餓鬼山道突破
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/20 01:12



■オープニング本文

 東房国。
 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。
 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに生きる時間の殆どを費やしている。
 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)でも、アヤカシや魔の森との闘いが日々行われていた。

●霜蓮寺・街道集落
 獣の姿をしたアヤカシが、殺気に満ちた瞳を光らせながら獲物を狙う。
 その先にいるのは、僧服に身を包んだ武人たちだ。
 刀を、薙刀を、弓を、棍を構え、飛びかかるアヤカシを斬り払う。
 ここは霜蓮寺の街道を進んだ先にある小さな集落だ。周囲を竹林に囲まれたこの場所は、つい先ほどまで安積寺に向かう旅人で賑わっていた。
 小さな茶屋と僅かな店。そして少ないながらも存在する民家。今はどれもが脱け殻と化し、アヤカシによって破壊され尽くしている。
「街道のアヤカシは殲滅した。次の指示を」
 武骨な印象を受ける男が、大薙刀を手に報告する。その先にいるのは、赤く濡れた刀を持つ女性だ。彼女は刀の露を払うと、男の顔を見上げた。
「ご苦労様です。街道に関してはもう問題ないでしょう。後は集落に入り込んだアヤカシを殲滅します。隊を至急戻して殲滅に当たらせてください」
「了解した」
 女性の声に男は颯爽と去ってゆく。
 その姿を見送り、彼女の目が集落へと向いた。
 無数のアヤカシが地面に転がり、そこからは濃い瘴気が立ち昇っている。彼女はそれを眺めると、息を吐いた。
「日が昇ってから2度、ですか‥‥流石に堪えますね」
 今は空に煌々と月が照っている。
 その場所に太陽が腰を据えていた頃、彼女は隊を率いて別の集落へアヤカシの殲滅に向かった。
 そしてその集落での戦闘を終了した後、休む間もなくこの場所へと来たのだ。
「昨日も2度‥‥その前も‥‥」
 多くなったアヤカシの襲撃。それが何を示すのか、まだ分からない。それでもそれが良くないことを暗示しているのは分かった。
「嘉栄(カエ)様!」
 僧服姿の人員が数名、女性――嘉栄の元に駆けてきた。
 全身にアヤカシの瘴気を浴び、武器にもその名残が見える。
「どうしました。貴方がたの持ち場はここではない筈」
 嘉栄の瞳に光が宿る。冷静に物事を判断しようと唇を引き結ぶ姿に、1人が口を開いた。
「安積寺への街道が魔の森によって分断されました」
 嘉栄の目が見開かれる。
 東房国で魔の森に街道が分断されることは珍しいことではない。
 だが今回、魔の森が迫っていると言う予兆はなかった。
 偵察へ向かう僧からの急を要する連絡はなく、定期報告はしっかりと来ていたのだ。その為、事前に魔の森が迫っていたとは考えにくい。
「いったい‥‥いえ、迷っている暇はありませんね。急いでアヤカシを殲滅し、霜蓮寺へ戻ります。貴方がたは、先に戻りこの事を統括様へご報告願います」
 嘉栄の声に僧服姿の者たちは従順に去ってゆく。その姿を見送り、嘉栄は刀を手にアヤカシが留まる地へと向かった。

