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■オープニング本文 その場所は、神楽の都から僅かに離れた山中にあった。 麓に里を据え、山頂には毎年見事な桜が咲き誇る。此処を訪れる人々は、毎年見事に咲き誇る桜を里の中から眺めていた。 「んで、桜を毎年里から見てた人達が、何で山頂に行こうなんて思ったんだ?」 そう問い掛けるのは最近1人でも依頼を受けるようになった陶 義貞(iz0159)だ。 彼は開拓者ギルドを訪れた里人の依頼でこの土地を訪れていた。そうして聞かされたのがこの地の名物である山桜の話。 「最近小川の水が少なくなってな。水源を求めて山に入ったんだよ」 里人が言うには、昨年の春ごろから小川の水が少なくなり、新たな水源を探す必要があると言う事で山に入る必要が出たらしい。 「そうしたら如何だ。山頂の桜に囲まれるように泉があってな。そこは湧水が絶えず溢れていたんだよ。俺達はその泉を新たな水源に決めたんだが、この間山に入ったら妙なモノが居てな」 「妙なモノ?」 首を傾げた義貞に、里人が神妙な面持ちで頷く。だから義貞も神妙な面持ちになったのだが、返って来たのは何とも言えない言葉だった。 「自分はアヤカシだ、って言う猿なんだよ」 「は?」 思わず素っ頓狂な声が上がった。 義貞は今までの経験を思い返し、小さく息を吐く。 「……これ、厄介系だろ。絶対にそうだろ」 義貞がそう零すには訳がある。 「なあ、そのアヤカシって人を襲ったのか?」 アヤカシならば人を襲い喰らうだろう。それがアヤカシの本質であると義貞は理解している。 けれど里人は言う。 「いや。泉に近付くと『おではアヤカシだ。この泉はおでが貰った。あっちいけ!』って威嚇するんだ。そりゃ、怖い顔でさ!」 ますます胡散臭い。 義貞は密かにもう1度だけ息を吐くと、山頂にある山を見据えた。 ●山頂の泉 里人に教えられた道を通りながら、義貞はゆっくりとした足取りで山頂を目指していた。 その道中、彼はある事に気付く。 「ここの蕾、まだ色も付けてないな」 義貞が進む道の周りだけ、桜の蕾に色がない。それは蕾がまだ固く開花には程遠い事を示す。 「道を逸れた場所の桜はちょっと色付いてるよな……んー……」 元々知能派ではない彼にこれ以上の推理は無理らしい。低く唸るだけで歩き出した彼の足が山頂に向かう。 そうして山を登りきると、彼はすぐさま問題の泉を発見した。 周囲に桜の木を複数携えた桜は、咲けば見事な物だろう。けれどこの泉の周辺に在る桜も、義貞が来た道同様に一片の色も付けていなかった。 「おい。お前がアヤカシか?」 泉の周辺に草がない事を確認して前に進む。 すると泉の中央にある岩に腰かけていた物体が振り返った。それを見た瞬間、義貞の目が見開かれ―― 「うおっ、デッカイ猿だな!」 若干嬉しそうな声だったが、その辺は目を瞑っておこう。 「なんだ、おめぇ」 義貞の声にサル顔の自称アヤカシが小さな目を瞬かせる。そうして不思議そうに立ち上がると、のっそりした動作で泉の外に飛び出してきた。 「おめぇ、里の人間じゃねえだな……開拓者か?」 一見すれば巨大な猿だが、今まで数多のアヤカシと対峙してきた義貞ならわかる。 「だな。で、あんたはアヤカシじゃないだろ。こんな所で何してんだよ」 そう、この猿はアヤカシでも何でもない。 ちょっと毛深すぎて猿に似すぎている人間だ。格好から察するに何かの職人だろうか。 「おでは流しの植木職人だ」 「流しの、植木職人……?」 これまた妙なモノが出て来たものだ。 その流しの植木職人は「やれやれ」と言った様子で大地に腰を据えて首を振る。 「あいつら、おでが此処にいる理由も考えねえだか……救えねえだ」 落胆、と言った言葉が合うだろうか。 寂しそうに顔を落とした猿――否、人間に義貞は僅かに思案して顔を合せた。 「なあ、猿のおっちゃん。俺で良ければ話聞くぞ」 目線を合わせる様にしゃがんだ義貞に、猿のおっちゃんが目をパチクリさせる。 