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■オープニング本文 ●頑固者 係留する朝廷の飛空船、それが見える位置で天元 征四郎(テンゲン セイシロウ)は空を眺めていた。 青の中に落とされた墨――アヤカシを見つめて無意識に眉を寄せる。 撃退しては襲来され。それを繰り返す中で時折姿を見せる大アヤカシは、味方に膨大な被害を残し去ってゆく。 このままでは駄目だ‥‥そう思うも、1人の力は多寡が知れている。 焦りは駄目、気負いも駄目、思えば思うほど、普段は感情に動かない顔に焦りが浮かぶ。 「‥‥今一度、討ちに行ければ」 討ちに行って何かが変わるのか? そう自らの内から返る問いに息を吐き、目が空から落ちた。 景色が変わろうとも、視界に映る情報は変わらない。地上もまた、多くの意味で戦場と化していた。 「天元流の坊ちゃん、まだ待てるかい?」 負傷した味方の中、忙しく動く数名の巫女の内の1人――年配の女性が征四郎に声を掛けた。 「軽い眩暈のみ‥‥然して、問題もない」 先の闘いでキキリニシオクの撒いた瘴気を受けた征四郎の体には、それによる異変が起きていた。 目を動かせば視界が揺らぎ、目が霞む。それでも態度や顔に変化を出さない。 出せば巫女は彼の治療を優先するだろう。しかし彼以上に重い傷を負い、重い症状を負う者がいる以上、それは避けたかった。 「‥‥厄介だな」 言って、ゆっくり瞼を落とした。 態度に見せずとも、口に出さずとも、肉体に掛かる負担は違う。 きっと、立っていることも辛いはず。 「まったく、頑固と言うか、芯が強いと言うか‥‥困った坊ちゃんだねぇ」 ぼやくが、巫女は彼の行動に感謝していた。 彼の治療に割く時間を、重症者に回せている。その事で救われる者がいるのは事実。しかしこれ以上先延ばしにする訳にはいかない。 瘴気感染者は最終段階には死を負う。 現在の征四郎の状態を見る限り、まだ初期だ。最終段階に進むまでには時間が掛かる。 それでも、いつまでも放置する訳にはいかなかった。 「さぁて、ある程度の治療は終わったね。天元流の坊ちゃん。これでアンタの治療に‥‥」 「――アヤカシ襲来! アヤカシが飛空船に接近!」 飛空船から響く声、咄嗟に上げた瞼が揺らぐ。だが、体は反射的に動き出していた。 足を動かし、手を動かし、刀を腰に差して歩き出す。 「坊ちゃん、何処に行くんだい!」 響く怒声に足が止まる。 「もう坊ちゃんの治療にあたれるだよ。もう少しお待ちよ」 「‥‥新たな怪我人が来た。これで、俺の順番は先‥‥違うか?」 目は動かせない。それでも視界に入る怪我人が増えているのはわかる。 きっと、アヤカシの襲来を食い止めるために刃を振るった者たちだろう。 巫女もそれは承知している。だが彼女はその怪我人たちを見た上で、首を横に振った。 「そんなに待たせなやしないよ。坊ちゃんは随分と待ってくれたからね――って、坊ちゃん!」 言葉途中で歩き出した征四郎に、腕を掴んだ。そうして気付いたモノに巫女は目を見開く。 「アンタ、熱が‥‥っ」 掴んだ場所から伝わる熱、然程高くはないものの、通常の体温ではない。 その事実に、彼をこのまま行かせては危険だと判断するには十分だった。 「直ぐに治療するよ。さあ、こっちにお戻り!」 「‥‥問題ない」 引っ張る力に、引き離す力。 瘴気に侵されていようとも、征四郎の方が強かった。 「時間は掛けない。これで良いだろう?」 「良いわけあるかい! 顔色だって悪くなってるじゃないか! そんな状態でまともに戦える筈がないよ。さあ、大人しく治療を受けとくれ!」 離れた腕に巫女の手が迫る。だが2度、同じ事をさせるつもりはなかった。 一歩距離を取り、それに合わせて伸びた手が宙を掻く。 「俺の変わりは幾らでも‥‥だが、朝廷の飛空船は‥‥一様の変わりは、存在しない」 飛空船には三成がいる。船が襲われ、三成に万一の事があれば大事だ。 