歳末大暴れ大作戦!
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや難
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/10 18:53



■オープニング本文

 東房国と北面国の国境付近で魔の森の大掛かりな焼き払いが行われていた。
「こんなものでしょうかね」
 浪志組の羽織りを纏った天元 恭一郎(iz0229)は、見通しの良くなった周囲にそう零した。この声に傍で作業をしていた天元 征四郎(iz0001)が手を止める。
 彼等が居るのは姿亡鬼が祀られた祠の直ぐ傍だ。この辺りにあった魔の森は全て焼かれ、祠を守る為に存在する洞窟だけが残っている。
 本当は洞窟も撤去して新たな結界を、との話も出たのだが、結局は今の形が一番だろうと洞窟を残す事にしたのだ。
「後は祠を見張る社を建て、新たな寺社の礎を……でしたか?」
「みたいだね……と言うか、何で僕が駆り出されてるんだろうね? 浪志組にだって暇なのいっぱいいるし、僕にも遣るべき事があるんだけど」
「やるべき事、ですか?」
 兄の恭一郎が真田の命を聞く以外に何をするのだろう。そう素直に疑問に思ったからこそ問い掛けたのだが、如何やらお気に召さなかったらしい。
「あっ、兄上?!」
 突然、両頬を掴んで潰す兄に声を上げる。しかし恭一郎は手を止めるどころか更に弟の顔を潰して眉を寄せた。
「最近君煩いよ。自分だけ先に婚約とかするし、何なの本当……其処まで経験豊富なら教えて欲しい物だよ。如何したら不順異性交遊じゃなくなるとかさ」
「は?」
 溜息を吐いた兄に面食らったように目を瞬く。と、其処に盛大な悲鳴が響いてきた。
「うああああああッ!」
 目を向けた先に居たのは陶 義貞(iz0159)だ。隣には志摩 軍事(iz0129)の姿もある。
「何をして……って、兄上、後ろ!」
 義貞と志摩は社建設の為に資材を集めて居た筈。けれど彼等の後ろには何故か2体のアヤカシらしき姿が見える。
「何でてめぇは余計な事しかしねぇんだッ!」
「俺、悪くないって! 掘ったら出て来たんだよ!!」
「掘っただけであんなデケェの出る訳ねぇだろ! つーか、何で掘ってんだよ!」
「温泉出るかと思ったんだよー!」
 走りながら良く喋る。
 取り敢えず2人を追い駆けるのは、馬のような胴を持つ獅子だ。その速度は全力疾走する開拓者と同類――つまり速い。
「志摩、ソイツは何だ!」
 追い駆けられる2人は他を巻き込まないように遠巻きに逃げている。其処に征四郎が声を掛けると、志摩が声を上げた。
「知らねえよ! おい、義貞ァ!」
「温泉掘ってたら何か割っちゃったんだ! バキッて言って出てきたッ!!」
 出てきた。と言うか、出現させた、と言う方が正しいだろう。つまり義貞の不用意な行動の所為でこの事態が招かれたと言う訳だ。
「阿保ですか、あの親子……」
「阿保なのは義貞だけですよ。それよりも今の話と場所を考えるに、祠の守護に祀られていた存在か何かでしょうか?」
「可能性はあるかな……でも封印可能な宝珠はないよ」
 無色の宝珠は開拓者ギルドにも予備がない。つまりあの2体のアヤカシが守護の為に封印されていた存在だとしても、再び封印する術は無いと言う訳だ。
「まあ倒せば良いんじゃない?」
「え?」
「封印出来ないなら倒せば良いでしょ。何事も状況に応じて動くべきだよ。そもそも今は倒したいし」
 ね? と清々しい笑顔を見せた恭一郎に征四郎の顔が引き攣る。
「あ、兄上の鬱憤晴らしはさて置き……確かに倒すしかなさそうですね」
 敵は志摩と義貞が二手に分かれた事で別行動を取っている。今が倒すなら好機だろう。
「それじゃあ僕は赤目の方に行きますんで、青目と義貞君は頼みましたよ」
「なっ!」
 如何見ても志摩と組んだ方が楽そうだ。
 思わず声を上げた征四郎だったが、恭一郎は返事も聞かずに飛び込んで行く。その姿に息を吐き、征四郎は改めて2体のアヤカシを見た。
 赤目の方は炎の術に長けている様で、咆哮と共に火炎を放っている。そして青目の方は雷の術に長けているようだ。
「どちらも属性攻撃を放つ際に口を開く……其処を如何にかすれば楽、か?」
 とは言え、今は縦横矛盾に走り回っている所。足を止めるのが先決なのは言うまでもないだろう。
「仕方がない、行くか」
 征四郎は意を決して踏み出すと、義貞が逃げ回る場所へ飛び込んで行った。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 志藤 久遠(ia0597) / キース・グレイン(ia1248) / 千見寺 葎(ia5851) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / アムルタート(ib6632) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 戸隠 菫(ib9794) / 鎌苅 冬馬(ic0729