「おでは猿吉だ。まだ二十歳になったばっかだべ」 「えええええ!?」 如何見てもおっさんだろ! そう叫ぶ義貞に「失礼なガキだ」と呟いて、猿吉は言った。 「おでは此処の桜が有名だって聞いて来ただ。でも見てガッカリしただよ……此処の桜は死にかけてるだ」 その理由は水源を見付けたと去年の春から水を汲みに来ていた里人に在ると言う。 「このままだとこの泉も枯れて、桜も死んでしまうだ……今年はまだ大丈夫だけんど……来年は難しいだな」 しゅんっと項垂れた様に桜を見上げる猿吉に、義貞は思案するように彼の視線を辿る。 桜が咲くのは里人も楽しみにしていた。 きっと桜が咲かない事は里人にとっても本望ではない筈だ。ならば―― 「よし、猿吉のおっちゃん。俺が何かできないかやってみるよ! 開拓者には知恵が働く仲間がいっぱいいるからさ♪」 義貞はそう言って笑うと「任せろ」と胸を張って言い切った。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
ミリート・ティナーファ(ib3308)
15歳・女・砲
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
セリ(ic0844)
21歳・女・ジ |
■リプレイ本文 穏やかな青空の下、開拓者等は目的の場所を目指して歩いていた。 此処は周囲に山、少し進むと里が見える、天儀では当たり前の風景がある場所だ。 そんな当たり前の風景の中、受けた依頼を思い出たリンカ・ティニーブルー(ib0345)が小さく笑う。 「猿吉さんの想いにも応えようだなんて、義貞さんらしいわね」 依頼主の陶 義貞(iz0159)とは現地で落ちあう事になっている。 「本当じゃな。にしても、毎度毎度、楽しませてくれそうな依頼をよぉ持ってくるのぅ」 リンカの言葉に同意した東鬼 護刃(ib3264)が周囲の山に目を馳せる。 季節は春。山の端々に少しずつだか桃色の花が見える。もう少し時が経てば、辺りには本格的に桜が咲くだろう。 「花見の名所のようじゃし、行楽のためにもわしも働くとするか」 桜が咲けば花見が楽しめ、行楽の名目がたつ。そうなれば宴に昼寝に、それこそ楽しみが盛り沢山となるだろう。 その時を夢見て頬を緩める護刃を視界端に、匂坂 尚哉(ib5766)が心配げに眉を寄せた。 「何か、志摩のおっちゃんに似て来たよな」 これは義貞の事だ。 「受ける依頼は考えないとさ、それこそ体がいくらあったって足んないだろうが」 ぶつぶつと呟きながら親友の姿を思い浮かべる彼を見ながら、六条 雪巳(ia0179)の唇が微かに笑む。 (尚哉さんも似たようなものだと思いますけど……言ったら反論されるんで言いません) くすっと笑って口元を隠し、雪巳の目がふと隣に向いた。其処に居たのはセリ(ic0844)だ。 彼女は雪巳と目が合った瞬間、微かに目を見開きパッと手を下げた。その仕草に雪巳の首が傾げられるが、直ぐに彼女の髪に目が行く。 そうして穏やかに微笑むと僅か先を歩いていた足を緩め、彼女の歩に合わせて歩き始めた。 「セリさんも参加されていたんですね。桜、元気になると良いですね」 そう言って微笑みを深めた彼に、セリの顔が一気に明るくなる。 「うん! 私もそう思う!」 今回依頼を受けた理由は「桜を元気にしたい」だ。 幸いな事に、今回の桜は気付いてくれる人がいた。しかもその人は樹木に知識のある人で、幸運にもまだ助かる見込みがある。 「……本当に、気付いてくれる人がいて、良かった」 セリがそう呟くのとほぼ同時。歩道の先から大きな、元気の良い声が響いてきた。 「おおーい! みんなこっちだ!」 其処に居たのは今回の依頼主、義貞だ。 彼は大きく手を振って皆を招くと、見知った顔に笑顔を零した。 「お、尚哉だ! 久しぶりだな!」 「おう。正月ぶりだっけ?」 互いの拳を合せて笑いあう2人を微笑ましく見詰め、リンカがふと義貞の後方を見る。 