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■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。 ●霜蓮寺 「久万(クマ)殿、南部の焼き払いが終了しました」 全身に傷を負い、至る所に火傷を負った僧が険しい表情で報告をする。 それを聞き止めた霜蓮寺・統括の信頼を集める僧は、武骨な顔をより一層しかめて息を吐いた。 「時間がかかったな。やはり嘉栄が居ないのは痛い」 魔の森が街道を分断した際、安積寺へ報告に向かった弟子を思い呟く。しかし考えた所で救いの手が伸びる訳ではない。 「南へ向かった者を至急東の森へ。ああ、負傷者は一旦寺に戻し、治療を受けさせろよ」 「承知しました」 久万の声に僧は去ってゆく。 彼が今いる場所は街道を分断した魔の森の外。そこから街道を開くために、火を使い魔の森を焼いている。 魔の森からは力を強化されたアヤカシが無数出てくるため、その退治も行いながらの焼き払いとなっている。 嘉栄が安積寺に向かって数日。 そろそろ応援が来てもおかしく無いが、未だその気配は無い。ただ、文より安積寺への報告が終了している旨は聞いていた。 「‥‥あと少し。しかし、遅い」 久万はそう呟き、森を焼き払う僧への指示に戻った。 ●安積寺 開拓者ギルドの受付に、難しい顔をして佇む月宵嘉栄の姿があった。 「困りましたね。一日でも早く増援が欲しいと言うのに‥‥」 そう口にする彼女の前には書面がある。それを眺めながら、彼女の口から息が零れた。 「安積寺と霜蓮寺を繋ぐ街道が魔の森に分断された事は確認されています。ただ、そこに向かう途中で、応援部隊が消息を絶ったんです。この原因がわかるまで、こちらから増援を送ることはできません」 既に出立から数日が経っている。 魔の森との闘いに心血を注ぐ久万たちの身が心配だが、増援へ向かった僧たちの安否がわからないのも気になる。 「消息を絶った場所の詳細はわかっておいでですか」 嘉栄の言葉にギルド役員は頷く。 「はい。消息を絶ったのは、安積寺より半日ほど進んだ先にある『花緑(カロク)』と呼ばれる集落の付近です。あの辺りにも魔の森の影響が出て、最近ではアヤカシが目撃されています」 「地図はありますか?」 思案気に瞳を細める嘉栄の言葉に、役員は即座に地図を広げた。そして嘉栄の問いを汲み取るように、地図の一角に印をする。 「ここが霜蓮寺、そしてこっちが安積寺です。霜蓮寺と安積寺の街道は、餓鬼山道を回って進むように作られています。そして、今回魔の森が侵食したのは、餓鬼山道の反対側となる訳ですが‥‥そのギリギリの場所、街道沿いに花緑はあります」 「ここは‥‥」 嘉栄の目が僅かに開かれる。 示された場所は餓鬼山道を抜けた際、開拓者と共に立ち寄った場所だ。 安全だとばかり思っていたそこにまで魔の森の影響が出ていると言うのか。 「あっ、でも、安心してください。集落の方々の非難は済んでいます。問題なのは、魔の森がここにあると言うことです」 役員が嘉栄の考えを汲み取り言葉を補正する。その上で地図の上に現在把握されている魔の森の範囲を地図に書き足した。 「魔の森が集落を呑み込むのは時間の問題‥‥そういうことですね。そしてそこで応援部隊は消息を絶った」 明らかに魔の森が関係しているとしか思えない。 「早急な対応が必要なのは確かです。ですが、無暗に向かう訳にも行きません。何か情報があれば違うのですが‥‥」 そう口にした役員に、嘉栄の目が落ちた。 そこに慌ただしい足音が響く。 「1名、応援部隊の僧が戻りました!」 目を向ければ傷だらけの僧が立っていた。 そフ姿は立っているのが不思議なくらいにボロボロだ。 「いったい、何が‥‥」 駆け寄る嘉栄に、僧は縋りつく様に腕を伸ばすと膝を折った。 「花緑の近くで、武者が‥‥アヤカシと、共に‥‥」 自らの足で立つことの出来なくなった僧が崩れ落ちる。それを抱き止める嘉栄の表情が曇った。 「出血が酷すぎます。急いで巫女を呼んでください!」 嘉栄の指示に役員が奥へと駆けこんでゆく。それを見て視線を戻した嘉栄の目と、虚ろな僧の目が合った。 