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■オープニング本文 北面国と東房国の国境付近に在る里・狭蘭(さら)。 数年ほど前、開拓者になる事を夢見てこの里を出た少年が居た。 『天儀一の開拓者になる』そう夢を抱いて出て来た少年は、神楽の都に入ると同時に騒動に巻き込まれる。けれどこれが彼の人生を大きく変える切っ掛けとなった。 少年の面倒を請け負った志摩 軍事(iz0129)。そして彼を窮地から救い育て上げた開拓者達。 彼等との出会いが1人の少年の人生を大きく変えた。それは良くも悪くも彼が前を向く切っ掛けとなり、そして今――再び少年の人生が動こうとしている。 ●狭蘭の里 紅蓮に染まった葉が落ちる姿を、陶 義貞(iz0159)は祖父と2人で眺めていた。 「もう直ぐ冬だな。冬籠りの準備は終わったのか?」 問いかける義貞の声に祖父であり、里の長である宗貞が頷く。それを目にして「そっか」と言葉を返すと2人の間に沈黙が流れる。 そもそも義貞が里を訪れたのは宗貞の呼び出しがあってこそ。それがなければ、彼は神楽の都で開拓者の仕事を熟していただろう。 義貞は枝葉から落ち葉に視線を動かすと、縁側から垂らしていた足を下げて胡坐を掻いた。 その様子に宗貞が呟く。 「……義貞。冬の間だけでも、里に戻ってんか」 里はもう直ぐ冬を迎える。 雪が降り、殆どの家々が戸を閉めて春が訪れるのを待つだけの季節。この季節は里に人が篭る所為か、稀にアヤカシが魔の森から流れて来る事がある。 ここ最近はその様子も無かったが、今年は如何なるかわかったものではない。だから宗貞の呟きは良くわかる。 だがそれだけの理由なら、宗貞は戻って来いとは言わない。何か別の、もっと違う理由がなければこの様な話題は出さない。 義貞は胡坐を掻いた足を引き寄せると、僅かに目を細める様にして庭の先――魔の森がある方角を見詰めた。 「……魔の森がまた進行して来たのか?」 里の近くにある北面国と東房国の国境。其処には昔、龍の保養地『陽龍の地』と呼ばれる場所があった。 現在は魔の森に呑み込まれて姿を消したが、まさか最近になって進行速度が速まったのだろうか。 そう思い問いかけたのだが、宗貞は首を横に振って息を吐く。その姿が異様に小さく見えて、義貞は魔の森から祖父へと視線を流すと、微かに眉を寄せた。 「隣の若夫婦が遭都に行ってしまってな……里の若者は殆ど居なくなってしまったんじゃ」 宗貞によると魔の森の進行は、少し前に上級アヤカシが巣食い退治して以降落ち着いていると言う。とは言え、予断を許さない状況なのは変わらないが、それでも急を要する物ではないと言う。 「最近では、若者だけでなく年寄も里を出ておる……このままでは里の存続自体が危うい」 そう言って再度息を吐いた宗貞に、義貞の視線が落ちた。 「じいちゃん……それって、俺に里に戻って欲しいって事なんじゃないのか?」 冬の間だけでなく、これから先もずっと里に居て欲しい。そう言っているように聞こえる。 「……願わくば、じゃが……開拓者として送ってもらう仕送りは、今や里に無くてはならないものじゃ……それを辞めさせる訳にも、のう」 資金繰りも厳しく、里の人手も足りない。 本来なら里に戻って来て欲しい。けれどそれをすれば今度こそ里が無くなるかもしれない。 宗貞の言葉にはそんな意味合いが込められている気がした。 「じいちゃん」 ふと義貞の首が傾げられる。その足元にはいつの間にやって来たのか、大きくなった白いもふらがいて、2人の会話をじっと聞いていた。 「里に特産物とか、何か誇れるものはないのか?」 出身地でありながらそうした話は聞いたことがない。故に問い掛けたのだが、宗貞はこの問いにキッパリと返す。 「ないのう」 やはり。そんな思いが胸を過るが、それなら話は早い。 「里に特産物を作って活性化させる、ってのは如何だ? 