■リプレイ本文


 元は魔の森だった地を駆ける獅子の頭を持つ馬、赤目。その前を走る志摩 軍事(iz0129)は、隣に駆け寄って来た存在に気付いて眉を上げた。
「軍事さん、距離を取って。洞窟から離れましょう」
 そう言って寸分違わぬ速さで隣を走るのは、千見寺 葎(ia5851)だ。彼女はチラリと後方を振り返ると、走る足をそのままに印を刻み出す。
 よく見れば、彼女の他にも戦闘態勢を整える開拓者の姿が見えた。
「有難うな」
 素直に礼を言う彼に頷きを向け、葎は影縫いの術を放つべく足を止めた。
「隙を作ります。その間に離れて下さい」
 振り返ってシノビの術を放つ。これに赤目の足が止まった。
「今です!」
 声に合わせて、葎と志摩が赤目から距離を取る。が、それも一瞬の事。赤目は直ぐに呪縛から逃れると、再び志摩を追い駆けるべく動き出した。
「おー、再び追いかけられてるね♪」
 再開された追い駆けっこにリィムナ・ピサレット(ib5201)が声を上る。それを受け、傍で待機していた戸隠 菫(ib9794)が呆れたように息を吐いた。
「楽しそうに言う事でもないでしょ……それよりも、温泉掘ろうとして封印壊しちゃうなんて……」
 ジト目で見るのは志摩同様に追い駆けられている陶 義貞(iz0159)だ。折角苦労して姿亡鬼を封印したのに、此処で壊されては元も子もない。
「まあ壊しちゃったものは仕方がないかな。それよりも祠を護らないとだねっ!」
 菫は気持ちを入れ替えるように薙刀を握り、赤目が居る方向へと駆け出した。
 そんな彼女の耳に声が飛び込んで来る。
「噂では聞いたことありますけど、本当にゲテモノに好かれるんですね」
「何処の噂だ! てか助けろッ!」
 笑顔で茶化す天元 恭一郎(iz0229)に叫び返しながら、志摩は全速力で駆けて行く。其処に菫が割り込んでくる。
「そろそろ追い駆けっこはおしまいだよっ!」
 薙刀を振り降ろすと同時に放たれた衝撃波が赤目の足元を裂く。
『ヒヒィィイインッ!』
 嘶きを上げながら前足を振り上げて立ち止まる赤目に菫の口角が上がるが、次の瞬間、彼女の笑みが凍った。
「危ない!」
 動きを止められた赤目が咆哮と共に炎を放ったのだ。これに彼女の目が見開かれ、閉じた。
「――ッ」
 頬を焼かれるような感覚と、全身を打つ感覚に息を呑む。だが思ったよりも熱さは感じなかった。
 それよりも全身を打った痛みの方が強い。
「大丈夫?」
 不意に聞こえた声に瞼を上げると、ケイウス=アルカーム(ib7387)の顔が間近に見えた。
「っ、だ、大丈夫よ」
「なら良かった」
 ホッと安堵する彼は、庇うようにして抱え込んだ菫から手を放すと、彼女の危機に同じように飛び込んで来たキース・グレイン(ia1248)を振り返った。
「こっちは無事だよ!」
「なら早目に退いてくれ。そろそろ限界だ」