しかも今は奈那介が行方知れず、それに加え三成に害が及べば、今回の計画は駄目になってしまうだろう。 それだけは避けたい。 「‥‥直ぐに戻る。治療はその後に‥‥」 言って、征四郎の背が向けられた。 その時になって、巫女が怪我人たちを振り返った。 「治療が終わって動ける者は、坊ちゃんに着いて行きな!」 「!」 思い掛けない声に彼の視界が揺れる。足を踏ん張り堪えながら、まじまじと巫女を見つめた。 「なぁに、完治してないない者は着いて行かせやしないさ。完治して、五体満足に動ける者だけ連れて行けばいい。坊ちゃん1人じゃ確実に無茶しそうだからね」 巫女はケラケラ笑って征四郎の腕を取った。 しっかり両の足で立たせ、名乗りを上げた面々を振り返る。 「良いかい。坊ちゃんの症状が悪化する前に連れてくるんだよ。後、くれぐれも無茶はさせないように」 巫女の声に、名乗りを上げた開拓者たちは頷き、歩きだした征四郎に続いた。 その姿を見送り、巫女は溜息を零す。 「個々の人間に変わりなんていないだろうに‥‥」 呆れ半分、羨ましさ半分。 若さゆえの情熱とでも言うのだろうか。 「仕方がない。坊ちゃんが帰ってくる前に怪我人の治療を少しでも終わらせるよ! ほら、チャキチャキ動きな!」 巫女はそう言うと、怪我人の治療に戻って行った。 ●兎? 逃げ惑う飛空船と人々、そして、それを誘導する者たちによって、朝廷の飛空船の周囲は、大いに混乱していた。 「船は無事、か‥‥アヤカシは‥‥」 額に浮かぶ汗をそのままに、征四郎は揺れる視界で辺りを見回した。 その目に映ったのは、赤茶色の毛皮を纏ったウサギ。 鹿と同じくらいの大きさの兎が、火の粉を撒き散らし暴れていた。 周囲からは「可愛い」などと言う声が聞こえるが、アヤカシであることに変わりはない。 征四郎は避難状況を確認し、朝廷の飛空船に背を向けると刀を抜き取った。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●護りし者の守護者たち 朝廷の飛空船。 それが見える位置で、アルティア・L・ナイン(ia1273)は先に駆けて行った背を探し、首を傾げた。 「いやいや、若さって良いなぁ」 瘴気に侵されていると言うのに、誰よりも早く現場に向かった征四郎を思い、思わず苦笑が口をつく。 「――とは言え、放っておく訳にはいかないね」 瘴気に感染した者が最終的にどうなるのか。その情報を聞いた以上は放っておけない。 「無理無茶無謀は若さの特権ではあるけれど、それをフォローしいさめるのが最年長の役割だから」 アルティアは、飛空船の周囲を見回した。 一般人の姿は見えず、アヤカシの姿も見えない。となると、もっと先に彼は向かったのだろう。 「足、速いどすぅ」 アルティアに続いていた華御院 鬨(ia0351)が、着物の袖で見えない汗を拭う。 孔雀をイメージした派手な着物は派手なのに、きちんと可愛らしさを残している辺り、女形の可愛らしさを修行中の身として流石と言えるだろう。 「犬神君たちも先に行ったようだね。僕らも急ごう」 言って、アルティアは駆け出した。 負っていた傷も癒え、ほぼ完調。ここで頑張らない訳にはいかない。彼は鬨が駆け出すのを横目に確認し、急いで征四郎の元に向かったのだった。 ――その頃。 「‥‥水、これだけあれば、足りる?」 川のせせらぎを聞きながら、手早く桶に水を汲んだ桔梗(ia0439)が問う。 その声に、同じく桶に水を汲む柚乃(ia0638)が頷いた。 「本当はもう少し欲しいけど、急がないとだし‥‥」 今頃は、征四郎が朝廷の船を前にアヤカシに刃を抜いているかもしれない。それに、共に向かった仲間も‥‥。 そう考えると、あまり悠長にしていられない。 桶の水は朝廷の船に火の手が及んだ場合の延焼対策として用意した。 使用しないに越した事はないが、用意するに越した事もない。 「‥‥これも」 バシャリ‥‥水音と共に、桔梗の衣が川に浸された。 「これで、良し‥‥」 水を含んだ衣は、桶に汲んだ水と同じ役割を果たすための物。