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■オープニング本文 ●神楽の都 「嘉栄から急な要請?」 開拓者ギルドの自室で、志摩は訪れた山本を、驚いた表情で迎えた。 「相当数のアヤカシが出たらしい。他にも開拓者は集めるが、志摩も行ってくれないか?」 「別に、構わねぇが‥‥」 開拓者である以上、要請があれば受けない訳にはいかない。 それは志摩もわかっているのだが、気になる事がある。 「‥‥義貞の試練がまだ残ってる」 そう、面倒を見ている少年――陶・義貞の開拓者試練が、あと1つ残っているのだ。 「義貞には俺から説明しとく。こっちは急を要するんだ。出来れば直ぐにでも発ってくれ」 山本の切羽詰まった様子、嘉栄からの要請である事、どれをとっても優謔キべき順は決まっている。 「仕方ねえ‥‥で、何処に行けば良い?」 言って、志摩は山本を見た。 その声に彼の声が潜められる。 「北面の、狭蘭(サラ)の里だ」 「狭蘭の里、だと?」 訝しげに、志摩が口を切った時だ。 ――ガタンッ。 部屋の外で物音がした。 その音に立ちあがって扉を開ける。そこにいたのは‥‥。 「おっちゃん‥‥今の話、本当か?」 思い詰めた表情の義貞が、不安げに志摩を見上げている。その姿を見て「やはり」と苦いものが込み上げてきた。 狭蘭の里は義貞の故郷だ。 そこがアヤカシの襲撃を受けていると聞けば、彼が何をしたいのか容易に想像がつく。 「行くんじゃねえぞ」 「!」 低い威圧の声に、義貞が弾かれたように志摩を見る。だが志摩はそんな義貞を見ずに、山本を振り返った。 「悪ぃんだがコイツを頼む。首に縄つけても構わねえからよ」 「嫌だっ! 俺だってもうすぐ開拓者になるんだ!」 山本に押し付けようと動いた、志摩の手が払われた。 だが志摩がここで退く筈もない。 「だから何だ。開拓者未満のガキには変わらねえだろ。正直邪魔だ」 もうすぐ開拓者になる、と言うのと、もう開拓者になっている。では、やはり扱いが違う。 どんな状態であれ、義貞は開拓者ではないのだ。 「残り1つで試練が終わる。てめぇが開拓者になることが里の皆の望みってんなら、まずはそれを成せ。故郷の事は、他の開拓者が何とかしてくれる」 そう言って、志摩は義貞の頭を撫で、修行場に戻した。 当の義貞は、終始無言で部屋を後にする。納得はしていないだろう。だが、彼を行かせる訳にはいかない。 「面倒を押しつけるみたいで悪いが、頼む」 そう言い志摩が太刀を手にした時だ。 「――志摩ッ!」 息を切らせ、蒼い顔で部屋に飛び込んできた職員に、志摩の中に嫌な予感がよぎった。 そしてその予感が間違いではないと、次の言葉で確信した。 「義貞が、精霊門にッ!」 ●狭蘭の里 子供ほどの大きさの蜘蛛が地面に転がる。 それを振り返ることなく、嘉栄は瘴気に霞む月を見上げた。 里の人間を逃がしたのは昼頃、もう半日以上が過ぎている。 「‥‥山を、越えたでしょうか」 アヤカシ襲来後、里の者には、山越えを指示した。 急な斜面は多いが、越えれば安全な場所に着く。だが、年配者が多い故に時間が掛かるだろう。 「まだ、でしょうね‥‥それにしても、この数」 蜘蛛型のアヤカシはそんなに強くない。ただ数が多く、仲間を呼んでいるらしい様子に苦戦している。 「もしかすると、もっと大きな蜘蛛がいるのかもしれませんね」 言って、嘉栄は改めて里の中を見回した。 そこに声が響く。 「姉ちゃん!!」 アヤカシ以外に誰もいない場所に響く声に、彼女の目が飛んだ。 「姉ちゃん、皆は!!」 里の中を駆けてくる姿を、一瞬誰かと思う。 だが、直ぐに思い出した。 「義貞殿」 以前、試練の際に見た姿とは変わっているが、間違いない。 彼は嘉栄の前に来ると、縋るように彼女を見上げた。 「山越えの最中かと‥‥あの義貞殿、もしやこの里は‥‥」 義貞の様子を見れば想像はつく。 案の定、義貞は「俺の故郷だ」と答え、里の中を見回した。 「アヤカシはまだ居るんだよな? だったら俺も闘う!」 真っ直ぐ見詰めてくる瞳に迷いはない。 しかし、彼の背に志摩の姿が無い事、それを確認すれば、彼が独断で乗り込んできた事がわかる。 嘉栄は僅かに目を伏せると、小さく頭を振った。 「今直ぐお戻りください、貴方では力不足です」 義貞は目を見開き、そして悔しげに嘉栄を見た。 そんな彼の肩に嘉栄は手を掛け、元来た道を返そうとする。だが、それは叶わなかった。 「まだ、こんなにいましたか‥‥」 家の合間から姿を現した蜘蛛に、苦い呟きが漏れる。 