情しかない。 そんな開拓者等に代わって口を開いたのは花鳥だ。 「『紅林』は無事なのですか?」 息を詰めた静かな声音に山本が「うん」と声を含めて頷く。そうして1枚の文を開拓者に差し出すと眉根を寄せた。 「『紅林』さんを追っていた開拓者の皆は、既に戦闘態勢に入ってるらしい。いつ大きな戦いになってもおかしくないって……」 文には楠が居ると思われる場所の地図と、至急向かうようにとの文字が記されている。 地図は思った以上に細かく書かれており、これを元に現場に急行する事は可能だろう。だが気になる事がある。 「地図の筆跡と、急行する様に書かれている文字の筆跡は別のようだが?」 そう。地図と文字の筆跡がまるで違うのだ。 その指摘に山本が慌てて頷く。 「ああ、それはそうだよ。地図は志摩の知り合いのシノビが書いた物で、文字は志摩が書いた物だから」 「シノビ?」 初耳だ。 そう零す開拓者に山本は続ける。 「信頼性はあるよ。東房国のある寺社に仕えるシノビが送って来た情報だから。それよりも急行できそう?」 「急行は……」 出来なくはない。だが、自分等が向かえば花鳥の護衛は如何する。 安香が何もしないと言う保証もない今、彼女の傍を離れるのは危険だ。 「屋敷には地図を書いたシノビが向かってる。自分が加勢するよりは、縁のある人間が加勢して止めた方が良いだろうから、って」 それでも選択は開拓者自身がすべきだ。とも山本は言う。 その声を聞いて、この場に居た開拓者の視線が落ちた。 楠の元へ向かうべきか。それともこのまま花鳥の元に居るべきか。 迷う彼らの耳に、凛とした声が届く。 「どうか『紅林』を救って下さい……彼女の姉の為にも」 宜しくお願いします。 そう深々と頭を下げた彼女に、開拓者は決断を下す。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)
20歳・男・砲
ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)
18歳・男・吟
樂 道花(ic1182)
14歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ● 「来なよ、受け止めてあげるから!」 ギリギリまで引かれた弓。其処に集中してゆく気の存在を見詰めながら、フィン・ファルスト(ib0979)は黄色い宝珠の嵌められた剣を構えた。 (――私たちは……ううん、私は、あんたのその痛みを受け止めなきゃいけない……それこそ、全力で) 胸に強い決意を抱いて大地を踏み締める。 通弐の攻撃だ。たぶん容易に受け止める事は出来ないだろうし吹き飛ばされる可能性も大きい。それでも受け止めなければいけない。 そう自分に言い聞かせて柄を強く握り締めた時だ。 「フィンちゃん真っ向から受け止めるのは危険にゃ!」 上がった声にチラリと目を向ける。 其処に居たのは通弐とフィンに目を向けるパラーリア・ゲラー(ia9712)だ。 彼女は先程から最善の策を練って思考を最大限に動かしている。その証拠に彼女の目は忙しなく周囲を探っているのだ。 「……うっかりやり過ぎて殺しちゃうとかは台無しだし、負傷の状態は注意深く観察しないとだけど……」 通弐相手に手加減など出来る筈もない。 そんな事をすれば自分もただでは済まないだろう。 彼女の気持ちを汲んで闘うも、彼女の悲しみを受け止めるも、怒りを発散させるも、全て全力で立ち向かわなければ出来ない事だ。 だがこの場に居る皆の願いは1つ。 彼女を『紅林』として……人として生かす事。だからやり過ぎは認められない。 ではその為には如何したら良いのか―― 「俺も不器用だからさ、こういう方法しか出来ねェけど……必ず、アンタだけは!」 