|
■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われているのだが、どうやらそれらは一時安定しているようで‥‥。 ●霜蓮寺 雪が僅かに残る霜蓮寺にも、ようやく春の足音が聞こえ始めたそんなある日――騒動は起きた。 「統括、お呼びですかな」 そう言って統括の部屋に足を踏ン入れたのは、僧服に身を包む大男、久万(クマ)だ。 彼は部屋に入ると、統括の目の前に腰を据えた。それを待って統括の顔が書面より上がる。 彼は書面を卓の上に置くと、1つ息を吸って久万の顔を見た。 「実はな、嘉栄(カエ)に休暇をやろうと思うのだ」 「は?」 統括自らの呼び出しと言うので、いったいどんな大事が待っているのかと思いきや。 用件が嘉栄の休日とは一体どういう事か。 素っ頓狂な声をあげた久万に、統括が咳払いを零す。 「お前も知っての通り、あれは寝る間も惜しみ、魔の森にアヤカシにと刀を振るってきた。あれの性分でもあるのだろうが、一応は女子(オナゴ)。しかも結婚適齢期の最中(サナカ)だ。少しは女子らしく、普通の休暇でもと思ったのだが‥‥如何だろうか」 統括が休暇を与えると言うのであれば久万に異論はない。そもそも嘉栄には確かに働き過ぎな部分がある。 彼女の生活は1に討伐、2に討伐。3と4が魔の森への対応なら、5は再び討伐に戻る感じだ。 それほどにアヤカシ中心の生活を送っているのである。しかも年の頃が25となれば、確かに結婚適齢期と言えなくもない。 「確かに、嘉栄は女子ですな。しかし、あれに女子らしい生活をしろと言って、聞くとお思いですか」 「それは‥‥」 久万の歯に衣を着せない言葉に、統括は口を噤んだ。 だが直ぐに周囲を見回すと、今まで座っていた場所を離れ、久万の傍まで来て腰を据え直して声を潜めた。 「じ、実はな。嘉栄に見合いの話が来ているのだ」 「見合い‥‥それはいったい、何処の物好きですかな?」 ピクリと眉を動かし問う久万に、統括は突っ込みも入れずに「それがな‥‥」と神妙に頷いて見せる。 そして懐から1枚の文を取り出すと久万に開かせた。 「北面でも名の通った士族の方だ。嘉栄の武勇を見てから心惹かれたようでな。是非とも連れ合いにと申し出があったのだ」 「北面‥‥それは、如何なものでしょうな」 東房国と北面はいわば犬猿の仲。 それをわかっていて文を送って来たのだろうが、望む相手が悪すぎる。 「そうなのだが、先方は是非にと言っていてな。もし連れ合いが無理でもひと目会って話だけでもしたいと言うのだよ」 「‥‥会ったとして、相手のご職業は何ですかな?」 「し、志士だ」 「――無理でしょうな」 チーンッ‥‥そんな音が聞こえそうなほど静かな声だった。 だがそんな久万の声にも統括は食い下がる。 「だ、だが、これを機に志士嫌いが治るかもしれないぞ? それに断るにしても、本人が断った方が良いだろう? な? そうは思わんか?」 見合い相手は北面の志士。この時点で無理がある。 しかも相手が嘉栄である以上、そこに向かう可能性は皆無に等しい。 統括もそれをわかっているはずなのだが、それでも食い下がると言う事は‥‥。 「統括。先方からの申し出に、他に何か書いてありますかな?」 ギクッ。 統括の顔が強張った。 それを見て確信を得た久万は、統括が差し出した文を注意深く読んでみた。 「ほう。随分と見合い金が高いですな。それに緊急時の援軍の約定ですか‥‥」 なんと。先方は見合いに来て欲しいがために、多額の見合い金と、私的な同盟を申し出てきたのだ。 しかもその条件が霜蓮寺にとってとても都合の良いものばかり。 「確かに、魅力的ですな」 「そうなのだ。昨今の魔の森での戦いで、霜蓮寺も色々と窮地に立たされていてな‥‥資金援助と増援は捨てがたい条件だったのだ」 神妙な表情で言葉を紡いだ統括に、久万は「うんうん」と頷いてから、ハタと首を傾げた。 「――条件だった?」 「ああ。捨てがたい条件であった」 腕を組んで大仰に頷く姿に、ヒクッと久万の口角が揺れる。 「統括、まさか‥‥」 「久万。嘉栄を見合いの席に行かせてくれ! その為の休暇ならばくれてやろう。どうにかして、見合いだけでもさせて欲しいのだ!」 