 頭上に降って来た斧を回避しながら、出来るだけその場を動かないように誘導する。
 そして菫共々、ケイウスが後方から退いたのを確認して、キースは己が拳を握り締めた。その耳に賑やかな声が響いてくる。
「ケイパパ、前出ちゃダメだよって言ったよね?」
「や、でも、今のはさ?」
 戦闘開始直後、ケイウスはアルマ・ムリフェイン(ib3629)から前に出るなと言われていた。そしてその言葉に彼は「わかってる、大丈夫だって!」と言って親指を立てたのだ。
「後で怒るから覚悟しておいてね」
「ちょっ、アルマその笑顔、恭一郎みたいで怖――」
「僕が何か?」
 ニコッと笑顔を見せたアルマに、いつの間にか傍に来ていた恭一郎。その双方の笑顔にケイウスの表情が引き攣る。
「な、なんでもない!」
 慌てて竪琴を構えて楽を奏でる。最初の音こそ若干ズレたが、流石は経験豊かな開拓者だ。
 直ぐに気持ちを入れ替えて味方全員の命中と回避を上げる曲を響かせる。これに合わせてアルマも楽を奏でると、周辺の空気が一変した。
「さっきの仕返しさせてもらうんだから!」
 薙刀を大きく振り上げた菫の声に呼応するかのように赤目の口が開く。それを見止めた葎が焙烙玉を投げた。
『グォォオオオッ!』
 焙烙玉を避けようと身を捩りながら咆哮を上げる。だがこの場の誰が、この行為を許すと言うのか。
「……大人しくしていろ」
 足止めをした事で接近出来るようになった鎌苅 冬馬(ic0729)が、紅の燐光を舞わせながら赤目の足を薙ぐ。これに敵の体勢が崩れるとキースが大地を蹴った。
「その炎は封じさせてもらう」
 言うや否や、空中で振り上げた脚が焙烙玉共々赤目の頭上へ迫る。そうして開けられた口に焙烙玉が押し込まれると、彼女は相手の胴を蹴ってその場から離れた。
「よーし、あたしの出番だね♪」
 距離を取って最後まで静観していたリィムナが呪本を開くと、菫が精霊力を活性化させている姿を視界に納めて『夜』を刻んだ。
「さあて、いくよっ♪」
 敵、味方、全ての動きが止まる一瞬で紡ぐのは自らに精霊力を宿す術。目を閉じ、意識を集中させて招くのは高位の怨霊だ。
「一撃で中級を余裕で殺せる技、見せてあげる♪」
 ザワリと空気が揺れて時が動き出すと同時に菫が紡いだ清浄な気が赤目の胸を貫いた。そして地から目に見えない何かが赤目に纏わり付いて行く。
『グァァアアアアアッ!』
 大地に引き摺られる様にして崩れる赤目に、時が止まった間の記憶がない面々が息を呑む。
「何が……」
 思わず手を止めたケイウスに、アルマがハッと駆け出す。
「ケイちゃん、危ない!」
「!」
 最後の足掻きに赤目が投げた斧が迫っている。咄嗟に避けようと体を動かすが、実際には何も動かなかった。
「ボサッとするな!」
 喝と共に降って来た蹴りが斧を飛ばす。目を向けると、僅かに眉を吊り上げたキースが立っていた。


