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■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。 ●霜蓮寺 辺りを闇が包み、半分以上欠けた月が薄らと地上を照らしている。 ここは霜蓮寺の大通り。 時刻は調度、日付が変わる頃になる。 大通りには、だいぶ前に暖簾を下げた店が並び、灯籠の明かりが転々と道を照らしている。 その中を女性が1人、小走りに歩いていた。 「遅くなってしまいました」 女性は出掛けた先で予想以上に時間を食ってしまったらしい。 今は急いで家路に着こうとしている最中だ。 そんな彼女の動きに合わせて、灯籠の灯りで伸びた影が、異様に濃くその場に存在を示していた。 「そこの角を曲がればあと少し」 そう、大通りを抜けようとした時、彼女の足が止まった。 「‥‥?」 辺りを見回して首を傾げる。 「今、何か動いた気がしたのだけど」 目を凝らして闇を見据えるが、何の変化も見られない。強いて言うならば、灯籠の灯りが風に合わせて影を揺らしているくらいだ。 「気のせいかしら‥‥――ッ!」 そう呟き前を向いた彼女の目が見開かれた。 声を失い視線を固定させる先に佇む黒い影。しっかりと彼女の足と腕を掴んだ存在に、ガクガクと震えが込み上げてくる。 (こ、これは、アヤカシ? 急いで統括様にお知らせしないと‥‥) 頭では何をしなければいけないのか分かっている。だが足が、体が言うことを聞いてくれない。 そうしている間にも、影は女性の体に絡みつき、灯籠が照らし出す場所へと引き摺り込もうとしている。 (このままでは、アヤカシに‥‥) 「っ、は‥‥離してッ!!」 女性の抱えていた荷物が、影の動きを払おうと投げられた。 ――ガンッ。 勢い良く放った荷物が、灯籠にぶつかった。 反動で消える明かり。 すると、今まで彼女を引き込もうとしていた影が、フッとその姿を消した。 「これは‥‥」 突然自由になったことに驚くが、この機会を逃してはいけない。 女性は震える足を叱咤すると、急いで駆け出した。 「ご無事で何よりです。帰り道は僧の者に送らせましょう」 月宵・嘉栄(ゲッショウ・カエ)はそう言うと、女性に白湯を持たせた。 「しかし、これで何件目だ。警戒にはあたっていると言うのに、僧が向かってもアヤカシは出て来ない‥‥いったい何が」 そう口にして考え込んだのは、霜蓮寺で僧をしている久万(クマ)だ。 彼は胡坐のまま腕を組むと、女性の証言を記した紙面に視線を落とした。 「今までの被害者は全て女性。かと言って、女性を囮にした作戦は失敗している。後は襲われた女性の共通点か‥‥」 「共通点ですか‥‥それはいったい‥‥」 それぞれがそう呟きながら女性を見た。 その瞬間に、2人の目が瞬かれる。 「もしや‥‥いや、しかし‥‥」 同時に目を逸らした2人の視線がぶつかった。 きっと思うことは同じなのだろう。 複雑そうに眉間に皺を刻んだ双方の顔が曇った。 「嘉栄‥‥囮役、頼めるか?」 嘉栄の米神がピクリと揺れる。 そして未だ怯える女性に視線を向けると、きゅっと唇を引き結んだ。 「嘉栄」 「‥‥分かりました。ですが取り敢えず、参考までに久万殿は如何したら囮になれると思いますか?」 珍しく声小さく問う嘉栄に、久万は1つ頷く。 「おでこを出すしかあるまい」 そう、今まで被害にあった女性の全ては、見事なまでにおでこを露出していた。 つまり、おでこを出せばアヤカシが現れるかもしれない。 というか、もうそれしか縋る要素が無かった。 だが引き受けたは良いものの、嘉栄の心境は複雑だ。 