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■オープニング本文 一人の少年が藁を手に家路を急いでいた。 既に日が入り始め、辺りは暗闇に近付こうとしている。 「早う帰らねば」 遠くでは鴉の声に混じり、狼らしきものの遠吠えも聞こえる。 闇が辺りを支配すれば危険なのは間違いない。 急く気持ちが自然と駆け足を作り出す。と、そんな彼の足が突然止まった。 目を瞬きながら凝視する先に浮かぶのは、白い雲のようなもの。 ふわふわと浮かぶ雲の上にも何か乗っているようだ。 「‥‥何だあれは?」 疑問に思いながら近付いて行く。 伺うように凝らした目が、少し伸びた首が、雲の上の物体を捉える。 「じ、爺さま!?」 雲の上に乗っているのは白髪の老人だ。 折れ曲がった背と手に持つ杖が、威厳と言うか老人らしさを醸し出している。 かなり異様な現象に少年は驚いたまま固まっている。 そこにしゃがれた声が響いてきた。 「坊主。こんな時間に出歩いては駄目じゃろう」 突然かけられた声に少年の目が瞬かれた。 背を向けているのに自分のことに気付いたのだろうか。 そんな感じに首をかしげると、再び声が聞こえてきた。 「家は何処じゃ。わしが送ってやろう」 そう言って老人が振り返った、その瞬間。 「ふぎゃあああああ!!!!」 大絶叫の元に少年が駆けだした。 それを追いかけるのは首を180度回転させた老人だ。 雲の上に乗ったまま物凄い速さで少年に追いつく。 「なんじゃなんじゃ、だらしがないのう。ほれ、もっと早う走らんか!」 「ひぃぃぃぃ!!!」 目の前に滑り込んできた老人に、少年は目を剥いて倒れ込んだ。 口からはブクブクと泡を吹いている。 「何じゃ、本当にだらしがないのう」 顔面に目や口の無い髭だけを生やした老人が笑う。 少年は仰向けに倒れたまま気を失っている。 その姿を見て老人はもう一度笑うと、面に顔を浮き上がらせた。 長く伸びた自慢の髭を擦りながら、少年を雲の上に乗せる。 「楽しみながら贄を得る。実に素晴らしい作戦じゃのお」 ふぉっふぉっふぉと、笑うその目が怪しく光る。 そして老人は再び雲の上に飛び乗るとその身を消した。 数日後、村の近くで別の村人が老人に出会った。 その村人は運良く逃げ帰ることが出来たのだが、これが切っ掛けでギルドにアヤカシ退治の申請がされる。 それを知らない老人は今日も村の近くに姿を現した。 雲の上には気を失った村人がいる。 「ふぉっふぉっふぉ、人間はだらしが無いのお。もっと骨のある奴はおらんのか」 成功し続ける狩りに気を良くしている老人はかなり強気だ。 だがそれがいつまで持つかは分からない。 なにせこれから、老人の言う骨のある人間が尋ねてくるのだから‥‥。 |
■参加者一覧
雪ノ下・悪食丸(ia0074)
16歳・男・サ
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓 |
■リプレイ本文 夕暮れ時。 烏の声が遠ざかり、虫の音が響く中、草むらに身を潜める複数の集団がいた。 「‥‥弱い者を食い物にする、許せねえ」 そう言って茂みの中で震える拳を握り締めるのは、雪ノ下・悪食丸(ia0074)だ。 彼の視線の先には、街道を行く人物がいる。 ノタノタと杖を突きながら歩く姿はボロボロで、腕や足に捲かれた包帯が痛々しい。 彼の名は三笠 三四郎(ia0163)。 この街道の先にある村からの要請を受け、アヤカシ退治に参加した者の一人だ。 今にも死んでしまいそうな旅人は、アヤカシの情報にある、弱者を襲うという条件にピタリと合う。 「少し業とらしい‥‥いえ、ちょうど良いのか」 呟きながら泥を塗った斧を構えるのは、この辺りを下見し皆に隠れ場所などを示唆した風鬼(ia5399)だ。 