 赤目が倒されるほんの少し前、赤目と同じ外見の青目も開拓者と戦闘に入ろうとしていた。
「ああー! あれ知ってるよ! えっと、えっと……ケンなんとかでしょ!! 頭が違う気するけど、ケンなんとかだよね!?」
 声を上げたのはアムルタート(ib6632)だ。
 青目も赤目と同じく馬の胴に獅子の頭を持っている。若干彼女の知る生き物とは違うが、まあ似ているので良しとしよう。
 ちなみに赤目は剣と盾を持っているが、青目は槍と盾を持っていたりする。そしてこのアルムタートの声を聞いた義貞が、必死に逃げながら全体に聞こえるような声で叫んだ。
「それより助けてくれよっ!」
 確かに追い駆けられている彼にしてみれば、助ける事を優先して欲しいのだろう。懇願する声に必死さが滲み出ている。
 そんな義貞に駆け寄る者が在った。
「義貞さん、こっちだ」
 平行するように走り寄って来た羅喉丸(ia0347)に、義貞の目が輝く。
「あそこに向かって走ってくれ」
 そう言って、目線で向かう先を示す。
 どうやら仲間のいる場所へ彼を誘導しようというのだ。
 義貞は真剣な表情で頷くと、羅喉丸の誘導に従って走り始めた。それを目にしたリューリャ・ドラッケン(ia8037)が愛妻の北條 黯羽(ia0072)を見遣って笑む。
「それじゃ行こうか? 我が連理」
 そう言って、己が槍を構える。その姿に黯羽も呪本を開くと、すぐさま敵の動きを止めるべく術を刻み出した。
 時を同じくして、追い駆けられる義貞を目にしたリンカ・ティニーブルー(ib0345)は、瞬時に矢を構えると一気にそれを放った。

 キィィィイイッ!

 甲高い音が空気を震わし、この音に槍を振り上げようとしていた青目の動きが止まる。と、次の瞬間、衝撃波が青目の足元を割った。
「義貞さん、今の内にこっちへ!」
 リンカの声に義貞が加速する。けれど青目は見逃さなかった。
『ウォォォオオッ!』
 咆哮と共に放たれた雷撃に義貞が慌てて前方に飛び込む。そしてそれを追い駆けるように青目が飛び出そうとした所で、黒い壁がそれを遮った。
 良く見れば黯羽が次々と壁を作っている。その数は直ぐには崩せそうもない程だ。
「有難う!」
「良いから早く行くさね」
 フッと笑んで義貞を見送る。その上で新たな壁を築くと、彼女は壁の間に地縛霊を仕込み始めた。
「義貞さん、大丈夫ですか?」
 安全な場所へ退避した義貞へ六条 雪巳(ia0179)が声を掛ける。そして怪我を確認するとそれを癒す為に手を掲げた。其処へ新たな音が響く。
「……良かれと思っての失敗なら責め過ぎる訳にもいきません。ともかく話は片付けてから」
 静かに零す声とは裏腹に、志藤 久遠(ia0597)は大地を駆ける衝撃波を放つ。それが激しい音を立てて青目に迫ると、敵は即座に体勢を整えるように盾を構えた。其処へ矢が降ってくる。
「悪いけど、受けなんて取らせないよ」
 次から次へと降って来る矢はリンカの物だ。彼女は的確な射撃を行いながら周囲の様子を伺う。
 義貞は既に安全地帯に居り、黯羽はもう少しで地縛霊の罠を作り終える。それを補佐しているリューリャも攻撃出来る距離まで近付いていた。
 そしてもう1人、青目に接近している者が居る。
 今の今まで気付かなかったが、ナハトミラージュを使って青目を射程内に置く事に成功したアルムタートが、相手の胴を狙って攻撃を仕掛けようとしているではないか。
「あの距離ならば隙を突くには充分……征四郎殿、動けますか?」
 義貞を助け終えた事で近くに来ていた天元 征四郎(iz0001)に声を掛け、久遠は身の丈倍以上の槍を構えた。そして此方に注意を惹く為に態と駆け出すと、リューリャや羅喉丸も気付いて動き出した。
「彼女の行動を無駄にしたくなくてな。あの祠を壊す恐れのあるものは、速やかにお引き取り願おうか」
 楠通弐が命を賭して完成した封印の祠。其処を壊させる訳にはいかない。
 羅喉丸は久遠と征四郎の攻撃に気を取られている青目に目を向けると、踏み込んだ足で地面を蹴った。そうして一気に間合いを詰め、渾身の力を拳に送り込む。
「消えろッ!」
 気力を消費し、精霊の力を借り、全身全霊を込めて叩き込んだ奥義『真武両儀拳』。狙った敵を逃さない的確な動きで叩き込んだ拳が青目の足を直撃する。
『グェアアッ!』
 ボキッと嫌な音をさせて青目が倒れた。これを待っていたかのようにアルムタートが舞い上がる。
 まるで踊るような動作で放たれた針の形をした暗器。それが次々と青目の胴に喰い込むと、敵は身を捩りながら地面に屈した。
『グッ、ァァ……ゥアアアアアッ!!!』
「まだ動こうとするのか」
 地面に槍を突き立て這い動こうとする青目にリューリャが思わず零す。それを受け、黯羽が前に出た。
「間合いを詰める危険性は、騎士様がゼロにしてくれンだろ?」
 唇に笑みの形を刻んで囁く。その声にリューリャが頷くと、彼女は呪本の頁を捲った。
「天国と言う名の地獄を見せてやるさね」
 誘うように青目の目に飛び込み妖艶な笑みを浮かべた。そうして全ての陰を刻み終えると、地を這うような悲鳴が轟いた。
「凄い」
 悲鳴の中で呟いた義貞の声。それが消える直前、青目は目を見開いた状態でリューリャの刃によって首を落とされて消えた。