頼む! そう言って頭を下げた統括に、久万は大げさに溜息を吐いた。 統括は既に先方に見合い許可の返事を出したらしい。 だが、許可はしたものの当人に直接話す勇気はないらしく、久万に白羽の矢が立ったと言う訳だ。 「なんと頭の痛い‥‥嘉栄はこうと決めたら頑固な娘。私の話は聞かんでしょう」 「な、ならば、送られてくる支度金の一部をやろう。それで開拓者でも誰にでも頼んで見合いをさせるようにしてくれ。なんなら、一宿一飯の面倒も見よう!」 かなり必死な様子の統括に、久万も渋々と折れたのだが、ここで1つ問題があった。 「‥‥志士とお見合い」 統括の部屋の外で、思案気に、しかも若干表情を強張らせて佇む人物がいた。 そう、嘉栄本人だ。 統括に先の戦闘の報告書を届けに来たのだが、なんともタイミングの悪い。 しっかり彼女の耳に見合いの話が入ってしまった。 彼女はわなわな震える拳を握りしめ、込み上げる怒りを深呼吸を繰り返すことで必死に堪えている。 「資金援助と援兵‥‥っ‥‥援兵‥‥」 霜蓮寺の現状は彼女も知っている。 知っているからこそ統括の考えが理解できない訳ではない。だが、相手が悪すぎる。 「では、失礼‥‥――なっ、嘉栄!?」 統括の部屋を出た久万は、部屋の外でわなわなと震える嘉栄と鉢合わせた。 そこに彼女の鋭い視線が飛ぶ。正に、アヤカシに向けるのと同じくらいに、怒りに満ちた瞳だ。 「――山に籠らせて頂きますっ!!!」 そう叫ぶと、嘉栄は足取り荒々しく去って行った。 それを無言で見送るのは、統括と久万の2人だ。 「‥‥あれは、完全に臍を曲げましたぞ?」 「‥‥ああ、そうだな‥‥」 こうして開拓者ギルドに、霜蓮寺より依頼が舞い落ちる。 それは、臍を曲げた嘉栄をどうにかして見合い会場へと連れて行って欲しいと言う、統括の悲痛な頼みであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
ラフィーク(ia0944)
31歳・男・泰
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
エステラ・ナルセス(ia9094)
22歳・女・シ
宍炉(ia9724)
17歳・女・サ
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 「君たちが嘉栄を説得してくれる開拓者か。わざわざすまんな」 そう言って広間にやって来た白 桜香(ib0392)とラフィーク(ia0944)を迎えたのは霜蓮寺統括だ。 「それで、聞きたい事とは何かね。大体のことはギルドに伝えてあるはずだが」 「単刀直入に聞きます。今回の件について、統括と久万さんはどう思っていらっしゃるのですか?」 おっとりと緩やかに問う桜香に、統括の横に控えていた久万が口を開いた。 「申し訳ないとは思っている。だが霜蓮寺の現状を見れば、見合いは必要だ」 依頼書にあった通りの返答に、桜香の視線が一瞬だけ落ちる。しかしその目が直ぐに上がると、次の問いが出された。 「志士さんに関してはどうですか?」 唐突な問いに2人が顔を見合わせる。 「ああ、志士については俺も聞きたい事がある」 そう言って、今まで黙っていたラフィークが言葉を放つ。 「何かね」 「月宵はあの志士嫌いだが、統括殿達は志士嫌いではないのか?」 先ほどの口ぶり、そして志士との見合いを勧める辺り、どう見ても志士嫌いとは思えない。 「わしらは特に志士が嫌いということはない」 「嘉栄の志士嫌いは統括に責がある。霜蓮寺の者は、皆一度、東房国を出て修行する機会を与えられる。故に、志士と対面する機会も多い」 「嘉栄は霜蓮寺で刀を振るってばかりだからな。外に出るとしたら都くらいだったか?」 久万の言葉を捕捉するように統括が呟く。その声にラフィークは合点いったように頷いた。 「思っていた通りか。前から見ていて思ってたが‥‥。今まで志士という理由だけで拒否をして、自分の目と耳で志士とまともに話た事がないのだな」 やれやれと言った様子で呟いたラフィークに、統括と久万は苦笑を零すしか出来なかった。 一方、統括の屋敷では、別の開拓者がある質問を僧たちにしていた。 