 嘉栄の向かわせた人員は、然程時間を置かずに霜蓮寺に着いた。
 そして霜蓮寺を総括する人物に、事の次第を報告している。
「――概ね了解した。嘉栄が戻り次第、魔の森を焼き払いに行く人員を形成。安積寺に街道分断の報告をする者を向かわせよう。さて、誰を向かわせるか‥‥」
 統括は思案気に瞼を伏せた。
 そこに凛とした声が響き渡る。
「それでしたら、わたくしが向かいます」
 広間に響いた声に、統括の目が向かう。
 全身に瘴気を纏い、疲れた顔で立っているのは嘉栄だ。彼女は統括の前に来ると、膝を着いて頭を垂れた。
「街道が分断されている以上、安積寺への道は餓鬼山道を通るしか残されておりません。餓鬼山道はアヤカシの巣。寺の警備、魔の森の焼き払いもあります故、人員を割く訳にもいきませんでしょう。ならば、わたくしが行くのが適任かと‥‥」
 嘉栄の言葉に統括は唸った。
 彼女の言う言葉はもっとも。そして現状を考えるなら、人員を割くには死に直結しかねない。
「しかし、嘉栄は闘い詰めであろう。そろそろ休まねば力も出まい」
 統括が把握しているだけでも1週間はアヤカシ相手に戦い続けている。この状態でアヤカシの巣である場所へ乗り込んでも無事に出れる保証はないだろう。
「統括、今戻りましたぞ」
「おお、久万(クマ)か。そなたも嘉栄を説得してくれ」
 大薙刀を手にした男――久万は統括と嘉栄を見比べると、ふむと顎を擦った。
「嘉栄は言い出したら聞かんからな。もし行くと言い張るのなら、開拓者に護衛を頼んでは如何だ」
 久万の声に統括が名案とばかりに手を打つ。
「寺を護る開拓者を雇うほどの金はないが、嘉栄を護衛し餓鬼山道を通る、少数の開拓者を雇う位は出来るだろ」
「うむ確かに名案。嘉栄、もし行くと言うのなら開拓者を護衛に着けよ。でなければ、出立は認められん」
 久万の声に統括は頷いた。
 こうして安積寺へ向かう嘉栄の護衛に開拓者が募られたのだが、当の嘉栄は乗り気ではない。
 それもその筈、東房国は未だに北面へのわだかまりが強い。その為、志士への風当たりも強いのだ。
 そして嘉栄自身もまた、志士へ良い感情を持っていない。
「もし志士が来たら‥‥」
 嘉栄の重い溜息が、静かに口を吐いたのだった。


■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
氷(ia1083
29歳・男・陰
柳ヶ瀬 雅(ia9470
19歳・女・巫


■リプレイ本文

●餓鬼山道入口
 鬱蒼と、憂鬱な雰囲気を醸し出す森。
 静まり返り生き物の気配がしないこの場所に、数名の男女が集まり何かを話し合っていた。
「一番分かり易い正規の道が良いだろう」
 北条氏祗(ia0573)はそう言うと、中央に広げられた地図を指差した。
 山道に伸びる道は多岐に渡る。それはこの地を抜けようとした僧たちが切り開いたものだ。その中でも一番分かり易く、目に着く道を北条は示した。
 だが道は他にもある。
「そうね〜。これだけ道があると迷うわね。ねえ、この中で一番安全な道はないかしら」
 今回の護衛対象である嘉栄を振り返った葛切 カズラ(ia0725)は、ゆったりと首を傾げた。
「この山は何処を進んでもアヤカシが出ます。故に安全な道はないでしょう。ですが‥‥」
 嘉栄の目が地図に落ちた。
 そして斜めに山を突っ切る道を示す。
「だいぶ森の中を進むようですね。他の道に比べて険しく思えるのですが‥‥」
 嘉栄が指差した道を眺めて柳ヶ瀬 雅(ia9470)が呟く。
「険しい道は、僧が安全な場所を探して切り開いた証拠です」
「最短距離と言う訳ではなさそうだな。だが、無理をせずに進めるならその道も然り」
 北条の声に皆が頷く。
 これで進む道は決まった。これからアヤカシが巣食う山へと足を踏み入れる。嘉栄自身、疲労は限界まで来ているが、安積寺に無事辿り着かなくてはいけない。
 そんな使命感を胸に抱き表情を強張らせる嘉栄の肩を誰かが叩いた。
「中々危険な道のりだぁが‥‥必ず護ろう。大事な用事がぁあるんだぁろ?」
 犬神・彼方(ia0218)だ。
 彼女はニッと笑ってみせると肩に置いた手で、ぽんぽんっと彼女の体を労った。
「ありがとうございます」
 嘉栄が犬神に頭を下げると同時に、息の抜ける音がした。目を向ければ、氷(ia1083)が欠伸を零しながら餓鬼山道を眺めているのが見える。
「相変わらずこっちの方は魔の森の勢いが衰えないのか‥‥」
 思案気に、そして眠そうに餓鬼山道を眺める彼の傍で、同じように山道を眺める男がいた。
「山越えか‥‥夜になると危険だ。日がある内に距離を稼ぐ方が良いだろう」
 ラフィーク(ia0944)はそう言い終えると皆を振り返った。
「最後尾は俺が務める。皆、行こうか」
 こうしてラフィークの声に促され、一行は餓鬼山道へ足を踏み入れた。

