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■オープニング本文 地上に舞い降りた、天女の如く美しき女性。 物憂げに伏せられた目は、この世の醜さを嘆くように涙に濡れ、紅い唇は言の葉を拒むように衣で隠されている。細く華奢な身体は女性の弱さを示し、見る者はその儚さに手を差し伸べようとする。 これは都で随一の絵師が描き上げた絵「優麗の美女」に与えられた讃辞である。 優麗の美女が製作されたのは、僅か数年前のこと。 都に居を構える絵師は筆を手に、和紙に線を落としていた。 穏やかな気候と穏やかな風の吹く中、絵師の手は思うように動いて行く。 「旦那様、お茶をお持ち致しました」 優しく鈴音の如く声が響く。 目を向ければ襖を開け中に入る女性がいた。 彼女は穏やかに微笑みながら盆を手に近付いてくる。そして和紙に描かれた線を見てふと表情を曇らせた。 「旦那様、またあの絵をお描きになっているのですか」 和紙の上に描かれるのは美しい女性の像だ。 その絵には覚えがある。 「優麗の美女は既にこの世にはございません。二度同じものを描くのは、いくら旦那様でも難しいこと‥‥」 「そんなことはわかっている!」 勢い良く女性の頬が薙ぎ払われた。 突然の痛みに崩れ落ちた女性を、絵師は血走った眼で睨みつける。 その目を見てから、女性はそっと目を伏せた。 視線の先には彼女と同じように目を伏せる女性の姿がある。 「わかっている。わかっているのだ。だが、描かねばならない。描かねば、私は‥‥」 絵師の声は聞こえていた。 だがそれよりも女性が気にするのは和紙に描かれる女性だ。 「旦那様が二度と会うことのできない女性を想い、筆を走らせる度、わたくしがどのような想いでいるか、旦那様はわかっておいでですか」 女性の頬を涙が伝った。 しかし絵師の目は既に女性には無い。絵師の目が向けられているのは和紙に描かれた女性へだ。 愛おしげな瞳の奥に覗くのは、女性への思慕。永遠に自分には向けられない想いの全て。 彼女の中でこの瞬間、何かが弾けた。 翌朝、目を覚ました絵師は驚愕に表情を歪ませた。 自らが描き、時期に完成するはずだった優麗の美女の絵に、重なるように倒れる女性の姿がある。 絵師は急いで駆け寄ると、女性よりも優麗の美女の無事を確認した。 「‥‥そうですか。旦那様は、わたくしが亡くなるよりも、その女を慈しむのですね」 背筋も凍る冷たい声に絵師が振り返る。 そこに立つのは、今絵師の足元で横たわる女性だ。 「ど、どういうことだ。何故、お前が二人っ」 交互に見比べる視線に女性はクスリと笑う。 その笑みが妖艶に美しく映え、絵師の目を奪った。 初めて優麗の美女より、自分に向けられた視線に女性の口角がゆったりと上がってゆく。 「旦那様、わたくしと共においでませ。さあ、旦那様」 伸ばされた白い手に絵師の手がゆっくりと重なる。 その時だった。 「ぎゃああああああっ!!!!」 絵師の体が優麗の美女に引き込まれた。 バリボリと骨を砕く音が響き、辺りに鮮血が舞い上がる。 辺り一面に散った血は、当然優麗の美女も汚した。 しかし和紙には一滴の血も残っていない。 後に残ったのは優麗の美女と、絵師の妻の亡骸、そして血痕だけだ。 この事件は事実が解明されないまま有耶無耶に時は流れ、優麗の美女は現代に亘るまで多くの人の手に渡った。 だがその誰もが行方不明となり姿を眩ませている。 そして現代。 「絵である以上は火に弱いはず。燃やしてしまえば、アヤカシも消え去ろう」 蝋燭を手に近付く男がいた。 ギルドに持ち込まれた優霊の美女を目にした時から、その異常さに気付いていた陰陽師だ。 彼は蝋燭の灯りをジリジリと絵に近付けてゆく。 そして揺らめく炎が絵に触れようとした時だ。 優霊の美女の目が、ぐるりと巡って陰陽師を捉えた。 「やはり火には弱いか」 ゴクリと唾を飲み込む蝋燭を近付ける。だが蝋燭が絵に触れた瞬間、炎の揺らめきが消えた。 どんなに押し付けても絵は燃えるどころか変化も見せない。 「火が効かない‥‥っ、しまった!?」 