それを手に桶を持ちあげると、彼は柚乃を振り返った。 「行こう」 短く発せられた声に柚乃も桶を手にすると、2人は急いで目的の場所に向かった。 赤茶色の毛皮を纏った兎、それを前に刀を構えた征四郎は、揺れる視界に眉を潜めていた。 足を踏み出そうとするが、そうする度に視界が揺れて頭が持って行かれそうになる。故に、前に踏み出す事も、自分から斬り込む事も出来ない。 「ったぁく、無茶しやがる」 不意に聞こえた声に、征四郎の目が動いた。 その瞬間揺れた体を、腕を掴んで引き止める者がいる。 「だぁが、その根性はぁ気に入った!」 長槍「羅漢」を手に前を見据えるのは犬神・彼方(ia0218)だ。 他の仲間より早く征四郎に合流した彼女は、彼を後方に寄せると獲物を構えた。 「俺ぇも手伝ってやっから、ぱぱっとぉ倒して、巫女んとこぉに行かねぇと叱られちまぁうぜ?」 ニッと笑って顎を引く。その姿に前に出ようとするが、別の小さい影がそれを遮った。 「‥‥子供?」 酷い物言いだが、その声に怒るでもなく、白蛇(ia5337)はじっと征四郎の事を見た。 「‥‥『僕』の変わりは幾らでも居る‥‥」 「!」 行き成り何を‥‥そんな勢いで見つめる征四郎を、白蛇は静かな瞳で見返す。 「だから、命を無駄なく使いきる覚悟で戦ってる‥‥つもり‥‥」 「‥‥何が言いたい」 巫女とのやり取りを聞かれていた自覚はある。だが何を言いたいのかがわからない。 「征四郎が、僕と同じ気持ちならば‥‥言葉よりも行動で示せば‥‥わかってくれる?」 コクリと傾げられた首、それに対し更に問いを重ねようとした彼の目に、徒歩弓が飛び込んできた。 「援護して‥‥アヤカシを退治できたとしても、皆で無事に帰還できなければ‥‥任務成功とはいえないから」 巫女から征四郎の症状を聞いていた柚乃は、彼に後衛を勧める。動かないでも相手に攻撃を届けることが出来るもの。しかも比較的軽量なものを‥‥と、彼女はこの弓を選んだ。 「無理せず、後ろにいるどすぅ」 鬨もまた、征四郎に後衛を勧める。 「これから、うちの演目がはじまりやすんで、観客は大人しく、客席にいまへんとあかんどすぅ。まぁ、”掛け声”と云う攻撃はしてもええどすよぉ」 歌舞伎の舞台に例え前衛に進み出る鬨、それを目にして征四郎の瞼が落ちた。 申し出は有難い、だが出てきた以上は、前に出て戦うべきだという思いもある。 渋る征四郎に、鬨と同じく合流したアルティアが、彼の肩に手を置いた。 「その熱意は好ましく思うけどね。もう少し頼ることを覚えると良い」 本来なら大人しく控えていて欲しいが、それでは聞かないだろう。だからこそ、弓を渡して後衛を勧めるのだ。 「弓を持って、今の自分が効率的に動ける方がぁ、あんたも船の為になるさぁね」 火兎を警戒しながら彼方が言えば、その声に皆が頷く。それを見て取り、彼は弓に手を伸ばした。 「船も、征四郎も、守る為‥‥迅速に」 征四郎が後衛に引くのを確認した桔梗の声に、全員が戦闘態勢を取った。 ●火兎の火遊び 赤茶の毛皮に、ピンっと伸びた耳。 首を足で掻く仕草や、顔を洗うために2本足で立つ姿は正に兎。しかもふわふわ、もこもこの姿で火の粉を飛ばしているのは、一種の芸のようにすら見える。 「んー、確かに可愛いといえば可愛いけど」 言って、アルティアは他の前衛と離れ、火兎との距離を詰めていた。 前衛の役割は、火兎の気を引き、船から引き離すこと。その為にも近付く必要がある。 「こっちに被害を与える上、倒しても食べられる訳ではないし、躊躇も容赦も遠慮もなく‥‥迅速に禍を断つとしようか!」 アルティアはリベレイターソードを抜くと、一気に駆け出した。 向かうのは火兎の群れの中。 近付く中で確認できた数は4体。数的には問題ないが、船がある以上は気を付けなければいけない。 近くでは、同じように動き出した鬨がいた。 「美しい物には棘があるといいやすが、可愛い物にもありやすぅ。あっ、うちには棘はないどすぅ」 可愛らしくそう口にすると、鬨は舞傘「梅」を広げ、クルリと舞って見せた。 