彼女は着かず離れずの距離を保ちながら、囮役の三笠の後を草むらに隠れて追随している。 その姿を遥か後方で眺めるのが、大岩に身を隠したバロン(ia6062)だ。手にはしっかりと己の武器である弓が握られている。 「‥‥外道め。わしの矢で雲から落としてブン殴ってやるわ!」 「少しは落ち着かれよ。村人から聞いた話では、必ずここに現れるはず。確実に仕留めるためには、自らが落ち着かねばなるまいて」 ポンっとバロンの肩を叩き潜伏場所を前へと移動するのは、蘭 志狼(ia0805)だ。彼は風鬼とは別に事前に村を訪れ情報を仕入れていた。 それを元に風鬼が自らの情報と併せ皆をこの場に潜伏させたのだが、微妙に囮から遠いために、こっそりと移動している。 既に皆の準備は整っている。後はアヤカシが現れるのを待つだけだ。 三笠は杖をゆっくりと突きながら、言われたとおり街道を歩くのみ。内心ではアヤカシへの怒りが込み上げてくるのだが、それを表に出すことはできない。 「‥‥早く、来い」 こう長々と演技をするのも逆に辛い。そう思った時だ。 「おお、あれはっ」 「来ましたな」 近くで異変に気付いた風鬼、遠くから確実に目標を補足したバロンが呟いた。 三笠の前に立塞がるようにして現れた白い雲。その上に腰を下すのは白髭を蓄えた老人‥‥皆が待ち望んでいたアヤカシだ。 「何じゃ、坊主、ボロボロじゃのぉ。何故、ボロボロなんじゃ」 伺うように掛けられた声に、各々が次の行動に移すために身構える。 「な、なんだ。雲がっ!」 驚いたふりをする三笠の声が聞こえてくる。 その声に風鬼は斧を手に身を低くしたまま腰を上げた。 あと1つ、切っ掛けがあれば踏み出せる。 「うわああああっ!」 風鬼の考えを詠むかのように、三笠の悲鳴が響き渡った。 ばれない様にマントで両腕を覆う姿は視界に映っている。風鬼はそれを視界に止めながら足を踏み出した。 早駆で皆より先行して雲の死角に入る。 アヤカシは未だ気絶したフリをしている三笠にご機嫌で風鬼には気付いていない。彼女はそれを承知で、準備しておいた斧を伐り上げた。 「ふぉっ‥‥な、何じゃ!」 異変に気付いたアヤカシが慌てて雲の下を覗きこむ。それを待っていたかのように、三笠がマントで隠していた手で咆哮を放った。 「こっちだっ!」 「ぐおっ‥‥な、なんじゃ、なにが‥‥」 うろたえて雲にしがみつくアヤカシ。そこに加えられる雲への容赦ない攻撃に徐々にその厚みが減ってきている。 「このまま削るのもありですね。三笠さん、行けますか」 「‥‥まだ、なんとか」 風鬼の攻撃の間も、逃げようとするアヤカシに咆哮を放っていたせいか、三笠の息が上がっている。そろそろ限界が近いかもしれない。 それに気づいた風鬼の目が、茂みに潜む味方に向けられた。 「よし、行くぞっ!」 アヤカシの異変、三笠と風鬼の動きを合図に、雪ノ下が飛び出す。 「三笠さんと風鬼さんを助けるんだ!」 武器に手を伸ばし、一直線にアヤカシに飛び込んでゆく。その後ろから、少し遅れて蘭が飛び出している。 そうしている間にも、アヤカシは逃げようともがき、その度に三笠と風鬼によって足止めされていた。 「‥‥ああ、来ましたね」 風鬼はそう呟くと、疲れ切った三笠の腕を引いた。 彼を戦線から離そうというのだ。 「三笠さん、お疲れ。ここからは任せろ」 風鬼が三笠を安全な場所に引っ張ったのを見計らって、雪ノ下の太刀が唸った。 武器に気力を集中させて全てをこの一撃にかける。 「示現流の必殺の太刀、受けて見よっ!」 一気に振り下ろした太刀が、風を切ってアヤカシに降り注ぐ。 「ぎゃあっ!」 腕を抑えたアヤカシが、雲の上で転げた。 退路を探してギョロリと目が動く。それに気付いたのが蘭だ。 「ぐおっ!」 