「‥‥武者は‥‥薙ごうが、斬ろうが‥‥向かって、きた‥‥あれは、人間では、な、ぃ‥‥」 「もう結構です。巫女が来るまで大人しく――」 無理に言葉を紡ごうとする僧を制そうとした彼女の目が見開かれる。そしてその目が伏せられた。 「月宵さん、巫女を連れて‥‥あ‥‥」 巫女と共に戻ってきた役員に、嘉栄は僅かに首を横に振る。 「久万殿であれば‥‥」 過ぎた時間を考えれば、久万は確実に魔の森を焼き払っているだろう。そしてその作戦が終了するのは時間の問題。となれば嘉栄がとるべき行動は1つしかない。 「申し訳ありませんが、急いで文を霜蓮寺へ運んで頂けますか」 「構いません。ですが、文だけでよろしいのですか?」 役員の声に嘉栄はしっかりと頷いた。 「ええ、大丈夫です。それと依頼をお願いしたのです。大丈夫でしょうか?」 嘉栄はそう口にすると、振り返った先にある役員の顔を真っ直ぐに見た。 このやり取りの更に一日後。 魔の森と対峙する久万の元に文だけが届いた。 「‥‥成程」 久万は文を畳むと苦笑いを噛み締めた。 「久万殿‥‥嘉栄様は?」 「嘉栄は今しばらく戻らん。あれは別の任に就くこととなった」 文に書かれていたのは、嘉栄が応援に向かった隊の捜索と、アヤカシ退治に向かうと言うものだった。 「そ、そんな‥‥嘉栄様が戻られれば、魔の森の焼き払いももっと早く集結が‥‥」 「魔の森は我らだけでも焼き払えよう。それとも、嘉栄の言葉をむげにする気か?」 「え?」 久万は文を広げると、その最後に書かれている文字に目を落とした。 「『久万殿と、皆さんのお力を信じております』だと。こう力強い字で書かれていては、頑張る他あるまい」 ニッと笑った久万に、それを聞いた僧の頬が僅かに紅潮する。 「嘉栄様が私たちを信頼して‥‥」 目を輝かせる僧に久万はしっかりと頷く。 「皆に伝えよ! 魔の森は我々で焼き払う! 嘉栄が戻る前に街道を繋ぐぞ!」 「はい!」 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
氷(ia1083)
29歳・男・陰
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
周十(ia8748)
25歳・男・志
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●集落の傍で 「あそこが花緑になります」 依頼主である月宵・嘉栄は、そう言って薄ら雪化粧に包まれる小さな集落を指差した。 周囲に山を臨み、環境的にも穏やかそうなその場所を、開拓者たちが思い思いの表情で見つめている。 「斬っても死なない武者、か‥‥」 周十(ia8748)はそう呟くと、腕を組んで集落を見つめた。 脳裏に浮かぶのは依頼書に書かれていた内容だ。そしてそれを思い出したのは、周十だけではない。 泣きボクロに妖艶な笑みを湛える葛切 カズラ(ia0725)も、依頼書の内容を思い出していた。 「正体不明の武者と数量不明のアヤカシねぇ」 「攻撃が効かへんやなんて、えらい厄介なモンがおるモンどすなぁ」 周十とカズラの言葉を拾うように声を覗かせたのは雲母坂 優羽華(ia0792)だ。 物腰柔らかな彼女の言葉に、周十はチラリと視線をよこして頷いて見せる。 「人か物の怪か、どっちにしたってやるしかねェな」 「そうやねえ。いっぺん引き受けた仕事やさかいな、全力でやりますえ」 ほんわか口調で話す優羽華に、カズラが頷く。 「徹底的にやっちゃいましょう」 くすり。そんな笑みがカズラの唇から零れ落ちると、周十の目が泳いだ。 「女って怖ぇな‥‥」 口の中で1人呟いた言葉。幸いなことに誰にも聞かれていない。もし聞かれていたら‥‥それを考えて、周十は口端に苦い物を噛みしめた。 そんなやり取りを僅かに離れた位置で眺めるのは、表情硬い嘉栄だ。 「あの方は志士‥‥ですよね‥‥」 志士への苦手意識は消えていないらしい。 そんな彼女の肩を柔らかな動作で叩く手があった。 「喜栄ちゃんだっけ? ま、今回もよろしく」 嘉栄の目が、眠そうな顔を捉える。 「‥‥嘉栄です」 字的には似ていますが‥‥そう呟く先にいるのは、少し前の依頼で嘉栄の護衛をしてくれた氷(ia1083)だ。 