「‥‥何故、おでこ‥‥」 そう呟き額に手を添えた彼女の声を、拾ってくれる者は誰もいなかった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●霜蓮寺大通り 晴天とは呼べない雲の多い空の元、賑わう大通りを、三笠 三四郎(ia0163)はフィーナ・ウェンカー(ib0389)と共に歩いていた。 「随分と活気がありますね。アヤカシが出ているとは思えない」 三四郎の声に辺りを見回せば、確かに人の往来は多いし、アヤカシに怯えている様子も見えない。 「そうですね。東房国はアヤカシの脅威と隣り合わせと聞きますし、慣れているのかもしれないですね」 「慣れているからと言って、怖さまでは克服できないと思うのですが‥‥」 フィーナの声に思案気に呟く三四郎の目に、大柄な僧の姿が飛び込んできた。 「おや、開拓者の方々ですな。お勤め御苦労様」 そう言って頭を下げる僧に、2人は頭を下げ返す。 その上で顔を見合わせると、相手の方から自己紹介をしてきた。 「自分は霜蓮寺の僧で久万と言う者。嘉栄から話は聞いております。何分人員不足故、苦労を掛けますな」 「人員不足‥‥その割には見回りをしている人が結構いるようですが」 良く見ればあちらこちらに僧の姿が見える。 それを見止めて三四郎が問えば、久万は目尻に皺を寄せて微笑んだ。 「いつものことですわ。まあ、今はアヤカシの脅威がある故に人手を多少増やしてはおりますがな」 確かに報告書にも巡回していると書かれてあった。 アヤカシが出ている以上は当然の処置なのかもしれない。 「では見回りがある故、自分はこれで‥‥嘉栄のことよろしく頼みますぞ」 久万はそう言うと頭を下げて去って行った。 「この見回りが住人の方たちの変わらぬ活気を生んでいると言うことでしょうか」 「そうであるなら、説得は簡単そうですね。行きましょう」 フィーナはそう言うと目につく店舗に足を運んだ。 全身を黒で纏めた彼女は、一種独特の雰囲気を放っている。そんな彼女が店に足を踏み入れれば、客は勿論のこと従業員も興味を惹かれたように目を向けてきた。 「御免下さい。お伺いしたい事があるのですけど‥‥」 そう声を掛けたフィーナに、従業員が慌てて近付いてくる。そして軽く挨拶を交わすと、今夜行われるアヤカシ退治についての説明が行われた。 「へえ、お話は伺っておりやす」 「それで申し訳ないのですけど、屋上をお借り出来ませんか? 多少騒音もすると思いますので、それについても許可を」 「退治の間は統括様のお屋敷に集まるよう伺っておりやすから、屋根でも何でも使って下せえ」 従業員の言葉にフィーナと三四郎は顔を見合わせる。思いの外、簡単に許可は取れそうだ。 「ありがとうございます。お店の方への損害はないと思いますが、許可は必要だと思ったものですから」 「ああ。万一壊れても修繕は僧の方々が手伝って下さいますからな。問題はありませんわ」 ニコニコと話す従業員に、三四郎とフィーナはホッと胸を撫で下ろした。 「今夜はこの辺一帯がもぬけの殻になる‥‥そう言うことですね。となると照明の協力は無理そうですか」 三四郎はそう呟くと、フィーナと共に店を後にした。 「それにしても、常にアヤカシと戦う国の方はいつもこのような感じなのでしょうか」 「それはわからないわ。さあ、次の店に行きましょう。全てを回るには時間がかかりますから」 「そうですね」 フィーナの声に頷くと、三四郎は次の店に足を運んだ。 ●おデコの準備 「あの‥‥これは、いったい‥‥」 統括の屋敷の中、用意された部屋で普通の着物を身に付けた嘉栄が、困惑の表情でこの場に集まった開拓者たちを見回した。 「安心してください! 嘉栄さんのデコ出しヘアーを完璧に作り上げてみせますっ!」 