大きな力にアヤカシの体が雲から振り落とされる。 地面に転げながら目を剥くアヤカシは見たのは、長槍を構えた蘭だった。 槍の長さを利用して距離を保ったまま立つ姿に、アヤカシが後ずさる。 「老人の姿とは言え、人を喰らうアヤカシ‥‥覚悟せよ。蘭 志狼、推して参るッ!」 蘭の槍から咆哮が放たれた。 凄まじい音が響き渡り、アヤカシの注意が向かう。 通常ならここでアヤカシが迫ってくるのだが、アヤカシは向かってくるどころが、ガクガクと震えてそれどころではない。 「ひぃぃ、助け‥‥」 以前にも似たように村人を襲ったが、こんなに容赦のない連中ではなかった。 アヤカシの中で危機感が生まれるが、そんなのは彼らにとって知ったことではない。 「所詮、弱い者しか狙えんアヤカシか‥‥」 地面に尻を着けたままジリジリと後退するアヤカシに、蘭の威嚇にも似た攻撃が降りかかる。 僅かに離れた位置からの攻撃だったが、ひ弱なアヤカシには充分だった。 よろよろと街道からはみ出し、草むらに逃げようともがく。その姿はあまりに滑稽で情けないものだ。 そこに雪ノ下が空かさず足を踏み出した。 「逃すか!」 退路を塞ごうと動いたのだが、その動きが直ぐさま止まった。 視界の隅に光るものがある。 目を向けた先には街道沿いの大岩。その傍には弓を手にこちらを見据えるバロンの姿がある。 「‥‥む」 蘭もバロンの姿に気付いた。 そして、雪ノ下と蘭が頷き合った瞬間、バロンの弦が極限まで張り、弓が軋んだ。 「今こそ好機‥‥撃ち抜け、朔月!」 咄嗟に間合いを計った、雪ノ下と蘭の合間を縫ってバロンの放った矢が飛んでゆく。 「ぐあああああっ!!!」 渾身の力を篭め放った矢は、アヤカシに命中した。 傷口から溢れだす瘴気に、アヤカシがもがき苦しむ。既に逃げることは頭にないのか、自らを苦しめる矢に意識は集中しているようだった。 「が‥‥ぐぁ‥‥」 苦しさから声を漏らすアヤカシが捉えたのは、複数の影と自らに向く刃だ。 「終わりです」 風鬼の手を借り復帰した三笠の声を合図に、この場にいる全員の武器がアヤカシに振り下ろされた。 こうして弱い者を食い物にしたアヤカシは退治されたのだが‥‥。 「行方不明者が見つからなかったのは残念だ」 ぼやきながら村の入り口に立つのは、雪ノ下だ。 アヤカシを退治したあと、行方不明者を保護しようとしたのだが、どこに隠れているのか、無事なのかもわからなかった。 「連れ去るだけでなかった。そう言うことだろう。哀れだがな‥‥」 ポンっと雪ノ下の肩が叩かれ、目の前に団子らしきものが差し出される。それを見てから雪ノ下の視線が上がった。 「‥‥蘭さん、何食べてるんだよ」 「貰ったのだ。食え」 ずいっと伸ばされた団子に、雪ノ下は少し考えて受け取った。 2人の視線の先では、アヤカシが退治されたことで安心しきった村人の姿がある。 「悪いジジイはこの良いジジイが懲らしめてやったぞ! もう安心じゃ!」 豪快に笑いながら、目を輝かせる子供たちの頭をわしわしと撫でるのはバロンだ。 村に着いてから子供たちの相手をずっとしている。 「報告に来ただけなのですがな」 「あれ、もう行かれるんですか?」 やれやれ。そんな様子で踵を返した風鬼に、三笠が声をかける。 村人から借りた衣服を返しつつ、ちゃっかり布を借りて汚れを落としている。体力はすでに回復しているのか、表情はすっきりしていた。 「今日はありがとうございました」 真っ先に囮役の三笠に駆けつけたのは風鬼だ。 丁寧に頭を下げる三笠に、風鬼はゆっくり目を瞬かせる。 「‥‥囮役、まあまあの演技でしたな」 そう呟いて、風鬼は村を後にした。 周囲はすでに夜の帳が下りている。 村の奥ではアヤカシが居なくなったことで一夜限りの宴の準備をする音が響いていた。 |