「出来るだけ守ります。ですが、ご自身でも、ご自分の身をお守りください。申し訳ありません‥‥」 嘉栄はそう言うと、手にしていた刀を構えなおした。 そして足が地を踏み締めるのと同時に、戦闘が開始された。 嘉栄はその場を動かず、義貞を護るように刃を振るっている。それが不利なのは義貞にもわかった。 自分がいるから思う存分闘えない。 その事に気づき、歯がゆく、情けなかった。 だが何もしない訳にもいかず、義貞もまた刃を振るう。 しかし‥‥。 「っ!」 隙を突いた蜘蛛の牙が義貞の頭上に迫った。 慌てて刀を構えるも間に合わない。 もう駄目だ。そう腹を括った時、肩を思い切り掴むモノがあった。 「――こんのクソガキッ!!!」 覚えのある声、自らを庇う背に、義貞の目が見開かれる。 「おっちゃんッ!」 「っ、‥‥くたばれッ!!」 志摩は太刀で蜘蛛を斬り捨てると振り返った。その顔を見た瞬間、義貞の顔が強張る。 「おっちゃん‥‥顔が――ッ、ぅ!」 強烈に見舞われた拳に沈む。 だが気になるのは拳の痛さじゃない。志摩の右目を切るように付けられた傷痕だ。 「おっちゃん、目が‥‥」 血のせいで良く確認できないが、目の上からついた傷が浅いとは思えない。 それでも志摩は義貞の頭に手を置くと、何の事はないように彼の顔を覗き込んだ。 「もう直ぐ他の奴らも着く。これが最後の試練だ。アヤカシの殲滅に尽力を注げ」 「!」 「故郷を護るんだろ。なら、もう勝手な行動は取るなよ」 優しい声音で告げ、傷ついた目を手拭いで覆う志摩を、義貞は泣きそうな顔で見つめた。 そして大きく頷きを返す。 それを確認した志摩が、何気なしに山を見たとき、山の中腹から白い煙が登るのに気付いた。 「のろし?」 「あの山は里の方たちが逃げた‥‥まさかっ!」 嘉栄の声に志摩が義貞を振り返った。 「義貞、急いで行け!」 「で、でも‥‥」 「志摩殿、里を狙った蜘蛛。もしかすると狼蜘蛛の放ったものかもしれません。だとするなら義貞殿では‥‥」 「何も1人で行けとは言わねえ。もう着く開拓者‥‥そいつらを全部って訳にはいかねえが、少し連れてけ」 「‥‥おっちゃん」 「行って来い。戻ったら、試練達成だ」 ニッと笑った志摩に、義貞が言葉に詰まるように唇を噛みしめた。 そして無言で頷くと、彼は志摩に頭を下げて一目散に山を目指して行ったのだった。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
ラフィーク(ia0944)
31歳・男・泰
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●山 四方を囲む山、その為に篭ってしまった瘴気。 それが風に乗り流れてくるのを、里から離れた山の入り口で、感じ取ることが出来た。 空にぽっかりと浮かぶ月。 それを見上げていたブラッディ・D(ia6200)がその目を戻す。 「ほがな、無事に行ってきんさい」 艶やかな黒髪を風になびかせ、高倉八十八彦(ia0927)は里に向かう彼女の背を押した。 振るう度に輝く霊杖「白」を手に、彼は皆の無事を願う。 「義貞のあんちゃん拾ったら、あんちゃんにも掛けておくけえ!」 八十八彦は、最後まで義貞を心配していたブラッディに向けて声を上げる。 その声に押され里に向かうのを見送ると、今度は山へ向かう面々を振り返った。 そしてそれぞれの身に加護結界を施してゆく。こうすることで、1時間は攻撃に対する耐性がつく。 「これで大丈夫じゃね。後は‥‥」 男巫女である自分にはやるべき役割がある。 今のは1つ目の仕事。そしてこれから2つ目の仕事が待っている。 気を引き締める彼の傍で、複雑な表情で里を見つめる人物がいた。 「里にアヤカシ‥‥」 口にし、眉を潜めるのは高遠・竣嶽(ia0295)だ。 元は冥越の出である彼女は、アヤカシの襲撃によって一族を失った。 その為か今回の依頼には強い思いがある。 「陶様までも、私のように故郷を失って良いはずはないのです」 誰にともなく呟き、向かうべき山を捉える。 「必ずや、皆を無事に助けましょう」 義貞が向かった先、そこにアヤカシがいる。 そして彼が守りたい存在もそこに‥‥。 竣嶽はこれまで成長を見届けて来た少年の胸中を思い、携える刀を握りしめた。 そこに、ジャラリと耳慣れない音が響く。 「いつもの事やけど、余裕出してる状況じゃあないやねぇ」 目を向ければ景倉 恭冶(ia6030)が、里の様子に苦い物を浮かべていた。