「‥‥見合いを無理にセッティングすれば、角が立つでしょうに」 そう言って、苦い物を混じらせて微笑むのは、エステラ・ナルセス(ia9094)だ。 その直ぐ傍では朝比奈 空(ia0086)と宍炉(ia9724)が、僧に話を聞いている。 「だからさ、カエに好きなヤツとかいないのか?」 「いえ、ですから、嘉栄様にその様なお相手いが居るとは‥‥」 先ほどから3人が質問しているのは、嘉栄に他に想い人がいるかというものだ。 「どうも月宵さんは、霜蓮寺内に誰か好きな方がいるように見える、と仲間が言っていたのです」 空は桜香が口にした疑問を口する。 その言葉を聞いた僧が、目をパチクリさせて驚いていることから、きっと本当に知らないのだろう。 「これは本当にいないのかもしれませんね」 エステラがそう呟くと、空もその声に頷く。 「まあ、致し方ないでしょう」 「あーあ、もっと面白い話が聞けると思ったのに、残念だ」 宍炉は大げさに呟いて、頭の後ろで手を組んだ。 そこにおっとりとした声が響く。 「‥‥見当違いだったのでしょうか。残念です」 「あら、白様。お話は終わりまして?」 エステラの声に、話を終えたラフィーク達が合流しながら頷いた。 「山に入る許可も貰ってきた。後は斉藤達が戻るのを待って入山だな」 ラフィークの声に皆が頷く。 こうして嘉栄を見合いに引っ張り出すため、開拓茶たちは山に向かうのだが、またそこでひと騒動起きる事を、彼らはまだ知らなかった。 ● 霜蓮寺の裏山にある寺院。 そこ道場の扉をラフィークが開けた。 「失礼する。ここに月宵が居ると聞いてきたのだが‥‥っ!?」 扉を開け放った瞬間、彼の目の前を何かが横切った。 そして背後で、ガスッという音と、カラカラッと言う音が響く。その音に、皆の視線が飛んだ。 「‥‥木刀やな」 斉藤晃(ia3071)が、地面に転がった2つに折れた木刀を見て呟く。 それに声に頷き、木刀を見てから百地 佐大夫(ib0796)は、中の様子を見て苦笑した。 「明らかに怒り心頭だな」 その声に、折れた木刀を眺めていた嘉栄の目があがる。そして開拓者たちと目があった。 「とりあえず面識がある訳だし、いきなり攻撃はされないと思っていたが‥‥木刀が飛んでくるとは‥‥ん?」 苦笑するラフィークの背を押す者がいた。 「面識組、よろしくたのむよ!」 そう言ってニッと笑うのは宍炉だ。 今回集まった者の中で、嘉栄と面識があるのは彼だけだ。 そんな彼を先頭に立てるのは間違っていない。だが相手は冷静さを欠いている。 それだけにどう声をかけるべきか迷ったが、結局はこれしかなかった。 「久しいな。覚えているだろうか」 当たり障りのない言葉に、嘉栄は一瞬だけ苦笑すると、手にしていた木刀を下げて一礼を向けた。 「はい、覚えております。まさか貴方がおいでになるとは‥‥皆さん、遠い所、ようこそおいで下さいました」 声は穏やかだが目が笑ってない。 その事にラフィークは密かに苦笑し、桜香が前に出た。 「初めまして。唐突で大変申し訳ないのですが、まずはお茶とお食事の支度をさせていただいてもよろしいでしょうか?」 笑顔で告げられる言葉に嘉栄の目が見開かれる。 「ここまで来るのにお腹が空いてしまったのです。申し訳ありません」 気恥ずかしげに頭を下げる桜香に、嘉栄は驚くばかりだ。 そんな彼女に炊事場の場所を聞かれ、思わず答えてしまった嘉栄は、教えた場所へと向かうエステラと空、宍炉の姿を見て再び目を瞬いた。 一気に毒気が抜かれた気分なのか、複雑そうにしていたものの、彼女はすぐさま修行に戻ってしまう。 「熱心に修行しとるようやが‥‥ただ戦いのための戦いでは明日はないんやけどな」 そう呟くと、晃は顎を擦った。 彼には生涯を添い遂げる奥さんがいる。結婚については色々と的確な助言を出来る立場に居るのだが、肝心の嘉栄は話を聞くよりも、身体を動かす方が先と見える。 「さて、どないするんや?」 炊事場へ向かった面子はまだ戻らない。 こうしている時間が勿体ないのは明らかだ。 「なら、俺が行こか?」 名乗り出たのは天津疾也(ia0019)だ。 その姿にラフィークが眉を寄せる。 「確か君は志士だったはず‥‥大丈夫かね?」 