若い人が戻って来れる様な、何かを考える。とかさ!」 ただ待っているだけじゃ駄目だ。そう言葉を発した義貞に、宗貞の視線が下がった。 「そうは言うが、里に誇れるものは……」 あるのは小さな畑と魔の森。昔は龍の保養所があったが、それは相当昔の話。今では魔の森に消えてその痕跡を伺う事すらできない。 義貞は俯いてしまった祖父を見詰めると「よし!」と勢いを付けて立ち上がった。 「俺、開拓者を募って魔の森に行ってくる」 「何?」 突然何を言い出すのか。そう視線を向ける宗貞に義貞は言う。 「変態上級アヤカシはもう居ないしさ、龍の保養地の痕跡見るくらいは出来るかな、ってさ」 もしかしたら瘴気に侵されて何も残っていないかも知れない。けれど万が一にも何かあれば里の活性化に役立てる事も出来るかも知れない。 何かあるかも。何もないかも。 その双方しかないのなら、義貞はこうありたいと思う。 「遣って駄目なら仕方ないけど、遣ってもないのに諦めるのは嫌だ。俺は開拓者になって学んだんだ。後悔だけはしたくない」 これまで多くの事があった。 悲しい事も楽しい事も。それでも最後には後悔しない道を選んできたつもりだ。それは彼と共にあってくれた人達がそうであったからこそ見い出せた道でもある。 「じいちゃん。もし何もなかったら、その時は特産物考えようぜ。んで里に人を呼び戻そう!」 な? 義貞はそう言うと、足元に座るもふらを抱き上げニッと笑った。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
ウルスラ・ラウ(ic0909)
19歳・女・魔 |
■リプレイ本文 魔の森に足を踏み入れる前にと、リンカ・ティニーブルー(ib0345)は寒さで震える体を奮い立たせようと、事前に用意していた鍋に芋幹縄と干し飯を入れて雑炊を作っていた。 そんな香ばしい味噌の香りを胸いっぱいに吸い込み、匂坂 尚哉(ib5766)が雑炊をひと口、口に運ぶ。 「ひっさびさにここまで来たかな」 そう零しながら森の中を見回す。 此処は狭蘭の里に隣接する森の中だ。この奥へ進むと、魔の森が広がっている訳だが、どうにもこの場所は懐かしく感じる。 「そう言えば尚哉さん、若葉に噛まれた所は大丈夫なんですか?」 問いかけた六条 雪巳(ia0179)が皆の分の雑炊を碗に注ぐ。そうして自分の分も手にすると、僅かに首を傾げた。 その仕草に尚哉の唇に笑みが乗る。 「おう、治ってるぜ」 トンッと自分の身を叩いて見せる彼に、ふと陶 義貞(iz0159)が呟いた。 「そう言えば、尚哉と初めて会ったのって2年位前か?」 「だな。まさかここまで付き合う事になるとは思わなかったぜ」 あの時は魔の森で迷子になった義貞を探しに来たのだった。 そう思い返して雪巳と密かに笑いあう。と、それを眺めていた羽喰 琥珀(ib3263)が口を開く。 「それにしても里の人達、年寄ばっかりだったな」 思い返すようにして首を捻る琥珀に北條 黯羽(ia0072)が頷く。 「俺が見た感じだと里人の殆どは老人さね。若者ってェも、俺よりも遥かに上だったが、そうした年齢層は片手に数えるばかり……厳しいさね」 狭蘭の里の人口は20〜30名程度。その中で40代未満の働き盛りの若衆は片手に数える程しかいない。 「聞いた話では今年頭にはもう少し居たらしいね」 ウルスラ・ラウ(ic0909)はそう言って冬の乾燥に澄んだ空を見上げる。その上で目を細めると、やや億劫そうに呟いた。 「何かを出荷ってのは厳しそうだな。それよりは里にしかないもので人を集める方向がいいかも知れない」 「そうですね。観光客よりは、安住して下さる方を呼びたいでしょうし……でしたら、何か仕事になるものが良いでしょうか」 ポツリ。零された雪巳の声に黯羽が「ふむ」と思考を巡らす。 「美味い水が出るンなら酒造ってェのもアリだとは思うけどな」 「それは良いですね。