思考を巡らすパラーリア同様、ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)も最善の方法を探していた。 闘うのは致し方ない。自分も何かあればきっとそうするし、通弐相手ならばこれが最善と分かる。 ならば吟遊詩人である自分は此処でどんな役割を担ったら良いのか。そう考えた時、ミシェルはまず、超越聴覚を使う事を考えた。 その理由は弓の音、彼女の動く音、それらを聞き逃さなければ先手を取れるかもしれないから。 だが彼の耳は研ぎ澄ました事で、全く別の音を捉えた。 『――援軍到着まで耐えるんだ。君達の友が向かっている』 「!」 一度も聞いた事の無い声だった。 けれどその声や言葉は、確かに自分に向けられた物だとわかった。否、そうであって欲しいと思った。 「誰も居ない……けど、今の言葉……」 声のした方を振り返ったが誰も居ない。 それでも聞こえた声が、言葉が頭から離れない。もし今の音が事実なら―― 「樂やルナシオンさん、それに羅喉丸さんが来る」 確証がある訳じゃない。それでも彼らなら来る。そう信じられる経由が自分達にはあった。 だから、 「フィン、パラーリア! 皆が来るまで時間を稼ぐんだ!」 確証も無いものを信じて、宛てもない未来を信じて、自分でも如何かしていると、そう思う。 けれどこの確証の無い声にフィンとパラーリアが反応した。 「皆……そっか、皆も……わかったよ! そうと決まれば持ち堪えないとだね!」 瞳に闘志を宿して叫んだフィン。 それに呼応するように頷いたパラーリアが彼女の背に隠れるように移動する。その上でミシェルと目を合わせると、活路を見い出したように前を向いた。 「ひとまず三十六計、逃げるに如かずにゃ」 仲間が来る。その言葉が方向性を決めた。 ――皆で通弐を止める。 そうと決まれば後は皆を待って目標を達成するだけだ。 「さぁて、通弐を打倒しとっ捕まえるよ。紅林さんの願いのために、奪われた花鳥さんのために、そして……あんたを止めるよ、通弐!」 決意を固めたフィンの言葉に誘われるように、ミシェルとパラーリアが己の武器を構える。 そうして放たれた通弐の攻撃。それをフィンは真正面から受け止めたのだった。 ● 願いを託して下げた頭。それを上げた時、花鳥は目の前に立つ開拓者の顔を見詰めた。 その視線に羅喉丸(ia0347)が頷く。 「花鳥さん。全力を尽くす事を約束するよ」 そう言って幼い手を取った彼の全身には、自身ですら律する事の出来ない大きな傷がある。 その傷は、本来であれば楠通弐(iz0195)と対峙する事は出来ない程だが、それを隠して彼は今一度頷く。 其処には花鳥と紅林の願いを叶えたいと言う純粋な想いがある。そしてその想いを抱くのは彼だけではない。 「紅林さんの願いは俺も叶えたい」 そう零すハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)曰く「俺が加わって如何にかなるとも思えないが……」との事だが花鳥からすればそんな事はない。 「羅喉丸様、ハーヴェイ様。お2人に力を借りれた事、この花鳥は一生忘れません。有難うございます」 再び下げられた頭に、羅喉丸とハーヴェイの視線が重なる。そうして頷き合うと、ハーヴェイは額に添えていたゴーグルを装着した。 「全く仕方ねぇ人だな。正直、他の皆ならともかく――とは今も思うが、頑張るとするかね」 フッと口角を上げて花鳥に笑んで見せる。その上で屋敷の外へ向かうと、彼らの足がすぐさま止まった。 「誰だ」 警戒を含めて発せられた羅喉丸の声に、屋敷の前で柱に凭れる形で頭の後ろで手を組んでいたリィムナ・ピサレット(ib5201)が振り返った。 