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■オープニング本文 「義貞ーっ!!」 開拓ギルドの中に響き渡る声。その声に握り飯を頬張っていた少年――義貞が顔を上げた。 きょとんとした目に飛び込むギルドの役人の姿。それと目が合うと、義貞の首が緩やかに傾げられた。 「どうひはんは?」 「発見って‥‥ああ! その握り飯っ!!」 役人の米神に青筋が走った。 それもその筈。義貞が抱えて食べている握り飯は、今日の昼に役人へ振舞われるはずのものだ。 「ンまいな、この握り飯」 ニッと笑って、義貞は新たな握り飯を頬張った。 皿に残る握り飯は少ない。半分以上が義貞の胃袋に納まったということか。 「美味いじゃない! あー‥‥今から飯焚いて間に合うのか?」 額に手を当てて天を仰ぐ役人に、義貞は緩やかに首を傾げた。 ここは神楽の都の開拓ギルド。 先日、詐欺まがいの道場で被害者になりかけた義貞は、開拓者になるまでギルド預かりの身となった。 この場で修業を積むと言うのが名目だが、実際のところは「こんな馬鹿正直な田舎者を放っておくとまた騒ぎを起こすから」が理由だ。 しかし預かってみれば、それはそれで問題ばかり。 「お前、この前は鍋の中身つまみ食いして、皆の夕飯なくしたよな? その前は出発する開拓者に持たせるはずだった弁当。でもってその前は‥‥」 育ち盛り大いに結構。どんどん食べて大きくなれ。 だが他人に迷惑かけるのは駄目だ。 それを義貞に教えたいのだが、どうにもこうにも、口で言っても腹の虫は素直に言う事を聞いてくれないらしい。 お手上げ状態の役人は、残りの握り飯を口に頬張った義貞を見て溜息を零した。 「あー‥‥無限の胃袋だな、オイ」 そう役人が口にした時だ。 ――ゴンッ☆ 義貞の頭に衝撃が走った。 「坊主」 怒りに震えた声に、役人と涙目の義貞の目が上がる。 「し、志摩、それ‥‥」 「‥‥おっちゃん。どうしたんだ、その顔」 2人が視線を注ぐのは、髭を生やした大男の顔だ。 彼は震える拳を握りしめ、顔を引き攣らせている。そこに浮かぶのは奇妙な足跡だ。 「面白れぇ、顔!」 ゲラゲラ笑う義貞に、今一度、重い拳が見舞われる。 これには当人、黙るしかない。 「志摩、なにがあった」 役人の声に、志摩は握りしめた拳を開放すると、重い溜息を零した。 「大福丸にやられた」 大福丸と言えば、義貞に引っ付いている子もふらだ。 喋らず、筆談で言葉を交わすという変わった子もふらで、大抵はギルドの何処かで昼寝をしている。 「確か、志摩は都の警備中じゃなかったか?」 「ああ‥‥警備中に大福丸に会った。奴め、都から外に行きやがった」 志摩の口ぶりから察すると、外出中の大福丸を捕まえようとして追いかけたが、逃げられた上に攻撃されたという所だろうか。 「大福、腹減ってたのかな?」 「お前と一緒にすんな!」 「いてぇっ!!」 今度は役人の拳が頭に炸裂する。その上で、役人の顔が神妙になった。 「都の外にか‥‥普段なら良いが、今は危険じゃないか?」 「だからこそ止めようとしたんだ」 「だよな‥‥」 思案気に顔を見合わせるには理由がある。 ついこの間、神楽の都を出てすぐの森に、奇妙な物体が発見されたのだ。 「情報も殆どないし、お手上げ状態だって聞いたな。開拓者も手を焼いているとか」 「ああ、対策は練ったがな。早急な対応は必要だろうよ」 役人の声に志摩が頷く。 物体の正体はおおよその予想は付いているものの不明。