「志士嫌いは、この国の成立ち過程を考えれば、それもしゃあないとは思うんやが‥‥」 疾也は道場に置かれた木刀を手にすると、中にそれを放って柄を掴んだ。 「――見合いを受けて貰わんことにはこっちも仕事にならんしな。まあ、志士っちゅう事から俺は嫌われてると見て間違いなさそうやし、言葉での説得は期待してないんや」 ならこれしかない。そう言って、疾也は修行を続ける嘉栄に近付いた。 「なあ、随分と荒れてるようやけど、そんなんで修行になるんかいな?」 笑みを含ませ問う声に、嘉栄の動きが止まる。 そして僅かに鋭さを含む瞳が疾也を捉えた。 「邪魔をされるようでしたら、強制的にここから出て行っていただきます」 静かな声音で向けられた言葉に、疾也の口角が上がる。声は努めて冷静に、けれど言葉は冷静さが欠けている。 「今のあんたで俺に勝てるん?」 「それは、どういう意味でしょう」 向き直る嘉栄に、疾也は笑みを深めると、彼女に木刀の先を向けた。 「まんまの意味や」 「随分と挑発してるようやが、大丈夫なんか?」 疾也と嘉栄の様子を見ながら晃が問う。 「どちらも熟練の開拓者。問題はなかろう。しかし、相変わらず分かり易い‥‥」 この言葉も2度目だったか? ラフィークは苦笑しながら呟くと、疾也と嘉栄を見た。 「覚悟!」 先手を取ったのは嘉栄だ。 相手の懐に入り薙ぎ払おうと木刀を動かす。しかし疾也は木刀の腹でそれを受け流すと、ちょうど良い間合いを測って離れた。 それを何度も繰り返す。 どちらも付かず離れず、決定的な攻撃は出来ていない。 「そうや。俺が勝ったら見合いを引き受けるちゅうんはどうや?」 ニヤリと笑った疾也に、嘉栄の米神がピクリと揺れる。そして、「ダンッ」と激しく床を踏みしめると、一気に突っ込んできた。 これに疾也が透かさず防御を取る。 激しくぶつかる木刀の音に、今まで炊事場に消えていた者達がお膳を手に驚いたように入り口で立ち止った。 「えっと、これは?」 「ええ頃合いやな」 目の前で間合いを測った双方が、同時に地を蹴り、最後の攻撃を繰り出そうと迫る。そこに大きな影が差した。 ――ガンッ。 2本の木刀を受け止めた斧槍に、疾也と嘉栄が目を見開く。 「動いてちっとは落ち着いたか?」 そう言って獲物を下げるのは晃だ。 「滝川から手紙をもらってきてる」 「手紙?」 他の開拓者たちが統括の屋敷で話をしている間、晃は佐大夫と共に見合い相手の滝川の元へ行っていた。 「今回だけだからな。きとんと読めよ!」 そう言って口を挟む佐大夫に、晃が頷く。 「どうするかは、それを見て決めぇ」 この言葉に、嘉栄は僅かに顎を引くと思案気に視線を落としたのだった。 ● 用意された食事は僅か。それでも小腹を満たすにも、気持ちを静めるにも十分な効果がある食事だった。 「面白い場面を見逃しちゃったな」 頬張った食事を茶で飲み下す宍炉の隣では、佐大夫が食後のお茶を啜っている。 「んで、見合いはどうするんだ?」 佐大夫の声に、皆が顔を上げる。 食事をしている間はほぼ無言だった。なのでこれから話をする訳だが‥‥。 「私としては、とりあえず会ってみては、と思います」 箸を膳に置いた空が呟く。 彼女は用意された湯呑を手にすると、真っ直ぐに嘉栄を見た。 「相手が気に入らないのであれば、途中で帰れば良いと思います。条件を満たしてさえいれば良いようですし」 確かに空が言うように、見合いにさえ出席すれば援助が約束される。 だが嘉栄は頷かない。 その事に飯の入っていた茶碗に湯を注いでいた晃が口を開いた。 「てめぇは、この見合いが政略的なものを含んでるのは分かってるんやろ。だのに、志士だの、北だので気に食わんらしいの。わしは滝川っちゅう人をみようとせんてめぇのが気に食わん」 人を見ずに外耳だけで全てを判断する。それを駄目だと晃は言う。 そんな彼の言葉に嘉栄は言葉を詰まらせる。そこに再び空の声が降り注いだ。 「互いの国の事情だけで、何もかもを決めつけるのはどうかと思います。少なくとも一目会いたいだけでこれだけの援助を申し出ある辺り、向こうの本気具合が分かりますね」 「そうですよ。アヤカシを狩るため、人々を、仲間を護るために、お金や援軍はなにより大事です。美味しいものを食べに行くと思って、どうでしょう。それでも決め手に欠けるのなら‥‥」 桜香はそう言葉を切ると、1枚の文を差し出した。 