「あ、やっと出て来た! 遅いよ!」 快活な声に眉を潜めると、彼女と共に屋敷の外に立っていた長谷部 円秀(ib4529)が近付いて来た。 「話は山本さんより伺いました。過去は誰にでもあるものですし、過去が如何であれ、敵対するなら倒すし、身を振り直すと言うならそれを手伝う……それが私の主義です。まあまずは、借りを返そうかと思いまして」 穏やかに発せられる声に羅喉丸は眉を潜める。それを受け、リィムナが補足するように口を開いた。 「癒し手が必要になる事もあるかもしれないからって追加派遣されたんだ」 あたし陰陽師ね。と笑って手を振る彼女に羅喉丸は僅かに考え込み、そして空を振り仰いだ。 「今は信じるしかないか……となれば、時間が惜しい。急いで現場に向かおう」 そう告げた元に一頭の龍が舞い降りる。彼は龍の手綱を手に取ると、大きな動作で背に飛び乗った。 「現場が動いている可能性も考慮して動こう。頑鉄、頼むぞ」 トンッと蹴った龍の脇。それに次いでハーヴェイも屋敷まで持って来ていた滑空艇に跨る。 「任せて。救ってみせるよ……全身全霊でねっ!」 リィムナの声に誰ともなく頷きを見せ、それぞれが持つ最上の方法で現場を目指す。 目的地は安香邸に向かう途中の森。志摩が寄越した地図に記された通弐の居場所だ。 ● 風を切って駆ける龍の背に跨り、樂 道花(ic1182)は手にした手綱に力を込める。 「シュィ、高速移動をもう一回だ!」 高速移動――この技を使わせるのは何度目だろう。そろそろシュィの体力も限界だ。それでも急がずにはいられない。 「待ってろよ『紅林』……絶対に、お前を止めてみせっからな……!」 安香邸で耳にした紅林と花鳥の境遇。それらを通弐に伝える必要が自分にはある。少なくとも、紅林が何故死ななければならなかったのか。それだけでも伝える必要が道花にはあった。 だから、心配だったものの安香邸を離れる決意をした。 「安香の奴は気にくわねぇ。けど、『紅林』は放っておけないんだ。だからシン……頼んだからな」 不安を拭う為に置いてきた忍犬。その彼を置く時に志摩と交わした会話を思い出し、道花は思わず苦笑した。 『お前が近づいて何かすんのも許さねぇし、安香が移動すんのも許さねぇ。せいぜい帰りを指咥えて待ってるんだな』 良く知らない相手に全てを任す事など出来ない。そう語った道花に、志摩は笑いながら「頑張って来い」と告げた。 「あのおっさん、相当のお人好しだな」 そう零して道花は握り締めた手綱を振り上げる。 「シュィ、死ぬ気で駆けろ! 戦ってる最中なら音が五月蝿いはずだ! 轟音の方へ向かってくれ! 飛ばせぇ!」 遠くを見詰める様に瞳を眇める。そうして手綱を叩き落とすと、彼女の声に応えるよう、駿龍は勢いを上げて空を駆けて行った。 ● ゴオオォォオオォッ! ベキベキと音を立てて倒れる木々。その合間で膝を折って息を切らすのは、全身に擦り傷や打撲を覗かせるフィンだ。 彼女は手にした刀を地面に突き立てて立ち上がる。 「相変わらず、化け物…、ね……っ」 攻撃の殆どを逃げながら回避しているが、それでも少しずつ怪我は増えている。その理由に挙げられるのが、通弐の遠距離と近距離の両方を織り交ぜた格闘系弓術攻撃だ。 「弓を射ったと思ったら、次には接近で飛び込んでくる……予測不能過ぎるだろ」 ミシェルも何とか攻撃を避けているが、フィン同様に怪我は増える一方だ。それでも徐々にだが、彼女の発する音に慣れてきた。 「ッ、楠が動いた!」 僅かに耳を掠めた音。それを頼りに声を上げると、通弐が木を背に体勢を整えたパラーリアに向かうのが見えた。 「弓を持ち替えた! 飛べ!」 彼の言葉通り、パラーリアに急接近した通弐が近距離で弓を構えたのが見えた。 