そう言って極上の笑顔を見せたのは郁磨(ia9365)だ。 「確かに嘉栄くんのおデコなら、囮として十全だろうけど過信は禁物だ」 郁磨の声に同意してアルティア・L・ナイン(ia1273)が言う。 「備えあれば憂いなし‥‥と言うことで、素敵なおでこをコーディネートするとしようか」 満面の笑みで差し出されたアルティア持参の道具。 成人男性がその様なものを持っていること自体不思議だが、この際どうでも良い。 嘉栄的にはこの状況から逃れたいという気持ちがいっぱいだ。 「そ、そこまでは必要ないかと‥‥必要なのはおデコを出すことだけですし‥‥え、あの‥‥」 自らの意思を主張する嘉栄を他所に、郁磨は彼女の後ろに回ると、髪を前髪ごと後ろに結い、高い位置でポニーテールにした。 「うん、悪くないですね!」 「それも良いが‥‥個人的にはツイン‥‥」 そう言って結ったばかりの髪を解くのは百地 佐大夫(ib0796)だ。 そうして2つに高く結われた髪に、佐大夫は満足げに頷く。 「うん、良いおデコ」 コクコク頷きながら腕を組む。 「いやいや、こっちも捨てがたい」 アルティアがそう言えば、郁磨と交代して別の髪型を結いあげてゆく。 そうして試された髪型は、前髪を油で固め、項辺りで髪を一纏めにしたもの。 同じく前髪を固めて、1つに纏めた髪をお団子にしたもの。 前髪を後ろに持って行って編み込まれた、凝ったものなども試された。 「嘉栄さんの髪はツヤツヤで弄り甲斐ありますね〜」 アルティアと交代で髪を弄る郁磨がほくほくと呟く。それにアルティアが同意して最後の髪型を試すと、郁磨が嘉栄の顔を覗き込んだ。 「…さぁ、どれが良いですかなぁ?」 手鏡を持たされていたので、今までの髪型は全て見えている。 そのどれもが今まで見た事のないような髪型で戸惑うばかりだ。 「俺はツイン」 そう言ってツインを一押しするのは佐大夫。 「個人的には項で結いあげるのが好みではあるのだけど」 そう言って首を傾げるのはアルティア。 「俺はどれでも良いな〜」 ニコニコと極上の笑顔で言うのは郁磨。 その全てを見回した後で嘉栄は決めた。 「‥‥前髪を固めて、後ろにお団子でお願いします」 一番無難な髪型で凝ったものでも何でもない。 その事に全員が気落ちするが、その中でアルティアが逸早く浮上した。 「そうだ、あとはお化粧だね! 最大限魅力を引き出すギリギリのラインを追求‥‥いや、いっそ化粧せず磨くべきか!? どう思う?」 「お化粧ですか‥‥」 「薄めが良い」 アルティアの声に考え出した男性陣。 このままでは夜の作戦まで解放されないと踏んだのか、嘉栄の目が助けを求めて室内を見回した。 そこに飛び込んできたのは、真剣な表情でやり取りを眺めていた銀雨(ia2691)の姿だ。 「なー嘉栄さん、あんたが町人だとして、アヤカシに襲われたとしたら、どーする?」 目があった瞬間に投げられた問いに嘉栄の首が傾げられる。 「人間、何も考えてないと、咄嗟にそれらしい行動はできないだろ?」 確かにそうだ。 このまま囮として出たら、癖で刀を抜く仕草をしてしまうかもしれない。そうならない為に武装を解いたと言うのに、それでは意味がない。 「あんまり肝の据わった態度を取るのは拙い。それに、俺たちは離れてるし辺りは暗いわけだからさ、わかりやすい行動で伝えてほしいわけだ」 「確かに、そうですね‥‥では何か合図を――」 「よし、じゃー、悲鳴の練習、だな」 「え?」 勢いよく立ちあがった銀雨に嘉栄の目が瞬かれる。 「悲鳴の練習。いざって時に役立てるにはこれしかないだろ?」 「あの、でもですね‥‥」 仮にも霜蓮寺で統括の右腕として働く身。 ここで悲鳴の練習など出来る訳もない。