 赤目と青目の討伐終了後、義貞が何かを割ったと言う跡地に足を運んだ羅喉丸は、見事に真っ二つになった宝珠を見てホッと息を吐いた。
「これがあの宝珠でなくて良かったよ」
 もし2つに割れている宝珠が姿亡鬼を封印した物だったら。考えただけでもゾッとする。
「お、俺だって祠の宝珠は壊さないって!」
「そう願いたいものだ」
 羅喉丸はそう苦笑すると、何かに気付いた様に膝を折った。
「如何かしましたか?」
 探る様に大地を撫でる彼に、雪巳が顔を覗かせる。それに頷きながら顔を上げると、彼は若干複雑そうな表情で言った。
「本当に温泉が出るかもしれないぞ」
「本当か!?」
「ああ。掘ってる見る価値はありそうだ」
 そう言って肩を竦めた羅喉丸に、義貞が歓喜の声を上げる。それを見ていたリンカも自分の事の様に喜んで義貞の腕にしがみ付いた。
「良かったね、義貞さん! これで陽龍の地再興に向けて1歩前進だよ!」
 笑顔で顔を寄せるリンカだったが、次の瞬間、顔を真っ赤にさせて離れた。そんな2人の様子を見ていた恭一郎の顔が険しくなる。
「きょ、恭一郎顔が……」
 怖い。そんな声を呑み込んだケイウスに、鋭い視線が飛ぶがそれも一瞬の事。息を吐いて顔を背けた彼に、アルマの目が瞬かれた。
「……不純異性交遊云々が気になるなら、一段飛ばして結婚を申し込めば良いんじゃ……」
 何処でその事を耳にしたのか。
 ボソッと零された声に恭一郎の目が動いた。
「今、何て言いました?」
「え、っと……不純異性交遊云々が気になるなら、一段飛ばして結婚を申し込めば……って」
 怒られる。そう思って耳と尻尾が垂れる。だが次に聞こえて来たのはお叱りと正反対の声だった。
「アルマ君、今回に到っては君に感謝します」
「え?」
 目を瞬くこと数回。
 何かを言う間もなく、恭一郎は温泉を掘ろうと動き始めていたキースの元へ歩いて行ってしまった。
 その姿にアルマもだが傍で様子を見ていたケイウスも驚いた様に固まってしまう。そして次の瞬間、2人は耳を疑う言葉を聞いた。
「キースさん、僕と結婚しましょう」
「「!?」」
 前置きなく放たれた言葉にキースの眉が寄る。
「……冗談にしては笑えないぞ」
「冗談だと思います? 僕は本気ですよ」
「……分からんな。お前は何で俺が断ることが分かりきっている要求をこっちに向けるんだ」
「そんなの決まってるじゃないですか。好いているからですよ。傍にいたいからです。それとも他に理由が必要なんですか?」
 そう言って笑顔を向けた恭一郎に、キースは更に眉を寄せて彼の顔を見た。そしてその様子を間近で見てしまったアルマは思案する。
「悩みって、これだったのかな。たぶん違うような……」
 以前、槍を直す直さないで悩んでいる時があったが、まさかこれが原因なのだろうか。とは言え確証がないので突っ込めない。そもそもあの場に突っ込む勇気もない。
「恭一郎、凄いね」
 あんな風に直に言えるって凄い。そう零すケイウスにアルマが苦笑する。
「そう言えば、温泉が出るらしいよ? 僕、掘って来ようと思うんだけど、ケイパパも行く?」
「え、温泉が出るの? だったら手伝うよ!」
 目を輝かせて頷くケイウスにヘラッと笑い、アルマは一瞬だけ恭一郎を見て歩き出した。