動きに合わせて色鮮やかな着物が舞い上がる。それに火兎の目が揺れた。 「兎さん、うちの方が可愛いどうすぅ」 ピクリと大きな耳が向き、体ごと鬨を捉える。 まるで自分の方が可愛い。そう言わんばかりの行動に、鬨はクスリと笑い、 「負けやせんどすぅ」 おどけて囁きかける。 この声と姿に、火兎の目がギンッと光った。 こちらも負けてなるものか。そう言わんばかりに毛を逆立て、一気に火の粉を噴射したのだ。 これには鬨も驚いたのか、慌てて後方に飛び退く。 「ここは、火気厳禁だよ」 アルティアが鬨と火兎の間に入り、一気に距離を縮める。 身を低くして突き入れられる刃、それに火兎が呻く様によろめいた。 「そうどすぅ。観客を熱くさせて良いのは、役者の特権どすぅ。そろそろ舞台袖にお下がりください」 着物の袖を鳥のように羽ばたかせ、火兎の死角に回り込んだ鬨の珠刀「阿見」が唸る。 ふわりと舞い上がった梅の香り、それに火兎の注意が剃れ、その一瞬の隙を突いて、満月の弧を描いた刃が火兎を斬った。 「――花鳥風月どすぅ」 刃を下げて告げる鬨の背で、火兎が崩れ落ちた。 その頃、もう1人の前衛――白蛇は、火の粉を振り撒く相手に、水に濡らした鉄傘を広げていた。 「赤い色は‥‥嫌い‥‥」 鉄傘で火の粉を遮りながら、周囲に目を配る。船や荷に火が燃え移っている様子はない。 だが、油断は禁物だ。 白蛇は素早く印を刻むと、鉄傘を翻した。 「‥‥消えて‥‥」 声と共に上がった水柱に、突進しようと進みかけた火兎が飛びあがる。だが水は思いのほか早く、火兎を包み込んだ。 だがこれだけで倒す事は出来ない。 「もう一度‥‥」 白蛇が今一度水遁を放とうとする。しかしそれよりも早く、火兎の動きが止まった。 「氷‥‥?」 火兎に付着した水が凍り始めたのだ。 振り返れば、柚乃が清杖「白兎」を振るっているのが見える。 「‥‥氷霊結?」 呟き視線を戻す。 毛皮に付着した水、それがピシピシと音を立てて凍っているが、それだけだ。 火兎を凍らすにも、氷を多く生成するにも力が足りない。 「うーん、瞬時に氷刃を作れないかなって‥‥」 言って、柚乃が杖を構える。 火兎は、我が身を襲った氷に驚きはしたものの、それ以上の攻撃が無いとわかるとすぐさま攻撃に転じた。 「その火、危ないよ」 再び撒かれる火の粉に、柚乃が呟く。 そして次の瞬間、火兎が火の粉を撒いたまま突進してきた。 速さは兎だけあって早い。 「‥‥止まって」 白蛇の影が蛇のように揺らめいた。 直後、突進する火兎の動きが止まる。 「君を縛るのは蛇の影‥‥‥‥簡単には抜けられないよ‥‥」 声に火兎はもがくが、力の差は歴然だった。 どんなにあがいても自らを縛りつける影が払えない。そこに素早く接近した白蛇の刀「嵐」が迫る。 「見た目の可愛さが手強いけど‥‥朝廷の飛空船に、近づけさせる訳にはいかない。‥‥心を鬼にする」 柚乃が放った白い光弾が白蛇の横を抜けて火兎にぶつかる。 「白蛇さん、今‥‥!」 「‥‥さあ、雪のように溶けて消えて‥‥」 ザッと火兎に突き刺さった刃、それが抜かれると、血のような瘴気が舞い上がった。 「‥‥これで、終わり‥‥次」 鉄傘で瘴気の雨を受けながら、赤い瞳が次の火兎を捉える。 その目に映ったのは、朝廷の飛空船を僅か先に控えた場所で火兎と対峙する彼方の姿。 「‥‥、近付き過ぎだぁな」 長槍を構え、突進してきた火兎を受け止めた。 火の粉を撒くその姿を捕らえれば、当然熱さに呻く。だがそれでも引かない彼方に、火兎が再び火の粉を撒こうとする。 「さぁせるかぁ!」 「離れて」 叫び、火兎を押し返そうとした彼方の耳に声が届く。その声に咄嗟に後方に飛んだ彼方の目に、新たな炎が映った。 「浄炎、アヤカシの炎ごと、灼き清め」 中衛に控えていた彼方のすぐ後ろ、後衛の位置からの桔梗の攻撃だ。 彼は手にしている清杖「白兎」を返すと、今一度それを放った。 同じ炎にも拘らず、動きを封じるかのように舞い上がる炎、それに翻弄されている火兎の元に追い打ちが掛かる。 