「っ、無茶言うのにゃ」 それでも避けなければ倒されてしまう。 パラーリアは必死の思いで辛うじて触れた枝を手に取ると、幹を蹴って飛翔した。それに合わせて通弐も舞い上がる。 「残念」 微かな囁き声と共に、パラーリアの首筋が通弐の矢によって薙がれる。 飛沫のように舞い上がった鮮血。それを頬に受けながら着地した通弐を見ながら、パラーリアは転がるようにして地面に着地した。 「……、…致命傷じゃ、ない……」 首筋を押さえながら起き上がった彼女は、先程からある違和感を覚えていた。 それは通弐の攻撃に見え隠れする迷い。 今までの通弐であれば止めを刺せた場面で、彼女は決まって力を抜くのだ。そしてそれは通弐自身無意識の行為なのだろう。 「また……」 苛立たしげに零された声。これが全てを現している。 けれど彼女は直ぐにその思いを振り払う。 全ては気のせいだと。次こそは止めを刺せる、と。 「!」 考えを振り払うまでの一瞬の隙を突き、通弐の目の前からフィンが消えた。 「まだまだぁ!」 木々の中に姿を晦ました彼女に、通弐の目が否応なしに細められる。と、その耳に木々を叩く音がした。 それは右、左、前、後ろ、と縦横無尽に響いてくる。 「粋な真似をするわね」 面白い。そう口角を吊り上げて近くの木を駆け上がる。その上で枝を大きく蹴り上げると、手にしていた弓を構えて無数の矢を放った。 次々に降り注ぐ矢の雨。だがフィンは姿を現さない。 「これでどう?」 最大限に引いた弓が白の渦を纏う。そして一気に地上に降り注ぐと、衝撃を受けた大地と木々が木の葉を巻き込んで舞い上がった。 これにはミシェルが驚いた様にパラーリアを木の後ろに引き込んで抱き込む。そうして衝撃をやり過ごすと、新たな音が彼の耳を突いた。 「マズイ、もう1撃来る!」 弦を引く音は先程の物と同じ音色を放っている。もし木々が殆ど倒されたこの場所に、先程と同じ一撃が来たら如何なるか。 想像しただけでもゾッとする。 ミシェルはパラーリアから手を離すと、上空に向けて竪琴を構えた。そして弦に指を添え―― パァァアアァンッ! 「なっ!?」 楠の矢が見えない衝撃に弾かれた――否、凄まじい勢いで迫って来た弾丸に弾かれたのだ。 「この攻撃はもしかして……」 期待を込めて放たれたパラーリアの声に応える様に、数人の人影が見える。 その中の1人、長身の男がゴーグルを外しながら辺りを見回す。 「……おおぅ。何か一刻を争う事態になってるな。まー予想出来たって言えば予想出来たけどな!」 飄々とした声と裏腹に、真剣な眼差しを注ぐハーヴェイが、漆黒の銃身を掲げながら新たな気を篭める。 それを視界に納め、リィムナがミシェルやパラーリアに駆け寄る。そうして彼等の傷を確認すると、パラーリアの背にそっと手を添えた。 「質問は後で受け付けるよ。それよりもこっちへ来て」 ハーヴェイと共に来たと言う事は味方と考えて良いだろう。 ミシェルとパラーリアは神妙な面持ちで頷きを返すと、通弐の動きを注意深く見据えていた円秀の元へ移動した。 「回復の間、彼女の相手は任されました」 言って駆け出した彼に「待て」とミシェルが声を上げる。けれどそれが届く前に居なくなってしまった彼に眉を潜める。 「殺したら意味がないんだ……」 「大丈夫だ。道中十分説明を行った」 それにしても良く頑張った。そう声を掛ける羅喉丸は、フィンをこの場に連れてくる役割を担っていたようだ。 疲労困憊の様子の彼女を座らせながら、皆の無事を確認して安堵の息を吐いている。と、そんな彼らの目に強い光が飛び込んで来た。 ハーヴェイの閃光練弾だ。 どうやら円秀の言葉通り、回復の間の時間稼ぎをしてくれているようだ。そうと分かればゆっくりなどしていられない。 