彼は人の名前を覚えるのが苦手だ。その結果、10回は人の名前を間違えるらしい。 そして例に漏れず嘉栄の名前もすんなり間違えた。 「あっちもこっちも魔の森か‥‥世知辛い世の中だねぇ」 息と共に吐き出された言葉に、白い物が混じる。そしてそれに同意するようにミル ユーリア(ia1088)が続いた。 「魔の森、か。厄介なシロモノよね。近くにいるだけでパワーアップとか卑怯な話だわ」 紫の瞳が捉えるのは周辺の山々だ。この中に、例の魔の森があるのかと探しているのだろう。 「ま、そんなの関係無いケド。要は全部ぶっとばしゃいいんでしょ?」 振り返ったミルに嘉栄の目が瞬かれる。なんとも元気な少女だと思う反面、頼もしい少女だとも思う。 そこに別の声が響いてきた。 「魔の森のアヤカシの相手となるか‥‥万全の状態でこそないが、臆すれば我が誇りと矜持に、我が身についた以上の傷がつく」 言葉を呟き自らを省みるのは、風和 律(ib0749)だ。 大規模な戦いの中で深手を負った彼は、今回満身創痍の状態で戦いに挑む。だが言葉の通り、敵に立ち向かう気力はある。 その言葉に、今回の参加者全員の目が向いた。 「無茶はするんじゃねえぞ」 言葉をかけた周十同様に、他の開拓者たちの心配げな表情が向かう。それを受けて律は大きく、そして力強く頷いた。 「立ち続ける事こそが、騎士たる証と示して見せよう」 なんとも頼もしい言葉だ。 その言葉に皆の表情が引き締まる。 「さ、やってやるわよ!」 元気に叫んだミルに、皆が同意する。こうして開拓者たちは、意を決して花録の中へと入って行った。 ●花緑内部へ 花録の中は想像以上の光景が広がっていた。 崩れ落ちた家々の屋根。あちこちに燻ぶる煙。雪の上に薄く残る血痕もある。 「生き残りがいると良いわね」 そう言って集落内部を見回すカズラは、同じように集落の中を見回す氷を見た。 「あー‥‥こりゃひでぇな」 崩れ落ちた土壁を見ながら呟く氷は、周辺を見回し絶望的な息を吐いた。 「まずは集落の状況を確認しようか‥‥」 目視する限りアヤカシの姿は見えない。 集落の奥にいるのか、それとも日が昇っている時点では現れなのか。どちらにせよ調べる必要があるだろう。 「纏まって動く方が良いかな」 「そうどすな。アヤカシが現れてから纏まるのは効率悪そうやわ」 そう言って先に踏み出したのはミルだ。それに続いて優羽華も歩き出す。 「魔の森に侵食されてる部分は‥‥」 「その心配はなさそうだぜ。森が集落を覆ってる感じはしねえ」 氷の呟きを拾って周十が呟く。 目に見える範囲で森が集落を呑みこんだ様子はない。遠くに木々が見えるが、それが集落に達しているようには見えなかった。 「まあ、確かめなきゃわかんねえがな」 周十はそう言うと前へと足を動かした。 こうして一行は警戒しながら集落の奥へ向かった訳だが、集落の中心部に来た時、異変は起きた。 ――ガラ、ガラガラッ! 大きな物音が響き、一行の足が止まる。 そしてそこに飛び込んできたのは、土壁を破り雪の上に転がり落ちる人の姿だった。 「生存者!?」 カズラの声に皆が動こうとする――と、それを遮る者があった。 「待て! 無暗に近付くのは危険だ!」 律が傷ついた体を押して前に出てくる。 その目が容赦なく雪の上に転がり落ちた人物を見据えた。 「正体不明の武者がアヤカシに憑かれたものだとするなら、他の人間も憑かれているかもしれない。仮に応援部隊生き残りだとしても油断はできないだろう」 彼の考えはこうだ。 集落の避難が済んでおり、魔の森が近くにあるのならば、その付近にまともな人間がいる可能性は低い。故に警戒を怠ってはいけない。 律が危惧することは尤もで、間違ってはいない。だが、雪の上に倒れた人物は、全身に傷を負い、既に動くことすら出来ない状態になっているようだった。 「それなら確かめれば良いだけよ」 そう言って倒れた人物に向かったのはカズラだ。 彼女は倒れた人物を抱き起こすと、やんわり頬を叩いた。その刺激に薄らと瞳が開き、カズラの唇に笑みが乗る。 「操られている感じも、危ない感じもしないわ」 カズラの声に皆がホッと息を吐く。 そして氷の治癒符で回復を施すと、今度は別の物音が響いてきた。 ――ゴオオオオオッ!! 地響きを招きそうな低い音。 咆哮の様な音に皆の視線が飛ぶ。 崩れた土壁から姿を現したのは、赤い鎧に身を包んだ武者だ。 その後ろに控えるのは、崩れかけた鎧を身にまとう者たちの姿。そう、これが花録を、増援部隊を攻撃したアヤカシたちだ。 ●亡者との闘い ざっと見て6体。 これが武者に連れられた人型のアヤカシの数だ。 「他のアヤカシから後衛を守るのは自分の役割」 怪我を押してシザーフィンを構えた律が目の前のアヤカシを見据える。その隣に立つのは嘉栄だ。 「見た限り相手は怨霊の様です。然して注意の必要はないでしょうが、確か怨霊には特殊な能力があったはず」 「特殊な能力?」 なんだそれは。そう律の視線が飛んだ時、一体の怨霊が飛び込んできた。 「――騎士の不屈、貫いて見せるまで!」 飛び込んできた怨霊を前に律の全身が淡く光る。と、同時に構えるまでの緩い動作であった彼の身が鋭く動いた。 そして一閃が怨霊へと降り注ぐ。 攻撃は命中。しかし相手はそれを物ともせずに襲いかかってくる。 「休まず攻撃を!」 嘉栄もまた、迫る怨霊に刃を浴びせていた。 それは何度も繰り返し、休む間もなく注いでいる。そして一定の攻撃を浴びせた後、怨霊は声にならない叫びをあげて消滅した。 「怨霊は自らが消滅しそうになると自爆にも似た行動を取るんです」 「それが、特殊能力」 さあっと血の気が引く思いだ。 だが特徴を知ってしまえばそれを防ぐ術を導けば良い。 律はわざと動きを鈍くすると、鎧の籠手で怨霊の動きを受け止め、透かさず刃を突きいれた。 そしてその瞬間に自らの力を増殖させて一気に消滅へと導く。 「残り4体‥‥前衛を護り抜いて見せる!」 怪我を押して前に出る律に、嘉栄もまた前へと出る。その脳裏にはミルが掛けた言葉が深く刻みついていた。 「カエには雑魚の相手をしておいてほしいかな。ほら、何かあったら困るでしょ? ま、何も無いようにするのがあたしらの仕事だけどね。任せなさいってね。その分、雑魚はちゃんと始末してよね。信用してるんだから」 ――信用しているんだから。 その言葉に、久万たちへ送った文の内容を思い出した。 花録からアヤカシを消すことが、仲間と寺を護ることへの最善策になる。それを思い出し気が引き締まった思いだった。 そしてその言葉をかけたミルはと言うと、怨霊を引き連れていた武者――亡霊武者と真っ向から対峙していた。 「噂の武者を相手に我慢比べ、みたいな感じかしらね」 そう言って雅祟甲を装備した手を構える。キラキラと金の装飾が光る中、彼女の目が注意深く武者を見据える。 その隣にはミルと同様に自らの武器――太刀「兼朱」を構える周十の姿があった。 巨大で肉厚な刃が、迷うことなく武者へと向けられている。 「武者に突破されねェよう、がっつり体張って受持つぜ!」 2人の体が後方の仲間を護るように武者の前に立ち塞がる。 そして互いに合図をすると、戦場が動いた。 「まずは様子見からが良さそうだな」 ブンッと風を切る太刀の音が響き、それが武者へと迫る。そこに武者を挟むようにミルの拳が迫る。 そして互いの攻撃が武者に触れると、僅かにだがその身が揺らいだ。 「命中した?」 ミルが様子を伺うように視線を動かす。そこに飛び込んできたのは、雪の反射を受け輝く武者の刀だ。 「効いてない!?」 咄嗟に飛び退いたその場に強烈な一撃が見舞う。そしてあがった雪交じりの土を蹴散らし、武者が前へと突進してきた。 「おっと、行かせねえぜ!」 武者が突進するその場に立ちふさがった周十が、武者の刃を真っ向から受け止める。 ――‥‥ッ、グググ。 周十が攻撃を受け止めた直後、武者の動きが鈍くなった。 そこに柔らかな声が降り注ぐ。 「普通の攻撃は効かへんらしいどすな。ほんなら、浄化の炎、これはどないどす?」 優羽華が小刀で武者を示し、武者を包み込むように炎が舞い上がった。 自らを包み込む炎と、動きを阻む何かの力。それによって武者の動きが完全に停止した。 「ん、術は効くみたいかな?」 光り輝く呪殺符を手に氷が呟く。 先ほど周十に迫る武者の動きを止めたのは、彼の式だった。良く見れば無数の式が、武者の体に貼り付き動きを阻んでいる。 