●餓鬼山道
 立ち並ぶ木々。その間に生える草を踏みしめながら、開拓者たちは地図を頼りに道らしくない道を歩いていた。
 隊列は出発前に皆で相談した通り。
 前衛を北条が、後衛をラフィークが務め、中央に嘉栄を置いて歩く。足取りは夜を避けるために速く、女子供には少しばかり厳しいものになっている。
 しかし流石は開拓者。そこら辺は男性、女性共にこの速さに付いていけているのだが、嘉栄だけがその速さに後れを取り始めていた。
「肩ぁ、貸そうか」
 近くを歩く犬神がぽつりと声を掛けた。
 犬神は普段から一家の父親として振舞うだけあり、誰よりも気遣いに富んでいる。そんな彼女の声を拾い、柳ヶ瀬が声を上げた。
「あそこに開けた場所が見えます。少し休憩しませんか?」
 彼女が示すのは木々が薄くなっている場所だ。そこならば多少は見通しも良く、休憩に適しているだろう。
「そうねぇ。道のりは長いんだし、良いんじゃないかしら」
 葛切が頷き、他の皆が頷く。しかし1人だけこの提案に異を唱える者がいた。
「わたくしならば大丈夫です。先を急ぎましょう」
 他の皆を見ればこの休憩が誰の為に提案されたものなのか分かる。
 嘉栄は上がった息を隠すように息を詰めると、足を止めて開拓者たちを見回した。
「アヤカシが巣食う場所で休憩など取っている暇はありません。一刻も早くここを抜け、安全な場所で休憩を――」
「消耗してんだぁから無理しなさんな、どんと甘えなさい」
 嘉栄の言葉を遮って犬神が口にする。嘉栄の肩に置かれた手は、無理はするなと軽くあやしてくる。その声に同意するよう、別の声が降ってきた。
「だな。俺もそろそろ昼寝‥‥じゃなかった、休憩したいし」
 口にしたのは氷だ。彼は眠そうに欠伸を零すと前方の休憩が提案された場所を見た。
「で、ですが‥‥」
「ん‥‥俺が休みたいの」
 氷は眠たそうな目を嘉栄に向けると緩く首を傾げた。
 きっと彼の心中は別の筈。それでもそう言いきるのはきっと嘉栄の為だろう。
「‥‥っ、申し訳ありません。では少しだけ、休憩を取らせていただきます」
 嘉栄はそう口にすると、彼らの気遣いに僅かに唇を噛みしめたのだった。

 休憩中は葛切が持参した食料や水で皆が一息吐いた。
 周囲を怠るのを忘れずに、皆が警戒をしながら体を休めている。嘉栄もまた、地べたに座りながら与えられた休憩時間を疲労回復へと当てていた。
「君は東房生まれかね?」
 周囲を警戒しながら声を掛けてきたのはラフィークだ。彼は不思議そうに視線を向けてきた嘉栄に気付き、小さく唸ると周囲の木々に視線を向けた。
「なに、志士が居ないことに安心した様に見えたものでな」
「それは‥‥」
 息を呑む音が聞こえる。その事に苦笑すると、ラフィークは彼女に視線を戻した。
「若いと言うか、わかり易い‥‥志士もまた然り、かね」
 最後の方の呟きは彼の中に消える。そしてそれを追求させないように、先ほどまで起きてるのか寝ているのかわからなかった氷が口を開いた。
「あんた、志士が嫌いなのかい?」
 率直にして素直な質問に嘉栄の口元に苦笑が浮ぶ。これで答えは十分だ。
「ふぅん‥‥少なくとも、開拓者になっちまえば、あんま国とか拘らないと思うけどな」
 氷の言う言葉は尤も。
 国や職業を元に依頼を選んでいては、開拓者は務まらない。ましてや職業などいつ一緒になるかもわからないのだ。
「あらぁ。お話はそこまでみたいよ〜」
 気の抜けた声に皆の視線が葛切に向かう。
 彼女は奇妙な形の式を回収すると、ふうと息を吐いて見せた。
「人間の匂いでも嗅ぎつけたのかしらね。わらわら迫ってるわよ」
「無駄な戦闘は避けたい。出発するぞ」
 北条の声に皆が腰を上げ、急いでこの場を後にしたのだった。