彼が動く度に、刀の柄頭に着けられた鎖が鳴る。 「故郷が、帰る場所があるんなら、何としても死守しなきゃならんやね」 思いを口にして決意を改める――と、そこにアルティア・L・ナイン(ia1273)が声を掛ける。 「おデ‥‥嘉栄くんからの急な要請という事で来てみたけど‥‥色々と切迫しているようだね」 里は正直、人が住めるとは思えない状況が、アヤカシを退治すれば変わるはず。 同じく里を見る恭冶は、以前からの知り合いだ。 見知った相手がいるのは心強い。 「そうやね。確か、俺らは義貞とか言う子供を追うんやったっけ?」 恭冶の声にアルティアが頷く。 彼らの目的は義貞を追い、里の人間をアヤカシから守ることだ。 「まあ、まだ取り返しがつかない訳ではないし、迅速に動くとしようかな」 言って山を見る彼に、今度は恭冶が頷く。 そうして急ぎ山に向かおうとした足を、尾の長い白隼が遮った。 「こういう時だからこそ、冷静さを失わない様にしないとね」 言って、2人の間に入ったのは五十君 晴臣(ib1730)だ。 彼は白隼を腕に止めると、符の姿に戻して里を振り返った。 「確かに凄いね。ここまでとは‥‥」 瘴気に強い陰陽師であっても、里の状態には驚きを隠せないようだ。 「でも、こっちもなかなかだよ」 山からも微かに瘴気が流れてくる。 その先には、義貞や彼が護ろうとする里の者たちがいるはずだ。 「まずは、現場に急行だね。義貞って子と合流して、道を先導して貰おう」 晴臣の声に皆が頷き、そして行動が開始された。 山道を駆け上がり、目的の場所に向かう中で、誰よりも早くアルティアが前に出た。 「騎士になれなかった身とはいえ、やっぱり何かを護る為の戦いが性に合ってるようだね」 クスリとした笑みが口を吐く。 誰よりも早く走れるよう鍛えた足は、こういった時の為の物だ。 伸ばしたこの手を届かせる為に‥‥その想いで風を切って山道を進む。 このまま一気に山の中腹に向かう。そんな彼の足が不意に止まった。 「あれは‥‥――義貞君?」 目的の場所まではまだある。 だがそこにいたのは、間違いなく義貞だった。 「いけない!」 アルティアは駆け出すと、彼の前に立った。そしてリベイターソードを抜いて、迫る小蜘蛛を一刀の元に斬り捨てる。 そうして義貞を振り返ると、彼は驚いたように目を見開いたのだった。 ●里 狭蘭(サラ)の里を目前に控え、開拓者たちはそれぞれの思いを胸に、闇を歩いていた。 「やれやれ、独断で行くとはな。全く、子供というのは向う見ずで考えなしで‥‥」 知らせにあった義貞の事を思い、ラフィーク(ia0944)が溜息交じりに呟く。 無鉄砲で周りを省みない、だがそれは純粋故の行動で‥‥ラフィークにはそんな彼の行動が、少しだけ羨ましかった。 「なにはともあれ、急ぎ月宵達と合流せねばなるまい」 アヤカシは里、そして里の人間が逃げた山に現れた。 そして里には志摩と、嘉栄がいる。 2人とも熟練の開拓者であるから、簡単に倒れることはないだろうが、急ぐに越した事はない。 「‥‥ぬァ、嫌な場所だ」 ラフィークの横で、空(ia1704)が呟いた。 顔を覆う狐の面を目尻までずらせば、青い瞳が里を捉える。 月さえ霞ませる瘴気が良くない。それに里の位置も、彼にとって好ましいものではなかった。 「‥‥山を挟んで東房、かァ」 里の人間が越えようとする山の向こうには東房国が存在する。殆ど距離が離れていない里の位置が、彼の記憶を刺激する。 だが‥‥。 「まァイイ」 彼はニイッと笑って面を被った。 その上で、ラフィークに声を掛ける。 「ィヒヒ‥‥先、行ってるぜェ」 「では我々も――」 里に消えてゆく空を見届け皆に声を、と振り返った彼の行動が遮られた。 「フッ‥‥ヒーローとは、最大のピンチに颯爽とやってくるもんだぜ」 喪越(ia1670)だ。 全身でリズムを刻み軽口を叩く彼の胸にも苦いものがあるはず。 濃い瘴気は闘い辛い場所。それを思えば、内心穏やかではいられないはずなのだが―― 「レディース・アーンド・ジェントルメン! ショータイムだ、イくぜ!!」 ――気のせいだったようだ。 彼は高らかに叫ぶと、この場の全員を見回した。 そして‥‥。 「ハーヒフーヘホー!」 完全に悪役な掛け声を上げて意気込む。 その姿に、全員が脱力するのだが、喪越は止まらない。 皆の脱力具合を確認してから更に叫ぶ。 「さぁ、今日も生活費の為にジャンジャンバリバリ稼ぎますかぁ!」 天儀人形の手に腕を上げれば、仄かな呪いの香りが漂う。それを巧く纏めて引き戻すと、彼は唐突に項垂れた。 