それが嘉栄の言い分なのだが、銀雨の提案を聞いた他の開拓者たちの目が光った。 「良いですね、悲鳴の練習!」 「そうだね。ここは1つ練習しておいた方が良いかもしれない」 郁磨とアルティアの声に目が泳ぐ。 そして止めだ。 「俺が合図したら叫んで」 佐大夫の声に嘉栄はガックリ両手を着くと、その場に深く項垂れたのだった。 ●デコアヤカシ現る 空に浮かんだ月を雲が隠す中、嘉栄は町娘の姿で大通りを歩いていた。 「大丈夫、自信を持って。嘉栄くんのおデコはとても素敵だよ」 「‥‥おデコが素敵でも嬉しくないのですが‥‥」 大通りに向かう途中でアルティアが掛けた言葉が脳裏をよぎり、彼女の口から大仰な溜息が零れる。 その姿を屋根の上から伺うのはフィーナだ。 「一体デコの何に惹かれるのか。というかアヤカシはデコに何を求めているのか。色々な意味で怪奇ですね」 そう呟く彼女の耳に届くのは、嘉栄の歩く音のみ。そして目に映るのは、灯籠の灯りに照らされた大通りを歩く嘉栄と、それを追尾する仲間の姿だ。 「さて、いつ出てくるか」 銀雨は裏通りを素早い歩調で歩き進めていた。 その動きは、建物の隙間から嘉栄が見えると先へと進み、ちょうど真横を歩き警戒している形だ。 それと同じように一定の距離を保って物陰から嘉栄を見守るのはアルティアと佐大夫だ。 彼らも銀雨同様に、彼女の動きに合わせ動いては身を潜めている。 双方ともに、何かあれば直ぐ飛び出す準備ができている。 そして三四郎もまた、物陰に隠れ、嘉栄の姿を見守っていた。 「アヤカシと言うより‥‥亡霊かなんかに近い気が‥‥」 今回の依頼を思い出して口にする。 おデコに執念がある‥‥と言うことは、人間が亡霊と化した線が強い気がする。だがそれを解明するより、今は倒す方が先決だ。 彼は気を締めるように表情を引き締めると、その目を眇めた。 「‥‥風?」 全ての開拓者たちが動向を伺う中、フィーナと同じように屋根上で待機していた郁磨が呟いた。 そしてその目が空を仰いだ時――。 「――きゃあーっ!」 とても棒読みな叫び声が聞こえてきた。 「アヤカシ!?」 咄嗟に郁磨が猟矢を構える。 それに習うように他の開拓者たちも動いた。 「これが、ここに巣食うアヤカシ‥‥って、腕ではないんですか?!」 思わず本気で叫んだ嘉栄の額にアヤカシの手が伸びる。 その動きに合わせて、灯籠に照らされたおデコが光る。するとアヤカシの手らしきものが速度を増して嘉栄の額に伸びた。 だが触れる直前に、それを遮るものが入る。 「そこまでだ! 良きおデコは人類が宝、君ごときに奪わせはしないよ!」 瞬脚を使って飛び込んできたアルティアが、嘉栄と影の間に入り込む。そして身を低くすると、一気に狙いを定めて2刀で斬り込んだ。 「? 手応えが‥‥」 アルティアの刃は確かに影を裂いた。 だが影はアルティアを避けて嘉栄に手を伸ばす。そしてそれが嘉栄の腕を掴むと、再び打撃が襲った。 「遅れた‥‥」 早駆のスキルを使った佐大夫が駆け込んでくる。その際に影へと刹手裏剣を投げ、それが影に当たったのだ。 だが影は嘉栄の腕を掴んだまま離さない。 「これは‥‥無痛系のアヤカシ?」 嘉栄の呟きにアルティアと佐大夫が顔を見合わせる。 痛みを感じなければ怯むことなどない。 「ここは影を切り離すしかなさそうだね」 「やるか」 アルティアと佐大夫の声に嘉栄が腕を引こうとした時だ。 「こっちだ!」 突如、空気を震わすような大きな声が響いた。 その音に嘉栄の目、そして影の気が惹かれる。 「今です!」 佐大夫が嘉栄の肩を掴んで引きよせ、アルティアが影を切り裂いた。 ――ギャアアアッ! 途端に嘉栄を掴んでいた影が離れ、ふらつく嘉栄の身を佐大夫が支える。 