「あなたが猿吉さん?」 義貞の後ろに立つ、如何見ても人間ではない容姿の男。彼はボサボサの髪を掻くと、大きな動作で頷いた。 「んだ。おでが猿吉だ。おめぇらがこのガキんちょの仲間か?」 全員を見回すように顔を動かした猿吉。これは毛深いと言うより、全身が体毛と言って良いだろう。 「これは色々大変そうじゃな」 先を思い呟く護刃。そんな彼女の横から元気に明るく飛び出す者がいた。 「がお〜☆ ミリートだよ。よろしくね♪」 猿吉の容姿にも臆せず笑顔で挨拶したミリート・ティナーファ(ib3308)は、期待の眼差しを猿吉に向けて問う。 「猿吉さんはお花好き? 歌は? それにそれにっ、桜が好きな里の人は好き?」 次々に問われる言葉に猿吉の小さな目が瞬かれる。 花は勿論好きだ。歌も楽しいから好き。そして桜が好きな里の人は―― 「植物好きな奴に悪い奴はいねぇだ」 コックリ頷く彼を見て、ミリートの目が輝く。彼女は「そうだよね! そうだよね!」と頷くと、皆を振り返った。 「ここはアヤカシは退治しました、ってことで済ませて、桜と水源の両方を解決しちゃおうよ!」 そうすれば全部解決! そう笑った彼女に、義貞は勿論、猿吉も反論せずに頷いたのだった。 ●対策会議 「水がなければ人は暮らして行けません。しかし、そのために桜が絶えてしまうのは、里の方たちとて本意ではないでしょう」 そう語る雪巳にリンカが思案気に目を落とす。 「里の人達が里山の手入れに気を配らなくなってしまってる事が、水源にしろ桜にしろ影響を及ぼしているって事なのかしら?」 だとしたら。そう言葉を切るリンカに猿吉が言う。 「手入れが問題じゃねぇだ。桜の木の根さ踏んでるのが問題なんだ」 此処は猿吉が腰を据えていた山の頂。泉の周囲には薄ら緑が生えているが、一部に草の根1本も生えていない場所がある。 猿吉は其処に膝を着くと、ミリートにこの土を触るよう促した。 「だう? はやぁ〜、カッチコチだよ〜」 ズボッと指を指したが、並の人間ならこうはいかない。ミリートは突き刺した指を引っこ抜くと、今度は緑の生える土を触った。 その姿を見詰めていたセリが呟く。 「そこは柔らかそうね……猿吉は植物の専門家。ねぇ、どうしたらいい? どうしたらこのこは元気になれる?」 ミリートから視線を外し、真剣な眼差しで問うセリに、猿吉の眉らしき部位が下がる。 「そこのめんこいのが言ったように、生きる為には水が必要だ。だけんど、その為に生き物さ傷付けたら意味がねぇ」 めんこいの? そう首を傾げた雪巳の肩を尚哉が静かに首を横に振りながら叩く。 その姿を他所に護刃が「ふむ」と口を動かす。 「道中、見た感じじゃと踏み荒らしは山道に留まっておらぬ様じゃな。道を指定して被害を抑える必要もあるかもしれんのぅ」 水源を探す為だろうか。至る所に踏み荒らした跡があった事を護刃は見逃さなかった。 そんな彼女の言葉を受け、ミリートは折っていた膝を解いて猿吉を振り返った。 「里の人に会いに行こうよ! 猿吉さんも一緒に行って、対策を考えて貰うんだよ!」 「お、おでが……教えるだか?」 しかし自分の身なりは里人がアヤカシと判断できる程に酷い。猿吉自身がそれを承知でアヤカシを語ったのだから間違いないだろう。 「大丈夫だよ。こっちには身嗜みで苦労した開拓者が付いてるしね」 リンカはそう言って義貞の背を押すと、彼に小さく片目を瞑って見せた。其処に一本の苦無が差し出される。 「尚哉……これは?」 「髭とか剃るのに必要だろ?」 そう真顔で返されて「おお、成程!」と嬉々として頷く義貞。けれど此処に「待った」が入ったのは言うまでもないだろう。 ●里の人は…… 尚哉と義貞の苦無髭剃りを逃れた猿吉は、雪巳が用意した着物に袖を通して里を訪れていた。 「本当にアヤカシは退治してくれたんかね」 訝しむ里人にリンカは自信を込めた笑みで頷きを返す。 「勿論。だからこそこうして専門家を連れて来たんじゃないか」 言って背を押された猿吉が前に出る。 