優霊の美女の手が絵を抜けてきた。 その手が蝋燭を持つ陰陽師の腕を掴む。 「っ、何て力だ!」 焦りから蝋燭が落ち、代わりに武器を抜く。そしてそれを優霊の美女の腕に突き刺した。 ギヤアァァ!!! 叫び声が上がり、腕を掴んだ手が消え去った。 絵を見れば優霊の美女の腕に傷跡が浮かび上がっている。 「そうか、絵は実態ではないのか。中に潜むアヤカシこそが実態。ならば、それを引き摺りだせれば‥‥」 優霊の美女の退治方法が見えた。 急いでそのことをギルドに伝えようと踵を返した陰陽師の目に赤く揺らめくものが入る。 ゆらゆらと揺らめく赤いものは炎だ。 優霊の美女に触れたときは動きを止めた炎が、床に落ちたことで時を戻したかのように火勢を増したのだ。 木造であるが故に炎の回りは早い。陰陽師は建物全体を見回してから、優麗の美女を振り返った。 「このまま炎の中に放置しても意味はないのかもしれぬ。だがもしかすれば、炎に巻かれ消えてくれるやもしれぬ」 先ほど、己が蝋燭の炎を近づけたときの反応を考えるなら、無意味な行動だとわかる。 それでも万が一に賭けてみたい。 陰陽師は急ぎ視線を戻すと、炎に包まれた建物の中から脱出を図った。 この数分後、陰陽師はギルドに駆け込んでいる。 ただしギルドに辿り着いた彼は、全身に見るも無残な火傷を負い、立っていることすらままならない状態になっていた。 それでも彼は必要であろう情報をギルドに伝え、今は意識を失った状態で治療を受けている。 そして優麗の美女はと言えば、陰陽師が大火傷を負ったのとは対照的に、全焼した建物の中から無傷で発見された。 |
■参加者一覧
鷺ノ宮 朝陽(ia0083)
14歳・男・志
朱璃阿(ia0464)
24歳・女・陰
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫 |
■リプレイ本文 開拓ギルドの敷地内。 離れに佇む小屋を複数の開拓者が囲んでいる。その殆どは、中に納めた悪しきモノを出さないための非常要員。その中心で建物の中に足を踏み入れようとしている6名の開拓者が、悪しきモノを滅する役目を担う。 「では、よろしくお願いします」 そう言って丁寧に頭を下げたのは、鷺ノ宮 朝陽(ia0083)だ。彼は外を守る開拓者に挨拶を告げ、先に足を踏み入れた仲間の元へと急いだ。 建物の中では他の仲間が、壁に掛けられた優麗の美女の絵を前に、思い思いの表情を浮かべている。 「‥‥相手は呪われた美女の絵、ですか」 仲間の後方に立ち呟く綾羽(ia6653)は、不安げに表情を歪めている。その隣には、同じように後方に控える橘 楓子(ia4243)の姿があった。 「優霊の美女ねぇ‥‥たかだか絵の一枚で人が死んじまうのは馬鹿げた話だよ」 「そうですね。でも、絵自体に罪はありません。きちんとした形に戻してあげられるとよいのですが‥‥」 ほんわりと言の葉を紡ぐ綾羽に橘は苦笑する。 「ま、どれだけ素晴らしい絵だろうが、アヤカシが棲みついちゃ終いだねぇ、さくっと退治しちゃおうか」 そう言うと楓は戦闘に備えて自らの成すべき事へと移った。 その前方では戦闘が始まるのを今か今かと待ちわびる巴 渓(ia1334)の姿がある。 彼は自慢の拳を握りしめ、近くに控える鷺ノ宮を見た。 「‥‥美女、なのかな? そこは疑問だけど、優麗‥‥とは言えないよね?」 自らの配置に着いてから、なにやらぶつぶつと呟き小首を傾げている。その姿に巴は言う。 「アヤカシは生物以下、この世界の人間には害意でしかない‥‥共存も共栄もない。見た目に惑わされても仕方がないからな‥‥躊躇うことは命取りだ!」 巴の言うことは尤もなことだ。 「はい。それは心得ています。ただ、優麗と言うのは月姉の方が合うんじゃないかなあ‥‥って」 ポッと頬を赤らめて呟く姿に、巴は目を瞬く。 鷺ノ宮からすれば、姉の月夜が優麗の意味に相応しいと感じたのだろう。だが巴には何のことかさっぱりだ。 どう言葉を返していいのか迷っている所に、声が響いて来た。 「巴さん、鷺ノ宮さん」 2人に届いた凛とした声。