「‥‥現実って、切ない」 なんとも喜怒哀楽が激しい。 そんな彼にコルリス・フェネストラ(ia9657)が声を掛けた。 「えっと‥‥敵は無数ですし、急ぎましょう?」 五人張を握りしめ、真剣な眼差しで語りかける彼女に、喪越は気を取り直して頷きを返した。 情報によれば、里には小蜘蛛が徘徊している。 それがどれだけいるのか、また、何処にいるのかはわからない。 「先に戦っているという、お2人も心配ですし」 里に入った後の闘い方は決めてある。 後はそれに従い、行動すれば良い。 「義貞も心配だけど‥‥俺はお父さんの目になってあげる」 知らせにあった志摩の負傷。 父と親しむ存在である志摩が、負傷したまま戦っている。それを思えば焦りが生まれるのは当然だ。 だが、焦っても良い結果は出ない。 「俺の‥‥義貞の、大事な人をこれ以上傷つけさせなんてしないから」 決意を胸に呟くと、その肩をラフィークが叩いた。 「そろそろ行こう。里の中では集団から突出しない事を肝に銘じ行動するように」 その声に皆が頷き、全員の足が里に突入した。 里の中は外から見るよりも瘴気が濃く、より過酷な環境となっていた。 「サぁテ‥‥2人は何処か‥‥」 物陰に潜み、空は意識を集中させて周囲を探る。 「こいつァ、すげぇ」 至る所に生命の反応を感じるが、どうにも数が多い。 空は込み上げる笑いを抑え、更に心眼使った。そうして見つけた複数の反応に目を眇める。 「――コイツかァ」 空が志摩たちの位置を把握した頃。 コルリスも五人張の弦を引き、アヤカシの情報を探っていた。 「個体の反応はあちらこちらに‥‥複数となると‥‥」 言って、今一度弦を引く。 「っ、里の中央に複数のアヤカシの反応があります! 数は‥‥10は優に越えてます!」 想像以上の数にコルリスの顔が強張る。 「大丈夫だ、急ごう」 ブラッディの声に彼女は頷き、皆で里の中央を目指した。 ●護るべきもの 山道の途中で足を止めた一行は、地べたに座り込む義貞を囲んでいた。 「とりあえず、僕は先に行くよ。里の人たちの元に急がないとだからね」 言って、アルティアは山道を駆け上がって行く。 それを横目に、恭冶も動きだそうとするのだが、思い直して義貞に向き直った。 「義貞」 間近で響く声に彼の目が上がった。 「覚悟と漢の魅せ時やね。里を救って胸張って開拓者になろうや。俺は先に行って待ってるかんね」 ――待っている。 この言葉を残し、恭冶もまた山道を駆け上がって行った。 目的はアルティアと同じ、里の者の元に逸早く到着すること。 「2人は行ってしまったね。義貞はどうするんだい?」 晴臣の問いかけに、義貞の目が動く。 何か言いたげにするものの、唇を横一字に引いて言葉が出て来ない。 「あんちゃん、言いたいことあるなら言わな駄目じゃけぇ」 八十八彦の声に、彼は更に口を引き結んだ。これではまるで貝だ。 そんな彼に竣嶽が言う。 「陶様、以前にも申しましたが、何をすべきか、何が出来るか、の見極めはしっかりと‥‥今も、その時ではないのですか」 本当は全てを終えた後の小言として言う筈だった。 それを落ち込む彼に対して口にする。 都に出てきて見つけた憧れの存在――その相手からの言葉に、義貞は唇を噛みしめる。 「義貞は何がしたいんだい?」 ――何がしたい? その言葉に義貞が目を見開いた。 そして‥‥。 「‥‥俺は、俺を助けてくれた姉ちゃんたちみたいに強い志士になって、故郷の皆や、天儀や他の国の人たちを助けたい」 以前、知の試練で口にしたのと同じ言葉。 以前は元気と自信に溢れた言葉だった。だが今は覇気が無く、自信が感じられない。 それでも、そう思う気持ちはあるらしい。 「行こうや。あんちゃんにはわしら護ってもらわなあかんけぇ!」 「でも、俺は開拓者じゃないし、おっちゃん‥‥志摩さんだって、俺のせいで怪我したし、それに――」 「私たちは義貞の未来も託されているんだよ。君を開拓者にする‥‥これって、義貞の夢だったんじゃないのかな?」 晴臣の声に義貞が止まった。 「もう、開拓者にはなりたくない?」 晴臣は故郷に16の妹と12の弟を残している。開拓者になったのは、そうした家族が不自由しないためにとのことからだ。 だからこそ、義貞の事を放っておけない。 真っ直ぐに目を見ながら問いかける彼に、義貞は緩く首を振った。 「‥‥なりたい。俺は、いろんな人に助けて貰った‥‥それを無駄にしちゃ駄目だと思う。でも‥‥」 「義貞のあんちゃん! うだうだしとっても始まらんが!」 座り込んでいた義貞の腕を八十八彦が引っ張った。 