顔中の毛を剃り、体毛も必要最低限添った彼は、意外にも年相応に見える。但し、猿顔なのはそのままだが、毛がないだけで人間に見えるから不思議だ。 「この人は弱った桜を助ける知識を持ってるんだよ。もしかしたら水源のことも解決してくれるかも」 ミリートの説明に里人がざわめき出す。 そうして老婆が1人進み出ると、彼女は皺くちゃの顔を押し上げて猿吉を見上げた。 「桜が弱ってるのは瘴気の所為であろう?」 桜の傍にはアヤカシが居た。 開拓者が対峙したからと言って瘴気が簡単に消える訳もない。けれどそれを聞いたセリが、老婆の前に膝を着いて彼女の手を取った。 「おばあちゃん、瘴気は関係ないんだよ。桜が弱った本当の原因は、皆が踏んでしまった土にあるんだ」 これは真実だ。もしこれを否定すれば桜は絶えるし、もしかしたら水だって消えてしまうかもしれない。 セリの言葉を吟味するように押し黙った老婆だったが、その後ろから反論の声が響いてきた。 「そんな馬鹿な話あるか! 瘴気が直ぐに消えない事はわかってんだよ!」 確かに瘴気が与える害が直ぐに消えるとは言えない。けれど今回の事は違うのだ。 「瘴気の影響は消えるけど、みんなが踏み続けた土はこれからもどんどん固くなって根を傷付けるよ。それは対策を取らないとずっと続いちゃうだよ?」 そう。瘴気は消えるが踏み荒らす事を辞めなければ桜は息絶える。 ミリートの声に別の里人が叫ぶ。 「余所者がふざけるな! 水がなきゃ生きてけねえんだよ!」 徐々に興奮し出す里人だったが、開拓者の側は冷静だった。 中でもミリートの冷静さは随一で、彼女は意を決したように笑顔を浮かべると、唐突にハープを奏で始めた。 この音色に里人の中に動揺が浮かぶ。 口々に上っていた怒声が消え、ハープの音色だけが響き始めたのだ。 「ねえ、自分の子供やお孫さん。その更に先まで見せられる宝物って素敵じゃないかな? 植物はね、とっても繊細な生き物なの。だからこそ気を付けてあげないとダメなんだ」 ハープの手を止めて微笑んだ彼女に、里人の口が噤まれる。 「ちょっと気を使うだけ。そんな難しい事じゃない。それだけで、素敵な桜を見る事が出来るんだ♪」 里人が桜を好きなのは義貞が依頼初めに里人から聞いたと言う話を思い返せばわかる。 毎年山頂に咲く桜を見ていた、と里人は言っていたのだ。ならばわかってくれるはず。 ミリートの声に憤りを納めた里人を見、セリは今一度目の前の老婆を見た。 「子供や友達が病気になったら、貴方だって看病するでしょ? 桜は動かないし、言葉も喋らないけど……」 けど桜だって生きている。それを邪魔する権利や害する権利は人間にはないのだ。 「おねがい。この子には、これからも元気で咲き続けて欲しいの」 そう言って老婆の手を包み込むようにして下げた彼女の頭に、優しい声が降って来た。 「わかったよ。何をすれば良いんだい」 老婆はそう告げると、皺くちゃの顔に困った笑みを浮かべた。 その頃、一足先に山で動き始めていた護刃が、杭を地面に突き刺した所で手を止めた。 それを目にして近くで作業していた尚哉が手を止める。 「姉ちゃん大丈夫か?」 「これは肩腰にくるのぅ……」 彼女等が杭を打ったのは数か所。その杭を荒縄で繋いで新たな道を作っているのだが、これが思った以上に重労働だった。 「これなら大人しく他の木を間引いてた方が良かったかもしれんのぅ」 呟き、近くの木を見上げる。 桜の枝らしき木の他にも、山にはたくさんの木々が生えている。それらを間引く事も桜の存続に繋がるだろう。 そんな事を考えていた時だ。 「新しく杭になりそうな木持って来たぞー」 リンカと共に山に入って使えそうな木を探して来た義貞が、彼女等の傍に新たな木を置く。 「だいぶ進んだみたいだね。こっから先はあたしも手伝うよ」 そう口にしてリンカが辺りを見回した所に雪巳も戻って来た。 彼は後方にミリートとセリ、猿吉、そして里人が居る。