「護身用‥‥後は下がってじっとしてろよ」 そう言って佐大夫は彼女に刀を手渡すと距離を取って刹手裏剣を構えた。 獲物が逃げたことに気付いた影は、そうはさせまいと再び腕を伸ばす。しかしそこに鋭い雷撃と炎を纏う矢が迫ると、伸ばした手が下げられた。 「アヤカシのおデコでも狙おうと思ったんだけど‥‥何処がおデコなんだ?」 そう言いながら郁磨は再び矢を番える。 「弓は使いなれてないけど、仲間は狙えないし‥‥気を付けないと」 ギシギシと軋む弦の音を聞きながら、矢が再び炎を纏う。それを同じく屋根の上で視界端に納めながら、フィーナは口腔で呪文を紡ぐ。 そうして放たれた雷撃が影に直撃すると、穏やかな笑みを浮かべる唇が更なる笑みを重ねた。 「一方的に嬲られる心境はどうですか? って、しゃべれませんね。ふふ」 そう言いながら次の雷撃の準備をする。 こう次々と攻撃が襲えば、影は痛みを感じなくても焦ってくる。 嘉栄へと伸ばした手をふらつかせて辺りを見回し、僅かに光零れる隙間を発見すると、そこに飛び込もうとした。 だが‥‥。 「いくぜ、テンカウント!」 赤に身を染めた銀雨が、拳に気を封じて轟音を響かせ、それが影に直撃すると、三四郎の太刀「兼赤」が待っていたかのように風を斬った。 ――グオ‥‥オオオオ‥‥ッ。 空から、右、そして左から迫る攻撃。 逃げる場所のないこの状況に、影が突如その姿を変えた。 ふわふわと宙を浮く球体になった影が、この場から逃げようとその場に惑う。 しかしこの段階で勝負は決まったも同然だった。 「逃がさないよ」 目にも止まらぬ速さでアルティアの一撃が黒い影を突き、三四郎の太刀が逃げ場を塞ぐように迫る。 「これで、最後です」 フィーナの妖しげな笑みと共に放たれた雷撃が、黒い球体に落ちると、影は黒い霧を上げてその場に崩れ落ちた。 ●退治終了! 「嘉栄さん、演技力ないんだな」 そう言って嘉栄に話しかけて来たのは銀雨だ。 「やはり、慣れないことは苦手です‥‥」 完全に棒読みの悲鳴を上げてしまったことに悔いばかりが残る。それが声に現れると、銀雨は労うように彼女の肩を叩いた。 「嘉栄さん。念のためデコを消毒する事をオススメしておきます」 「え?」 静かで穏やかな声に目を向ければ、フィーナと目が合う。 「相手はデコを狙う変態‥‥もとい、アヤカシでしたから」 ニコリと微笑んで見せるフィーナに、嘉栄は苦笑いを返した。 「‥‥これからもこんな物が出るのでしょうか‥‥戦慄を禁じ得ませんね」 そう呟くのは三四郎だ。 おデコだけを狙い、亡霊のように迫るアヤカシ。 数が増えれば、確かに面倒なことになるだろう。 「でも何でおデコだったんでしょう‥‥アヤカシにも、フェチってあるのかなぁ?」 三四郎の声を拾って郁磨が問う。 その声に三四郎は首を傾げると、2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。 「あの、ありがとうございました」 頭を下げて借りた刀を差し出した嘉栄に、佐大夫は目を向けると、無言で彼女の手から刀を奪った。 「‥‥別に、あんたの為じゃない」 そう言いながら刀をしまう佐大夫に、嘉栄はもう一度頭を下げる。と、そこにアルティアが近づいて来た。 「――やっぱり素敵なおデコだなぁ」 しみじみと言いながら、未だに晒されたままのおデコを眺める。 そしてその声に目を向けた瞬間、アルティアの手が彼女のおデコを撫でた。 「!?」 目を見開き固まった嘉栄を見て、アルティアがニコニコと笑う。 「いや、折角のおデコだから撫でておこうかと思ってね」 そう言って微笑む彼を見て、嘉栄はもうおデコは出さないと心に決めて、その場に項垂れたのだった。 |