「あんちゃんには、道案内頼まな駄目なんじゃ。この辺の地理をよう知っとるんじゃろ?」 ぐいぐい引っ張る力に、足が動いた。 ヨロリと立ちあがったその身を、竣嶽の手が受け止める。 「判断1つで事態は良くも悪くも転がるのです。今回の事で痛感したかと思いますが‥‥教訓は活かしてこそですよ」 自分の判断ミスと、勝手な行動が招いたモノを思い出し視線が落ちる。 「護りたいのであれば、行くべきでしょう。自信がないのであれば、後衛で護れる者を護ってください」 後衛であろうと、自分の判断ミスが大きな失敗を招くかもしれない。 それが今の彼には重い。 「後衛が負う役割ってわかるかい? 前衛が心置きなく戦えるようにすること。後ろに居る守るべき人達の最後の盾であること‥‥前衛は後衛やその後ろの人を守る事だって大事な役目なんだ。それさえわっていれば大丈夫」 晴臣の、義貞の迷いを読んだかのような言葉に、彼は目を瞬いた。 「あんちゃんにもかけておくけぇ、安心してつかぁさい」 杖を翻し加護結界を掛ける八十八彦に、義貞は刀を拾い上げて頷く。 「‥‥何処までやれるかわからないけど、行くよ」 その言葉を聞き、一行は先の2人を追って山道を駆け上がって行った。 山道は1つしかなく、目的の場所に達するのは容易だった。 「義貞君、大丈夫だと良いんだけど」 助けた直後、泣きそうな顔をしていた彼の顔を思い出す。 その上で、彼なら大丈夫だろうという思いもある。 「まあ、僕は僕の戦いを‥‥、居たっ!」 アルティアは更に速度を上げると、目に飛び込んできた巨大な蜘蛛の巣を見た。 木々を使って張り巡らされた糸は、山道を塞ぐようにある。その中央には、鋭い牙を覗かせる狼蜘蛛の姿も。 「景倉君、行くよ!」 後方から追ってくる恭冶に叫び、アルティアが狼蜘蛛の間合いに入る。 そこには狼蜘蛛から逃れるように身を寄せ合う里の者がいた。 「彼らに手を出したくば、まずは僕を倒してからにすることだ!」 叫び、リベイターソードを抜くと、群がる小蜘蛛を切り払う。 「僕たちがアヤカシを惹きつけますから、その間に少しずつ離れて下さい」 里の者に声を掛けながら、敵を切り捨てて行く。 「里人狙って、待ち伏せたぁなかなか乙な事やってくれるやね」 恭冶もまた、小蜘蛛を払い里の者たちの前に立っていた。 軽口を叩きながらも的確に敵を払い、距離を作ってゆく。 そうして安全な距離を保ったところで、異変が起きた。 「危ない!」 アルティアの声に恭冶の目が前を見る。 その目に飛び込んできたのは、狼蜘蛛が放った毒だ。 緑色の毒々しい液体は避ける事も出来た。 だが‥‥。 「退けんやね、俺らの後ろに護るべき人がいるなら尚更な」 言って、真っ向から毒を浴びた。 八十八彦のくれた加護のおかげで、完全に毒を受けた訳ではない。だが防げた訳でもない。 「大丈夫、ですか?」 里の者たちの中から、若い女が手を差し伸べてきた。 それに慌てて距離を取る。 「だ、大丈夫やから。そのままじっとしてて貰えると助かるやね」 冷や汗が頬を伝いながらのこの言葉、里の者たちからはとても好印象に映ったようだ。 身を呈して毒を浴び、大丈夫だと護りに戻る姿は、実に頼もしい。 しかし実のところは、女性アレルギーがある為に出た言葉だったりする。 それを微塵も出さずに、彼は体に巻き付けた鎖を解くと刃を構えた。 「義貞が来るまでは持ち堪えるだろ? アル」 「勿論だとも」 アルティアの掌に集められた衝撃波が、離れた位置の小蜘蛛を弾き飛ばす。そうして寄ってくる敵を牽制していると、遠くから声がした。 「じいちゃん、皆ーっ!」 義貞だ。 「漸く来たね」 アルティアの声と同時に、里の者たちからざわめきが起こる。 「義貞」 「っ、じいちゃん‥‥」 足や至る所に泥を付け、疲労を全身に覗かせる老人に、義貞は唇を噛みしめてアルティアを見た。 「俺も戦う!」 「勿論。ただもう心得てると思うけど、心は熱くとも、頭は冷静にね。それが生き残り命を救う為に必要なことだよ」 言葉に神妙に頷くと、義貞は2刀の刃を抜いたのだった。 ●討つべきもの 「キリがありませんね」 「時機に相手の燃料が切れる。それまでの辛抱だ」 志摩は嘉栄に言葉を返すと、ほぼ同時に小蜘蛛を払った。 どれだけの時間これを繰り返しただろう。 減る気配のない存在に疲労だけが募ってゆく。 「後は私たちの体力次第‥‥ッ!」 前方ばかり気にしていた彼女の側面から、小蜘蛛が飛びかかってきた。 慌てて刃を構えるが間に合わない。 気付いた志摩がフォローに回ろうとするが、彼にも別の敵が迫る。 