いつ何が起こるか分からないと言うことで、対策を練った後、数名の開拓者が都の警備に当たっている。 「とにかく急いで探した方が良い。義貞、おまえも来い――‥‥って、あ?」 志摩の声に役人が目を瞬く。 さっきまで握り飯を頬張っていた義貞が居ない。そこに残されているのは、空の皿だけだ。 「し、志摩‥‥まさか‥‥」 「間違いねえ。あンの、馬鹿野郎っ!」 志摩は役人と顔を見合わせると、急いでギルドを飛び出した。 その頃、子もふらこと大福丸は、神楽の都すぐ傍にある森に来ていた。 悠然と歩く森の中は気持ちが良い。天気も良いし、状況的には最高だった――さっきまでは。 「‥‥?」 大福丸の目の前に現れた大きな物体。 真っ白で何かの繭かと思われるそれは、周囲の木の半分ほどの大きさだろうか。お札のようなものが数枚貼られて、怪しさは絶好調だ。 そう、これが志摩と役人が話していた、奇妙な物体である。 大福丸はじっと繭を見つめると、やがてくるりと身を返した。 こういうときは触れない方が良い。なかなか賢明な判断だが、これを覆す存在が傍にいたことを大福丸は知らなかった。 「大福ーっ!!」 大きな声と共に襲いかかる衝撃。大福丸の小さな体が宙へと弾き飛ばされた。 「あれ、大福が飛んだ?」 大福丸を飛ばした義貞が暢気に呟く。そして直後、悲劇は起きた。 ドーンッ☆ 大福丸の体が繭に激突したのだ。 そして‥‥ペラッ。 「あ‥‥何か落ちた」 大福丸を抱き上げながら、ヒラヒラと舞うお札を見つめる。 大福丸はといえば、繭自体はそんなに固くなかったらしく、平然としている。 そして繭はというと‥‥。 「うおっ、なんだこれっ!」 目の前で亀裂を作る繭。その隙間からわらわらと妙な生き物が溢れだしてきた。 「‥‥羊?」 そう言いながら大福丸を下ろすと、自らが帯刀している2本の刀に手を伸ばした。 まだ開拓者登録はされていないものの志体持ちである彼には戦う術がある。 そんな彼の前に溢れてくるのは、羊に似た生き物だ。 真っ赤な目に、頭に角を生やした6本足の羊。もこもこと溢れるそれはキモ可愛い感じか。 次々と溢れてくる群れは圧巻だ。 「大福。急いで戻っておっちゃんたちに知らせろ!」 そう言いながら羊もどきを見据える。 森を少し行けば、そこは一般人も集まる都だ。そこに訳のわからない生き物を放つ訳にはいかない。 「――掛かってこい!」 震える足で叫んだ時、一匹の羊が義貞に襲いかかってきた。 それに合わせて彼の刀が振るわれる。しかし互いの攻撃が触れる前に、羊もどきは消滅した。 「こンの、馬鹿野郎!!」 怒声を浴びせながら義貞を背に庇うのは志摩だ。彼は羊もどきを見ると、その後ろに控える繭を見た。 残り1枚のお札が辛うじて付くそこには、繭と同じ大きさの羊が見える。しかもこちらは目が6つに、足が8本。額には一角の角を持ち、明らかに羊と呼ぶには苦しい生き物だ。 「大福丸が開拓者を呼んでくるのが先か、あっちが解放されるのが先か‥‥」 「‥‥志摩さん」 情けない義貞の声に息を吐くと、志摩は彼の頭を撫でた。 「この羊もどきは大して強くねえ。修行だと思って、てめぇもやれ」 「でも、こいつら次から次に出てくるんだ」 「無限って訳じゃねえ。本体叩きゃぁどうにかなるはずだ」 ニッと笑った志摩に、義貞は表情を引き締める。そして手にした2本の刀を構えると、羊もどきとの闘いが開始されたのだった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
月野 奈緒(ia9898)
18歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●羊もどき誕生 神楽の都より僅か離れた森の中。 そこに数名の開拓者が集まり、目の前の光景を見つめていた。 わらわらと溢れ返る羊の群れ。その中央に陣取る巨大な繭は、未だに一枚のお札で危機を抑えていた。 見た目はもふもふな羊がわらわら。6本付いた足が奇妙だが、触ったら温かそうなのは否めない。それを眺めながら、頭に黒い犬の面をした犬神・彼方(ia0218)が呟いた。 「‥‥何か凄くもふもふしたぁい気分だが、ココは我慢かぁね」 呟きながら視線を泳がせる。その直ぐ傍では同じように群れに視線を注ぐ月野 奈緒(ia9898)の姿があった。 「あっ、あそこに人発見です!」 元気に指差した先に、羊の群れを薙ぎ払う大小2つの影を発見する。次々と羊を払うのは義貞と志摩だ。 まだ余裕はありそうだが、数が圧倒的に多いので不利ではある。 「やれやれだね、まったく。こんなに多いと大変だ」 そう言いながら古酒を煽ったのは水鏡 絵梨乃(ia0191)だ。 腰に手を当ててグビグビ飲むその頬は、薄ら朱に染まっている。それを心配そうに見つめるのが向井・智(ia1140)だ。 「ああ、そんなに飲んでは駄目ですよ」 若干足元をふらつかせる水鏡に、オロオロと視線を送っている。まあ水鏡は、今までほろ酔いはするものの泥酔はしたことが無い。そんな彼女に心配は無用なのだが、真面目で誠実な向井からすれば心配で仕方がないのだろう。 そんな彼女の肩を叩いたのが樹邑 鴻(ia0483)だった。 「絵梨乃なら大丈夫だろ。それにしても」 彼は小脇に抱えていた子もふらこと大福丸を下ろすと、羊の大群に視線を注いだ。 「それなりに絵の通りだな」 呟きながら顎を擦る。その足元では大福丸が羊の群れを眺めていた。 眼前で義貞と志摩が繰り広げる戦闘は急を要するほどではない。寧ろ気になるのは繭の存在だ。 「神楽の都のためにも、この仕事は絶対に失敗できないんです! 他の開拓者の皆さんも、都にお家があるんですよね?」 「ええ。それに、危険な目にあっている人がいるとなれば、見捨てる訳にはいきません!」 月野の声に向井が同意する。と、その脇を一陣の風が駆け抜けた。 それに皆の視線が集中する。 「食えない羊と使えない羊は廃棄処分に限るなぁ」 そう言って、皆の視線を浴びながら弓を担ぐのは雲母(ia6295)だ。 彼女は悠然と前を見据えると、鋭い瞳で繭を睨みつけた。 「さてと、用無しはとっとと消し去らんと」 「だぁな。修行中の奴がいるなぁら、俺らもイイとこみせねぇと格好がつかねぇか」 犬神の言葉に皆が武器を手にする。そして今まさに作戦を決行しようとしたその時、異変は起きた。 ――グオオオオオオッッッ!!! 繭から雄叫びにも似た叫び声が響いてきたのだ。 良く見れば、大福丸が繭の傍にいる。その手に握られているのはお札だ。 「うわぁ。あの飼い主にしてこの子ありか?」 額に手を当てながら水鏡が息を吐く。案外頭も物分かりも良さそうだったが、所詮は子供。悪戯好きだったということか。 「拙いな。繭が割れるぞ」 樹邑の声が現状を的確に表す。 目の前では小さな羊に囲まれた大きな繭が、最後の封印を失った結果、ピシピシと割れて行くのが見えた。 そして‥‥。 「お前ら、退けっ!」 小さな羊を払っていた志摩の声に、皆が咄嗟に反応する。 そこに、皆が今まで立っていた場所へと無数の白い糸が地面に激突した。 舞い上がる粉塵。そして巻き戻された糸が向かうのは、一つの角を持つ8本足の羊の元だ。 