仕込んでしまえば日持ちもしますし、町へ売りに出すにも都合が良いかと」 黯羽の提案に雪巳が微笑んで頷く。 そうした遣り取りを目にしていたリンカが、ふと義貞を見た。 「義貞さん。さっき里で初老の男性が何か探していたようだけど、あれは何なんだい?」 「ん?」 唐突な問いに握り飯を口に運んでいた義貞の目が瞬かれる。 「あ、それは俺も気になったな! なんか枯葉の下の方を掘ってた気がしたんだけど……染色か何かの材料探しか?」 もしそうだとしたら、観光資源に桜染を提案しようとしていた琥珀にはまたとない好材料となる。 だが義貞が答えたのは、染め物とはまるで違うものだった。 「枯葉の下を掘ってたってんなら、探してたのは日陰虫(かげむし)だな」 「日陰虫?」 何だそれ。そう問い掛ける尚哉に義貞が近場の地面を掘り出す。そうして何かを掴むと皆の前で開いて見せた。 「っ」 思わず反応したのはリンカだ。 僅かに背を伸ばして唇を引き結んだ状態で義貞の手を見ている。けれどウルスラは、リンカとは逆に興味深そうに彼の手を見ていた。 「随分と毒々しい色の虫だね」 彼女の言うように義貞の手の上には毒々しい色の虫が居た。紫と緑が螺旋を描く毛虫のような虫。毛虫と大きく違うのはゴロンとした丸い体に羽のような物が付いている所だろうか。 「……見た事もない虫だけど、これは……」 里人がわざわざ探すと言う事は何かあるのだろう。そう問うリンカに義貞がニッと笑む。 「これは毒消しの材料になるんだ。こいつの体には猛毒があるんだけどさ、それを上手く取り出して薬にするんだよ」 「毒消し……なあ、義貞。その虫って少ないのか?」 「いや、この季節は大量発生するから数はわんざかいるはずだぞ。年中は無理だから冬籠りの前に捕って来年の分を作って蓄えておくんだ」 義貞の答えを聞いた琥珀が「なるほど」と呟く。 「里の資源を減らさずに、しかも里が里のままであるために行動するならコレが良いかもしんねーな」 里を出る前、琥珀は里人にこんな質問をしている。 『折角戻ってこれた里なのに、人が居なくなって里じゃなくなるのは嫌だろ?』 この問いに里人は頷いた。しかし老人ばかりであること、新しい事を始めるには些か抵抗があることなどから、話し合いにまで発展しなかったのだ。 だが義貞の言った毒消しならば話は別だ。 「元からある物なら新しく覚える必要もない。しかも資源は冬に大量発生するなら尽きる心配もないだろ」 「でも……」 困惑気味に眉を寄せる義貞だったが、その様子にリンカが微笑んで添える。 「地元では当たり前の品が他では重宝される事もあるからね。その毒消しだってそうさ。必要であればギルドで鑑定してもらっても良いんじゃないかい?」 開拓者ギルドのお墨付きとあれば毒消しの信用性は一気に上がるだろう。 リンカの提案に義貞は、困惑した表情のまま手の中の虫を見詰めた。 ●雪巳、ウルスラ、そして義貞 瘴気の樹木を避けながら奥に進む義貞の後ろには、雪巳とウルスラの姿がある。 「陽龍の地……何だか懐かしい響きです」 そう零す雪巳は、懐かしそうに辺りを見回す。 この周辺には過去、人骨で作られた城があった。そしてその更に前には龍の保養地があった筈なのだ。 「雪巳は陽龍の地に詳しいのか?」 「詳しい……と言いますか、その場に行った事があると言いますか……」 曖昧に返された声に更に首が傾げられる。これに義貞が添える。 「騒動に巻き込まれて知ってるんだよ。陽龍の地は北面国と東房国の境にあった場所で、ちょっと前に上級アヤカシが住みついてたからさ。その関係で知ってるんだ」 この言葉にウルスラが「なるほど」と頷く中、雪巳の手にする扇が柔らかな動きで揺れた。 それに合わせて出現した白兎にウルスラと義貞の目が向かう。 「因幡の白兎か」 「ええ。今回はお役に立てると良いのですけれど」 そう零す雪巳の前で、白兎がキョロキョロと辺りを見回している。