●山頂の包囲網
 日が傾き始めた頃、一行は山頂へと辿り着いていた。
 周囲にある木々はそのまま。途中少数だがアヤカシとの戦闘はあったものの、大したものではなかった。
 選んだ道が良かったのか。それとも開拓者の腕が良かったのか、はたまたその両方か。
「この先は下りですね。この分でしたら、明朝までにここを抜けられそうです」
 柳ヶ瀬の声は皆が思っていたのと同じだったのだろう。全員が胸中、もしくは表立って同意する。
 だがその直後、異変は起きた。
 木々がざわめきだすにも拘らず、周囲が静まり返って生き物の気配が消える。その異変に逸早く気付いたのは犬神だった。
「囲まれてるみたいだぁな」
 人魂を木々に潜り込ませて呟く。その声に葛切もまた周囲を探った。
「待ち伏せでもしてたのかしらね」
 彼女の目にも人魂が与えた情報が鮮明に映し出されている。開拓者を囲むアヤカシの存在はかなりの数だ。
「最善策はやはり――」
「アヤカシを薙ぎ倒し囲いを突破する‥‥これしかあるまい」
 ラフィークの声に北条が刀を抜いた。
 覗き始めた月の光と沈みかける太陽の光を浴びて、怪しく光る刃を眼前へと構える。
「月宵さん、少し強行になるかもしれません。行けますか?」
 柳ヶ瀬の声に嘉栄は神妙に頷いた。
 本来ならば自分も刃を掲げて戦いたいところ。しかし現状でそれは出来ない。
 そのもどかしさに拳を握りしめていると、肩を叩く手があった。
「もしかすると、夜には布団で寝れるかも?」
 氷だ。今いる場所、これから進む場所を考えて口にした言葉に、嘉栄の目が瞬かれる。
「それは‥‥」
「下り坂を駆ければ時間は短縮される。辛いのは分かるが貴殿も侍、ここで意地を見せようぞ」
 北条の言葉に氷の言葉の意味を理解した。
 それと同時に嘉栄の表情が引き締まる。
「そうと決まれば行きましょ。前衛は北条さん、後衛はラフィークさん。残りは月宵さんを護りながら中衛よ」
 葛切の声に皆が自らの武器を手にする。
 視界には既に数十匹のアヤカシが見える。そのどれもが腹を膨らませた子供のような姿だ。
「餓鬼たぁ、良く言ったもんだぁ」
 犬神の呟き。これを皮切りに皆が地面を踏みしめた。
 そして‥‥。
「アヤカシ共が‥‥必ずや、まかり通って見せよう!」
 二本の刀を掲げて声を張ると、北条は自らの武器に気を送り込み地面を深く踏みしめた。
 前方にはアヤカシの壁。後方には護衛対象と仲間がいる。北条は瞳に鋭い光を宿すと一気に地面を蹴った。
「うおおおお!!!」
 先陣を切ってアヤカシに斬り込んでゆく北条に皆が続く。全てを相手にする必要はないが、切り抜ける道を作る必要はある。
 北条の二本の刀が前方を塞ぐアヤカシを薙ぎ倒す。しかし全てを斬り捨てるのは至難の業だ。
 何度も気合を送り込んで刀を振るうが壁が崩れない。
「くっ」
 北条の眉間に皺が刻まれ、僅かな焦りが浮かぶ。そこにアヤカシの刃が迫った。
「邪魔だぁ」
 北条の頬擦れ擦れの部分を風が駆け抜けた。
 側面を覆うように迫っていたアヤカシの壁が崩れ、再び風が頬を過る。
「全部を相手にしようと思うなぁよ」
 後方から響く犬神の声。次々と繰り出される風の刃に側面のアヤカシが薙ぎ倒される。その様子に北条は再び刃を振るった。
 その後方には迫るアヤカシに奇妙な形の式を放つ葛切の姿がある。嘉栄を庇うように符を構えるそこから、鉄のような小型化した生きものが飛び出してゆく。
「さくさく行きましょ。もたもたしてると、痛い目見るんだから」
 そう言いながら妖艶に笑ってアヤカシを切り裂く。その姿は焦るというよりは楽しんでいるようにさえ見る。
「ラフィーク、大丈夫?」
 複数の符を構えた氷が後方のラフィークを支援する。その声に後方から迫る全てのアヤカシを払うラフィークが苦笑した。
「この状況下で大丈夫かと問うのもどうかと思うが、然して問題はない」
 刀を使い払ってゆくアヤカシ。その個々の力は大したことが無い。その事実に迫りくる数を前にしても焦りは浮かんでこなかった。
「‥‥フム、この硬さ程度なら俺の拳で砕けんこともない」
 呟きながらも刀を手放すことはしなかった。
 そんな彼の目がチラリと嘉栄を映す。
 仲間に護られながら苦渋を噛みしめた表情でいる彼女に息を吐く。
「柳ヶ瀬。月宵の足が遅れているぞ」
「あっ、はい!」
 ラフィークの声に嘉栄の直ぐ傍で彼女の手を引いていた柳ヶ瀬が頷いた。
 彼女もまた嘉栄の表情には気付いている。そして足が遅くなった原因も気付いていた。
「月宵さん。お気持ちは察しますが、今はここを抜けるのが先です。走ることに専念してください」
 優しく言い聞かせるように声をかけながら、引いている彼女の手を握りしめる。そこにアヤカシの咆哮が響いた。
 一気に皆の視線が前方に飛ぶ。
「っ、いけません!」
 嘉栄の手を離した柳ヶ瀬から風が放たれた。
 犬神や葛切のとは違う。穏やかで優しい春風の様な風だ。
 風は前方を行く北条に向けられている。
 二頭のアヤカシを地面に伏した北条の全身に浮かぶ傷。それを柳ヶ瀬が放った風が攫ってゆく。
「‥‥まだ、行けるっ!」
 全身に感じていた痛みが消え、再び力が満ちてくる。しかしアヤカシの壁に先が見えない。
 そんな彼の視界に数弾の小型の武器が飛び込んできた。
 それが物凄い勢いで前方のアヤカシを吹き飛ばしてゆく。
「今の内だ、行け!」
 ラフィークの声に彼が何かしたのだと判断する。そして葛切、氷が皆の傷を癒すと同時に全員の足が速まった。
 前だけを見据えアヤカシの壁を崩してゆく北条。それを補助するようにアヤカシを滅する犬神。彼らを支援しながら嘉栄を護る、葛切、柳ヶ瀬。そして後方で未だ襲い来るアヤカシを薙ぎ払うラフィークと、彼を支援する氷。
「後一枚!」
 北条がアヤカシの後ろに道を見つけた。
 そして、渾身の一振りがアヤカシを薙ぎ倒す。
「このまま走り続けろ!」
 後方で未だアヤカシを払うラフィークの声に逆らう者はいない。こうして一行は傷を負いながらもアヤカシの陣を突破したのだった。