「すっげぇ! 羊が糸吐いた!!」 大興奮なのは義貞だけだ。 その声を聞いて志摩が「ああ」と呟きを洩らす。 「思い出したぞ。8つの足に、繭‥‥それに羊に似た容姿で、間違いない。コイツは羊蜘蛛だ」 「え? 羊雲?」 「いや、羊蜘蛛」 真面目に返した志摩に、辺りがシーンっと静まり返る。そして返された言葉がこれだ。 「‥‥おっちゃん、つまんねぇ」 「馬鹿野郎! 俺が付けたんじゃねぇ!」 ガンッと義貞の頭に強烈な一撃が放たれた。 それを見ていた開拓者一同から、呆れたような溜息が洩れたのは言うまでもないだろう。 ●作戦始動! 開拓者一同は、あらかじめ用意しておいた作戦を再確認するとすぐさま行動に出た。 「向井・智、全力で参らせていただきますっ!」 そう大きな声で名乗りを上げたのは、大斧「塵風」を構える向井だ。 その声に小さな羊蜘蛛の視線が一斉に向かう。そしてわらわらとその身が動き出した。 「鴻、こっちに来ました!」 向井の声に樹邑が頷く。その目は小さな羊蜘蛛に向けられており、手にした手鎖「契」がジャラリと音を立てる。 「ああ、このまま引き離す!」 樹邑の足が地面を蹴った。 それに合わせて向井も動く。互いに大と小、2つの羊蜘蛛の間に入り、きっちりと境界線を敷いた。 「もこもこしてる動物は嫌いじゃないが‥‥アヤカシとなれば話は別だ。さくさく片付けさせて貰うぜ?」 ニッと笑って己の武器を引き寄せる。その隣には向井が神妙な面持ちで斧を構えている。その肩を樹邑が叩いた。 「力抜いて行こうぜ」 そう言って笑った樹邑に、向井が笑みを零した。 これが全ての合図となる。 互いに頷きあって小さな羊蜘蛛の足止めにかかった。 「さて、初めて使う武器――試させて貰うぜ」 樹邑の動きに合わせて、両手に嵌めた腕輪が鎖を引っ張って音を立てる。その音を耳にしながら彼の足が動いた。 集中させた気が鎖へと伝わり淡い光を放つ。そして羊蜘蛛の間合いにその身が入ると、彼の鎖が音を立てた。 「!」 攻撃は命中。しかし羊蜘蛛はよろけるばかりで消滅しない。 「おい、坊主。その武器じゃ物理攻撃は厳しい。他に何かないのか?」 遠くから飛ぶ声に樹邑の目が向かう。 そこにいたのは志摩だ。 開拓者2人の動きを目で追いながら確実に羊蜘蛛を仕留めている。その傍には同じように確実に一匹ずつ羊蜘蛛を消滅させる義貞の姿があった。 「鴻。武器を持ち変える間、私が敵を引き受けます」 向井の声に樹邑の眉が上がる。しかし他に方法はない。 彼は向井に頷いて見せると、飛手へ装備の変更を試みた。その傍で敵を引き受けると口にした向井が大斧を構える。 「突破など、させません!」 そう再び大声を放つ。その声に再び羊蜘蛛の目が向いた。 一身にアヤカシの視線を受けて一瞬たじろぐ。それもその筈、戦闘の依頼を受けるのは久しぶりなのだ。 「‥‥人々の盾を目指す者として、引く訳にはいきません!」 向井は大斧を構えると、それを大きく振りかぶった。 強烈な風圧と、剣圧に羊蜘蛛が吹き飛んでゆく。そして再び被りを振ろうとしたその隙に、一匹の羊蜘蛛が間合いに飛び込んできた。 「っ!」 「邪魔だぁッ!」 鋭い蹴りが羊蜘蛛を払った。 「鴻!」 「久々の実戦だってのに悪いな。少しきついだろ?」 そう言ってねぎらう彼の手には飛手が装備装備されている。これで準備万端だ。 気をつけるべきは後方の大きな羊蜘蛛と小さな羊蜘蛛を合流させないこと。2人は互いに頷きあうと、双方の目的の為に己の力を振り上げたのだった。 ●羊蜘蛛・対・開拓者 向井と樹邑が動き出すのと同時に、残りの開拓者も動き出していた。 