彼等は護刃たちがこしらえた柵を見て感心したように目を瞬いている。 「おお、その感じじゃと協力が得られたのかのぅ?」 これで楽が出来る。 そう目を輝かせた護刃に雪巳は小さく笑って頷くと、改めて、と言った様子で里人に仲間を紹介したのだった。 ●夢世界 里人の協力が得れた今、人手が十分足りていると言う事で、尚哉と雪巳を筆頭に、開拓者等は里人が何故か向かおうとしていなかった小川の上流に足を進めていた。 「こりゃ確かに並の人間じゃ近付けねぇな」 草木、そして枝を掻き分けながら進む尚哉の後ろでは、雪巳が扇子を反して兎を召喚している所だった。 「お、その兎見るのも久しぶりだ!」 嬉しそうに目を輝かせる義貞に「お役に立つと良いんですけど」と苦笑し、雪巳は白兎に囁く。 「大変でしょうが、水源を辿って下さい。この状況では何処に繋がっているかわかりませんから……」 本来は山に入らないで得られる水が良いのだが、里の周囲を見る限りそうしたものはなかった。 ならば元々水源に使っていた小川を辿るしかない。 だがこの小川の上流。掻き分けて通っている草木が激しくて先が見えない。 頑張って木々を押しやっているが、何処が正しい方角かもわからないのだ。 「はぁ……もう腰が限界じゃぞ」 杭を打った後のもう一仕事が予想以上に酷い。 これなら杭を打っていた方が良かった。 そうぼやく護刃を宥めながら奥に進むこと僅か。唐突に皆の前の視界が開けた。 「はやぁ〜♪」 思わず零れたミリートの声。 それに続く様に各々が感嘆の声を零すと、彼らの最後方を歩いていた猿吉もまた感嘆の声を零した。 「こいつは凄いだ」 彼らが目にしたのは、まるで洞窟のように小川を包み込んで咲き誇る桜だった。 幾本もの桜が絡み付いて出来たのだろう。一本では決してない桜が、覆い被さるようにして空を隠している。 「圧巻だな……ん?」 何度目の溜息だろうか。思わず零した息の先、尚哉は腰を据えて桜を見上げている白兎に気付いた。 「お前も桜に見惚れてたのか?」 術だと言うのにそんな事があるのだろうか。そう思いながらも問い掛けると、兎は小さく首を傾げて姿を消した。 その後に残ったものを見て尚哉が目を瞬く。 「まさかこれが、小川が枯れかけた原因か?」 小川にしな垂れかかる様に倒れた木。倒れた箇所を確認したミリートが告げる。 「最近倒れたみたいだよ〜」 猿吉の見解も加えると、この木は里の水源が枯れ始めた時期と倒れた時期が重なるらしい。 つまりこの木が倒れて水源を塞いだのがそもそもの原因だったと言うのだ。 「どうするんだい? 里人にこの事も報告して手伝ってもらうかい?」 本来なら里人に言って彼ら自身に解決させる方が良いだろう。けれど尚哉は桜の洞窟を見上げて言った。 「里人の生活だし、連中にやって貰うのが筋だと思う。けど、此処を荒らされるのは嫌だな」 まるで聖域ではないかと思うほどに見事な景色だ。此処を山頂の桜同様に荒らされるのは忍びなかった。 「そうと決まれば皆でこの木を退かすかのぅ」 護刃はそう言って腕を組み、ふと尚哉を振り返った。 「後で肩をもんで貰おうかのぅ」 「はあ? 何で俺なんだよ」 「馬に蹴られるのは嫌じゃからな。それに年長者は敬うものじゃぞー」 言って口角を上げた彼女に、尚哉は「ええ!?」と不満の声を零して倒木に手を伸ばした。 こうして倒木を退かし終えると、猿吉の提案で小川に掛かっていた枯葉を撤去し、開拓者等は名残惜しい気持ちを胸に、再び桜の洞窟を眺めていた。 「本当に綺麗な景色ですね」 ほう、っと息を吐きながら桜を見上げる雪巳。そんな彼のそれを小さく引くものがあった。 「雪巳。この間はありがとう。嬉しくて早速つけちゃった」 小声で告げたセリの髪には、先日雪巳から送られた髪飾りがある。密やかに女性を引き立たせる美しさを持った髪飾り。 それと桜を背にした彼女が重なってとても綺麗だ。 雪巳は穏やかに微笑むと、彼女にだけ聞こえる声で「良く似合っていますよ」と囁いた。 |