「統括からです。どうぞ」 微笑んで差し出した文には「申し訳ないが、霜蓮寺の為を思い宜しく頼む。会った後なら断ることも構わん」との文面が書かれている。 「これが、さっき言った滝川からの手紙や。読んどけ」 重ねて差し出される文に嘉栄の目が落ちる。 受け取るか如何するか。それを迷うような間に、別の声が降って来た。 「聡い君の事だ。自分の立場と霜蓮寺の現状が分かっているから即座に見合い話を斬って捨てず、このような場所に居るのだろう?」 ラフィークの声に嘉栄の目が上がった。 「この北面と東房の関係だ。探すのも苦労しただろうし、周囲から反対されたかもしれない。それでも申し出た相手を志士だからという理由で断るのか?」 「それは‥‥」 先ほどの皆の言葉が頭をよぎる。 頭で理解はできる。しかし内面では色々と複雑なようだ。そんな彼女の肩にエステラがそっと手を添えた。 「きっと調べている途中で、月宵様の志士嫌いはお知りになったはずです。それに、援軍を送る手はずを整える際、理由を尋ねる者が出たかもしれません。中には「東房の女、しかも志士嫌いにのぼせ上がるな」と言う声が出たかもしれません。それでも会いたいと言うのですよ。女冥利に尽きるではありませんか」 穏やかに微笑みかけるエステラに嘉栄は強張った表情を緩めた。 「一目会ってあげて下さいまし。よろしくお願いしますわ」 穏やかに微笑むエステラに、嘉栄は目を伏せると思案気に息を吐いた。 「見合いの席で、きっぱり断れば済む話だろ。簡単じゃないか」 「だな。会って話すぐらい付き合ってやりゃ良いだろうに。何なら文句の1つでもぶつけてやりゃ良いし、好きな奴が居るならそう言ってきっぱり断ってやりゃ良い」 宍炉の言葉を拾って、椀の汁を飲み干した佐大夫の言葉に嘉栄の目が見開かれた。 「な、何ですかその話は‥‥」 「うん? 何驚いてんだ。居たっておかしくねえだろ?」 「い、いるはずありません!」 慌てて否定する嘉栄に、宍炉が追い打ちをかけた。 「カエもそろそろ恋を知ってもいい年頃だろ。隠すことないのにな」 「な、なっ!」 食べながら呟く彼女の声に、嘉栄はすっかり押されてしまったようだ。 「実際に会えば、互いの気持ちが変わる事もあるでしょう。一先ず、考えてみてください」 声に目を向ければ、空が手紙を握らせて微笑んでいる。その声に手紙を握りしめると、嘉栄は開拓者たちに深々と頭を下げたのだった。 ● 「普通に断って終わりか。つまらないなぁ」 そう呟きながら、用意された夕餉を口にするのは宍炉だ。 嘉栄を説得した次の日、見合いは予定通り決行された。 嘉栄はアヤカシ退治に行く時と変わらない格好で見合いに出席し、滝川と話をした上で見合いを断った。 「‥‥結婚よりもアヤカシ退治をとりましたか」 嘉栄が見合いを断った理由は「霜蓮寺をアヤカシの脅威より護るため」だった。 滝川はアヤカシと闘いながらでも構わないと言っていたようだが、嘉栄は半端なことはしたくないと断ったようだった。 「一先ず、穏便に納まって良かったですわね」 そう言って微笑むエステラの視線の先には、滝川と嘉栄が話をしている姿が見える。 「1つの切っ掛けになれば、か‥‥まあ、これからが正念場だろうな」 呟き、湯呑を口にするラフィークの傍では、晃が盃を傾けている。 「サムライだ、志士だ、北だ、南だ。些細な問題や。うちのかみさんがね、人を想う気持ち1つで世界は変わるもんやと言うてたで」 「なあ、晃の嫁さんってどんなんだ?」 「そりゃあ、一言じゃ括れんねえ」 豪快に笑う晃に、佐大夫は「そう言うもんか」と目を瞬いた。 一方、滝川と話をしている嘉栄に、桜香は笑顔で語りかける。 「嘉栄さん。もし他にお好きな人がいたらお手伝いしますよ?」 その言葉に嘉栄は苦笑を零し、そこに疾也が割り込んでくる。 「どうや、志士も案外ええ奴やろ?」 「そう、ですね」 まだ戸惑いはあるようだが、前の様な毛嫌いはないようだ。 そんな彼女に疾也は酒を進めながらニッと笑った。 「実は俺も志士なんや」 「ッ!?」 突然の言葉に、ズサッと後ずさった。 その姿に疾也は「今のはちと傷ついたで」と呟き、食事の席は賑やかな笑い声に包まれたのだった。 |