「温泉が出たぞ」
 地面から湧き出る温泉に声を上げたのは冬馬だ。彼は額に浮かんだ汗を拭って、一緒に温泉を掘っていたリューリャを振り返る。
「本当に出たか。これで黯羽と一緒に入れるな」
 妻を労うために頑張って掘った温泉だ。当然、一緒に入れるものと思っていたのだが、それを耳にした菫が首を傾げる。
「温泉って混浴じゃないわよ?」
「「え?」」
 菫の声に反応した声が2つ。
 振り返った先に居たのは久遠とリンカだった。
「あ、いえ……そう、ですよね……」
 顔を赤らめ、苦笑しながら俯く久遠は、征四郎の背中を流してあげようと考えていたし、リンカに到っては一緒に入れると思って水着を用意していた。
「ごめん。てっきり混浴だとばかり思ってたよ。駄目だね……最近……」
 はあ、と溜息を吐いて自身の行動を振り返る。
 どんどん自制が効かなくなっていると言うか、想いが強くなって来ていると言うか。義貞への行動が大胆になっている気がする。
「と、とにかく混浴じゃないから。あ、覗きには手加減なしでお仕置きするからね!」
 良い? そう男性陣に向かって威嚇する菫に、何故か征四郎が頷きかけた時だ。
「温泉だヒャッホウー♪」
 バッシャーン☆ と盛大に水飛沫が上がった。良く見れば――否、良く見ないでもアルムタートが温泉に入っている。
「ちょっ!?」
「良いお湯だよ〜♪」
 手をヒラヒラさせる彼女の隣では、リィムナも入ろうと手を伸ばそうとしている。これに菫は慌てたように声を上げた。
「だ、男性陣は回れ右だよ! 見ちゃ駄目っ!!」
 早くあっち行って! そう叫びながら、彼女はお湯に浸かるアルムタートを守る様に両手を広げた。


 温泉に入れるだけの垣根を用意した後、志摩は皆から離れてリンカが皆の為に用意した雑炊に舌鼓を打っていた。
「温泉に入らないんですか?」
「全員が入り終わったら入るさ……お前さんは入らないのか? 今は女性陣の番だろ」
 言って首を傾げた志摩に、葎は頷きと共に手を差出した。
「これを。お守りです」
 差し出された手の上に在る祈りの紐輪に志摩の目が落ちる。そうして手を伸ばすと彼は笑んでそれを受け取った。
「有難うな」
 言って頭を撫でる。その仕草に一瞬目が上がるが、次いで聞こえた声に彼女の動きが止まった。
「人には事情ってもんがある。それを受け止めるのも見て見ぬ振りするのも自分だ……けど、あんま聞き分けの良い子になるんじゃねえぞ。お前さんは我慢し過ぎな印象だからな」
「……っ」
 言いたい言葉はある。けれどそれを言う事は出来ない。そう自分の中で決めた。
 それでも出そうになる言葉を抑えるように俯くと、葎は小さく頷いて唇を引き結んだ。


 その頃、皆と同じ温泉ではなく、近くの温泉宿に向かった黯羽とリューリャは、戦闘の疲れを癒すように露天風呂に浸かっていた。
「今日は、お疲れさま」
「お互い様さね」
 そう言って、酒に満たされた盃を傾け合う。そうして緩やかに笑みを零すと肩を寄せ合った。