目を向ければ、際どい服装を身に纏う朱璃阿(ia0464)がこちらを見ていた。 彼女はこれから、絵に宿るアヤカシを引っ張り出すための囮になる。そのため、若干ピリピリとした雰囲気が漂っているが、そこら辺はこの2人には通じていない。 2人そろって首を傾げているのだが、朱璃阿はそれを承知で言い放つ。 「私の珠のような柔肌に傷がつかないように‥‥もとい足止め頑張って。期待しているわよ?」 片目を瞑って見せ、視線を対面に位置する場所で同じ囮役として構える樹邑 鴻(ia0483)を見た。 「樹邑さん。あなたにも期待しているわよ?」 妖艶に笑って構えを取る。 それを目にした樹邑も構えを取り、絵を見やった。 「こっちの美人さんに期待されちゃあ、頑張らない訳にはいかねえな。さて、絵の美人さんとやらの本当の顔を拝ませて貰おうか?」 貰った情報では、アヤカシは捕食する際に腕を伸ばしてくるらしい。アヤカシを引き摺りだし倒すためには、近付く他ない。 朱璃阿と樹邑は互いに頷き合うと、絵に近付いた。 ジリジリと、いつアヤカシが出ても良いようにと身構えながら近付く。そんな2人に、周囲も護りのための準備に入った。 「さあ、美人勝負をしましょう」 伸ばされた朱璃阿の手。それが絵に触れるかどうかというところで、優麗の美女が動いた。 凝視するように見開かれた目が、朱璃阿を見止める。その瞬間‥‥。 「っ、来たわね!」 朱璃阿の手を絵の中の腕が伸びて掴んだ。 腕を引き千切りそうなほど強い力に彼女の顔が苦痛に歪む。そしてもう1つの腕が絵から飛び出し朱璃阿の腕を掴もうとした時だ。 別の手が朱璃阿に伸ばされた腕を掴んだ。 「俺に釣られてみるか? 美人さんよ‥‥!」 「樹邑さん、僕も手伝います!」 朱璃阿の腕を掴む怨霊の手を掴んだ鷺ノ宮は、彼女の陰に潜むように後ろに控え、息を潜めて様子を伺っていた。 本当は腕を掴まれる前に前へ出てきたかったのだが、出遅れてしまったのだ。 「ようし、一気に引きずり出すぞ!」 号令をかけたのは巴だ。 疾風脚を発動させて絵の間合いに入り込む。そして絵自体に拳を叩きこんだ。 絵に攻撃が効かないことは承知している。だが絵から腕が伸びる状況で攻撃を加えた場合どうなるかは不明だ。だからこそ攻撃してみたのだが‥‥。 「‥‥大体わかったぞ。てめぇら、俺の攻撃と同時に引っ張れ!」 巴はアヤカシの手を掴む樹邑と鷺ノ宮に声をかける。その声に双方が頷いた。 「傷を与えるも、致命傷を与えるも出来ない。だが、隙は出来るっ!」 渾身の力を振り絞った巴の一撃が絵の中へと叩きこまれた。 その瞬間、アヤカシの動きが止まる。 「朝陽、行くぜ!」 「はい!」 樹邑は鷺ノ宮の返事を聞いて、引き摺りだすための助けとして空気撃を放った。 「これでも喰らえ、空気撃!」 隙を見せ、絵の中に戻る時期を見失ったアヤカシが、樹邑の攻撃によってバランスを崩す。それを見極めた鷺ノ宮が引っ張る腕に力を込めた。 ヒギャヤアアアッ! 建物の中に響いた叫び声。その直後、絵の中から黒い物体が飛び出してきた。 ヤモリのような姿をした大きなアヤカシ。姿こそ大きいものの、知性があるようには見えないそれは、床を這い必死に絵に戻ろうとしている。 「おっと、逃げられやしないよ」 もがくアヤカシの体を何かが縛り付けた。 橘が放った、呪縛符だ。 完全に動きを止めたアヤカシの、背後では樹邑が壁に掛った絵を蹴り上げる音が響いている。 「おっと、思った以上に飛んじまった」 パンパンッと手を叩いて振り返る樹邑に、巴は満足そうに頷いている。その彼の目がアヤカシに向いた。 「さて、これで逃げ場はなくなったな」 ニヤリと笑ってアヤカシに近付く巴。それに続いて他の仲間も集まって来た。 「美女、なんてもんじゃないねぇ。ただの醜い化け物じゃないかい」 橘が息を吐く。正体を明かせばこんなものか。と言ったところだろう。 「あーあ、珠の肌に傷がついちまったよ」 やれやれと呟き、笑っていない目をアヤカシに向けるのは朱璃阿だ。 思った以上に力が強かったのか、腕にはくっきりと手の痕が残り、動かせば痛みが走る。 