「彼方、あの大きいのを引き離そう」 「勿論だぁな」 水鏡の声に頷いた犬神は、チラリと視線を動かした。その先にいるのは向井と樹邑だ。 小さな羊蜘蛛が向井の咆哮で引き寄せられているのが見える。このことで距離は多少開いた。 だが十分ではない。 「月野、攻撃しながぁら引っ張るぞ」 「了解です」 犬神の声に月野が弓を構える。それを見計らって水鏡が羊蜘蛛の前に出た。 「さあ、お前の相手はボクたちだ。よそ見してると、痛い目見るぞ」 そう言いながら千鳥足で手招く。 果たしてアヤカシに言葉が通じるのかは分からないが、羊蜘蛛の目が眼前に現れた獲物に向けられた。 ――グオオオオオッ! 雄叫びと共に角が光る。それと同時に羊蜘蛛の口が開かれ、先ほど見たのと同じ糸が放たれた。 周囲の木々を巻き込みながら迫る糸に、水鏡の足が地を蹴る。飛躍したその身は酔いを感じさせないほどに軽やかだ。そして無事に着地を果たすと、羊蜘蛛の8本の足がわらわらと動きだした。 その姿は蜘蛛そのものだ。 「もこもこですけど、何だか気持ち悪いです」 「だぁな」 軽口を叩きながらも矢で羊蜘蛛を誘導する月野に同意してから、犬神も移動を開始した。 そうして確保したのは羊蜘蛛の左側面だ。 対する水鏡も雲母と共に右側面をキープしている。これで左右から挟み打った形になるのだが、相手が大人しく挟まれているはずはない。 6つの赤い目がギロリと両脇を見据えたのだ。 「あの目、羊と言うよりは爬虫類だな」 感心したように煙管を咥えたままの雲母が呟くが、弓を構える手が止まることはない。ギリギリまで弦を引いた弓が小さな軋みを立てる。 「だが、見えなければ問題ない」 クッと口角が上がると同時に、風を纏う矢が羊蜘蛛の目を射ぬいた。 それに合わせて反対方向からも矢が行く。 月野だ。しかし雲母の矢は目を射抜いたのに対して、月野の矢は寸前のところで交されてしまう。しかし迷わず彼女は再度弓を構えた。 「私の実家も神楽の都にあるんです!」 そう叫んで矢に力を込める。先程とは違い、ギリギリまで引いた弦が切れそうなほどに張り詰める。 「行きます!」 月野の放つ矢が羊蜘蛛の顔面に向かう。そしてそれに気付いた相手が動こうとしてピタリと止まった。 良く見れば足にわらわらと何かがしがみ付いている。 「動くんじゃぁないぞ」 にやりと笑った犬神が長槍「羅漢」を構えた。 どうやら彼女が式を放ち、羊蜘蛛の動きを封じたようだ。 月野の矢が赤い目を射抜き、残った4つの目にも鋭い矢が迫る。そして全ての視界が遮られると、羊蜘蛛の動きが変化した。 ――グアアアアアアアッ!!! 強烈な叫びを上げて角が一際大きく輝く。そして口から物凄い勢いで糸が四方へ放たれた。 「うわあ、こっちに来ます!」 月野の眼前に糸が迫る。そしてそれを払いのけようと弓を構えた所で、風がそれを断ち斬った。 「怪我ぁないか?」 月野を背に庇うように犬神が長槍を構えた。 「流石、ベテランは違います!」 陰陽師でありながら攻撃力に富んだ彼女の技に、月野が感心したように息を吐く。 今回が初依頼で先輩方の闘いを学びたい月野にとって、犬神と組めたことは甲と出ているのだろう。真剣な表情で放たれた言葉に犬神はフッと笑んだ。 「支援、頼んだぁよ」 ぽんっと後ろ手に頭を叩き地面を蹴る。その視界に入るのは、羊蜘蛛とその向こうにいる仲間だ。 「さあて、まずはその足を狙おうか」 水鏡もまた、ふらつく足で地を蹴り羊蜘蛛に迫っていた。 その途中で糸が迫るが器用にそれを避けてゆく。