「クソッたれがッ!」 「――地龍撃!」 志摩が自らを省みず庇いに行こうとした時、届くはずの刃が吹き飛んだ。 滑り込んできた拳、それを叩き込んだ体が倒れると、間髪いれずに起きあがる。そしてそのバネを利用して、足が小蜘蛛を貫いた。 「間に合ったか‥‥」 安堵の息を滲ませ振り返る相手に、嘉栄は目を見開いた。 「ラフィーク殿‥‥」 「久しいな、月宵」 金糸の髪と同じ金色の瞳を向ける相手に、驚いたように頷きを返す。 「このような場でなければゆっくりと話す事もできただろうが、今は‥‥、目の前だ!」 彼の声に慌てて刃を振るった。 それに合わせて地面に小蜘蛛が崩れ落ちる。 「まだいけるな?」 「勿論です」 今は戦いの最中、しっかりとした声を返す嘉栄に、彼も小蜘蛛に対峙するために拳を構えた。 「ククク。よォ志摩、随分とヤられてんじゃねェか。生きてっかァ?」 志摩を襲った小蜘蛛を、忍刀「暁」で斬った空は、仮面の向こうの唇を歪めて問いかけた。 「その声は、空か‥‥無論。まだくたばるには早いらしくてな。あの世で追い返されちまう」 ゲラリと笑った志摩に、空もクツクツと喉を鳴らす。 「ま、喋れるだけの元気があるなら十分だろうよ」 右目を覆う手拭いに付いた染み。 その出血の量を見る限り大丈夫とは言い切れない。それでも戦い続ける気力と、体力があるのは流石だ。 「ハイハーイ! 最前線で踏ん張ってくれた二人に、半分は優しさを」 そんな2人の傍に喪越がやってきた。 周囲には小蜘蛛がわんさか。 それをコルリスが牽制し、今は小康状態を保っている。だがそれも長くは続かないだろう。 彼は手早く志摩に癒しの術を施すと、嘉栄を見た所で動きを止めた。 「月宵セニョリータを見ていると胸に熱いものがこみ上がる」 ぶつぶつ呟く姿に、嘉栄の目が瞬かれる。 「もう駄目だ、我慢できん! Haー!」 喪越はザカザカ近付くと、ヌッと手を伸ばした。 それに、敵に注意を向けていた嘉栄の身が引ける。 そして‥‥、 ――ペタリ。 額に張られた符に、彼女の口元が強張った。 当の喪越はと言うと、「よーしよし、気が済んだ!」と、気分良く天儀人形を振っている。 「月宵、今のは‥‥」 「治癒符、ですね‥‥ですが、何故おデコ」 クッと何かを噛みしめる嘉栄に、ラフィークが首を傾げた。 彼女なりに思う所があるのだろう。 「お父さん、何怪我してるんだーっ!」 喪越のおかげで出血が止まった志摩は、邪魔な手拭いを取っ払ったところで、思わぬ攻撃を受けていた。 首に飛び付く衝撃に苦笑する。 「てめぇは、俺を絞め殺す気か?」 言って引き剥がすと、ブラッディが怒った顔で志摩を見ていた。 「そんなことする訳ないだろ。理由がどうあれ、目やられてんだからっ‥‥無茶、しないでよ」 まるで子犬の様に項垂れる姿に、苦笑が濃くなる。 「悪ぃ。だが、お前らが来てくれたんだ。もう無茶する必要ねぇだろ?」 「うん! 俺も一緒に戦うから、めいっぱい頼ってくれよな!」 「そいつぁ、頼もしい」 言って彼女の頭を撫でると、志摩は里の様子を見回した。 「里の中の蜘蛛の数、わかるか?」 「ここを中心に、寄って来ているようです。わかる範囲で、6‥‥いえ、10‥‥12?」 コルリスは攻撃の手を止めると、弦を弾いて周囲を探った。 「こっちはもう、ひたすらアヤカシをぶちのめすだけだろ。円陣を組んで、寄ってくる敵を片っ端から、か?」 「数が多いのは厄介だ。防御に徹してジリ貧になるのは拙い、殲滅する気で攻める。その際の陣形は喪越の言う方法で良いだろう」 「そうだな。その方向性で行くか」 喪越とラフィークの声に同意した志摩の右横に、ブラッディがついた。 「これ終わったらすぐ治療すること! ちゃっちゃと倒すぞー!」 「ヘイヘイ」 苦笑を滲ます志摩に、嘉栄も小蜘蛛の集団に向い合う。 「頭数は揃ったんだし、下がれとは言わんから無理しない範囲で適当に頑張ってくれ」 喪越に言わせれば、お互い良い大人。いちいち言わないでも最適な位置を把握して戦うだろう、と。 「ヒヒッ、それじゃあ害虫駆除とイくかねェ」 「援護します‥‥――野分!」 瞳に精霊力を集めたコルリスが矢を番える。 そうして足を動かし、一矢が闇と瘴気に沈む里を突き抜けた。 これが合図となり、里は一気に戦場になった。 戦闘は里の中心で行われた。 互いの背を守るように円陣を組み、中央に後衛にあたる者たちが立つ。 「逃がさないように殲滅、殲滅!」 近付く小蜘蛛に向かって、前衛で体勢を低くしたブラッディが突っ込んでゆく。