「こいつで、終わりだぁ」 黒い霧を纏う槍が、風を斬り、炎を裂いて迫る。そしてその刃が火兎の急所を貫く。 ――ドサリッ。 地面に崩れ落ちた火兎から長槍を抜き取り、彼方が残り1体の火兎を探す。 「――‥‥駄目」 白蛇の声と皆が動くのは同時だった。 最後衛で弓を構え補佐にあたっていた征四郎に、火兎が気付き突進したのだ。 しかも火の粉を撒くのではなく、自らに炎を纏って迫っている。 「行かせないよっ!」 アルティアが朱苦無を放つ。 それは見事に火兎に刺さるが、依然として相手の動きが止まらない。 「止まるんだぁなぁ」 彼方の放った式が火兎に絡みつく。そこにきてようやく相手の動きが止まった。 これを好機と取り皆が動く中、征四郎も矢を放とうとする。だが動かせば揺れる視界の中で狙いが上手く定まらない。 「いつもの体と違う、から‥‥無理、しないで」 いつの間に傍に来たのか、桔梗が軽やかな舞いを披露する。それに励まされ、征四郎の目がしっかりと火兎を捉えた。 当の火兎は動きを封じられてもがくばかり。 そして最後のあがきにと、再び火の粉を撒き散らす。 火の粉は間近に迫った飛空船に向かう。 だが――。 「消えて‥‥」 火の粉を遮るように水柱が上がった。 これが終焉の合図となった。 「今どすぅ」 鬨の声に征四郎の矢が唸る。 それに合わせ、前衛のアルティアと鬨が接近すれば、3つの刃が同時に火兎を斬り裂いた。 ●頑固者を引っ張って 「いつ、うちの歌舞伎を見に来てくれやすかぁ」 冗談めかし、軽く征四郎に声を掛けるのは鬨だ。 戦いが終わり、気力だけで立って空を見上げる彼を、地上に引き戻そうとする。 だが征四郎の目は空から離れず、その様子に焦れたように柚乃が声を掛けて来た。 「治療、しないと駄目だよ」 可愛らしい口調ながら、芯の強さを伺わせる声に、一瞬だけ征四郎の目が向かう。 だが再びその目を空に上げようとしたところで、彼の瞳が止まった。 「柚乃君の言うとおりだよ。治療しなければ駄目だ。誰かの代わりなんて何処にも居ないのだから、自愛しなくちゃね」 ポンッと頭に触れた手に、彼の目が瞬く。 あまり慣れない感覚なのだろうか、若干眉間に皺を寄せて空を見上げる。 「しかし‥‥」 見上げる先にはアヤカシの影が。 「気持ちはわかる、けど。自分も、ちゃんと大事に。征四郎には、この先にも、守らなきゃいけない命が在る‥‥んだろ?」 首を傾げ桔梗が言えば、それに習うように柚乃が動いた。 「!!!」 普段は表情を出さない征四郎の顔に驚きが浮かぶ。 「‥‥ひんやりして気持ち良いでしょ?」 小首を傾げた柚乃は、岩清水を氷霊結で凍らせ、征四郎の首に宛てた。 どれだけ自分の熱が上がっているのか、それを知らせるには最適の方法だ。 彼女はもう一度征四郎に氷を近付けると、メッと彼の顔を見上げた。 「存在‥‥命は唯1つ、代わりなんていない‥‥誰であっても」 「‥‥代わりは、いない‥‥」 先程から何度か掛けられた言葉、それを口中で反芻し、彼の目が動いた。 そしてその目が何かを捉えるより早く、桔梗が征四郎の腕を引いた。 「歩くのが大変なら、手伝う」 促す動きに、頑固に徹していた彼の足が動く。 だが目は、まだ何かを探している。 それは、初めに自分と同じと言った白い小さな存在だ。 しかし‥‥。 「っ‥‥」 目を動かせば視界が揺れる。 それに眉を潜め視線を落とすと、彼の足は目的の存在を捉えることなく遠ざかって行った。 「桶は、必要なかったぁなぁ」 煙管を取り出し呟く彼方の目には、火消しの為に用意された水桶がある。それを眺めながら口にすれば、傍に白い影が寄って来た。 「‥‥聞けなかった‥‥」 皆に、巫女の元に連れて行かれる征四郎を眺めながら、白蛇が呟く。 「何がぁ、聞きたかったぁんだぁ?」 声を拾った彼方が問えば、白蛇は赤く大きな瞳を瞬かせた。 「‥‥大アヤカシの、詳細‥‥」 そう口にした白蛇に、彼方は「なぁるほど」と頷き、火のない煙管を口に運んだのだった。 |