「骨に行っちまったかねえ‥‥」 「朱璃阿さん、待ってください」 呟いた朱璃阿の耳に響いた声。 目を向ければ心配そうな表情を浮かべる綾羽の姿がある。 「痛そうですね。今、癒しますね‥‥神風恩寵」 彼女は両手を胸の前に組んだ目を閉じた。 肌を撫でるような風が朱璃阿の腕を包み、熱と痛みを発する傷を奪い去ってゆく。そして風が消え去ると、朱璃阿の感じていた痛みは跡形もなく無くなっていた。 「あの、大丈夫ですか?」 「‥‥ありがとう。もう痛くないわね」 クスリと笑って綾羽の頭を癒してもらった方の手で軽く撫でる。そしてアヤカシに目を向けた。 「よし、一気に始末するぞ!」 巴の声を号令に、全員が攻撃態勢に入る。 その間にもアヤカシはどうにかして逃げようと必死にもがいている。 「逃げる隙なんてあげやしないよ」 橘は再度呪縛符を放つと、アヤカシの体を完全に縛り付けた。 これで暫くは袋の鼠同然だ。 「今だよ、やってしまいな!」 橘の声を切っ掛けに、初めに動いたのは体調万全になった朱璃阿だ。 「黒き翼を持ちし者よ‥‥この符を介し、かの敵の喰らい塵へと還れ‥‥」 符に気を送り込み、術発動のための力を蓄える。 「眼突鴉!!!」 朱璃阿の召喚した眼突鴉がアヤカシの目に向かい、迷うことなくその視界を奪う。 そこに新たな攻撃が加わった。 「纏いし炎よ。悪しきモノを、薙ぎ払い給え!」 鷺ノ宮が手にする刀に炎が纏われた。 彼はそれを手に素早い一撃をアヤカシに放つ。下から上へと強烈な勢いで薙ぎ払われたアヤカシの体が宙へ舞う。 ギャアアアアッ! 当然それを見逃すような開拓者たちではない。止めの一撃を加えようと橘が動いた。 「止めよ‥‥斬撃符!」 風の刃が空中で身動き取れなくなったアヤカシに襲いかかる。 無数の風が容赦なくアヤカシを切り刻み、粉々になった黒い塊が時間を置かずに床に落ちてゆく。これで全てが終わった。 そう思っていたのだが‥‥。 「まだ終わっていません!」 綾羽の言葉に、粉々になったアヤカシの近くにいた鷺ノ宮と巴が飛び退いた。 呪縛符の効果も切れて動けるようになった塊が、逃げようと上に登ってゆく。しかし、塊は天井に達した瞬間に落ちてきた。 建物の外では未だに開拓者たちが建物の周りを守っているのだろう。 逃げられないとわかったアヤカシは、その身を繋ぎわせようと蠢く。 「復活させる訳にはいきません」 繋ぎ合わせようとする塊を、綾羽は力の歪みを発動して阻止した。 常に警戒を怠らなかった彼女だからこそ、瞬時に対応できたのだろう。その姿を見て、皆が頷き合う。 「粉砕すれば問題ない」 「ああ。くっつけないように処分してやる」 巴と樹邑の声に皆が一斉に武器を構える。 そして‥‥。 グアアアアアアッッ!!! 建物の外に空気を揺らすほど大きな声が轟いた。 攻撃を受けたアヤカシは瘴気となって消え去り、一つの欠片も残っていない。 後に残ったのは床に転がるアヤカシの住処であった絵だけだ。 「さて‥‥この絵はどうするんだい?」 絵を拾い上げて問う橘に、皆が首を横に傾げる。そんな中で申し出る人物がいた。 「曰く付きっぽいけどいい符が作れそうだからその絵、もらっていいかしら?」 朱璃阿だ。 嬉しげに寄ってくる姿に、橘は文句も言わずに差し出す。それを横から覗き見た樹邑がぽつりと呟いた。 「‥‥こりゃ、ひでぇ。美女はやはり、絵よりも本物の方が良いってことだな」 うんうんと頷く姿に、朱璃阿が首を傾げる。 そして絵を見た彼女の表情がヒクッと強張った。 「これが、あの綺麗な絵ですか」 樹邑の声に興味を持った綾羽が覗きこんできた。その感想に巴も興味を引かれて覗きこむ。 「これなら俺も描けるぞ!」 「あたしも描けるんじゃないかねえ」 巴の声に同調して橘が笑いながら呟く。その声に絵を見詰めたままだった朱璃阿が叫んだ。 「なによ、この落書きみたいな絵はっ!」 都で随一の絵師。その随一の意味は、都で一番絵が下手‥‥そう言うことだったのかもしれない。 騒ぐ皆の後方では、建物を守ってくれていた開拓者にお礼を言って周る、鷺ノ宮の姿があった。 |