そして間合いに入ったところで剣「増長天」を叩き込むと、敵がよろけた。 「お父さん、今だ!」 ブラッディの声に、志摩の太刀が逃げようとする小蜘蛛を切り裂く。 その間に、彼女は次の敵に目を向けた。 近付き、離れてゆく姿に吊られた小蜘蛛が糸を飛ばしてきたのだ。 だが、それを側転で回避すると、彼女は一気に攻撃に転じ、避けた勢いを借りて薙ぎ払った。 「お父さん、疲れてない? 嘉栄も、大丈夫?」 彼女の気遣う声に、先とは比べ物にならないほど楽になった2人が頷く。 一方、後衛のコルリスは鋭い矢を闇に放っていた。 「野分!」 先程から何度も繰り返される攻撃。 決して前衛の動きを邪魔せず、的確に補助を繰り返す。 「喪越さん、あそこ!」 遠方を捉えた彼女の目が鋭い光を帯びた。 そしてギリギリまで引かれた弦が軋み――民家の合間にある路地で身を返した敵を貫く。 「もひとつオマケに、コレもだ!」 天儀人形から、弾丸のような球が放たれた。 それが矢を受けた敵を弾き、止めを刺す。 「山の中腹へは行かせません」 言って、彼女は休む間もなく次の弓を構える。その声に喪越も周囲を探った。 「この数、味方を巻き込まない位置なら焙烙玉を使いたいが‥‥」 「だ、駄目ですよ!」 喪越の声にコルリスが叫んだ。 その声に「やっぱり」と苦笑が滲む。 「戻ってくるつもりなら、建物を壊すのはマズいか」 「そうですよ。戻ってくる人たちの為に、戦ってるんです」 そう言って瞳を眇める。そして次の標的を捉えて一気に矢を射る。 「仕方ねぇ、地道にガンバローぜっ、と!」 コルリスが放った矢の方向に新たな霊魂砲が放たれた。 こうして逃げようとするアヤカシも徐々にその数を減らしていく。 そして、前衛の方で相手をするアヤカシも、確実にその数を減らしていた。 「アノ辺りにも潜んでやがるぜェ」 心眼で周囲を探った空の手から苦無「獄導」が放たれる。闇に溶け込む、闇色の苦無が敵を貫いてゆく。 それに合わせて別の小蜘蛛が飛び出してくるが‥‥。 「甘いっ」 風を切ったラフィークの拳が小蜘蛛を弾く。そこに、倒れた彼の足が迫ると、空の苦無がそれを突き落とした。 そして次の行動に移ろうとした空の目に、小蜘蛛の奇怪な行動が飛び込んできた。 全身を震わせて顎を動かす。 その瞬間、空の手から水の柱が放たれた。 「挫ケの水ォアハハ!」 水の勢いに押された敵が怯む。 そこにラフィークの拳が降り注ぐと、小蜘蛛は力なくその場に崩れ落ちた。 「仲間を呼ぼうとしたのか?」 口にするが、実の所はわからない。だが、もしそうであるなら仲間を呼ばれる前に倒すべきだ。 「空、他にアヤカシの気配はあるか?」 「ちィっと待ちな」 周囲を探り、感じ取った気配にニイッと笑う。 「だいぶ減ってるぜ。増える気配もねェ」 「‥‥ふむ、打ち止めか」 ラフィークの言葉に空は「カモな」と返し、次の行動に出た。 数が増えないと言っても、まだ敵はいる。それを全て倒すまでは終了ではない。 「ィイッッヒヒ!!」 空の奇妙な笑い声を聞きながら、皆は残りの敵殲滅に力を注いだのだった。 ●対・狼蜘蛛 来訪者を知ると、狼蜘蛛は大きな声で小蜘蛛を呼び寄せた。 その様子に、恭冶が刀「翠礁」と、刀「河内義貞」を抜き取る。 「これ以上は呼ばせんよ」 彼の声に合わせ、晴臣の呪殺符「深愛」が黒い霧を放った。 夜の闇に現れた、視界を断つ存在に、敵が怯む。 「まずは狼蜘蛛から」 晴臣の手から、白い小さな隼が放たれる。 それは狼蜘蛛の元に到着すると、数を増やして付着した。そうすることで動きを封じ、そこに恭冶の刃が迫る。 「――弐連撃!」 両の手に握り締めた刀。それを素早く同時に斬り込ませる。 式によって動きを封じられた狼蜘蛛は、真っ向から浴びた。だが、相手もただ受けるだけでは無かった。 「何か来よる!」 八十八彦の声に、咄嗟に引いた恭冶の顔に、蜘蛛の糸が迫る。 「ここは私が!」 刀を鞘に納めた竣嶽が、それを抜くのと同時に風の刃を放った。 これにより蜘蛛の糸が粉砕する。 しかし糸は次から次へと襲いかかってくる。狼蜘蛛の動きに合わせて小蜘蛛も糸を放ち始めたのだ。 これでは身動きが取れない。 「少し、荒っぽいけど‥‥」 符を構えた晴臣の手から、炎を纏う隼が輪を描く様に糸に飛び込んで行った。 当然、糸は炎によって燃えるのだが、数が多い為が燃える量も多い。 「これだと、木に炎が‥‥」 「では、その前に片付けてしまおう」 急斜面で手狭に戦うよりは‥‥そんな思いでアルティアが木を足場に上へ駆け上がる。そうして剣を掲げると、彼は一気に降下してきた。 