「精霊の力を借りて回復するよ!」 キラリと光った髪飾りに次いで響き始めた歌声にミシェルは勿論、パラーリアやフィン、羅喉丸も驚いて目を見開く。 静かに、優しく降り注ぐ歌の力が、薄緑色の燐光を纏って皆の傷を癒してゆく。そうして全ての光が途絶えると、リィムナはニッコリと笑って胸を張った。 「さあ、助けに行こう!」 時を同じくして、通弐と対峙した円秀はハーヴェイの放った閃光練弾に目を伏せると一気に駆け出した。 「弓使いに接近戦で負けるのは気にくわないんですよね」 先に闘った際、通弐は接近戦を仕掛け円秀に攻撃を見舞った。その時の雪辱を晴らしていない。 彼は光に目が眩んでいるであろう通弐に接近すべく、倒木と健在の木の間に身を隠しながら駆けて行く。 そうして死角から飛び出すようにして間合いを詰めるのだが、その一瞬の間に彼は息を呑む事になる。 「!」 目の前に飛んで来た爪先が、彼の鼻を掠めたのだ。それどころか、ギリギリで避けた彼をあざ笑うかのように舞い上がった足が弧を描いて戻ってくるではないか。 「弓も武器も使わずに足で攻撃してきますか……舐められたものですね!」 鞘に納めていた刀に手を伸ばして一気に引き抜く。音も、光も感じさせない動作で抜き取った刃が通弐の足を掠め、彼女の体が微かに揺らいだ。 其処に反撃の間を与えない一撃を見舞うべく、更に足を踏み込む。 しかし―― 「が、ぁッ!?」 息を奪うような攻撃が彼の腹を突いた。 目を見開いて見止めると、通弐の矢が彼の胴を突いていたのだ。これに転げるように地面に倒れ込んだ円秀が、息の吸う間も無く咳き込む。 其処へ通弐が迫るのだが、その足をハーヴェイの弾丸が遮った。 1歩、2歩、確実に距離を取って行く彼女に気付き、口端に伝った血を拭いながら円秀が起き上がった時だ。 「『紅林』ーーー!!!」 飛び退く勢いを止めて通弐の目が上がった。 上空を飛来した巨大な龍の影。それに次いで降り注いだ矢に退くと、彼女の前に見覚えのある顔が迫った。 「――っ」 油断もあったのだろう。だがそれ以上に、聞こえた名前に動きが封じられてしまった。 「……お前、は……」 ゴクリと唾を呑み込みながら呟く先に居るのは道花だ。 彼女は通弐の懐に飛び込むと、彼女の胸倉を掴んで詰め寄った。 「よく聞け『紅林』! お前の過去、全て話して聞かせてやる! 全てだ!」 ――全て。 この言葉に通弐の瞳が揺れた。 「何で、あそこに花鳥と二人でいたのかも、何もかも全部! 知りたいってんなら大人しく聞け! その間、俺は手を出さねぇと誓うから!」 自分を『紅林』と呼びながら、別の『紅林』の話をすると宣言する道花。そんな耳を貸す必要は本来ない。 けれど耳を貸したいと思った。 通弐は握り締めていた弓の手を降ろすと、静かに目の前の銀の瞳を見詰め、そして囁いた。 「……わかった。話せ……」 ● 道花は、安香邸で侍女から聞いた話全て通弐に話して聞かせた。 安香には家督を継がせたい嫡子が居る事も。紅林が危険だとわかっていて花鳥と共に神楽の都へ遣った事も。そして花鳥が母親や紅林に愛されていた事も、全て話した。 これらは全て真実。 通弐が耳にしたら、再び怒り狂って安香を殺しかねない真実。 けれど、これらは彼女に伝えなければならない真実でもある。 「安香は全部知ってた。紅林と花鳥が都に行ったら如何なるかも……」 道花は其処まで言うと、通弐の反応を確認せずに目を放した。 その耳に思わぬ声が届く。 「……私の、所為」 小さく零された声に道花の目が戻る。 それはいつの間にか近くに集まっていた仲間も同じ反応だった。 「賞金首としての私が居るから、紅林は死なねばならなかったの……」 脱力、とでも言うのだろうか。 