そしてしきりに小さな鼻を動かすと、困ったように雪巳を見上げた。 「……雪巳さん、またじゃないか?」 「そのようですね」 苦笑を滲ませて笑いながら頷く。そうしている内に、白兎はもう無理と言わんばかりに首を横に振って消えてしまった。 それを見届けてウルスラが周囲を見回す。 「水はないとして、保養地だったら施設があったはず……その痕跡だけでもあれば、必要健在や労働力の目安になると思うんだけど」 如何かな。ウルスラはそう呟くと近くに在る瘴気の木に目を向けた。その上で足を進めて地面を探る。 「……石……いや、岩か?」 ふと手を伸ばした先に落ちる岩。瘴気に汚染されて触る訳にはいかないが、良く見れば転々と山積みになっている。 「建物の土台か何かでしょうか。もしそうなら相当大きな建物だったのでしょうね」 転がる岩の量は朽ちた物を含めるならかなりの量だろう。それだけの物を使用すると成れば相当大きな建物が建っていたに違いない。 「雪巳さん時間は?」 義貞の問い掛けに雪巳が懐中時計を見下ろす。 「合図までにはまだあります」 「なら、もう少し調べてみよう」 義貞はそう告げて周囲を巡り始める。それに合わせて雪巳やウルスラも動き出すと、3人は与えられた時間を有効に使う為に動き始めた。 ●リンカと琥珀 弓の弦を引き鳴らすリンカは、周囲にアヤカシの気配がない事を確認してホッと息を吐いた。 「大丈夫そうだね」 義貞が皆を案内したこの場所は、どうにも警戒し過ぎてしまう。 魔の森故に警戒するのは悪くない。それだけ無駄な戦闘が避けられるから。 けれどその思いは過去の戦闘経験から余計に強くなっているような気がする。 「とにかく頑張って痕跡を探さないと……義貞さんの故郷が寂れてしまったら……義貞さんだけじゃなく、若葉の帰る場所も無くなっちゃうしね」 そう零した時だ。不意にリンカの思考を遮る声が響いた。 「なあなあ、リンカ。これ何だろう?」 振り返った先に居たのは琥珀だ。彼は地面にしゃがみ込んで何かを見詰めている様だった。 「何かあったのかい?」 問い掛けながら周囲を見回すと、如何やら其処は家屋の跡らしい。 所々に転がる岩と、朽ちかけの瘴気に汚染された木がその証拠だろう。とは言え、完全な家の形を模していない以上、断言出来ないのが痛い。 「石みたいなのが埋まってるんだけどさ……」 これ。そう言って琥珀が示した先には、確かに石のような物が埋まっている。 だがよく見ればそれは意図的に形を作った石の様だ。尖った石の先から徐々に大きく広がって行く直線がその証拠だろう。 「掘り出してみるかい?」 「だな!」 笑顔で頷くと、琥珀は持参した円匙で地面を掘り始めた。 そうして姿を現したのは、長方形をした石。しかもその表面には何か文字のような絵のような物が書かれている。 「もしかして、これって石版かな?」 瘴気に塗れていると言うのもあるが、風化していて何が書かれているのかわからない。それでもそれが石版であろう事はリンカや琥珀でも判断できた。 「持って帰って詳しい人に判定して貰った方が良いかもしれないね。もしかしたら重要な事が書いてあるかもしれない」 リンカはそう言うと、他にも何かないかと辺りを探り始めた。 ●黯羽と尚哉 「やっぱ義貞の目的地も此処だったか」 そう零した尚哉の傍では、黯羽が人魂を飛ばして周囲の警戒にあたっている。 此処に来るまでにアヤカシの襲撃はあった。但しそれは皆と一緒に行動している時だ。 それは戦力的にも人員的にも余裕がある時だったからまだ良い。だが人手を割いて調査している今、アヤカシと遭遇したら最悪だ。 「たぶん当分は大丈夫さね。また後で飛ばしてみるが……取り敢えずは此処の調査かねェ」 黯羽は本を閉じることで人魂を回収すると、辺りを見回すように視線を動かした。 他の調査個所と同じで、大きな建物は見えない。噂ではだいぶ前に陽龍の地は消えたらしいので当然と言えば当然だが……。 