「ウズラちゃんもよろしくっ」 「カズラ、よ」 氷と同様に呪殺符を構えたカズラが訂正を加えると、彼女の手から円盤状の小型の式が風となって武者へと向かった。 「さあ、これも喰らいなさい」 続いて召還されたのは巨大な蛇だ。 足元から武者の体を縛りあげ攻撃を加えてゆく。 攻撃は全て命中。 しかし‥‥。 「何だコイツは‥‥効いてねェのか?」 間近で武者の姿を見ていた周十が呟く。 彼の疑問は尤もで、動きこそ封じられているものの、武者が痛みを感じている様子は見られない。 「単純にタフなだけってンなら、削りきりゃ勝ちだろうが‥‥」 「どんな奴にでも弱点はあるものよ。何とかなるわ」 この状況下でも元気に言葉を発するミルに、周十は頷く。どんな相手であれ前衛である役目を勤めなければいけない。 そんな覚悟を固める2人に援護の手が伸びる。 「うちを守てくれはるんやさかい、これくらいさせてもらいますえ♪」 ほんわかとした声と共に柔らかな舞いが披露される。そして柔らかな動きで扇子を翻すと、ミルへ暖かな光が降り注いだ。 「そう簡単に倒れてたまるもんですか。しぶとさじゃ負けないわよ!」 「どっかに武者を操ってるやつでもいるのか? アレなら本体を潰せば終わりだから気が楽なんだがな」 周十は太刀を低く構えて呟く。 しかし武者に操られている気配がないのは、カズラが確認済みだ。 先ほど対峙する前に彼女が呼びかけその可能性を消した。 「あっちを見る限り、無痛覚の線が強いかしらね」 チラリとカズラが視線をやった先には、確実に怨霊を減らす律と嘉栄の姿がある。 間髪いれずに攻撃を畳みかけ消滅させる姿を見て思い至った。 「となると‥‥火力で押し切って動かなくなるまで攻めてやれば良いわ」 ぽうっとカズラの符が光を帯びる。 そして現れたのは炎を纏った獣だ。 「行くわよ」 地面を蹴った獣が武者に飛びかかる。 それに合わせて氷も術を放った。 白虎の形をした式が符から飛び出し、炎の獣を援護するように武者に飛びかかる。 2つの攻撃を同時に受けた武者が大きく仰け反った。 ――グ‥‥グググ‥‥ッ。 呪縛符の効果から逃れようともがくが体はピクリとも動かない。 それでも痛みを感じていないらしい相手はまだ倒れる様子を見せない。 「しぶといわね」 「コイツで止めだ!」 ミルの拳が輝き、一気に集めた気が解放される。そして周十の太刀が風を切った。 互いの攻撃が混じり合うように武者に触れ、容赦なく攻撃が叩きこまれる。 ゴロンッ。 武者の兜が雪の上に落ち、戦いは終焉を迎えた。 ●魔の森の対策法? 「生存者は1人、か」 ミルの言葉に救出された僧が申し訳なさそうに視線を落とす。それを見止めた律が、僧の肩を軽く叩いた。 「1人でも生存者がいたことは喜ばしいことだ」 力強く笑って見せる律に、僧は複雑な笑みを向ける。そうして彼の目が、集落の外に集められた仲間の遺体に向いた。 「亡くなられた方々の供養をさせて貰います」 優羽華は扇子「巫女」を広げると、静かな舞いを死者へと送った。それを見ながら皆が静かに手を合わせると、僧たちに土が被せられた。 「今回の武者ってのが、人が憑かれたモンだとしたら‥‥無念だろうな」 死者へ土を被せながら呟く周十に、同じく土を被せていた嘉栄が驚いたように彼を見た。 「なんだ?」 「い、いえ、何でも‥‥」 凄むように向けられた視線に思わず目を逸らす。やはり志士が苦手なのは、そう簡単に拭えないらしい。 そこに息の抜けるような音が響いてきた。 「ここいらの魔の森も焼いちまいたいトコだけど、なんかコツはあるんかい? 一応火種は持ってるけど」 発火符を持ちながら周辺の森へ視線を向けるのは氷だ。 今後の対策のためにもぜひ聞いておきたいと言葉を切ったのだが、その言葉に嘉栄の目が瞬かれる。 「野焼きの様に森に火を付け、後はアヤカシとひたすら戦うだけです。特にコツはありません。あるとすれば‥‥体力だけでしょうか?」 秘訣でも何でもない。 「結局は力押ししかないってことなのね」 カズラの言葉に皆が苦笑する。 こうして増援部隊を襲ったアヤカシは退治され、その日の内に新たな増援部隊が魔の森に派遣された。 花録の修復は魔の森が去った後だが、これはまた別の話である。 |