完全に力無く零された声にフィンが何かを言おうと口を開く。けれどそうする前に、通弐が自嘲気味に言の葉を落とした。 「……今まで、考えもしなかったわね。自分の所為で誰かが死ぬ。私の所為だなんて欠片も思わなかったわ」 過去、力を求めてアヤカシ側に付いた時、数多の人間が傷付いた。場合によってはそうする事で亡くなった人間もいただろう。 だがそれを『自分の所為』とは考えなかった。 「当たり前の事だったのよ。力が無い者は死ぬのは。弱いから死ぬの。でも……」 紅林は弱くなかった。寧ろ、強かったとさえ思う。 では何故死んだのか。 それは―― 「俺も力を求めたさ。強くなければ生きられない。だがな、強いだけの力など寂しいな」 不意に聞こえた声に通弐の目が上がった。 其処に居たのは羅喉丸だ。 彼は満身創痍の状態で手を軽く上げて見せると、苦笑しながら肩を竦めた。 その仕草に通弐の目が落ちる。 「寂しい?」 口にしてズキリと胸が痛んだ。それに手を添えると、剣を鞘に納めたフィンが心配そうな表情で近付いてくる。 そうして彼女の手に自らの手を重ねると、何かを確認するように口を開いた。 「あたしが戦う理由。それは、大事な何かを失わないために、大切な誰かを奪わせないために。誰かが悲しまなくていいように『守る』ために、守れるように強くなるために」 通弐は、どう? そう問い掛ける彼女に迷うように視線が落ちた。 「……生きるため、ね」 そう、はじめはそんな単純な理由だった。 けれどいつしか強くなければ生きられない。強くなければ虐げられる。強くなって頂に立ち、誰にも虐げられる事の無い力を――そうして得たのが今の自分。 「確かに、寂しいわね……貴方の言う通りだわ」 乾いた笑いを零して通弐は羅喉丸を見た。 先の話を思い返すに、彼も自分と同じなのかもしれない。けれど自分とは確実に違う物がある。 「貴方は、自分の強さを手に入れたのね」 何となくだがそう思う。 そして次の言葉を発しようとした所で、道花の声が届いた。 「……紅林はな。別に安香のこと、怨んでたわけじゃねぇと思うんだ。どんな理由があろうと、あいつは人殺しは望まない。きっとお前にだって望まない。花鳥が、お前が無事なら、それだけでいいんだよ。それでもお前は、実行するのか? お前が今すべきことは、他にあるんじゃねぇか?」 「私のすべきこと?」 「そこは自分で考えるんだよ」 伺うように見詰めた銀の瞳が、意思の強さを覗かせて見詰め返してくる。 それを直視できなくて目を放すと、道花は通弐の頭を撫でる様にして手を離した。 それを見ていた円秀が呟く。 「結局、決着はつけられないままですか」 元々通弐の処遇は彼女に関わって来た者達に任せる気でいた。 ただその前に、以前の雪辱を晴らしたかったのだが、またの機会にお預けか。 「残念ですよ」 そう言って円秀が踵を返そうとした時だ。 「通弐ッ!!!」 フィンの悲痛な叫びに彼の目が戻った。 「――ッ!」 一瞬にして広がった鮮血。 辺りに充満してゆく甘い血の香りに円秀の目が見開かれる。そして次の瞬間には、彼は羅喉丸と共に駆け出していた。 「退け、粉砕する!」 通弐の腕を抑えていたハーヴェイに声を掛け、羅喉丸がありったけの気を込めて拳を握り締める。そうして一気に通弐の腹と胸を貫いた弓に撃ち込んだ。 パリィィインッ! 一瞬にして弓は砕け散ったが、通弐が自ら貫いた傷は消えない。それどころか次々と溢れ出す赤が止血の為に伸ばしたミシェルの手を汚してゆく。 「おい! そこのあんた! さっきの術をもう一度使ってくれ!」 「わ、わかったよ!」 声を掛けられて我に返ったリィムナが急いで通弐に駆け寄る。 「決して死なせない! 救うって約束したんだ!」 花鳥邸を離れる際、盲目の少女は屋敷の外まで来て通弐の無事を願った。 