「そういや、前に相棒と一緒に温泉に入れるとか依頼があったけど、此処にもあったのかな?」 とは言え、もし温泉があったとしても枯れている可能性が高い。故に痕跡を探すのは難しいだろうが何かあれば良い。 そんな思いで尚哉の目が動いた時だ。 「……あれは」 ふと目に付いた石囲みの小さな円。それに足を近付けると黯羽も近付いてくる。 そうして2人で覗き込むと黯羽が言った。 「こいつぁ井戸だな」 瘴気が漂い、それを纏う草に覆われているが間違いない。 黯羽は瘴気に汚染されないように気を付けながら井戸らしき物に触れると、それを覆う蔦を払った。 「っと、あんま近付くと危なそうだ」 蔦を払うと当時に落ちた岩に尚哉が呟く。その上で改めて井戸を見遣ると彼の目が周囲に飛んだ。 「井戸があるって事はこの近辺に何かあったんだろうな」 「そうさねぇ……」 黯羽も彼と同じように視線を動かす。 過去の賑わいを現す何かが出れば面白いと思ったが、やはりそう簡単にもいかないか。 「ん?」 黯羽の足がふらりと動いた。 その上で彼女の足がある一定の場所で止まると、尚哉も気付いたように駆けてくる。そして2人で足元を見詰めると、黯羽の口角が上がった。 「でっかい窪みさな」 楽しげに零された黯羽の目に映るのは、巨大な窪み。 但し、窪みと言っても底が深い訳ではない。単純に広く浅く窪みを『作っている』感じだ。 「これ、明らかに人の手で作ったものだよな?」 自然に出来たにしては不自然なほどに整った窪み。これを見る限り、誰かが意図的に作ったと考えて良い。 「尚哉、メモを取ってくれるかァ? 俺はもう一度人魂を飛ばしてアヤカシがいないか確認するさね」 何かに集中している時に襲われては大変だ。 そう語る黯羽に頷き、尚哉は目の前に広がる窪みの大きさと形状をメモに記し始めた。 ●古の答え 赤の狼煙が天高く昇る。それを目にした面々は、それぞれの情報を手に散開地点へ集合し、そのまま魔の森を抜けた。 そうして狭蘭の里に戻る頃には陽が殆ど陰っていたのだが、宗貞の家へ戻った彼らは疲れた様子も見せずに情報の開示を始める。 「皆さんの意見を纏めると、やはりあの場所が龍の保養地跡で間違いないようですね」 雪巳は感慨深げに目を細めながら、集められた情報の切れ端を見詰める。其処に記されているのは、過去、その場に建物があった痕跡。そして石版と井戸の発見。 後は―― 「尚哉と黯羽が探して来た巨大な窪みがわかんないんだよな」 琥珀はそう言いながら首を捻る。確かに発見された巨大な窪みの意味が分からない。 それでも情報は少しだが集まった。後は発見された石版の情報解析に期待する他ないだろう。 「石版の解析はギルド経由でお願いした方が良いかもしれないね」 「毒消しと一緒にお願いしたらどうだろう?」 リンカに続き尚哉が声を上げるとウルスラが腰に敷いている座布団に目を落とした。 「義貞。この座布団は?」 「もふらの落ちた毛を詰めたって聞いてるぞ」 「へぇ」 ふかふかで座り心地の良い座布団だったが、もふらの毛ともなれば簡単に手に入るものでもないだろう。 「流石にこれを特産品には無理か」 そう零したウルスラに笑みを浮かべ、黯羽は宗貞の用意した茶を口に運ぶ。そうして笑みを深めると発見された石版に目を落としたのだった。 ――数日後。 石版と毒消しの解析結果が出た。 石版の修復には未だ時間は掛かるらしいが、石版に記されていたのは陽龍の地が活性化していた頃の絵と文字らしい。 幾体もの龍が大きく掘られた温泉に身を沈め、それを世話する人間の姿も描かれていると言う。 但し文字に関しては未だ解析の時間が必要との事で、これ以上の情報はわかっていない。 そして毒消しはと言うと、龍にも効果のある薬だと言う事が判明した。 石版を解析した者の話では、陽龍の地に伝わっていた毒消しが里だけの秘薬として残ったのでは、との事だ。 |