それでも付く細かな傷は仕方がない。 「義貞たちは大丈夫か?」 呟き視線を小さな羊蜘蛛に対峙する面々に投げる。糸はそれほどの距離が無いらしく、無効に被害は無さそうだ。 戦闘自体も確実に小さな羊蜘蛛を減らしているらしく、決着は時間の問題に見える。 その事を確認した水鏡の体が、淡く赤い炎を纏ったように輝いた。 そしてそのままの状態で彼女の足が側面、4本の足を狙い抜く。 ――‥‥オオオオッ! ドシンッと重い音が響き、周囲に地響きが鳴った。しかしそこで攻撃を止める訳にはいかない。 目の前で横向きに倒れた羊蜘蛛へ追い打ちが掛かる。 「羊かぁ‥‥やはり味噌タレに漬け込まなければなぁ!」 不穏な声と共に瞳を鋭く輝かせた雲母が羊蜘蛛に迫る。その手に握られているのはランスだ。 リーチの長さを生かして、一気に斬り込んでゆく。そこに水鏡の一撃も加わった。 大きく振りあげられたしなやかな足が、加速して地面に転がる羊蜘蛛に降り注ぐ。そして踵が容赦なくその身に沈んだ。 ――グアアアアアッ!! 悲鳴を上げて角が光る。そして再び無数の糸が迫ってきた。 「脳無しがッ! 舐めるなッ!!」 雲母のランスが羊蜘蛛の角を狙う。 キンッ! 金属同士がぶつかるような音が響き、雲母の表情が曇った。 一撃では足りない。そこにもう一打が加わる。 「これでも喰らうんだぁな!」 淡く輝く黒い刃が雲母の視界に入る。 犬神の長槍だ。それが一気に羊蜘蛛の角を貫いた。 ――グオオオオォォオッッ!!!! 一際大きな声が木々を揺らし、羊蜘蛛の頭が地面に落ちた。そしてその脇に折れた角が転がる。 これが闘いの終焉だった。 ●解決そして‥‥ 大と小、2つの羊蜘蛛を倒した後、向井は空になった繭の前で思案気にそれを見つめていた。 「なんでこんなところにこんなものが‥‥」 考えて首を捻るが正直なところわからない。そんな彼女の近くでは犬神が月野の傷を癒していた。 「これで完了だぁ。他に怪我はぁないか?」 「はい、もう大丈夫です」 笑顔で頷く月野に犬神もホッと一安心だ。 戦闘の最中、彼女の事を心配していたがあの攻撃の中で護りきるのは難しかった。その結果、怪我を負わせてしまったが、大きな怪我が無くて良かったと安心するべきだろう。 「いろいろ勉強になりました!」 明るく声を発する月野に犬神が笑みを返す。そこに大きな声が聞こえてきた。 「いってえぇぇぇ!!!」 義貞だ。 良く見れば水鏡、雲母、志摩に囲まれて頭を抱えている。どうやら誰かしらの制裁を受けたようだ。 「まったく、1人で突っ走って‥‥まぁ何はともあれ、無事で良かった」 そう言って手の甲を擦る水鏡に、義貞は涙目を向ける。 その脇では雲母も自前の武器を手入れし終えて、手の甲を擦っていた。 「貴様はもう少し自覚を持った方が良い。落ち着きも必要だろ」 「同感だ。こんの馬鹿野郎が!」 志摩も2人の声に同意して怒鳴る。これまた彼も手の甲を擦っている。と言うことは、3人の制裁を同時に受けたことになるのだが、涙目の浮かぶ目を擦った義貞は、確保した大福丸を抱えたままニンマリと笑った。 「えへへ、みんな強いな! 俺、マジで感動したぞ!」 まるで反省の色なし。 そんな彼の頭上に雲母の拳が再度見舞う。 それを受けて撃沈した義の前に、大きな手が差し出された。 「何はともあれ、良く頑張ったな。最後まで持ちこたえただけでも立派なもんだ」 顔を上げれば、若干苦笑気味に労う樹邑の顔がある。義貞はその手をしっかり握ると、いつか自分も彼らと同じくらい強い開拓者になろうと心に誓ったのだった。 |