向かうのは狼蜘蛛の元。 既に呪縛符の効果が切れ、自由が利く狼蜘蛛は、アルティアに気付くと、彼目掛けて鋭い牙を向けて来た。 「こっちを見ろ!」 葉が揺れるほどの大きな叫び声。その声に注意を惹かれた狼蜘蛛に隙が生まれた。 これが好機を生む。 落下の速度を借りてアルティアの刃が狼蜘蛛に突き刺さった。 鋭い一撃に悲痛な叫びを上げて身悶えるが、反撃する力は残っていなかったようだ。 止めにと恭冶が放った刃が決め手となり、狼蜘蛛は地面にその身を落とした。 「ナイスアシスト」 アルティアの声に、恭冶の顔に笑みが浮ぶ。 そこに八十八彦の檄が飛んできた。 「まだ終わってないで!」 「義貞、無理しないで」 里の者を背に、飛びかかる小蜘蛛を斬り続ける義貞に、晴臣が声を掛ける。 傍では八十八彦が霊杖を振るい、義貞の傷を癒していた。 これを見た恭冶が透かさず助け船を出す。 「こっちに来いや!」 響く怒声に小蜘蛛が一斉にそちらを向いた。 その事に胸を撫で下ろしながら、晴臣が黒い霧を放つ。これに合わせて前衛の皆が地を蹴った。 「高遠のあねさん、上!」 目を凝らし注視ていた八十八彦の声に、鞘に納めた竣嶽の刃が抜き取られる。瞬間、放たれた風の刃が敵を討つと、彼女は八十八彦に頭を下げた。 「感謝いたします」 「気にせんでええ」 そう笑ってみせると、彼は再び周囲に目を向けた。 小蜘蛛は前衛の働きもあって数を確実に減らしている。 義貞の前にいた小蜘蛛も残り1体。それを彼が斬り捨てると、晴臣の手が彼の肩を叩いた。 「お疲れ様、もう少しだから頑張ろう」 労う声に、無言で頷く。 それを確認し、晴臣は改めて糸に炎を纏う隼を放った。 それが向かう傍では、竣嶽が小蜘蛛を前に、刀を鞘に納めているのが見えた。 「居合だね」 晴臣の声に義貞の目が向かう。 その瞬間、目にも止まらぬ速さで抜き取られた刃が、見事な弧線を描き、小蜘蛛を一刀両断するのが見えた。 ●試練終了 「お疲れ様した」 言って、コルリスは志摩と嘉栄に甘酒を出した。 「疲労回復のお役にたてれば良いのですが」 甘いものは疲労に効く。そんな気遣いからの言葉に、2人は遠慮なくそれを受け取った。 「なんだか、ホッとしますね」 「全くだな。コルリス、すまねぇな」 嘉栄の声に志摩が頷き、2人が彼女に例の言葉を口にする。 そこに空と共に里の中にアヤカシがいないかを確認に行っていたラフィークが戻ってきた。 「もう大丈夫だな。後は残骸が瘴気に還るのを待って‥‥か」 里を覆っていた瘴気も、残骸が少なくなるにつれて減っている。 あとはそれが消えるのを待つだけだ。 一方、ブラッディは、里の入口に目当ての人物を見つけて駆け出していた。 「お疲れさまっ! 良く頑張ったな!」 唐突に抱きしめられた義貞は目を瞬くばかり。 ぎゅっと抱きしめて頭を撫で、出来る限り褒めてやりたいと彼を誉める。 その事に対して、義貞は複雑な表情で「ありがとう」と言葉を返した。 そして‥‥。 「報告、しておいでよ」 晴臣の声に前に出るが、どうにも次の一歩が出ない。 「頑張れ」 それを恭冶が背を押すことで助けると、義貞は志摩の前に立った。 志摩の顔にある二本の傷、それを見て彼の目が落ちる。 「無事か‥‥なら試練終了だな」 「――志摩よォ、怒ンねェのかァ?」 いつの間に傍に来たのか、狐の面を外した空が問う。 「普通ならペナルティなりなんなりありそうだがよォ」 空の言うことは尤もだ。 義貞は今回、罰を受けてもおかしくない行動をした。 だが‥‥。 「コイツが奴へのペナルティだ」 自らの傷を指差して笑う。 その声に義貞の目が上がった。 「これを見てコイツが自分の行動を省みれんなら、良い罰だ」 「優しいコトで。ま、罰を受けるのも受けないのも俺にャ関係無ェから良いけどなァ」 そう言うと、空は狐の面を被って皆から距離を取った。 「う〜ん、わしじゃ治せんのぉ。専門医に診てもらうんが良いんじゃ」 「おう、ありがとな」 傷ついた目を診て言う八十八彦に、志摩は笑って頭を撫でた。 そこに喪越が近付いてくる。 「いつぞやの将来有望なガキンチョ。どうだ、ハッピーな陰陽師ライフを過ごす決心はついたか? ワッハッハ!」 明るく背を叩く相手に、義貞の目が見開かれる。 「お、陰陽師? 俺は志士になるんだ!」 思わず口を出た言葉に皆の視線が集まる。 それに慌てて口を噤むと、竣嶽が彼の肩を叩いた。 「次に会う時は同じ開拓者同士、信頼出来る人であって下さいね」 穏やかにかけられる声、それを受け、義貞は泣きそうな顔で俯いたのだった。 |