●頼りになる者たち
 アヤカシに包囲され、そこを突破した一行は一気に山を駆け下りた。
 その結果、予定よりも早く山を抜けることに成功。現在は月が地上を照らす中、一行は山道を抜けた先にある街道でその身を休めていた。
 全身にはアヤカシから受けた傷の他に、木々の枝で出来た傷なども見える。しかし誰もが無事ここにいる。
「敵中突破‥‥やってはみたかったが、案外キツイものだな」
 ぼやく様に呟いた北条が、アヤカシの瘴気に染まった刀を拭う。先陣を進み尤も多くのアヤカシを相手にした割には元気そうだ。
 その脇には同じく多くのアヤカシを相手にしたラフィークが腰を据えている。こちらは頭上で輝く月を見ているのだが、北条よりは疲れた表情をしていた。
「やれやれ‥‥疲労困憊とは雅にこれだな」
「‥‥ん、疲れた。布団で寝たい」
 そう呟くのは氷だ。
 眠そうに瞼を閉じて、舟を漕ぎ始めている。たぶん、沈没するのは時間の問題だろう。そしてそんな彼を呆れた風に眺めるのは、犬神だ。
「そんな場所で寝るなぁよ。布団は直ぐそこだぁね」
 カラカラ笑って氷の頭を叩く。
 確かに街道の先には集落らしき明かりが見える。そこまで行けば宿くらいはあるだろう。
「折角山を越えたんだもの。野宿は嫌よね」
 そう言って犬神同様に氷の頭を叩くのは葛切だ。彼女は周囲を見回すと、一番疲労に苦しんでいる人物を見た。
「ねえ、大丈夫かしら?」
 声をかけられたのは嘉栄だ。
 彼女は未だに整わない息の元で辛うじて頷きだけを返す。そこに差しのべられた手に、彼女の目が瞬かれた。
「お手を貸しますよ」
 手を辿って顔を上げると、山を下る最中にずっと嘉栄の手を引いてくれていた柳ヶ瀬と目があった。
「お手数をおかけします」
 もう彼女の手を取るのに躊躇いはない。
 嘉栄は柳ヶ瀬の手を取ると、震える足を叱咤して立ち上がった。
「皆さんにも、お手数をおかけしました」
 嘉栄は柳ヶ瀬の手を離すと、深々と頭を下げた。
 そこに複数の手が触れる。感じるだけで6つ。その感触に更に深く頭を下げると、彼女の手を柳ヶ瀬がとった。
「また何かの際にはご依頼ください。お役にたてるのであれば、何でも構いませんよ」
 そう言って微笑んだ柳ヶ瀬を見てから、他の皆へと視線を向ける。そこに浮かぶのは信頼に足りる者たちの、頼もしい笑みだった。