その願いを無下にする事は出来ない。 「あんたには別の生き方がある筈だよっ……」 大きく息を吸い込み、祈りを込めて歌を紡ぎ始める。 それを耳にしながら、パラーリアは通弐の止血を急いだ。如何しても最悪の事態は避けなければならない。 「楠さん、生きるにゃ! あなたを愛してくれた人との絆、今もあなたをまってる人がいるのにゃ!」 流石は志体持ちと言うべきだろうか。 大量の血を失いながらも息を紡ぐ彼女の血が止まりつつある。その事に安堵の息を零しながら、ミシェルは思わず叫んでいた。 「何でこんな事した!」 聞こえてないかもしれない。 けれど叫ばずにはいられなかった。 あれだけ好き勝手に行動してきた賞金首が、自害と言う形で最期を迎えようとした事にも腹が立つが、それ以上に腹が立つのは、自分達の言葉をまるっきり聞いて貰えてなかった事に腹が立つ。 「無知なんて言葉で片付けられる行為じゃない!」 悔しさにミシェルが拳を握り締めた時だ。 擦れるような声で通弐の声が聞こえた。 「……人間は……こうして、罪を償うじゃない……」 「!」 反射的に彼女の頬を叩いていた。 「何で紅林が俺達に自分の遺体を楠として差し出して欲しいなんて言った! 何でかわかるか? アンタが、新しい未来を歩める様にだ! アンタが別の生き方を出来る様にする為だろ!」 なのに何でこんなっ。 そう言葉を詰まらせたミシェルに通弐は驚いた様に目を開いた。そして自分を見る開拓者達に目を馳せる。 「……でも……」 犯した罪が大き過ぎる。 そう零した通弐に静かな声が届く。 「もう一回言うよ。……――俺は、アンタを守りたい」 握り締めた拳を解いて、血塗られた通弐の手に自分の手を重ねる。すると、微かな息の下で小さな声が零された。 「……ありがとう……」 ● 夕日が落ち、辺りが完全に寝静まった頃。 開拓者達はギルドで一通りの手続きを済ませた後、家路に着くために夜道を歩いていた。 「賞金首、楠通弐の亡骸は予定通りギルドに渡ったな」 そう呟いたのは道花だ。 彼女は道端で足を止めると、これまで共に動いてきた仲間達を振り返った。 その視線にパラーリアも足を止めて頷く。 「間に合って良かったにゃ」 脳裏には色々な事が渦巻いている。 それを思い返すと複雑だが、一端の区切りはついた。 「かなりギリギリだったし、間に合わない可能性も考えてたが……良かったな」 ハーヴェイは緩く息を吐きながら今までの事を思い返す。その表情に明るい色はない。 決して悪い結果ではない。 だが何かしこりが残ったような、そんな出来事だった。 「『紅林』、如何するんだろうね」 リィムナは心配そうに表情を落として呟く。と、その声に円秀が口を開いた。 「未来を決めるのは彼女自身です。身をふり直すのなら手伝いもしますが……今のままでは無理でしょうね」 そう言い置くと、円秀は道の端を流れる小川に目を向けた。それに釣られるように目を動かした羅喉丸が言う。 「時間を掛けるしかないだろうな」 通弐はあの後、花鳥邸に送られた。 彼女の容姿も考慮して医師は呼ばれず、現在は花鳥邸の奥の間で花鳥の看病を受けて過ごしている。 勿論、楠通弐としてではなく『紅林』として。 「大丈夫! 『紅林』の事だし、直ぐに元気になるよ! そしたら今度こそ真っ向勝負して勝つんだから!」 フィンはそう言って両手を振り上げると、元気を振り絞って笑顔を見せた。 これにミシェルの口角が上がる。 「そうだな。元気になったら人間ってのは絶対に1人じゃ奏でられない音があるって教えてやらないとな」 助け合うこと、手を取り合うこと、仲間を信じること。 「まだまだやる事がいっぱいだな!」 道花はそう言って伸びをすると大手を振って歩き出した。 |